様式8の1の1 別紙1 論文の内容の要旨 専攻名 システム創成工学専攻 氏 名 岡野 千草 (2,000字程度とし,1行43文字で記入) 本論文では、グラム陰性細菌の細胞間情報伝達機構Quorum sensing(QS)の情報伝達を担うオー トインデューサー(AI)と高い親和性を有する高分子担体をAIのキャリアとして利用するQS機構の 制御に成功した。細菌が集団として遺伝子発現を制御するQS機構は、日和見感染症における病原 性因子の生産、バイオフィルム形成など多様な細胞機能を制御しており、QS機構の人為的な制御 技術の確立が望まれている。 菌体内で生産されたAI分子は細胞外部へと放出されるため、増殖により菌体密度が増大すると 菌体内外のAI濃度も上昇する。AIとレセプタータンパク質との安定な複合体が形成されるAIの閾 値濃度まで菌体密度が増大すると、AI複合体は標的遺伝子と相互作用しその転写活性が上昇する ため、特定の細胞機能が発現する。本論文では、AIと高い親和性を有する高分子担体をAIキャリ アとして利用することで、AI濃度を人為的に制御するQS機構阻害技術、活性化技術を構築した。 グラム陰性細菌の多くはAIとしてN-アシルホモセリンラクトン(AHL)を生産しており、AHL濃度 を可変とするAIキャリアの創成は多くの細菌種に有効な汎用性の高いQS制御技術に繋がる。そこ で、AHLと高い親和性を有するキャリアを創成し、培養液に含まれるAHLを捕捉することでQS機構 を阻害する負制御が、キャリアが保持していたAHLを放出させることでQS機構を活性化する正制 御が可能であることを明らかにした。 本論文は全五章で構成され、その概要は以下のとおりである。 第一章は緒論であり、QS機構の作用機構、AI分子の特徴、生理活性物質輸送キャリアの開発動 向、QS機構阻害技術の開発動向について述べ、それらを踏まえた研究の意義と研究目的を述べた。 第二章では、シクロデキストリン(CD)を親水性シェル層に固定化したコアシェル型ミクロス フェアを設計し、固定化CDを培養液に共存させるだけでQS機構の負制御が効果的に起こることを 示した。培養液に添加したCDの疎水性空孔にAHLのアシル鎖が包接し複合体を形成することで、 培養液に溶解したAHLの濃度をQS機構活性化の閾値未満に保持し、QS機構の不活性状態を維持可 能である。機械的強度に優れるポリスチレン粒子を合成し、得られたポリスチレンコアの表面で ラジカル重合を行うことでポリメタクリル酸シェル層を形成させ、更にCDを固定化した。ゼータ 電位測定、粒子径分布測定等により、合成したミクロスフェアをキャラクタリゼーションした。 AHLを介したQS機構により赤色色素プロディジオシンを発現するSerratia marcescens AS-1株、 緑色色素ピオシアニンを発現するPseudomonas aeruginosa AS-3株の培養液にCD固定化ミクロス フェアを添加すると、どちらも有意に色素生産が減少することを明らかとした。 第三章では、ポリエチレンオキシド(EO)、ポリプロピレンオキシド(PO)から構成されるEO- PO-EO型のトリブロックコポリマーであるポロキサマーをAIキャリアとして用いて、QS機構の負 制御を評価した。ポロキサマーは、臨界ミセル濃度(CMC)より高濃度とすると自己組織化ミセル を形成する。8-アニリノ-1-ナフタレンスルホン酸を共存させ蛍光測定を行うと、ポロキサマー 濃度の増大につれて疎水性領域が形成し、ミセルの形成が示唆されることから、AHL分子は主に 疎水性相互作用により捕捉されると推察した。Pseudomonas chlororaphis subsp. aurantiaca StFRB508株を用い、AHL濃度依存性のオレンジ色色素フェナジン生産を指標に分子量4,000、 12,600のポロキサマーの添加効果を追跡すると、どちらも効果的にQS機構を阻害可能であること を明らかとした。 第四章では、ポロキサマーの自己組織化ミセルを用いたQS機構の正負制御を試験した。分子 量12,600のポロキサマーが形成する自己組織化ミセルをS. marcescens AS-1株の培養液に混合し て培養すると、プロディジオシン生産量が効果的に減少することから、培養液に含まれるAHLは ミセルに捕捉されることが示唆された。このミセルを分離し、AHL合成遺伝子破壊株であるS. marcescens AS-1S(spnI::kan)の培養液に混合することで、プロディジオシン生産量のポロキ サマー濃度依存性を試験すると、CMCよりも低濃度条件ではプロディジオシン生産量の増大が観 測された。これらの結果より、AHL分子はポロキサマーミセルに捕捉可能であること、ミセルの 崩壊により捕捉されていたAHL分子が放出されQS機構を活性化する正制御が可能であることが明 らかとなった。 第五章は結論であり、本論文において得られた知見を総括し結論としてまとめた。
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