ホームレス支援と経済学

ホームレス支援と経済学
東京学芸大学
鈴木 亘
何故、経済学?
• 阿部彩・國枝繁樹・鈴木亘・林正義『生活保護
の経済学』東京大学出版会、3月公刊
• この分野で経済学者はほとんど貢献せず(c.f.
米英)
• この分野の経済学者自体、ほとんど存在しな
い。
• 経済学、経済学者は評判悪い(ケチ、冷血、
原理主義者、汗をかかない、実態を知らない、
政府の委員として勝手なことを言う)
そもそも経済学とはどんな学問?
①限られた資源(予算)の効率的配分のあり方
を研究
→政策の財政規模、公的支出の水準の決定
(限られた財政予算の中の分配なので、気前
よく、福祉にいくらでも支出せよということに
ならない・・・「冷血」)
←効率性を重んずる(対費用効果の測定、予
算と対応した政策評価・・・「ケチ」。)
→効率性を高めるための手段として、競争、市
場メカニズム、公的部門から民間部門へ規制
緩和を主張・・・宗教の原理主義よりアブナイ
「市場原理主義」)
②社会問題の構造を抽象的かつ数理的なモデ
ルで解釈、提言(言葉が難しい、数学的、抽象
的、合理的人間像を仮定するなど非現実的)
⇒しかし、財政赤字、少子高齢化で予算減、小
さな政府をめざしている時代には発言力が強
くなる(政府の委員、大臣)
トピックス1:政府のホームレス対策の
経済学的根拠
• そもそも何故、政府がホームレス対策をする
必要があるのか。税金を使って公的支出をす
る根拠は何か。
• ⇒当たり前。質問自体、非人道的。
• ⇒根拠を明確にすることは、ホームレス問題
に批判的な人々の説得や、予算規模を確保
するためにも重要。
• セーフティーネット不備論の不備(同語反復、
施策拒否者の存在)。
• 市場メカニズムが機能不全となる「市場の失
敗」が公的支出の根拠になる。
• 「外部性」の存在
• ①結核などの伝染病
• ②公園や駅、道路などの公共空間占有
• ③一般市民が悲しい気分になる
• ④周辺環境の悪化と地価・賃貸料の低下(10
人で3%、鈴木2004)
• ⑤医療扶助の利用増(無保険状態の放置は
非常に高くつく)
• ⑥生活保護の利用増
• 対策としては、①公共空間の占有に刑罰・罰
金、②公費をかけた支援策の2択。前者は、
ホームレスの場合機能せず、結局高く付くた
めに、②が政策的対応となる。
• 総額33億円のホームレス対策予算の合理性
⇒生活費分だけ月10万円×18,564人 =220億
円。医療扶助、地価、人々の満足感などを考
慮すればそれ以上で、少なくとも一桁少ない。
・また、公的対策の地域偏在の不公平も大きな
問題。
トピックス2:ホームレス発生の原因
• 各種調査では、失業や失職、倒産などの就
労要因が原因。
• 日本では、就労のみが強調。就労したいのに
就労できない状態にいることが原因。
• しかし、
• あまりに簡単に野宿生活に落ちる人々の存
在。
• 平均4万円の現金収入でホームレス生活。
• 低家賃賃貸市場の機能不全も原因(市場の
失敗)⇒就労対策だけが支援策ではない。
• ホームレスの人々や予備軍である低所得者
に対する賃貸住宅市場に「情報の非対称性」
による市場の失敗があり、十分な供給できず。
• ①家賃滞納の可能性
• ②社会生活能力、近隣住民の反応
• ②借地借家法
• ③保証人、敷金、礼金、賃貸拒否
• ⇒住宅弱者といえる。高齢者、障害者同様、
住宅弱者対策として政策的対応が正当化さ
れる。家賃補助、公営住宅割当、住宅扶助単
給、公的保証(地域生活移行支援)。ハウジン
グファースト論の必要性。
住宅の質
I1
A
通常の住宅
U1
I2
U2
E
U3
I3
B
C
F
広義のホームレス
G
I3
I2
D
I1
他の財
-4
-2
賃
金
率
(
対
数
)
-6
lwage
0
2
トピックス3:野宿生活脱却の困難さ
0
1
2
ljobday
m
労働日数(対数)
3
4
• 賃金率と労働時間の負の関係(鈴木2007)
• 生活保護の「貧困の罠」(健康回復、就労して
も生活費が増えない、自立するとより生活水準
が下がるために、貧困から合理的に脱却しな
い)同様、ホームレス生活にも「貧困の罠」が存
在している可能性。
• 自立すると、家賃、敷金礼金、税金・社会保険
料、様々な支援の対象ではなくなる、借金取り
が来るなど、様々な費用がかかってしまう。
• 生活保護へのモラルハザード・・・貯蓄すると生
活保護にかからなくなる
消費
U1
U2
A
B 貯蓄ゼロ水準
C
生存限界水準
D
O
労働日数
• 住宅の支援が重要な課題。
• それ以外にも、税金、社会保険料などが急激
に負担増とならないような対策が必要。
• 自立生活移行は、精神的にも、あるいは生活
能力的にも大きな負担。日常生活自立、社会
生活自立の支援策の正当性。
• 借金などの法律問題の解決。
就労自立の困難さ
・自立支援センター
の就労率、シェル
ター事業ともに就労
自立率は2割強程度。
・地域生活移行支援
事業についても、や
はり同程度。
23%
38%
就労による退所
生活保護による退所
期限到来・無断退所
39%
12%
23%
就労による退所
生活保護による退所
23%
42%
自立支援センターへの入
所
期限到来・無断退所
・皮肉にももっとも多い退所理由は、生活保護
による福祉的退所で、全体の4割。地域生活
移行支援も4割強。
• ホームレス就業支援協議会による職業紹介
事業も期待された成果が出ず。
• トライアル雇用やなどの利用実績も小さい。
• その理由は、高齢者、未熟練者に対して、市
場賃金のハードルが高すぎること。
賃金
労働供給
(労働者
側)
最低賃金
市場賃金
労働需要
(企業側)
雇用量は下が
る。
雇用量
• 高齢者であり、職に長く就いていない人々に
対して、最低賃金の壁は高すぎる。
• むしろ、最低賃金の適用除外を行なって、賃
金を下げたほうが需要が増える。
• ただし、それでは生活ができないので、就労
で間に合わない部分について、福祉的対策。
「半就労・半福祉」の機動的運用が必要。生
活保護ではなく、生活資金融資という手も。
• また、リスクをプールするための派遣業化。
• アフターフォローの必要性と効率性。
トピックス4:自立支援事業利用に
関する意思決定
賃金
率
W2
W1
65歳
年齢
入所期
間(T 1)
就労期間(T 2)
保護期間
• 入所と非入所の総価値を比較、NPVが高いほど
入所確率が増す。
• 費用としては、アパートや宿泊所に移った後の家
賃、借金の返済などの直接費用、自立支援セン
ター入所時に失う資産(諸荷物、テント、テントを
置いていた場所の価値等)や、やはり入所時に失
う犬などの動物や同居家族ホームレス期間中の
自由な生活時間、生活習慣(アルコール、ギャン
ブル等)の効用価値
w1T2 
 w2  (1   ) w1 T2
 
NPV  
 C   w1T1 

1 r
1 r 

 
NPV   w1T1 
T2
1 r
( w2  w1 )  C
• ①現在の賃金率が高いほど入所確率が低くなる(月
収入、賃金率、食事回数)
• ②将来の賃金率が高いほど入所確率が高くなる(最
長職正社員、資格保有)
• ③就労確率が高いほど入所確率が高くなる(健康、
年齢)
• ④就労期間が長くなるほど(年齢が若いほど)入所
確率が高くなる(年齢)、
• ⑤費用が高くなるほど入所確率が低くなる(アルコー
ル、テント、借金)
• 鈴木・阪東(2006) では、概ね上記のモデルが
指示される結果。
• 合理的に、自立支援事業に乗らない人々がい
る。所得が高い人、高齢の人が多い理由には
合理性がある。自立支援事業の限界がある。
• 長期化する野宿のホームレスに対して、入所
の魅力を持たせるために、①個室化を進める、
②集団生活の制約や様々な制約を必要の無
い限り緩和するといった「使い勝手」を良くする
必要性。
• 入所期間の長期化、福祉的対策の必要性。
まとめ
• ①ホームレス対策費は、過小である。また、
地域偏在を解消する必要がある。
• ②就労支援だけではなく、住宅支援策(ハウ
ジングファースト)へ。
• ③就労支援型自立支援事業自体も効率性が
高いとは言えず、抜本的な見直しが必要であ
る。
• ④自立後の障害を取り除くための、生活支援、
アフターフォローなどの重要性。