意味 と機能の導入順序

「
する」は動詞か ?
-意味 と機能 の導入順序 リュブ リヤーナ大学
重盛千香子
0
. は じめに
日本語初級文法の導入 は、いろいろな動機や 目的で 日本語 を第二言語 として学ぶ人達の 日本語 の基礎
知識 となる大切な部分で ある。教師の立場 としては、それぞれの文法事項 をできるだけ明快 に整理 し、
特有な文法現象に注意 して、各々の意味 。用法における誤用を防ぎ、学習における周 り道 を避 ける工夫
を したい。本稿では、 「
す る」 を例に とり、特に広範囲の意味や機能 を担 う基本語嚢が、 日本語 の文章
のなかで どのよ うな働 きを しているかを考えながら、それ らの意味や機能が学習 を進 める中で どの よ う
に提示 されているかを見 る。 この過程 は、学習者の レベル に応 じて どのよ うな辞書や参考書の使用 を勧
めればよいか、 とい う問題 とも関わってくるので、い くつかの参考図書で 「
す る」が どのよ うに扱 われ
ているかも見る。
且
q 動詞の定義
「
す る」は、品詞分類 によれば、もちろん動詞に属す る語である。 日本語では、動詞 は次の よ うに定
義 され る。
基本的な品詞 のひ とつ。活用のある自立語 (
用言)。用言のなかでは、形容詞 ・形容動詞
が事物の性質 。状態について叙述す るのに対 して、動詞 は事物、物的、心的事象の作用 ・
変化 について叙述す るのを主要な役 目とする。(
『日本語教育事典』1
982 大修館、1
1
8頁)
活用があ り、事物 または事象の作用 t
_
変位 を表を± とい うのが動詞 の大きな特徴 であるわけだが、 「
す
る」 とい う語の場合、このよ うな典型的な動詞 として使われ る場合 もあれば、動詞 としての特徴 を必ず
しも完全に発揮せず に単なる機能語 として使われ る場合 もある。
2. 「
す る」に関連 した初級の学習項 目 (1- 2年生)
リュブ リヤーナ大学 日本研 究の現代 日本語の授業 (
入学時に予備知識の無い学生を対象 とす る)では、
今 までに 日本国内で作成 され た 日本語教育初級用教科書 に準 じた導入順で文法事項 を紹介 してい る
。
「
す る」 とい う語 に関連す る文法項 目は、次のような順番 (
下記ア.か らソ。
)で登場す る。以下、 「
す
る」が関係 してい るそれぞれ の文型を代表的語嚢 とともに示 し、その指導注意点な どの説明 を加 えなが
ら、初級 (1年生か ら 2年生前半)の学習過程 を概観す る。
ア
勉強 (
を)す る
[
∼ します。∼ しま したO- しています。]
(
せ んた く、そ うじ、 さんぼ、練習-)
ィ.
テニスをす る
[
∼ します。∼ しま した。∼ しています。]
(ピンポン、スキー、 ゴル フ、ゲーム、試合 -)
まず. す る」は 「
勉強」、 「さんぽ」な ど、活動の種類 を表わすいろいろな名詞 (
勉強、そ うじ、な ど)
に伴 ってそれ を動詞 として使 う場合に現われ (
上記ア」、この場合、名詞 は他動詞 としての 「
す る」の
目的語 として助詞 「
を」を伴 ってもよい し、 「
を」な しで使われ ることもある。 日本語教育の最初 の部
分で導入 され るので、その時期 にはお もにマスの非過去形、過去形、そ してテイル形 (
上記 [ ] 内)
で紹介 され る。その次の用法 としてあげたィ.の場合 は、スポー ツの種類 を表す名詞 (
テニス、スキ-㌔
な ど)
)に伴い、アサ とほ とん ど同 じよ うに使 われ るが、 この場合 は名詞が必ず助詞 「
を」 を伴 ってス
求-ツの種類 を述べ る。
ク.
何 を しますかO (
勉強 します。) [
-しま したか。- していますかO]
どうしま したかo (
かぜ をひきま した。)
-8
4-
- とき、 どうしますか。
- とき、 どうした らいいですか。
どうしたんですか。
ア.、ィ. と同時期 に、 「
す る」は、活動の種類をたずねる質問文において 「
何 を」 を伴 ってあらゆる動
詞 の代表 として使 うよ う導入 され (「
何 を しますか。」
上 さらに、状態の担い手に関す る質問文では状態
の種類 (
上記では 「
かぜ をひ く」) をたずね るために 「どう」 とい う疑問詞 と組み合わせて現れ る (
「ど
うしま したか。」
)
。 この場合 は、結果 としての状態を訊いているので、「
す る」は必ず タ形 (
過去形)で
あ るo質問文の 「
す る」は、 「
雨がふった とき、どうしますか。」のよ うに、シチュェ-シ ョンが限定さ
れ た ときの活動の種類 を訊いた り、タラ とい う仮定形でシチュエー シ ョンが限定 された ときの行動につ
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J
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J
よこさ,ごつした
.
一
一 :
p
らいいですか。」ノ
L
l
・でも導入 される。ま
た、少 し学習が進 んで、名詞化の 「
の (
ん)」が梓にE
j語で説明的機能 を担 うことが導入 され ると、状
態 の担い手に関 して、 「どうしたんですかoJ と訊けるよ うになるO本稿では、 これ ら質問文の 「
する」
孟J
す.
ミ7
1ヤ 3
}17 卜,
7
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にあ らゆる動詞の代表 として答 えにも動詞 を要求す る場合 と、「どうし
.
ま したかO」「どうしたんですかO
」
の よ うに形容詞的表現 を要求す る場合 とがあるO後者の場合は答 えに、 「
頭 がいたいです/いたいんで
す C」 と、状態を表す形容詞 が登場す ることもあV
)、 この頗法では、動詞
「
す る」はほかの活用形は使
うことが無い (*どうしますかO *どうしていますか。
うわけで、泰栗の動詞 としての特徴 を完全には
持 ち合わせないことになるO
短 くす る/ 短 く な
エ
る
き れいにす る′
′
′
ノ
/きれ
いに
な
る
さらに学習が進む と、エ。に示す よ うに、状態を表すいろいろな形容詞の副詞形 トで形容詞の-ク、ナ
形容詞の-ニ)に伴 って、動詞 「
なる」 と対立する触動詞 として紹介 され る。 自動詞の 自発的変化の表
現 に対 して了 サ る」は意思 を伴 う他動行為表現に使われ るU
オ。
お願 い します。お持 ち します
o
そ して、 1年生の後半では、いろいろな敬語表現を学習す る中で、謙譲語の文型 として丸
に示す言い
方 を導入す る。 ここでは、 「
す る」は接頭辞 「
お/
/ご」 とセ ッ トになってへ りくだ りの意味を表 し‥/
レ
形 、タ形、テイル形 を保持 しているとはいえ、行為の種類 を表す語意的部分はそれぞれの動詞 (
上記例
文 の場合、 「
願 う上 「
持つ」) に譲 り、やは り一種の機能語 として使われ るO
カネ
無理 (
を)す る、努力 (
を)す る
キ
ゆっ くりす る (
休みを とってゆっくりす る)
ほっ とす.
ろーTドっ <りす ろ
。
ク.
1年生後半か ら 2年生に入 る頃には、副詞的表現の幅 も広が り、統語的にはア。で見た [
名詞 + (
を)
+す る] と同型だが、意味的には行為の側面を表す副詞的意味を持つ用演 (
カ.
)、副詞に伴って主体の
一時的特性 を表す周法 (
キ立
そ して主体の瞬間的変化を表す
夕
;の よ うな用法 も登場する。 これ らの
用法 では、 「
す る」はエ. (
短 くす る、きれいにす る)で見たよ うな他動詞的機能は持 たない。 「
す る」
を含 む九 、キ.
、ク.の連語 は、 どれ も行為または状態の担い手の特徴 を表 し、必ず しもその積極的意
思が表現 され るとは限 らない。
ケ
。
∼ ことにす る (日本-行 くことに します。)
コ。 コ- ヒ一 にす る (
会場 は どこに しま しょうかo)
「
決 める」 とい う意思決定の意味を持つ文末表現 として [
名詞+に+す る] とい う文型が導入 され るの
も 1年生の終わ りか ら 2年生の始 めの頃である。ケ.のように任意の動詞 の辞書形 (
ル形) と形式名詞
コ トで行為の種類 を表 し、 「
にす る」がその行為を実行す る意思決定 を表す用法 と、ある種の省略文で
あるコ。の文型 (コー ヒー にす る。 エコ- ヒ-を飲む ことにす るO;会場 はここにす る. -会場をここ
に決 める。)が同 じ頃に紹介 され る。 この 「
す る」にはエ。で見た他動行為表現 と同 じよ うに、行為主
- 85-
の意思が強 く感 じられ る。
サ.∼ よ うとす る (
出かけよ うとした ら、電話 が鳴 った。)
シ.∼ よ うな気がす る (
味、音、感 じ-)
[
動詞 (
マス形)+よ う+ と+す る]の文型で、行為、または状態変化 のほんの少 し前 とい うア スペ ク
気」、 「
味 」、 「
音」
ト的表現があることも、 2年生の始 め ごろに導入す る。 また、 シ.に示す よ うに、 「
な どの感覚 を表す名詞 を [
名詞 +が+す る】とい う文型 に使 って 「
ある感 じを受 ける」とい う意 味表 現 に
なることも同 じ時期 に紹介す る。 この二つの どちらの用法 も、 「
す る」 は典型的な動詞 の意味役 割 を担
うわけではな く、文型全体 の中で、サ。は事柄 のアスペ ク トを、シ.は受動的、または 自発的 な感 覚 の
発生 を表 してい る。 日本語 では形態的 にあ くまでも動詞であるが、他 の言語では副詞や補助動詞 で表 さ
l
mo
s
t
,t
r
i
e
dt
o
)
、非人称表現であった り(〔
英 〕i
tf
ee
l
s
/
t
as
t
e
sl
i
ke
)
す る、面 白い用法 で
れた り(〔
英 〕a
ある。
ス. どんなかっこ うを していますか/いま したかO (
マスクをす る、めがね をかける)
セ。 さっぱ りしてい る、ほっそ りしている
ソDマス クを した人、ほっそ りした女性
ス。は、人物 の外見 を描写す る際、[
名詞 +を+してい る]とい う文型 でその描写 を促す質問文 で あ る。
答 えは 「
マス クを しています。」のよ うに、同 じく [
す る] を使 う場合や 、 「
着 る」、 「
は く上 「
か け る」
な どの動詞 を使 う場合 がある。動作の結果 としての状態 を表す ので、動詞 はいつ もテイル形 を使 用す る。
そ して、 この人物外見描写 (
ス.
) と似 た文型だが、人物 の性格や様子 を表す用法 として、セ . の よ う
す る] (
上
に擬態語副詞 と 「
す る」のテイル形 の用法がある。 この よ うな人物描 写に使 われ る 2種 の [
記のス。 とセ.
) は、連体修飾句 に使 われ る場合、 ソ。で示す よ うに "
性状規定的述語 の場合 のテイル
984:1
97) でも現れ る。テイル形 の縮約形 としてのタ形 は どん な連
の縮約形" といわれ るタ形 (
寺村 1
1
950)の分類 の瞬 間動
体修飾句 にで も現れ るわけではない。性状規定的述語 としての動詞 は、金 田一 (
す る」を伴 うこ とは
詞 か第 4種の動詞 でなけれ ばな らない。そ して、副詞 も、程度副詞や陳述副詞 が 「
無 く (*いっ もす る人-いっ もの人、*かな りす る人-かな りの人、*ちっ ともす る人、*もしす る人)、
状態副詞 だけがその状態 を表す とい う意味的特徴か ら名詞 を修飾す る ときに も使 われ るのだが、形 態的
に無理があるために、 「
す る」が機能語 として ここに現れ ると考 え られ る。 (*ほっそ り女性 、 *ほっそ
りの女性- ほっそ りしてい る女性/ ほっそ り遮
女性)
3. 辞書にお ける 「
す る」
上に見てきた 「
す る」のい ろいろな用法 について、辞典や、通常 この レベル の学生が使用 してい る 日
本語教育参考書 が、 どの よ うな記述 を してい るかを次の三資料 で調べてみた。
豊艶土
豊艶旦
室数旦
『日本語大辞典 』(
1
989)講談社
『外 国人のための基本語用例辞典 (
第三版)』(
1
990)文化庁
グループ 。ジャマ シイ(
1
998
) 『教師 と学習者 のための 日本語文型辞典』 くろ しお 出版
まず、資料 1の辞典では、見出 し 「
す る」の説明が大 き く回サ変 自他動詞 と且補助動詞 に分 かれ 、E]は
さらに①他動詞 と② 自動詞 の用法 に分かれていて、それぞれの用法 が掲 げ られてい るO且① に は本稿 で
分類 した文法項 目のア.
、
としては本稿 の丸
木
、 ウ。、エ。、
九
、5]
②にはケ。
、 コ。
、サ。、シAが含 まれ る。 ②補助動詞
があがってい る。本稿 キ.
、ク.
、セ。
、ソ.の副詞 に伴 う 「
す る」の記述 は、 「
す る」
の見出 しの下には見 当た らないが、例 えば 「さっぱ り」 とい う語 の見出 しの下 に用例 として 「
気分が さ
っぱ りす る」 「さっぱ りした味」が示 され てい るので、 この よ うな国語辞典 を利用す る場合 は、機 能語
Eの用法 をそれぞれの副詞 の例文か ら拾 うことにな る。
としての 「
す る.
これ に対 して、 日本語非母語話者 を対象 とする資料 2は、他動詞的用法 (
ア,、木 、エ」、 自動 詞的
) な どの後、 8番 目の用例 として "ある名詞や副詞 の後 について動詞 を作 る" とい う説 明 で
用法 (
シ.
ア。の一部 である 「
勉強す る E
、セ。にあた る 「
にこに こす る」 な どをあげてい る。 ソ。に見 た連 体修
-8
6-
飾 句 の中の 「
す る」は、それぞれ の副詞 の見出 し (
例 えば 「
さっぱ り」) に、「さっぱ りとした身な り上
「さっぱ りした気持 ち」な どの用例でその文型 を示 している。また、資料 2よ りさらに新 しい参考書で
す る」の見出 しの記述 のひ とつ としているのが新 しい
あ る資料 3では、 このよ うな連体修飾用法 も、「
試 みだ といえるO(
[
副詞 +す る]赤 ちゃんの肌 はすべすべ している。なかなか しっか りしたよい青年だO)
「
文型辞典」であるか ら、個 々の語嚢 としての副詞 の見出 しを設 けていない ことか ら、当然、妥当な記
述 だ とい える。
凄.おわ りに
本稿 では、 「
す る」 とい うひ とつの動詞 に限って、そのいろい ろな意味や用法が 日本語教育の初級段
階 で どの よ 須 こ登場す るかを見た。一方では、E
j
動詞 と対立す る髄動詞 と して "
作 鞘または裟1
;
'
E′
ノの意
味 を色濃 く持つ用法がある反面、ふつ うは形容詞や形容動詞 に任 されている "
性質や状態"を表す用法
もあ り、副詞 を周 いる表現 では、単なる機能語 として働 いてい ることを見た.
レ
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一Y ヽ
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)/
I
ヽ/亡
葉 に盛 んに使 われ るよ うになってい る 「
す るl
iを含む文型-の指摘 もあったO また、林四郎先生には、
山 口孝雄 の 「
形式名詞上 または、メタ レべ j
レ表現 としての 「
す る」が "
そ うい う認識 をす る心の働 き"
を表す ものであ り、認 定す る側 か らの言い方 として 伐 にと こ
星人 にあ らず上 「
なぜ か七三 これが気 にか
か る」
、「
冬 に.
立 宝は暖 かい上 な どの表現法があることもご指摘いただいた(
。
基本語嚢 の帝には、この よ うに複数 の意味や機能 を担 う語が 「
す るl
jのほかに もた くさん
あ る。教師は、 このよ うな語 には特 に注意 して、その導Å法や導入 の時期 を考え、辞書や 参
あ
る
は
ず
考 書 に お
で
け
るお のおのの語 の記述 を学習者 の立場 を思いや りなが ら確認す る必 要があるだろ う。
象 登基盤
金 田A
春彦 沌95緋 rE
3本語動詞 の-分類 」
『
言語研究 旦
5』(
『日本語動詞 のア スペ ク ト』 む ぎ書 房
旦那 蛋
5-ノ
望6.
瓦
奇相秀夫 (
且
98速) 『日本語 のシンタクス と意味 葺』 くろ しお出版
丹羽哲也
(
200互
) 「
連体修飾節 のテ ンス とアスペ ク ト」『月刊言語』第 30番 、第 五
3号、太修館 、5662.
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gen
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