ソーシャル・キャピタルと倫理形成 静岡大学哲学会 2006年11月3日 吉田寛(静岡大学情報学部) 1.情報倫理学の動向 2.ソーシャル・キャピタル 3.ソーシャル・キャピタルと倫理形成 情報倫理学information ethics 情報技術の発達に伴って社会に現れてきて いる倫理的問題に対処する学問 – 法やモラルの空白(モラルギャップ)に対処 – 独自の研究領域 吉田の情報倫理学 – 単に社会規範を立てる、憶えこむことは情報倫理 学でも情報倫理教育でもない – 情報倫理は、情報技術、情報関連法と協力して 情報社会を作る(資料1-1) 情報倫理学の話題 第一期 コンピュータの登場と導入 – コンピュータの登場とインパクト – コンピュータの存在を理解し社会的に受容するという課題 – コンピュータと人間存在、データベースと市民社会などの テーマ 第二期 情報技術の普及 – PCとインターネット、ソフトウェア産業 – 普及が従来の社会に引き起こした問題に対処する課題 – 著作権、個人情報、セキュリティなどのテーマ 情報倫理学の動向 第三期 情報社会の構想 – ネット、PC、携帯、RFIDなどは当たり前 – 情報技術を前提とした社会の構想という課題 – 情報社会の望ましいガバナンス形成、情報技術者の役割 などのテーマ 「ガバナンスgovernance」 – ガバナンス=統治、共治(原語は「船の舵取り」) • 合意形成や秩序形成の仕組み、やり方 • グッド・ガバナンス(資料1-2)の省略的使用(混同の原因に) – ガバメント=政府 • 近代的国家のガバナンスの中心 – 政府や市場の支配を脱した現代社会の新しい統治が「ガ バナンス」をキーワードに論じられる(資料1-3) 情報社会のガバナンス (吉田のイメージ) 多くのアクターに よる協同統治 NGOなど コミュニティ 市民組織 リーダー アカデミズム 有識者? ステークホルダー 合意による舵取り 技術者 政府 専門家 自治体 企業 ジャーナリズム 営利組織 ソーシャル・キャピタル Social Capital 社会資本(社会関係資本) (資料1-4) – 市民間の人間関係(信頼、規範、価値) – 人的資本(学歴資本)、文化資本と対比される(ブ ルデュー) パットナム(社会学)による(再)提示 – イタリア、アメリカ社会の実証研究 – 民主主義をうまく機能させるための資本として、 人間関係(共有された信頼、規範)を評価 パットナムのソーシャル・キャピタル論 イタリアの南北格差(物的・人的資源) – ソーシャル・キャピタルの差に依存 ゲーム理論によるソーシャル・キャピタル理論 の正当化(資料2) – 共有地の悲劇、囚人のジレンマ 米国における近年の連帯とソーシャル・キャ ピタルの減退 – 投票率、地域、治安、宗教などへの参加の減衰 ソーシャル・キャピタル研究 ソーシャル・キャピタル研究は、経済学、社会学、政 治学などを中心に展開(宮川&大守、2004) ウールコックによるソーシャルキャピタル研究の分 類(M.Woolcock 1998) – – – – – – – 社会理論と経済発展 家族および若者の行動 スクーリングと教育 コミュニティ生活 仕事と組織 民主主義とガバナンス 集合行為の問題 →倫理学はソーシャル・キャピタルに関心を向けて こなかった? ソーシャル・キャピタルと倫理学 規範や信頼に対する観方 – ソーシャル・キャピタルとして、経済学的観点、政治学的 観点などから評価される – 行為規範、徳として倫理学は検討の対象としてきた 「ソーシャル・キャピタル」という観方 1. 個人ではなく、個人間や集団の持つ属性 2. 社会への実効性から評価する 倫理学でも可能だが困難な観方? – 1は可能 ex.ヒューム(共感)、和辻(「間」の倫理学) – 2は可能だが現代では困難な点もある 計量的方法論 を導入する必要(→社会学などとのコラボレーション) ソーシャル・キャピタルとガバナンス グッド・ガバナンスにはソーシャルキャピタルが必要 (資料5) – ボウルズ&ギンティス「ソーシャル・キャピタルと共同体の ガバナンス」 • 共同体における信頼や配慮、規範がよいガバナンスのためには 必要 – ヒューム『人性論』 • 共感が公共の善には必要 – アリストテレス『二コマコス倫理学』 • 共同体には愛(フィリア)が必要 グッドガバナンスを求める倫理学はソーシャル・キャ ピタルを評価すべき – 情報社会形成におけるソーシャル・キャピタルの必要性 (パットナム、世界銀行)(資料6) 応用倫理学とソーシャル・キャピタル 応用倫理学の課題と特性(情報倫理学ほか) =現代社会の問題を倫理的観点から分析、 批判、解決の提案などを行う(伝統的課題) 技術の定着 =倫理的観点から現代の社会形成について 分析、批判、提案を行う(新たな課題) – テーマとしてのガバナンス →ソーシャル・キャピタルに対する倫理的評価 – 事例研究の必要性(コラボレーション) →ソーシャル・キャピタル研究への親和性 ソーシャル・キャピタルと倫理形成 1. ソーシャル・キャピタルをどう倫理的に評価 するか – グッド・ガバナンス推進のための条件として評価 (倫理形成の条件として評価) – どのようなソーシャル・キャピタルが、どのように 評価できるか(実証的社会研究、計量的研究と の協同) 問題 – 実証研究といかに協同するかという方法論上の 問題 – 個人的「徳」の評価とどう区別するべきか ソーシャルキャピタルとしての倫理 2. 倫理はソーシャル・キャピタルとしてどう評 価されるか – – – 経済、政治的効果という観点からの評価 グッド・ガバナンス推進のためのソーシャル・ キャピタルとして評価(1と合わせて入れ子状の 構造をなす) どのような倫理がどのようなソーシャル・キャピ タルとして評価できるか 問題 – 倫理が非規範的基準によって評価される点 (規範性の喪失?) 基本参考文献 『哲学する民主主義』ロバート・D・パットナム、 NTT出版 『ソーシャル・キャピタル 現代経済社会のガ バナンスの基礎』宮川公男・大守隆、東洋経 済新報社、2004年 Social Capital a theory of Ssocial strutture and action, Nan Lin, Cambridge U.P., 2001. 『ソーシャル・ガバナンス』神野直彦・澤井安 勇、東洋経済新報社、2004年 おまけ 倫理学の問いについて 倫理学の基本的な問いの立て方 – 理論的な問い(A)と実践的な問い(B) A:「Xは善い」と判定するアルゴリズム、定義の提示 – – – – – 「善く生きる」とはどういうことか(ソクラテス) 「善」とは何か 「善い人」とはどのような人か(徳倫理) 「善い行為」とは何か(義務論、功利主義) これらについての知、表現とはどういうものか(メタ倫理) • 「善さ」を定義することは可能なのか? B:「Xを善くする」にはどうしたらよいか – 「善い社会」「善い人間」を作るにはどうしたらよいか (アリストテレス、イギリス道徳哲学、マルクス) • →ソーシャル・キャピタルへの関連性と可能性? • →「政治学」「法学」「経済学」「教育学」の課題? • 応用倫理学? 理論でなく活動(ないし技術)としての倫理学?
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