資本市場論 (4) 資本資産評価モデル(CAPM) 三隅隆司 はじめに – 分散化と資産リスク 平均 - 分散アプローチにおける資産のリスク 資産の収益率の分散 (標準偏差) 分散投資を行うと,ある資産の収益率の変動は,他の資産の収益率の変動 によって相殺される可能性がある. 分散投資のもとでは,個別資産の収益率の分散(標準偏差)は,当該資産 のリスクに対する適切な尺度とはいえない. 分散投資のもとでのリスクとは? 資産の保有が (分散化された) ポートフォリオ全体のリスクに与える影響 の大きさを,その資産のリスクと考える. その資産の収益率と(分散化された)保有ポートフォリオの 収益率の共分散がリスク尺度となる. 1 共分散の意味 (1) n 種類の資産からなるポートフォリオにおいて,資産 A が保有ポートフォリオのリ スクに与える寄与の大きさを考える. ウェイト x1 x2 ・・・ xA ・・・ xn x1 Cov(r1, r1) Cov(r1, r2) ・・・ Cov(r1, rA) ・・・ Cov(r1, rn) x2 Cov(r2, r1) Cov(r2, r2) ・・・ Cov(r2, rA) ・・・ Cov(r2, rn) : : : : : : : xA Cov(rA, r1) Cov(rA, r2) ・・・ Cov(rA, rA) ・・・ Cov(rA, rn) : : : : : : : xn Cov(rn, r1) Cov(rn, r2) ・・・ Cov(rn, rA) ・・・ Cov(rn, rn) ポートフォリオのリスクは,表中のすべての共分散に対して2つの資産のウェイ トを乗じ,それらをすべて足しあわせたものとして与えられる. 資産Aがポートフォリオのリスクに与える寄与の大きさは,表において色が塗ら れたセルの共分散に,それに対応する2つの資産のウェイトを乗じ,すべて足 しあわせたものとして与えられる. 2 x A [ x1Cov(r1 , rA ) x2Cov(r2 , rA ) x ACov(rA , rA ) xnCov(rn , rA )] 2 x ACov( R p , rA ) 2 共分散の意味 (2) ある資産Aと ある資産ポートフォリオPとの共分 散は,ポートフォリオP内における資産Aの保有 比率を若干高めることによって引き起こされる ポートフォリオPのリスク(分散)の変化の大きさ をあらわしている(比例している). ポートフォリオの分散の定義より, ~ Var( R p ) 2 xi ~ ~ x cov( R i, Rj ) j 1 i n ~ 2 cov( Ri , ~ ~ ~ x R ) 2 cov( Ri , R p ) j 1 j j n 3 共分散の意味 (3) 現在保有の資産ポートフォリオPに対して,資産Aの保有を比率mだけ増加させ, そのための必要資金を安全利子率による借り入れ(安全資産の空売り)によっ て調達することを考える. 資産組み替え前のポートフォリオPの収益率をRpとすると,資産組み替え後 の収益率 R は,次式によって与えられる. ~ ~ R R p m(~ rA rf ) 資産組み替え後の収益率 R の分散は, ~ var R p m(~ rA rf ) P2 m 2 A2 2m PA 2 ~ (1) ~ P2 var( RP ) A2 var( ~ rA ) PA cov( RP , ~ rA ) (1) をmで微分すると d 2 2(m A2 PA ) dm m → 0 とすると, d 2 dm 2 PA m 0 4 共分散の意味 (4) あるポートフォリオPを保有している投資家を考える. この投資家が,他の危険資産の保有を一定にした状態で, ある危険資産(資産A)の保有を増大させ,新たにポート フォリオQを保有することを検討しているとする(そのため の資金は,安全資産の売り(空売り)によって調達). このとき,以下のことが成立する. (1) σAP > 0 σQ > σP (2) σAP < 0 σQ < σP (3) σAP = 0 σQ = σP 5 共分散の意味 (5) 危険資産Aの保有を増加させるために必要な資金を,別の危険 資産Bの売り(空売り)によって調達する場合: d p n i 0 p xi dxi dxA ,dxB 以外の dxI を0とすると, d p p x A dxA p xB dxB dxA + dxB = 0 だから, ~ ~ ~ ~ d p Cov RA , RP Cov RB , RP dxA 6 共分散の意味 (6) あるポートフォリオPを保有している投資家を考える. この投資家が,ある危険資産Bの売り(空売り)によって得 た資金を利用して,別の危険資産(資産A)の保有を増大 させ,新たにポートフォリオQを保有することを検討してい るとする. このとき,以下のことが成立する. (1) σAP ー σBP > 0 σQ > σP (2) σAP - σBP < 0 σQ < σP (3) σAP ー σBP = 0 σQ = σP 7 接点ポートフォリオの性質 (1) 危険資産の期待収益率と安全利子率との差をその危険資産の リスクプレミアムと呼ぶ. 個々の危険資産の危険プレミアムと,その危険資産の収益率と接点ポート フォリオの収益率の共分散との比率は,すべての危険資産ついて一定である. E (~ ri ) r f ~ constant ~ cov r , R i T for all risky asset i. (2) 接点ポートフォリオの導出について: (1) 各危険資産の収益率とポートフォリオの収益率との共分散が,その危険資 産のリスクプレミアムと等しくなるようなウェイトを求める(必ずしもそれらの 和が1になる必要はない) (2) (1)で求めたウェイトを,その和が 1 になるように修正する. 8 接点ポートフォリオの性質 (2) 3つの資産A, B, Cの保有を検討している投資家を考える. 各資産の期待収益率は,それぞれ15%, 17%, 17%,安全 利子率は6%であるとする.さらに,資産の分散・共分散は 右図のように与えられているとする. このときの接点ポートフォリオを求める. A B C A .002 .001 0 B .001 .002 .001 C 0 .001 .002 (1) 各資産について,そのリスクプレミアムと,ポートフォリオとの共分散とが等しくなる ようなウェイトを求める. .002xA+ .001xB+ 0xC = .15 - .06 .001xA+ .002xB+.001xC = .17 - .06 xA = 40, xB = 10, xC = 50 0 xA + .001xB+ .002xC = .17 - .06 (2) (1)で求めたウェイトを,その和が1になるように修正. xA = 0.4, xB = 0.1, xC = 0.5 9 接点ポートフォリオの性質 (3) 先の等式 (2) の不成立は,裁定機会の存在を意味. 株式 A は,期待収益率が(年率)20%であり,投資家 M の保 有するポートフォリオとの共分散が1年あたり0.001である. 他方,株式 B は,期待収益率が(年率)40%,投資家 Mの保 有するポートフォリオとの共分散は1年あたり0.002である. 安全利子率は,年率10%. このとき,投資家 M が保有するポートフォリオは接点ポートフォ リオではない. 10 接点ポートフォリオの性質 (4) m円を安全資産に,0.99m円を株式 B に投資し,1.99m円だけ株式 A に空売りする(このような投資のための必要資金はゼロ). このポートフォリオ組替によるリターンの変化 0.99m*(40%) - 1.99m*(20%) + m*(10%) = m*(9.8 %) このポートフォリオの保有によるリスクの変化(mが十分に小さいと 仮定) 0.99m*(0.002) – 1.99m*(0.001) = - 0.00001m 投資家Mはポートフォリオの組み替えによって,リスク・リターンの バランスを改善することが可能.(裁定機会の存在) 11 接点ポートフォリオの性質 (5) リスク・プレミアム – 共分散比率が各資産によって異なる場合: - この比率が高い資産の保有比率を増大させ,この比率の低い資産の保有 資産を減少させ,さらに必要に応じて安全資産の保有比率を変化させる. → 保有ポートフォリオのリスクを低下させながら期待リターンを増大 させることが可能となる. - 接点ポートフォリオは,効率的ポートフォリオ. リスクを増大させることなく期待リターンを高くする事(このような変更 をパレート改善という)はできない. - リスク・プレミアム-共分散比率が各資産によって異なっている場合,投 資家が保有するポートフォリオは接点ポートフォリオではない. 12 接点ポートフォリオの性質 (6) (2)の関係(シート8)は,各資産についてのみでなく,ポートフォリ オとの間においても成立する. - 接点ポートフォリオに対しても(2)が成立する. 関係式 (2)は次のように書き直すことができる. ~ ~ E (ri ) r f E ( RT ) r f ~ ~ ~ cov ri , RT var RT for all risky asset i. (3) 13 証券市場線 (1) (3)式を書き換えると次式を得る. ~ ~ cov ri , RT ~ E ( ri ) r f ~ var(RT ) E ( R~ T ) rf ( 4) (4) 式は,危険資産のリスクプレミアムとリスクの関係を表したもの. リスクは,接点ポートフォリオの収益と危険資産の収益率との共分散によっ てはかられている. (4)式右辺の分数は,ベータとよばれ,一般にギリシャ文字を用いてβと 記される. ~ ~ E (ri ) r f E ( RT ) rf where ~ cov ~ ri , RT ~ var( RT ) (5) (5) を,期待収益率 - β平面上に描いたものを証券市場線という. 14 証券市場線 (2) 安全利子率が 8% であるとする.株式Aの収益率と接点ポート フォリオの収益率との共分散が,株式Bのそれより 50% 大きく なっているとする.株式Bの期待収益率が 12% であるとき,株 式 A の期待収益率は? ~ ~ Cov( R A , RT ) ~ ~ ~ E ( R A ) r f A E ( RT ) r f E ( RT ) r f ~ Var( RT ) ~ ~ 1.5 * Cov( RB , RT ) ~ ~ E ( R ) r 1 . 5 * E ( R ~ T f B T ) rf Var( RT ) ~ 1.5 * E ( RB ) r f ~ ~ E( RA ) rf 1.5 * E( RB ) rf 8% 1.5 * (12% 8%) 14% 15 資本市場線 vs. 証券市場線 (1) ~ E ( RT ) r f ~ E( R p ) rf p ~ E (~ ri ) rf E ( RT ) rf T 期待収益率 資本市場線 資産A 資産A ● RT ● ● ● rf 0 証券市場線 期待収益率 接点ポート フォリオ 資産B 資産C β=1 ● RT ● 資産B β= 0.5 接点ポート フォリオ ● β= 0 ● 資産C rf 収益率の 標準偏差 0 0.5 1 接点ポートフォ リオに対するβ 16 資本市場線 vs. 証券市場線 (2) 資本市場線 (Capital Market Line; CML ) 効率的ポートフォリオのリスクプレミアムを,ポートフォリオの 標準偏差の関数として表したもの. 1つのポートフォリオのリスクは,その標準偏差によって表さ れる. 証券市場線 (Security Market Line; SML) 個別の資産のリスクプレミアムを,資産リスクの関数として表 したもの. 十分な分散化が行われたポートフォリオにおいて保有されて いる個別資産のリスクは,その資産の標準偏差( or 分散)で はなく,ベータによって表される. 証券市場線は,効率的ポートフォリオおよび個別資産の双方 に対して適用可能. 17 ベータ ポートフォリオのベータ ポートフォリオのベータは,そのポートフォリオを構成する各々の 資産のベータを,各資産の保有比率でウェイトづけした加重平均 となる. 第 i 資産 (i = 1, 2, …, n) を xi 保有することによって構成されたポートフォリ オpのベータ(βp): p i 1 xi i n where ~ Cov(~ ri , RT ) i ~ Var( RT ) 18 資本資産評価モデル (1) 【仮 定】 (1) 投資家は,自らのポートフォリオの収益の期待値および標 準偏差のみに注目している. (2) 市場は完全競争的. (3) 投資家は,資産・ポートフォリオの期待収益率およびリスクに 関して同質的期待(homogeneous expectations)を有している. - 仮定(3)が追加的な仮定. - 仮定(3)は,すべての投資家は,利用可能なすべての資産・ポート フォリオの期待収益率およびリスクに関して同一の評価をするとい うことを意味している. 19 資本資産評価モデル (2) 前記の仮定の下では,接点ポートフォリオは市場ポートフォリオと なる. 市場ポートフォリオ(market portfolio) 各資産の構成比率が,全危険資産の総市場価値に対する当 該資産の市場価値 (market capitalization といわれる)の比率 に等しくなっているようなポートフォリオ - 市場に存在する全ての危険資産によって構成されるポートフォリオ - 市場に存在する全ての危険資産とは,株式のみではない. 債券,各国通貨といった市場性金融資産はもとより,(個別の)銀行ロー ンのような必ずしも市場が存在しない金融資産あるいは土地(実物資産) も含まれている. - この点が,CAPMの実証の際に,大きな障害となってくる. 20 資本資産評価モデル (3) 接点ポートフォリオ = 市場ポートフォリオ 既述の仮定の下では,全ての投資家は,接点ポートフォリオを最適な 危険資産ポートフォリオとして保有. 接点ポートフォリオの中には存在するすべての資産が含まれて いる. 市場に存在はするが,接点ポートフォリオには含まれていない資産が 存在しているとすると,その資産に対しては需給均等が成立していない こととなり,市場は均衡ではなくなる. 接点ポートフォリオにおける個々の資産の割合は,全資産の中で 個々の資産が存在する割合に等しい. ある資産に対して両者の割合が異なっている場合,当該資産への需給 均等は成立していないこととなり,市場は均衡ではなくなる. 21 資本資産評価モデル (4) 均衡においては,個別資産の期待収益率は次のようにあらわされる. (Capital Asset Pricing Model : CAPM) ~ ~ cov( r , R ~ ~ i M ) E ( ri ) r f [ E ( RM ) r f ] ~ var( RM ) (6) ~ E (~ ri ) r f [ E ( RM ) r f ] -上式において,右辺第2項が,資産 i のリスク・プレミアムをあ らわしている. - 資産の期待収益率は,完全な分散化を行ったとしても消去不 能なリスクのみを反映して決定されるべきであるということを CAPMは意味している. このようなリスクのことを,システマティック・リスクとよぶ. 22 証券市場線再説 (1) 証券市場線 期待収益率 市場ポート フォリオ E(RM) SML は,投資成果を評価する基準を 与えるもの. 投資のリスク (ベータで測られる) を所 与として,投資家のリスク負担に対する 報酬として要求される収益率の大きさ が,SMLによって与えられる. ● E(RM)-rf = SMLの傾き 適正に価格づけられた資産は,SML上 rf に位置する. 0 βM 全ての資産は,均衡においてSML上 になければならない. 1 23 証券市場線再説 (2) CAPM(あるいはSML) は,資産運用の実践においても用いることができる.(こ のとき,CAPMの理論的枠組みからは,多少はずれることに注意) CAPM (あるいはSML) を,資産の期待収益率(理論値)を与えるものとみなす. SMLより上方 (下方) にある資産は,理論値(=適正値)より高い(低い)収益率 を与える資産とみなされる. ◆ SML より上方(下方)にある資産は,過小評価(過大評価)されてお り,”買い推奨” (“売り推奨”) と評価することができる. ある資産に対して,CAPM による適正収益率(理論値)と,現実の期待収益率 との差を,その資産のアルファ (α) と呼ぶ. (例) 市場ポートフォリオの収益率 = 14%,ある株式のベータ = 1.2,安全利子率 = 6% とする.あなたは,この株式の期待収益率を17%であると確信しているとする. 当該株式のα=17 – [6 + 1.2*(14 – 6)] = 17 – 15.6 = 1.4 % 24 練習問題(1) マーケットに関するデータが以下のように推定されている.TOPIXをマーケットポートフォリ オとしてCAPMが成立していると仮定して,以下の問いに答えなさい. 期待収益 率 標準偏差 TOPIXとの相関係数 株式A 0.16 0.40 0.75 株式B 0.10 0.20 0.90 TOPIX ? 0.25 1.00 (1) 株式Aおよび株式BのTOPIXに対するベータを求めなさい. (2) CAPMによれば,株式A,株式Bはともに均衡価格である.このとき,TOPIXの期待 収益率および安全利子率を求めなさい. (3) 現在,120億円の運用資金がある.株式A,株式Bに投資し,TOPIXと同じ期待収 益率をもたらすポートフォリオPを組みたい.それぞれの株式にいくら投資すればよ いでしょうか. 25 練習問題(2) (4) 株式A,株式Bの相関係数は+0.6 と推定されている.このとき,(3) の ポートフォリオPのリスク(標準偏差)を求めなさい. (5) 資本市場線を描き,株式A,株式B, 市場ポートフォリオ(TOPIX) および (3) のポートフォリオPをプロットしなさい. (6) 証券市場線を描き,株式A,株式B, 市場ポートフォリオ(TOPIX) および(3) のポートフォリオPをプロットしなさい. (7) 株式Aを空売りし,運用資金の120億円とあわせて株式Bを購入すること により,ベータが0.0となるようなポートフォリオQを組みたい.株式Aをど れだけ空売りすればよいか. (8) (7)で作ったポートフォリオQの収益率の期待値および標準偏差を求め なさい. 26
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