竹西 寛子

第八課: 蘭
竹西 寛子
竹西 寛子: 日本の小説家、日本芸術院会員。第二
次世界大戦中の1942年、県立広島女子専門学校に入
学、戦争末期には学徒動員により軍需工場などでの
勤労奉仕に従事した。1945年8月6日の原爆投下の際
は、たまたま体調を崩して爆心地から2.5kmの自宅
に在宅していたために大きな被害を免(まぬか)れ
ることができたが、多くの級友が被爆死し、この体
験が後の文学活動の根本になっている。
学徒勤労動員(がくときんろうどういん)ま
たは学徒動員(がくとどういん)とは、第二
次世界大戦末期の1943年(昭和18年)以
降に深刻な労働力不足を補うために、中
等学校以上の生徒や学生が軍需産業や
食料増員に動員されたことである。
軍需工場:軍事上必要とされる物質を
作る工場のことである。
日本では「蘭」というと、「胡蝶蘭」
本小説では全体的に考えれば、「蘭」は登場人物
中国ではは?何のイメージ?
のイメージが強いである。また、胡
とどんな関係があるのか?何を表しているのか?
蝶蘭は蝶のイメージである。蘭は
優雅
上品
登場人物との関係:父親が大切にしていた祖父譲
「美人」「優雅な女性」「気品がある」
りの扇子の扇面に薄墨で蘭が描かれていた。
父親のわが子への慈愛
君子は蘭の如し
文人墨客
とう意味を象徴すると言われる。花
蘭の扇子の運命:ずっと大切にしていたのに、息
時代がかかっていて趣がある
当時の情勢(第二次戦争)のもとで、止む得ない場
子の歯痛を和らげるために、父親はちっとも惜し
言葉は「幸せが飛んでくる」である。
合に、否応なしに行動させられるということ
げもなく、宝物と見做す蘭の扇子を裂いて、楊枝
を作ってひさしに渡した。
この文章は太平洋戦争勃発(ぼっぱつ)によって
急迫する時代を背景に、父親の慈愛の下で育っ
た少年の心の移ろいを描いた小説である。
かつて日本は、天皇を神と崇(あが)める国家神道によって国
民を支配してきました。この考え方は国粋主義(こくすいしゅぎ)
として深く国民の間に浸透し、男達を戦場に駆り立て、結果
的には太平洋戦争において国民を塗炭(とたん)の苦しみに追
いやる事になりました。多くの若者達はいわゆる国家のため
祖国のためにと言って、若い命を戦場に散らせてしまいまし
た。(祖国に忠誠を尽くす)戦争は一般の百姓にとって、身体的
な傷害や心的な苦痛をもたらす以外、何もないと思う。
戦争、やめよう!
窮屈: 場所が狭かったり、物が小さかったり
して、自由に動けないような感じで、楽になら
ない。空間的な束縛感のような感じである。
そんなにくっついて座っては窮屈だ。
窮屈な暮らしをする。
そんな窮屈な考え方を捨てないと時代に遅れ
てしまうぞ。(融通がきかない:死板)
ゆうずう
ぎこちない:動作などが滑らかでなく、不自然である。
★動作がぎこちない。
★彼のぎこちない態度から私を裏切ったと分かった。
気兼ね: 他人に対して、気を使うこと。遠慮する。
他人の目をかまって気になること。
★家に来たら、気兼ねしないでください。
★今回の発表は、他人の意見を構わずに、自分の意見
を気兼ねに述べてください。
★姑に気兼ねしながら暮らす。
耳に立つ: 聞いて心が動いて気になる。
耳にする;耳に入れる;耳を傾ける
聞いたことがあとに残る、また聞いて気に
耳を貸す;耳が痛い;耳が早い
障る。
☆ 深夜にちょっとした音でも耳に立つのだ
☆ 彼女の口の利き方はちょっと耳に立つね
☆ テレビをつけると、ワアワアキャーキャー
の音が伝わってくる。本当に耳に立つ 。
顰めっ面(しかめっつら):
機嫌の悪そうな、顰めた顔。
来たくなかったら来なくていい、
顰めっ面などすることはない。
东施效颦:西施の顰(ひそみ)にならう。身の程を知らずにむや
みに他人をまねること。
見るからに: 「外見から容易に判断できるほど」、
「見ただけですぐに分かるほど」という意味。
部屋に入ってきたのは、見るからに品の良い中年の女性
訳:
一見したら(見るからに)、無駄そうだな~と思うことは社
だった。
会に出て、結構役に立つことが多いかもしれないので、学生さ
このコートは見るからに安物だ。
んのみなさんにやっぱりいろんな分野のことにしっかり取り組
あの人はいつも見るからに上等そうなものを着ている。
んでほしいです。
「一見したら、~そうに見える」
身を任せる : (自分の身を投げ出して)相手のなすが
ままになる。特に女性が相手に男性に体を許すという
意味を表す。
彼は上司の使いに身を任せた結果、犯罪に手を染め
てしまったのだ。
社員たちはこの会社に身を任せた以上、会社として
は社員の一生を考えてあげるのは当たり前だろう
彼女は能力というよりも、時代の流れに身を任せたと
ころに成功の秘訣が潜められているように思われる。
小説: 作者の想像力によって、創造し、ま
たは事実を脚色したので、主として、散文体
の文学である。
本文は、
随筆などと
の区別?
1)分量からいって、短編小説である。
2)内容からいって、現代小説
3)表現からいって、純文学 (芸術性)
(大衆小説:純文学に対し、芸術性より商業
性・娯楽性に重きを置いている作品の総称。
例えば、後の大衆小説の原型となる人情小
説・風俗小説など。)
小説:
散文で作成された虚
構の物語として定義される。
内容では、随想や批評、伝記、
史書と対立するものであり、
形式としては詩と対立するも
のである。
戦前から戦後のある時期までは、純文学は
芸術性を指向し、大衆文学は通俗性・娯楽性
を指向するものであるという区分が明確で、
「自分のために書く小説、読者のために書く
小説」といった言い方をされることもあった。
また掲載誌によっての区分が行われている。
1)全体の筋をつかむ:
段落を分け、各段落の内容を要約し、筋の展開の仕方を読
み取る。(発端→展開→高潮→結末)
2)内容を味わう:
登場人物の性格の組み合わせ、環境を考え、人物がどう
いう行為を行っているかをつかむ。
3)主題をつかむ:
作者が作品の中で表現しようとしているもの、読者に伝え
たい感動などをつかむ。
本文はいくつかの部分を分けられますか。
第一部分:
1~11段落
小説の発端: ひさし少年は父親について、かわいがっても
らっていた故人の葬儀に出る旅 → 列車中の暑さ;人々の
晴れない顔つき;ひさし少年の歯痛が高じる。
登場人物:
当時の環境を考える:
人物はどんな行為を行っているか。
第一部分から相関する表現を指摘してください。
見るからに暑苦しいカーキ色の服の襟元を詰めて、わざと風通
しを悪くした部屋でゆるい目隠しをされているような時間が、さ
すがの父親にも耐え難く思われた。
比喩・擬人
訳:穿着一看就觉得很闷热的,紧扣领口的土黄色衣服,在
刻意使通风不良的房间里过着好像被轻轻地蒙上眼睛般的时
间,就连父亲这样的人也感到难以忍受。
ここで、一体、何を表したいですか。
ヒント: ひどい環境;時間のたつのが
遅い;耐えにくい。
第一段落の大意:
第二次大戦中のある夏の日の夕方近く、人と荷物とがひ
どく混み合っていて、誰も晴れない顔つきで扇子や団扇を
使っていた蒸し暑い列車の中に、父親と向かい合って座っ
ていたひさしはそのとき、歯が痛み始めたが、父親に言い
出しかねて、我慢していたが、父親は扇子を握り締めたま
ま、着慣れない国民服に暑さをこらえていた。
軍需工場が続く沿線を走っている列車の窓には鎧戸が下
ろされていた。戦争の相手の国が増えて買い出しに出る人
も増えた。ひさしは自分の歯痛を乗客の不機嫌と関連的に
感じた。
疑問詞+動詞過去形+もの(だろう)か
その行為や行動を起こす最も適当なチャンス、場
所、または人選、やり方などに戸惑う気持ちを表す。
妻の誕生日に何を贈ったものか、う~ん、困ったなあ。
定年退職後はどうしたらいいものかといろいろ悩んでいる
その秘密をいつ打ち明けたものかと、彼は周りの様子を
伺っている。
どのように説得したものかと、彼は口の説き方に工夫をし
ている 。
「~たらいいか」という意味
第二部分:12段落~22段落
小説の展開: (場面の切り返し)父親はひさしをあるしもた屋に連
れ、ひさしの好物の水炊きを食べさせた。ひさしは父親と女将さん
との対話から大人の世界には、時代の動きという外的な世界とそ
れに対処して生きる大人の心の動きと共に、男女間の世界も含ま
れていて、男女間の一面を知ることで人生の奥行きというものを
感じていくのだ。
登場人物
父親 ひさし
各人物の行為
各人物の心理
食事 対話
質問
女将さん
★
ひさしにはなぜ「靴を履いた父親の歩き方は、和服
★
父親はなぜ息子を連れて旅をする機会も、これか
戦局がますます悪化し、子ども連れで旅をすることも
慣れない格好のほかに、故人や女将の世界から否
★葬儀だということで、周囲に気兼ねをぜずにひさしを
葬儀という名目があって、むしろよかったと父は思っ
に下駄の普段の歩き方よりも、ずっとぎこちなく見えた」
らはなくなるだろうと見ていたのか。そして、ひさしにも、
できなくなるだろうと思ったから。そして、戦況がこれか
たのはなぜですか。
応なしに決別することを父親が誠実に自己の心で受け
旅行に連れて行けると思ったから。
のですか。
母親にも何を言わなかったのか。
らより厳しくなるという見通しをひさしにも、母親にも言
止めているから。
わなかった。
それぞれの登場人物はどんな行為を行っ
ているのか。その人の性格を分析する。
お父さん
VS
ひさし
工場の規模が縮小を迫られる日が近づいてくると見通したに
もかかわらず、葬儀という名目のもとで、息子をつれて旅をす
る;無理を承知しても息子の好物を頼んだが、自分はちょっと
箸をつけただけで、専ら酒をふくみ、ひさしの食欲を満足そうに
眺めていた。
しっかりしてる性格
息子への慈愛
それぞれの登場人物はどんな行為を行っ
ているのか。その人の性格を分析する。
ひさし
VS
女将
女将の行為:ひとしきり思い出話に涙を拭き続けた; 贅沢な
食卓を整えてくれた。大事な人の葬儀に出られないで、同じ土
地にひっそり働いている。
ひさしの心理:女将の物言いや仕草から、優しい人だと思った。
「ひさしは漠然とながら人生の奥行きのような物を感じてきた」
とあるが、その「漠然」と「奥行き」はどう理解すればいいか。
父親
VS
女将
女将: あまり遠くない時期にぜひもう一度お訪ねください。
父親: あなたもどうぞ気を強く持ってください。
大人の世界はどれも明るくはない。大人
の世界に押し迫ってくる時代の動きを感じ
た。故意に隠されていたり強制されていた
り明らかにできない事情がある。しかしそ
うしたものが大人の世界には多くあり、そ
の世界に生きる辛さを大人は耐えているこ
とをひさし少年は知った。息子に寄せる父
親の深い愛情の中でひさしは大人の世界に
触れ、人生を生きることを学ぶのである。
「奥行き」?
訳の練習:
ここの女将と亡くなった人とが普通の親しさではなかった
ところから、父親はそれまでにも幾度かこの店に案内され
ていたが、水炊きのよかった記憶がひさしにつながって、
無理を承知で頼んでみた。 (父親にとって;と言う;父親は)
こんなときですから、材料も大っぴらには手に入りません
し、板前も兵隊さんに取られてしまって、~。
あのおじさんは、自分は先にさようならしたからいいよう
なものの、この女の人はこれからどうやっていきていくのだ
ろう。
「~からいいようなものの」
「…からそれほど大きな問題にならなくてすんだが」という意
味を表す。結果として最悪の事態は避けられたがいずれにせ
よあまり好ましいことではないという気持ちが含まれる。
大きな事故にならなかったからいいようなものの、これか
らはもっと慎重に運転しなさい。
このTシャツは白いからいいようなものの、黒だったら、
見っともないなあ~!
あいつ、親を頼りにしすぎるね。今、親がいるからいいよう
なものの、将来親がいなくなったら、どうしょう!
あの小父さんは、自分は先にさようならとしたか
らいいようなものの、この女の人はこれからどう
やって生きていくのだろう。
隠喩:メタファー。比喩であることが明示されていない比
喩である。直喩より洗練された比喩だとされる。
認知言語学 (にんちげんごがく) は、ゲシュタルト
メタファー・メトニミー・イメージスキーマを用いて
的な知覚、視点の投影・移動、カテゴリー化などの
言語の実態を究明していく理論をとくに認知意味論と
人間が持つ一般的な認知能力の反映として言語を捉
えることにより、人間と言語の本質を探究する言語
呼びます。
学の一分野。(ゲシュタルト:动态、形象)
町中の掘割を、静かな音を立てて水の流れて
いる街だった。あの世へ旅立ったばかりの人が、
今にも後ろから追って来そうなその掘割のそば
そうな
を、父親はもう二度と通ることもないだろうと思い
ながら、一歩一歩を踏みしめるように、黙って駅
に向かっていた。
翻译:全城的沟渠里都流淌着发出轻轻的流水
声的水。父亲走在沟渠旁,刚刚去了那个世界
的人好像眼看从后面追上来似的。父亲一般想
着恐怕不会再次从这里走过吧,一边踏着重重
的脚步一步一步默默地向火车站走去。
第二部分大意
父親の工場でも戦争の影響が出ており、ひさしを連れて旅を
する機会も今後はなくなると考えた父親は、葬儀に出席するこ
とを名目にひさしを連れて出て、帰りに故人になじみの店でひさ
しの好物の水炊きを食べさせ。
ひさしは女将の悲しみ方から、故人と女将との知らなかった一
面を知り、人生の奥行きを漠然と感じると同時に、自分にできる
唯一のことは心からお礼を言うことだと思った。
葬儀が行われた町は、町中の掘り割りを静かな音をたてて水
が流れていた。父親が掘り割りのそばを黙って踏みしめるよう
に歩く姿をひさしは後ろから見ていた。
第三部分:23段落~44段落
ひさしの心の動き
小説の高潮と結末: 小説の名前「蘭」が登場し、小説の主
題が示される。
何とか我慢しよう、とひさしは思った。父親に訴えたと
ころで、父親も困るだろう。楊枝もなければ痛み止めの薬
があるわけでもない。ところが、改めてあたりを見廻して
みて、目覚めているのがどうやら自分一人と分かると、痛
みは耐え難くつのってきた。窓の外の景色に気を紛らせる
というわけにもいかないし、嗽に立つこともできない。
父親とひさしの対話から、人物の当時の気持ちを読み取る。
歯か?
何か挟まっているみた
いだけど、大丈夫、取
れそうだから。
まだ痛むか?
少しだけ
少し大きいが、これ
楊枝のかわりにして
蘭が……
我
慢
・
忍
耐
ひさしの心理: 父親が惜し気もなく扇子を裂いてく
れただけに、責められ方も強かった。うれしさもあり
がたさも通り越して、なんとなく情けなくなっていた。
小説の名前「蘭」がこの部分で登場した。作者は「蘭」
に託して、いったい何を表したいのか?あるいは、「蘭」
は本文にどんな役割を果たしているのか。
1、所謂「君子は蘭の如し」。どんな局面においても、どんな時
勢に直面しても、いつも冷静で落ち着いて、しっかりしている父
親の性格を蘭に喩える。
2、蘭の扇子をどんなに大切にしていても、止む得
なく裂くことから、社会の変化によって望まない変
化を父親が強いられていることが分かる。(戦争の
ため、やむをえない場所で否応なしの勤めをさせら
れていること、故人に死なれたこと;友人の女将と
別れたこと)。そして、自分の意志通りに暮らしに
くいという時勢のもとで、人々はどんなに気の毒だ
ろうということも分かる。
列車の振動に身をまかせて~
望まない時勢であっても、どうにも変えようも
ないから、ただそれに身を任せるしかない。
ここから戦争中の人間の弱さが見られる。
第三部分の大意:
乗客たちはみな目を閉じて列車の振動に身を任せているが、ひさ
しは歯痛を我慢していた。しかし、目を閉じているのが自分一人だ
けだと分かると、耐え難くなってきた。ひさしが歯痛を告げると父
親は思案顔をしていたが、ひさしがじっと歯痛を我慢しているのを
見ると、扇面に薄墨で蘭が描かれていた、大切にしていた祖父譲り
の扇子を裂いて楊枝を作ってひさしに渡した。
ひさしはその楊枝のおかげで痛みが和らいだが、後悔し、情けな
くなっていた。しかし、否応なしの仕事をさせられている近頃の父
親を気の毒にも健気にも思っているひさしは、大切なものを父親に
裂かせたのは自分だけではないとも思う。大人の世界に隠されてい
たり強制されていたり明らかにできない事情があることが分かった。