ユーロ危機の中でケインズとハイエ クから学ぶ 現代経済理論演習 発表の主題 危機から明らかになったユーロの2つの問題点①最適 通貨圏、②「リージョナル・インバランス」について考え る。 この問題点を改善するために、ケインズとハイエクの 通貨に関する提案を参照する。 危機が今日も続く以上、既存の国際通貨体制のみで 考えるのには限界があると思われるため。 第1章 ユーロと最適通貨圏 ユーロ導入の背景 1970年代、アメリカの固定相場制放棄により世界経済 は不安定化。 域内貿易が活発であった欧州共同体(EC)は為替相場 の安定を求め、政策協調を重ねてきた。 1972年:EC独自の為替相場同盟(通称「スネーク」)発足。 1979年:欧州通貨制度(EMS)発足。 1993年:欧州連合(EU)が発足し、単一市場がスタート。 1999年:単一通貨ユーロを導入。 ユーロの概略 2012年現在、EU27カ国の内、17国が加盟 加盟条件 ① ② ③ ④ 物価安定 低い長期金利 為替相場の安定 財政赤字が対GDP比3%以下、 政府債務残高が対GDP比60%以下 金融政策は欧州中央銀行(ECB)が統一的におこなう。 財政政策は各国政府が独自におこなう。 「最適通貨圏」について 通貨統合にともなう便益が、その費用を上回る国の集 合体を指す。 便益: 通貨有用性の拡大、安定的金融政策、財政政策協調の促進、 為替投機の排除、為替リスクの回避、貿易・資本取引の拡大 費用: 金融政策独立性の放棄、財政政策自由度の制限、為替相場に よる経常収支調整機能の放棄。 最適通貨圏の基準 ①生産要素の移動性 ②経済の開放度 ③経済構造・実物ショックの対称性 ④資本の移動性 ⑤経済政策の協調 最適通貨圏をめぐる議論は、どの基準、要素に重点を 置くかによって結論が異なるために、どれが最も妥当 であるか結論することは難しい。 第2章 リージョナル・インバランス問題とユーロの果 たした役割 「リージョナル・インバランス」とは 西欧・北欧の工業国と南欧諸国の競争力格差が、経 常収支の格差としてあらわれていること。 都市部(コア)と周辺部(ペリフェリ)の格差問題であると もいえる。 ユーロの構造自体にこの格差を広げる原因がある。 ユーロの構造が抱える問題 ①為替相場の切り下げによる、競争力格差の縮小が 起きない。 →経常黒字国の通貨が切り上がらず、経常赤字国の通貨も 切り下がらないため、競争力の差は開いたまま。 ②自国の経済状況に応じた金融政策をおこなえない。 ③黒字国から赤字国への財政移転の仕組みがない。 インバランスがもたらす対立 通貨の切り下げと金融政策が有効に機能しない以上、 財政政策がインバランス解決の鍵を握る。 しかし、財政赤字の大きい南欧諸国では、自力での対 処は不可能。 →黒字国からの財政移転が不可欠。 →国内外の対立の原因になる。 覆い隠された格差問題 財政移転の仕組みがないにもかかわらす、リージョナル・ インバランスの問題が表面化しなかったのはなぜか? 黒字国から赤字国への資本流入があったため。 →黒字国は輸出で稼いだ外貨を、高金利の南欧諸国に投資。 →同じ通貨を使用しているため、為替変動のリスクもない。 格差問題が覆い隠された結果、南欧諸国は、流入した資 本を自国の経済・産業構造の変化に使い、格差是正を図 ろうとしなかった。 第3章 ホワイト案について 国際通貨体制の再考 ユーロ以前にも通貨危機は繰り返されてきた。 危機の対応を担うIMFについて検討し、その意義と問 題点を明らかにする。 その上で、ケインズとハイエクの提案を参照する。 ホワイト案の中核:「国際通貨基金」 各加盟国が貨幣および金を拠出し、「国際通貨基金 (IMF)」を設立。 貿易赤字国に対して基金から融資を行い、国際流動 性を確保する。 融資の限度額を超えた場合、赤字国は支出を減らす べく、緊縮政策をとることに。 →黒字国に特に責任は負わされない。 基軸通貨の位置に就いたドル 図1:ホワイト案 ドルのみが金とリンクし、各国 通貨はドルとリンクする「金ド ル本位制」を採用。 金 1オンス=35$ ド ル 円 マ ル ク ポ ン ド 各国は、ドルと自国通貨との 交換比率(平価)を上下1%の 変動幅に抑えるべく、為替介 入の義務を負う。 フ ラ ン ・・・・ 出所:中北徹(2012)『通貨を考える』p.121 国際収支の基礎的不均衡が 生じていた場合、平価の切り 下げを認める。 金ドル本位制の崩壊 1965年ごろ、世界各国の貿易規模が拡大した結果、 アメリカは慢性的な貿易赤字を抱え込む。 →ドルが過剰に流出し、ドルの信認がゆらぐ。 =「流動性のジレンマ」 ドルの切り下げを懸念した各国が、こぞって金を引き 出した結果、金ドル本位制は崩壊。 1971年:アメリカがドルと金との兌換停止を宣言。 1973年:固定相場制を放棄し、変動相場制へ。 第4章 IMFの通貨危機の対応 通貨危機とは ある国の通貨が外国為替市場で暴落し、当該国の経 済自体に悪影響を与えること。 ここでは2種類の通貨危機について検討。 ①通貨当局が主導した危機 例:中南米 ②投機筋が主導した危機 例:アジア、米国 ①通貨当局が主導した危機 1980年代、中南米は「輸入代替型工業化」によって経済成 長を主導していた。 →工業製品の輸入から自国生産へのシフトを目指すが、先進 国に人材、技術の点で劣るため、借りた資金を有効活用できず。 →債務返済のために政府が貨幣発行を濫発。 →通貨価値が暴落。 危機が起きた国の特徴 ①貿易・経常収支赤字、②外貨準備(一般に米ドル)が減少、 ③財政赤字、④金融市場が未発達 ②投機筋が主導した危機 1990年代、東アジアは「輸出主導型工業化」によって経済 成長を達成。 自国通貨をドルにペッグして投資家の信頼を獲得し、高金利で 外資を呼び込むことで、輸出を伸ばす。 →中国の台頭により、外資の流入が滞り、輸出が伸び悩む。 →輸出不振で外貨準備が減り、ドルにペッグするのが困難に。 東アジアの通貨価値が下がると見た投機筋は、次々と通貨を 売りに出し、大きな差益を獲得。 →通貨が暴落。 →大量のグローバルマネーの移動を物語る。 アメリカの政策の影響 ①「k%ルール」 通貨量の増加率が目標のパーセンテージを上回ると、公開市 場操作によって通貨を吸収。 →通貨量が減少し、利子率が上昇。 →中南米国の債務(変動利子付き)の利子負担が増加。 ②クリントン政権のドル高政策 ドルにペッグしていた東アジアの通貨は、ドル高についていくた め、自国通貨の価値を高くせざるをえない。 輸出不振で外貨が不足しており、為替介入の余地が狭くなった ため、ドルにペッグするのが難しい。 →投資家の不信につながり、投機筋の標的に。 IMFの通貨危機への対応 中南米・アジア:構造調整政策を融資の条件に挙げる。 例:公共部門の再編、民営化の推進、緊縮財政。 これらの政策が景気後退を招き、かえって危機が深刻化。 →J. E. スティグリッツ(01年ノーベル経済学賞受賞)が批判。 ユーロ圏:緊縮政策を強要せずにギリシャに対し2500億 ユーロの融資を行う。 「本来の役目を果たした」とIMFを再評価する声も。 →全世界を射程に入れたIMFは、世界規模の経済危機・通 貨危機の解決に依然として不可欠。 IMFの問題点 ①債務危機国に緊縮政策を押しつける。 ②国際収支の不均衡にかんして赤字国の責任を追及する 一方、黒字国には責任が負わされない。 ③基軸通貨ドルがアメリカの国内通貨でもあるため、アメリ カの経済状況と政策が世界に波及し、世界経済が不安定 化する可能性がある。 第5章 ケインズ案について ケインズ案の中核:「国際清算同盟」 「世界の中央銀行」というべき「国際清算同盟」を設立。 各国は同盟内に当座貸越を創設。 貿易はこの当座貸越でおこなう。 当座貸越の限度額は、過去5年間の貿易額の半分。 限度額を超えた場合、黒字国も利子の支払いや、通 貨の切り上げを迫られる。 決済通貨「バンコール」 図2:ケインズ案 日本 アメリカ イギリス 国際清 算同盟 ドイツ フランス ・・・・・・・ ・・・・・・・ 出所:中北徹(2012)『通貨を考える』p.121 同盟内の決済通貨「バンコー ル」を創設。 バンコールは同盟内の帳簿上 にのみ存在し、国内取引は各 国通貨を用いる。 各国通貨はバンコールとの交 換比率を設定するが、相場は 各国の経済状況に応じて変更 可能。 各国は独自に財政・金融政策 を行える。 第6章 ケインズ案と国際経済 ケインズ案の思想的背景①:国内経済の安定を重視 『貨幣論』(1930) 国際金本位制では、利子率の水準は金の国際移動を通じて決 定。 各国が利子率を操作し、国内経済の安定を図ることは困難。 →海外投資の直接規制を提案。 →「超国家的権威による金の価値の統制」を提案。 =①国際通貨の発行と、②国際的多角決済制度を担う、 超国家的銀行の設立を構想。 ケインズ案の思想的背景②:黄金欲の否定 金は価値が安定しているからこそ、人々に退蔵される。 金が退蔵されれば、金本位制を採用している限り、国内の 通貨量が抑制され、経済に悪影響を及ぼす。 例:デフレーション、失業の増加。 →金を本位貨幣の座から解放し、管理通貨制度へ移 行すべき。 →管理通貨制度の下で、国内物価の安定や完全雇用 を目指す。 ケインズ案の思想的背景③:アメリカへの対抗意識 1920年代以降、貿易黒字国のアメリカが不胎化政策 を実施。 →金の保有量と国内通貨量のつながりを遮断。 →金がアメリカに偏在したまま、イギリスに流れない。 →イギリス経済は停滞し、雇用は増えない。 →黒字国(金保有国)に金をいかに貯めこませないか が課題となる。 金本位制と国際清算同盟の違い 金が退蔵を免れないのに対し、バンコールはそうではない。 バンコールは金と兌換できない。 バンコールは輸入にしか使い道がない。 貯めても、当座貸越の限度額をこえれば清算同盟に没収され る。 →バンコールが退蔵されにくい仕組みが清算同盟内 に導入されている。 →国内経済が悪影響を被る可能性は低くなる。 ケインズ案とユーロの比較 表1 ケインズ案とユーロの相違点 ケインズ案 ユーロ 金融政策の自立性 各国の裁量を認める。 各国の裁量を認めない。 決済通貨の範囲 対外決済のみ。 国内取引にも使用。 資本取引 規制。 単一市場の中で自由化。 黒字国の責任 赤字国と同様に負う。 責任なし。 ユーロ圏でも各国に金融政策の裁量を認める方が、危機 の解決につながる。 赤字国の責任だけではなく、黒字国の責任も追及すべき。 第7章 ハイエクの貨幣論:貨幣発行自由化に至るまで ハイエクの貨幣論 貨幣とは販売可能性が高く、人々から取引手段として信頼 を獲得した商品。 →この信頼は日常の取引のなかで形成される。 →貨幣は国家がお墨つきを与えるから信頼され、流通するので はない。 利子率は投資と貯蓄が均衡するところで決定。 この利子率を「自然利子率」と呼ぶ。 貨幣的景気循環論 ハイエクにとって貨幣の増発が景気循環の原因。 →貨幣量の増加が、市場利子率を自然利子率以下に引き下げ る。 →企業の投資行動が拡張されて、投資と貯蓄の均衡が崩れる。 →過剰投資から恐慌が発生し、不況と失業へ。 →貨幣の安易な増発は禁物。 →貨幣量を規律づけることが課題となる。 貨幣量を規律付けるには 金本位制ならば、平価を維持するために、貨幣の発券量 に規律が課される。 しかし、希少で採掘に時間のかかる金は、貨幣需要の変動に 柔軟に対応できない。 金ではなく、商品のバスケットを貨幣とリンクさせる「商品 準備制度」に注目。 しかし、バスケット内の商品量が増えれば、金と同様に貨幣需 要の変動に対応するのが難しくなる。 解決策:貨幣発行の自由化 政府による貨幣供給の独占を廃止し、民間銀行が独 自の単位をもつ貨幣を発行する。 価値が安定した貨幣を人々はほしがるため、発券業務を成功さ せるために、各銀行は貨幣価値の安定に努める。 →競争が規律となり、金や商品の貯蔵は不要になる。 →貨幣は国家が設計した制度ではないと考えるハイエ クならではの提案。 第8章 最適通貨圏をハイエクの視点でとらえる さまざまな地域通貨 ① ポイントカード ポイントを発行する企業グループ内でのみ使える。 無利子で有効期限内に再度商品を買わなければ、貯めたポイ ントが無効になる。 →顧客に再度入店するインセンティブが与えられる。 ② コミュニティクレジット/コミュニティボンド コミュニティ内の資金を企業または個人から集め、域内の事業 に投資する。 →地域貢献を通じて、域内の連帯が強まる。 例:スイスの「WIR(ヴィアー)」 結論 論点①:最適通貨圏について 17カ国からなる現在のユーロ圏は広すぎる。 労働力の移動に障害があるから。 内国民優遇の実態、「受入国監督制」、社会保障制度の未統一。 しかし、ユーロの解体は大きな混乱をもたらす。 →バンコールと同様に、ユーロは対外決済用の通貨と して残しつつ、各国通貨を復活させる。 (ケインズ案、ハイエクより) 論点②:リージョナル・インバランスについて 各国通貨が復活すれば、為替相場の変動と自国経済に合 わせた財政・金融政策が可能に。(ケインズより) →インバランスが改善。 ただし、国際資本取引が活発化し、為替相場が乱高下し ている現状では、為替相場の変動による国際収支の調整 は困難。 →各国の財政・金融政策が重要になる。 →とくに黒字国から、赤字国への財政移転が必要。 ユーロの安定にむけて 短期的には、ユーロの安定のために各国通貨を復活させ、 各国に財政・金融政策の裁量を与える。 長期的には、政治統合をすすめ、財政・金融政策の実行 を一元化する。 平時から黒字国もユーロの安定に責任を負うべき。 ユーロ圏が一丸となって、危機に対応しなければなら ない。 余談:現在の金融緩和傾向について 2012年9月6日、ECB理事会が、一定の条件を満たせ ば、南欧諸国の短期国債を無制限に引き受けることを 決定。 →貨幣の増発が不況をもたらすと説くハイエクに従え ば、危険な対応。 おわり。
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