学校に許諾が必要か - researchmap

小中学校の授業映像・音声のアーカイブ化
やネット配信に関する倫理的諸問題
芳賀高洋
大谷卓史
岐阜聖徳学園大学 教育学部
吉備国際大学 社会科学部
本研究の目的
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デジタルビデオカメラ技術のユーザビリティの向上
によって小中学校授業映像・音声の撮影手法、情報
共有範囲、活用が多様化。教室と外の世界がつながる。
一方で倫理的課題も>将来規制の対象に?と憂慮
 学校教育の映像・音声等のデジタル・アーカイブ化や
ネット配信における法的・倫理的諸問題を理論的に
検討する。
 その上で、授業映像・音声のより有効な活用を促進
する手がかりを探る。
 ガイドラインの提案
小中学校教育の発展向上のために、
学校授業の映像・音声の活性化を促す目的で、
合意形成のあり方、著作権処理、情報保護に関するガイドライン
本発表では
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1.近年の小中学校の授業撮影では、何がどのよう
な目的で撮影され、どのような情報が記録され、情報
共有されるかを整理。
2.学校教育の映像・音声等のデジタル・アーカイブ
化やネット配信における法的・倫理的な諸問題の所
在を検討。
3.授業映像・音声の有効利用の活性化を促すいくつ
かの手がかりを探る。
本発表 研究の方法
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(1)学校長経験者、現職学校長、現職教員等への調査
※本発表ではインタビュー調査(保護者、児童生徒は対象外)
小学校中学校両方の校長経験者
中学校長経験者
小学校教諭経験者
教育長経験者
計8名(ひとり当たり1時間~2時間程度)
(2)事例の検討
実際の授業映像・音声アーカイブ
ネット配信事例(複数のアーカイブ)
サンプル映像は、授業の質的な検討
に実際に活用されている。
4名
2名
1名
1名
小中学校の授業映像・音声の活用の実際
学校授業映像・音声の公益性
 教育の質向上(授業検討、教員研修(校内研修OffJT、公開授業))
 記録・記念
 報道
 教育活用(授業内の教材として)
 学校広報、開かれた学校
今後の可能性
 教員能力評価
 防犯(生徒指導用)
イギリスでは教室数よりカメラが多いとのニュース
 児童生徒の学習継続性補償
 反転授業、オンライン学習など
問題事例
 保護者や教員の映像共有サイト等での無断公開
 児童生徒の無断撮影、公開
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教室授業では何が撮影されるか
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映像情報
【教室内物品・環境設備】
照明、光量、空間(広さ、高さ、幅等)、内装(壁、窓、天井、床)、ロッカー(荷物や
持ち物)、書棚と書籍類、机椅子、教卓、空調、スピーカー、教具(黒板、PC、書画カメ
ラ、プロジェクター、スクリーン、文房具等)、植物、水槽、時計
【教育情報・教材】
板書、掲示物、教員作成教材、市販教材(掛け図、楽譜、写真、イラスト、デジタル教
科書、ビデオ映像、テレビ放送映像)、児童の成果物(カード、作文、書写、写真、絵
画、製作品等)、教科書、ワークシート、ノート
【人 物】
教員の容姿風貌・表情・挙動・行動、児童生徒の容姿風貌・表情・挙動・行動
※このほか教室外の風景 窓から見える建物、人物、廊下等
音声情報
【教育情報・教材】
音楽、音声教材、ビデオ音声、テレビ放送音声
【人物音声】
指導者(教員)の指示・指導・発言・会話、学習者(児童生徒)の対教員発言、
全体発言・発表・グループ内会話・個人の会話・成果(朗読、発表)
※このほか教室内外の雑音 学校外の騒音、動物の鳴き声、他教室の音声
教育の質向上目的で必要な情報
<児童生徒の学習の様子や発言>
教員の呼びかけや指示に対する応答、表情や挙手等の行動、グループ活
動等に取り組む様子、ノートの取り方、クラス全体への発表、グループ
内での会話、独り言(思考)、朗読等の音量や内容
<教員の立ち振る舞いや発言>
授業の展開、教壇での指導、板書や説明の仕方、機材や教具、指示棒の
扱い、表情や視線、巡回指導のタイミングや姿勢、児童生徒との距離感
や会話風景の在り方、児童生徒への声がけ、会話内容が検討される。
<教育情報・教材の提示>
板書や提示教材(掛け図、写真、イラスト、カード)、テレビ映像、ス
クリーン投影物の良し悪し、音楽CD、英語や国語の音声CD、ビデオ
音声、テレビ放送音声の品質音量や内容が検討される。
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法的・倫理的課題の所在
授業の著作物性(1)
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小中学校の授業の著作物性
 学校授業の教員の指示や指導、発言、会話などは「思想又
は感情を創作的に表現(著作権法第2条1項)」したものか?
 授業が教員の「職務上作成する著作物」に当たり、法人
(学校)の名前で公表されているならば著作者は学校(と
学習者)か?
 しかし授業者や学習者以外の第三者が授業をビデオ撮影し、
編集等行った場合、その映像・音声は撮影・編集者か?
 授業をビデオ撮影する場合、授業中利用される著作物や映
像に映る著作物の取り扱いは?(著作権法30条2項、第35条1項)
 共有(視聴)の範囲は?(著作権法第38条上映権など)
 学習者が小学生、中学生などの場合には、保護者の許諾が
必要か?
教室の個人情報、プライバシー(1)8/20
 学校の個人情報保護はOECD 8原則に基づいて策定された個
人情報保護法、条例に準ずる。
 指導者(教員)や学習者(児童生徒)の容姿風貌、表情、
挙動、行動、発言のほか、ロッカー(荷物や持ち物)、児
童の成果物(カード、作文、書写、写真、絵画、製作品
等)、教科書やワークシート、ノート
 「知っている人から見れば誰なのか判別可能」なため、名
前が判明しなくともビデオに映った児童生徒の顔、姿も保
護すべき「個人情報」であり、撮影に同意できないとする
個人の所在が映った映像、音声は個人の不利益が生じる可
能性のある個人情報
 授業中、氏名等を呼ぶ、書く等は日常的であり、教室内に
は個人情報が多い。
教室の個人情報、プライバシー(2)9/20
教室授業(集団、個人)に
秘匿すべきプライバシー情報はあるか?
 作文、感想文、道徳の発言発表等は?
>プライバシーが教室内で発表されることは少なくない。
 発達障がい等の児童生徒の活動の様子は?
 教員や児童生徒の授業内での失敗や怠慢等は?
 教員と児童生徒の関係性は?
教室の個人情報、プライバシー(3)10/20
事前に(秘匿すべき)プライバシーを特定するのは困難が多い。
そもそも、
 授業で発表された情報を秘匿すること自体困難。
 学習時の失敗や人間関係こそが教育現場のリアルな姿。
>この情報の検討なくして教育の質向上はありえない。
 発達障がい等は保護者の考え方にも左右される。
>特別支援学校の公開授業などもある。
 記録からプライバシー情報を抹消
>教育の質向上目的としては必要な情報である。
>労力を度外視しても行うべきか?
 撮影対象者の不利益(実害)の程度は予測可能か?
教員(学校)の義務
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守秘義務(地方公務員法第34条第1項)
 個人の秘密
指導要録、健康診断結果、教育相談の記録、
家庭状況調査表、その他児童生徒の個人に関する情報等
 公的な秘密
入試が行われる前の入試問題や発表される前の入試合否結果等
>守秘義務は主に校務分掌業務に関わる。
>授業内で守秘義務が意識されることはこれまでほとんどな
かった。
>しかし、ビデオ撮影では教員や撮影者に守秘義務が意識され
るべきものとなる。
授業撮影、情報共有の影響
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撮影、公開等されることによる影響
中村(2007)
「学校の外側に向けたカメラの設置には肯定的な意見が多くても、学校の内
側、自分たちに直接向けられたカメラには抵抗感が強い」
教室授業の撮影時に、不快感、悪感情、抵抗感はあるか?
>今回の事例検討では見られなかった。
>校長経験者へのインタビューでもそういうことはないようだ。
>むしろ、年齢が上がると意識する可能性はあるかもしれない(大学生等)
撮影時よりも、むしろ情報の共有範囲(公開非公開)が問題
不特定多数に意図せず有名になる(Kawaguchi & Kawaguchi,2012)、不要不当な
評判が形成されるおそれ等リスクを検討。
学習者(保護者)との合意形成
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撮影、情報共有に対する学習者(保護者)の同意





同意がえられない場合もある(1割程度存在)。
誤解することもある。>利用目的を明示する必要性
個人的事情(家庭の事情)により同意しない場合も多い。
写真ならまだしも映像を確認してもらうのは大変(コスト高)
リスクを説明すると不同意が多くなる。
同意がえられない場合に考えられるリスク、不利益
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強行すれば学校と学習者(保護者)と対立>児童生徒が学校欠席
児童生徒の学習活動の停滞
集団的学習効果の低下
不参加児童生徒に対する悪感情
>児童生徒の教育の機会を奪うことに
学習指導者との合意形成
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教員の同意
 同意がとれないことはほとんどない
 ネットで公開する場合には教員に許諾をえる必要があるか?
同意がとれない場合の対処
 校長の職務命令も可能。
 公益のためにどの程度の範囲で情報を共有すべきか検討が必要
 教員の同意不同意で情報共有の範囲を決定すべきか検討が必要
公開授業参観者、学校視察者による無断公開
よくある事例。撮影は許可する学校が多いが、ネットでの公開
は想定していない。視察者が無断で授業映像を視察者所属の学
校ウェブサイトで公開した例も。
>参観者や視察者に対し誓約等必要か。
解決の手がかり
授業の著作物性について
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授業の著作物性、授業は誰のもの?に対して
学校現場は答えられるか?
著作権者である指導者、学習者、学校に許諾が必要か?
>理論上は必要。
>しかし、実際に学習者(保護者)に許諾を得るには困難も多い。
>必要最低限の許諾手法の確立が望まれる。
>たとえばクリエイティブコモンズの導入など。
ネットによる公開はモザイク処理、音声処理等が必要なのか。
>理論上は必要。
>しかし、モザイク処理等をほどこした情報の価値は極端に低下。
>モザイク処理等を行うならば撮影などしないほうがよい。
記録される著作物 著作権者の許諾をえる必要があるのか。
>理論上は必要。
>しかし、著作権者の不利益(実害)の程度は低いと考えられる。
>学校と著作権者との包括的契約等の提案が望まれる。
個人情報、プライバシー情報の保護
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現実的、実務的な対応としては、
OECD原則や個人情報保護法に順じ、
 撮影時(情報収集時)に対象者に同意をえる。
 目的明確化・明示と、その公開。
 目的外利用をしない(情報共有の範囲をあらかじめ
決める)。
 削除要請があった場合、速やかに実行する。
学校単位の定期的なアセスメントと
ガイドラインの作成および見直し
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1.現場の実態に柔軟に対応できるようにするために、
学校単位で学校の授業における個人情報やプライバ
シー情報の所在を定期的にチェックし(アセスメン
ト)一定程度把握する。
2.あらかじめ授業映像音声の活用と情報共有範囲
(ガイドライン)を決める。
3.定期的(一年一度等)にガイドラインのメンテナ
ンスと公開を行う。
4.撮影対象者との合意形成はガイドラインの公開時
にあわせて行う。
まとめと課題
まとめ1
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理論上、
①授業の著作物性が認められるならば、その情報の活
用に際して教員、児童生徒、学校、あるいは著作物の
著作権者に都度許諾が必要。
②個人情報保護の観点から、理論上、個人情報等の記
録をすべてチェックし、それを抹消する措置が必要
③記録の抹消が不可能であるならば、映像音声の活用
と情報共有は、著作権者ならびに撮影対象者全員の許
諾がその都度得られなければ不可能。
まとめ2
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しかし、これらの理論は、授業映像音声の有効活用ー
公益性を阻害する恐れがある。
 著作物性について必要最低限の許諾手法の確立
>たとえばクリエイティブコモンズの導入など。
 著作権処理の軽減
>たとえば、学校と著作権者との包括的契約
 モザイク処理等編集削減作業の軽減
>事前に情報の活用の方法、情報共有する範囲とその目的の
明確化、明示し、申し出があった場合のみ削除
 個人情報の保護(情報の共有範囲等)
>OECD原則、個人情報保護法等に準じたいくつかの対応
>学校単位での定期的アセスメントとガイドライン作成およ
びその見直し
 合意形成
ガイドライン公開時に撮影対象者へ同意をえる。
今後の研究と課題
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① 授業は誰のものか、授業の著作物性の検討と理
論の構築。
② 教室の集団、個人のプライバシーに関する理論
的問題の解明。
③ 学習者への心理的影響や授業者・学習者の関係
形成などへの影響の解明。
④ 円滑な著作物利用のための条件の検討。
⑤ 技術的な解決策の検討。
⑥ 具体的な同意取得の手続きの解明。
⑦ 同意が得られない保護者がいる場合の対応。
参考文献・資料
[1]芳賀高洋,加々美勝久,安藤壽子,”学校に3つの大きなIを”,お茶の水女子大学附属学校園ICT研
究部会パンフレット,お茶の水女子大学学校教育研究部,pp6,Feb.2013.
[2]川又英紀,”「未来の教室」ではタブレットが普通 筑波大学附属小”,ITproニュース,日経BP
社,Jun.2013.
[3]文部科学省,”文部科学省動画チャンネル 小学校高学年の体育(運動領域)のデジタル教材”,
http://www.youtube.com/playlist?list=PLC97AFF40C4281B24,参照Jun.18.2013.
[4]藤村祐子,”米国における公立学校教員評価制度をめぐる判例動向”,広島大学大学院教育学研究科
紀要第三部第58号,pp107-120,広島大学大学院教育学研究科,2009.
[5]中西功治,”職場におけるプライバシー侵害の特徴と使用者の事前協議義務”,立命館法政論集 第7
号,pp100-128,立命館大学,Feb.2009.
[6]ダニエル・ライオンズ,”子供たちの目が輝く「反転授業」って? ”,Newsweek日本語版
27(42),pp48,阪急コミュニケーションズ,Nov.2012.
[7]岡村久道,”個人情報保護法の知識”,日経文庫,日本経済新聞社,Feb.2005.
[8]長谷川元洋,”情報化にともなう学校教育の問題の検討”,名古屋大学大学院教育発達科学研究科
2011年度博士論文,名古屋大学,Jan.2012.
[9]大谷卓史,”プライバシー論におけるコントロール理論の限界”,電子情報通信学会技術研究報告
ICSS情報通信システムセキュリティ110(115),
pp13-19,電子情報通信学会,Jun.2010.
[10]佐藤英善,”公務員の守秘義務論”,早稲田法学63(3) ,pp.1-62,早稲田大学法学会,May.1988.
[11]中村尚史,”監視カメラと学校”,日本教育社会学会大会発表要旨集録(59) ,pp295-296,日本教育
社会学会,Sept.2007.
[12]Kawaguchi Kanako and Yukiko Kawaguchi,"What Does Google Street View Bring about? Privacy, Discomfort and The Problem of Paradoxical Other," Contemporary and Applied
Philosophy (4) pp.19-34,応用哲学会,Aug.2012.
小中学校の授業映像・音声のアーカイブ化
やネット配信に関する倫理的諸問題
芳賀高洋
大谷卓史
岐阜聖徳学園大学 教育学部
吉備国際大学 社会科学部