レジュメ

生活保護の経済学
学習院大学経済学部
鈴木 亘
生活保護制度の概要
厚生労働省資料より引用
下記、厚生労働省資料より引用
1 生活保護制度の目的
○ 最低生活の保障
⇒ 資産、能力等すべてを活用してもなお生活に困窮する者に対し、困窮の程度に応じた保護を実施
○ 自立の助長
最低生活の保障
① 資産、能力等をすべて活用することが保護の前提
・不動産、自動車、預貯金等の資産
・稼働能力の活用
・扶養義務者からの扶養
・年金、手当等の社会保障給付 等
◇保護の開始時に調査
(預貯金、扶養義務者の状況及び扶養能力、年金、手当
等の額、傷病の状況等を踏まえた就労の可否等)
◇保護適用後にも届出を義務付け
② 支給される保護費の額
・厚生労働大臣が定める基準で計算される最低生活費から収入を差し引いた差額を保護費として支給
最
低
生
活
年金等の収入
費
収入としては、就労による収入、年金等社会保障の給付、親族に
よる援助等を認定。
預貯金、保険の払戻し金、不動産等の資産の売却収入等も認定
するため、これらを使い尽くした後に初めて保護適用となる。
支給される保護費
自立の助長
・世帯の実態に応じて、年数回の訪問調査
・就労の可能性のある者への就労指導、病院入院者の在宅への復帰促進
等
1
2 生活保護基準の内容
生活保護基準は、要保護者の年齢別、性別、世帯構成別、所在地域別その他保護の種類に応じて必要
な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであつて、且つ、これをこえないものでな
ければならない。(生活保護法第8条第2項)
生活を営む上で生じる費用
対応する
扶助の種類
支
給
内
容
生活扶助
基準額は、
①食費等の個人的費用(年齢別に算定)と
②光熱水費等の世帯共通的費用(世帯人員別に算定)
を合算して算出。
なお、特定の世帯については加算が上乗せされる。
→ 母子加算、障害者加算等
アパート等の家賃
住宅扶助
定められた範囲内で実費を支給
義務教育を受けるために必要な学用品費
教育扶助
定められた基準額を支給
医療サービスの費用
医療扶助
費用は直接医療機関へ支払(本人負担なし)
介護サービスの費用
介護扶助
費用は直接介護事業者へ支払(本人負担なし)
出産費用
出産扶助
定められた範囲内で実費を支給
就労に必要な技能の修得等にかかる費用
生業扶助
〃
葬祭費用
葬祭扶助
〃
日常生活に必要な費用
(食費・被服費・光熱水費等)
2
3 生活扶助基準の例 (平成20年度)
東京都区部等
標準3人世帯(33歳、29歳、4歳)※
地方郡部等
167,170円
130,680円
80,820円
62,640円
高齢者夫婦世帯(68歳、65歳)
121,940円
94,500円
母子世帯(30歳、4歳、2歳)※
166,160円
132,880円
高齢者単身世帯(68歳)
※母子加算、児童養育加算含む。
4 生活保護の手続
事前の相談
・生活保護制度の説明
・生活福祉資金、障害者施策等
各種の社会保障施策活用の
可否の検討
保護の申請
・預貯金、保険、不動産等の資産調査
・扶養義務者による扶養の可否の調査
・年金等の社会保障給付、就労収入等
の調査
・就労の可能性の調査
保護費の支給
・最低生活費から収入を引いた額を支給
・世帯の実態に応じて、年数回の訪問調査
・収入・資産等の届出を義務付け、定期的に
課税台帳との照合を実施
・就労の可能性のある者への就労指導
5 保護の実施機関と費用負担
○ 都道府県(町村部)・市(市部)が実施。
○ 都道府県・市は、福祉事務所を設置し、被保護世帯に対して担当のケースワーカーを設定。
○ 保護費については、国が3/4、地方自治体が1/4を負担。
3
6 生活扶助基準額算出方法
-東京都区部等に在住する母子世帯(母30歳、子2人〔4歳、2歳〕)の場合-
【生活扶助基準額=①+②+③】
① 生活扶助基準(第1類費)
② 生活扶助基準(第2類費)
+
第1類費:食費・被服費等個人単位に係る経費
年齢階層別・級地別に基準額を設定
第2類費:光熱費・家具什器等の世帯単位の経費
冬季(11月~翌年3月)には地区別に
冬季加算が別途計上
この世帯の場合、
40,270円(30歳)+26,350円(4歳)+20,900円(2歳)
=87,520円
この世帯の場合、3人世帯であるため、
53,290円
年齢
1 級 地
2 級 地
(単位:円)
3 級 地
(単位:円)
1 級 地
2 級 地
3 級 地
人員
1級地-1 1級地-2 2級地-1 2級地-2 3級地-1 3級地-2
1級地-2
2級地-1
2級地-2
3級地-1
3級地-2
0~ 2
20,900
19,960
19,020
18,080
17,140
16,200
1人
43,430
41,480
39,520
37,570
35,610
33,660
3~ 5
26,350
25,160
23,980
22,790
21,610
20,420
2人
48,070
45,910
43,740
41,580
39,420
37,250
6 ~ 11
34,070
32,540
31,000
29,470
27,940
26,400
3人
53,290
50,890
48,490
46,100
43,700
41,300
12 ~ 19
42,080
40,190
38,290
36,400
34,510
32,610
4人
55,160
52,680
50,200
47,710
45,230
42,750
20 ~ 40
40,270
38,460
36,650
34,830
33,020
31,210
41 ~ 59
38,180
36,460
34,740
33,030
31,310
29,590
60 ~ 69
36,100
34,480
32,850
31,230
29,600
27,980
5人以上
1人を増す
ごとに加算
する額
32,340
31,120
29,430
28,300
26,520
25,510
世帯構成員の数が、
4人の世帯の場合:第1類費の個人別の額を合算した額×0.96
5人以上の世帯の場合:第1類費の個人別の額を合算した額×0.93
440
440
400
400
=
生活扶助基準額
この世帯の場合、母子加算+児童養育加算
175,910円
=25,100円(児童2人)+5,000円×2(4歳、2歳)
=35,100円
1級地-1
70 ~
③ 加 算 額
+
360
加算できる対象
障
害
者
360
①級地別に入院患者等を除いたすべての世帯員を合計
②冬季(11月~翌年3月)には地区別に冬季加算が別途計上
ひ
と
り
親
世
帯
(単位:円)
加 算 額
1級地
2級地
3級地
身体障害者障害
程度等級表の1・
2級に該当する
者等
26,850
24,970
23,100
身体障害者障害
程度等級表の3
級に該当する者
等
17,890
16,650
15,400
児童1人の場合
23,260
21,640
20,020
児童2人の場合
25,100
23,360
21,630
940
870
800
3人以上の児童
1人につき加える
額
(単位:円)
児
童
養
育
加
算
第1子及び第2子
小学校第6学年修了
前の児童
5,000
第3子以降
小学校第6学年修了
前の児童
10,000
①該当者がいるときだけその分を加算
②入院患者、施設入所者は別の基準
③このほか、「妊婦・産婦」などがいる場合は、別途、妊婦加算等あり
4
7 保護費支給額の算定
○ 保護費支給額
保護費支給額
=
○ 最低生活費
最低生活費
最低生活費
-
収入認定額
※ 各扶助は、世帯の実状に応じ、必要がある場合に算定
=
生活扶助
+
住宅扶助
+
教育扶助
+
医療扶助
+
介護扶助
+
出産扶助
+
生業扶助
+
葬祭扶助
=
勤労収入
+
その他収入
+
○ 収入認定額
収入認定額
・超過勤務手当、通
勤手当等含む(勤労
控除後※)
扶養義務者からの扶養
・児童扶養手当、年
金等の社会保障給
付
※ 勤労収入がある場合の収入認定額の算定方法
勤労収入
-
勤労控除額
-
実費控除額
・社会保険料や通勤費等
(勤労収入がある世帯の平均額)
65,830円
-
22,445円
-
4,863円
=
38,522円
平成16年 被保護者全国一斉調査
○ 勤労控除の趣旨
①勤労に伴う必要経費を補填
勤労収入を得るためには、勤労に伴って被服費や知識・教養の向上等のための経費が必要となることから、
勤労収入のうちの一定額を控除する。控除額は収入額により異なる(収入額8,340円までは全額控除)。
②勤労意欲の増進・自立助長
5
生活保護の現状
• 急増の一途を辿る生活保護世帯(平成23年2
月現在で、世帯数143万6046世帯、被保護者
数198万9769人)。人口対比(保護率)で
1.56%と、およそ国民64人に1人の割合に
なっている。
• リーマン・ショック以降の生活保護受給者増加
には、「その他世帯」急増という大きな特徴。
• つまり、これまで稼動層(働くことが可能な
人々)とみなされ、生活保護を受けることが難
しかった比較的若く、病気を持たない人々が、
急増している。
生活保護の現状
下記、厚生労働省HPより引用
世帯類型別被保護世帯数(1か月平均)
6
被保護世帯数及び被保護実人員(各月間)
世帯類型別被保護世帯数の年次推移(1か月平均)
• 急増の直接の原因は、リーマン・ショックに始ま
る雇用情勢の急激な悪化。
• また、この間、生活保護の受給要件が実質的
に緩和されていることも大きく影響。
• 直接のきっかけは、2008年末の年越し派遣村
で大々的に行なわれた生活保護申請。「公然
の秘密」であるが、日比谷公園の年越し派遣
村に並んだ人々の大半は、派遣切りにあった
労働者などではなく、野宿生活を続けていた
ホームレス。
• このホームレスへ保護基準緩和が前例となり、
厚生労働省が次々に出した通達によって、生
活保護受給の要件が実質的に緩和。
• 急速に増加する生活保護受給者は、都市部
自治体の生活保護予算を逼迫させたり、ワー
キングプア層に対する不公平感。
• 最近、「安易な受給が行なわれている」「自立
への努力が足りない」、「税金が無駄に使わ
れている」といった批判的報道を煩瑣に目に
するようになった。
• 例)種々の不正、生活保護を受けるカフェ難
民、貧困ビジネス(後述)、病院の貧困ビジネ
ス(後述)、中国残留邦人53人の保護、etc..
• 一方、ほんの1、2年ほど前には、「水際作戦」
に代表されるように、生活保護制度の厳しさ
をむしろ批判するマスコミの論調が多かった。
• 例)北九州で相次いだ餓死、ミイラ化死体事
件など。
• 実際、補足率は2割から3割と、世界的にも低
いことが各研究によって知られている。
• こうした2種類の報道を改めて考えると、両者
はまったく相反し、矛盾。一体、どちらの見方
が本当なのだろうか。
生活保護のダム理論
• 結論から言うと、どちらの見方も正しい。複雑
な現実を、まったく違う角度からライトを当てて
いるこうした状況は、「ダム」に例えられる。
水際作戦
ダ
ム
受給長期化
不正受給
詐欺事件
• 「ダム湖」に満々と水をたたえているのは、生
活保護を申請しようとしている生活保護申請
予備軍(要保護者)。もはや決壊寸前の状況。
• 厚生労働省が2010年4月に公表した「生活保
護基準未満の低所得世帯数推計」によれば、
生活保護の水準以下の低所得世帯のうち、
生活保護を受けていない要保護世帯は229
万世帯(2007年の国民生活基礎調査に基づ
く推計)に達しており、生活保護受給世帯の倍
近い規模。「生活保護に該当する低所得者」
に対する生活保護受給世帯の割合は32.1%
• 水際作戦や生活保護の早期打ち切りで何とか
無理に押しとどめているのが「ダム」、すなわち、
生活保護行政を実施している福祉事務所。
• この前面作戦に余りに注力し過ぎているため、
一度、このダムを乗り越えて、生活保護を受給
し始めると、状況は一転。
• 多忙な福祉事務所の職員(ケースワーカー)の
目が行き届かず、また、生活保護費が要保護
者の生活費に比べ余裕があるため、不正受給
や貧困ビジネスが入り込む余地が生じる。
• さらに、自立へのインセンティブが乏しい仕組
みとなっているために、生活保護が長期化しや
すい。
• ダム上流の問題点
• 生活保護受給者が急増する一方で財源が不足であ
れば、一人当たりの生活保護費を少なくしてでも、必
要な貧困世帯すべてに分配するのが一つの考え方
• 実際、現在の生活保護費は見方によってはかなり余
裕のある水準に設定。例えば、東京都区部等の場合、
高齢者単身世帯の生活扶助費(食費等の生活費にあ
たる生活保護費)は月当たり8万820円と、国民年金
の満額支給(6万6千円)をゆうに超える。
• このほか、医療費や介護費の自己負担分(医療扶助、
介護扶助)や、家賃(住宅扶助)等を別途受給できるこ
とを考えれば、わずかな年金で暮らす要保護高齢者
からみて、やはりうらやむべき状況。
基礎年金と生活扶助基準額
高齢単身者(65歳)
高齢者夫婦(夫・妻とも65歳)
132,016円
121,940円
(1級地-1)
~
94,500円
(3級地-2)
80,820円
(1級地-1)
~
66,008円
62,640円
(3級地-2)
生活扶助基準
基礎年金
生活扶助基準
基礎年金
(平成20年度)
(平成20年度)
(平成20年度)
(平成20年度)
14
• 生活保護費を減額して対象者を増やす施策は2
つの面で困難。
• 一つは生活保護が必要な低所得者が多すぎる。
補足率の低さを、①稼働能力の活用、②資産活
用、③扶養義務履行の優先を駆使し、受給者を
絞ってきたが、基準を完全に緩和してしまうと、
一人当たり保護費を3分の1にするか、財政規
模を3倍(約5兆8千億円の新財源)にする必要。
• もう一つは、保護行政を行なう官僚の行動原
理。オール・オア・ナッシングの施策となる。この
ように財政に応じて割当を設け、施策の内のみ
を対象とし、外を無視するという政策手法は、全
ての福祉分野に共通してみられる現象。
• ダム下流の問題点
• 生活保護を受給した後の施策にも多くの問題。
生活保護制度には、「貧困の罠」(後述)として
良く知られるように、労働所得を得た場合、ほ
ぼその分だけ生活保護費が減額されるため、
就労して自立するというインセンティブが働き
にくいという問題。
• 「勤労控除制度」 の問題、住居費などの固定
費の存在、病気を理由にかかる医療扶助など
が問題に拍車。
• 「自立支援プログラム」 の問題点。
• さらに困った問題は、最近の生活保護受給者
急増やケースの困難化によって、ケースワー
カーが多忙を極め、生活指導や自立支援を
行なう余裕を失っていること。
• 「計算ワーカー」と呼ばれるように、一人の
ケースワーカーが百数十件もの世帯を担当す
ることも珍しくない。
• 自分の担当する生活保護世帯に行くのは
数ヶ月に1回、ひどい場合には最初の受付面
接以来会わない。このことが、受給の長期化
や、不正受給、貧困ビジネスの侵食を許す背
景。リーマンショック後は問題に拍車がかかる。
生活保護の経済学
阿部彩・國枝繁樹・鈴木亘・林正義「生活保護の経済分析」東京大
学出版会の第2章「公的扶助の経済理論Ⅰ:公的扶助と労働供給」
(國枝論文)に基づく。
貧困の罠(poverty trap )
• 消費と余暇の関数である (cは消費、lは余
暇)で規定され、個人は、自らの予算制約式
c  w( L  l )  A
• (ここで、wは賃金水準、Lは個人の有する時
間全体(すなわちL-lは、労働時間に対応。)
およびAは保有資産。)の下で、効用の最大
化を図る。
• 伝統的な公的扶助政策として実施されてきた
のは、最低「所得」保障。
• 低所得者が自ら稼得した所得 w( L  l )
が最低所得Gに不足する金額を、政府が給付
する。
• つまり、予算制約は、
c  w( L  l )  max( 0, G  w( L  l ))
消費 c
C
無差別曲線
最低所
A
B
得G
O
労働時間
L-l
日本の場合には、先に触れた勤労控除という仕組みが
あるが、限界税率は100%に近く、限りなくこの状況に
近い。
負の所得税(Negative Income Tax)
・ノーベル経済学者Friedman(1962) が提唱。
・就労に対する深刻なディスインセンティブ効果
抑制する案。
・貧困層への給付額を労働所得の増加幅より
少なめに減らし、労働所得と給付額の合計
額を労働所得の増加とともに漸増させる
・最近では、Atkinson (1995)が、「ベーシック・
インカム」構想と線型所得税と結びつけた一
種の負の所得税を、「ベーシック・インカム/
フラット・タックス」提案として論じている。
• 負の所得税の税負担(負の場合は還付金)T
は、 T = -G+tw(L-l)という算式で決定される。
(ここで、Gは負の所得税の下で保障される最
低所得であり、tが所得税率である。)
• 所得税率tは、税収と還付額の総額が一致す
るように決められる。したがって、最低所得G
が寛大に設定された場合には、必要とされる
税率は高くなる。
• 個人の予算制約式は、
c  w( L  l )  T  G  (1  t ) w( L  l )
消費 c
無差別曲線
B
C
最低所
得G
A
O
労働時間
L-l
• 一方、負の所得税の有するもう一つの効果は、
最低所得保障制度においても既に就労してい
た低所得層(ワーキング・プア)の就労にディ
スインセンティブを与えるという効果がある
• 既に働いている個人にとっては、① 限界税
率が増加することによる代替効果、さらに②
負の所得税の下での還付金による所得効果
の双方が労働供給を低下させることによる。
負の所得税導入の際に、最低所得Gを維持
する限り、労働供給を減少させる低所得層が
生じることは避けられない。 。
消費 c
無差別曲線
C
B
最低所
得G
A
O
労働時間
L-l
• 米国政府は、一部の地域で「負の所得税」導入の社
会実験を行っており、そのデータに基づく実証研究
が多くなされてきた。
• 4つの実験例(New Jersey (1968-1972)、Rural
Iowa/North Carolina (1969-73)、Gary (1971-74)、
Seattle-Denver (1971-82))についての実証研究を
概観したRobins (1985)は、上記の理論的な説明と
整合的に、「負の所得税」導入により労働供給全体
が減少していることを指摘している。
• 労働時間は、5~25%程度、減少し、雇用率も1~
10%程度、減少している。(Robins (1985), pp573)
勤労所得税額控除(Earning Income
Tax Credit, EITC)
• 最近の低所得者に対する政策としては、米国
の勤労所得税額控除(Earning Income Tax
Credit, EITC)のように、低(勤労)所得に対し
補助金を付与する形の政策が取られている。
• まず所得が非常に低いフェーズイン段階(図
の線分OAに対応)においては、所得の一定
割合に対応する補助金が付加される(勤労所
得税額控除の場合には、還付の形が取られ
る。)
• もう少し高い勤労所得に対応する次のフラット
段階(同図の線分ABに対応)では、補助金の
額は上限に達し、一定となる。
• さらに高い勤労所得に対応するフェーズアウ
ト段階(同図の線分BCに対応)においては、
補助金は勤労所得の増加に応じ、徐々に減
額されていき、ある水準(同図では点C)で補
助金は0となる。
• なお、就労しない場合には、全く補助金は支
給されない。
所得
B
C
A
O
勤労所得
• フェーズイン段階:代替効果は、就労促進。所得
効果は就労抑制に働くが、非常に低所得の場合
は、所得効果は限定的。
• フラット段階:補助金の額は一定なので、代替効
果上の影響はない。他方、補助金分の所得効果
が発生するため、労働供給抑制の方向に働く。
• フェーズアウト段階:限界税率は正であり、代替
効果は労働供給の抑制。所得効果も労働供給
の抑制の方向に働く。
• フェーズアウト段階を置かずに、ある所得水準で
補助金を突然打ち切ると、その点で予算制約式
が屈折し、労働供給がその点に集中してしまう
(“bunching”)が起きる。
英国の就労税額控除(WTC)と予算制約式(単純化したもの)
所得
B
C
A
O
労働時間
勤労所得税額控除のように就労を前提とした所得補助の制
度の導入が進んでいる。オランダ、フランス、ベルギー、フィ
ンランド等の欧州諸国に加え、最近では、韓国も導入を決定
している。
tagging”(札貼り)
• 現実の福祉政策においては、多くの国におい
て、高齢者、母子家庭、障害者、失業者その
他のカテゴリー別に公的扶助政策が実施。
• 過去の経済学者の議論においては、カテゴ
リー別の公的扶助政策が乱立した福祉制度よ
りも、負の所得税のような、より包括的な福祉
制度が望ましいとされてきた。
• しかしながら、Akerlof(1978)は、情報の非対
称性の下では、カテゴリー別の公的扶助政策
がより効率的となりうることを指摘。
• 事前情報により、貧困者はあるカテゴリー(例
えば、高齢者、母子家庭、障害者、失業者等)
に多く属していることが分かれば、そのカテゴ
リーだけを対象とした最低所得の給付を行う
ことで、貧困者に最低所得を保障するために
必要な税率を大幅に引き下げることができる。
高齢者、母子家庭、障害者、失業者等、平均
的に貧困者が多い集団を、執行当局が認定
(Akerlof (1978)の呼ぶ“tagging”(札貼り))し、
その集団に他の人々と違った特別の税率表
を与えることで、効率的な福祉制度を構築す
ることができるのである。
現金給付と現物給付
• 現金が手交される形の現金給付のみならず、同制
度の医療扶助のように、一定の財・サービスの提供
が受けられる形の現物給付も存在する。
• また、米国のフード・スタンプのように、一定の財・
サービスのみを購入できるバウチャーが交付される
形の現物給付が存在する。
• 伝統的に経済学者は、現金給付の方が、受給者の
選好を反映した消費が可能となるため、現物給付よ
り望ましいとしてきた。
非食料品
A
E
C
D
食料品
B
• 現物給付を支持する伝統的な意見としては、
消費者が経済理論が想定するように、常に合
理的に行動するとは限らず、ギャンブルやア
ルコール等に依存する傾向がある者も存在す
ること等を考えると、政府がパタナーリスティッ
クに給付金の使途を制限することが望ましい
ケースがあるとの指摘がある。
• さらに、最近の重要な指摘として、情報の非
対称性を考慮した場合、使途を制限する現物
給付が、受給者に自己選択(self-selection)を
行わせることを通じ、より効率的な公的扶助を
可能にするとの見方がある。
近年の改革
①社会保障審議会 福祉部会「生活保
護制度の在り方に関する専門委員
会」における議論(2003.8~
2004.12)
• 入りやすく出やすい制度→自立支援プログラ
ム、教育扶助の見直し等
• 生活保護水準の見直し→老齢加算の廃止、
母子加算の見直し
• 地方と国の役割分担・補助率の見直し→結
論は出ず
②生活保護費及び児童扶養手当に
関する関係者協議会(2005.4~)
• 生活保護増に対する要因分析(自治体:高齢
化、景気変動要因、離婚率増、厚労省:実施
体制の問題)→統計的分析を駆使して、自治
体側の主張が主因との結論
• それを受けて、地方と国の補助率の見直しは
行わず
• 児童扶養手当補助率引下げ
③自立支援プログラムの展開
• 285自治体で585プログラムが策定
• H17年から自立支援(日常生活自立、社会生
活自立、就労自立)のうち、就労自立支援に
ついてハローワークと福祉事務所が連携し
「生活保護受給者等就労支援事業」。就労支
援コーディネーター、就労支援ナビゲーター
• 支援開始者数6663人のうち2579人が就職。
• 長期入院(精神疾患の社会的入院)の退院
促進事業が今後本格化
被保護者に対する自立支援の取組みについて
1 自立支援プログラムの導入(平成17年度~)
(1) 保護の実施機関が策定し、組織的に被保護者の自立支援に取組み
① 管内の被保護世帯全体の状況を把握
② 被保護者の状況や自立阻害要因を類型化し、それぞれの類型ごとに対応する個別の支援
プログラムを策定
(例1) 高齢者→傷病や閉じこもりを防止し、健康的な自立生活を維持するプログラム
(例2) 精神障害者・高齢者→長期入院を防止・解消し、居宅生活の復帰・維持を目指すプログラム
(例3) 稼働能力を有する者→就労に向けた具体的取組を支援し、就労を実現するプログラム
③ これに基づき個々の被保護者に必要な支援を保健所、医療機関、ハローワーク、NPO等
とも連携しつつ、組織的に実施
(2) 自立支援プログラムの策定状況(平成17年12月現在)
○ 保護の実施自治体全828のうち、プログラムを策定している自治体は285
○ 自治体で策定されているプログラムは585
【内訳】
就労支援関係
311
日常生活自立関係 214 (例:長期入院からの退院促進等)
社会生活自立関係
70 (例:福祉・環境等の地域貢献活動への参加等)
(3) 平成18年度の方針 ~ 全自治体で自立支援プログラムを策定
○ 保護の実施自治体全857のうち、700(82%)がプログラムを策定済又は
策定予定(平成18年4月時点)
285自治体
34%
543自治体
66%
157自治体
18% 287自治体
33%
413自治体
49%
策定済
策定なし
策定済
策定予定
未定
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2 生活保護受給者就労支援事業の創設(平成17年度~)
(1) 福祉事務所とハローワークが連携し、被保護者の就労を支援
③ 就労支援メニュー
選定チーム設置
福祉事務所
① 自立意欲のある
生活保護受給者
を 選定
② 要請
ハローワーク
④
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ハロ ーワーク
又は福祉事務所
⑥メ ニ ュ ーの実施
⑤
ハ
ロ
ー
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ー
ク
へ
の
求
職
申
込
み
1 ハローワークにおける
就職支援ナビゲーター
(全国で105名)による支援
2 トライアル雇用の活用
3 就職の準備段階として
の基礎的知識・マナー
等に関する準備講習
付きの公共職業訓練
(全国で1,500人分)等を
実施、受講をあっせん
4 生業扶助等の活用に
よる民間の教育訓練
講座の受講勧奨
⑦
就
労
に
よ
る
自
立
5 一般の職業相談・紹介
の実施
生保事業担当責任者の設置( 支援メ ニ ュ ーの選定及び実施・ 進捗状況管理)
(2) 生活保護受給者支援事業の実施状況(平成18年3月現在)
支援対象者数
支援開始者数
支援終了者数
①
生活保護受給者
9,011
7,309
うち就職者②
4,553
3,007
(注)支援開始者数①に占める就職者数②の割合は41.1%となっている。
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④適正化の動きとその破綻
• 平成17年12月1日の協議会終了後の生活保
護適正化に関する確認書。
• 全国福祉事務所長会議 (平成18年5月15
日(月) )「生活保護行政を適正に運用するた
めの手引き」
• 骨太の方針2006では、5年間で厚生労働省
管轄予算の1.1兆円を削減する方針。2007年
度予算では生活扶助基準の引下げと雇用保
険で対応。ただし、来年度からも生活保護は
引き続き削減対象となる可能性。
生活保護の課題と対応
保護基準
○ 社会保障審議会の専門委員会
における検討(平成15~16年)
・ 加算以外の基準は、一般の低
所得世帯の消費支出と均衡が
図られており、妥当
・ 高齢者世帯や母子世帯の加算
について見直しが必要
○ 保護基準の適正化
(平成16年度~)
① 老齢加算の廃止(17,930円→
0円)
② 16歳以上の子供の母子加算
の廃止(23,360円→0円)
③ 多人数世帯の基準の逓減
保護要件の審査
自立支援
○ 保護要件
・ 生活保護は、資産、能力等を
全て活用した後、足らざるとこ
ろを補うものであるため、以下
の状況を調査
- 預貯金、不動産等の資産
- 就労収入、年金等の収入
- 稼働能力
- 扶養義務
○ 被保護世帯の多様な問題に対
応した積極的支援
○ 更なる保護要件の適正審査等
(平成18年度~)
・ 従来からの適正運営に加え、
三位一体改革の際の地方団
体からの提言を踏まえ、以下
の適正化を通知
○ 自立支援プログラムの導入
(平成17年度~)
- 資産等調査に関する関係機
関との連携強化
- 暴力団員に対する生活保護
の不適用
- 生活保護受給者への年金担
保貸付の不適用
- 履行期限付きの指導・指示、
保護の停廃止
- 不正受給に係る費用返還や
告発
・ 母子世帯に対する就労支援、
長期入院の高齢者や精神障
害者に対する退院促進等、自
治体が他機関と連携しつつ、
積極的に支援する必要性
・ 自治体において、被保護世帯
の類型ごとに自立支援策を策
定
○ ハローワークとの連携事業の
創設(平成17年度)
・
自治体の保護担当とハロー
ワークとが連携して就労支援
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抜本改革への向けて
①短期救済と本格認定の2段階認定
による要否認定の簡素化
• 厳密で時間のかかりすぎる現行の資産調査、扶養
調査を、イギリスなどで行なわれているように、申
告・書類ベースで実施し、大幅な簡素化。
• 1~2年程度の短期間で生活保護を一旦打ち切り。
• その後、継続する希望・必要があれば、現行並みの
資産・扶養調査、再び厳密な認定。
• 当然、虚偽の申請に対しては厳格な罰則規定。
• ケースワーカーの認定業務が大幅に軽減され、本
来の生活指導や自立支援に集中。
②資産の一時的所有権移転
• 自立が進まない一つの要因は、生活保護を受けるた
めに、事前に全ての資産を浪費し、「丸裸になって」制
度を利用するから。自立するためには、商売道具や車
両、服装などの一定の資本を必要。
• たとえ一定の資産を保有していたとしても、就業状態
やフローの所得から困窮状態を判断して受給を認める。
ただし、その代わりに全財産の所有権を生活保護の受
給期間中、信託などの形で、一時的に国か自治体に
移転。
• 所有権が移転された財産は、自立した場合には、受給
期間の保護費の一定割合を控除して返却。自立への
インセンティブが確保。死後の扶養しない親族へ相続
するという問題も解決。
③ケースワーカーの人員増への国庫
補助
• そもそもケースワーカーの受け持ち世帯数(ケース
数)が上昇したのは、2000年の地方分権化法により、
その配置基準が法律上の「義務」から「目安」に変
わった事による。
• 日本の場合、ケースワーカーの人件費は各自治体
の全額負担となっているため、各自治体は人員数を
抑制しがち。
• これを、全国的に統一された標準配置基準に戻し、
ドイツのように人件費全額を国庫負担とする。ある
いは、ケースワーカーをハローワークの職員のよう
に国家公務員にするという方法も一案。
④自立支援プログラムのアウトソーシ
ング
• 自立支援プログラムについては、効果的なプログラ
ム開発・実施は、官よりも民の方に知恵。
• ブレア政権下のイギリスで導入された施策のように、
生活保護受給者が就労自立して一定期間を経た場
合に成功報酬が支払われるという形で、民間に自
立支援をアウトソーシングすることにする。
• 自立しやすい人々だけが選ばれるという「クリーム
スキミング現象が起きる懸念はあるが、生活保護受
給者の自立困難度を事前に認定することにより、困
難度に応じた成功報酬を考え、クリームスキミング
を防ぐことも可能。また、クリームスキミングはそも
そも問題がないという考え方もある。
ダム上流の改革~税制や社会保障
制度の抜本改革に向けて
• より根本的な解決のためには、ダム上流、すなわち生活
保護制度の枠内に止まらない抜本的な対策を考えるべき。
• 高齢の受給者が増加する背景には、年金制度の不備や
劣化の問題。基礎年金を全額目的消費税化する改革が
一案。
• 医療についても、国保に、未納・未加入から1割程度の実
質的な無保険者が存在しており、生活保護受給者を生む
原因。一方で、医療扶助はモラルハザードを生み、医療扶
助費が保護費の半分を占めるという異常な状況を現出。
生活保護受給者を国保に加入することが一案。
• 低所得者の税制についても、改革できる余地が大きい。
「負の所得税」(Negative Income Tax)、「給付付き税額控
除制度」(EITC:Earning Income Tax Credit)導入が一案。
保護費の構図
(平成20年度予算ベース)
保護費の総額及び扶助の種別等の構成
総額:2兆6,888億円
生活扶助
8,557億円
32.6%
住宅扶助
3,700億円
14.1%
医療扶助
1兆3,063億円
49.8%
介護 そ
扶助 の
他
624 281
億 億
円 円
2.4% 1.1%
※国庫負担額は上記の3/4である。
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