学芸大学公開講座 「少子高齢化社会と年金」 年金改革の現状と今後のあり方 鈴木 亘(東京学芸大学助教授) 1. 平成16年年金改正の評価 ○2004年(平成16年)年金改正の主要ポイント • 保険料(厚生年金18.30%、国民年金16900 円)への引上げと固定 • マクロ経済スライドによる給付水準引き下げ (ただし、代替率50%以上の確保) • 基礎年金の国庫負担比率1/2へ引き上げ • 有限均衡方式の導入 (1)16年年金改正はなぜ必要だったのか、年金 改正がなければ何が起きたのか。 ・16年改正OSUモデル(八田=小口モデル)の 2004年β版による分析 ・経済前提や足元の経済状況を今回の改正の ままとし、制度のみを前回改正時に戻して財 政収支、積立金をシミュレーションする。 ・今回の改正を行わなければ何が起きたのか がわかる。 国民年金財政収支の将来予測と前回財政再計算との比較(現在 割り引き価値ベース) 0.4 0.2 0 1999年財政再計算(厚労省) 2004年改正前(モデル) 2004年改正後(モデル) -0.2 -0.4 -0.6 2005 2010 2015 2020 2025 2030 2035 2040 2045 2050 2055 2060 2065 2070 2075 2080 2085 2090 2095 2100 -0.8 2005 2010 2015 2020 2025 2030 2035 2040 2045 2050 2055 2060 2065 2070 2075 2080 2085 2090 2095 2100 国民年金積立金 15 10 5 0 1999年財政再計算(厚労省) 2004年改正前(モデル) 2004年改正後(モデル) -5 -10 -15 2090 2095 2100 2065 2070 2075 2080 2085 2040 2045 2050 2055 2060 2015 2020 2025 2030 2035 2005 2010 厚生年金財政収支 2 1 0 -1 -2 1999年財政再計算(厚労省) 2004年改正前(モデル) 2004年改正後(モデル) -3 -4 -5 -6 2005 2010 2015 2020 2025 2030 2035 2040 2045 2050 2055 2060 2065 2070 2075 2080 2085 2090 2095 2100 厚生年金 積立金 200 150 100 50 0 1999年財政再計算(厚労省) 2004年改正前(モデル) 2004年改正後(モデル) -50 -100 -150 • 2004年改正は、前回財政再計算時以降生じ た様々な前提の乖離を修正して、前回改正の 収支・積立金予測のレベルに戻すための対策。 • 2004年改正に盛り込まれた改正点が、事後 的に見ると、純粋な意味では「改正」でなかっ たという点はもっと認識されてよい。 • 積立金残高がほぼゼロである2100年であっ ても単年度収支が赤字のまま→2004年改正 の諸前提通りに行っても2100年以降に改正 が必要になる危うさを含んでいる。 (2)前回改正からの乖離は人口予測のせいか 表4 新人口推計の厚生年金・国民年金への財政影響に ついて(厚生労働省発表資料) 平成11年財 政 高位推計 中位推計 低位推計 再計算ベース 厚生年金保険 料率 国民年金保険 料 21.6%(100) 22.8%(106) 25,200円 (100) 27,100円 (108) 24.8% 27.5%(127) (115) 29,600 円(117) 注1: ( )内は平成11年財政再計算ベースを100とした指数である。 注2: 現在の保険料(率)は、厚生年金13.58%(総報酬ベース)、国民年金13,300円である。 33,000円 (131) 2005 2010 2015 2020 2025 2030 2035 2040 2045 2050 2055 2060 2065 2070 2075 2080 2085 2090 2095 2100 国民年金積立金 15 人口以外の要因 10 5 0 1999年財政再計算(厚労省) 2004年改正前(モデル) 2004年改正前(人口予測要因) 人口要因 -5 -10 -15 厚生年金積立金 200 150 100 50 人口以外の要因 0 -50 人口要因 -100 -150 05 20 15 20 25 20 35 20 45 20 55 20 65 20 75 20 85 20 95 20 1999年財政再計算(厚労省) 2004年改正前(モデル) 2004年改正前(人口予測要因) 180 170 160 人口以外の要因 150 140 1999年財政再計算(厚労省) 2004年改正前(モデル) 2004年改正前(人口予測要因) 130 120 110 100 90 人口要因 80 2005 2010 2015 2020 2025 2030 2035 2040 (3)財政の維持可能性はどのように変化したのか 国民年金純債務残高の平成16年改正前後の比較 単位:兆円(2005年価格) 支払債務 積立金残高 純債務 改正前 145.0 10.8 134.2 改正後 139.5 10.8 128.7 差引 5.4 0.0 5.4 注)2005年時点の現在割引価値で評価。 厚生年金純債務残高の平成16年改正前後の比較 単位:兆円(2005年価格) 支払債務 積立金残高 純債務 改正前 825.0 163.9 661.1 改正後 791.6 163.9 627.7 差引 33.4 0.0 33.4 注)2005年時点の現在割引価値で評価。 20 05 20 10 20 15 20 20 20 25 20 30 20 35 20 40 20 45 20 50 20 55 20 60 20 65 20 70 20 75 20 80 20 85 20 90 改正前後における厚生年金純債務の将来予測の比較 700 600 500 400 300 200 100 0 改正前 改正後 20 05 20 10 20 15 20 20 20 25 20 30 20 35 20 40 20 45 20 50 20 55 20 60 20 65 20 70 20 75 20 80 20 85 20 90 改正前後における国民年金純債務の将来予測の比較 140.0 120.0 100.0 80.0 60.0 40.0 20.0 0.0 改正前 改正後 20 05 20 10 20 15 20 20 20 25 20 30 20 35 20 40 20 45 20 50 20 55 20 60 20 65 20 70 20 75 20 80 20 85 20 90 国民所得に対する厚生年金純債務の比率の推移 3.50 3.00 2.50 2.00 1.50 1.00 0.50 0.00 改正前 改正後 国民所得に対する国民年金純債務の比率の推移 0.450 0.400 0.350 0.300 0.250 0.200 0.150 0.100 0.050 20 05 20 10 20 15 20 20 20 25 20 30 20 35 20 40 20 45 20 50 20 55 20 60 20 65 20 70 20 75 20 80 20 85 20 90 0.000 改正前 改正後 ①結局、財政の維持可能性は確保した。 ②ただし、その確保は、将来における過去債務 を圧縮する形で行われている。つまり、痛みは 将来世代に負わせる形での改革である。 (4)世代間不公平はどう改善されたのか ・世代間不公平の改善は、16年改正の当初の 目標であった。 ・厚生労働省試算では、①改正後のみ、②事業 主負担をいれる、③割引率に賃金上昇率を 使うなど問題が大きい。 2004年改正前の厚生年金の生涯保険料率と生涯受給率 (男子40年勤務、妻ありのケース) 35.0 30.0 25.0 生涯保険料率 生涯受給率 20.0 15.0 生年 19 40 19 45 19 50 19 55 19 60 19 65 19 70 19 75 19 80 19 85 19 90 19 95 20 00 20 05 10.0 注1)生涯保険料率は生涯賃金(現在割引価値・実質価格ベース、各値は厚生労働省想定に同じ)に対する生涯に支払う保険料額の割合(現 在割引価値・実質価格ベース、各値は厚生労働省想定に同じ)。生涯受給率は、生涯に受け取る年金受給額(現在割引価値・実質価格ベー ス、各値は厚生労働省想定に同じ)の生涯賃金に対する割合である。生涯賃金は、ボーナスを除く決まって支払われる給与のベース。総報 酬制の保険料率ではないことに注意。 注2)受取額には、配偶者の基礎年金、遺族年金、障害者になる場合の確率を考慮した生涯年金などを平均余命を考慮して計算に入れている 。平均余命は平成15年度の簡易生命表を用い、60歳時点の平均余命を元に計算。 注3)保険料は、厚生労働省と異なり、事業主負担分は労働者の負担である。 2004年改正後の厚生年金の生涯保険料率と生涯受給率 (男子40年勤務、妻ありのケース) 35.0 30.0 25.0 生涯保険料率 生涯受給率 20.0 15.0 19 40 19 45 19 50 19 55 19 60 19 65 19 70 19 75 19 80 19 85 19 90 19 95 20 00 20 05 10.0 生年 改革前後の純受給率の比較 15.00 10.00 5.00 0.00 2004年改正前 改正後 -5.00 -10.00 19 40 年 19 45 19 50 19 55 19 60 19 65 19 70 19 75 19 80 19 85 19 90 19 95 20 00 20 05 -15.00 生年 15.00 10.00 5.00 0.00 -5.00 -10.00 -15.00 19 40 年 19 45 19 50 19 55 19 60 19 65 19 70 19 75 19 80 19 85 19 90 19 95 20 00 20 05 -20.00 2004年改正前 改正後 改革なかりせばのケース まとめ ①公的年金の規模が将来的に縮小されるとい うことは評価できる。公的年金シェアの縮小 は、賦課方式から積立方式への移行、もしく は積立方式を部分導入することに他ならない。 ②保険料率を固定し、給付水準を自動調整す るという方式は、評価が高い。しかし、問題は 少子化の不確実性よりも、経済の不確実性。 スライドは最も重要な経済所前提についても 実施すべき。 ③前回からの経済前提や少子化の見込み違いにより 生じた財政の維持可能性は、とりあえず、確保され た。しかしながら、今後、どうなるかは予断を許さな い。 ④しかも、財政の維持可能性の確保は、将来純債務 の縮小、つまり、後の世代にツケを回すという形で 行われた。 ⑤したがって、世代間不公平はほとんど変化がない。 ⑥有限均衡方式によって、さらに将来の世代にはツ ケが回った。 ⇒世代間不公平の改善、将来の不確実性への対処と いう観点から、今後の年金改革が立案されるべき。 2.年金一元化について (1)与党案(厚生年金と共済年金の統合) ・小泉政権の最後の1年で達成しうる目玉の課 題 ・年金一元化こそ年金改革の抜本改革との幻 想 ・共済年金の優遇を強調し、不公平の解消に耳 目を集めている • 与党年金制度改革協議会(12/7) ①共済年金独自に上乗せ加算されている「職 域加算」(共済の企業年金に相当)を原則廃 止。 ②「追加費用」(恩給分、約1兆7000億円 )は廃 止の方向で検討。 ③共済年金の保険料率を厚生年金の水準で統 一。 ④厚生年金より受給資格が緩い共済遺族年金 の「転給制度」を廃止。 しかしながら、年金一元化は過大評価すべき課 題ではない。「やらないよりはマシ」という程度 の問題。 ①そもそも、平成13年の閣議決定済みの課題。 ①共済年金も、厚生年金も、賦課方式の下で世 代間不公平が大きい、将来給付の不確実性 が大きいという意味では、問題の構造は変わ らない。その2つを足しても、問題の本質は変 化がない。 ②共済年金の優遇も幻想にすぎないのではな いか。 ⇒共済年金の年齢構造は財政構造改革化の 採用制限できわめていびつな構造。しかも、 今後の公務員削減策のために、将来的にも 厚生年金に比較して急速な高齢化・支え手減 少が明らか。つまり、将来的な財政逼迫は明 らか。 ・現在の共済年金の保険料予測などは、 「H13-15の組合員数の生産人口に対する割 合が将来も続くとして計算」。こうした効果は 考慮されていない。 (2)民主党の改革案の評価 ○民主党案の骨子 • 国民年金を含めた全ての年金の一元化案。 • 消費税を財源とした最低保障年金制度の設立(受 給額は7万円(世帯14万円)) • 所得比例年金の設立。保険料率は2009年から 15%で固定、全加入者(1号も含む)で実施。 • みなし個人勘定化して、なるべく保険料納付額の総 価値に近い給付額を実現する。 • 受給者の人口構成の変化に応じて40年で移行(調 整終了までには実際には2075年までかかる)。 ○シミュレーションの方法 • 改正OSUモデルβ版を用いる。 • 厚生年金収支、国民年金収支を合算した ベースの財政収支、積立金予測を行う。すべ て現在割引価値ベースで評価。 • 消費税額の予測(「全国消費実態調査」(平成 11年)から、世帯主年齢別の消費額を元に、 将来の人口動態を考慮)。 • 厚生年金と通算年金の受給額別分布を用い て所得比例導入後の年金額受給額分布(全 体)とする。 ・所得比例年金の保険料は、厚生年金は15%の保険 料率を将来の賃金スケジュールに乗じる。 ・1号保険者分は、国保加入者とほぼ近いために、「国 民健康保険実態調査」(H14年)の年齢別所得額を 用いる。 • 受給額は、保険料徴収額の総額(政府予定の運用 利率で運用)を原資とする。 • 遺族年金の分も含めて90歳(85歳寿命、のち5年遺 族年金支給)まで支給。 • 受給者の人口構成の変化に応じて40年で移行(調 整終了までには実際には2075年までかかる)。 ○結果⇒2075年に積立金が枯渇する。 図 積立金残高(厚生年金・国民年金合算勘定)の推移 (消費税3%のケース) 兆円 400 300 200 民主党案 100 厚生労働省予測 0 -100 -200 -300 05 20 15 20 25 20 35 20 45 20 55 20 65 20 75 20 85 20 95 20 理由: • 大雑把に言うと次の通り。現行制度が 18.30%で基礎年金+所得比例をまかなって いるのに対して、民主党案では最低保障年 金は消費税3%(約7.5兆円)、所得比例は 15%の保険料でまかなう。所得比例分だけ みるとむしろ民主党案の方が資金の余裕が ある。 • しかし、最低保障年金は2009年で16.8兆円か かるので消費税ではかなり足が出る。そのた め、所得比例の15%の保険料率を使ってしま うことになる。マクロ経済スライドがなく物価ス ライドで実質価値を保つために、長期的には その効果の方が大きくなって財政が枯渇する。 • 当初積立金がつみあがるのは、所得比例の 保険料や最低保証の消費税は当初からス タートするのに対して(しかも、消費税改革は 07年から)、新制度の移行は徐々に始まるた め。移行率が大きくなると急速に積立金が取 り崩される結果となる。 ○民主党案のバランスシート (1)バランスシートとは • 企業年金などで用いられる年金資産勘定で、 一橋大学高山憲之教授らが日本の公的年金 勘定について結果を示し、普及し始めている。 • バランスシートは、債務と資産を両建てで見た ものである。「債務」とは、保険料を納めると発 生する年金の受給権である。 • 保険料に比例して受給権を持つ年金受給額 が大きくなってゆくのに対して、賦課方式の元 ではその裏づけとなる資産(積立金)が存在し ない。その分は「債務超過」として、後の世代 が引き受けることとなる。この過去の保険料 支払いに対応して作成されたバランスシート を過去期間のバランスシートと呼ぶ。 • 将来の保険料給付に対応した将来期間につ いてもバランスシートを作成できる。資産は 今後収める保険料、国庫負担であり、債務 はこの資産に対応して年金受給権が発生す る将来の年金受給額である。 • 現在割引価値(名目利子率3.2%)、2004年 価格ベースで計算を行う。経済前提などは 2004年改正の政府前提と同じである。 2004年改正後の現行制度のバランスシート ①過去期間対応分 1,000 900 800 700 491 600 500 債務 国庫負担 積立金 903 400 300 239 200 100 174 0 0 資産 債務 ②将来期間対応分 1,800 1,600 1,400 229 ←国庫負担 472 1,200 1,000 800 600 1,296 ←保険料 ←債務 1,053 400 200 0 資産 債務 ③民主党案のバランスシート(将来期間対応分) ・消費税3%案では積立金が枯渇するので対象期間が変わってしまい比較不可。 したがって、まず2040年から徐々に消費税を引上げるシナリオで試算する。 1,400 1,200 391 468 1,000 800 国庫負担 保険料 債務 600 400 924 847 200 0 0 資産 債務 将来期間に対応する部分 単位:兆円 C.将来債務 D.将来資産 差し引き うち保険料 うち国庫負担 ①厚生年金 610 1,080 912 167 470 ②国民年金 27 25 11 14 -2 ③最低保障年金(厚年分) 73 73 0 73 0 ④最低保障年金(国年分) 137 137 0 137 0 合計 847 1,315 924 391 468 注)所得比例は資産と負債の両方に同額が立つのでここには記していない。 ○主要な結論と理由 ・結局、過去の債務超過に手をつけていない 改革案なので、将来期間も内訳が変わるだけ で資産超過はほとんど変化がない。 ・ただし、将来期間の国庫負担として消費税が 存在しており、これを収めるのは過去期間に 対応した人も入るので、世代間不公平は一部 解消の見込みである。 • ・現在45歳以上の世代は、厚生年金、国民年金とも に納める年金保険料に対して、それを超過する受給 額を受け取っている。今後は収める保険料の一部が 報酬比例年金になるために得の分は少なくなる。 • ・一方、45歳未満の世代は保険料を下回る受給しか 期待できないが、所得比例の導入により損得なしの 積立金が導入されることになる。この部分は資産超 過圧縮につながり、前者との差し引きで2005年時点 のバランスシートはやや改善。 • ・ただ、後者の効果は、将来になればなるほど効果 を持つ。また、移行は40年たってよく現れるので、現 在のバランスシートにはほとんど改善としてみること ができない
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