レジュメ

社会保障論講義
3章 「年金改革の現状と論点」
学習院大学経済学部教授
鈴木 亘
1.年金財政の現状
• 100年安心プランは既に崩壊している
• 少子高齢化の進行、経済情勢の悪化、運用
利回りの低下
• そこに2008年末のリーマンショックの直撃。
• 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)に
よると、 2008年12月末の運用損は8.6兆円
(ちなみに、2008年度末は9.6兆円)。
• これを織り込むと、厚生年金は2055年、国民
年金は2060年に、積立金が枯渇する。
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厚生年金積立金の将来予測
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2004年改正時
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現在
2004年改正時
自動安定化装置は機能しない
• 「自動安定化装置」として評判の高い「マクロ経済スラ
イド」は、実際には、ほとんどその機能を発揮しない。
• 第1に、「所得代替率50%を下限とする」という年金改
革法附則第2条の規定にすぐに抵触してしまい、それ
以上の調整ができなくなること
• 第2に、マクロ経済スライドの「スライド調整率」は、
「将来の」被保険者数減少に対応していないため*、少
子化がいくら進行したとしても、調整率は今後20年程
度はほとんど変わらない。
• *スライド調整率は「公的年金の全被保険者数の減少
率の実績(3年平均)」にリンク。
• 厚生労働省はいまだにマクロ経済スライドを
「自動安定化装置」として説明。「年金、社会
保障の専門家」も褒め称えているが、マクロ
経済スライドは、自動安定化装置ではなく、従
来と同じ、単純な年金給付カットである。
• 1999年の年金改革では、今回と同じ程度の
規模の給付カットに大混乱。2004年改革では、
「自動安定化装置」という大義名分がついた
おかげで、この給付カットへの反対はほとんど
ありませんでしたから、実に巧妙な目くらまし
であった。
先送りされる年金改革
• 厚生労働省にとって、「自動安定化装置」のもう
一つの効能は、これまで法律によって義務付け
られていた5年に1度の「財政再計算」から解き
放たれたこと。
• 自動安定化装置が導入されたために、5年に1
度の財政再計算・改革の義務が、法案から削除。
• それでは、今回のように積立金が2060年に枯
渇することが分かった場合、改革は著しく先送り。
• そのため、現在の高齢者は逃げ得となる。
• 5年に1度の財政再計算こそまさに「自動安定化
装置」 であった。我々はそれを失った。
2009年財政検証の粉飾決算
• 2009年2月末に公表された厚生労働省「財政
検証」の結果は、驚くべきもの。
• 所得代替率は「50.1%」とぎりぎりの公約ライ
ンを保ち、100年間年金積立金が枯渇せずに
持つという。
• 2004年時から、これだけの人口・経済情勢の
悪化を織り込んでも、所得代替率は、わずか
「0.1%」しか変化しないことは本当か?。
• トリックは、厚生労働省が、運用利回りを初め
として、年金財政予測に使われる経済想定を
大幅に「改ざん」していることにある。
• 運用利回りは現在、マイナス6%を超える状
況であるが、2009年度には急回復して1.5%
となることが想定。賃金は、2009年度、戦後
最悪のマイナス成長が予想されている中で
0.1%と横ばい、2010年になると3.4%に急回
復する。労働力率も、政府が進めている労働
市場改革が成功すると「仮定」して、現在の最
悪の雇用情勢にもかかわらず、大幅に引き上
げられている。
• 国民年金の未納率も、現在の6割から8割で
計算。
• 最大の問題は、運用利回りである。これだけ
市況が悪化する中において、前回想定(2004
年時)の3.2%を大幅に上回る4.1%という数値
に変更。年0.9%の変更は、今後100年近い
長期間の想定として用いられているため、そ
の福利計算は想像を絶する大きさ(100年で
約2.4倍)で影響し、その結果として、少子高齢
化の進展及び運用損を完全に相殺してしまう
という訳である。
表 1 財政検証で用いられた経済状況の想定値
2009 年
2010 年
2011-15 年
2016 年以降
運用利回り
1.5
1.8
3.2→2.9*
3.2→4.1**
賃金上昇率
0.1
3.4
2.3→2.7
2.3→2.5
物価上昇率
-0.4
0.2
1.0→1.9
1.0→1.0
合計特殊出生率
労働力率
2050 年に 1.39→1.26
労働市場改革が成功し、女性、高齢者で相当の上昇
注)太字が財政検証の想定値。→の左の細字は 2004 年改革時点の想定値。*は 2011-19 年、**は 2020 年
以降。
3.基礎年金の財源を税方式化すべ
きか保険料方式にすべきか
• 経済学者を中心に、未納・未加入問題解決の
ために、基礎年金財源を消費税化すべきとの
提案。
• 2008年5月20日の新聞各紙に「基礎年金の全
額税方式化(消費税化)によって、消費税が
3.5%~12%も引上げられる」といった衝撃的
記事が掲載。
• 社会保障国民会議(所得確保・保障分科会)
による衝撃的な消費税引き上げ幅の計算。
• これは完全に悪質な情報操作。
図表 3-3 基礎年金を税方式にした場合の消費税引上げ率(社会保障国民会議試算)
年度
ケースA
ケースB
ケースC
ケースC’
2009年度
5.1%
3.3%
8.5%
11.8%
2015年度
5.3%
3.6%
8.6%
12.0%
2025年度
5.0%
3.7%
7.8%
10.5%
2050年度
6.8%
6.2%
8.2%
9.6%
注)社会保障国民会議による試算結果(経済前提Ⅱ-1)を、バックデータを元に筆者が加工。ケースAは、過去の保険料納
付実績については全く勘案せず、全員に満額給付を行うケース。ケースBは、過去の保険料未納期間に係る分について
は、その期間分の税方式の基礎年金給付を減額するケース。ケースCは、過去の保険料納付期間に係る分については、
その期間分を税方式の基礎年金に上乗せして給付するとするケース。加算額については、①保険料相当額(C:3.3 万円
相当分)及び②給付全額(C’:6.6 万円相当分)の2パターンとする。
• 基礎年金の財源を今までどおり保険料方式
でまかなおうが、全額消費税でまかなおうが、
どちらにしても「負担」であることには変わらな
い。この議論も、「年金財政の維持可能性の
確保」あるいは「世代間不公平問題の改善」と
いう本質的問題とは、あまり関わりの無いも
の。
• 「税方式か保険料方式か」という論点は、消
費税率引上げと絡んで国民の耳目・関心を引
きやすい政治的テーマだが、本質論ではなく、
「目くらまし」にすぎない。
• 年金は「保険」なので、保険料ではなく、消費
税で財源調達するというのは本来はおかしい。
• しかし、国民年金の空洞化はあまりに深刻。
2007年度現在の未納率は36.1%。これに減免
者や猶予者を含めると、何と52.7%もの国民
年金加入対象者(1号被保険対象者)が保険
料を支払っていない。
• その分は、「基礎年金拠出金」という財政調整
によって、厚生年金や共済年金がこの分を実
質的に肩代わりして、何とか国民年金の運営
が保たれている。また、1/3から1/2に引上げら
れる国庫負担も、苦しい国民年金財政への補
助金として機能。
• これを1/2の国庫負担ではなく、いっそのこと全てを
消費税で徴収することにすると、消費税は誰もが自
動的に支払う税で徴収漏れがありませんから、直ち
にこの未納・未加入問題が解決できる。
• また、消費税で徴収することになれば、年金が大幅
に「得」となっている現在の年金受給者からも一部財
源を徴収することができる。
• さらに、専業主婦等の3号被保険者が全く保険料負
担をしていないのに基礎年金を受け取れるという不
公平の問題についても、消費税は1人1人が負担す
るものですので、改善が見られる。
• 社会保険庁の徴収業務が大幅縮小でき、不正を行
う余地をなくすことができるほか、行政コストも大幅
に削減できる。
• 一方で、税方式化(消費税化)に対しては、厚
生労働省から批判・反対。
• 第一に、税方式化をすると「受益(給付)と負
担の関係が希薄化して、保険である認識が低
くなる」という主張。
• わが国の年金は賦課方式なので、そもそも受
益と負担はリンクしていない。また、基礎年金
は1/2まで国庫負担を引上げられるので、そ
の部分は既に受益と負担の関係が「希薄化」。
それよりも、年金財源に充てる消費税を年金
目的税として使途を限定化すれば、負担の全
てが受益にリンクするので、現在よりもむしろ
両者の関係を明確化できる。
• また、第二に、「給付と負担の関係が切れると、
所得制限が持ち込まれたり、権利性が弱めら
れ、第二の生活保護化する恐れがある」とい
う批判もある。
• この主張の前提には、「消費税にすると、税率
引上げが難しくなる」という先入観がある。仮
定の上に仮定を重ねるたくましい想像力とい
えますが、こうした問題は、年金財源の不足
に応じて自動的に税率が上がることになる
「消費目的税化」をすることで、簡単に克服で
きる。
• 第三に、「消費税化では少子高齢化の進展で
税率が引き上がり、若い世代の負担が重くな
る」という批判がある。矛盾した批判で、保険
料でも消費税でも年金給付に充てる必要額
は変わらないから、同じ批判は保険料方式に
も当てはまる。
• しかし、2004年改革で、基礎年金にもマクロ
経済スライドによる給付カットが組み込まれた
から、それがうまく機能しているのであれば、
国民年金の最終保険料(2006年価格で
16,900円)が将来固定されるために、消費税
「率」は固定されるはず。
• 第四に「消費税は弱者に厳しい税金であるの
で、所得再分配の観点から問題である」という
主張。
• 基礎年金自体が定額制で、そもそも弱者に配
慮した制度ではないことを忘れている。
• また、現行のように未納・未加入を許し、無年
金者や低年金者を拡大している現行制度が、
弱者にやさしい制度であるわけがない。
• むしろ、誰もが最低限の基礎年金を必ず受け
取れるという消費税による制度の方が、よっぽ
ど弱者に配慮していると言える。税金であれ
ば、真の弱者には、控除や還付などの形で、
包括的にきちんと弱者に配慮可能。
• 第五に、「消費税化をすると、事業主負担が
無くなり、その分も税負担に回るので個人の
負担が重くなる」という批判もあります。これは、
事業主負担というものへの無理解に基づいた
批判。事業主負担は実際には労働者が負担
しているので、このような批判は成立しない。
消費税引上げは実は負担減である
• 社会保障国民会議による先の試算結果については、
税方式化による消費税引上げ幅の大きさばかりが
注目され、まるで、とてつもない負担増を国民に強
いるかのような印象。
• しかしながら、本来は、税方式化を行えば、同時に
その分だけ保険料の引下げが達成されるはず。消
費税の場合、保険料負担をしていなかった未納者
や現在の年金受給者が負担をするようになることか
ら、常識的に考えて、現在、保険料をまじめに支
払っている勤労者達の負担は、差し引きベース(純
負担ベース)で減少する。
• 国民会議試算は、事業主負担で操作しているだけ。
図表 3-4 基礎年金を税方式にした場合の保険料減少額と消費税増加額の差
(社会保障国民会議試算)
月平均負担額(万円)
0.0
-0.5
-1.0
-1.5
-2.0
-2.5
-3.0
第Ⅰ分位
第Ⅱ分位
基礎年金分の保険料減少額
第Ⅲ分位
第Ⅳ分位
第Ⅴ分位
所得階層
税方式の場合の消費税負担の増加額
注)社会保障国民会議による試算結果を元に、筆者が加工。事業主負担分の保険料減少額を加えている。ケース B にお
ける勤労者世帯モデルのケース。
消費税引上げ幅はそれほど大きくは
ない
• 消費税率引上げの試算は、図表3-3でみたように、
ケースA、B、C、C’という4つのケース。このうち、現
実的な選択肢は、ケースBのみで、あとの3つは非現
実的で(特にC)、わざわざ消費税率を高く見せるた
めに、作為的に作られたシナリオ。
• さて、社会保障国民会議試算の第三の問題点は、
保険料方式を続けることのデメリットに焦点が当たっ
ていない点。そもそも、税方式が提案されてきた背
景は、近年の未納・未加入者の深刻化に伴って、将
来の生活保護世帯の急増が見込まれたこと。税方
式と比較するには、この保険料方式を続けた場合の
生活保護費増を含んだベースで比較を行なうべき。
未納率が財政に影響しないとする試
算の問題
• 社会保障国民会議試算では、「未納率の違いに
よっても所得代替率があまり変わらないので、
国民年金未納率が財政に与える影響は小さい」
との結果を併せて発表。具体的には、65%、
80%、90%の納付率(100%―未納率)の場合
の所得代替率(現役世代の平均所得に対する
高齢者の年金受給額の割合)を計算し、それぞ
れ51.1%、51.8%、51.9%と差が小さいことを報
告。
• 未納者は将来の低年金・無年金者なので、財政
に影響しないという理屈。
• 第一に、所得代替率とは厚生年金の場合の
概念であり、基礎年金もしくは国民年金の話
が厚生年金にすりかえられている。未納・未
加入の問題は、本来、国民年金の問題です
から、国民年金財政への影響を論ずるべき。
• 第二に、問題は単なる未納率の問題ではなく、
減免者や猶予者を含めて半分以上の人々が
保険料を払っていないということにある。減免
者や猶予者を除いた「未納率」だけで議論す
ることは、その影響を小さくすることにほかな
りません。本来は、減免者や猶予者を含めた
「実質未納率」のベースで議論を行なうべき。
• 第三に、未納者は財政に影響しないことは何
の言い訳にもなっていない。未納者は、将来
の生活保護費の増加を意味する。この生活
保護費増が国民生活に与える影響も加味し
て考えるべき。
• さらに、未納が財政に影響しないとする計算
も検証不可能で、疑問が多い。運用分のほか、
世代間受給格差も影響しているはずであり、
国民会議の試算は小さすぎる。その後の厚労
省試算では、もう少し大きい数字となっている。