5,環境評価のための植物フォトニックセンシングシステム開発プロジェクト

環境評価のための
フォトニックセンシングシステム開発
Photonic sensing system for environmental evaluation
5
野口 秀昭(Noguchi Hideaki) 安達 偉人(Isamu Adachi)
門野 博史(Hirofumi Kadono) ヴィオレッタ マジャロバ(Violeta Madjarova)
埼玉県環境科学国際センター(Center for Environmental Science in Saitama)
株式会社東洋精機製作所(ToyoSeiki Ltd)
近年の急速な工業の発展により、大気汚染、水質汚染、土壌汚染など人間を含む動植物
を取り巻く環境は著しく悪化している。したがって、環境が生物の成長に与える影響を正確
に計測する技術の確立が望まれる。従来、植物の生長量は寸法測定や乾燥重量の測定
から見積もられるが、従来法はいずれも長期間にわたる積分値でしかない。しかし、実際に
は生長過程は動的な複雑な過程であると考えられるので、従来法では不十分である。本研
究では当研究室で開発された超高感度な統計干渉法を植物の生長計測に応用し、秒オー
ダーの時間スケールで植物の生長応答をサブナノメータ(10-10m)の精度で計測する装置を
実用化し、生育条件や大気汚染などの環境条件が植物の生長に与える影響を評価可能な
システムを開発するものである。 本プロジェクトでは、民間会社(株式会社 東洋精機製作
所)での計測装置の試作の実証試験研究(埼玉県環境科学国際センター)をおこなう。これ
までの実験により、植物の成長速度のゆらぎの大きさが照明条件やオゾンストレスによって
大きく変動することを明らかにした。本研究では、この植物成長ゆらぎの起源の解明を目指
して、細胞分裂阻害効果のある薬剤と気孔閉鎖を誘導する薬剤を用いた基礎的研究を
行った。
ジクロベニル曝露実験
Mirror
PZT
He-Ne
633nm
CCD
Interference filter
Fig.1 Optical system statistical interferometry
アブシシン酸(ABA)投与実験
◆植物サンプル :ニラ
◆測定領域
2光束間の距離 3mm
◆測定位置
葉の先端から 4cm
◆照明 蛍光灯
(250μmol/s・cm2)
ABA濃度(38µmol/L)
1
1(ABA)
2
2(ABA)
3
3(ABA)
2.06
3~5h:0.19
Exposure
5
0
-5
-10
1
2
3
4
5
Time[h]
Fig.4 Growth rate of the leaf of the Chinese chives under C7H3Cl2N exposure
曝露前、曝露中のナノメータゆらぎの標準偏差は、1.62から2.06nm/mm sへ増加してお
り、定常状態である3~5時間の標準偏差0.19nm/mm sと比較しても、約20%増加している
ことがわかる。他のニラのサンプルからも数%~30%変化する結果が得られた。しかし、
ジクロベニル溶液は溶剤としてアセトンを用いており、アセトンのみの影響を考慮しなけ
ればならない。さらに、非選択性の除草剤に利用されているジクロベニルが実際にニラに
対して効果があるのか、マクロスケールでの計測を行う必要がある。
アセトン曝露実験との比較・ジクロベニルの効果検証
Fig.3 Growth rate of the leaf of the nira
StomataConductance
0.103
0.024
(↓77%)
0.135
0.095
(↓30%)
0.095
0 .021
(↓78%)
10
0
Fig.2 experimental method
Photosynthesis
10.87
4.728
(↓57%)
12.32
10.53
(↓14%)
10.83
3.853
(↓64%)
Std=1.62
光量子束密度:200μmol/sec・m2
 CCD Frame rate:2[fps]
 ジクロベニルの濃度: 10ppm
(C7H3Cl2N)、溶剤:アセトン

Ci
195.47
56.78
(↓71%)
216.20
186.93
(↓14%)
181.00
60.38
(↓67%)
Transpiration
1.43
0.34
(↓76%)
1.74
1.31
(↓25%)
1.32
0.35
(↓73%)
Photosynthesis(光合成量)、Stomataconductance(気孔伝道度)、Ci(細胞間CO2濃度)、Transpiration(蒸散量)
生長率のゆらぎ量は植物による個体差はあるが、アブシシン酸投与後では
減少している。温度変化は5%以下、湿度変化は10%以下となった。
また、光合成測定器でのStomataconductanceの値はアブシシン酸投与前後
で、
1と3のサンプルでは80%近く減少し、2のサンプルでは30%減少した。
光合成量、細胞間CO2濃度、蒸散量もまた大きく減少した。
Stomataconductanceの減少率に対して、成長率のゆらぎ量の低下はそれほど
高いものではないので、実際に気孔が閉じているかどうかを確認する実験を
してみる必要があるのではと考えられる。
ニラに対するアセトンの影響を調べるため、「ジクロ
ベニル曝露実験」の時と同条件・同手順でアセトンの
みをニラの根に曝露した際の成長計測を行った。そ
して、ジクロベニル曝露とアセトン曝露実験で得られ
たナノメータゆらぎの標準偏差の変化率を平均し、さ
らに曝露前の標準偏差が1となるよう規格化した結
果をFig.5に示す。ジクロベニルおよびアセトン曝露
実験では曝露後に規格化したナノメータゆらぎの標
準偏差はそれぞれ1.13, 1.08となった。各実験ともに
曝露前と曝露後の標準偏差に有意な増加が見られ
たが、ジクロベニル曝露とアセトン曝露では有意な差
は現れなかった。
Fig.6は水、アセトン及びジクロベニルでニラの根を
浸した状態で5日後に測定した、1cmあたりの成長
量を示したものである。このときのアセトン・ジクロベ
ニルの濃度は「ジクロベニル曝露実験」・「アセトン曝
露実験」と同じである。アセトンの成長量は5日間で
約0.5mm、ジクロベニルでは約0.01cmとなり、有意な
差が現れていることがわかる。
また、Fig.7に各曝露後の光合成速度とナノメータ
ゆらぎの標準偏差を曝露前が1となるように規格化し
たものを示す。アセトンとジクロベニルの曝露後の規
格化した光合成速度はおよそ0.8と0.5であり、有意な
差が現れているが、ゆらぎの標準偏差では差は見ら
れなかった。
ジクロベニルの効果が現れているにもかかわらず、
「ジクロベニル曝露実験」と「アセトン曝露実験」での
成長速度のナノメーターゆらぎの差は見られなかっ
た。したがって、植物の細胞分裂はナノメーターゆら
ぎの起因としての可能性は低い、もしくは水分移動
に比べてその影響は小さいことを示唆している。
Normarlized S.D. of
elongation rate fluctuation
統計干渉法を用いたこれまでの実験において、
植物は一定のスピードで生長してるのではなく、
数十秒の周期で伸縮を繰り返しながらトータルと
して伸びている。その原因として気孔の開閉が関
係しているのではないかと考えられ、今回は気孔
の閉鎖を誘導する作用を持つアブシシン酸(ABA)
を投与し、ニラの成長率の測定を行った。
また、実験前後で光合成測定器により、光合成量
、気孔伝道度、細胞間CO2濃度、蒸散量も測定し
た。
*アブシシン酸
植物は水ストレスに晒されると体内の水分を保
つためにアブシシン酸により気孔を閉鎖し蒸散を
抑える。高等植物では、水ストレスに晒されるとア
ブシシン酸を体内に蓄積することが知られている。
実験の0~1時間は精製水に根を浸し、
実験の1~4時間は精製水とアブシシン
酸(ABA)の溶液に根を浸した。
植物サンプル :ニラ
 測定領域:2光束間の距離 3mm
 測定位置:葉の先端から5cm
 使用光源:ハロゲンランプ、蛍光灯

1.2
1.1
1.0
Dichlobenil
Acetone
0.9
After
Before
Fig.5 Average of normalized S.D. of
elongation rate fluctuation, before and
after Dichlobenil and Acetone exposure
1.20
Elongation[mm/cm]
・サブナノ精度、秒スケール
・生物試料に適用可能
・光学系が単純
過去の先行研究の結果から、細胞膜内外での水分移動が成長速度のナノメーターゆら
ぎと関係していることが示唆された。しかし、その結果だけでは完全にゆらぎの起源を説
明することができなかった。そこで本実験では、植物の細胞分裂がゆらぎの起因ではない
かと仮定し、細胞分裂阻害効果のあるジクロベニルをニラの根に曝露した際の成長計測
を行った。測定開始してから2時間は、根は水に浸している状態である。その後、ジクロベ
ニルを3時間曝露した。
1.00
0.80
0.60
0.40
0.20
0.00
Water
Acetone Dichlobenil
Fig.6 Comparison of the effects of water,
acetone and dichlobenil
1.4
Normalized change rate
after exposure
十分発達したスペックル場の位相
が完全にランダムであることを統
計的な意味で位相決定の基準とし
た原理的に全く新しい干渉計測法
sample
Growth rate[nm/mm/s]
◆統計干渉法
Recently, industry development has caused air pollution, water and soil contamination. Therefore,
it is very important to establish a technique that can measure the effects of the environmental
pollutions on plant growth. The existing methods that measure plant growth with accuracy in the
range of one millimeter and several weeks is not enough to monitor the immediate response of
plants to environmental stress. In this project, a system based on Statistical interferometry (STI)
was developed in cooperation with ToyoSeiki Ltd. STI is a novel optical interferometric technique
that uses the complete randomness of a fully developed speckle field as a standard in the
determination of object phase. STI has an extremely high sensitivity that permits the growth
measurement of plants with sub-nanometeric accuracy and in a few seconds.
The validity of the system is to be confirmed in practice for the measurement of environmental
stress of plants in Center for Environmental Science in Saitama. In our previous study, it was
revealed that the nanometric growth fluctuations of plant are strongly dependent on the light
conditions and the environmental stresses. In this study, we aimed to elucidate the origin of this
nanometric growth fluctuations of plant by conducting fandarmental experiments of chemically
induced stomatal closure and inhibitory effect of cell division.
1.2
Photosynthetic rate
S.D. of elongation rate fluctuation
1
0.8
0.6
0.4
0.2
0
Water
Acetone
Dichlobenil
Fig.7 Comparison of normalized
photosynthetic rate and elongation rate
今後の予定
植物の成長速度のゆらぎの起源を突き止める為に、引き続き統計干渉法を使用して同様
の実験を行い、平行して光合成測定装置を用いて光合成速度気孔伝導度、葉内CO2濃度、
蒸散量も続け、細胞分裂および気孔の開閉についてさらに調査していく予定である。