開発とローカリズム講義 「開発途上国の労働と ジェンダー」 2006年12月7日 後期博士課程 広川幸花 [email protected] 1 本日の講義の流れ 1.「ジェンダー」概念の定義・変遷 2.指定文献の論点の検討 3.事例 4.まとめ 2 1-1.社会学の「ジェンダー」の定義 ジェンダー gender 「当該社会において社会的文化的に形成された 性別についての知識」 他者との社会的相互行為、メディア、昔話や文学作品 といった文化的環境(が持つ性別についての観念や知 識)によって形成される。 注)知識・・・ここでは通常知識、常識、社会通念、社会 意識を含む 〔江原,2004,p13〕 3 1-2.「ジェンダー」の概念変遷① 言語において名詞の性別を指す用語 gender ↓ 1970年代~(第二波フェミニズム運動以降) 「生物学的性別」sex 「社会的文化的性別」gender 時代・社会による「男らしさ」「女らしさ」の内容は異なり、 性別による行動様式や生き方の相違を含意する概念 ↓ 4 1-2. 「ジェンダー」の概念変遷② ↓ 1980年代~(科学史・歴史学・哲学者らによる異議申立) 男女の二分法を前提とする生物学的な基盤論へ の疑問 「生物学的性別」は、科学研究という時代・社会的に形 成された知であるがゆえに、「ジェンダー」に含まれる 〔江原,2004,p13〕 5 1-2. 「ジェンダー」の概念変遷③ 1980年代~(社会学者クリスティーヌ・デルフィによる異議申し立 て) ジェンダーとは、男女の2項ではなく、男/女という 人間集団を分割する分割線・差異化そのもの ジェンダー関係は「階層的」であり「権力的な非対 称性」をもつ 〔大沢2002、上野2002〕 検討:「男のように働けばいい」「違っていても対等」「男 も主夫になればいい」「差異なき社会を目指そう」etc… ⇒構造自体が問題、差異によって偏った抑圧がかかる ことが問題 6 1-3. なぜ「ジェンダー」の視点が必要 なのか① 「ジェンダーは社会的に構築され、可変的なもので ある」と認識することの重要性 「ジェンダー」は、所与のものではない〔ギデンズ,2002, p147〕 社会とその諸制度は、近代化の過程で政府が中心となり つくった人為的なものであり、自然的な与件ではなく、そ の意味で可変的なものだと言える。〔丸山,1964,p216〕 注)「所与」・・・つくったものではなくて自然に出来たもの 7 1-3. なぜ「ジェンダー」の視点が必要 なのか② 社会に埋め込まれていた対象・課題を認識 する。(これまで不可視だった抑圧の構造) 開発の対象となる社会にて、男女がそれぞれど のような役割や仕事をし、どのような問題に直面 しているのか 男女別の役割、仕事分担⇒異なるニーズ・優先順位 経済・社会的な状況、意思決定過程 開発プロジェクトが及ぼす非対称な影響 〔田中,2002,p42-45〕 8 1-3. なぜ「ジェンダー」の視点が必要 なのか③ 「ジェンダー・ブラインド」の政策・開発が引き起 こす諸問題 抑圧的な構造が内包された「ジェンダー」 ⇒当該社会の「ジェンダー」の視点を欠いた政策・開 発 ⇒プロジェクトにより差別・格差が生じた・強化された、 ある属性に偏った過重負担がかかる等・・・ 9 1-3.なぜ「ジェンダー」の視点が必要 なのか④ 例)構造調整政策 →ある属性への過重負担 例)近代農業の普及(新たな農業用投入物の ための資金が必要)→銀行からの融資には保 証(土地や資産など担保)が必要→・・・ 〔田中,2002, p31〕 ⇒抑圧の構造を認識し、それに加担しない適 切な政策が重要 10 2.著者の視点・検討① 「女性の経済活動への参加:世界経済の展開とジェンダー」 ≪有償労働・無償労働、公式経済・非公式経済≫ 「無償労働(unpaid work)」とは フォーマルな労働市場の外部で行われ、国の就業 や所得統計に反映されない(または過少評価され る)活動 11 2.著者の視点・検討② 「女性の経済活動への参加:世界経済の展開とジェンダー」 「無償労働」の内容: ①家族・世帯内・地域社会での無償労働 例)家事労働(子供・高齢者の世話、家族の食事の準備)、 ボランティア活動(環境保護、助け合いなど) ②家族・世帯内の自給生産労働、インフォーマル・セ クターの労働 例)農業、食糧生産、家族経営による自家消費用の財・ サービスの活動、インフォーマル・セクターにて自営業の 家族従業者の労働 〔井上ら編,2002,p15-18〕 検討:機会費用論 12 2.著者の視点・検討③ 「女性の経済活動への参加:世界経済の展開とジェンダー」 ≪生活水準、社会的・経済的地位≫ 「生活水準の向上は・・・社会的・経済的地位 の向上につながるのだろうか」(p179,L21) 「開発によってもたらされる所得の増大は、自 動的に労働力率の上昇につながるわけでは ない」(p180,L10) 13 2.著者の視点・検討④ 「女性の経済活動への参加:世界経済の展開とジェンダー」 性別役割分業 性別を理由とする社会の分業ならびに家庭内の役割分担 検討:「男は外で仕事、女は内で家事」の生産・維持 近代資本制社会、個々の企業内における性別職務分離、 個々の婚姻関係における性別役割分担による維持 注)性役割: 性別によって、集団や社会から期待される役割 注)分業: 近代産業社会において、各々生産を行い、市場を通じ て、生産財や消費財として他者の労働生産物を入手すること 14 2.著者の視点・検討⑤ 「女性の経済活動への参加:世界経済の展開とジェンダー」 社会的規範 人間の社会的行為を、ある特定の方向に導く慣 習・価値観・制度・法など 人々の意識や行為を社会的に規定しているもの 〔江原,1989,p9〕 ⇒検討:「相続」(事実関係の「伝統的」な実践) 15 2.著者の視点・検討⑥ 「女性の経済活動への参加:世界経済の展開とジェンダー」 家族消費 輸出換金作物 輸出指向型産業 安価な労働力 →意味については前回授業(2006/11/30)参照、 内容の理解について事例にて 16 3-1.事例の紹介 事例1・・・世帯内の労働・時間の分担 事例2・・・途上国農村の「女性世帯主」 事例3・・・財・サービスの世帯内配分と意思 決定 17 3-2.事例の舞台 事例1~3・・・2004~06に一次資料収集 〈タイ〉 〈東北部〉 〈コンケン県〉 Khon Kaen City N.W. Village N.P. Village 事例A,C 事例B,D 18 事例1 世帯内の労働・時間の分担 視点:世帯としての時間・労働をどう割りふって いるか 仕事役割分担(有償労働・無償労働) 資源調達の経路と内容(自家消費用、換金用) 親族・地域との関わり方 19 事例1-A世帯内の労働・時間の分担 A世帯: 夫、妻、息子8歳、双子0歳 労働カレンダー(夫・妻) 20 事例1-A世帯内の労働・時間の分担 ≪A世帯内の仕事役割分担≫ 夫はバンコクに出稼ぎ(有償労働)、農繁期に家 に戻って農業(自家消費用なので無償) 妻は以前は村内日雇い(有償)、農繁期に農業 (無償) ↓ 妻は双子を出産してから、家事・育児、家畜の 世話、村内グループへの参加など(今も長時間 働いているけれど、全て無償労働に) 21 事例1-A世帯内の労働・時間の分担 ≪A世帯の資源調達の経路と内容≫ 米の生産・・・夫と妻で協力、自家消費用のみ 日々の食糧調達 夫は街で自分の分を購入する。 妻は村で家族の分を調達する・・・庭から野菜・ ハーブ、森からきのこなど採取。果物・肉は近くの 市場から購入。米は自家消費用に生産したものを 食べる。 22 事例1-A世帯内の労働・時間の分担 ≪A世帯の親族・地域との関わり≫ 夫は1年に3ヶ月ほど村に戻ってくる 妻は常に村内で夫の親戚との関係を維持 「いざというときに頼れるように」 妻は地域の複数の住民組織に参加 安く精米ができるグループ、肥料づくりグループ、 朝市グループ(庭の野菜の余剰は換金作物として 売る) 23 事例1-B世帯内の労働・時間の分担 ≪拡大家族B世帯の紹介≫ B世帯:夫、妻、長男10歳、次男3歳、 妻の姉妹たちの家族と共に生活を構築 タイ東北部特有の「屋敷地共住集団」(母系) 妻の姉家族と妹家族の3家族、隣同士で住む 両親から相続された農地・庭で、共同で生産。主に自 家消費用作物、余剰は換金用作物とする。 注)相続問題がこじれて、土地は未分割のままの状態 24 事例1-B世帯内の労働・時間の分担 B世帯内の仕事役割分担 農繁期は、妻は子供を姉妹の家族に預けて、 10時~17時まで夫と農作業をする 25 事例1-B世帯内の労働・時間の分担 ≪B世帯内の仕事役割分担と、親族づきあい≫ 夫が日雇い(有償)、妻が家事(無償)・農業 (無償・有償)をしている B世帯は、姉妹らの家族が身近にいるため、 気軽に子供の世話を見てもらったりできる →B世帯の妻の労働負担の軽減 親戚3家族で、田畑や庭を共有、自家消費用 栽培をしている 26 事例1 世帯内の労働・時間の分担 ≪A世帯とB世帯の違いの背景・・・家族構造≫ A世帯は夫が出稼ぎ、妻が家事、だが、 B世帯は夫が日雇い、妻が家事・農業をして いる A世帯は核家族、B世帯は拡大家族。B世帯 では姉妹の協力があり、育児をしてもらいなが ら仕事に出ることができる。 B世帯では資源調達も拡大家族で行われる 27 事例2-C途上国農村の「女性世帯主」 ≪家族を支える世帯主として≫ C世帯:未亡人、長男17歳、次男11歳、娘5歳 世帯内で一人だけの働き手: 「子供は学校だし、自分一人で生活費を稼いで家 のこともしないと」 三重の労働 生産労働・・・郵便局の下請けの仕事 再生産労働・・・家事・子供の世話 コミュニティ活動・・・グループ参加 28 事例2-C途上国農村の「女性世帯主」 C世帯の労働カレンダー 29 事例2 途上国の「女性世帯主」 ≪途上国農村に決して少なくはない「女性世帯主」≫ 夫の季節労働(農閑期のみ)、長期的な出稼ぎ ⇒妻が「女性世帯主」とあまり変わらない状態も。 「夫は1年のほとんどはバンコクにいて祭りのときだけ帰っ てくる・・・そんな生活が3年、5年と続いていくのも借金返済 のためにはしょうがない」 「夫が出稼ぎに言っている間、私は年老いた両親と子供の 面倒を見ている。田畑も両親と一緒に管理している」 ⇔村長や地方役人の認識 30 事例2 途上国の「女性世帯主」 ≪世帯主・・・男女で何が変わる?理論から≫ 「資源や基本財を、自由へと変換する能力に は、個人間/グループ間で差がある」〔セン, 2004,p49〕 =個人が保有する「資源」や「基本財」から、「成果 を達成するための自由」への変換にジェンダーと いうグループ間で差が出る、という問題意識。 31 事例2 途上国の「女性世帯主」 ≪世帯主・・・男女で何が変わる?事例から≫ C世帯の未亡人(学歴:高卒) 「今の仕事は保障もないし、生活費も足りていない。 より給料の高い仕事に就きたいけれど、条件の良 いものは見つからない。5歳の娘の世話もある し・・・」 ⇒より良い条件の就職を妨げているもの:性別、学 歴の壁、家事の負担・・・ 32 事例3-D 財・サービスの世帯内配分 と意思決定① ≪D世帯の紹介≫ D世帯: 夫(出稼ぎ)、妻、三男18歳、孫9歳 夫:バンコクで出稼ぎ、アルコール中毒、送金なし 妻:日雇い農作業、家事、織物(全て無償労働)。 収入源は、独立した子供たちからの送金のみ。 村長の配慮により、「貧困世帯」と認定され、政府 援助(食糧)を受け取っている。 33 事例3-D 財・サービスの世帯内配分 と意思決定② ≪世帯内配分≫ 「世帯の収入」は世帯内に均等に配分されて いる?配分は誰が決める? D世帯の夫は物価の高い都市で生活費とお酒に 給料を全て費やしてしまい、家族に送金できてい ない。D世帯の妻は収入の使い道について交渉す る余地もない。 34 事例3 財・サービスの世帯内配分と 意思決定③ ≪世帯内配分≫ 「世帯内で平等に配分されている」という前提 「世帯」を最小単位として扱うアプローチ ⇒ジェンダー・アプローチによる分析で世帯内 の構造が明らかに ⇒見落とされてきた世帯内の不平等 財・サービスの配分、その意思決定の所在など 35 事例3 財・サービスの世帯内配分と 意思決定④ 検討:「男女平等」・・・「何」の平等か? ある理論が一つの変数についての平等を中心的 とするとき、その結果として生じる他の変数につい ての不平等を正当化する。〔セン,2004,p25〕 変数例) 所得、効用、資源、機会、権利、生活の質、 ニーズの充足度 36 授業の振り返りと重要点の確認 最後、スライドごとに確認 37 講義の引用文献① 講義の指定文献 伊藤るり,1989,「女性の経済活動への参加:世界経済 の展開とジェンダー」江原由美子・長谷川公一・山田昌 弘・天木志保美・安川一・伊藤るり『ジェンダーの社会学』 新曜社,179-182. アマルティア・セン,2004,『不平等の再検討』岩波 書店. アンソニー・ギデンズ,2002,『社会学』而立書房. 38 講義の引用文献② 井上輝子・上野千鶴子・江原由美子・大沢真理・加 納実紀代編,2002,『女性学事典』岩波書店. 上野千鶴子,2002,『家父長制と資本制』岩波書店. 江原由美子・山田昌弘,2004,『ジェンダーの社会 学』放送大学教育振興会. 田中由美子・大沢真理・伊藤るり編,2002,『開発と ジェンダー』国際協力出版会. 丸山真男,1964,「肉体文学から肉体政治まで」『丸 山真男全集第四巻』岩波書店. 39
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