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生活保護の経済分析
-ホームレス対策と生活保護-
学習院大学経済学部
鈴木亘
本日の目的
• 阿部彩・國枝繁樹・鈴木亘・林正義『生活保
護の経済学』東京大学出版会
• この問題に対する経済学のアプローチのうち、
ホームレス対策に関する部分の紹介。
• トピックスを限り、実態調査や実証分析よりも、
概念部分の説明を行なう。
• 経済学のアプローチ・・・合理的行動による近
似⇒問題の構造をモデル化⇒対策のあり方
を議論する
トピックス1
ホームレス対策の経済学的根拠
• そもそも何故、政府がホームレス対策をする
必要があるのか。税金を使って公的支出をす
る根拠は何か。
• ⇒当たり前。質問自体、非人道的。
• ⇒根拠を明確にすることは、ホームレス問題
に批判的な人々の説得や、予算規模を確保
するためにも重要。
• セーフティーネット不備論の不備(同語反復、
施策拒否者の存在)。
• 市場メカニズムが機能不全となる「市場の失
敗」が公的支出の根拠になる。
• 「外部性」の存在
• ①結核などの伝染病
• ②公園や駅、道路などの公共空間占有
• ③一般市民が悲しい気分になる
• ④周辺環境の悪化と地価・賃貸料の低下(10
人で3%、鈴木2004)
• ⑤医療扶助の利用増(無保険状態の放置は
非常に高くつく)
• ⑥生活保護の利用増
• 対策としては、①公共空間の占有に刑罰・罰
金、②公費をかけた支援策の2択。前者は、
ホームレスの場合機能せず、結局高く付くた
めに、②が政策的対応となる。
• 総額33億円のホームレス対策予算の合理性
⇒生活費分だけ月10万円×18,564人 =220億
円。医療扶助、地価、人々の満足感などを考
慮すればそれ以上で、少なくとも一桁少ない。
・また、公的対策の地域偏在の不公平も大きな
問題。
• 非価値財
• ひとたびホームレスになってしまえば、様々な
不可逆性(様々な行政サービスを得るために
は住所設定必要、路上生活は犯罪に巻き込
まれやすい)
• 消費者として合理的な判断が難しい人々の存
在。
トピックス2
ホームレス発生の経済学的要因
• 各種調査では、失業や失職、倒産などの就
労要因が原因。
• 日本では、就労のみが強調。就労したいのに
就労できない状態にいることが原因。
• しかし、
• あまりに簡単に野宿生活に落ちる人々の存
在。
• 平均4万円の現金収入でホームレス生活。
• 低家賃賃貸市場の機能不全も原因(市場の
失敗)⇒就労対策だけが支援策ではない。
無差別曲線分析
りんご
みかん
住宅の質
I1
A
通常の住宅
U1
I2
U2
E
U3
I3
B
C
F
広義のホームレス
G
I3
I2
D
I1
他の財
• ホームレスの人々や予備軍である低所得者
に対する賃貸住宅市場に「情報の非対称性」
による市場の失敗があり、十分な供給できず。
• ①家賃滞納の可能性
• ②社会生活能力、近隣住民の反応
• ②借地借家法
• ③保証人、敷金、礼金、賃貸拒否
• ⇒住宅弱者といえる。高齢者、障害者同様、
住宅弱者対策として政策的対応が正当化さ
れる。家賃補助、公営住宅割当、住宅扶助単
給、公的保証(地域生活移行支援)。ハウジン
グファースト論の根拠。
トピックス3
ホームレスの就労問題
-2
-4
-6
lwage
0
2
賃金率(1日あたり収入)と労働日数の関係(対数)
0
1
2
ljobday m
3
4
• 賃金率と労働時間の負の関係(鈴木、2007)
• 生活保護の「貧困の罠」(健康回復、就労して
も生活費が増えない、自立するとより生活水準
が下がるために、貧困から合理的に脱却しな
い)同様、ホームレス生活にも「貧困の罠」が存
在している可能性。
• 自立すると、家賃、敷金礼金、税金・社会保険
料、様々な支援の対象ではなくなる、借金取り
が来るなど、様々な費用がかかってしまう。
• 生活保護へのモラルハザード・・・貯蓄すると生
活保護にかからなくなる
無差別曲線分析
消費
労働時間
消費
U1
U2
A
B 貯蓄ゼロ水準
C
生存限界水準
D
O
労働日数
・高賃金率のバックワードベンドならば、生活
保護同様の貧困の罠の可能性(生活保護へ
のモラルハザードを含む)→罠の障壁除去
により自立促進ができる(移行支援事業、敷
金支給、生活費貸付、生活支援の継続、保
険料・税の免除)
• 生活維持費ターゲットの低賃金率の人々は、
最低賃金を割り、過酷な長時間労働。廃品
回収を条件とした食料援助、一般的な食糧
援助の可能性。
就労自立の困難さ
・自立支援センター
の就労率、シェル
ター事業ともに就労
自立率は2割強程度。
・地域生活移行支援
事業についても、や
はり同程度。
23%
38%
就労による退所
生活保護による退所
期限到来・無断退所
39%
12%
23%
就労による退所
生活保護による退所
23%
42%
自立支援センターへの入
所
期限到来・無断退所
・皮肉にももっとも多い退所理由は、生活保護
による福祉的退所で、全体の4割。地域生活
移行支援も4割強。
• ホームレス就業支援協議会による職業紹介
事業も期待された成果が出ず。
• トライアル雇用やなどの利用実績も小さい。
• その理由は、高齢者、未熟練者に対して、市
場賃金のハードルが高すぎること。
賃金
労働供給
(労働者
側)
最低賃金
市場賃金
労働需要
(企業側)
雇用量は下が
る。
雇用量
• 高齢者であり、職に長く就いていない人々に
対して、最低賃金の壁は高すぎる。
• むしろ、最低賃金の適用除外を行なって、賃
金を下げたほうが需要が増える。
• ただし、それでは生活ができないので、就労
で間に合わない部分について、福祉的対策。
「半就労・半福祉」の機動的運用が必要。生
活保護ではなく、生活資金融資という手も。
• また、リスクをプールするための派遣業化。
• アフターフォローの必要性と効率性。
トピックス4
自立支援事業の課題
自立支援事業利用に関する意思
決定(何故入所を拒むのか)
賃金
率
W2
W1
65歳
年齢
入所期
間(T 1)
就労期間(T 2)
保護期間
• 入所と非入所の総価値を比較、NPVが高いほど
入所確率が増す。
• 費用としては、アパートや宿泊所に移った後の家
賃、借金の返済などの直接費用、自立支援セン
ター入所時に失う資産(諸荷物、テント、テントを
置いていた場所の価値等)や、やはり入所時に失
う犬などの動物や同居家族ホームレス期間中の
自由な生活時間、生活習慣(アルコール、ギャン
ブル等)の効用価値
w1T2 
 w2  (1   ) w1 T2
 
NPV  
 C   w1T1 

1 r
1 r 

 
NPV   w1T1 
T2
1 r
( w2  w1 )  C
• ①現在の賃金率が高いほど入所確率が低くなる(月
収入、賃金率、食事回数)
• ②将来の賃金率が高いほど入所確率が高くなる(最
長職正社員、資格保有)
• ③就労確率が高いほど入所確率が高くなる(健康、
年齢)
• ④就労期間が長くなるほど(年齢が若いほど)入所
確率が高くなる(年齢)、
• ⑤費用が高くなるほど入所確率が低くなる(アルコー
ル、テント、借金)
• 鈴木・阪東(2006) では、概ね上記のモデルが
指示される結果。
• 合理的に、自立支援事業に乗らない人々がい
る。所得が高い人、高齢の人が多い理由には
合理性がある。自立支援事業の限界がある。
• 長期化する野宿のホームレスに対して、入所
の魅力を持たせるために、①個室化を進める、
②集団生活の制約や様々な制約を必要の無
い限り緩和するといった「使い勝手」を良くする
必要性。
• 入所期間の長期化、福祉的対策の必要性。
まとめと提言
• ①就労支援型自立支援事業の行き詰まり
• 第一に、就労退所率は高々2割程度。野宿の
ホームレスの9%が自立支援センターの退所
者。
• 第二に、福祉退所する割合の方が多い。
• 第三に、長期化しているホームレス達の受け
皿として機能していない。
• 第四に、自立支援センターが存在する一握り
の大都市を除いて、その他の政令指定都市、
中核都市、地方都市はこうした資源を用いる
ことが出来ず、公的資源の偏在、格差。
• 就労自立率を高めるための抜本的に見直し。社会福
祉法人や公的法人から、NPO法人や営利法人の運
営。職業訓練の内容や期間、職業紹介の実施方法
なども見直し。就労自立率の評価に対しては、一定
期間後の就労継続率も評価基準として、アフターフォ
ローに対する人員や予算の充実が必要。
• 就労支援という側面だけではなく、日常生活訓練、
社会生活訓練も兼ね備えた事業に展開することも必
要。自立支援センターをいつまで法外化するのでは
なく、更正施設化することも一案であろう。
• 現在の入所期限を少なくとも半年程度に長くする必
要。
• 野宿を経験することない生活困窮者に対する予防機
能。
• 長期化する野宿のホームレスに対して、入所の魅力
を持たせるために、①個室化を進める、②集団生活
の制約や様々な制約を必要の無い限り緩和すると
いった「使い勝手」を良くする必要。
• 第四に、自立支援センターが持つ生活相談、住宅相
談等、公共職業安定所と密接な連携を持った就業相
談・紹介といった機能については、「出張サービス」
• 地方都市がそうした箱物と分離したケア・サービスを
独自に開始するのに際して、その事業はセーフティー
ネット支援対策等事業費補助金
• それ以外に、就労対策は最低賃金の適用除外など
の抜本的対策も必要
• ②生活保護の問題
• 生活保護が便りであるが、生活保護は「オー
ル・オア・ナッシング」
• 事前的にはモラルハザード。事後的には就労
インセンティブが欠ける。
• 「半就労半支援」という形を公式化して、生活
保護制度をもっと早い段階で機動的に運用す
る一方、生活保護受給後の就労や自立への
インセンティブを確保するために自立支援プロ
グラムでインセンティブを作るというのが一案
とよく言われる。⇒現行制度では非現実的。
• ホームレスの人々に対して生活保護制度の
前に、もっと機動的でインセンティブに配慮し
た資金の支援、資金貸し付けを行なう制度を
創設することが現実的⇒生活資金貸付制度
の拡充、住宅困窮者への住宅対策。
• 生活保護では、認可外の劣悪な住宅に居住
して、監視が行き届かないという問題。
• 劣悪な住宅が生き残る。また、質にかかわら
ず、住宅扶助の上限に張り付き、低家賃賃貸
住宅市場にディストーションを与えている。
• 生活保護受給者が利用できる住宅の基準を
作り、無料低額宿泊所のガイドラインのように
全ての種類の住宅に適用して、それを厳守し
ない住宅・施設に対して、生活保護受給者の
入居を認めないといった制度を設けることが考
えられる。
• ③社会的自立・日常生活自立までの長期間の
一体的支援の必要性
• 民間の活用。中間居住施設や一般住宅に移っ
た後の生活支援、アフターフォローに重点
補論)家賃補助政策を中心とした生
活保護、住宅施策の改編
• 就労支援から、ハウジングファーストへの切り
替え。
• 具体的には、高齢者や障害者と同様、「住宅
弱者」への「家賃補助」を創設し、生活保護制
度や公的住宅制度などを全てこの家賃補助に
統一 してはどうか。
• フローの所得と利用者の属性に応じて判断し、
生活保護制度の申請などよりも、はるかに機
動的に支出される使い勝手の良い制度へ。
• 根拠は住宅市場の失敗など先に議論したこと。
• 家賃補助は、他の支出に変えられないように、バウ
チャーとして、低家賃住宅にしか用いることが出来な
いクーポン
• このバウチャーは、自立支援センター、生活保護施
設をはじめ、無料低額宿泊所やサポーティブハウス、
その他の民間住宅、民間共同住宅、公営住宅など、
どこでも用いることが出来る
• 利用施設や住宅はこのクーポンを行政に持って行き
換金を行なう。
• 「家賃補助クーポン」を受け取れる住宅・施設は、事
前に行政当局が求める居住基準をクリアしていなけ
ればならないものとし、家賃も一定の上限以下のも
のに限る。
• また、生活保護受給者も住宅扶助の代わりに、家賃補助
クーポンの支給を受ける。つまり、住宅扶助は生活保護
制度から切り離して廃止し、家賃補助に統一する。厚労
省試案
• バウチャーの金額は、「住宅困窮度」の認定に応じて変
化するものとし、ホームレスの人々には、現在の住宅扶
助費の満額ぐらいの補助金が出る一方、労働所得が高く
なっていくとなだらかに減少してゆくようにする(負の所得
税、EITC)。
• 労働所得に対しての限界税率は現行の生活保護制度の
ような100%に近いものではなく、はるかに小さなものと
する。
• 敷金、礼金、保証人代行費などは一定の上限金額以内
で別途支給する。
• 費用は、全額国庫補助金による公費負担とし、人数に応
じて各自治体に分配される。
•
•
•
•
•
メリット
生活保護制度のように、労働意欲や健康回復を阻
害せず、就労自立、日常生活・社会生活自立へのイ
ンセンティブが確保される。
自立支援施設や生活保護施設などの公的施設のみ
にホームレス対策の公費が用いられるという地域偏
在の格差が解消され、地方にも対策の資源が行き
渡る。
ホームレスの人々が自分の住居環境を選ぶことがで
きる。このために、自立支援施設の利用を希望して
いない長期野宿層の脱野宿化が進む可能性がある。
また、公的施設は措置から一種の契約方式(公的施
設は、住居分の費用については、ホームレスの人々
からの家賃補助クーポンで賄い、公費を入れない)と
なることから、公的施設や民間中間施設の間に競争
が生まれ、互いのサービス水準を上げてゆく動機が
生まれる。
•
•
•
•
これまで行政に認定をされていなかった共同住宅
や施設が認定を求め、行政機関が質の管理が出
来るようになる。低家賃住宅のオーナーにも同様
の効果が生まれる。
家賃滞納の可能性が低くなることから、質のよい
低家賃住宅の供給増を刺激する。
生活保護よりもはるかに広範で機動的な対策が可
能であり、生活保護申請をするための事前のモラ
ルハザードも減少する。
公営住宅の入居者を、本来の目的である「住宅弱
者」に適切化できる。つまり、住宅弱者であっても
定額の家賃を支払えることになるから、自治体は
公営住宅に高所得者を入れる必要がなくなる。