生活保護の抜本改革に向けて の論点整理 東京学芸大学 鈴木亘 1.生活保護改革に向けての議論と 現状 ①社会保障審議会 福祉部会「生活保 護制度の在り方に関する専門委員 会」における議論(2003.8~ 2004.12) • 入りやすく出やすい制度→自立支援プログラ ム、教育扶助の見直し等 • 生活保護水準の見直し→老齢加算の廃止、 母子加算の見直し • 地方と国の役割分担・補助率の見直し→結 論は出ず ②生活保護費及び児童扶養手当に 関する関係者協議会(2005.4~) • 生活保護増に対する要因分析(自治体:高齢 化、景気変動要因、離婚率増、厚労省:実施 体制の問題)→統計的分析を駆使して、自治 体側の主張が主因との結論 • それを受けて、地方と国の補助率の見直しは 行わず • 児童扶養手当補助率引下げ ③その他現状 • 2007年度予算の概算要求に伴う社会保障財 政の削減対象として雇用保険とともに、生活 保護改革が再び脚光(与党歳出改革に関す るプロジェクトチーム) • 地方と国の補助率、役割分担、制度の手直し については小康状態ながら議論継続(知事会 のセーフティーネット検討会など) ④自立支援プログラムの展開 • 285自治体で585プログラムが策定 • H17年から自立支援(日常生活自立、社会生 活自立、就労自立)のうち、就労自立支援に ついてハローワークと福祉事務所が連携し 「生活保護受給者等就労支援事業」。就労支 援コーディネーター、就労支援ナビゲーター • 支援開始者数6663人のうち2579人が就職。 • 長期入院(精神疾患の社会的入院)の退院 促進事業が今後本格化 2. 問題点・課題 ①同床異夢の抜本改革 • 生活保護改革のそもそもの目的・目標のベクトルを めぐる混乱 • 生保専門委員会委員・・・50年間法改正無しに放置 されてきた諸課題の解決 • 財務省、厚労省・・・生活保護費の適正化、財政縮 減 • 厚労省、総務省、自治体・・・三位一体改革をめぐる 攻防、国と地方の役割・財源分担 • →いろいろなものを追っかけた結果、きわめて不透 明・不十分、中途半端な改革にとどまる。 ②抜本改革が必要なそもそもの背景 としての諸課題 • セーフティーネット機能の弱体化、低い補足 率(1~3割、概ね2割程度)→入りやすい制 度、稼動能力要件の見直しの背景 • 地域格差の拡大、地域による公平性 • 要保護者、被保護者層多様化への対応の遅 れ • 扶養要件の形骸化 • 資産要件調査の困難化 • 水準均衡方式の不透明さ・過去の経緯の残 存、1類、2類の妥当性、級地の妥当性 • 基礎年金との水準調整 • ニート・フリーター層の顕現化に対する用意 • ホームレス、高齢者の保護世帯、医療扶助拡 大など、年金、医療、住宅問題との関連性の 深まり、他法・他施策におけるセーフティー ネットの不整合拡大 • 福祉事務所の事務負担増大による機能不全 • 地方分権化による配置基準緩和による地域 格差 • 貧困の再生産、固定層化への対応→教育扶助の 見直しへ • 就労支援・自立支援に対する世界的潮流への遅れ、 ホームレスや障害者の自立支援という流れとの連 携 • 施設保護の高コスト、固定化問題 • 年金担保融資などの現場の問題意識 • →自立支援プログラム、教育扶助以外のほとんど の課題について手がついていない。加算廃止、見 直しについては、ルール・基準の明確化抜きに、き わめて不透明な政治的な決着。福祉事務所の機能 不全などについてはむしろ悪化 ③財政縮減への対応 • 老齢加算縮減、母子加算見直し • 自立支援プログラムに伴う就労へのプレッ シャーの強化、自立支援プログラムを稼動能 力要件のテストとして活用 • 地方独自財源の諸援助の改廃、縮減 • →財政縮減としてもっとも比率の大きい医療 扶助(平成18年度1.4兆円、保護費に占める 割合51.8%)についてはほとんど手をつけず という矛盾。生活扶助(同0.86兆円、同 32.1%)だけの対処では限界。加算廃止も焼 け石に水。 • →他の社会保障の改革と歩調を合わせる程 度のもので本気でやる気はない。効果も、短 期間のものに過ぎず、抜本改革をする気はな い。 ③三位一体改革 • 厚労省側:地方分権化、実施体制についてモ ラルハザード論、同化定着論 • 地方側:法定受託事務根拠、ナショナル・ミニ マム論、モラルハザード起きていない • 役割分担、財政分担について理想論、論理 抜きの単なる押し付け合いに過ぎなかった。 • 決着もきわめて不透明でなんら前進がない。 統計的な正論が勝利したという実績はあった。 ④自立支援プログラムの課題(提出 資料別添の布川論文、鈴木論文参 照) • (クリームスキミング) • 就労支援プログラムについては、そもそも稼働能力 用件のために稼動層が少ないのであるから、母子、 その他稼動層の「タマ」はすぐに尽きる。 • もっとも、宿泊所などを中心に、稼動年齢層のホー ムレス等の流入が続いている東京、大阪は短期的 には効果を挙げるだろうし、1・2年程度はタマは尽き ないだろう。東京は、地域生活以降支援事業対象者 という大きな対象も存在している。しかし、これらは 今までの要保護者であった層が被保護なっているの だから、分母・分子共に拡大していることに注意。 • 就労自立につながっているケースのほとんどは、 「一般の職業相談・紹介」の実施。福祉事務所・職 安の協同・協力の成果、新設のナビゲーター、トライ アル雇用、受講斡旋、の成果とは言えない。生業扶 助の活用も進んでいない。 • 就労に結びつくことが困難な層への生活支援、社会 生活自立支援、日常生活自立支援は進まず(新宿 区のらいふさぽーとプラン、一部の救護施設の取り 組みなど例外もある)。 • (実施主体、被保護者へのインセンティブの不足・欠 如) • 福祉事務所の事務負担増は悪化。広義の自立支 援についてはノウハウも一部を除いては存在しない。 • 結局、就労支援プログラムを稼働能力活用要件の テスト手段とみなしている福祉事務所が多い。成果 主義でもないことから、行政側のインセンティブにも 欠ける。従来型の就労指導の延長として、努力不足 を理由に、保護の停・廃止化の懸念(同意前提なの で使いづらいという声も)。 • 被保護者に対する動機付けも、指示義務違反の保 護の停・廃止以外に、正のインセンティブが乏しい。 形だけのプログラム参加になりがち。 • (裏づけ予算の不足) • セーフティーネット支援対策等事業補助金は寄せ集 め予算。 • 現在、都市部で大きな受け皿となっている宿泊所、 自立援助ホームは生活支援予算すらつかず。 • (その他) • 長期入院(精神疾患の社会的入院)の退院促進事 業が今後本格化→医療扶助費減少という成果が目 に見えることが期待されるが、受け入れ先はどうす るのか。介護3施設の不足(特養待機者、敬遠する 老健、療養型病床は廃止)、宿泊所、自立援助ホー ムを拡大?、自治体単位では限界。 3.抜本改革への向けて (1)抜本改革へ向けての条件 • 財政縮減、三位一体改革、制度改革の3つを一緒 に議論せずに、分けて議論する。制度改革自体に は予算や補助率といった制約をつけずに議論。 • 社会保障全体、あるいは労働・住宅、地方財政など と絡んだ問題であるため、全体としてのコーディネー トが不可欠。社保審やもっと大きな場での議論が必 要。 • 長期的に持続する審議の場が必要。年金同様、朝 令暮改で短期的に変更することは望ましくない。短 期的な手無しとは分けて議論するべき。 (2)財政縮減の論点 • ①医療扶助・介護扶助の抜本改革・・・生活保護費 の過半はこの部分。精神疾患者の社会的入院が注 目されているが、それ以外にも解決すべき課題は多 い。 • ホームレス・日雇労働者の医療(慢性疾患を放置→ 救急搬送→行路病院→高額医療、終末期医療化、 その前での対策が望まれる)。 • 1割負担がないことへの患者及び医療機関のモラ ルハザード。上限を決めた上での自己負担化を検 討すべきか。 • 国保一元化もよし。包括化のテストケースとしてもよ い。 • ②他法・他施策との連携と公費財源捻出 • 特に高齢者の被保護世帯増は年金施策の不備とも 言える。また、医療、介護についても、様々な減免が あり、公費負担がありながらも、生活困窮者に効率 的にそれが回っているとはいえない。そもそも、社会 保険に公費負担を入れることの原則は低所得者支 援のはずである。 • 基礎年金の公費負担の1/3(約6兆円)→1/2は必要 か。特に、厚生年金、共済年金の高額受給者までこ の分がある必要はない。一定所得以上の上率を下 げる代わりに、公費負担分をやめて、生保財源化。 十分おつりが出る。 • 国保についても、国保組合や資産を持つ加入 者分の国庫負担は見直してもよい。減免の低 所得者・要保護者への傾斜化。 • 政管健保の13%、拠出金16.4%も一律であ る必要なし。見直し可能。 • 公営住宅についても、「収入超過階層」 (11.1%)、「高額所得者階層」(0.7%)が存在 (11.8%)。被保護世帯を優先的に入所させる。 (3)生活保護制度改革の論点(別添資 料1、鈴木論文参照) • • • • • ①原則について ・「利用しやすく出やすい」制度の徹底化 ・簡素化、透明性、明確性の確保 ・全国的な統一性、画一性の確保 ・インセンティブを考慮した効率的運営 • ②短期救済と本格認定の2段階認定による 要否認定の簡素化 • 現行の扶養調査、資産調査は最初の申請で は、欧米のように申告・書類ベースで実施、 大幅な簡素化。1年程度の短期間で生活保 護をいったん打ち切る。その後、継続する希 望があれば、現状並みの扶養・資産調査(一 種の有期化であるが、打ち切りで終わりでは ない)。 • ケースワーカーの業務が大幅に軽減され、短 期救済後の本格認定・定期資格審査の業務 に集中することが可能となる。 • また、ケースワーカーによって、認定の判断 が異なるという裁量余地も大幅に少なくでき、 全国の統一性・画一性が高まる。 • 稼動能力についても簡素化(ADL調査および 就職活動の困難さを考慮、短期打ち切りをあ わせればそれほど厳密にならなくてもよい) • ③資産の一時的所有権移転による認定簡素 化と自立インセンティブの確保 • 現行の生活保護制度の資産認定については、 スティグマ、認定の困難さの問題に加えて、 生活保護を受けるために資産をわざわざ取り 崩し、自立が困難化。 • 資産認定自体を簡素化して、フローの所得の みに着目した認定を行い、その代わりに全財 産の所有権を生活保護期間中一時的に移転 させるという方策。 • 全国的な統一性・画一性、透明性が高まるこ とになる。 • 資産を保有しているので被保護者が自立しや すくなる。 • 自立後に一定額を控除して返却すれば、自立 へのインセンティブが確保。 • 生活保護者の資産が扶養をしていない親族 に相続されるという問題が指摘されてきたが、 資産を相続したい親族は、該当者が生活保 護に陥る前に自ら進んで扶養するインセン ティブを持つ。扶養調査の負担軽減。 • ④認定実施体制の標準化・専門化 • 全国的な統一性・画一性の観点からケースワーカー の標準配置基準を復活。 • 認定にかかわる人件費の全額を国庫負担とする。 • ケースワーカーについては、現在、多くの自治体は 福祉職採用でなく、一般行政職の職員を2、3年単位 で回しており、経験1年未満の新人ワーカー、現場 経験のない査察指導員がともに4分の1程度を占め ていることが問題 • ケースワーカーについての人件費を全額国庫負担 することにより、専門職化を進め、その代わりケース ワーカーには全国的な技能研修や、一定期間の資 格試験(試験に落ちれば資格を剥奪される)を課し、 標準化や質の確保を行うことにする。 • ⑤自立支援プログラムの地方分権化・アウトソーシ ング・財源措置のあり方 • ソーシャルワーク的な業務や自立支援プログラムの 運営については、憲法に規定される最低生活保障 とは性質が異なる。この面については、自治体間で 格差があっても問題は無く、むしろ競争があること が望ましい。 • 自立支援のアイディアは公的機関が考える必要は 必ずしもなく、外注化をすればよい(官民のアイディ ア競争が起こればよい)。外注に際してはクリーム スキミングに考慮して、自立困難度に応じた価格。 要介護度やリスクアジャストメントの発想。 • 財源は、様々な形態に対して標準費用を見 込み払いで国が措置する(セーフティーネット 統合補助金よりも明確な財源)。 • 安く自立支援できれば地方の財源化となるよ うにする(AFDCに類似した仕組み)。全国規 模ではヤードスティック規制で費用を減少さ せてゆく。 • ・人材派遣業法、最低賃金法の改正も視野 か • ⑥予防措置の具体化 • ・生活資金つなぎ融資 • 教育扶助の充実、奨学金制度、貧困の再生 産・階層固定化を防ぐ。 • 歴史的経緯による若年の生活保護を認めな い。 • ・母子世帯、児童扶養特別手当の問題(離婚 後の扶養義務の明確化) • ・リバース・モーゲージ • ・資産を保有したままでの保護 • ⑦自立へのインセンティブ • ・生活保護の短期打ち切り(更新は厳密な審 査の後行う)、資格審査の定期化 • ・Negative Income Taxの導入。低所得者に かかる税制自体の見直しも視野。 • • • • • ⑧水準論議 ・水準均衡方式の問題 ・等価尺度について専門的分析 ・級地区分見直し ・独自調査の必要性 • ⑨生活保護法への生活保護制度の明文化と 通達行政の廃止 (4)国と地方の役割分担、財源分担 • 経済学的には、モラルハザード論VSスピル オーバー、負の競争論 • ・法律論としては、憲法上のナショナルミニマ ム論、画一的・統一的運営 • モラルハザード・・・協議会の統計分析により 存在せず。国庫補助率削減は改善に資さな い。 • 一方、負の競争は存在。特にホームレス対策。 • したがって、全額国庫負担が望ましい。画一 的・統一的運営の観点からも不可欠。法定配 置基準の復活と共に、人件費措置もすべて 国庫負担。社会保険庁のように独立した機関 の運営も一案。 • 認定業務と自立支援策は切り離す。前者は 独自の財源で地方差が生ずることが許され るものではない。後者の自立支援策について のみ地方で差があることを許す。ただし、全 体としてのインセンティブを考慮した定額予算 措置は必要。
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