01 Asset management ア セ ッ ト マ ネ ジ メ ン ト ファクター投資で変わる資産運用 資産のリスクとリターンを決める「ファクター」に注目した運用管理が広がっている。個々の投資家が自 らに適合するファクターを効率的に組み合わせてポートフォリオを構築する世界が到来する。 機関投資家にはファクター投資の実践例が増えてい ファクターとは る。最も包括的な例と考えられるのが、デンマークの 公的年金であるATPである。ATPは、2016年以後の 資産運用におけるファクターとは、様々な資産のリ 1) 運用管理を、金利、インフレ、株式、その他という4つ ターンやリスクに影響する共通要因のことである 。経 のファクターに対するエクスポージャーに基づいて行 済成長、インフレ、長短金利差、信用力、株式、ボラ い 、その配分を金利と株式に対して各35%、インフ ティリティ、割安度(バリュー)、モメンタム、流動性 レとその他に対して各15%とするとしている。他の機 などで、これらは資産の収益率の経時的な変動や、クロ 関投資家でも、個別資産のベンチマークを特定のファク スセクションの格差を説明する有力な要因とされてい ター・エクスポージャーを持つものに変更したり、主た る。これらのファクターの有効性を検証したり、新しい るファクターに従って個別資産をカテゴリー分けする例 ファクターを発見する試みが続いている。 は多く見られる(こうした方法はファクター・ティルト 資産とファクターの関係は、食品と栄養の関係に喩え と呼ばれる) 。 られる。健康な食生活とは、食品に含まれる栄養をよく ファクターに基づく運用が、資産というラベルに依拠 吟味し、それらのバランスを考慮したものだ。多様な食 した運用よりも優れていると考えられるのは、ファク 品を摂ったとしても、同じ栄養が含まれるものばかりで ターこそがリスクとリターンの源泉であるからだ。ファ は健康的とはいえない。資産運用でも同様に、様々な投 クターによってポートフォリオを分析する方がより本質 資対象や運用戦略に分散投資をしても、それらが共通の 的な知見が得られるし、ファクターに基づくポートフォ ファクターによって同じ影響を受けるとしたら、分散効 リオ構築はより頑健な分散効果を得たり、資産横断的な 果の小さい偏った投資ということになる。 投資判断ができたり、ポートフォリオのリターンの予測 2) 可能性を向上させたりする。先のATPも、ファクター ファクターに基づく運用管理の広がり を用いる利点は多数あるとしながらも、特に ◦背後にあるリスクをよりよく理解でき、リスク管理能 資産はファクターの組み合わせなので、投資家は既に 暗黙裏にファクターに投資しているといえる。既存の個 別資産や、その組み合わせであるポートフォリオを、 6 力が向上する ◦様々な資産を横断的に分析・比較できるようになり、 投資意思決定の柔軟性が向上する 各ファクターにどの程度曝されているか(エクスポー の2点を挙げている。 ジャー)という観点から分析・評価することは、これま また、ファクター自体の性質や、資産ないし運用戦略 でも行われてきた。この考え方を発展させ、ファクター との関係を正しく把握できれば、投資家はそれぞれの投 へのエクスポージャーを能動的に管理する方法が「ファ 資信念とリスクに対する態度によく適合するポートフォ クター投資」である。 リオを構築できるようになるだろう。 野村総合研究所 金融 ITナビゲーション推進部 ©2016 Nomura Research Institute, Ltd. All rights reserved. NOTE 1)本 稿 の 論 旨 は『資 産 運 用 の 本 質:フ ァ ク タ ー 投 資 へ インフレ・ヘッジ手段であるかは、 1)の文献を参照。 の 体 系 的 ア プ ロ ー チ』 、 A. ア ン グ 著、坂 口 他 監 訳、金 融 財 政 事 情 研 究 会、2016年3月(Andrew Ang, 4) 静的ファクターと動的ファクターについては1)の文献 を参照。 “Asset Management: A Systematic Approach 5) ファクターへの投資が容易になれば、 それは市場メカニ to Factor Investing” , Oxford University Press, ズムを通じてそのプライシングに影響する可能性があ 2014)によっている。 2)従来は、 資産を5つの「リスク・クラス」のいずれかに分 る。一部のファクターについては、既にこうした事象が 生じている。その事例等については1)の文献を参照。 類し、ポートフォリオの期待ショートフォールに対す るそれらの寄与度で管理していた。ATP については、 “The ATP Group Annual Report 2015”を参照。 3)資産とファクターの関係についての分析や、 何が優れた ただし、ファクターと資産との関係は通説で言われる ンチマークの利用が広がると、アクティブ運用能力の特 ほど直截なものではない。例えば一般的な株式や、金な 定がより先鋭化される。市場ベンチマークには勝っても どのコモディティ、不動産はインフレ・ヘッジの手段と ファクター・ベンチマークに勝てなければ、解約のプ 3) しては決して優れたものではない 。また投資家側も、 レッシャーを受けることになるだろう。実際、それまで ファクターに対する投資信念を確立したり、自らの投資 アルファとして説明されてきた部分がファクターに起因 目的や制約に照らして様々なファクターを評価すること することが明らかになり、安価なファクター戦略に代替 が必要になる。これらはコンサルタントやアドバイザー されることは、これまでも生じてきた。これとは逆に、 による支援が期待される領域である。 市場ベンチマークに負けてもファクター・ベンチマーク に勝つのなら解約の危険はない。なぜならそれは顧客が 資産運用業界へのインパクト ベンチマークとして事前に了解していることだからで ある。 ファクター投資の広がりは、資産運用会社のビジネス このようにして、アクティブ・マネジャーの役割は、 にどのようなインパクトを与えるだろうか。 ファクター・ベンチマークによっても説明できない真の まず、投資家のファクターに対するニーズに応えるた アルファの提供であることが明確になり、そうした希少 め、そのアクセス手段を提供することがビジネスにな な能力に対しては顧客は高いフィーを払うことも正当化 る。現にそのような商品も登場しており、例えば株式の するだろう。現代の投資家がパッシブとアクティブのリ スマート・ベータは、株式市場のファクターとバリュー スク配分を主体的に決めているように、パッシブ(これ 等のファクターを混合したものといえる。株式市場にお も静的ファクターと呼ばれるファクターの一種)と動的 ける純粋なバリュー・ファクターを必要とする投資家に ファクター 、そして真のアクティブのリスク配分を主 は、バリュー株のロングと非バリュー株のショートを組 体的に決めるようになるだろう。 み合わせた運用戦略を提供すればよい。広く受け入れ 明示的にしろ、暗黙裏にしろ、こうしたファクター投 られた手法によってバリュー・ファクターへのエクス 資の広がりは不可逆的である 。資産運用業界は、自ら ポージャーを取る商品が価格競争を引き起こす一方、バ の選好に合わせてファクターを組み合わせる投資家が求 リュー度の測定方法やリバランス・ルールなどに工夫を めるサービスをいかに効果的に提供できるか、という観 凝らして効率的にファクター・エクスポージャーを取る 点から事業モデルを見直すべきだ。 ための手法が開発され、標準的な商品に対する差別化競 争も生じるだろう。複数のファクターをバンドルした 4) 5) Writer's Profile り、それらのエクスポージャーをパッシブあるいはアク 浦壁 厚郎 ティブに管理するような運用戦略にも可能性がある。 金融 I T イノベーション研究部 上級研究員 専門は資産運用 [email protected] また、投資家による運用評価においてファクター・ベ Atsuo Urakabe Financial Information Technology Focus 2016.8 7
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