小中学校の授業映像・音声のアーカイブ化 やネット配信に関する倫理的諸問題 芳賀高洋 大谷卓史 岐阜聖徳学園大学 教育学部 吉備国際大学 社会科学部 本研究の目的 1/20 デジタルビデオカメラ技術のユーザビリティの向上 によって小中学校授業映像・音声の撮影手法、情報 共有範囲、活用が多様化。教室と外の世界がつながる。 一方で倫理的課題も>将来規制の対象に?と憂慮 学校教育の映像・音声等のデジタル・アーカイブ化や ネット配信における法的・倫理的諸問題を理論的に 検討する。 その上で、授業映像・音声のより有効な活用を促進 する手がかりを探る。 ガイドラインの提案 小中学校教育の発展向上のために、 学校授業の映像・音声の活性化を促す目的で、 合意形成のあり方、著作権処理、情報保護に関するガイドライン 本発表では 2/20 1.近年の小中学校の授業撮影では、何がどのよう な目的で撮影され、どのような情報が記録され、情報 共有されるかを整理。 2.学校教育の映像・音声等のデジタル・アーカイブ 化やネット配信における法的・倫理的な諸問題の所 在を検討。 3.授業映像・音声の有効利用の活性化を促すいくつ かの手がかりを探る。 本発表 研究の方法 3/20 (1)学校長経験者、現職学校長、現職教員等への調査 ※本発表ではインタビュー調査(保護者、児童生徒は対象外) 小学校中学校両方の校長経験者 中学校長経験者 小学校教諭経験者 教育長経験者 計8名(ひとり当たり1時間~2時間程度) (2)事例の検討 実際の授業映像・音声アーカイブ ネット配信事例(複数のアーカイブ) サンプル映像は、授業の質的な検討 に実際に活用されている。 4名 2名 1名 1名 小中学校の授業映像・音声の活用の実際 学校授業映像・音声の公益性 教育の質向上(授業検討、教員研修(校内研修OffJT、公開授業)) 記録・記念 報道 教育活用(授業内の教材として) 学校広報、開かれた学校 今後の可能性 教員能力評価 防犯(生徒指導用) イギリスでは教室数よりカメラが多いとのニュース 児童生徒の学習継続性補償 反転授業、オンライン学習など 問題事例 保護者や教員の映像共有サイト等での無断公開 児童生徒の無断撮影、公開 4/20 教室授業では何が撮影されるか 5/20 映像情報 【教室内物品・環境設備】 照明、光量、空間(広さ、高さ、幅等)、内装(壁、窓、天井、床)、ロッカー(荷物や 持ち物)、書棚と書籍類、机椅子、教卓、空調、スピーカー、教具(黒板、PC、書画カメ ラ、プロジェクター、スクリーン、文房具等)、植物、水槽、時計 【教育情報・教材】 板書、掲示物、教員作成教材、市販教材(掛け図、楽譜、写真、イラスト、デジタル教 科書、ビデオ映像、テレビ放送映像)、児童の成果物(カード、作文、書写、写真、絵 画、製作品等)、教科書、ワークシート、ノート 【人 物】 教員の容姿風貌・表情・挙動・行動、児童生徒の容姿風貌・表情・挙動・行動 ※このほか教室外の風景 窓から見える建物、人物、廊下等 音声情報 【教育情報・教材】 音楽、音声教材、ビデオ音声、テレビ放送音声 【人物音声】 指導者(教員)の指示・指導・発言・会話、学習者(児童生徒)の対教員発言、 全体発言・発表・グループ内会話・個人の会話・成果(朗読、発表) ※このほか教室内外の雑音 学校外の騒音、動物の鳴き声、他教室の音声 教育の質向上目的で必要な情報 <児童生徒の学習の様子や発言> 教員の呼びかけや指示に対する応答、表情や挙手等の行動、グループ活 動等に取り組む様子、ノートの取り方、クラス全体への発表、グループ 内での会話、独り言(思考)、朗読等の音量や内容 <教員の立ち振る舞いや発言> 授業の展開、教壇での指導、板書や説明の仕方、機材や教具、指示棒の 扱い、表情や視線、巡回指導のタイミングや姿勢、児童生徒との距離感 や会話風景の在り方、児童生徒への声がけ、会話内容が検討される。 <教育情報・教材の提示> 板書や提示教材(掛け図、写真、イラスト、カード)、テレビ映像、ス クリーン投影物の良し悪し、音楽CD、英語や国語の音声CD、ビデオ 音声、テレビ放送音声の品質音量や内容が検討される。 6/20 法的・倫理的課題の所在 授業の著作物性(1) 7/20 小中学校の授業の著作物性 学校授業の教員の指示や指導、発言、会話などは「思想又 は感情を創作的に表現(著作権法第2条1項)」したものか? 授業が教員の「職務上作成する著作物」に当たり、法人 (学校)の名前で公表されているならば著作者は学校(と 学習者)か? しかし授業者や学習者以外の第三者が授業をビデオ撮影し、 編集等行った場合、その映像・音声は撮影・編集者か? 授業をビデオ撮影する場合、授業中利用される著作物や映 像に映る著作物の取り扱いは?(著作権法30条2項、第35条1項) 共有(視聴)の範囲は?(著作権法第38条上映権など) 学習者が小学生、中学生などの場合には、保護者の許諾が 必要か? 教室の個人情報、プライバシー(1)8/20 学校の個人情報保護はOECD 8原則に基づいて策定された個 人情報保護法、条例に準ずる。 指導者(教員)や学習者(児童生徒)の容姿風貌、表情、 挙動、行動、発言のほか、ロッカー(荷物や持ち物)、児 童の成果物(カード、作文、書写、写真、絵画、製作品 等)、教科書やワークシート、ノート 「知っている人から見れば誰なのか判別可能」なため、名 前が判明しなくともビデオに映った児童生徒の顔、姿も保 護すべき「個人情報」であり、撮影に同意できないとする 個人の所在が映った映像、音声は個人の不利益が生じる可 能性のある個人情報 授業中、氏名等を呼ぶ、書く等は日常的であり、教室内に は個人情報が多い。 教室の個人情報、プライバシー(2)9/20 教室授業(集団、個人)に 秘匿すべきプライバシー情報はあるか? 作文、感想文、道徳の発言発表等は? >プライバシーが教室内で発表されることは少なくない。 発達障がい等の児童生徒の活動の様子は? 教員や児童生徒の授業内での失敗や怠慢等は? 教員と児童生徒の関係性は? 教室の個人情報、プライバシー(3)10/20 事前に(秘匿すべき)プライバシーを特定するのは困難が多い。 そもそも、 授業で発表された情報を秘匿すること自体困難。 学習時の失敗や人間関係こそが教育現場のリアルな姿。 >この情報の検討なくして教育の質向上はありえない。 発達障がい等は保護者の考え方にも左右される。 >特別支援学校の公開授業などもある。 記録からプライバシー情報を抹消 >教育の質向上目的としては必要な情報である。 >労力を度外視しても行うべきか? 撮影対象者の不利益(実害)の程度は予測可能か? 教員(学校)の義務 11/20 守秘義務(地方公務員法第34条第1項) 個人の秘密 指導要録、健康診断結果、教育相談の記録、 家庭状況調査表、その他児童生徒の個人に関する情報等 公的な秘密 入試が行われる前の入試問題や発表される前の入試合否結果等 >守秘義務は主に校務分掌業務に関わる。 >授業内で守秘義務が意識されることはこれまでほとんどな かった。 >しかし、ビデオ撮影では教員や撮影者に守秘義務が意識され るべきものとなる。 授業撮影、情報共有の影響 12/20 撮影、公開等されることによる影響 中村(2007) 「学校の外側に向けたカメラの設置には肯定的な意見が多くても、学校の内 側、自分たちに直接向けられたカメラには抵抗感が強い」 教室授業の撮影時に、不快感、悪感情、抵抗感はあるか? >今回の事例検討では見られなかった。 >校長経験者へのインタビューでもそういうことはないようだ。 >むしろ、年齢が上がると意識する可能性はあるかもしれない(大学生等) 撮影時よりも、むしろ情報の共有範囲(公開非公開)が問題 不特定多数に意図せず有名になる(Kawaguchi & Kawaguchi,2012)、不要不当な 評判が形成されるおそれ等リスクを検討。 学習者(保護者)との合意形成 13/20 撮影、情報共有に対する学習者(保護者)の同意 同意がえられない場合もある(1割程度存在)。 誤解することもある。>利用目的を明示する必要性 個人的事情(家庭の事情)により同意しない場合も多い。 写真ならまだしも映像を確認してもらうのは大変(コスト高) リスクを説明すると不同意が多くなる。 同意がえられない場合に考えられるリスク、不利益 強行すれば学校と学習者(保護者)と対立>児童生徒が学校欠席 児童生徒の学習活動の停滞 集団的学習効果の低下 不参加児童生徒に対する悪感情 >児童生徒の教育の機会を奪うことに 学習指導者との合意形成 14/20 教員の同意 同意がとれないことはほとんどない ネットで公開する場合には教員に許諾をえる必要があるか? 同意がとれない場合の対処 校長の職務命令も可能。 公益のためにどの程度の範囲で情報を共有すべきか検討が必要 教員の同意不同意で情報共有の範囲を決定すべきか検討が必要 公開授業参観者、学校視察者による無断公開 よくある事例。撮影は許可する学校が多いが、ネットでの公開 は想定していない。視察者が無断で授業映像を視察者所属の学 校ウェブサイトで公開した例も。 >参観者や視察者に対し誓約等必要か。 解決の手がかり 授業の著作物性について 15/20 授業の著作物性、授業は誰のもの?に対して 学校現場は答えられるか? 著作権者である指導者、学習者、学校に許諾が必要か? >理論上は必要。 >しかし、実際に学習者(保護者)に許諾を得るには困難も多い。 >必要最低限の許諾手法の確立が望まれる。 >たとえばクリエイティブコモンズの導入など。 ネットによる公開はモザイク処理、音声処理等が必要なのか。 >理論上は必要。 >しかし、モザイク処理等をほどこした情報の価値は極端に低下。 >モザイク処理等を行うならば撮影などしないほうがよい。 記録される著作物 著作権者の許諾をえる必要があるのか。 >理論上は必要。 >しかし、著作権者の不利益(実害)の程度は低いと考えられる。 >学校と著作権者との包括的契約等の提案が望まれる。 個人情報、プライバシー情報の保護 16/20 現実的、実務的な対応としては、 OECD原則や個人情報保護法に順じ、 撮影時(情報収集時)に対象者に同意をえる。 目的明確化・明示と、その公開。 目的外利用をしない(情報共有の範囲をあらかじめ 決める)。 削除要請があった場合、速やかに実行する。 学校単位の定期的なアセスメントと ガイドラインの作成および見直し 17/20 1.現場の実態に柔軟に対応できるようにするために、 学校単位で学校の授業における個人情報やプライバ シー情報の所在を定期的にチェックし(アセスメン ト)一定程度把握する。 2.あらかじめ授業映像音声の活用と情報共有範囲 (ガイドライン)を決める。 3.定期的(一年一度等)にガイドラインのメンテナ ンスと公開を行う。 4.撮影対象者との合意形成はガイドラインの公開時 にあわせて行う。 まとめと課題 まとめ1 18/20 理論上、 ①授業の著作物性が認められるならば、その情報の活 用に際して教員、児童生徒、学校、あるいは著作物の 著作権者に都度許諾が必要。 ②個人情報保護の観点から、理論上、個人情報等の記 録をすべてチェックし、それを抹消する措置が必要 ③記録の抹消が不可能であるならば、映像音声の活用 と情報共有は、著作権者ならびに撮影対象者全員の許 諾がその都度得られなければ不可能。 まとめ2 19/20 しかし、これらの理論は、授業映像音声の有効活用ー 公益性を阻害する恐れがある。 著作物性について必要最低限の許諾手法の確立 >たとえばクリエイティブコモンズの導入など。 著作権処理の軽減 >たとえば、学校と著作権者との包括的契約 モザイク処理等編集削減作業の軽減 >事前に情報の活用の方法、情報共有する範囲とその目的の 明確化、明示し、申し出があった場合のみ削除 個人情報の保護(情報の共有範囲等) >OECD原則、個人情報保護法等に準じたいくつかの対応 >学校単位での定期的アセスメントとガイドライン作成およ びその見直し 合意形成 ガイドライン公開時に撮影対象者へ同意をえる。 今後の研究と課題 20/20 ① 授業は誰のものか、授業の著作物性の検討と理 論の構築。 ② 教室の集団、個人のプライバシーに関する理論 的問題の解明。 ③ 学習者への心理的影響や授業者・学習者の関係 形成などへの影響の解明。 ④ 円滑な著作物利用のための条件の検討。 ⑤ 技術的な解決策の検討。 ⑥ 具体的な同意取得の手続きの解明。 ⑦ 同意が得られない保護者がいる場合の対応。 参考文献・資料 [1]芳賀高洋,加々美勝久,安藤壽子,”学校に3つの大きなIを”,お茶の水女子大学附属学校園ICT研 究部会パンフレット,お茶の水女子大学学校教育研究部,pp6,Feb.2013. [2]川又英紀,”「未来の教室」ではタブレットが普通 筑波大学附属小”,ITproニュース,日経BP 社,Jun.2013. [3]文部科学省,”文部科学省動画チャンネル 小学校高学年の体育(運動領域)のデジタル教材”, http://www.youtube.com/playlist?list=PLC97AFF40C4281B24,参照Jun.18.2013. [4]藤村祐子,”米国における公立学校教員評価制度をめぐる判例動向”,広島大学大学院教育学研究科 紀要第三部第58号,pp107-120,広島大学大学院教育学研究科,2009. [5]中西功治,”職場におけるプライバシー侵害の特徴と使用者の事前協議義務”,立命館法政論集 第7 号,pp100-128,立命館大学,Feb.2009. [6]ダニエル・ライオンズ,”子供たちの目が輝く「反転授業」って? ”,Newsweek日本語版 27(42),pp48,阪急コミュニケーションズ,Nov.2012. [7]岡村久道,”個人情報保護法の知識”,日経文庫,日本経済新聞社,Feb.2005. [8]長谷川元洋,”情報化にともなう学校教育の問題の検討”,名古屋大学大学院教育発達科学研究科 2011年度博士論文,名古屋大学,Jan.2012. [9]大谷卓史,”プライバシー論におけるコントロール理論の限界”,電子情報通信学会技術研究報告 ICSS情報通信システムセキュリティ110(115), pp13-19,電子情報通信学会,Jun.2010. [10]佐藤英善,”公務員の守秘義務論”,早稲田法学63(3) ,pp.1-62,早稲田大学法学会,May.1988. [11]中村尚史,”監視カメラと学校”,日本教育社会学会大会発表要旨集録(59) ,pp295-296,日本教育 社会学会,Sept.2007. [12]Kawaguchi Kanako and Yukiko Kawaguchi,"What Does Google Street View Bring about? Privacy, Discomfort and The Problem of Paradoxical Other," Contemporary and Applied Philosophy (4) pp.19-34,応用哲学会,Aug.2012. 小中学校の授業映像・音声のアーカイブ化 やネット配信に関する倫理的諸問題 芳賀高洋 大谷卓史 岐阜聖徳学園大学 教育学部 吉備国際大学 社会科学部
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