第3回 著作物性(2)[PDF形式]

誌
座
学
上法 講
第
3
著作権法を知ろう ― 著作権法入門・基礎力養成講座
著作物性(2)
回
野田 幸裕
Noda Yukihiro
弁護士、弁理士
N&S 法律知財事務所設立所長。著作権法・商標法等の知的財産関連のビジネスコンサル・契約・訴訟等が専門。
前東京都知的財産総合センター法律相談員、一般社団法人日本商品化権協会正会員等。講演・著作等多数。
今回も引き続き著作物性を検討します。
金四郎が、市井の一般人
(金さん
〈金次〉
)
に身を
やつして悪事を秘密裏に探り出し、事件の真相
映画の著作物性
と黒幕を突き止める。金さんが悪党の屋敷に乗
まず映画の著作物性に関して、
「遠山の金さん」
り込み、立ち回りの途中で自らの肩の桜吹雪の
いれずみ
しら す
刺青を見せる。北町奉行所のお白州で、悪事を
の映画
(原告)
とパチンコ機器の映像
(被告)
との
類否が争点となった下記裁判例
(東京地裁平成
しらばっくれる悪党に対し、遠山奉行が、片肌
26 年4月 30 日判決)
が参考になります。
脱いで桜吹雪の刺青を見せつける。悪党は驚愕
きょうがく
「被告映像が原告著作物に類似するか否かは、
し、
観念する。
極刑を言い渡した遠山奉行は、
「こ
原告らが侵害を主張する被告映像とそれに対応
れにて一件落着」
と言う。
』
というものであるが、
する原告著作物の部分について検討する必要が
このストーリー構成は
(中略)
、いわゆる遠山金
ある。たとえ、原告著作物が全体としては著作
四郎ものによくあるアイデアの類似にすぎず、
物性を有するとしても、原告らがその侵害を主
創作性ある表現の類似とはいえない。
(中略)上
張する部分について表現上の創作性が認められ
記検討によれば、原告松方映像と被告映像の共
なければ、著作権侵害は成立しない。すなわち、
通部分のうち、立ち回り中及びお白州での桜吹
著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保
雪披露シーンの表現については表現上の創作性
護するものであるから
(同法2条1項1号参照)
、
が認められる。
(中略)
創作的表現において類似
アイデアなど表現それ自体でない部分又は表現
する部分は、両映像におけるいわばクライマッ
上の創作性がない部分において既存の著作物と
クスに相当する部分であって、ストーリー上も
同一性を有するにすぎない場合には、複製にも
重要な部分であり、そうであるからこそ、被告
翻案にも当たらない
(最高裁平成 13 年6月 28 日
立ち回りリーチ映像、被告白州リーチ映像にお
判決)
。そこで、被告映像と原告著作物との間で
いて抜き出されているものと考えられる」など
同一性を有すると主張する部分
(侵害を主張す
と判示しています
(東京地裁平成 26 年4月30 日
る部分)が表現上の創作性がある部分といえる
判決、裁判所ウェブサイト。ルビは筆者)
。
か、創作性のある部分について、被告映像から
つまり映画全体に著作物性が認められるから
原告著作物の本質的特徴を感得できるか
(類似
といってその構成部分のすべてに著作物性が認
性)
について、以下、原告著作物の構成要素に即
められるわけではなく、部分ごとに分析した場
して検討する。(中略)
原告らの主張するストー
合、創作的表現として著作物性が認められる箇
リー構成の類似は、概要、
『北町奉行である遠山
所と認められない箇所があるのであって、本映
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画の構成部分では、金さんの悪党との立ち回り
所は、
「書体は、字体を基礎として一定の様式、
およびお白州での裁きの場面で桜吹雪を披露す
特長等により形成された文字の表現形態である。
る箇所にのみ著作物性が認められ、そこが類似
いわゆるデザイン書体も文字の字体を基礎とし
するとして複製権侵害が肯定されたわけです。
て、
これにデザインを施したものであるところ、
以上のように著作物性の有無は結局、創作的
文字は万人共有の文化的財産ともいうべきもの
表現の有無に帰結するわけですが、著作物の属
であり、また、本来的には情報伝達という実用
性等により表現の幅に差があり、歴史的事実、
的機能を有するものであるから、文字の字体を
自然科学、プログラムなどの分野の書籍等では
基礎として含むデザイン書体の表現形態に著作
表現の幅が狭くなる特徴があります。例えば争
権としての保護を与えるべき創作性を認めるこ
いのない歴史的事実は1つなので、その事実の
とは、一般的には困難である。仮に、デザイン
叙述は自ずと同じような表現になります。また
書体に著作物性を認め得る場合があるとしても、
自然科学上の知見を説明しようとすれば、普通
それは、当該書体のデザイン的要素が
『美術』の
は説明しようとする内容が同じなので表現も似
著作物と同視し得るような美的創作性を感得で
通います。プログラムは表現する記号が制約さ
きる場合に限られることは当然である」と判示
れ言語体系が厳格で、コンピュータを経済的・
しました
(最高裁平成 10 年6月 25 日判決)。
おの
効率的に機能させようとすると指令の組み合わ
またタイプフェイスデザイナーにデザインを
せは限定されるので自ずと同じような表現にな
委託して製作された
「ゴナ書体」
と称されるタイ
る傾向があります。そのためこれら歴史的、技
プフェイスの著作物性に関しても、
「印刷用書体
術的領域等の著作物は、一般的な小説や絵画な
がここにいう著作物に該当するというためには、
ど表現の選択幅の広い分野の著作物に比べる
それが従来の印刷用書体に比して顕著な特長を
と、より創作性のハードルが高く要求される傾
有するといった独創性を備えることが必要であ
向にあります。
り、かつ、それ自体が美術鑑賞の対象となり得
る美的特性を備えていなければならない」
(最高
書体や書などの著作物性
裁平成 12 年9月7日判決、裁判所ウェブサイ
次に書体や書などの著作物性についてはどう
ト)と判示し、本件タイプフェイスには、従来
でしょうか。まず、漢字、仮名、アルファベッ
のゴシック体のデザインから大きく外れるもの
トなど、「文字そのもの」
は、情報伝達の手段と
ではなく著作物性は認めませんでした。要する
して万人共有の文化的財産であり、特定の者に
に文字自体に著作物性が認められない以上、文
独占されるものではないので著作物性は認めら
字を基礎とする書体についても、
「美的創作性」
れません。
もしくは
「独創性・美的特性」
といった高いハー
ドルを設定し、この要件を満たさない限り著作
では「文字の書体」
について著作物性は認めら
物性は認めないとの姿勢を表明しています。
れるでしょうか。書体には明朝体やゴシック体
次に
「書」の著作物性に関する裁判例として、
などのほか、デザイン書体などグラフィカルな
感覚のデザインにより作成されたタイプフェイ
「文字を素材とした造形表現物の中でも、元来
ス
(字体を印刷物などに使用できるように、統一
美術鑑賞の対象となるような書家による書は、
的なコンセプトに基づいて創作された文字や記
字体、筆遣い、筆勢、墨の濃淡やにじみ等の様々
号の一組のデザイン)やロゴマークなどがあり
な要素により多様な表現が可能な中で、筆者の
ます。この「書体の著作物性」
に関して最高裁判
知的、文化的精神活動の所産としての創作的な
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誌上法学講座
表現をしたものとして著作物性が認められるの
るものであること
(原告スローガンは、財団法
は当然であり、書家による書に限らず、
『書』
と
人全日本交通安全協会による募集に応募した作
評価できるような創作的な表現のものは美術の
品である。
)
を、十分考慮に入れて検討すること
著作物
(著作権法 10 条1項4号)に当たると解
が必要となるというべきである。そして、この
される」
として、商業書道作家とされる者の書に
ような立場に立った場合には、交通標語には、
つき著作物性が肯定されています
(大阪地裁平
著作物性
(著作権法による保護に値する創作性)
成 11 年9月 21 日判決、裁判所ウェブサイト)
。
そのものが認められない場合も多く、それが認
書はその筆勢や濃淡の違いのほか、文字を大き
められる場合にも、その同一性ないし類似性の
く崩し一見すると文字を書いたものか絵を描い
認められる範囲
(著作権法による保護の及ぶ範
たものか判別が困難なものまであり、書体と比
囲)は、一般に狭いものとならざるを得ず、と
較すると書の著作物性は肯定されやすいと言え
きには、いわゆるデッドコピーの類の使用を禁
ます。
止するだけにとどまることも少なくないものと
いうべきである。
(中略)
このようにみてくると、
交通標識の著作物性
原告スローガンに著作権法によって保護される
書籍の題号や標語などごく短い文言はもとも
創作性が認められるとすれば、それは、
『ボク
と表現の選択が狭く特定の者に独占権を認めれ
安 心 』と の 表 現 部 分 と
『ママの膝
( ひ ざ )よ り
ば、ある種のイメージの独占を許すことになり
チャイルドシート』
との表現部分とを組み合わせ
かねないことから一般的には著作物性は否定さ
た、全体としてのまとまりをもった5・7・5調
れます。
の表現のみにおいてであって、それ以外には認
この点、原告交通標語を「ボク安心 ママの膝
められないというべきである。これに対し、被
より チャイルドシート」
、被告交通標語を
「ママ
告スローガンにおいては、
『ボク安心』
に対応す
の胸より チャイルドシート」とする類否等が問
る表現はなく、単に
『ママの胸より チャイルド
題となった著作権侵害訴訟で原告標語の著作物
シート』との表現があるだけである。そうする
性に関して、
「原告スローガンや被告スローガ
と、原告スローガンに創作性が認められるとし
ンのような交通標語の著作物性の有無あるいは
ても、それは、前記のとおり、その全体として
その同一性ないし類似性の範囲を判断するに当
のまとまりをもった5・7・5調の表現のみに
たっては、①表現一般について、ごく短いもの
あることからすれば、被告スローガンを原告ス
であったり、ありふれた平凡なものであったり
ローガンの創作性の範囲内のものとすることは
して、著作権法上の保護に値する思想ないし感
できないという以外にない」
として、被告スロー
情の創作的表現がみられないものは、そもそも
ガンは原告スローガンを複製ないし翻案したも
著作物として保護され得ないものであること、
のということはできないとした裁判例がありま
②交通標語は、交通安全に関する主題
(テーマ)
す
(東京高裁平成 13 年 10 月 30 日判決、
『判例
を盛り込む必要性があり、かつ、交通標語として
時報』1773 号 127 ページ)
。要するに原告標語全
の簡明さ、分かりやすさも求められることから、
体に著作物性を認めたものの、被告標語は類似
これを作成するに当たっては、その長さ及び内
せず著作権侵害は否定されたわけです。
容において内在的に大きな制約があること、③
応用美術の著作物性
交通標語は、もともと、なるべく多くの公衆に
知られることをその本来の目的として作成され
次に、いわゆる
「応用美術」
の著作物性につい
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て検討します。著作物の一例として絵画その他
れましたが、④木目調化粧紙の原画には著作物
の「美術の著作物」(著作権法(以下、法)10 条
が認められませんでした(東京高裁平成3年 12
1項4号)
が挙げられており、美術の著作物には、
月 17 日判決、裁判所ウェブサイト)
。
陶芸作家が焼いた一点物の茶碗などの実用品に
著作物性を肯定した③では、応用美術の著作
代表される「美術工芸品」
が含まれると規定され
物性の判断基準を、
「純粋美術と同視し得る程度
ていますが(法2条2項)
、画一的に大量生産さ
の美的創作性」に求める判例の一般的な判断基
れる実用品など、いわゆる
「応用美術」
と総称さ
準に従いつつ、
実在する動物のフィギュアは「実
れるものは、美術の範囲に属する
「著作物」
にあ
際の動物の形状、色彩等を忠実に再現した模型
たるのでしょうか。
であり、動物の姿勢、ポーズ等も、市販の図鑑等
この応用美術の著作物性に関し、判例の主流
に収録された絵や写真に一般的に見られるもの
は、概ね以下の基準に拠っています。
にすぎず、
(中略)
いまだ純粋美術と同視し得る
「美術工芸品」
に当たらない量産品であって
ア)
程度の美的創作性があるとまではいえない」と
も「著作物」
に該当し得る場合がある。
して著作物性を否定したのに対して、妖怪フィ
量産品が
イ)
「著作物」にあたるか否かの判断基
ギュアは
「随所に制作者独自の解釈、アレンジ
準は「純粋美術と同視しうるか否か」による
が加えられていること、妖怪本体のほかに、制
(東京高裁平成3年 12 月17日判決、
『判例時
作者において独自に設定した背景ないし場面も
報』1418 号 121 ページおよび裁判所ウェブ
含めて構成されていること
(特に、前記認定の
サイト・東京地裁昭和 56 年4月 20 日判決、
「鎌鼬」
、
「河童」や、
「土蜘蛛」が源頼光及び渡辺
裁判所ウェブサイト等)
かま いたち
かっぱ
つち ぐ
も
どく ろ
綱に退治され、斬り裂かれた腹から多数の髑髏
ウ)
「純粋美術と同視し得るか否か」
の判断は
(製
がはみ出している場面などは、ある種の物語性
作目的などの主観面を問題とするものもあ
を帯びた造型であると評することさえも可能で
りますが多くは)
、客観的に
「量産品の形状・
あって、著しく独創的であると評価することが
内容・構成などに照らして純粋美術に該当
できる。
)
、色彩についても独特な彩色をしたも
すると認められ得る高度の美的表現を有し
のがあることを考慮すれば、本件妖怪フィギュ
ているかどうか」や
「対象物を客観的にみて
アには、石燕の原画を立体化する制作過程にお
それが実用性の面を離れ一つの完結した美
いて、制作者の個性が強く表出されているとい
術作品として美的鑑賞の対象となり得るも
うことができ、高度の創作性が認められる」
など
のかどうか」に拠っています
(京都地裁平成
として純粋美術と同視し得る程度の美的創作性
元年6月15日判決、
『判例時報』1327 号 123
を認め著作物性を肯定しています
(ルビは筆者)
。
ページ・大阪高裁平成2年2月 14 日判決
実は、上記裁判例①は大量生産品の基となる
参照)。
型を専門の人形師・人形絵師が制作し、②は専
◦具体的な裁判例
門の仏壇彫刻師が制作し、③は業界で著名な職
①博多人形(長崎地裁佐世保支部昭和 48 年2
能集団が制作したものであるのに対し、④は印
月7日判決、裁判所ウェブサイト)②仏壇彫刻
刷会社のデザイン担当社員を中心として制作さ
(神戸地裁姫路支部昭和 54 年7月9日判決、裁
れたものでした。判決理由には明示されていま
判所ウェブサイト)③食玩としての妖怪フィギュ
せんが、制作者の属性も判断要素とみなされて
アの原型
(大阪高裁平成 17 年7月 28 日判決、裁
いるのではないかと推察されるところです。
判所ウェブサイト)などには著作物性が認めら
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