資本市場論 (5)ファクターモデルとAPT 三隅隆司 1 ファクター・モデル 危険資産の収益は以下の2種類の要素によって決定されると考える。 多数の資産に影響を与える(比較的少数の)共通要因 - マクロ経済要因(金利の変動、インフレ期待、原油価格 等) 当該資産特有の要因 - 企業のコスト削減努力 - 粉飾決算の発覚 - 分散化を前提にすると、資産特有の要因は無視できる。 ファクターモデル (Factor Models) - 収益の変動は、共通要因によって決定される。 - 共通要因に対する感応度は、資産によって異なる。 2 市場モデル (1) 危険資産 i の収益率が、市場ポートフォリオの収益率に依存する 部分と、その他の要因に依存する部分とに分けられ、(1)式のよう にあらわされるとする。 (注) (1) 式は、市場に存在する資産の収益率が多変量正規分布に従うとの仮定 から導出される。 ~r R~ ~ i i i M i where ~ ~ N (0, 2 ), i i (1) ~ Cov( RM , ~i ) 0 ここで、 ~ ~ i E ( ri ) i E ( RM ) ~ ~ Cov( ri , RM ) i ~ Var ( RM ) (2) 市場モデルは、収益 率の発生過程に関す る仮定から導出された ものであって、何らか の理論(モデル)から導 出されて収益率決定 式ではない点に注意 すること。 3 市場モデル (2) 分散分割 (1)式より、資産 i の収益率の分散を求めると、 ~ 2 ~ Var ( ri ) i Var ( RM ) Var (~i ) (3) 右辺第1項: 組織的リスク (systematic risk) 資産収益率の変動のうち、市場全体の動きによって説明可能な部分。 右辺第2項: 非組織的リスク (unsystematic risk) (3) の両辺を Var(ri) でわり、βi の定義等を利用して変形すると、 2 ~ ~ Var ( ) Var ( r )1 i i iM (4) 単回帰の場合、説明変数と被説明変数との間の相関係数(の2乗)が決定係数 (R2)に等しいことを考え合わせると、 (6 - 4)式から非組織的リスクの意味が理解 できる。 4 非組織的リスクは分散可能か? 分散化可能リスク (diversifiable risk) 十分に分散化されたポートフォリオを保有することによって実質的に除去 可能なリスク しばしば、非組織的リスクは分散化可能であるといわれる。 → このような説明は、必ずしも正しくはない。 市場モデルにおける非組織的リスクは、資産価格の変動のうち、 市場全体の動きによっては説明不能な部分のことである。 市場モデルで取り上げられている共通要因は、市場リスク要因のみで あり、それ以外の共通要因は非組織的リスクに含まれている。 金利リスクは、共通要因の一つと考えられ、分散化によって除去可能 なものではないが、定義によって非組織的リスクに含まれる。(ただし、 金利リスクの一部は、組織的リスクに含まれていると考えられる) 5 市場モデル (3) A One-Factor Model 市場ポートフォリオの収益率が,異なる資産の収益率の共編関係 (相関関係)に対する唯一の源泉であるという One-factor モデルと しての市場モデルは以下のようにあらわされる。 ~ ~ ri i i RM ~i where ~ ~ N (0, 2 ), i i (5) ~ Cov( RM , ~i ) 0 Cov(~i , ~j ) 0 for i j (異なる資産の収益率の攪乱項 は相互に無相関である) One-factor モデルにおいては、企業特有の要因は相互に独立。 共通要因は、市場要因のみ。 “ 非組織的リスク=分散化可能リスク” が成立。 共通要因が市場要因のみという想定は非現実的。 → Multi-factor モデルへ 6 分散化にともなうリスク低減について (1) 個別資産 i (i=1,2, …, n) の収益率が市場モデル (1) によって与えられていると する. いま,n個の資産を等比率で保有するポートフォリオPを考えると,このポートフォ リオPの収益率は次式で与えられる. 1 n ~ 1 n ~ ~ RP Ri i i RM ~i n i 1 n i 1 1 n 1 n ~ 1 n ~ i i RM i n i 1 n i 1 n i 1 (6) ~ P P RM ~P ~ ~ 2 Var RP PVar RM Var ~P (7) 7 分散化にともなうリスク低減について (2) (7)右辺第一項 ポートフォリオの収益率の分散の組織的リスク 市場全体の動きに連動するリスク部分 ベータと市場ポートフォリオの収益率の分散に依存しており,分散化の程 度に依存しない (7)右辺第二項 ポートフォリオの非組織的リスク 銘柄(企業)特有の要因に帰属するリスク部分 ベータと市場ポートフォリオの収益率の分散に依存しており,分散化の程 度に依存しない 2 1 ~ 1 Var P i n i 1 n Var ~ n → 0 (n → ) : 企業特有のリスクの平均 (一定値) 8 資産価格の決定要因 金融資産のリスクの程度に応じた市場の値付けは、リスク・プレミア ムの大きさに反映される。 CAPM : - 危険資産のリスク・プレミアムは、市場ベータのみを反映し て決定される。 市場ベータ以外の属性が、資産の期待収益率に影響を与えている 可能性は本当にないのか? - 市場ベータ以外の要因でリスク・プレミアムが決定される現象 を、「(資産価格における)アノマリー」と呼ぶ。 9 アノマリー (1) Value vs. Growth Basu, S. (1977) - 株価収益率(P/E)と株式リターンの関係。(NYSE, 1957-1971) - 低P/E 銘柄は高P/E 銘柄に比べて平均的に高いリターンをあげている。 - Basu は、この結果を、「利益の短期的な増減に対する株価の過剰反応」と捉えている。 - Semi-Strong Form の効率的市場仮説への否定的結論。 Litzenberger-Ramaswamy (1979): - 配当利回りの高い銘柄のリターンは高い。(1936-1977) - 個人所得税がキャピタル・ゲインには軽く、インカム・ゲインには重いという税制に起因。 Stattman (1980) - 株価純資産倍率 (PBR) の低い銘柄が平均的に高いリターンをあげている。 以上の結論は、バリュー銘柄(割安銘柄)がグロース銘柄(成長銘柄)よりも平 均的に高いリターンをあげているということを示している。 10 アノマリー (2) Size Effects Banz (1981): - 企業規模の小さい銘柄のリターンは、リスク調整後でも高いという傾向が永続 的に見られる。(1926-1975) Reinganum (1981) - 株価収益率と株式リターンの関係は、小型株が姿を変えているに過ぎない。 - 株式リターンに対する株価収益率効果と小型株効果は、共通の見えざる要 因に起因していて、その見えざる要因は株価収益率よりも企業規模とより密 接に関係。 Chan-Hamao-Lakonishok (1991) - 日本の株式についても、小型株効果とバリュー効果を確認。 11 市場ベータは有効か? β ① -0.37 (-1.21) ① βは単独でも資産収益率の有意な説明変数となって いない。 ② 企業の時価総額は資産収益率の有意な説明変数。 -0.15 (-2.58) ③ 収益率をβと時価総額について回帰しても、規模 効果は有意。 -0.17 (-3.41) ④ 簿価-時価比率の説明力は、時価総額の説明力より 大きい。 0.50 (5.71) ④ ⑤ ln(BE/ME) 0.15 (0.46) ② ③ ln(ME) Fama&French(1992) -0.11 (-1.99) ⑤ 時価総額と簿価-時価比率について回帰した場合、 両者が資産収益率に対して有意な説明力を持つ。 0.35 (4.44) Fama-French (1992), Table III ここには示されていないが、E/P が資産収益率に与える 効果は、ME, BE/MEの効果に吸収されてしまうことも、 Fama-French は示している。 株式リターンの銘柄間格差に有意な影響を与えているのは、企 業の時価総額と株価純資産倍率。 ベータは有意な説明変数ではない。 12 Risk Premium vs. Irrational Pricing Fama – FrenchによるCAPM(特にベータ)に対する否定的結論は何を意味するのか? Two Stories: (1) より厳密かつ現実的な資産価格理論構築の必要性 - CAPM は2パラメータ・アプローチにもとづいている。 → 市場ポートフォリオの効率性 → 市場ポートフォリオとの連動性の重視 - より複雑・現実的な想定にもとづいた資産価格理論においては、ベータ以外の要因がリ スク・プレミアムの重要な決定要因となろう。 → Fama-French の3ファクターモデル (2) 投資家の心理的要因を考慮した資産価格理論構築の必要性 - 投資家は、必ずしも合理的ではない。 - 投資家の非合理性が、現実の資産価格が理論値から乖離させる要因となっているのでは ないか? → 行動ファイナンス (注) CAPM に関する理論と実証の展望については、以下の論文が大変参考になる。 Fama , E. F. and K. R. French, (2004) “The Capital Asset Pricing Model : Theory and Evidence,” Journal of Economic Perspectives, Vol.18, pp.25-46. 13 Fama-French Three-Factor Model Fama and French (1993) は、資産収益率を説明する価格モデルとして、次のような モデルを提示した。 - 収益率は、3つの要因によって決定されることを意味しているため、Three- factor model と呼ばれている。 E (ri ) R f iM [ E ( RM ) R f ] is E ( SMB) ih E ( HML) SMB (small minus big) 規模に関して下位50%の銘柄からなるポートフォリオの収益率と規模 に関して上位50%の銘柄からなるポートフォリオの収益率の差。 HML (high minus low) 簿価-時価比率の高い(30%の)銘柄からなるポートフォリオの収益率 と簿価-時価比率の低い(30%の)銘柄からなるポートフォリオの収益 率の差。 14 Multifactor Models (1) ~ ~ ~ ~ ri i i1F1 i 2 F2 iK FK ~i (8) 資産の収益率は、企業特有の要因(ε)および複数の共通要因 (common factors; Fk によって表される) によって決定される。 各資産は、共通要因に対して異なった感応度(β)を有する。 企業特有の要因(ε)は、企業間で相互に無相関であり、十分に分散化された ポートフォリオにおいては、総分散に対する寄与は無視できる。 共通要因の求め方: • 因子分析を用いて特定 • マクロ経済変数 • 企業特性 15 Multifactor Models (2) : Factor Betas ポートフォリオのファクター・ベータ 所与のファクターに対するポートフォリオのファクター・ベータは、当該ファクターに対す る各資産のベータを、当該資産の構成比率によって加重平均したものである。 (8) で与えられる K ファクターモデルを考える。資産 i ( I = 1,2,…,N) の保有比率が xi であるようなポートフォリオ p をファクターを用いて表すと以下のようになる。 ~ ~ ~ ~ ~ Rp p p1F1 p 2 F2 pK FK1 p (9) p x11 x2 2 x N N p1 x111 x2 21 x N N 1 p 2 x112 x2 22 x N N 2 pK x11K x2 2 K x N NK ~ x ~ x ~ x ~ p 1 1 2 2 N N 16 Multifactor Models (3) : Covariances 相互に無相関であるK個のファクターが存在しており、資産 i および j の収益 率は、それぞれKファクターモデルにより以下のように表されるとする。 ~ ~ ~ ~ ri i i1 F1 i 2 F2 iK FK ~i ~ ~ ~ ~ r j j j1 F1 j 2 F2 jK FK ~j このとき、資産 i および j の収益率の共分散は、以下のように与えられる。 ~ ~ ~ ij i1 j1Var( F1 ) i 2 j 2Var( F2 ) iK jKVar( FK ) (10) 資産収益率間の共分散は、ファクターの分散およびファクター・ベータのみに依存。 企業特有の要因は、他の要因とは無相関だから、ポートフォリオの分散には無関連。 共通要因の間に相関がある場合、(10) は以下のように書き換えられる。 K K ij m 1 n 1 ~ ~ im inCov( Fm , Fn ) 17 Multifactor Models (4) : Variances 相互に無相関であるK個のファクターが存在しており、資産 i の収益率が、K ファクターモデルにより以下のように表されるとする。 ~ ~ ~ ~ ri i i1F1 i 2 F2 iK FK ~i このとき、資産 i 収益率の分散は、以下のように与えられる。 ~ ~ ~ 2 2 2 ~ Var(ri ) i1Var( F1 ) i 2Var( F2 ) iKVar( FK ) Var(~i ) (11) 資産収益率の分散は、当該資産のファクター・リスク(K種類)および 当該資産特有のリスクの和として与えられる。 18 APT (1) : 仮定 APT(Arbitrage Pricing Theory : 裁定評価理論)の仮定 1. 資産の収益率は、ファクター・モデルにしたがっている。 2. 裁定機会は存在しない。 3. 多数の資産(証券)が存在しており、企業特有のリスクを分散化するポー トフォリオを組成することができる。(企業特有のリスクは無視できる) 4. 資本市場は完全競争的である。 APT のアイディア: 任意の資産(ポートフォリオ)に対して、それと同じファクターベータを有する(同じ収益 をもたらす)複製ポートフォリオを考える。上記の仮定の下では、均衡において、この2 つのポートフォリオは、同一の収益率をもたなければならない。 19 APT (2) : Factor Portfolios [1] ファクター・ポートフォリオ (Factor Portfolio) ある1つのファクターの感応度のみが1で、他のファクターの感応度がゼロと なるようなポートフォリオ (例1) ファクター・ポートフォリオの組成 A, B, C という3つの資産が存在し、その収益率は、以下のような2ファクター・モデルに よって表されているとする(さらに、各ファクターの期待値はゼロであると仮定) ~ ~ ~ rA 0.08 2 F1 3F2 ~ ~ ~ rB 0.10 3F1 2 F2 ~ ~ ~ r 0.10 3F 5 F C 1 2 このとき、2つのファクター・ポートフォリオを組成することを考える。 20 APT (3) : Factor Portfolios [2] 各資産の保有比率が xA, xB, xC であるようなポートフォリオ p を2ファクター・モデルで表す と次のようになる。 ~ R p (0.08 x A 0.1xB 0.1xC ) ~ ~ (2 x A 3xB 3xC ) F1 (3x A 2 xB 5 xC ) F2 ここで、第1ファクターの感応度のみが1であるようなファクターポートフォリオにおい ては、以下の条件が満たされなければならない。 2 x A 3 xB 3 xC 1 3 x A 2 xB 5 xC 0 x x x 1 B C A → 1 4 x A 2, xB , xC 3 3 同様にして、第2ファクターの感応度のみが1であるようなファクターポートフォリオは、 以下のような保有比率によって組成される。 2 4 x A 3, xB , xC 3 3 21 APT (4) : Factor Portfolios [3] K ファクター・モデルにおけるK 個のファクターのリスク・プレミアムを、それぞれ λ1, λ2, … ,λK によって表す。 1 4 p1 2(0.08) (0.1) (0.1) 0.06 3 3 フォリオのリスクプレミアムを求める。なお、 → 2 4 p 2 3(0.08) (0.1) (0.1) 0.04 安全利子率は4%であるとする。 3 3 (例1) で求めた2つのファクター・ポート 各々のファクター・ポートフォリオは、 次のような式で表される。 各ファクター・ポートフォリオのリスク・ プレミアム → → ~ ~ ~ R p1 0.06 F1 0 F2 ~ ~ ~ R p 2 0.04 0 F1 F2 λ1 = 0.06 – 0.04 = 0.02 λ2 = 0.04 – 0.04 = 0 22 APT (5) : 任意の資産収益の複製(Tracking) [1] ファクター・ポートフォリオおよび安全資産を適当に組み合わせることによっ て、任意の資産の収益を複製することが可能となる。 (例2) ファクター・ポートフォリオによる資産収益の複製 (例1)で求めた2つのファクター・ポートフォリオおよび安全資産(安全利子率4%)を 用いて、以下のような収益構造を有する資産を複製することを考える。 ~ ~ ~ r 0.086 2 F1 0.6 F2 ここで、2つのファクター・ポートフォリオは、 以下によって与えられている。 ~ ~ ~ R p1 0.06 F1 0 F2 ~ ~ ~ R p 2 0.04 0 F1 F2 複製ポートフォリオにおける各資産の 保有比率は以下の通り ファクター・ポートフォリオ1 ・・・ 2 ファクター・ポートフォリオ2 ・・・-0.6 安 全 資 産 ・・・ –0.4 23 APT (6) : 任意の資産収益の複製(Tracking) [2] 第 j ファクターのファクター・ベータがβijであるような K ファクター モデルにしたがう収益をもたらす投資は、第 1 ファクター・ポート フォリオをβi1、第 2 ファクター・ポートフォリオをβi2、・・・第 K ファ クター・ポートフォリオをβiK、安全資産を1-Σjβij といったウェイト で組成されたポートフォリオによって複製される。 また、複製ポートフォリオの期待収益率は次式によって与えられる。 r f i11 i 2 2 iK K (12) ここで、λ1, λ2, … , λK は、ファクター・ポートフォリオのリスク・プレミアムであり、 rf は、安全利子率である。 24 APT (7) 複製ポートフォリオの期待収益率と、被複製資産の期待収益率は等しくなけれ ばならない。(APT) E (~ ri ) rf i11 i 2 2 iK K (13) - 両者が等しくない場合、裁定機会が存在する。 - 前者が後者より大なる場合、被複製資産をショートにして得た資金で、複製 ポートフォリオを保有すれば、ゼロ・コストで確実に収益を上げることができる。 (例2)の場合 組成されたポートフォリオの期待収益率: - 0.4 (0.04) + 2 (0.06) – 0.6 (0.04) = 0.08 (8%) 被複製資産の期待収益率 8.6% } 裁定機会の存在 25 CAPM vs. APT CAPM : Pros : Cons : 全ての資産の収益率に対して適用可能 シンプルであり、ファクターの解釈が容易にできる。 市場ファクターのみで説明可能かという疑問 「マーケット・ポートフォリオ」は、組成不可能という根本的疑問 APT : Pros : Cons : 「裁定機会の非存在」という単純なアイディアにもとづいた説 得力のある評価モデル。 ファクターは観察可能であり、実存する資産による分散化され たポートフォリオにもとづいて導出されるリスクとリターンの関 係を描写。 資産の数が一定数以上(資産に特有のリスクを分散化できる だけの数)なければ適用できない。 ファクターの解釈が困難。 26
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