実用超電導線の機械特性および臨界電流の応力・歪依存性 - J

日本金属学会誌 第 80 巻 第 7 号(2016)487496
特集「超伝導材料の高性能化 ―組織制御技術の進展―」
レビュー
実用超電導線の機械特性および臨界電流の応力・歪依存性
長村光造
公益財団法人応用科学研究所
J. Japan Inst. Met. Mater. Vol. 80, No. 7 (2016), pp. 487
496
Special Issue on High Performance Superconducting Materials ―Progress of Microstructure Control―
 2016 The Japan Institute of Metals and Materials
Review
Mechanical Properties and Stress/Strain Dependence of Critical Current of
Practical Superconducting Wires
Kozo Osamura
Research Institute for Applied Sciences, Kyoto 6068202
Practical superconducting (SC) wires are typical composite material consisting of SC layer/filaments together with functional components. In the present article, the commonality among composite microstructures for five kinds of the practical SC wires
available in the market was emphasized. Their mechanical characteristics and the stress/strain dependence of critical current
have been compared in conjunction of the local strain exerted on the SC component. Finally activity of the international standardization relating to the superconductivity was introduced. [doi:10.2320/jinstmet.JC201616]
(Received April 13, 2016; Accepted April 26, 2016; Published June 25, 2016)
Keywords: superconducting wire, critical current, mechanical property, reversible strain, international standardization
1.
は じ
め に
実用超電導線の組織的特徴
2.
1955 年に Illinois 大学の Yntema が強加工された Nb 線を
実用超電導線は必要な工学的要件を満たすため超電導相と
用いた電磁石で 0.7T の磁界を発生することに成功したのが
金属母相,安定化相や強化相などの複数の機能相の複合組織
応用超電導の始まりと言われている1)が,超電導材料の開発
となっている.これらの機能相を組み込むことにより製造過
と相俟ってこの 60 有余年に超電導の応用が著しく進展し
程や動作中に電気的,機械的な健全性が保証される.冒頭で
た.超電導線の最大の応用として本来的に電気用銅線,アル
述べたように現状では 5 種類の超電導線が実用化されてい
ミニウム線を互換して電線として用いることが前提とされて
る.これら複合線の例を Fig. 1 と Fig. 2 に示す.両者の外
いる.従って実用上の観点からは機器を構築するために必要
形的形態は異なるが,その機能は Table 1 にまとめられてい
な十分な長さの線材が供給できることが当然要求される.一
るように本質的な共通性がある.次に各相が果たす役割,要
方金属導線との大きな相違は実用超電導線は超電導相と複数
件についてまとめてみる2).
の機能相から構成される複合体であることである.
( a)
超電導相
マーケットで購入可能な実用超電導線として用いられる超
まず超電導線の使用条件としては臨界温度より十分低い温
電 導 体 は 現 在 5 種 類 が あ る2) . IEC 規 格 で は 臨 界 温 度 が
度で,非可逆磁場より低い磁場中ということになる.同じ直
25 K 以下の時低温超電導体としている3) .実用的に用いら
径の銅線に較べてはるかに高い電流を流すことができるが,
れるのは NbTi 合金,Nb3Sn で代表される A15 型金属間化
その反面大電流に伴う電磁気的エネルギー,誘発する磁場の
合 物 の 2 系 統 で あ る . 高 温 超 伝 導 体 と し て は BSCCO
ため不安定な状態になりやすい.そのため一般には安定化の
( ( Bi, Pb )2 Sr2Can-1CunO2n+4 ) ;
REBCO
ため超電導体をフィラメント状に分割してマトリックスに配
(RE1Ba2Cu3O7: RE=Y, Nd, Sm, Gd, Ho)の酸化物,MgB2
置する.さらに交流電流,交番磁場中では電力ロスが大きく
金属間化合物の 3 系統である.
なるため,その低減のためフィラメントをツイストする方策
n = 2 or 3 ) ,
本解説ではまず実用超電導線が複合体である理由,5 種類
の実用超電導線の組織的な特徴と共通性について解説すると
がとられる5).
( b)
母相
ともに,これら線材のうち 3 種類の実用超電導線の機械特
超電導相は数十ミクロンのフィラメントあるいは数ミクロ
性と臨界電流の応力・歪依存性について述べ,これら試験方
ンの薄膜でありそれが母相と直接接触している.従って母相
法の国際標準について紹介したい.
の役割は超電導相をその形状を保ち,機械的に支えるととも
に,良導電性で,熱の排除を容易にすることが求められる.
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Fig. 1 Cross section of practical Nb3Sn wires, (a) EAS, Hitachi, and Kobe are the Bronzerouted wires and Mitsubishi is produced
by the internal Sn method, (b) five internal components are indicated.4)
Fig. 2
Table 1
Constituent
Cross section of the practical SC wires, (a) BSCCO2223 and (b) BSCCO2212.
Commonality among composite microstructures for five kinds of the paractical superconducting wires.
Nb
Ti
Ti alloy
Nb
A15
MgB2
BSCCO
Nb3Al
MgB2,
doped MgB2
Bi
2212
(Bi2Sr2Ca1Cu2O8)
Superconductor
Bi
2223
(Bi2Sr2Ca2Cu3O10)
Nb3Sn
Cu, Cu alloy
Matrix
Cu, Cu alloy
Fe, SS
Nb
Ni, Ni alloy
Ag, Ag alloy
Nb, Ti
Barrier
―
Stabillizer
Cu, Cu alloy, Al
Nb, Ti
―
RE
123
(RE1Ba2Cu3O7: RE=Y, Nd, Sm, Gd, Ho)
Substrate
Hastelloy, NiW, alloy or SS
Buffer layer
Al2O3, CeO2, Gd2Zr2O7,
MgO, Y2O3, or YSZ
Cap layer
CeO2 or LaMnO3
Protection Layer
Ag
Cu
Cu, Cu alloy
―
Cu, Cu alloy
Cu alloy
―
Cu alloy, SS, Ni alloy
Ni alloy, SS
Resing
Resing
Resing
Resing
Resing
Tape
Tape
Tape
Tape
Tape
Braided fiber
Braided fiber
Reinforcing Member
Insulation
Nb, Ta
REBCO
7
第
号
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実用超電導線の機械特性および臨界電流の応力・歪依存性
また化学的に超電導相の劣化を防ぐ等々の役割を担っている.
く改善されている.ここで“ 3ply ”は bare テープを補強金
(c)
属テープで挟んだ 3 枚合わせであることを表示している.
バリヤー相
高温 で熱処 理す るよう な場 合には ,例え ばブ ロン ズ法
ラミネートした線材では, Ry で示されるように巨視的な降
Nb3Sn 線材の場合には母相中の Sn が後述する安定化相に拡
伏現象が認められる.これは BSCCO フィラメントが脆性破
散 し な い よ う に Nb あ る い は Ta の 薄 い 層 を 設 け る .
断するためである7).
REBCO 線材の場合には Protection layer と呼ばれるが,超
ここで BSCCO 線材の応力―歪曲線を計算で再現した結果
電導相を保護するために設けられている.
について述べよう8) . BSCCO 線材は 5 成分から構成される
(d)
複合体であるので,各成分からの寄与を複合則により加え合
安定化相
安定化相は発生したジュール熱を吸収し,超電導状態が破
わせて,全体の応力―歪関係を計算する.銅合金およびステ
れた部分があれば,そこを迂回して超電導電流を流す役目を
ンレスをラミネートした BSCCO 線材の各成分の体積分率を
もつ.特に 4.2 K のような低温では比熱が小さくなるので,
Table 2 に示す.ただしここではんだの体積分率は小さいも
このような安定化相の存在は重要となる.安定化相として熱
のとして無視している.さて Bi2223 酸化物は弾性体である
伝導度,電気伝導度の良好な Ag, Cu, Al が用いられる.安
ので応力―歪関係は線形で示される.
定化相の存在は低温超電導線に不可欠であり,設計上 Cu
non Cu
体積比のようなパラメータが考慮される6) . Nb Ti
線材の場合にはフラックスジャンプ安定性と結合損失を減ら
RBi2223=1500・Aa
強化相
線材の機械的強度を増加させるために一般的には低温超電
どしないとして
RAg=11.2
(2)
式によって与えられるとした8).
Ri
表面に配置される.
絶縁相
[MPa]
とした.Ag 合金と金属シートは次の弾―塑性応力―歪関係
導線では高強度金属相が線材内部に,高温超電導線では線材
( f)
(1)
純銀は耐力が低く,完全に降伏しており,加工硬化もほとん
すために純銅以外に CuNi, Al が複合化される.
( e)
[MPa]
Eibi(Aa)1+1/ni
EiAa+bi(Aa)1/ni
(3)
ここで Ei は i 相の弾性定数, bi と ni はフィッテイング定数
実用超電導線の表面は線同士の接触による短絡を防ぐた
である.CuSn 合金について室温および 77 K での実測値に
め,またアースからの電位保持のため絶縁樹脂,絶縁テープ
式( 3 )を適用したところ,Fig. 4 に示すようによい一致を示
等により覆われる.
して いる.ここで曲線 近似で得られ た式( 3 )中の係数 が
Table 3 に示されている.同様にステンレスについての結果
機械特性および臨界電流の応力・歪依存性
3.
3.1
BSCCO 線材
本 節 で は BSCCO 2223 テ ー プ 線 材 を 扱 う . 代 表 的 な
BSCCO 線材の応力―歪曲線が Fig. 3 に示されている.ラミ
ネートしない,いわゆる“ bare ”線材では 100 MPa 以下の
Table 2 Volume fraction of individual component in the
BSCCO wires laminated by the copper alloy (CA) and the stainless steel (SS).
Vf
Sample
Bi2223
Ag
Ag Alloy
Metal Sheet
低い応力で破断するが,銅合金(CA),ステンレス(SS),ニ
BSCCO/CA
0.266
0.166
0.233
0.333
ッケル合金(NX)でラミネートした線材では機械特性が著し
BSCCO/SS
0.333
0.208
0.291
0.166
Fig. 3 Stress (R)strain (Aa) curves of practical BSCCO
2223 wires at room temperature.
Fig. 4 Observed and calculated stress (R)strain (Aa) curves
of CuSn alloy at RT and 77 K.
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第
80
を Fig. 5 に示すが,式( 3 )によって実測値をよく再現でき
ているのがわかる.
このように構成成分の応力―歪関係を関数化できたので,
次の複合則を用いて線材の応力―歪曲線を計算した.
Rc=VfBi2223RBi2223+VfAgRAg+VfAgalloyRAgalloy+VfsheetRsheet
(4)
銅合金ラミネートテープ材につての結果を Fig. 6 に示す
が,降伏点までの応力―歪関係をよく再現できていることが
わかる.降伏点以上では Bi2223 フィラメントの脆性破断が
起こるため計算結果は大きくずれる7).Fig. 7 に同様にステ
ンレスをラミネートしたテープ線材の結果を示す.
特性改良という観点から Bi2223 フィラメントの破断に原
因する降伏点を高くすることが求められる.そこでステンレ
スをラミネートするとき引張の予荷重を加えることで結果的
に Bi2223 フィラメントに圧縮歪を余分に加えることが行わ
れている9) . Fig. 8 に予荷重を 44 N から 161 N まで変化さ
Fig. 6 Observed and calculated stress (R)strain (Aa) curves
of the practical CA alloy sheet laminated BSCCO wire at RT.
せたときの降伏点の変化が示されている.予荷重の印加によ
り降伏強度が増加する.この予荷重の効果は臨界電流の引張
歪依存性にも反映される.Fig. 9 に規格化された臨界電流の
歪依存性が示されている.歪の小さい領域ではほぼ直線的に
臨界電流は減少する.この歪依存性には可逆依存性がある
が,ある引張歪以上になると Bi2223 フィラメントの破断に
より臨界電流は急激に減少する.この急激な減少は規格化さ
れた臨界電流が経験的に 95付近で起こることから,これ
まで可逆歪限界の指標 A95 (Aret)が 95臨界電流保持(95
Table 3 Parameters necessary for the calculation by using
Eq. (3).
Temp.
E (GPa)
b
n
RT
120
716
-0.75
77 K
130
717
-0.55
BSCCO/CA
RT
161
4118
-0.96
77 K
179
5953
-1.09
BSCCO/SS
Fig. 5 Observed and calculated stress (R)strain (Aa) curves
of stainless steel at RT and 77 K.
Fig. 7 Observed and calculated stress (R)strain (Aa) curves
of the practical SS sheet laminated BSCCO wire at RT.
Fig. 8 Stress (R)strain (Aa) curves of the SS laminated
BSCCO wires prestressed by different loads.
巻
第
7
号
491
実用超電導線の機械特性および臨界電流の応力・歪依存性
Ic Retention)に必要な歪として用いられてきた.Fig. 9 から
影響を受けていると考えられる.さらに Ay で巨視的には
予歪を加えることにより A95 は改良されることがわかる.
Bi2223 フィラメントの破断が起こることを述べたが,臨界
さて Fig. 10 に Ni 合金(NX)をラミネートした BSCCO 線
電流に関しては 99  Ic Recovery に相当する歪はそれより
材の規格化された臨界電流の歪依存性および応力―歪曲線も
小さいところにあり,フィラメントの局所破断は Ay よりも
加えた全体の関係が示されている.ここで Icr / Ic0 は一旦あ
低いところから起こることが明確になってきている.
る歪を印加して臨界電流 Ic/Ic0 を測定したあと荷重をゼロに
上述したようにステンレスをラミネートする際に予荷重を
して測定した回復臨界電流である.本来回復臨界電流 Icr/Ic0
印加することにより特性が改良されることが明らかにされて
は 1 になるはずであるが, Bi2223 フィラメントの破断の進
いるが, Bi2223 フィラメントに生起する局所歪はどのよう
行により減少し始める.そこで実用的な観点から Icr / Ic0 =
に変化するのであろうか.放射光を用いて室温で測定した
0.99 になった,つまり 99 回復臨界電流( 99  Ic Recov-
Bi2223 フィラメントに生起する歪の変化が Fig. 11 に示さ
ery)を与える応力(歪)Rrec (Arec)を可逆限界点と見做すこと
れている7).まず熱歪に相当する ABSCCO,T は圧縮性であり予
が提案されている10) . Fig. 9 で説明した 95  Ic Retention
荷重が大きいほど,その値は大きい.引張歪の増加とともに
と 99  Ic Recovery の 比 較 が Table 4 に 示 さ れ て い る .
Bi2223 フィラメント中の歪は直線的に増加し“ force free
95  Ic Retention は 99  Ic Recovery の外側にあり, 95 
strain”と呼ばれている Aff で示される印加歪で局所歪はゼ
Ic Retention の時点ではすでに Bi2223 フィラメント破断の
ロになった後,それを越えると引張性に変化する.そして
Ar を越えるとフィラメントの破断が起こるため Bi2223 フィ
ラメント中の歪は増加しなくなる.
さらに圧縮歪から引張歪全体にわたる一軸性歪に対する臨
界電流および Bi2223 フィラメントに生起する局所歪の変化
が模式的に Fig. 12 に示されている11).圧縮歪側にかけて臨
界電流は一旦増加し極大を示したあと減少する.この減少は
Bi2223 フィラメントの圧縮破断に関係する.これに対応し
て 局 所 歪 は Aacr で 示 し た と こ ろ か ら 偏 移 す る . つ ま り
Table 4 Comparison of stress and strain for both 99 Ic recovery and 95 Ic retention for the practical BSCCO wires.
99 Ic Recovery
Fig. 9 Tensile strain dependence of the normalized critical
current for the SS laminated BSCCO wires prestressed by
different loads.
Fig. 10 Normalized critical currents Ic/Ic0, Icr/Ic0 and the
stress as a function of tensile strain for the Ni alloy sheet laminated BSCCO wire.
95 Ic Retention
Rrec (MPa)
Arec ()
Rret (MPa)
Aret ()
NX
418
0.500
420
0.505
SS50
83
338
0.358
399
0.430
122
SS50
379
0.421
424
0.467
161
SS50
383
0.424
454
0.506
Fig. 11 Local strain exerted on Bi2223 filaments for the wires
prestressed by different loads.
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BSCCO 線材では Bi2223 フィラメントが健全な状態を保つ
金を用いているため,相対的に耐力が低い.REBCO テープ
のは一軸歪領域 DAc + DAt の範囲であるということができ
線材の構成相の特徴は体積分率において基板および安定化相
る.なおこの可逆領域で一軸歪が圧縮側になるほど臨界電流
がほぼ大半を占めていることである.とくに Hastelloy が基
が増加する現象についてはまだ合理的な説明がなされていな
板の場合にはその弾性定数が大きいことが Fig. 13 に示すよ
い.
うに 600 MPa 以上の高い降伏応力を示す要因となっている.
3.2
次に規格化された臨界電流の引張歪依存性を Fig. 14 に示
REBCO 線材
す.A 社の超電導相の配向は[110]方向がテープ軸,つまり
Fig. 13 に代表的な A, B, C, D 4 社の REBCO 線材の 77 K
における応力―歪曲線が示されている12).A,
一軸引張方向と平行になっている.この場合には臨界電流は
B, C の各社は
歪の小さいところではほぼ一定で,ある歪を越えると急激に
Hastelloy を 基 板 と し て お り , 図 中 の 降 伏 点 ( Ay, Ry ) は
減少する.一方 B, C, D 社の線材では,超電導相の[ 100 ] ,
Hastelloy の降伏によるものである.応力―歪曲線の形態は
[010]方向がテープ軸に平行となっている.この場合には臨
Fig. 3 に示した BSCCO の場合と類似点もあるが降伏現象の
界電流の歪依存性が大きく,引張歪に対して単純に減少する
原因は全く異なる13) . D 社テープ線材では基板に Ni W 合
傾向を示す14).
C 社の線材について Fig. 15 に Ic0 で規格化した Ic および
Icr の引張歪依存性を示す.Ic/Ic0 は引張歪とともに減少し,
一方 Icr / Ic0 は僅かに減少する傾向を示す.この場合低い引
Fig. 12 Schematic diagram for the normalized critical current
and the local strain AlBSCCO exerted on the Bi2223 filaments as a
function of uniaxial strain.
Fig. 13 Stress (R)strain (Aa) curves for several practical
REBCO wires at 77 K.
Fig. 14 Tensile strain dependence of the normalized critical
current for several practical REBCO wires.
Fig. 15 Tensile strain dependence of the normalized critical
currents Ic/Ic0, Icr/Ic0 for the REBCO tape C wire.
7
第
号
実用超電導線の機械特性および臨界電流の応力・歪依存性
493
張歪範囲ではほぼ一定であるが,超電導層の破断により,あ
向ではポアッソンの関係により圧縮歪が増加し,局所歪(応
る歪より急激に減少する. BSCCO 線材について Fig. 10 で
力 ) は ゼ ロ に な る こ と は な い . こ の 議 論 は 次 の 3.3 節 の
説明したのと同様に,回復臨界電流が 99になったときの
Nb3Sn 線材のところと関連する.
歪(応力)を可逆限界歪(応力)として Arec (Rrec)で示されてい
スプリングボードを用いて測定した規格化された臨界電流
る.なお Fig. 13 の応力―歪曲線中の降伏歪 Ay に較べると
の 圧 縮 か ら 引 張 に か け て の 一 軸 歪 依 存 性 を Fig. 17 に 示
可逆限界歪 Arec は低いことがわかる.
す16) .スプリングボードは機械工学分野では撥ね板と呼ば
JPARC「匠」においてパルス中性子線を用いて測定した
れ,撓ませることにより表面上に圧縮または引張の変位を発
REBCO 超電導相に生起する局所歪の引張歪依存性を Fig.
生させることができる.Fig. 14 と比較すると B 社,D 社の
に示す15).ここではテープ軸方向とそれに直角の方向の
試料では引張歪領域,C 社の試料では圧縮歪領域に極大が観
局所歪が示されている.Aa=0,すなわち熱歪に相当する値
測されている.B 社,D 社の試料で引張領域で極大が見られ
は圧縮性で超電導層面内では等方的である.引張歪を加える
るようになったのはテープ試料をスプリングボードにはんだ
とテープ軸方向では圧縮性から局所歪は Aff でゼロになった
付けしたために REBCO 超電導層に生起する局所歪の状態
16
あと,引張性へ直線的に変化する.なお a 軸と b 軸では引
が変化したことによる.REBCO 線材ではこの極大は多くの
張歪に対する勾配は僅かであるが異なっている15) .これは
研究者により報告されている17) .その成因はまだ十分には
酸素の規則的配列が b 軸方向に起こるため,a 軸方向に較べ
解明されていないが,超電導層中の双晶に関連があることが
て弾性定数が大きくなることに起因する.テープ軸に直角方
指摘されている.
3.3
A15 線
Fig. 18 に Nb3Al および Nb3Sn 線材の応力―歪曲線を示
す18) . 上述 の Fig. 3 に 示 す BSCCO 線 材 , Fig. 13 に 示 す
REBCO 線材の応力―歪曲線と比較すると,例えば 0.3の
引張歪で較べると応力レベルはかなり低い.これは安定化相
として純銅が使用され, A15 化合物生成のため高温で熱処
理されるため金属成分が焼きなまされた状態になるためであ
る.しかし丸線であるため BSCCO 線材のように強化相をラ
ミネートするのが簡単でない.
Nb3Sn 線材は Table 1 および Fig. 1 に示したように 5 成
分系であり,線材の機械特性は式( 4 )と同様な混合則で表
すことができる.ここで注目する引張歪が 0.6程度の範囲
で は Nb, Cu, Cu Sn は 弾― 塑性 的な 振 舞い をす る. 一 方
Nb3Sn は弾性的である.これらの材料について弾性定数お
よび係数 b, n は文献18) に与えられているので,式( 3 )を具
Fig. 16 Tensile strain dependence of the local strain exerted
on REBCO layer at RT.
体的に計算できる. Fig. 18 に実験結果との比較を示すが,
Fig. 17 Uniaxial strain dependence of the normalized critical
current for several REBCO tapes soldered on the springboard.
Fig. 18 Observed and calculated stress (R)strain (Aa)
curves for the Nb3Al and Nb3Sn wires.
494
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巻
ほぼ実験結果を説明することができる.本来式( 3 )の弾―
導フィラメントに生起する局所歪を測定した結果を Fig. 20
塑性式の妥当性を理論的に検証することが必要であるが,一
に示す.線材の引張軸方向の局所歪は外部からの引張歪ゼロ
方このように実験式であるが関数化しておくことは超電導相
の状態で約- 0.2の圧縮歪が生起している.一方横方向で
に生起する熱歪の温度依存性を調べるために便利である19).
は+ 0.05 程度の引張歪となっている. Fig. 16 に示した
よく知られているように Nb3Sn 線材では可逆歪領域にお
REBCO 線材については熱歪は等方的である.なぜ Nb3Sn
いて一軸歪依存性に極大が見られる. Fig. 19 は ITER 用
線材では熱歪にこのような差異生ずるのであろうか.本解説
Nb3Sn 線材における臨界電流の引張歪依存性である.試験
でも繰り返し述べているように,実用超電導線材は複合材料
条件は線材をチャックに取付け引張負荷を印加して臨界電流
であるため超電導相に生起する局所歪は構成材料の熱膨張係
を測定する方法である.このとき臨界電流の極大がほぼ
数,弾性定数等に依存する. Nb3Sn 線材は断面が円形の線
0.16の歪のところで出現している.極大の原因については
材である.軸方向の式( 4 )で示される束縛条件とそれと直
多くの実験的,理論的検討がなされてきている2024) .これ
角方向の束縛条件は根本的に相違している18) .このことが
らの理論的な共通点として偏差歪がゼロに近いところで臨界
結果的に軸方向では圧縮性の熱歪,直角方向では引張性の熱
電流の極大が出現するとする見方である.
歪が生起することになる.
線材に引張歪を印加すると軸方向では圧縮から引張へ局所
J PARC 「匠」において低温で ITER Nb3Sn 線材の超電
歪は変化する.一方軸に直角方向ではポアッソンの関係によ
り圧縮性歪が大きくなる.軸方向の局所歪にいては“ force
free strain”, Aff=0.22でゼロとなる.一方直角方向におい
ても Aff の付近で局所歪はゼロとなる.
さて Fig. 19 で示した臨界電流の極大が出現する引張歪は
ほぼ 0.16付近にあり,Fig. 20 での Nb3Sn フィラメントに
生起する局所歪がゼロになる引張歪 0.12 0.22 に一致す
る.このように超電導相に生起する局所歪を正確に測定する
ことにより Nb3Sn の臨界電流の極大に関する理論的妥当性
の検証がなされたものと考えられる.
4.
試験方法の国際標準化
超電導技術の国際標準化については IEC TC90 という機
関で審議が行われている25) .超電導線材の臨界電流測定,
交流損失測定の方法や引張試験方法が国際標準として決めら
れてきている26).室温の引張試験方法については NbTi 27),
Fig. 19 Tensile strain dependence of critical current for the
ITER Nb3Sn wire.19)
A15 29), BSCCO 28)および REBCO 30)実用線材で国際標準が
制定あるいは審議中である.これらの国際標準は必要性に応
じて国内規格 JIS に翻案される.国際標準で議論されている
引 張 試 験 方 法 に つ い て 説 明 し よ う . こ こ で は Fig. 21 に
Nb3Al 線材の場合について示すが,ゼロ荷重から荷重を増加
し,歪が 0.1 から 0.2の範囲に入った段階で一度除荷し,
荷重を半分程度まで除荷した後,再び荷重を増加させて全体
の応力―歪曲線を完成させる.この曲線をもとに初期勾配か
ら弾性定数 E0 を決める.さらに除荷曲線の勾配から弾性定
数 EU を決める.これらの勾配をもつ直線を 0.2 ずらし,
実測の応力―歪曲線と交わった点から 0.2 耐力 R0.20 およ
び R0.2U を求める.このように国際標準に準拠して求めた機
械特性を Table 5 に示す.試験条件を規定した同じ試験方法
に沿って求めた機械定数であるので材料間の比較が容易とな
る.なお IEC TC90 委員会にはいくつかのワーキンググ
ループがあり,本解説の対象となる超電導線材の機械的性
質,臨界電流の応力/歪依存性の試験方法については TC90
WG5 が対応している.現在は液体窒素温度における引張試
験法,引張応力下における臨界電流の測定方法について検討
Fig. 20 Tensile strain dependence of the local strain exerted
on SC filaments for ITER Nb3Sn wire at 8.5 K.19)
が行われている.
7
第
号
実用超電導線の機械特性および臨界電流の応力・歪依存性
495
Fig. 21 Stress (R)strain (Aa) curve measured by means of
the international standard for Nb3Al wire.
Fig. 22 Stress (R)strain (Aa) curves for three kinds of the
practical SC wires.
Table 5 Mechanical property measured by means of the international standards for three kinds of practical SC wires, where
the samples of A15 and REBCO wires are introduced in the
present article and the samples of BSCCO2223 were reported
elsewhere.31)
Samples
Nb3Al
A15
BSCCO
222331)
E0(GPa)
EU(GPa)
R0.20(MPa)
128
135
209
Referred IS
19
IEC 61788
ることは有益であると考える次第である.
Fig. 22 に示すように複合超電導線の応力―歪曲線は弾―
塑性的な振舞を示す. Nb3Sn 線材では歪の非常に小さなと
ころで降伏し,あと加工硬化しながら応力が増加する.
Nb3Sn
98
118
135
BSCCO 線材および REBCO 線材では巨視的な降伏のためは
E
bare
77
79
―
っきりとした“肩”が観測されるが,その成因は本文で述べ
たように全く異なる.ある一定の歪で較べると,応力が最も
bare
S
88
90
―
S
brass
98
95
274
高いのは Hastelloy を基板とする REBCO 線材であることが
S
ss
105
105
296
わかる.
A
144
156
493
IEC 61788
6
B
140
142
650
C
130
134
634
D
109
113
298
次に超電導製品を安定・安全に利用する観点から臨界電流
XX
IEC 61788
REBCO
の可逆限界について考えてみよう.本文で述べた 99回復
臨界電流,つまり可逆領域の限界点についての応力(Rrec),
歪( Arec )の関係を Fig. 23 に示している.本文中でのべた 2
種類の実用線材についてデータがプロットしてある.
REBCO 線材では Fig. 22 に示すように Hastelloy の利用に
5.
考
察
より耐力は高いが,超電導層の破断がより歪の小さいところ
で起こることがわかる.BSCCO 線材では強化相の改良でこ
本解説ではあえて“実用超電導線”ということを強調して
の可逆限界点が 400 MPa を越えるまでになっている.ここ
使用した.まず“超電導”という用語を用いているが, su-
でフープ力について考えてみよう.この力 F ( Pa )は半径
perconductivity を表すには超伝導という用語を用いるほう
R ( m )のコイルで発生磁界 B( T )を得るとき,そのテープ材
が金属学会ではなじみが深いと筆者も考えている.一方日本
の電流密度 J(A/mm2)の間に F=BJR の関係がある.今半径
工業規格の超電導関連用語集32) では超電導が規定されてい
R=0.2 m のコイルで B=10 T の磁界を J=200 A/mm2 の線
るとともに,工業技術を扱う分野では超電導の用語のほうが
材で発生すると F = 400 MPa の力が線材に加わることにな
使用頻度が多いようである.“実用”と表示した件について
る.現在では材料開発が進み,実用規模の超電導コイル作製
も Nb3Sn 線材の場合には ITER 用線材,MRI 用線材のよう
に REBCO 線材さらに BSCCO 線材の利用が可能になってき
に研究の焦点は製品開発に向いている.一方 REBCO 線材
ている.
についてみると基礎研究に興味が集中しており,たとえば直
今後の材料開発の方向性として BSCCO 線材, Nb3Sn 線
流大電流送電線用というような具体的にある応用分野を目指
材では高強度化,REBCO 線材においては可逆限界歪の改良
して研究開発を目指すという意識が高まってきていないよう
ということが重要であると考えられる.これらの課題を解決
に感じられる.現在はまだ長尺の線材が得られるのは 5 種
するための材料開発にはまだ多くの可能性があり,これらの
類であるが,それらを実用超電導線という共通の土俵に挙げ
開発が具体的な応用と結びあわされて強力に推進されること
て実用化の観点から得失をあげつらい,相互の関係を検討す
が期待される.
496
日 本 金 属 学 会 誌(2016)
7)
8)
9)
10)
11)
12)
13)
14)
Fig. 23 Relation between stress (Rrec) and strain (Arec) relating to the 99 Ic recovery for two kinds of wires, BSCCO and
REBCO.
15)
16)
6.
ま と
め
17)
工学的な応用という観点から実用超電導線としてどのよう
な要件が必要かを考察することを主な課題として本稿をまと
18)
めた.実用超電導線が複合体である理由,現状で入手可能な
5 種類の実用超電導線の組織的な特徴と共通性について解説
19)
するとともに,これら線材のうち 3 種類の実用超電導線の
機械特性と臨界電流の応力・歪依存性の特徴と超電導層に生
起する局所歪との関連を考察した.さらに引張試験方法の国
際標準について紹介した.
20)
21)
22)
23)
本解説で紹介した研究成果は多くの国内外の大学・研究機
24)
関,企業の研究部門との共同研究によるものであり,長い間
25)
26 )
の支えに感謝の意を表します.
文
献
1) G. B. Yntema: Phys. Rev. 98(1955) 1197.
2 ) IEC TR 61788 20:2014: Categories of practical
superconducting wiresGeneral characteristics and guidance.
3) IEC 60050815: International electrotechnical vocabularyPart
815: Superconductivity.
4) K. Osamura, A. Nyilas, M. Thoener, B. Seeber, R. Fluekiger, Y.
Ilyin, A. Njihuis, J. Ekin, C. Clickner, R. P. Walsh, V. Toplosky,
H. Shin, K. Katagiri, S. Ochiai, M. Hojo, Y. Kubo and K.
Miyashita: Supercond. Sci. Technol. 21(2008) 045006045015.
5 ) K. Funaki and F. Sumiyoshi:
``Fundamentals of
Superconductivity Engineering: Multifilamentary Wires and
Conductors'', SangyoTosho Press, Tokyo (1995).
6) (1) IEC 617885: Copper to superconductor volume ratio of Cu/
27)
28)
29)
30)
31)
32)
第
80
巻
NbTi composite superconducting wires, (2) IEC 6178812:
Copper to noncopper volume ratio of Nb3Sn composite
superconducting wires.
K. Osamura, S. Machiya, S. Ochiai, G. Osabe, K. Yamazaki and
J. Fujikami: Supercond. Sci. Technol. 26 045012 (5pp).
K. Osamura, S. Machiya, Y. Tsuchiya, H. Suzuki, T. Shobu, M.
Sato, T. Hemmi, Y. Nunoya and S. Ochiai: Supercond. Sci.
Technol. 25(2012) 054010 (9pp).
K. Yamazaki, T. Kajiyama, M. Kikuchi, S. Yamade, T.
Nakashima, S. Kobayashi, G. Osabe, J. Fujikami, K. Hayashi
and K. Sato: Supercond. Sci. Technol. 25(2012) 054015.
K. Osamura, M. Sugano, K. Nakao, Y. Siohara, A. Ibi, Y.
Yamada, N. Nakashima, S. Nagaya, T. Saitoh, Y. Iijima, Y.
Aoki, T. Hasegawa and. T Kato: Supercond. Sci. Technol. 22
(2009) 025015025021.
K. Osamura, S. Machiya, D. P. Hampshire, Y. Tsuchiya, T.
Shobu, K. Kajiwara, G. Osabe, K. Yamazaki, Y. Yamada and J.
Fujikami: Supercond. Sci. Technol. 27(2014) 085005 (11pp).
K. Osamura, H. S. Shin, K. P. Weiss, A. Nyilas, A. Nijhuis, K.
Yamamoto, S. Machiya and G. Nishijima: Supercond. Sci.
Technol. 27(2014) 085009 (8pp).
M. Sugano, K. Osamura, W. Prusseit, R. Semerad, K. Itoh and
T. Kiyoshi: Supercond. Sci. Technol. 18(2005) S344S350.
K. Osamura, S. Machiya, K. P. Weiss and G. Nishijima:
Reversible Stress/Strain Limit of Critical Current of Practical
REBCO and BSCCO Wires SUST submitted (2016).
K. Osamura, S. Machiya, Y. Tsuchiya, H. Suzuki, T. Shobu, M.
Sato and S. Ochiai: IEEE Trans. Appl. Supercond. 22 8400809
(9pp).
K. Osamura, S. Machiya and G. Nishijima: Mechanical and
Superconducting Properties at 77 K for Practical REBCO
Wires, Proceedings of Teionkogaku Conference 91(2015) 2B
a06.
van der Laan D C 2010 The effect of strain on grain boundaries
in YBa2Cu3O7 coated conductors Supercond. Sci. Technol. 23
014004.
K. Osamura, S. Machiya, Y. Tsuchiya, H. Suzuki, T. Shobu, M.
Sato, S. Harjo, K. Miyashita, Y. Wadayama, S. Ochiai and A.
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K. Osamura, S. Machiya, Y. Tsuchiya, H. Suzuki, T. Shobu, M.
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IEC 61788 21: 2015: Superconductivity Superconducting
wiresTest methods for practical superconducting wires
General characteristics and guidance.
IEC 617886: 2011: Mechanical properties measurementRoom
temperature tensile test of Cu / Nb Ti composite
superconductors.
IEC 6178818: 2013: Mechanical properties measurement
Room temperature tensile test of Agand/or Ag alloysheathed
Bi2223 and Bi2212 composite superconductors.
IEC 6178819: 2013: Mechanical properties measurement
Room temperature tensile test of reacted Nb3Sn composite
superconductors.
IEC 61788XX:2015: Mechanical properties measurement
Room temperature tensile test on REBCO wires.
K. Osamura, A. Nyilas, KP. Weiss, HS. Shin, K. Katagiri, S.
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JIS 7005: 2005 International Electrotechnical Vocabulary,
Superconductivity.