第9課 香住から白兎海岸へ

第9課
香住から白兎海岸へ
安部 昭 『現代日本紀行文学全集』
補巻三 ほるぷ出版より 一部削除
一、新しい言葉
しげしげと(たびたび、しきりに;じっとみつめる)
①男はしげしげとその店を出入りしている。(出入りが頻繁であ
る様子)
②店員は指名手配写真をしげしげと見た。(視線を動かして熱心
に見る様子)
(「じろじろ」とよく似ているが、「じろじろは主体が不審・嫌悪・不
快・好奇の気持ちで、視線を何度も動かして対象を無遠慮に
見る様子を表し、見られる側の不快の暗示がある。したがっ
て「人をじろじろと見てはいけない。」と言えるが、「人をしげし
げと見てはいけない」とは言いにくい。)
買う
①そんなことをすると、周りの人の反感を買
うよ。
②売られた喧嘩を買うより、さっさと逃げたほ
うが利口だ。
③人の恨みを買うようなそんなひどいやり方
はやめなさい。
④日ごろの努力が買われて、課長に昇進し
た。
(気心)が知れる
①気心の知れた仲間同士で、二人、三人、
あるいは四人ぐらいで旅をすれば、旅が
いっそう楽しいことはもちろんである。
②かれはこの業界ではすこしは名の知れた
男だ。
③私は旧友の紹介である男と付き合うように
なった。得体の知れない人物だった。
うんざり
①杭州はすごい人出で、見ただけでうんざり
してしまった。
②お母さんの愚痴にはもううんざりしている。
③木村先生は毎週うんざりするほど宿題を
出す。
とっぷり
①すでに日がとっぷりと暮れていた。
②父は最近田舎に帰り、温泉にとっぷりとつ
かって、数日静養してきた。
③その一週間は幸福感にとっぷりつかった
毎日だった。
④先生は筆をとっぷり墨じゅうに浸してから
勢いよく書き出した。
うかうか(する)
①西洋人は必ず話の途中で質問をするので、
うかうか聞いていられない。
②その店はとても小さいので、うかうかして
いると前を素通りしてしまう。
③儲け話にうかうかと乗ったわたしが馬鹿で
した。
④二ヶ月の休暇をついうかうかと過ごしてし
まった。
(た)ひょうしに
①倒れた拍子にかばんが開いて、中から化
粧箱が飛び出した。
②衝突したひょうしに、乗客は車外に放り出
された。
③転んだひょうしに足首を捻挫してしまった。
べとべと
①日本はべとべと(と)した湿気の多い気候
だ。
②そんなべとべとの手でさわらないで。
③台所のべとべと汚れは石鹸では落ちない。
ぽつんと
①その海岸には水泳禁止の立て札がぽつんと立っ
ていた。
②「困ったなあ」彼は浮かぶ顔をしてぽつんと独り
言を言った。
③「おふくろはなんといった?」「何にもいわないで、
うつむいてたわ。それからまた、ぽつんとこんな
ことをいったのよ。わたしにももう間もなくお迎え
がくるだろうけれど、こんな罪をつくったままでは、
とても極楽へは行けないだろうね……」
果てし(が)ない
①兄は村を離れて戻ることがなかった。遠く
果てしないところへ旅立っていったのだ、
糸の切れた凧のように。
②彼女の果てしない愚痴には閉口した。
③果てしなく続く道だ。
④母のいない、海底のように暗い家の中に、
私たち兄弟の冷たい生活はそれから果し
てなく続いた。
冴えない
①バイオリンは古くなると、材質が変化して、音がさ
えるという。
②今夜は冷え込んで、空の星が美しくさえている。
③梅雨時はうっとうしくて、なんだか気分がさえない。
④何か悩みでもあるか、さえない顔をしている。
⑤夜が更けるにつれ、頭がさえてきた。
素通りする
①天津は素通りで北京まで直行した。
②友人の家の前を素通りした。
③問題提起のみに終始し、根本的な対策を
素通りしてはだめだ。
柄になく
①柄にないことをするな。
②人を批判する柄じゃない。
③自分の子供を捨てるあなたは親と言える
柄ではない。
(目に)しみる
①彼女は、目にしみるような真っ白のドレスを着て、
パーティーに現れた。
②たまねぎを切ると、必ず目にしみて、涙が出てし
まう。
③かき氷は大好きだが、食べているうちに、その冷
たさが歯にしみてくる。
④外はひどい暑さで、5分も歩くと、汗がシャツに染
みてきた。
⑤コートなしでは、寒さが身にしみる季節になった。
はて(「しまいには」の意)
①掃除をしているうちに、彼は、次々に、すっかり
曇ってしまっている窓ガラスを磨き出したり、机の
上を整理してみたり、果ては、久しく怠っていた便
所掃除まで、一気にやってしまおうと思い立った。
②人類は必死になって〝文明〝というものを追い
かけているが、その果ては一体どういうことにな
るんだろうなんていうようなことを考えさせられま
す。
しんみり(する)
①父はしんみりした口調で母の思い出を話し
た。
②兄弟三人だけでしんみり母の通夜をした。
③山郷の温泉で秋の風情をしんみり味わい
たい。
二、言葉の学習
何が何でも



オリンピックに出場できるかいなかは今度の試合に
かかっているのだから、何が何でも勝たなければな
らない。
大地震の破壊が却って人びとに、市の姿を何が何
でも元に戻そう、さらにもっとすばらしい、もっと美し
い市を建設しようという強固な感情を強く引き起こし
た。
何が何でも 人に物を頼むときには、あれこれ注文
をつけてはいけない
~ないことには、
意味: なければ、なくては 前の状態が実現され
ないと、次のマイナス状態になる





会社が総力をあげて取り組まないことには、この
問題を解決することは不可能だ。
彼を疑うにしても、あのアリバイが崩れないこと
には、どうすることもできないだろう。
ともかく現物をみないことには、なんともお答えで
きません。
わたしがだれかに話をしないことには、このこと
はだれにもわからないだろう
ともかく現物を見ないことには、なんともお答えで
きません
動詞 には 同一動詞 が
意味: 一応は そうしたけれども、望ましい
結果になるかどうかわからない




だれも知らない札幌で、一人で住むのは気楽で、
自由を楽しめるには楽しめるが、なんとなく淋し
い。
手伝うには手伝うが、あまり当てにしないでね。
受け入れるには受け入れるが、やりかけている
仕事を一応済ましてからと断っておかなければ
鳴らない。
この計画は作るには作るが、ただいますぐには
できません。
高をくくる
意味: たいしたことはないと思って、軽く見る



こんな背筋が寒くなるような話を耳にしても、しょ
せんアメリカでのこと、日本にとって対岸の火事
と高をくくってきた。
だって、おおかたそんなものだろうと高をくくって
いた。ぜんぜん期待していなかったが、行ってみ
たら、この世にははたしてこんなにすばらしい眺
めがあるのかと非常に驚いた。
どうせたいしたことではないと高をくくっていた小
林さんも、関係者たちの間で、怪談と呼ばれてい
つまでも話の種になっている理由がようやく理解
できた。
~というところだ
意味:おおよそのレベルや大体の数を表す




其の身なりなら、まあほどほどというところだが、
毎晩そんなに酒を飲むわけではない。せいぜい
ビール一本といったところだ。
はっきりいうと、全治の見込みは薄いのです、目
下新しい薬で持たせている状態で、寝たり起きた
りというところでしょう
親孝行半分、自分のために半分というところだ。
~にかぎる
意味: のほかにまさるものがない、~もっと
もよい




日本に行くなら四月に限るよ、どこへ行っても桜
が咲き乱れていて、とりわけそよ風に吹かれて花
びらがちらちら散っているときの美しさはとても云
うに云われぬものだ。
餅は餅屋ということわざがあるだろう、こうしたこ
とは専門家にまかせるにかぎるのだ。
試行錯誤を繰り返しながらここまで発展してきた
のだ。
自動車は新しい型に限る。いや、自動車ばかり
ではない。ほかのも同じこ
~にもまして
意味: ○○はもちろん~だが、○○はもっと




こういうすばらしい話を人びとに知らせずにおく
べきではないと、この二人は考えた。今では以前
にもましてそう確信している。
他のどんな日にもましてよく覚えているのは、そ
の日に、思うだに恐ろしいことが起きたのだ。
そのとき、あなたはだれにもまして緊張していた
だろう
私はどんな時にもまして幸せに思った。
~ことだ ことか
意味①:話し手の驚き、感動、皮肉、感慨な
どを表す






こんなことにならないようにいままで何度注意し
たことか、今にして考えれば馬耳東風だったのだ。
なんと心身とも開放されることか
海の青さにもまして、なんと砂のきれいなことか
子供に触らせたくないというのなら、最初から手
の届くところに置かないことだ。
家族みんな健康で、けっこうなことだ。
いつまでも若くて、うらやましいことです。
意味②:間接的に忠告や命令の機能を果た
すのに用いる。




日本語の会話力をつけるには、日本人の
友達をつくってたくさん話すことですよ
とりあえず、卒業までにパソコンと英語の
資格、また車の免許はとっておくことだ
子供は子供同士、われわれ大人が中へ
入ってかかわらないことだよ
早く彼女を忘れることだよ、元気出して、仕
事、仕事
~ても始まらない
意味: なんにもならない 無駄だという意味




こで抽象的な原則論に振り回しても始まらない。
実際に当てはめてみることがキーポイントだ
失敗したらしたさ、いまさら後悔してもはじまらな
い
泣いてもはじまらないことだから、泣くより落ち着
いてよくよく考えてください。
そんな人にいくらお詫びしても始まらないよ、最
初から許すつもりはなかったのだから
さして~ない
意味: それほど特別にはないという意味を
表す





考えてみれば、さして難しい仕事とは思えないが、
なかなか思ったとおりに進まない
この地方は、さして名物はないが、景色だけは素
晴らしいところだ
私のような年の人間はいわゆる会社人間で、さし
て趣味のない
さして広くもない部屋はとてもきれいに片づけて
ある
写真展に行ったが、さして面白い作品には出会
わなかった
三、本文の学習
3月14日の午後:
京都出(山陰本線のジーゼルカーで北上)――
(うっすらと、あるいは斑に雪を残した)
但馬の山間を縫って――城崎に到着した(のはもう
日が暮れかかった)――竹野浜のあた
り、そこからトンネルを抜いてまたしばらく行ったと
ころで日本海が姿をみせた。(山陰国
立公園のただなか)――浜坂で下車その晩湯村温
泉に浸かった。

翌日の朝(3月15日)
①船着場(浜坂港)で見たもの
ァ(たくさん電球をぶら下げた)漁船(がずらりと並んでいる)。
イカ釣り船
ィ藻(勢いのいい藻が揺れている)
ゥきれいな水(感想:どこの海を見ても、このごろはまず水を
透かしてみる。きれいか、濁っているか。昔の人はそんな
ことは考えもしなかったろうと思う。海の水はどこだろうと
澄んでいるのが当たり前だったろう。/この土地の人に
は真っ黒な海を創造しろと言っても、無理な注文かもしれ
ない。)
ェ沖(波もうねりもみせず、青々と大海原が広がっている明
るい、のどかな日本海の眺め)(感想:波荒れ灰色の日本
海、なんていう概念的な言葉を口にしたら罰が当たりそう
な)

②船に乗る(第一日本海丸)
ァ揺れること
(身軽なだけにそれだけ揺れも激しい/水面をバッタのよ
うに跳ねる感じ/うかうかしていれば、べンチもろとも海
中に放り込まれかねない/右へ左へと転げた拍子に鉄
柱に頭をぶっつけそうになる)
ィ海上の風(また身を切るようだ。朝風呂で温もった顔も手
も足もたちまち冷え切って、感覚がなくなった。)
ゥおっさんの紹介(奇岩怪石・荒海という感じ・岩礁にある
海鵜・灯台・平家の落ちぶれた部落)
ェ船酔いのお婆さんたち(ハンカチを口に当て、顔面蒼白で
船着場の便所に駆け込む)
ェ蕎麦屋に入る(きつねうどんを食べたら、息を吹き返し
た)

③鳥取県に入る(レンタカーを借りて)
ァ民宿(漁網、漁具、洗濯物、子供⇒旅行者を
ほっとさせるものがある)
田後港の船着場へ向かう(伊豆の仲木とロケで
泊まったことを思い出した)
波止場(釣り糸をたれている人の森閑としている
姿)
ィ砂丘の落日(入り口にいい感じを受けなかった/
海の青さにまして、なんと砂のきれいなことだ/
砂を手にすくってみた/滝巻)
 ④海沿いのドライブ

キーセンテンス
湘南の海辺で暮らしてきて、ことさらしげし
げと海を眺めることはない
▲ ことさら
しげしげと
殊更 わざわざ
見つめる
 相手が海のような茫洋たる代物では、こっ
ちがいくら力んでも仕方がない
▲ いらく力んでも仕方がない → 意味:
鑑賞できないという

キーセンテンス
あれはお日様と同じようなもので、まともに
鑑賞したりできるものじゃない、そこにちゃ
んと控えていてくれれば安心していられる
という、そういう性質のものだと思っている。
▲ 海の性質ってどういうこと? → 茫洋で
コントロールできない

キーセンテンス
山のふところで育った人は、山に対して、やはり
私と似たような気持ちを抱いているにちがいない。
▲ 似たような気持ち → いくら力んでもしかた
がない
 日頃から田舎の人たちの反感を買うようなことを
公言してきた。
反感ってどういうことか → 軽蔑される嫌な感じ
▲ 買う 自分の身に招く

キーセンテンス
それをやらないことには、帰るに帰れないという
悲壮な旅のようである。
▲ 帰るに帰れない ⇔ 悲壮な旅
▲ それをやらないことには → 三日間暮らさ
なければ
 海辺育ちの心安さでどこの海を見たって、
「あ やってますな」ぐらいしか思わない
▲ やってますな → あまり変わらない

キーセンテンス

わにざめをだます 因幡の白兎
▲ 今日では、「稻羽之素菟(いなばのしろ
うさぎ)」が「淤岐島(おきのしま)」から「稻
羽(いなば)」に渡ろうとして、「和邇(ワニ)」
を並べてその背を渡ったが、「和邇」に毛
皮を剥ぎ取られて泣いていたところを「大
穴牟遲神(大国主神)」[1]。に助けられる、
という部分のみが広く知られている。
キーセンテンス
これでは俳句としても字余り、結論としても
馬鹿馬鹿しすぎて話しにならないが、
▲ 字余り 文字が余っている
 二時間近く小舟の上で揉みに揉まれて、
いい加減うんざりしたあげくの正直な感想
だ
▲ いいかげん → 適当

キーセンテンス


まだうっすらと、あるいは斑に雪を残した但
馬の山間を縫っていくと、城崎あたりで日
が暮れかかる。
あるかなきかの幽かな佇まいを見せて、
ひっそりと息づいているかのごとくである。
キーセンテンス
海中公園を探勝してやろうという寸法。
寸法 → 計画の手順
 きれいか、濁っているか、昔の人はそんな
ことを考えもしなかったろう
どうして? 昔の海はきれいだから

キーセンテンス
波荒き灰色の日本海 なんていう概念的な
ことばを口にしたら 罰があたりそうな、
明るい 長閑な眺めだ
▲ のどか 静か 快い
 この土地の人には真っ黒な海を想像しろと
いっても、無理な注文かもしれない
無理な注文 → 信じてくれない

キーセンテンス

素人の甘さというか、遠目に望むと近寄って見る
と大違いというか、急転直下、日本海はやはり荒
海という大発見に達したのである。騙された。
▲ 騙された原因
①日本海の明るい、長閑な眺め
② 遠くから眺めるのと、実際、沖へ出て近くから
眺めるのと、
天地の差があったから。
キーセンテンス


右へ左へと転げた拍子に、鉄柱に頭を
ぶっつけそうになる。
▲ 拍子 当什么的时候
ともにいる私にはとぎれとぎれにしか聞こ
えない。
▲ とぎれとぎれ 断断续续
キーセンテンス
あっちに乗っておればよかったと、残念で
ならぬ
▲ なぜ残念でならの? 女子学生とおぼ
しい一団が乗っていたが、いまごろ盛大に
悲鳴の嬌声を発しているだろう
 そういう人にはさぞかし答えられない景観
だろう
答えられない 興奮するような

キーセンテンス
これぐらいの波があっても、この程度の小
船でどんどん行ってしまう、
その辺が日本海の流儀というものらしい。
 など頭の中で地図を描いているうちに、ば
かにはてしないような気がしてくる。
▲ ばかに果てしない 異常にきりのない

キーセンテンス
遊覧というよりは荒行に近く、船によわい
人には奇岩怪石が地獄の光景にも見えよ
うという貴重な二時間であった
▲ 貴重 皮肉な言い方
 静かな香住の町を、足元もおぼつかなげ
に彷徨い歩いて、そば屋に入り、あついき
つねうどんを食べたら、息を吹き返した。
▲ 息を吹き返した 生き返る

キーセンテンス
「やっぱり海は遠くから見るに限りますな」
▲ どうして 荒海だから

その生活のにおいにも、旅行者をほっと
させるものがある。
▲ 生活のにおい → 低い軒先に漁網
が干され、漁具が掲げられ、洗濯ものが翻
り、狭い路地では子供たちが遊んでいる。
型どおりの漁師部落

キーセンテンス
どうしてだろう、私が柄にもなく、しんみりし
てしまう
▲ しんみりしてしまう → なんということも
ない田舎町の、昼下がりの人気のない通
りに、埃だらけの赤いポストがぼつんと
立ったりするの

私はやはり景色より人間はい、 徹頭徹
尾野暮な生活はいであるらしい

キーセンテンス


旅をすると宣言して、生活から逃げてきた
つもりが、結局よその土地へ行っても他人
の生活に目が行ってしまうのでは、出てき
た意味もないようなものだ。
魚もうまかったし、家族ぐるみのサービスも
旅館の比じゃなかった
キーセンテンス
また記念撮影用の駱駝がいると聞いただ
けで、ごめん蒙りたい気がしている
▲ ごめんを蒙る 相手の許しを得て失礼
する
 海の青にまして、なんと砂のきれいなこと
だ
▲ にまして ~比べて もっと
