経済情報入門Ⅱ 「怒りの年金入門」 学習院大学経済学部教授 鈴木 亘 1.年金とは何か • (老齢)年金とは簡単に言えば、元気に働いて いる若い現役時代に賃金から保険料を支払 い、その代わりに、働けなくなった高齢期に、 年金として生活費が受け取れるという制度。 • 厚生労働省は、わが国の年金の財政方式を 「修正積立方式」と呼ぶため、保険料が社会 保険庁に積み立てられている印象を与えてい る。 • しかし、若者が支払った年金は、その瞬間に 煙のごとく消えている→高齢者への支払いへ 1 • 今、高齢者1人当たりに、毎月10万円の年金 を支給する制度を政府が創設したと仮定。 • 高齢者の現役世代に対する比率が1対10の 割合だとすると、10人の現役世代で高齢者1 人を支えればよい。現役世代が支払うべき保 険料は1人1ヶ月あたり1万円(10万円÷10人)。 • 1対5のときには、1人1ヶ月あたり2万円と倍 増。1対4では2.5万円、1対3では約3.3万円、 1対2では5万円、1対1では10万円。 • いずれ、給付カットや廃止論が出ることだろう。 2 図表1-1 架空の年金制度における負担の推移 保険料負担 は、月一人当 たり:1万円 2万円 2万5千円 3万3千円 5万円! 10万円!! 3 2.実際の少子高齢化の状況 • たとえ話は、本当にたとえ話か。いくらなんでも、 ここまで極端な話にはならないだろう?。 • わが国における15歳から64歳までの現役世代 の年齢の人々(生産年齢人口)に対する65歳以 上の人々(高齢者)の比率、「高齢者/現役比 率」の推移。 • 2008年までは実績値、それ以降は厚生労働省 の研究機関である国立社会保障・人口問題研究 所が公表している最新の人口予測(「わが国の 将来推計人口(2006年(平成18年)12月推計)」) から描く。 4 • 実績値をみると、この間にわが国が少子高齢化 の一途を辿っている。1950年の高齢者/現役比 率は8.3%、当時は約12人の現役世代で1人の高 齢者を支えていた。この比率は1960年には8.9% (現役約11人対1人の高齢者)、1970年には 10.2%(約10人対1人)と徐々に上昇。 • その後は、加速度的な上昇。 • 1980年には13.5%(約7.5人対1人)、1994年には 20.2%(約5人対1人)、2000年には25.5%(約4人 対1人)、2008年現在では33.6%(約3人対1人)。 図表1-1における右から3番目の状態に。 5 1 95 0 1 95 5 1 96 0 1 96 5 1 97 0 1 97 5 1 98 0 1 98 5 1 99 0 1 99 5 2 00 0 2 00 5 2 01 0 2 01 5 2 02 0 2 02 5 2 03 0 2 03 5 2 04 0 2 04 5 2 05 0 2 05 5 2 06 0 2 06 5 2 07 0 2 07 5 2 08 0 2 08 5 2 09 0 2 09 5 2 10 0 2 10 5 図表1-2 高齢者/現役比率(高齢人口/生産年齢人口)の推移 90.0% 80.0% 70.0% 60.0% 50.0% 40.0% 中位推計 高位推計 30.0% 20.0% 10.0% 実績値 予測値 0.0% 6 • 現在は、まだまだわが国が直面しなければな らない少子高齢化のほんの序章。高齢者/現 役比率を山に例えるならば、現在はまだ山の4 合目。 • 特に今後の10年間はかつてないほどの急勾 配を上る。これは、「団塊の世代」が大量に退 職をして高齢者になってゆくから。2023年には、 すでに高齢者/現役比率は50.2%と、2人の現 役で1人の高齢者を支える時代。 • 安倍政権の時代にあった、団塊の世代の退職 が社会保障制度の危機の「正念場」であるとい う主張は間違い。 7 • その後、2040年には高齢者・現役比率は 67.2%と現役1.5人で高齢者1人を支えるライ ンを越し、高齢者/現役比率のピーク(頂上) である2072年には同比率は85.7%まで達する。 これは、現役1.17人で高齢者1人を支えると いう割合。実際には、勤労者1人で高齢者1人 を支える時代に到達する。 • ここを超えるとようやく山は下山ルートに入る が、高齢者/現役比率は80%程度の高い位 置にキープし、下山というよりは、高原状態。 • 今後60年あまりも超高齢化社会が続く。 8 3.人口予測はどこまで信頼できるか • 高齢者/現役比率が今よりも急激に上昇して ゆき、しかも長い間上昇が止まらないという人 口予測はどの程度信頼できるのか • 社人研の人口予測は、「よく外れる」と評判 • 実際には、こと高齢者/現役比率に関する限 り、まず30年から40年程度は、ほとんど外れ ることはない 9 • 人口予測の方法論は、コホート要因法という手 法。 • これは簡単に説明すると、「今年の年齢階級別 の人口」に、「年齢別の死亡率」を乗じて「来年の 年齢階級別の人口」とするという方法。例えば、 今年の64歳となる人々が100万人いて、64歳の 人々の死亡率が5%(生存率は95%)であれば、 来年の「65」歳の人口は、100万×95%=95万人 となる。 • さらに、再来年の66歳の人口を求めたければ、 95万人に65歳の人々の死亡率を掛ければ求め ることができる。 • 将来の年齢別死亡率は安定的なので、信頼性 高く予測が可能である。 10 • 問題は、新生児の数を予測する部分。 • 社人研が過去5年ごとに常に予測を外し、評 判を悪くしているというのは、この出生数(出 生率)の部分に限ってのこと。 • 現実には出生率が毎年低下してゆく中、不思 議なことに、社人研は、毎回毎回、出生率が すぐに回復するというシナリオを描き続け、少 子・高齢化の進行を常に甘く見積もるという間 違いを犯し続けてきた。 • しかし、「高齢者/現役比率」には、はじめの うちは影響しない。 11 • 新生児たちが生産年齢人口にまで成長し、 「高齢者/現役比率」に現れ始めるのは15年 後の話であり、この期間はほとんど予測が外 れない。その後もはじめのうちは現役世代の わずかな部分を占めるに過ぎないため、全体 として大きな外れにはならない。 • 楽観的な高位推計においても、基本予測の 中位推計と比べ、まずはじめの20年程度は ほとんど重なっていて差が見えない。その後、 差はやや広がるが、2048年までは両者の比 率の差は5%ポイント程度に過ぎない 12 • この高位推計の楽観的な予測でさえ、以下の 深刻な結論である。 • ① 高齢者/現役比率の上昇はピーク時の 2057年まで今後半世紀近く続く • ② ピーク時には同比率は71.9%(現役約1.4 人で1人の高齢者を支える)に達する • ③ しかもその後の比率低下も緩やかで高い 位置にとどまる 13 4. 少子化対策の効果は望めない • 図表1-2はもうひとつ重要な結果。政府が懸命 に行っている少子化対策は、もしそれが成功 して仮に出生率が上昇したとしても、社会保 障財政への貢献という意味では、あまり効果 を持たない。 • 実際、少子化対策で増えた新生児たちが保 険料を支払ってくれるまでには、就職する年 齢まで待たなければならない。少子化対策で 増えた分の若者の財政貢献は、毎年1歳ずつ と徐々にしか増加しない。 14 • 政治家などが「少子化対策を強化すれば、社 会保障財政の問題が解決できる」といった類 の主張をしているのを至る所で見聞きするが、 それは間違いである。 • 少子対策を強化しても、社会保障問題の解決 は難しい 、間に合わない、という認識に立つ べきである。 • 少子化対策で社会保障問題が解決するとい う主張は幻想に過ぎない。我々には、少子高 齢化社会と正面から向き合い、少子高齢化と 共に生きるしか選択肢はない 15 6.社会保障負担の将来像 • 図表1-6は、年金、医療保険、介護保険別に、 2100年までの社会保障給付費(自己負担分 を除く、年金や各保険からの給付費)の将来 予測を示したもの。2015年までは、厚生労働 省自身が公表している最新の予測値(「社会 保障の給付と負担の見通し-2006(平成18) 年5月-」)。驚くべきことに、厚生労働省は、 この大事な社会保障給付費の将来予測を、 2015年までしか国民に示していない。国民に 真の姿を示していない。 16 図表 1-6 社会保障給付費の将来予測 単位:兆円 社会保障給付費 対国民所得比(%) うち年金給付費 対国民所得比(%) うち医療保険給付費 対国民所得比(%) うち介護保険給付費 対国民所得比(%) 国民所得 2006 2011 2015 2025 2035 2050 2075 2100 81.5 95.0 106.0 134.6 167.7 225.6 293.2 339.7 21.7% 21.9% 23.1% 25.3% 28.9% 36.2% 40.8% 39.2% 47.4 54.0 59.0 68.5 84.5 114.6 147.4 169.3 12.6% 12.5% 12.8% 12.9% 14.6% 18.4% 20.5% 19.5% 27.5 32.0 37.0 49.2 60.1 78.8 100.2 115.5 7.3% 7.4% 8.0% 9.3% 10.4% 12.6% 13.9% 13.3% 6.6 9.0 10.0 16.9 23.1 32.3 45.6 54.9 1.8% 2.0% 2.3% 3.2% 4.0% 5.2% 6.3% 6.3% 375.6 433 461 531.2 580.4 624.0 718.5 866.3 17 • 人口変動を主な理由として、社会保障費は伸 び続ける。 • 厚生労働省が用いた計算手法、将来の経済 変数(賃金上昇率、物価上昇率、利子率)、社 会保障費の前提値(1人当たり医療費の伸び 率等)、改革効果の試算値を、ほぼそのまま用 いて、2025年以降2100年まで延長。 • 対国民所得比をみると、2006年の21.7%から 2075年の国民所得比は40.8%と、2006年のほ ぼ倍の水準。 18 7.社会保障全体の世代間不公平の 実態 • 図表1-7は社会保障制度における(世代別損 得計算) • その世代にとって、個別の社会保障分野でい ったいいくらの「損得」をしているかという金額 • 「生涯に受け取る給付費の総額(生涯受給額 )」から「生涯に支払う保険料の総額(生涯保 険料額)」を差し引いた金額であり、「(生涯純 受給額)」と呼ぶ。 19 図表 1-7 社会保障全体の世代別損得計算 単位:万円 1940年生まれ 1945年生まれ 1950年生まれ 1955年生まれ 1960年生まれ 1965年生まれ 1970年生まれ 1975年生まれ 1980年生まれ 1985年生まれ 1990年生まれ 1995年生まれ 2000年生まれ 2005年生まれ 年金 3,100 1,760 780 250 -200 -590 -970 -1,290 -1,610 -1,880 -2,120 -2,290 -2,420 -2,510 医療 1,450 1,180 930 670 520 380 260 130 -40 -240 -410 -480 -620 -720 介護 300 260 190 130 50 0 -40 -80 -120 -150 -180 -210 -230 -250 全体 4,850 3,210 1,900 1,050 370 -210 -750 -1,250 -1,770 -2,270 -2,710 -2,980 -3,260 -3,490 1940年生まれと 2005年生まれの 差額は、8,340万 円 (年金のみでは 5,610万円) 注)5章で用いている最新の各財政予測モデルに基づく筆者試算値。計算方法の詳細は、鈴 木亘(2006)を参照。厚生年金・健保組合加入者(男性、配偶者あり)のケース。 20 8.諸悪の根源は「賦課(ふか)方式」 にある • 賦課方式の元では、負担引上げか給付カットか 、その2種類しか改革手段がない。 • 2000年以前の年金改革・・・保険料率の引き上 げ一辺倒。 • 2000年の年金改革 • ①給付乗率引き下げによる2割の給付カット。 • ②支給開始年齢の段階的引き上げ。 • ③既裁定者への物価スライド適用。 21 • 2004年の年金改革 • ① 厚生年金の年金保険料率を年々引上げ て行き18.3%になったところで固定する(国民年 金も月額保険料を16,900円まで引上げてその 後固定する) • ② 「基礎年金」に対する税金投入である国庫 負担率の引上げ(2009年に1/3から1/2に引上 げ) • ③ 将来にわたる年金給付額のカットである「 マクロ経済スライド」の導入。2割の給付カット を達成。 22 • 負担引上げの代わりに、いくら給付カットを行っ たとしても、それは対症療法、あるいは一時的な 延命策に過ぎず、本質的な問題解決にはならな い。 • なぜならば、第一に、給付カットを行って負担上 昇を回避できたとしても、それは一時的なもので 、またすぐに負担引上げをしなければならない。 • 第二に、給付カットは、世代間の不公平問題を 解決することができない。 • 第三に、給付カットはおのずと限界があり、それ が行過ぎると、社会保障制度の存在意義がなく なってしまう。 23 積立方式へ移行せよ • そもそも社会保障制度の前提となっているこの「 世代間の助け合い」という財政方式自体を変え てしまうという改革:「コペルニクス的発想転換」 こそが、急速に進むわが国の少子高齢化を乗り 切る唯一の方法。 • 「現役時代に自分の老後に使うための社会保障 費を積み立てておく」という積立方式導入が必要 。 • 積立方式で制度が運営されるのであれば、社会 保障財政は少子高齢化の影響を全く受けない。 24 • ① 社会保障制度の全てをこの積立方式に すべきである • ② 現在の賦課方式からでも十分に積立方 式への移行がスムーズに可能である • ③ 積立方式への移行をなるべく早く行うこと こそが、少子高齢化による悲惨な未来を避け る唯一の道である。 • →詳しくは、社会保障論の授業を聞いてくださ い。もっと早く分かりたい人は、鈴木亘「だまさ れないための年金・医療・介護入門」東洋経 済新報社、2009年を読んでください。 25
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