第88回日本社会学会大会報告資料 2015年9月19日 早稲田大学 断薬した元精神科患者の語りの分析 ―薬物療法に対する意識の変化を中心に― (ノートでの解説付き) 県立広島大学 澤田 千恵 1 目的 ・日本の精神科医療は生物医学的な疾患観に基づいて、薬物 療法を治療の中心においている。統合失調症や双極性障害な どは完治せず、一生涯、服薬が必要だという見方も強い。医 療的福祉的支援を受けるためには、医学的診断と薬物療法を 受け入れる必要がある。これらのことは支援の幅や方法を限 定しており、患者の選択肢を狭め、主体性を奪ってもいる。 この報告では、難治化した患者が治療に疑問を抱き、自らの 意思で薬物療法から離脱したことで回復していったプロセス を明らかにすることで、当事者たちの意識の変化が意味する ことを考察する。 ※本研究は、科研費挑戦的萌芽研究(2013~2015年度)の助成を受けています。 2 方法 ・分析データとして報告者が2012年から2015年にかけて実施し た聞き取り調査を用いる。 ≪調査対象者≫は以下の条件すべてにあてはまる人たち。 ≪募集方法≫ ・精神医療被害当事者会・ハコブネの会員を中心に、聞き取り調査を依 頼。スノーボール・サンプリング方式も採用。 ≪倫理的配慮≫ ・所属大学の研究倫理委員会の承認を得た。協力者には調査趣旨を文書 と口頭で説明。自発的な協力の意思を確認し、同意書を交わした。 ≪調査の実施方法≫ ・半構造化面接。①受診したきっかけや理由。②初診の診断名と処方、 医師からの説明。③初診から半年後、以降、受診1年ごとの体調の変化 と処方内容。④精神科での治療を受ける以前や受けてから、また、服薬 を中止して以降の精神科や薬物療法に対する意識の変化。⑤現在の状態 と元主治医や国・学会等に伝えたいこと。 3 データの分析方法 ・修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチの分析方法を参考にした。 手順は以下の通り。 1)最初はひとりに絞り、データの解釈を行う。データを最初から見なが ら、研究テーマに関連する箇所に着目し、なぜそこに着目するのか、その 部分の意味は何かなどを問いかけ、対極例についても考えながら、概念や 定義を考えていった。 2)同じような例がみられるかどうかを別データで確認し、一定のヴァリ エーションが確認できたのち、概念や定義の精緻化を行った。 3)そのようにしてできた複数の概念を、概念どうしの関係性を考えなが ら、関連付けていった。 5 調査協力者の概要(1) 初診時の訴えの内容、受診のきっかけ、調査時の年齢と性別 I 調査時年齢 性 別 D A 40代前半 男 B 50代後半 女 C 40代前半 D 30代前半 男 男 E 20代後半 女 F 30代後半 男 G 40代前半 女 H 30代前半 女 30代前半 女 J 40代前半 女 I 初診の訴えの内容と受診したきっかけ 妻の病気による育児・家事、仕事の負担からイライラ、不眠で受診。妻が乳児健診の時に小児科医より精神 科受診を勧められ受診していた同じ精神科クリニックを受診。 子宮筋腫の治療を受けていた婦人科でデパスを処方され、大学病院の精神科を紹介される。嫁姑問題など家 庭問題による不眠。新聞のうつ病チェックリストを行い、すべて当てはまったので病気だと思った。 妻の浮気と仕事の過労による不眠。受診先はインターネットで調べた。 大学で周囲に馴染めない。頭痛や肩こり、腰痛が酷く、総合病院を受診するが理由がわからず、心療内科を 受診。大学の学生相談室から受診を勧められた。受診先はインターネットで調べた。 公的機関に育児の相談をしていたところ、夫のDVが発覚し、公的なDVシェルターに一時保護された。シェル ター内で精神科医による診断と投薬治療が開始。 プライベートな問題で落ち込んでいたところ、友人からセロクエルをもらい、気分が良くなった。そこで、 精神科を受診し、セロクエルを処方してもらった。 仕事による疲れやすさ、体の重さ、些細なことによる気分の落ち込みがあり、精神科クリニックを受診。妹 が通院していた病院。「うつはこころの風邪キャンペーン」の影響を受け、早めに受診しないとうつ病に なってしまうと思って受診した。 職場の人間関係や、父親との関係に悩んでいた。高校の保健室の先生を訪ねたところ、精神科受診を勧めら れた。 大学に馴染めず、眠れない・食欲がないという状態になり、親に連れられて精神科を受診。 未熟児(超低出生体重児)を出産後、育児相談と子宮筋腫の治療で受診。育児心理科だったため、精神科と は気づかなかった。 6 調査協力者の概要(2)服薬期間、診断名、受診期間、調査時における断薬期間 ID 服薬期間 診断名 A 40代前半 男 B 50代後半 女 7年 15年 うつ病、不眠症★ 2003~2010 身体表現性障害、双極性障害 1998~2012 3年(1回目)、4年(2回目) 1年半 C 40代前半 男 7年 うつ病、双極性障害★ 2年 D 30代前半 男 8年 E 20代後半 女 2年 1年(1回目) 1年9か月(2回目) 4年 F 30代後半 男 8年 自律神経失調症、うつ病、統 2005~2013 合失調症 気分変調症、うつ状態、睡眠 2008~2010 障害、統合失調症等★ うつ病、双極性障害 2005~2013 G 40代前半 女 11年 自律神経失調症、うつ病 2000~2011 4年 H 30代前半 女 13 ~ うつ病、境界性人格障害★ 14年 2001or2002 ~2012 3年 うつ病 2004~2014 1年 2年半 精神分裂病★ 2006~2008 5年8か月 I 調査時年齢 性別 30代前半 女 J 40代前半 女 10年 (★カルテの記載) 受診期間 2005~2012 調査時における断薬期間 1年9か月 7 断薬者の登場と社会的背景 1995 阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件 日経連「新時代の『日本的経営』」→非正規雇用の増加 1997 消費税増税、緊縮財政(公共事業削減)、医療費自 己負担額上昇 →「失われた20年」 1998 自殺元年(年間自殺者数3万人の大台に) 1999 SSRI発売 →発売後5年間で気分障害患者数が2倍に。 2000 「うつは心のかぜです」キャンペーン(GSK) 2000「電通過労自殺事件」最高裁判決 →自殺対策=メンタルヘルス対策 2001~2006 小泉内閣→新自由主義的政策が本格化。郵政 民営化、構造改革、医療改革、地方交付税削減、労働者派遣 法改悪等 2003 市民の人権擁護の会(CCHR)のHP開始(日本支部設 立は1992) 2006 自殺対策基本法 2006 ブログ「精神科医の犯罪を問う」(kebichan)開始 2007 双極性障害キャンペーン(←エビリファイが適応と なる) 2008 ブログ「八咫烏」(アリスパパ)開始 2008 リーマンショック、派遣切り、年越し派遣村 2009 衆議院解散。民主党政権誕生 2009 『なぜうつ病の人が増えたのか』(冨高辰一郎) 2010 「お父さん 眠れてる?」キャンペーン 2010 ブログ「キチガイ医の素人的処方箋」(東洋医→キチ ガイ医)開始 2010 精神医療被害連絡会発足(代表中川聡) 2010 厚労省自殺・うつ病等対策プロジェクトチーム「過量服薬への取組 ―薬物治療のみに頼らない診療体制の構築に向けて」 2011 東日本大震災 2011 「うつで病院に行くと殺される」『SAPIO』連載 2012年度 診療報酬改定(睡眠薬、抗不安薬それぞれ3剤以上処方の場合 の減算規定等)→2014年度 診療報酬改定で減算強化 2012「うつ 薬 多剤大量処方 わたしの場合」(akko;YouTube動画) 2012 ブログ「パキシル(抗うつ薬)ちょっと待って!!」 2012 『精神科は今日もやりたい放題』(内海聡) 2012 精神医療被害当事者会・ハコブネ発足 2012 日本うつ病学会治療ガイドライン 2012 「ベンゾジアゼピン―それはどのように作用し、離脱するにはどう すればよいか」(通称アシュトンマニュアル)日本語版公開 2013 厚労省の医療計画が5大疾病に(がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖 尿病の4大疾病に精神疾患が追加) 2013 「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドラインー出口を見 据えた不眠医療マニュアルー」 2013 「断薬.com」(2015年現在381人の断薬体験談が登録) 2013 「医原病としてのうつ病」(井原裕、日本精神神経学会学術総会) 2013 「うつの痛み」キャンペーン(塩野義製薬、イーライリリー) 8 患者数、薬の売り上げ、病院数の推移 9 調査対象者らの位置 脱 治療開始 落 治療による精神症状・ 身体症状の悪化 治療終了 自殺 ・インターネット (SNS)の情報を中 心に、減断薬の方法 の情報を獲得。 ・生物学的精神医学 や向精神薬の根拠自 体を疑う。 オーバードーズ リストカット 自殺念慮、自殺企図の出現 解」 服薬維持 病名の変更や追加 再 再服薬 「寛 難治化 (回復・服薬中止) 燃 精神障害者認定 生活保護受給 (自己判断による) 減薬・断薬 ・ のプ 回ロ 復セ ス と し て ・離脱症状への取り組み 心身のケア方法の獲得 ・当事者との情報交換 ・自分の経験を伝える ・カルテ開示 ・後遺症の問題 「薬害被害者」 「精神医療被害 者」という 自己認識の獲得 断薬に至る過程 自分は病気である 医師が処方す る薬は安全 服薬継続 医師の指示に従うこ とが患者の役割 治療の効果が感じられない 不快な症状が増えていく ★「不快な症状には薬」 「病識がない」 と言われる 主治医の態度 が豹変した 医師の指示通りに 薬を飲めば治る 減断薬の実行 薬がたくさん出されるのは、そ れだけ自分の病気が重いから ★「医者任せの治療態度」「薬の安全神話」 ★「精神科を受診し不調が増えた」 スルーされる・ はぐらかされる →入院、休職、退職、離婚、生活保護受給 医者の対応 【不信のダメ押し】 健康を取り戻したいと 思える出来事【希望】 転 薬への疑問を口にする 脳の病気だから薬を 飲まないと良くなら ないと言われた (周囲から)お医者さんの指示に 従った方がよいと言われた ★「診断や治療への疑問を口にしてはならない」 ★に該当する断薬者のナラティブはresearchmapで資料公開している ネットや書籍による情報 【経験を説明する言語】 ★「転機」 機 それまでの経験 【医療への不信】 考察:断薬者のナラティブからわかること ・うつ病・睡眠キャンペーンのマイナスの影響(医原病の広がり)。 ・自己判断による断薬者の孤立化の問題(負のレッテル、被害が理解されな い)。 ・被害者に対する支援・救済の必要性。 ・薬物療法のありかたの見直し。 ・医療中心(医療前提)の支援の見直し。 参考文献 オルタナティブ協議会編集『減断薬読本』2015年。 木下康仁『グラウンデッド・セオリー・アプローチの実践―質的研究への誘い』弘文堂、2003年。 木下康仁『ライブ講義‐M-GTA 実践的質的研究法 修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチのす べて』弘文堂、2007年。 誤診・誤処方を受けた患者とその家族たち、笠 陽一郎『精神科セカンドオピニオン―正しい診断と 処方を求めて』シーニュ、2008年。 Maruna,Shadd.2001 Making Good: How Ex-Convicts Reform and Rebuild Their Lives, Amer Psychological Assn= 津富 宏 監訳『犯罪からの離脱と「人生のやり直し」 -元犯罪者のナラティヴから学ぶ』明石書店 、 2013年。 野田正彰『うつに非ず‐うつ病の真実と精神医療の罪』講談社、2013年。 嶋田和子『精神医療の現実: 処方薬依存からの再生の物語』萬書房、2014年。 常葉まり子『ドクター・患者さん・御家族・カウンセラーのための向精神薬の減薬・断薬メンタルサ ポートハンドブック』ブイツーソリューション、2011年。 冨高辰一郎『なぜうつ病の人が増えたのか』幻冬舎ルネッサンス、2009年。 内海聡『精神科は今日も、やりたい放題』三五館、2013年。 Watters,Ethan. 2009 Crazy Like Us: The Globalization of the American Psyche, Free Press.=阿部 宏美訳『クレ イジー・ライク・アメリカ‐心の病はいかに輸出されたか』紀伊國屋書店、2013年。 Whitaker,Robert 2011 Anatomy of an Epidemic: Magic Bullets, Psychiatric Drugs, and the Astonishing Rise of Mental Illness in America. Broadway Books.=小野 善郎監訳『心の病の「流行」と精神科治療薬の真実』福 村出版、2012年。
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