事例と情報倫理教育 静岡大学情報学部 吉田寛 2007年1月17日 神戸大学 情報学部 浜松キャンパス(工学部と情報学部) 工業都市の大学→実学の精神 教員 人文社会系(旧教養部などから)40人くらい 工学系(工学部の情報系から)20人くらい 学生(約160人) 3プログラム制(高度専門的職業人の養成) ID(社会デザイン)、IS(システム構築)、CS(計算機設 計) 情報倫理教育 「情報倫理」の位置付け 倫理・法・思想の教員の共同で開講 情報社会を設計する力の養成(マクロな視点、 政策) 専門科目「情報モラルデザイン論&同演習」 基礎科目「ガバナンス論&同演習」 責任ある情報技術者、活用者の養成(ミクロな 視点、リテラシー) 教養科目「情報社会の法と倫理」 大学院「IT技術者の倫理」 教育実践 講義 倫理学理論の紹介と検討 事例の紹介→分析→考察 演習(講義を前提として行われる) 関係論文の購読と検討 事例の調査と報告→ディスカッションまたは ディベート 体験型(製作や提言、ゲーム、見学、調査な ど) 事例教育の意味 事例のメリット イデオロギッシュな理論の押し付けをさける 倫理的な態度の涵養 創造性(適用力)の鍛錬 論点 倫理教育の課題は? 何を教えるのか。知識? スキル? あるいは? それは教えられるものか? どうやって? 理論を適用するだけではマネ、パターンでしかない? 事例だけ紹介しても倫理とは受け取らない。 事例1 著作権の問題(紹介) 6-2 オープンソース運動とフリー・カルチャー 【事例】 2002年、東芝はその販売するMP3プレーヤー 内部のソフトウェアのGPL違反が指摘された。東芝は、 GPL違反を認めて、GPLに基づいて問題のソフトウェアの ソースコードを公開した。GPLとは、ストールマンの「オー プンソース」の理念に基づく、プログラムの使用ライセン スである。すなわち、GPLの付いたプログラム(親)を使用 して新たなプログラム(子)を作った場合、プログラムの ソースを公開し誰にでもその使用を認めること、そして子 にもGPLを引き継ぐこと、というものである。 事例1 著作権の問題(分析) 【point】 ソフトウェアを著作権や特許権で保護すること への反発は、「オープンソース」「フリーソフト」などと呼ば れる一連の運動を引き起こしている。知的所有権でソフト ウェアを保護することで市場を媒介して開発インセンティ ブを確保する従来のモデルではなく、開発インセンティブ の存在を前提として、開発者相互が自由に情報交換する ことで開発コストを下げ、開発を促進しよういうモデルで ある。この運動は、GNUをはじめリナックスやクリエイティ ブコモンズなどの多くの有力なプロジェクトとなって実現し、 著作権&特許権強化陣営に対して、すでに大きな勢力を 築き、情報と情報技術の所有と利用はどうあるべきかに ついて深い疑問を投げかけ続けている。 事例2 ロボット工学3原則(紹 介) 人工知能技術と規範 【事例】 アシモフの『私はロボット(I Robot)』と いうSF小説は、AIを搭載したロボットと人間が 共存する未来社会における倫理的問題を鋭く 描き出している。アシモフは、ロボットはこの規 範に従うよう開発・運用(ロボット側から言うな ら行為)しなければならないという「ロボット3原 則」という社会規範を設定し、物語に託してロ ボットをめぐる社会的、倫理的問題を提示した のだ。 事例2 ロボット工学3原則(分 析) 【point】 AIやAI搭載型のロボットはすでに商品 化されており、今後われわれの社会生活におい て無視できない構成要素になるだろう。AI技術は、 豊かな想像力と冷静な分析力によって検討され る社会的必要がある。人間はAIに対して、AIは 人間に対して、どう行為(行動)する(させる?)べ きであり、またするべきではないのだろうか? こ の問題は、AIをどういう存在であると見るか、感 情や人格、すなわち人間にはあると思われてい る「心」を認めうるのか、といった哲学的問題が関 わってくる。 疑問 授業での事例の扱い 1. 2. 3. 典型的な事例について倫理理論を当てはめて善悪 を判定する。 情報倫理理論を理解でき、理論の現実への適用の 仕方が身につく。 情報倫理の問題に直面しても適切に判断できる(ま た情報倫理の理論を研究することもできる)。 だが、これは倫理なのか? 倫理ではなくスキルでしかないのでは? 倫理理論の意味 情報倫理の理論 「 x は y の下で善い(悪い)。なぜなら z 。」 x←行為類型(ex.デジタル著作権を尊重すること) y←状況類型(情報技術と社会の知識) z←理由(功利主義、義務論などの倫理理論) 情報倫理における倫理理論の意味 情報倫理の事例についての倫理的信念の表現と正 当化そして批判を可能にする。 情報社会における、政策決定、評価、法的判断、行為 判断の手助けになる。 事例instanceの意味 一般的図式に対する個別事例instance 「x」の事例「a」について、状況「b」を「y」として把握し、 「 a は b の下で善い(悪い)。なぜなら z 。」として理 解する。 倫理理論を実感で理解させる。 「 x 」では湧かない「善い/悪い」の実感を「a」によっ て実感することで、理論を実感で根拠づける。 倫理理論を適用する力を身につける。 特定の状況(たとえばb)を、状況類型yとして把握する 力 事例caseへの発展 直面する出来事、状況としての事例case 特定の理論の個別事例として持ち出さない。 だが、倫理的課題として持ち出す。 共感を得て、自分の問題として考えさせる。 事例→理論の探求 スキル 背景理論の選択、構築 より実践的な力 事例instance教育が前提 倫理性の涵養 態度 特定の出来事を倫理的文脈のなかに観ようとする態度 自分の問題として、内側から倫理を感じる。 他者の選択との衝突→多様性の理解、批判、対話 倫理的想像力の大切さに気づき、育てる 結論 高度専門的職業人の教育において 情報倫理教育において事例は有効。 しかもcaseとしての事例の扱いが望ましい 実感を伴い、実践的な力と態度を育てるから。 理論と知識は手段としての価値がある。 理論と知識は、事例を分析するスキルを構成する。 これは以下のために役に立つ 現実を倫理的文脈のもとで捉えること 他者の倫理を理解し、対話と批判の道を開くこと
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