飯塚論文へのコメント

飯塚論文へのコメント
学習院大学経済学部
鈴木 亘
コメント1:結果の解釈を巡って
• 本論分の主要な結論は、Deference Effect
(DE)について、①効果がないかあったとして
も非常に小さいインパクト、②有意であるもの
は医療過誤としては深刻度が低いもの、深刻
度が高いものは有意ではない、という2点。
• ②についての説明(努力の限界効果)は説得
的だが、もう少し傍証が欲しいところ。もし仮説
どおりであるならば、有意であった指標の分散
は小さいはず(努力の余地が少ないから)。た
しかに、PSI18、19は平均に対して、標準偏差
が大きいのでこの点を挙げてはどうか。
• ①の点についても、努力の限界効果である程度
説明可能(総じて全て低い)なのかもしれないが、
もう少し説明・傍証が欲しい。
• このようなことがおきる可能性として、次のいくつ
かの可能性が挙げられる。これらのどれが成り立
つかによっては、政策的インプリケーションも変
わってくるため、ここは丁寧な議論が欲しい。
• (1)医師行動の理論モデルから
• DEがないというのは、一種の均衡状態を彷彿と
させる。3節のモデルでは、医師の操作する変数
としてE(努力)、T(検査)、D(防衛的治療)がある
が、これ以外として、次のものが挙げられる。
• ①リスクセレクションの可能性(プレミアムの高い
病院はそもそも危険性の高い患者を選ばな
い)・・・本来、指標は割り算になっているし、リス
クアジャスメントが使われているので、本来、セ
レクション問題はないはずである。
• しかしながら、後で、病院属性(Urban teach)が
有意に成っているところをみると、十分にその調
整ができていない可能性がある。
• したがって、まず、患者に対するリスクグループ
の割合の分布や属性等を見たいところ。
• ところで、リスクアジャスメントのプログラムでは
severityはどの程度コントロールされるのか(質
問1)。
• そこで、例えば、リスクグループの割合別にサ
ブサンプルを作って推計するなど、このリスクセ
レクション仮説に対するチェックをしてはどうか。
• ②価格転嫁の可能性・・・既に、プレミアムが高
い分はリスクグループの患者に対して高い価
格を付けている可能性がある。医療過誤をコン
トロールした上で(費用が異なってしまうので)、
リスクグループの患者あたりの費用がプレミア
ムによってどの程度変化するかをみてはどうか。
これは、モデルではD(Defensive Practice)へ
の反応とも解釈することもできる。
• (2)保険プレミアムデータの作成プロセスが影
響している可能性
• ・・・保険プレミアムのデータがそもそも病院別
のレートではなくregion別のデータが用いられ
ている。これに対して、論文では、①
Experience Ratingがこの業界では比較的少
ない、②インセンティブとしては、むしろ、保険プ
レミアム以外のもの(裁判の際の機会費用、ラ
イセンス剥奪の可能性)が重要、③それらの保
険プレミアム以外の変数の代理変数として保
険プレミアムが適切との説明。
• しかし、この説明は、必ずしも説得的とはいえ
ない。
• ①Experience Ratingがこの業界では比較的
少ないということであれば(まずそれが本当
かデータを確認したいところ)、保険へのモラ
ルハザードが生じやすいということであり、そ
もそも、Liability Pressureの代理変数として
適切かという点が問われる。(また、そもそも
何故、保険業界がそのような価格設定をして
いるのかも興味深い。そこに何らかの制度的
歪みがあるのか。また、裁判の際の保険のカ
バー率はどれくらいなのか等も知りたいとこ
ろ)
• ②のそれ以外の変数が重要ということであれ
ば、そもそも、そのような変数を作って説明変
数化することも考えられる(その州の裁判件
数、裁判日数、平均裁判費用等)。
• ③についても、②が作れれば本当に両者がリ
ンクしているのか知りたいところ。
• しかし、いずれにせよ、②③の説明では
region別データでよい説明にはなっていない。
データから考えて、あまりバリアンスが生じな
いはずであり、DEがそもそも出にくいことが
データの作成プロセスから言える。
• (3)推計方法から
• Region別の保険料データを変数とした推計に
対して、regionのFixed Effectをとることの合
理性はなにか(質問2)。単純に考えれば、
regaion別の保険料データのバリアンスがか
なりここで吸収されることになる。
• 誤差項に仮定している分布が適切か(分布の
特定化ミスが結果に影響していないか)。比
率データの分布情報をもう少し良くみたいとこ
ろ。
コメント2:推計方法について
• ①そもそも、医療過誤のような事象は、
PoissonやNegative Binominalのプロセス。比
率指標で捉えることが果たして適切か。ロジス
ティック変換でも、この場合、基本的問題は変
わらず。
• 比率指標以外に、そのフィロソフィーをいかし
て、分母情報を説明変数にいれた形のCount
Data Regressionを追加的に推計することも一
案。Hurdleを入れることも面白いかもしれない。
• ②Fixed Effectの入れ方(region,time)の妥当
性について説明が必要。
• 病院別のFixed Effectを使わないのはなぜか
(質問2)。
• ③IVについて、region別の変数へ個別の病
院が与える内生性をそもそも心配する必要は
ないのではないか。
• 特に、この場合には、region別のFixed
Effectも使われているからなおさらである。
• その場合、少なくとも、内生性のテストを行な
うことが考えられる。
• ④また、IVについては、内生性の問題という
よりも、むしろ、保険プレミアムが病院別デー
タになっていないことによる観測誤差を修正
する意味で使う方がよいのではないか。その
場合にはもちろんIV変数の内容を変えねば
ならない。
• ⑤もう一つ内生性の問題への対処方法として
は、Natural Experienceを使う方法も一案。
推計期間中のTort Reformの情報を使って、
DIDと使うことも考えられる。
• ⑥また、そもそも、保険プレミアム変数の適切
さに問題があるならば、こうしたTort Reform
の情報自体を説明変数として使う推計も興味
深い。
• ⑦4つの指標は互いに排他的か?、また、互
いの相関はないか。その場合、互いの相関を
考慮した推計を考えなくてよいか。
その他マイナーな点等
• Tort reformのIVの作り方の適切さ(0、1、2?)
• また、そのラグの決め方の妥当性(7期のラ
グ?)
• スケール変数は、polynominalだけではなく、
一定の症例数以下の病院をサンプルから落と
す対処の方がよいかもしれない。
日本の分析へのサジェスチョン
• 日本ではこのような分析はほとんど存在しないが、
分析の可能性はあるか、何がネックか。日本での分
析やデータ整備環境等へのサジェスチョン(質問3)。
• 国立大学病院は、独立行政法人化以降、保険加入
化した。私立大学病院をControl Groupとして、その
差をみることができる。
• 労働経済学では、解雇権濫用法理を巡って、判例
データ、地域別の裁判データを使った分析が近年多
い。同様の分析が可能。