東京湾における水質改善技術の 包括的環境影響評価 東京大学大学院 工学系研究科 環境海洋工学専攻 修士2年 川淵信 背景 • 東京湾では沿岸域の発展に伴い、水質悪化が問題 となっている。 • 環境保護と環境修復の必要性が高まっている。 東京湾の赤潮 東京湾の青潮 水質改善技術 • 流入負荷量の削減 陸域での負荷量削減、下水処理など • 内部負荷量の削減 浚渫・覆砂など • 海域の自浄能力回復 干潟造成、アマモ場造成など 芝浦水再生センター 上:浚渫 下:覆砂 上:海の公園 下:アマモ場 (東京都下水道局) (国土交通省 関東地方整備局) 既存研究と事例 • 東京湾における水質改善技術導入事例 – 葛西海浜公園(右図) – 横浜港金沢・海の公園 – 羽田沖浅場造成事業 これらについて、一部は造成後に評価が行われているものの、統 合的なものではなく、東京湾環境再生に向けて、評価は不十分。 • 海洋大規模利用技術の包括的影響評価 – 二酸化炭素海中隔離の包括的影響評価 – メタンハイドレート開発の包括的影響評価 – 海洋肥沃化装置のエコロジカルフットプリントを用いた評価 研究目的 • 東京湾における水質改善技術を対象に、包括的影 響評価指標IIIを用いて、水質改善技術の環境への インパクトを客観的かつ定量的に評価する。 • 包括的環境影響評価指標IIIの指標そのものの評 価、有効性の検証 研究の流れ データ 数値予測結果 Plan 既存研究 数値モデル 評価指標 Triple-I 影響評価 検討・考察 プラン • Plan1:干潟・藻場を造成する 海域の自浄能力の向上 • Plan2:浚渫・覆砂をする 内部負荷の削減 (底泥からの溶出削減) • Plan3:陸域での負荷削減 流入負荷量の削減 流入負荷の2004年度実績値と2009年目標値 COD TN TP (t/day) (t/day) (t/day) 211 208 15.3 2009年度目標 193 199 13.9 2004年度 干潟の造成・拡張が 期待されるエリア 深掘跡の解消が 期待されるエリア アマモ場の造成が 期待されるエリア III(Triple-I)とは • Inclusive Impact Index • 考案者:日本船舶海洋工学会IMPACT研究委員会 (2006年) • 環境負荷の大きさを表すEcological Footprintにリス ク論の考え方を取り入れ、将来的な不確実性を反 映させた指標 • IIIは「現状」との差を計算する相対的指標 EF III ΔEF ΔER ( ΔHR ΔC ) GDP III(Triple-I)とは EF III ΔEF ΔER ( ΔHR ΔC ) GDP EF:Ecological Footprint 主にCO2の排出と CO2の吸収を評価する [ gha] (グローバルヘクタール) HR:Human Risk 人間健康リスク 社会資産リスク HR=(死者数)×(死の被害) ER:Ecological Risk 生態系に関わるリスク ER=(絶滅する種の数)×(絶滅の被害) 算出が困難な項目 ⊿C = Cost – Benefit ER,HR,Cはα,β,ΣEF/ΣGDPを用いてghaに換算する。 III(Triple-I)とは IIIがマイナスの値であれば環境・人間によい IIIがプラスの値であれば環境・人間によくない EFについて • EF:CO2の排出・吸収を土地面積として表現したもの • BC (Bio Capacity):地球の生産可能容量 同じ次元になる! EFの単位gha 1ghaは地球の面積1haあたり処理できる環境負荷。 森林地は1haあたり、1.34ghaの環境負荷を処理できる。 1ghaは、1年間にガソリンを2260literを消費するのに相当する。 IIIの算出で考慮する項目 ⊿EF ⊿ER, ⊿HR ⊿C 干潟 アマモ場 •造成・維持に伴うCO2排出 •生物種数の増減(ER) •造成・維持コスト •生物生産力の増大 •海難事故のリスク(HR) •レクリエーション 価値の創造 (CO2吸収) 浚渫 覆砂 •施工時のCO2排出 •生物種数の増減(ER) •生物生産力の増大 (CO2吸収) •施工コスト 陸域 負荷削減 •建設・運用に伴うCO2排出 •生物種数の増減(ER) •生物生産力の増大 (CO2吸収) •建設・運用コスト 赤潮・青潮によるリスクも考慮すべきではあるが、東京湾では赤潮現象が あるものの、被害が記録されていないこと、青潮の被害についても断片的 なデータしか存在しないことなどから、本研究では算出を行わなかった。 ⊿EFの算出に用いたデータ 人工干潟 項目 単位 データソース 採石排出原単位 kg-C/m3 港湾整備事業のライフサイクル アセスメントに関する研究 砂単位体積あたり質量 kg/liter 建設機械燃料消費量 liter 神戸空港人工干潟の ヒアリングデータ 建設機械使用燃料 重油Aor軽油 同上 • 覆砂の施工時のEF算出に必要なデータは、干潟造成のEF 算出に用いたデータを使用した。 • 陸域負荷削減のEF算出は下水処理のLCAデータを用いた。 ⊿EFの算出に用いたデータ アマモ場 項目 単位 データソース 金網(1.7kg/m2) kg-CO2/kg 3EID ヤシマット(輸入木材) kg-CO2/kg 3EID ABS樹脂 kg-CO2/kg 3EID 生分解性不織布 (45g/m2) kg-CO2/kg ABS樹脂の84%のLC-CO2 漁船燃料消費量 g/PS・hr FRP漁船のLCAデータ 漁船定格出力 PS 同上 本研究では右図のようなアマモシート を用いたアマモ場造成を想定した。 ⊿HRの算出 死者数 死の被害 東京湾の干潟1haあたり来場者数 21800人 海の公園来園者 742000人 海の公園海浜面積 34ha 海水浴、潮干狩りでの死亡率 参加者 3800万人(H16) 死亡者 306人(H16) 8.0×10-4% 日本人1人あたり 平均保険金額 × 1267万円 海難事故のHR 東京湾の干潟1haあたり 221万円/year ⊿Cの算出 • 各環境修復技術にかかるCost 技術名 Cost 干潟 3200~25000円/ m2 上月ら(2001) アマモ場 10000~69300円/m2 上月ら(2001) 覆砂 5000円/m2 陸域負荷削減 400円/m3 データソース 上月ら(2001) 東京都下水道局 • 干潟造成のBenefitとして,潮干狩りのレクリエーション価値を 求めた.レクリエーション価値は1人当たり4900円と求められ ており、横浜海の公園の年間来場者数、および海浜面積か ら、東京湾の干潟のレクリエーション価値は3100万円/ha/年と 求められた。 ⊿ER算出方法 • 本研究では将来的な生物種数の増減をERとして、一次生産量(植物プラ ンクトン量)の増減から予測した。 カイアシ ワムシ 植物プランクトン 枝角類 大型植物 魚類 一次生産量と種の豊富さの関係 SR a bP cP 2 dA SR=log10S (S:種数) P=log10(Primary Productivity) A=log10(Area) (Area:海域面積) 分類群 植物プランクトン ワムシ カイアシ 枝角類 大型植物 魚類 a 1.08 -0.03 0.19 0.05 -0.02 0.42 coefficient b c 1.47 -0.45 1.39 -0.38 0.71 -0.20 0.81 -0.18 1.04 -0.27 -0.23 0.17 d 0.34 0.10 0.11 -0.32 各分類群の種数の増減を合計して、 •水質改善技術を導入しない場合の種数 Soriginal •各プランを導入した場合の種数 Snew が求められる。 ⊿ER算出方法 Species Area Relationship (SAR) 生物種数と生物生息地の関係 改変された生物生息地面積⊿Aは ⊿A = Anew - Aoriginal と表現できるから、 S=cAz S:種数 A:生物生息地面積 c:定数 z:定数(経験的に0.25) 改変された生物生息地面積⊿Aは ⊿A=Aoriginal(1-(S new / S original )1/ z) 水質改善技術を導入しない場合の 生物生息地面積を Aoriginal 各プランを導入した場合の 生物生息地面積を とすると Anew ここで得られた面積に 「生産性のある海域」の等価係数 0.36 [gha/ha] を乗じて、種数の増減によるERとした。 数値計算 • 植物プランクトン量の将来予測には、北澤による東京湾の物 理・生化学モデルを用いる。 • 物理モデル – NS方程式と連続の式に基づいて海水の流動を計算 • 化学・生物モデル: – 浮遊系の化学物質・生物の挙動が基本的に流れ場に依存すると仮 定 – 移流・拡散方程式によって計算 • 数値計算結果→植物プランクトン ⊿EF ⊿ER 計算条件 • 計算格子と計算領域は右図 • 主な条件 – 主要10河川 – 開境界における主要4分潮 – 気象庁のデータによる気象条件 などが考慮されている。 • 干潟・アマモ場・覆砂・陸域負 荷削減の浄化能力は、境界条 件としてモデルに組み込む。 計算領域と計算格子 水質改善技術の境界条件 • 干潟 人工干潟における水質浄化機能に関する解析による データ(大井中央海浜公園)の物質循環データを用いる。 • アマモ場 炭素・窒素固定量については東京湾における実測値、 リンの固定量については、世界平均のCP比を用いる。 • 陸域負荷削減 東京湾の2009年度の負荷削減目標が達成された場合 の河川流入データを用いる。 クロロフィルa濃度の季節変動 • 上:実測値 • 下:計算結果 • 季節変動は再現されて いる。 東京湾のクロロフィルa 60.00 50.00 30.00 20.00 10.00 day 12/1 11/1 10/1 9/1 8/1 7/1 6/1 5/1 4/1 3/1 2/1 0.00 1/1 μg/l 40.00 6月表層クロロフィルa濃度 (μg/l) 水質改善技術なし (μg/l) 三枚州に干潟 図中のコンターは赤潮の目安となる50μg/lの等濃度線 ⊿EFの算出 • 造成・施工時のEFと、海域の生物生産能力の変化による ⊿BC(生産可能容量)の増減を合計して⊿EFを求めた。 • ⊿EFは経年的に変化する。 干潟の⊿EF経年変化 アマモ場の⊿EF経年変化 20000 200000 Chiba Haneda Inage Kannon Sanmaizu Yokohama 100000 0 0 50000 2 3 4 5 -60000 0 1 2 -40000 -80000 0 1 -20000 ΔEF(gha) ΔEF(gha) 150000 3 4 5 6 7 8 9 10 -100000 Haneda Kannon Sanmaizu Yokohama -120000 -50000 year year 6 7 8 9 10 III算出 • 水質改善技術適用後10年経過 • 造成面積 – 干潟:20ha – アマモ場:1ha • 換算係数 – α=1 gha/gha – β=1 yen/yen – ΣEF/ΣGDP=1.03×10-6 gha/yen EF III ΔEF ΔER ( ΔHR ΔC ) GDP III算出結果 各プランの中でIIIの算出結果が最も良いものを比較した。 各技術の⊿IIIの比較 陸域負荷削減 アマモ場 ⊿EF ⊿ER ⊿HR 干潟 ⊿C -200000 -100000 0 100000 200000 300000 ⊿III(gha) 400000 500000 600000 700000 III算出結果 ΔIIIの経年変化 ⊿IIIの経年変化 700000 人工干潟 600000 アマモ場 500000 陸域負荷削減 ⊿III(gha) 400000 300000 200000 100000 0 0 1 2 3 4 5 -100000 -200000 year 6 7 8 9 10 III算出結果 COD1t削減する場合のΔIIIの比較 ⊿III/⊿COD ⊿EF(gha) ⊿ER(gha) ⊿HR(gha) ⊿C(gha) 陸域負荷削減 アマモ場 人工干潟 -150 -100 -50 0 gha/t 50 100 結論 • 環境修復技術に対する包括的環境影響評価指標を 用いた定量的評価ができた。 • 従来、算出法の確立されていなかったERについて、 生物多様性に着目した新しい評価法を提案した。 • ΔIIIは、アマモ場が最も良く、ついで人工干潟、陸域 負荷削減が最下位という結果になった。 • CODを1t削減する際に最もΔIIIの値が良いものは 人工干潟、次にアマモ場、最後に陸域負荷削減と なった。 課題 EF III ΔEF ΔER ( ΔHR ΔC ) GDP • 本研究ではα=1として計算を行ったため、ERの影響がほとん ど無かったが、今後はアンケート調査など、社会的な評価を 受けた値にしていくべきである。 • 赤潮・青潮について、特に青潮は被害も時として甚大である ので、そのER・HRを算出するための枠組みを作るべきであ る。 補足 III算出結果(干潟) site ⊿EF(gha) ⊿ER(gha) Chiba Initial⊿EF 3.25E+03 Haneda 3.25E+03 Inage 3.25E+03 Kannon Sanmaizu Yokohama 3.25E+03 3.25E+03 3.25E+03 ⊿BC -3.91E+04 -2.44E+04 -1.74E+04 -3.11E+04 1.67E+05 8.43E+03 total -3.59E+04 -2.11E+04 -1.41E+04 -2.79E+04 1.70E+05 1.17E+04 -5.30E+02 -9.38E+02 -1.13E+03 -7.52E+02 -6.55E+03 -1.86E+03 ⊿HR(yen) 4.42E+07 4.42E+07 4.42E+07 4.42E+07 4.42E+07 4.42E+07 ⊿HR(gha) 4.55E+01 4.55E+01 4.55E+01 4.55E+01 4.55E+01 4.55E+01 ⊿C(yen) 4.97E+09 4.97E+09 4.97E+09 4.97E+09 4.97E+09 4.97E+09 ⊿C(gha) 5.12E+03 5.12E+03 5.12E+03 5.12E+03 5.12E+03 5.12E+03 -3.13E+04 -1.69E+04 -1.01E+04 -2.34E+04 1.69E+05 1.50E+04 ⊿III III算出結果(アマモ場) site ⊿EF(gha) ⊿ER(gha) Haneda Initial⊿EF 1.53E+02 Kannon 1.53E+02 Sanmaizu Yokohama 1.53E+02 1.53E+02 ⊿BC -9.12E+04 -1.02E+05 -2.15E+04 -1.02E+05 total -9.10E+04 -1.02E+05 -2.13E+04 -1.01E+05 2.41E+03 2.69E+03 5.78E+02 2.67E+03 ⊿C(yen) 6.93E+08 6.93E+08 6.93E+08 6.93E+08 ⊿C(gha) 7.14E+02 7.14E+02 7.14E+02 7.14E+02 -8.79E+04 -9.87E+04 -2.00E+04 -9.80E+04 ⊿HR(yen) ⊿HR(gha) ⊿III III算出結果(陸域負荷削減・覆砂) 2009 target case ⊿EF(gha) target+10% target+20% Sand Covering Initial⊿EF 5.79E+04 1.15E+05 1.72E+05 ⊿BC 5.21E+04 5.76E+04 6.70E+04 total 1.10E+05 1.73E+05 2.39E+05 -1.20E+04 -1.66E+04 -2.24E+04 ⊿C(yen) 4.92E+11 9.80E+11 1.47E+12 5.00E+03 ⊿C(gha) 5.07E+05 1.01E+06 1.51E+06 5.15E-03 ⊿III 6.05E+05 1.17E+06 1.73E+06 5.68E-03 ⊿ER(gha) 5.25E-04 5.25E-04 ⊿HR(yen) ⊿HR(gha)
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