社会保障論講義 5章「社会保障制度の積立方式への 移行」医療、介護編 学習院大学経済学部教授 鈴木 亘 医療保険の積立方式化と保険料率 • 議論のスタートとして、1国全体の医療保険を全て 統合したベースで、公費投入分も含めて積立方式 移行をした場合に、どのような保険料率になるかを 考える。 • 少し前の研究だが、2008年の保険料率(税負担含) は、8.03%で、きょうかい健保とほぼ同水準。 • 賦課方式の下では、今後急速にその保険料率は引 き上がり、そのピークである2072年には15.68%と、 ほぼ倍の保険料率に達する。 • 積立方式に移行するための保険料率は、12.21%。 2009年から保険料率を一気に引上げ、その後固定 することによって、積立方式に移行が可能。 図表 5-6 医療保険の保険料率の推移 % 17.00 15.00 13.00 賦課方式 11.00 9.00 7.00 20 08 20 13 20 18 20 23 20 28 20 33 20 38 20 43 20 48 20 53 20 58 20 63 20 68 20 73 20 78 20 83 20 88 20 93 20 98 21 03 5.00 注)医療保険財政モデルにより、筆者試算。 積立方式 2重の負担金額は380兆円 図表 5-7 医療保険積立金の推移 兆円 450 400 350 積立方式移行 300 250 初めから積立方 式のケース 200 150 100 50 2008 2012 2016 2020 2024 2028 2032 2036 2040 2044 2048 2052 2056 2060 2064 2068 2072 2076 2080 2084 2088 2092 2096 2100 2104 0 注)医療保険財政モデルにより、筆者試算。2005 年時点での割引現在価値に直している。 世代間不公平は改善するか 図表 5-8 医療保険における世代別の生涯保険料率の比較 % 16.00 14.00 賦課方式 12.00 10.00 8.00 積立方式 6.00 注)医療保険財政モデルにより、筆者試算。 2040 2035 2030 2025 2020 2015 2010 2005 2000 1995 1990 1985 1980 1975 1970 1965 1960 1955 1950 1945 1940 4.00 生年 介護保険の積立方式化と保険料率 • 医療保険と同様、1国全体の介護保険を全て統合し たベースで、公費投入分も含めて積立方式移行を 考えた場合に、どのような保険料率になるかという ことをみる。 • 現在の保険料率(税負担含)は1.85%。きょうかい 健保の2号保険料である1.13%と比べて、やや高い 同水準。 • 賦課方式の下で、今後急速にその保険料率は引き 上がってゆく。そのピークは医療保険よりも更に遅く、 2087年に7.60%。2008年の保険料率に対する倍 率は4倍以上。 • 積立方式に移行するための保険料率は、4.81%。 図表 5-9 介護保険の保険料率の推移 % 8.00 7.00 6.00 5.00 賦課方式 4.00 3.00 2.00 1.00 20 08 20 13 20 18 20 23 20 28 20 33 20 38 20 43 20 48 20 53 20 58 20 63 20 68 20 73 20 78 20 83 20 88 20 93 20 98 21 03 0.00 注)介護保険財政モデルにより、筆者試算。 積立方式 2重の負担は230兆円 図表 5-10 介護保険の積立金の推移 兆円 250 200 積立方式移 行 150 初めから積 立方式の ケース 100 50 2104 2100 2096 2092 2088 2084 2080 2076 2072 2068 2064 2060 2056 2052 2048 2044 2040 2036 2032 2028 2024 2020 2016 2012 2008 0 注)介護保険財政モデルにより、筆者試算。2005 年時点での割引現在価値に直している。 世代間不公平は改善するか 図表 5-11 介護保険の生涯保険料率 % 8.00 7.00 6.00 賦課方式 5.00 4.00 積立方式 3.00 2.00 1.00 注)介護保険財政モデルにより、筆者試算。 2040 2035 2030 2025 2020 2015 2010 2005 2000 1995 1990 1985 1980 1975 1970 1965 1960 1955 1950 1945 1940 0.00 生年 国民への説得の重要性 • 積立方式移行のポイントは、年金、医療保険、介護 保険とも、現在の保険料率(保険料額/ボーナスを 含む賃金)を直ちに引上げて将来にわたって固定す ること。将来の世代にとっては、保険料率が引下げ られたことになる。 • 一方で、現在の保険料率は一気に引き上がるので、 現在低い保険料を払っている世代、特に現在中高 年の世代から強い不満が出る。この点が、積立方 式移行の最大のネックであり、政治的に実現性が 乏しいといわれる所以。 • 現在の中高年の世代も、自分の老後に本当に年金 や医療・介護の給付が十分になされるのか、あるい は消費税等の形で突然負担増を迫られるのではない かと、不安を感じている。積立方式移行は、現在や将 来の現役世代の負担を減らし、社会保障財政を安定 させるので、こうした不安は解消されることになり、現 在の中高年の世代にもメリットがある。 • 積立方式移行は、子供や孫にあまりに過重な負担を 押し付けないための「世代間の助け合い」改革。 • また、この保険料引上げという改革は、「最後の改 革」。 • これらの点を、政治家や厚生労働省がきちんと国民 に説明ができれば、一回限りの保険料率の大幅引上 げを全ての国民に理解してもらえる可能性はある。 「飲みやすい」改革案 • 医療保険、介護保険についても、名目上、保 険料率を引上げない方法が「飲みやすい改 革」。 • 思い切った給付カットを行なう以外に方法は ない。高齢者の医療保険、介護保険の自己 負担率を2割に引上げる。 • 「保険免責制度」(deductible)も検討に値す る。 • こうした一連の自己負担引上げ措置は、賦課 方式の現行制度でも、いずれ近い将来に導 入される可能性が高いが、今すぐに実施する。 • 自己負担引上げとは保険給付引下げに他な らず、本来は保険料率を大きく引下げられる。 • しかし、保険料率引下げを行なわず、現在 の保険料率に固定して、積立方式に移行する。 • ポイントは、いずれ行なわなければならない 給付削減改革を早めに行なうこと。 自己負担増にはMSA(医療貯蓄口 座)を導入 • 医療保険や介護保険において増加した自己負担分 についても、家計の負担に配慮する医療貯蓄口座 (MSA:Medical Saving Account)を導入。 • MSAは、シンガポールやアメリカで導入されている 制度で、具体的に、労使両者の負担によって給与 の一部を、優遇税制のある貯蓄口座に積み立てて 行き、老後に大量に発生する個人の医療費・介護 費の支出に備えるというもの。いわば、自己負担分 を賄うための個人勘定の積立金。 • 現在の勤労者に対しては、このMSAを導入す ることにより、引上げられた自己負担分をここ から捻出してもらう。 • 一方、現在の高齢者達については、これから MSAを積み立ててゆくことは出来ないが、現 在保有している金融資産をMSAとして供出し てもらう。一般に、現在の高齢者達は、医療 用・介護用に、既に多くの予備的貯蓄(万が 一に備えての貯蓄)を保有しているので、これ を利用させてもらう。 • もちろん、個人の貯蓄を個人のMSAに切り替 えるだけなので、現在の高齢者達には何も得 が無い。 • そこで、シンガポールのMSAのように、MSA を家族間で相続できる制度にしたり、その際 の相続税や利子課税を非課税とする。 • また、医療保険・介護保険の給付引下げに よって、公費もかなり削減できるわけなので、 この分の余った公費を、①資産保有額が非常 に少ない高齢者のMSAに充当する、②現在 の高齢者のMSA拠出に対して、一定割合の 上乗せ補助金とする。 効率化をどう進めるか? • 社会保障業界は全て、参入規制・価格規制に守 られ高コスト構造(保育、特養の社会福祉法人、 医療法人、診療所)。社会保障の各業界団体、 業界寄りの厚生労働行政、族議員復活で、既得 権トライアングルも非常に強固。 • 民主党の事業仕分けで明らかなように、完全に 無駄なものは世の中に存在しない。例え、税金 から貯め込んだ特養の内部留保2兆円でも、「盗 人にも三分の理」で減らせないのが政治の現実 。供給サイドの無駄をひとつずつ指摘して、大ナ タを振るうことは政治的に極めて困難。 17 高齢者の社会保障費の内訳 (基礎年金) 現役からの保険料 公費(税と借金) (後期高齢者医療) 高齢者 保険料 現役からの支援金 公費(税と借金) (介護保険) 高齢者保険料 現役の保険料 公費(税と借金) 18 • それよりも、需要サイドに着目すべき。日本の 社会保障、福祉は、安易な税投入によって受 益に負担が見合わず、コスト感覚がくるって無 駄な需要増が起きている。 • これは、「夏祭りの屋台」とよく似た構図。税投 入を絞って、自ら体質改善を図るように促す( 自己負担増や保険料増、その他給付カットで 需要の適切化、負担増で供給の高コスト構造 にもメスが入る。業界団体も兵糧攻め)。 • しかも、逆再分配の是正という錦の御旗有り。 19
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