平成24年度弘前市中学校英語研修講座(第1回) (2012年10月1日) 意味と形式を統合した発表技能の指導(1) -学習者言語の分析・考察を通して- 弘前大学教育学部附属教育実践総合センター 野呂徳治 研修講座全体計画 ・年間テーマ 意味と形式を統合した発表技能の指導 ・第1回 10月1日(月)15:00~16:30 学習者言語の分析・考察を通して 講義・協議 ・第2回 11月26日(月)15:00~16:30 ライティングタスクとフィードバック活動の工夫 講義・演習 本日の研修講座概要: 意味と形式を統合した発表技能の指導(1) -学習者言語の分析・考察を通して- 「意味と形式を統合」した発表技能の指導とは? 「学習者言語」とは? 学習者言語の分析・考察はどのように行うのか? 学習者言語の分析・考察を通して発表技能の指導はどう改善 されるのか? コミュニケーション能力の3要素 形式 意味 How is it formed? What does it mean? 機能 When / Why is it used? 文法の3次元の枠組み (Larsen-Freeman, 2001 一部改変) 形式 意味 be動詞[get]+ 過去分詞(+by 動作主) 主語が何らか の行為を受ける 機能 行為者が不明・不要 行為者が新情報 客観性を高める 「受動態」の「形式」,「意味」,「機能」 (Larsen-Freeman, 2003 一部改変) ライティング能力とは? 内容に関する知識 内容を構成する手続き的知識(procedural knowledge) 語彙(つづり),統語形式,談話構造,作文表記上のき まりに関する知識 上記の全ての知識を統合する手続き的知識 和文英訳はライティングか? ライティングで求められる知識を和文英訳にあてはめて みると・・・ ライティング 和文英訳 内容に関する知識 内容を構成する手続き的知識 言語形式,談話構造,表記上の知識 上記知識を統合する手続き的知識 ◎ ◎ ◎ ◎ × × ○ △ ◎必要 ○一部必要 △あまり必要でない ×不要 和文英訳の具体例を見てみると・・・ 次の日本語を英訳しなさい。 私は,クラブ活動が大好きです。まず第一に,自分が好 きなスポーツを楽しむことができます。次に,友達をより よく知ることができます。 I like club activities very much. First, I can enjoy the sports which I like. Next, I can know my friends better. この和文英訳で必要な知識は・・・ 内容に関する知識× →クラブ活動の利点は与えられている 内容を構成する手続き的知識× →クラブ活動が好きだということを,クラブ活動の利点を 2つあげて,それを理由として説明するという内容構成 が和文に示されている 言語形式,談話構造,表記上の知識○ →語彙,文法項目,表記上の知識は必要だが,話題提示文 (topic sentence),支持文(supporting sentences)等の談話 構造の知識は不要 上記知識を統合する手続き的知識△ →語彙と文法項目,表記上の知識を統合させるだけでよい 「意味と形式の指導の統合を図る」とは 「形式重視の指導」に見られるPPPアプローチ ・Presentation(目標文法項目の提示と説明) ・Practice(ドリル,パターンプラクティスなどの練習) ・Production(目標文法項目を用いた発表活動) PPPアプローチの限界 ・場面・文脈から切り離されたドリルやパターンプラクティ スでは,意味内容や言語機能への注意が向けられない ・学習者自らが伝えようとする意味内容・言語機能を判断し, 適切な言語形式を選択して用いるという経験がなされない → コミュニケーション場面で使える言語知識が身につかな い →「意味と形式の指導の統合を図る」必要性 「フォーカス・オン・フォーム」とは 「フォーカス・オン・フォーム」 ・「言語形式の焦点化」(Focus on Form; FonF) -意味に焦点をあてた指導の中で,学習者が意味理解や発 表活動上の困難に遭遇した際,学習者の注意を言語形式 に向けさせ,その困難の解決を図ろうとする指導アプ ローチ 「フォーカス・オン・フォームズ」との違い ・「言語形式重視の指導」(Focus on FormS; FonFs) -伝統的な文法指導に見られるように,目標言語形式を場 面・文脈から切り離し,1つずつ指導していく指導アプ ローチ FonFとコミュニケーション能力の発達 FonFの特徴 ・より真正の言語使用 -インタラクションを通してコミュニケーション方略や相手か らのフィードバックを活用して試行錯誤的な言語使用を促す ・言語機能の知識の発達 -場面・文脈に即した言語形式の学習により,言語機能に注意 を向けさせる ・言語形式の必要性の実感 -意味の理解・表現のための言語形式の学習を通して,言語形 式の必要性を意識させる FonFによるコミュニケーション能力の発達 ・「形式」「意味」「機能」の各知識のバランスのとれた発達 ・コミュニケーションの目的を意識した自発的な言語使用 学習者言語 「学習者言語」(learner language)とは ・外国語(第二言語)学習者が産出する発話または文章 ・学習者の中間言語が,特に,意味のやりとりに焦点をあてた 発表活動を通して表出したもの 「中間言語」(interlanguage)とは ・外国語(第二言語)学習者のその時点での目標言語知識体系 ・学習者の母語知識とも異なり,また,目標言語母語話者のそ れとも異なる,それ自体,自律的な知識体系 ・中間言語にみられる「誤り」(error)は,単に排除するべき ものと考えるのではなく,誤りの分析(error analysis;誤用分 析)を通して,学習者の言語発達を理解するための有用な資料 学習者言語の分析・考察 学習者言語から何がわかるのか ・学習者が目標言語にどの程度習熟しているか ・学習者がどのような困難を抱えているか ・学習者がどのような理解の仕方をしているか(=認知過程) 学習者言語の分析・考察を基にどのような指導ができるのか ・意味に焦点をあてた発表活動の工夫 (=学習者言語を引き出す工夫) ・フィードバックの工夫 ・学習者の中間言語の発達に応じた指導 ・学習者にどのような意味・機能を表現するためにどのような 形式が必要,または,使用可能かを考えさせる指導 学習者言語をどう引き出すか 自然に生起する学習者言語 ・授業外での母語話者との会話やメールなど 形式に焦点をあてた発表活動 ・目標文法項目が発表レベルまで身についているかどうかをみ るために,ごく限られた文脈で比較的短い応答を求める -文やパラグラフの空所補充による完成問題 -英問英答 -暗唱による再生 ・形式に焦点をあてて引き出された学習者言語が,意味のやり とりに焦点をあてた発表活動を通して産出できるとは限らな い 学習者言語をどう引き出すか プロンプトとしてのタスクの工夫 ・具体的な人物,物事,出来事に関して情報交換をするコミュ ニケーション活動(=指示的コミュニケーション活動) -ジグソータスク ペアが互いに異なる絵や写真を持ち,それぞれについて説 明しあう活動 -比較タスク ペアが2つの異なる絵や写真を一緒に見て,互いに意見交 換をする活動 -物語タスク 四コマのストーリー性のある絵を見て,そこで起きている 事柄を説明する ・タスクで用いる文法項目を指定しないため,必ずしも目標文 法項目の定着の度合いをみることができるわけではない 学習者言語をどう引き出すか 形式と意味に焦点をあてた発表活動 ・目標文法項目が用いられるような場面・文脈を設定した指示 的コミュニケーション活動 -ジグソータスク 疑問文とその答え方,比較表現,位置関係(前置詞など) 修飾表現(分詞,不定詞,関係代名詞)など -比較タスク 比較表現,考えを述べる表現 (I think that~),助動詞など -物語タスク 人称代名詞,時制,接続詞など 学習者言語をどう分析するか 誤用分析(error analysis) ・学習者言語にみられる誤りを特定し,学習者がなぜその誤 りをしたのかを説明する 学習者氏名 学習者の誤用 本来の用法 誤用の説明 ・その文法項目を正しく用いている場合についての説明がな されない ・ある文法項目の使用を避けているのかどうかがわからない 学習者言語をどう分析するか 中間言語分析(interlanguage analysis) -学習者言語にみられる正用と誤用の両方を比較・分析する ・用法分析(target-like use analysis; TLU analysis) 学習者氏名 誤用とその文脈 正用とその文脈 ・発達順序/発達段階の分析(analysis of developmental sequences/developmental stages) -ある文法項目がどのような段階を経て正しく習得される かを分析 ・相互交渉の分析(analysis of interaction) -学習者同士がどのようにして互いの誤りを補い合いなが ら理解しあっているかを分析 学習者言語をどう分析するか 文の複雑さの分析(analysis of sentence complexity) -学習者がどれくらい複雑な文を使用しているかを分析 ・T-unit(minimally terminable unit) -それ自体で独立した最小の文単位 -通例,主節,または主節+従属節から成る -等位節は2つのT-unitとしてカウントされる -1つのT-unitに含まれる語数でその複雑性を判断する -誤りを含まないT-unitだけをカウントすることで正確さ の指標とすることもできる ・T-unitの例 I like English, but I don’t like mathematics. → T-unitは2個,語数は8語,T-unitの平均の長さは4 I like English though I don’t like mathematics. → T-unitは1個,語数は8語,T-unitの平均の長さは8 学習者言語をどう分析するか 語彙の複雑さの分析(analysis of lexical complexity) -学習者がどれくらい多様な語彙を使用しているかを分析 ・異なり語の割合(type-token ratio; TTR) -延べ語数(N)に対する異なり語数(V)の比率;V/N -この比率が1に近いほど,多様な語彙を使用していると 判断される ・TTRの例 I like English, and I like music, too. → Nは8,Vは6,V/N(=TTR)は0.75 I like English, and I enjoy music, too. → Nは8,Vは7,V/N(=TTR)は0.875 次回講座に向けて: ライティングタスクとフィードバック活動の工夫 ライティングタスクを設計・実践し,学習者言語を収集 ・生徒に英文を書かせ,それを回収・保存 学習者言語の分析・考察 ・生徒が書いた英文を分析し,生徒の英語到達度,困難点に ついて考察 ・誤用分析,中間言語分析(用法分析),文・語彙の複雑さ の分析(必ずしも量的分析でなくても質的分析でもよい) 相互作用分析 フィードバック活動の検討 ・生徒が書いた英文に対し,どのようなフィードバックがで きるかを検討 次回講座に向けて: ライティングタスクとフィードバック活動の工夫 フィードバック(feedback)の目的と種類 文章に対するフィードバックの特質 フィードバック活動の設計にあたっての留意点 ・学習者が表現しようとしている意味・機能に着目 ・学習者自身の注意を意味・機能に向けさせる ・表現したい意味・機能に適切な,あるいは,必要な形式に 注意を向けさせる 参考文献 和泉伸一. (2009).「フォーカス・オン・フォーム」を取り入 れた新しい英語教育. 東京:大修館書店. 髙島英幸. (2011). 英文法導入のための「フォーカス・オ ン・フォーム」アプローチ.東京: 大修館書店. Larsen-Freeman, D. (2001). Teaching grammar. In M. Celce-Murcia (Ed.), Teaching English as a second or foreign language (3rd ed.) pp. 251-266. Boston: Heinle & Heinle. Larsen-Freeman, D. (2003). Teaching language: from grammar to grammaring. Boston: Heinle. Tarone, E. & Swierzbin, B. (2009). Exploring learner language. Oxford: Oxford University Press.
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