ユーロ危機の中でケインズとハイエクか ら学ぶ 金沢大学人間社会学域経済学類 現代経済理論演習 2013.2.12 ユーロ危機とは ユーロ圏で起きた通貨危機。 ギリシャの財政赤字隠蔽が発覚し、ソブリンリスクが懸念さ れる。 →欧州の金融機関はギリシャ国債を保有していため、ギリシャ のデフォルトはユーロ圏全体の信用問題に発展。 ユーロの信用が揺らぐことは、日本にとって「対岸の火事」 ではない。 論点 危機から明らかになったユーロの2つの問題点①最適通 貨圏、②「リージョナル・インバランス」について考える。 これらの問題点を改善するために、ケインズとハイエクの 通貨に関する提案を参照。 危機が今日も続く以上、既存の国際通貨体制のみで考え るのには限界があると思われるため。 第1章 ユーロと最適通貨圏 ユーロ導入の背景 1970年代、固定相場制から変動相場制への移行によって 為替相場は不安定に。 →域内貿易が活発な欧州諸国にとって為替相場の変動は、国民経 済の動揺につながる。 為替相場安定のために欧州各国は政策協調を重ね、最終 的に通貨統合に至る。 →為替相場自体をなくせば変動に悩まされることはない。 1999年に公的取引にユーロを導入し、2002年に紙幣が流通開始。 ユーロの概略 2013年現在、EU27カ国の内、17国が加盟 加盟条件 ① ② ③ ④ 物価の安定 長期金利の低位安定 為替相場の安定 財政赤字が対GDP比3%以下、 政府債務残高が対GDP 比60%以下 欧州中央銀行(ECB)が単一の金融政策をおこなう。 財政政策は各国政府が独自におこなう。 「最適通貨圏」とは 通貨統合にともなう便益がその費用を上回る国の集合体 のこと。 変動相場制に対する問題意識がこめられている。 便益: 通貨有用性の拡大、安定的金融政策、財政政策協調の促進、為替 投機の排除、為替リスクの回避、貿易・資本取引の拡大 費用: 金融政策独立性の放棄、財政政策自由度の制限、為替相場による 経常収支調整機能の放棄。 最適通貨圏の基準 条件: • 貿易収支の不均衡を為替相場の変動ではなく、生産要 素の移動でカバーできる。 • 為替相場の変動に国内経済が影響されやすい。 最適通貨圏の形成基準: • 生産要素の移動性が高いこと。 • 金融的統合が進んでいること。 • 生産活動が多様であること。 • 国民経済の開放度が高いこと。 ユーロは最適通貨圏か ECBが金融政策を一手に担い、域内の資本移動が自由化 されているため、金融統合は進んでいると考えられる。 黒字国からの資本流入が赤字国の経済を支えていた(後 述)。 しかし、この構図は危機によって崩壊。 →ユーロは最適通貨圏ではない? *最適通貨圏をめぐる議論は、どの基準、要素に重点を置くか によって結論が異なるために、どれが最も妥当であるか結論す ることは難しい。 第2章 リージョナル・インバランス 「リージョナル・インバランス」とは 西欧・北欧の工業国と南欧諸国の競争力格差が、経常収 支の格差となってあらわれていること。 →都市部(コア)と周辺部(ペリフェリ)の格差問題ともいえる。 「先進国による通貨同盟」を前提としたユーロに、経済規模 に開きのある南欧諸国が加入できたのが、根本的な問題 点。 ユーロの構造自体にこの格差を広げる原因がある。 ユーロの構造が抱える問題 ① 為替相場が変動せず、競争力の格差が開いたまま。 →同じ通貨を使用しているため、経常黒字国の通貨が切り上がらず、 経常赤字国の通貨も切り下がらない。 ② 自国の経済状況に応じた金融政策をおこなえない。 =「金融政策のジレンマ」 ③ 黒字国から赤字国への財政移転の仕組みがない。 →*EU加盟国は他の加盟国に財政支援を行わない(リスボン条 約EU運営条約第125条)。 インバランスがもたらす対立 為替相場の変動と金融政策が有効に機能しない以上、財 政政策がインバランス解決の鍵を握る。 しかし、財政赤字の大きい南欧諸国では、自力での対処 は不可能。 →黒字国からの財政移転が不可欠。 黒字国は赤字国のモラルハザードを懸念し、財政移転に 納得しない。 →対立へ。 資本移転が覆い隠した格差問題 財政移転の仕組みがないにもかかわらす、リージョナル・ インバランスの問題が表面化しなかったのはなぜか? 黒字国から赤字国への資本流入があったため。 →黒字国は輸出で稼いだ外貨を、高金利の南欧諸国に投資。 しかし、南欧諸国は流入した資本を自国の経済・産業構造 の変化に使い、競争力の格差を根本的に是正しようとしな かった。 ギリシャ危機で資本流入が反転。格差問題が表面化。 第3章 ホワイト案と金ドル本位制 ホワイト案: アメリカが提案した第2次大戦後の国際通貨体制。 • ドルを基軸通貨として貿易をおこなう。 • 各加盟国が貨幣と金を拠出し「国際通貨基金(IMF)」を 設立。 • 基金から国際収支赤字国に対して融資を行い、国際流 動性を確保。 • 融資の限度額を超えた場合、赤字国は支出を減らすべ く、緊縮政策をとる。 *黒字国は特に責任は負わされない。 金ドル本位制 図1:ホワイト案 金 金為替本位制 1オンス=35$ ド ル 円 マ ル ク ポ ン ド ドルのみが金とリンクし、各国通 貨はドルとリンクする「金ドル本 位制」を採用。 各国は、ドルと自国通貨との交 換比率(平価)を上下1%の変動 幅に抑えるべく、為替介入の義 務を負う。 フ ラ ン ・・・・ 出所:中北徹(2012)『通貨を考える』p.121 国際収支の基礎的不均衡が生じ ていた場合、IMF理事会の承認 を得て平価の切り下げが認めら れる。 金ドル本位制の崩壊 1965年ごろ、世界各国の貿易規模が拡大した結果、アメリ カは慢性的な貿易赤字を抱え込む。 →国外に過剰に流出したドルの信認がゆらぐ。 →ドル切り下げを懸念した各国が、ドルと金の交換を次々とアメリカに 要求。 →アメリカはこれに耐えられず、1971年に金とドルの交換を停止。 →1973年に固定相場制から変動相場制へ移行。 IMFの役割は、固定相場の維持から、途上国向け貸付・危 機管理にシフト。 第4章 通貨危機とIMFの対応 通貨危機とは ある国の通貨価値が外国為替市場で暴落し、当該国 の経済に悪影響を与えること。 ここでは2種類の通貨危機を取り上げる。 ①通貨当局が主導した危機 例:中南米 ②投機筋が主導した危機 例:アジア、米国 ①通貨当局が主導した危機 1980年代、中南米は「輸入代替型工業化」を推進。 工業品を輸入から国内生産に切り替えて経済成長を目指す。 原料、中間財費など輸入代替化に必要な資金を、国債の発行 で調達。 →先進国に人材・技術の点で劣るため、借りた資金を有効活用 できず、債務だけが積み重なる。 →債務返済のために政府が貨幣発行を濫発。 →通貨価値が暴落。 ②投機筋が主導した危機 1990年代、東アジアは「輸出主導型工業化」を推進。 外資を用いて生産した工業品を輸出し、経済成長を目指す。 外資を呼び込むために、自国通貨の価値をドルと同じ水準に固定。さ らに金利を引き上げる。 →中国経済の台頭で外資流入が滞り、輸出が伸び悩む。 →輸出不振で外貨が稼げず、通貨をドルにペッグするのが困難に。 投機筋は東アジアの通貨がドルにペッグできずに下がると 予想。 →次々と通貨を売りに出し、大きな差益を獲得。 →通貨価値が暴落。 IMFの通貨危機への対応 中南米・アジア:構造調整政策を融資の条件に挙げる。 例:民営化の推進、緊縮財政、高金利政策。 これらの政策が景気後退を招き、かえって危機が深刻化。 →J. E. スティグリッツ(01年ノーベル経済学賞受賞)が批判。 ユーロ圏:緊縮政策を強要せずにギリシャに対し2500億 ユーロの融資を行う。 「本来の役目を果たした」とIMFを再評価する声も。 →全世界を射程に入れたIMFは、世界規模の経済危機・通 貨危機の解決に依然として不可欠。 IMFを中心とする国際通貨体制の問題点 ①債務危機国に緊縮政策を押しつける。 ②国際収支の不均衡について赤字国の責任を追及する 一方、黒字国には責任が負わされない。 ③基軸通貨ドルがアメリカの国内通貨でもあるため、アメリ カの経済状況と政策が世界に波及し、世界経済が不安定 化する。 第5章 ケインズ案とバンコール ケインズ案: イギリスが提案した第二次大戦後の国際通貨体制。 • 超国家的銀行(=「国際清算同盟」)と新国際通貨「バン コール」を創設。 • 各国中央銀行は同盟内にバンコール建ての勘定を創設。 • 加盟国の貿易は、勘定の振り替えで決済される。 • 勘定の限度額を超えた場合、赤字国だけでなく黒字国 にも負担が求められる。 国際清算同盟 図2:ケインズ案 日本 アメリカ イギリス 国際清 算同盟 ドイツ フランス *バンコールは同盟内の帳簿 上にのみ存在し、国内取引は 各国通貨を用いる。 各国通貨はバンコールとの交 換比率を設定するが、相場は 各国の経済状況に応じて変更 可能。 ・・・・・・・ ・・・・・・・ 出所:中北徹(2012)『通貨を考える』p.121 各国は独自に財政・金融政策 をおこなえる。 第6章 ケインズ案の思想的背景 前提:金本位制の採用 金の二面性:①流通手段、②価値保蔵手段 ②の側面が強くなりすぎると、流通する貨幣量が減り、経 済に悪影響を及ぼす。 例:デフレーション、失業の増加。 金ではなく、通貨当局の裁量に基づいて貨幣を発行すべ き(=管理通貨制度)。 →貨幣量が増えれば景気は刺激されるから。 国際面における金の退蔵 1920年代以降、貿易黒字国のアメリカは国内に金を貯め むばかりで、赤字国(イギリス)に投資しない。 →イギリスの物価は下がり、雇用は増えない。 →黒字国に金を貯めこませない仕組みが必要。 国際面においても管理通貨制度への移行を主張。 →管理通貨の国際版がバンコール。 金とバンコールの違い 金と異なりバンコールは退蔵されにくい。 • バンコールは金と兌換できない。 • バンコールは輸入にしか使い道がない。 • 貯めても当座貸越の限度額をこえれば清算同盟に没収される。 →国際金本位制下のように、国際通貨(金)が黒字国に偏 り、赤字国の経済が停滞するのを防げる。 ケインズ案とユーロの比較 表1 ケインズ案とユーロの相違点 ケインズ案 ユーロ 金融政策の自立性 有 なし 決済通貨の範囲 対外決済のみ。 国内取引にも使用。 資本取引 規制。 単一市場の中で自由化。 黒字国の責任 赤字国と同様に負う。 責任なし。 ユーロ圏でも各国に金融政策の裁量を認める方が、危機 の解決につながる。 赤字国の責任だけではなく、黒字国の責任も追及すべき。 第7章 ハイエクの貨幣発行自由化論 貨幣発行の自由化とは 法貨を廃止し、民間銀行が独自の単位をもつ貨幣を発行 すること(=競争通貨の導入)。 →価値が安定した貨幣を人々は欲しがるため、事業の成功のために、 銀行は貨幣価値の安定に努める。 →利己心に基づく競争が規律となり、貨幣は安易に発行されない。 政府の安易な貨幣発行によって生じる貨幣価値の低下 (インフレ)が、景気循環と失業の原因だと考えたため、ハ イエクはこれを提案。 貨幣の増発が景気循環を起こす 信用創造で利子率が下がる。 →企業の投資財需要が増えて投資財価格が上昇(⇔消費財需 要と消費財価格低下)。=好況期 投資財が消費財より多く生産されるため、人々が消費できる量 は減る。 好況によって増えた所得を人々は消費財購入に使う。 →消費財需要と消費財価格が上昇(⇔投資財需要と投資財価 格低下)。 →過剰となった投資財は破棄され、不要になった労働者も放出 される。=不況期 他の貨幣制度の難点 金本位制: 希少で採掘に時間のかかる金は、貨幣需要の変動に柔軟に対応で きない。 需要のピークを過ぎたころに金が大量供給されるとインフレになる。 商品準備制度: 金ではなく、商品のバスケットを裏付けに貨幣を発行。 しかし、バスケット内の商品量が増えれば、金と同様に貨幣需要の変 動に対応するのが難しくなる。 →金や商品では貨幣量に十分な規律を課せられない。 第8章 競争通貨と地域通貨 競争通貨と地域通貨の共通性 両者の共通点: ①法貨と異なる独自貨幣を発行。 ②貨幣価値の変動を抑え、経済を安定させること。 競争通貨:民間銀行の競争によって貨幣量を抑え、インフレを防ぐ。 地域通貨:コミュニティ内で貨幣の循環を促し、デフレ脱却を目指す。 →競争通貨と共通点をもつ地域通貨に注目。 法貨の廃止はあまりに現実離れしているため。 さまざまな地域通貨 ① ポイントカード ポイントを発行する企業グループ内でのみ使える。 無利子で有効期限内に再度商品を買わなければ、貯めたポイントが 無効になる。 →顧客に再度入店するインセンティブが与えられる。 →企業グループ内での流通量が増加。 ② コミュニティクレジット/コミュニティボンド コミュニティ内の資金を企業または個人から集め、域内事業に投資。 →地域貢献を通じて、域内の連帯が強まる。 例:スイスの「WIR(ヴィアー)」 第9章 結論 結論① ユーロは最適通貨圏ではない 現在のユーロ圏は広すぎる。 • 金融統合は進んでいるが、必ずしも域内の不均衡を吸収できない。 • そもそも、「先進国による通貨同盟」のユーロに、経済・産業構造に 開きのある南欧諸国が入ったのは、早計だった? しかし、ユーロの解体は大きな混乱をもたらす。 ユーロは対外決済用の通貨として残しつつ、各国通貨を 復活させてはどうか。 結論②:各国の裁量でインバランスの縮小を目指す。 各国通貨復活の利点: • 自国経済に合わせた財政・金融政策が可能になる。 • 地域通貨と同じく国内での流通量が増えれば、景気は刺激される。 →リージョナル・インバランスの縮小につながるのでは。 難点: • 赤字国の通貨が復活すると、信用のなさから債務価値が跳 ね上がる。 →黒字国から赤字国への財政移転が必要。 →黒字国と赤字国がどう折り合いをつけるか。 • 制度を改正するまで膨大な時間がかかる。 ユーロの安定にむけて 短期的には、ユーロの安定のために各国通貨を復活させ、 各国に財政・金融政策の裁量を与える。 長期的には、政治統合をすすめ、財政・金融政策の実行 を一元化する。 平時から黒字国もユーロの安定に責任を負うべき。 ユーロ圏が一丸となって危機に対応しなければならな い。 余談:現在の金融緩和傾向について 2012年9月6日、ECB理事会が一定の条件を満たせば、 南欧諸国の短期国債を無制限に引き受けることを決 定。 →貨幣の増発が不況をもたらすと説くハイエクに従え ば、危険な対応。 おわり。
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