合訳 わ本 せと 原 作 の 照 ら し 項目別に 統計学的に • • • • • • • • • 代名詞 名詞 動詞 副詞 擬声語 擬態語 外来語 度量衡単位(どりょうこうたんい) 語尾 Old guy 名詞 • He was an old guy, fat and bulky under his raincoat. • 他是个老头,在雨衣里面显得肥胖臃肿。 • 歳をくった男で、レインコートの下の体は太っ てむっくりとしていた。 • 歳の行った、太った男で、レインコートの下の 体がたっぷりふくらんでいる。 • 村上 この話の場合、主人公の氏素性(うじすじょう)、年齢、 容貌、教育程度、そういうのがほとんどわからないですよね。 作者はぜんぜんそういうものを説明しようとはしない。カー ヴァーの小説にはそういうのが多いんです。だから、そういう 場合、どういうしゃべり方をするかということが、日本語に邦 訳する場合はずいぶん大きい問題になってくるわけですね。 それはもう、一発勝負なんですよ、本当にね。出会い頭でど ういう立場をとるかということになっちゃって、考え出すとキリ がないんで、僕はパッと見て、ああ、これはだいたいこういう 感じだなと想像しちゃうんです。 • だから、僕がたぶんここで想像したのは、どちらかといえば 肉体労働に近いほうで、三十代の始めくらいで…… • 出席者A もちろん白人で、と。 • 村上 白人で、ということですよね。そうすると、自ずからしゃ べり方も決まってくるんですよ。 • あまり丁寧なしゃべり方はしない、でも、荒っぽいしゃべり方 もしないですね。 • ということは何か印象で直感的に決まっちゃって、深々考え ることはないですね。 Expected 動詞 • But any day I expected to hear from up north. I lay on the sofa and listened to the rain. • 我躺在沙发上听着雨声,随时期盼着来自北方的 消息。 • でもいつなんどき北の方から報せが舞い込んでくる かもしれなかった。僕はソファーに横になって雨の 音を聞いていた。 • でも北の方から今日にも連絡があるはずだった。ソ ファに寝転がって、雨の音を聞いた。 You 代名詞 • You can't be too careful if you're out of work and you get notices in the mail or else pushed under your door. • 没工作时你得格外小心,通知会来自邮件,也会 从门缝底下塞进来。 • 失業中の人間はどれほど用心しても用心しすぎると いうことはないのだ。郵便で通告書を受け取ることも ある。 • 失業中はいくら注意してもしすぎることはない。郵便 で通知が届いたり、ドアの下のすきまから押し込ま れたりする。 He 代名詞 grinned 動詞 • He grinned and set down the big case. He put out his hand. • 他咧开嘴笑了笑,放下那个大箱子。他伸 出手来。 • 彼はにっこりと笑って、その大きなケースを下 に置いた。彼は手を差し出した。 • 男はにやっと笑って、大きなケースを下ろした。 そして片手を差し出した。 • 村上 まず最初に僕の訳したレイモンド・カーヴァー の“collectors”について、少しお話しておきたいと 思うんです。 • 僕がこの“collectors”を訳したのは、『頼むから 静かにしてくれ』の翻訳が刊行されたのが一九九一 年だから、おそらく一九九〇年くらいだったと思いま す。ということはだいたい今から十年くらい前という ことになりますね。そのあと『カーヴァーズ・ダズン』 という選集に入れたときに、読み直してみて、気に なったところを何ヶ所か手を入れて訳し直したんで す。それが五年くらい前かな。それで今回また読み 返してみたんだけど、「今だったらこうは訳さないな」 と感じたところが何ヶ所ありました。だから五年くら いで翻訳の方針とか文体もいくぶん変わるものなん だなと、そういうことを改めて実感しました。 • 「今だったら」というのを細かいところであげていくと、「彼が」 というのが多いですね。 • これはたぶん、わりに意識してそうやったのかなという気は するんです。訳した時点では、そういう即物的な方向に引か れる傾向が僕の側にあったのかもしれない。 • それから過去形でけっこう突っ張っていますよね。 • この前の柴田さんとの話にも出てきたことですけど、僕はわ りに自然なかたちで過去形の間に現在形をちょこちょこと混 ぜていくんだけど、ここではほとんど混ぜていないです。ただ、 ここまであえてやらなくてもよかったなという気もしないでは ないですね。 • あと、ちょっと表現が変というのが何ヶ所か目に付きました。 ごりごりしているというか。 • でもこれもただ単に結果的にそうなっちゃったのか、あるい は意識的にそういうふうにしたのか、今となっては思い出せ ないですね。 しゃべり方 • I have something for Mrs. Slater. She's won something. Is Mrs. Slater home? 我有东西要给斯莱特太太。她赢了一样东西。斯 莱特太太在家吗? • ミセス・スレーターにあるものをお持ちしたんです。 当選なすったんですよ。ミセス。スレーターはおいで でいらっしゃいましょうか? • ミセス・スレイターにお届け物がございまして。懸賞 に当選されたんです。ミセス・スレイクーはご在宅で しょうか? Pull 動詞 • • • • He pulled his lips. 他咬住下唇。 彼は唇をすぼめた。 そして唇をすぼめた。 飲み込む力は口元、 舌の体操で衰え防ぐ • さて、いよいよ口の運動 である。ほおを膨らませて すぼめる。唇を突き出し 横に引く、唇をすぼめて 左右に動かすことをくり返 す。やっているうちにほお が疲れてくるのがわかる。 つづいて舌を突き出した り、引っ込めたり、上下左 右に動かしたりする。 What's the matter with you? • • • • What's the matter with you? I said. 你怎么啦?我说。 まったく冗談じゃないな、と僕は言った。 具合でも悪いんですか?と私は言った。 • 村上 もうひとつ、同じようなので気になったのは、テキスト Ⅱ頁、“What's the matter with you?”のところ。 • 柴田 「アスピリンはお持ちではありませんか?まったく冗談 じゃないな」ですね。 • 村上 ええ。今だったらこうは訳さないね。ちょっと強い。でも、 ニュアンスは合っているとおもいますけどね。 • 柴田 うん、つまさっきの言い方と……いや、あれとは別かも しれませんが、とにかく方向性としては正しいということです よね。 • 村上 正しい。柴田さんはどういうふうに訳していたっけ。 • 柴田 「具合でも悪いんですか?と私は言った」。だから僕の だと逆に、そこで彼が「面倒くさいな、うっとうしい」と思ってい る感じがあんまり出てないですよね。 • 村上 ただそれも、口調によるんだよね。要するに、“What's the matter with you? I said. I hope you're not getting sick on me. I got things I have to do. ”という科白なんだけど、 アタマからきつく言うと「まったく冗談じゃないな」というニュア ンスになるし、わりに平板に言うと「具合でも悪いんですか」と いうふうにとれるし、それはどういう口調を自分の頭の中で 想像するかという問題になっちゃうね。 • 柴田 そうですね。でもやっぱりそう言われてみると、もう ちょっと敵意なり、何かいやだなという思いが出るような訳文 にしたいだろうな、僕も。 • 村上 でも、僕の訳文は今にしてみると、ちょっと行き過ぎか なという…… • 柴田 ま、両者の中間あたりがいいのかなということになりま すかね、平和な結論として(笑) • 村上 これはでも、本当にもう好みの問題というか、その時 期、その時期ですね。僕もこの時期はこう訳していたけど。 • • • • • • • • Aubrey Bell, he said. 奥布里·贝尔,他说。 オーブリー・ベルです、と彼は言った。 オーブリー・ベルです、と男は言った。 I don't know you, I said. 我不认识你,我说。 どなたですか、いったい、と僕は言った。 存じ上げませんね、と私は言った。 I don’t know you • 村上 ちょっといいですか、“collectors”テキストのⅰ頁、 “Aubrey Bell, he said.I don't know you, I said.”という文章。 ここの部分で、僕は前に「オーブリー・ベルです、と彼言った。 どういうご用件でしょうかね、と僕は言った」と訳したことがあ るんです。でも、何で僕が、“I don't know you”をこう訳した かぜんぜん覚えてなくて、さっき原文を見て、ああそうかと 思ったんだけど、柴田さんのは、「オーブリー・ベルです、と 男は言った。存じ上げませんね、と私は言った」となっていて、 これは正確な訳なんですよね。でも、僕は「どういうご用件で しょうかね」というふうに訳したことがあるんだけど、これは一 段飛んじゃってるのね。 • 柴田 でも、僕にはすごくよくわかりますけど。つまり、こうい う状況で、こういう気持ちであれば、日本語ならこう言うだろ うということを汲(く)んだわけですよね。表面的な意味よりも。 • 村上 うん、そうなんだけど、僕の場合、科白の部 分になるとわりにすっすっと自然に飛んじゃうところ があって、あとで読み返すと自分でひっかかったり するんです。正しい正しくないの問題じゃなくて、自 分が出て行ってしまうことへのこだわりというか。あ とで出した作品集に入れたときには、「どなたですか、 いったい」と訳し変えたんですけど。 • 柴田 でも、訳しているときの虫の居所というか、気 分によってはぜんぜん違うものが出てきたかもしれ ないですね。僕も、そのときの体調とか、ずいぶん 出るものが違うということはあります。 Rug City 名詞 • This carpet's not worth fooling with. It's only a twelve-byfifteen cotton carpet with no-skid backing from Rug City. It's not worth fooling with. • 这块地毯不值得弄。它只是块十二乘十五、加了防滑背面 的棉线地毯,从地毯城买来的。根本就不值得去弄它。 • カーペットはわざわざ手間をかける代物じゃないしね。安売 り店で買ってきた、裏にすべり止めのついているような縦横 十二フィー卜、十五フィートのコットンのカーペットだしね。手 の入れようもないですよ。 • こんなカーペット、手間をかけるほどのものじゃありません。 安売り店で買ってきた、裏に滑り止めのついた、三×四メー トルの綿のカーペットです。手間かけたって仕方ない。 Rug City • 出席者B 原文ではこの人がカーペットをRug Cityと いうところで買ってきたといようなことが書いてあっ て、たぶんこれはだだっ広い平屋の、カーペットが ワーッと並んだお店なんだなってわかりますよね。 お二人ともここは、「安売り店」と訳されていますね。 • 柴田 うん、それは、読者みんながBさんみたいに 勘が働くとは限らないから、「ラグ。シティ」って書い ただけでは「だだっ広い平屋の、カーペットがワーッ と並んだお店」が浮かんでこないと思って、操作して るわけです。 • 柴田 (続き)ラグ・シティって固有名詞だけど、例えばマクド ナルドは固有名詞だけど限りなく普通名詞に近いのと同じで、 たぶんすごく普通名詞的な、無個性の印みたいなものだと 思うんですよね。カーヴァーの場合特にそうですけど、固有 名詞が出てきても、限りなく普通名詞に近いことが多い。ジ ム・ビームを買って飲むとかいっても、ジム・ビームというの は、その人の趣味とか個性を表しているのではなくて、要す るにそこら辺で売っている酒ということでね。個性の不在を 伝えているわけです。そういうのが、翻訳だと、その固有名 詞に直しちゃうこともあるわけです。Rug Cityを「安売りの店」 にしたのもそういう配慮です。勘のいい読者には、これも大 きなお世話ですが。 十人十色 • 質問者A 翻訳されたものと原文とは、一卵双生児 みたいなものとお考えでしょうか。それとも、やはり 翻訳者によっては、その文章は別なものになるとお 考えでしょうか。 • 村上 たぶん別のものになるんでしょうね。僕は『グ レイト・ギャッビー』が好きで、あれは翻訳が三つ四 つ出ていて読んでいますけれども、それぞれ違いま すよね、完全に。いくつかの訳を比べて読んでみる と、ひとつの全体像が漠然と浮かび上がってくると いうことはあるかもしれませんが、個々の訳はオリ ジナル・テキストとは別物だと僕は思います。 • しかし別物であっても十分感動できるし、その 感動がオリジナル・テキストを読んだアメリカ の読者より劣るかというと、そんなことは決し てないと思います。 • というか、優れた小説には、そういう多少の誤 差を乗り越えて機能する、より大きな力があ るんです。 • 僕はそういうふうに考えています。ただもちろ ん誤差は少ないほうが絶対にいいです。
© Copyright 2024 ExpyDoc