1 3 9 リオデ ジャネイロの フ アンキ音楽 貧 しい若者のサ ブカルチ ャー 北 森 絵 里 序論 :目的と問題の所在 ブラジル, リオデジャネイロ ( 以下, リオ とす る)の 「フアンキ」 とい う音楽は,1 9 8 0 年代 後半か ら今 削 こ至 るまで,貧 しい若者の間で圧倒 的な支持 を得 ているポ ピュラー音楽である。 「フアンキ」 は,現地語で " 仙I k, ,と表記 され ,[ f Ag ki ]と発音 されるo フアンキ好 きの人は・ フアンケイロ ( f unk。 i r 。,男性) またはフアンケイラ ( f unke i r a,女性) と称 され,その大半 が,1 0代 か ら2 0 代後半 までの,低賃金労働者, インフォーマ ル経 済従事者・義務教育学生・失 業者,無職の者 といった貧 しい若者たちである。 ポ ピュラー音楽は,音楽 を取 り巻 く社会文化的 コンテキス トをそぎ落 とす ことな く分析 され なければな らないこ とは,すで に多 くの研究者 によって指摘 されている。 リオの フアンキ音楽 もその社会文化的 コンテキス トとの関わ りにおいて理解 されなければな らないo なぜ な ら・ フ ァンキ音楽は,その受 け手 も送 り手 も貧 しい若者 であ り ( 少 な くともそうい う約束事 になって い る),彼 らが生 きる場 とともに考察す る こ とな しにはその理解 はか な り不 十分 な もの にな る。 フアンキの歌詞 はフアンケイロ/ フアンケイラたちが共有す る生活 と価値が前提 とされて お り,言語表現 も彼/彼女 らが共有す るスラ ングに溢 れてい る。 フ アンキの カセ ッ トや CD が販売 される店 はフアンケイロたちの住 む地域 に多 く見 られる○ フアンキ音楽 を社会文化的 コンテキス トか ら切 り離 して考 え られない もう一つの最 も重要 な 理由がある。それは, フアンキについて語 る とい うことは, フアンキ音楽で踊 る場・す なわち ,「バ イ レ ・フ アンキ」 と 「バ イレ ・フ アンキ」 について語 ることだ とい って も過言ではな く い う場で起 こることはフアンケ イロ/ フアンケイラの生 きる 日常の コンテキス トと密接 な関わ りを持 っているか らである。バ イ レ ・フアンキ ( bai l ef u nk)とは,DJ ( 現地語読みでデージ ェ-) によって選 曲 された フアンキの CD が大音量でかか り,赤や黄色 の ライ トが点滅す る 中で,体 と体がぶつか り合 うほどに満員の状態で フアンキを踊 る場 であるo フアンキにおいて 最 も重要 な部分であ り, フアンケイロた ちを最 も魅了 しているのは, このバ イ レ ・フアンキで ある。 本稿 の 目的は二つある。一つは, T )オの フアンキ と音楽 を取 り巻 く現象 を概観するこ とであ る。なぜ なら, この音楽 に関する研究 はまだ非常 に少 ないため, フアンキ とは どのような音楽 であ り,それをめ ぐって何が起 きてい るのか を紹介す ること自体 に意味があるo フアンキに関 する研究 は,現地 ブラジルではここ数年間徐 々に増 えているものの・ほ とん どがポル トガル語 による文献であ り,英語文献 は数 えるほ どしかな く, 日本語文献 にいたっては皆無である〇二 っめの理 由は,フアンキ音楽 をめ ぐる世界 の象徴 的意味 をブラジルの主流文化 ( 支配文化)I すなわちナ ショナル文化お よびポ ピュラー文化 との関係 において考察す ることであるo リオの フアンキ音楽 をグローバ リゼーシ ョン時代の落 とし子 として捉 え・アメリカ合州国 ( 以下,北 1 40 天 理 大 学 学 報 アメ リカ とす る)で生 まれた特定の音楽 とス タイルが, リオで どの ように土着化 され,再解釈 されたか を概観す る。 フアンキは,音楽的 には,北 アメ リカで1 9 6 0 年代末 に生 まれたファンク 9 8 0年代 に生 まれたエ レク トロフ ァンク とマ イア ミ版 ラ ップをモ デル と とその流れ を汲 み・1 し・ リオで土着化 されたと考 えられ,音楽 を取 り巻 くス タイルの点では,北 アメリカの ヒップ ホ ップを踏襲 している。 ブラジルのナ シ ョナル文化お よび リオ文化 においては,サ ンバ こそが その具体的な表象であるとされて きたにもかかわ らず,サ ンバの主要な担 い手であるはずの貧 困層 の音楽世界 には,サ ンバ以外 の音楽が溢 れ実 に多様 であ り,なかで も貧 しい若者が,北 ア メ リカの音楽 につ なが りを もつ フアンキ音楽 に自己同一性 を見出 しているのが現状 であ る。 こ の ような現状 を考察す ることは,主流文化 ( 支配文化)が前提 とす る文化的同質性 を問い直す ことにつ なが り,「ブラジルのナ シ ョナル文化」創造の プロセスにおいて周辺 に位 置づ け られ て きた集団のサ ブカルチ ャーを,反主流文化 としてではな く脱主流文化 と して捉 えるこ とにな る。 ここでい う 「 主流文化」 とは・支配文化であ りサ ブカルチ ャーに対抗す る文化である。具体 的 には,全体社会であるブラジル社会お よび リオ社会 において支配的 な集団である中産階級以 上の層の文化 す なわち 「 真正 な」 ナシ ョナル文化かつ リオ文化である。 ここでブラジルのナ ショナル文化お よびリオ文化の生成 プロセス と内容 について詳述する余裕 はないが, フアンキ をめ ぐる現象の意味 を理解す る上で関わ りを持つ点のみ を示 そ う。 ブラジルのナシ ョナル文化 混血」 と 「 地方文化の多様性」である.( Or t i z 1 98 5:3644)2 0世紀初頭 の近 の基本概念 は,「 代 国家の創造 にむけて・ブラジル人が共有する記憶 の拠 り所 としての この基本概念 は,ポ ピュ ラー文化のナシ ョナル文化-の取 り込みによって築かれたOポ ピュラー文化 は,本来エ リー ト 文化 に対抗す る文化 と して位 置づ け られるが,ブラジルの場合 ,「ポ ピュラー」がエ リー トと の対立関係 を含みなが らナ シ ョナル文化 に統合 され,ナシ ョナル文化の生成 に最 も貢献 したの がポ ピュラー文化であ り,その代表がサ ンバであ る。 ブラジルのナシ ョナル文化創造の前夜 に は・支配文化 によって周辺化 されていた貧困層 の音楽だったサ ンバ は,ナ シ ョナル文化 に 「 昇 格 」 したのであ る。その過程 で は,ブラジルの人類 学者 Vi annaが指摘 す る ように,サ ンバ を生 んだ 「 ポ ピュラーである人」 と,それ をナ シ ョナル文化 として取 り込 もうとした 「 エ リー vi anna1 995) 。 そ うしてみる と,今 日の, フアン ト」の間 には密接 な交流 と関わ りがあった ( キを生 んだ貧 しい若者 と主流文化の担 い手 は非常 に分断 された関係 にあるといえるO フアンキ は・主流文化 に取 り込 まれる可能性 はほ とん どな く,経済的社会的に底辺 に置かれ文化的 に支 配 され る 「 特定 の対立状 況・特 殊 な問題 と矛盾- の,「 解 決」 」であ り,「 応 え と して作 られ た」サブカルチ ャー と考 え られる ( へ ブデ イジ1 9 8 6:117)。本稿 では, フアンキ音楽 をサ ブカ ルチ ャーの視点 か ら捉 える。 リオの フアンキ音楽の世界 に関す る研究 には,大 きく分 けて 2つの傾向がある。一つは,ブ ラジルのナショナル文化 とポ ピュラー文化 の視点か らフアンキ音楽の世界 を脱ナ シ ョナル文化 の例 として捉 え・ナ シ ョナル文化が前提 とする文化的同質性 を批判す る研究である。 もうひと 貧 しさ」お よび つ は, フ アンケ イロ ( 貧 しい若者)が生 きる 日常 を最 も制約 し支配す る,「 「 暴力」 とフアンキの関係 を考察す る研究である。 annaと Yddi c eの研 究が挙 げ られるo リオの フアンキ音 楽 を初めて研究対象 前者 には,Vi としたのはブラジルの人類学者 Vi annaであ り,彼 の著書 「リオの フアンキの世界 (OMundo FunkCa io r c a) 」( 1 9 8 8年出版) は, フ アンキ時代 初期 にあ たる1 9 8 0年代 末 の フ アンキ世界 の エスノグラフイーであるo彼 によれば,ブラジル- の文化の輸入は,中産階級の若者が欧米か 1 41 リオデジャネイロの フアンキ音楽 - 貧 しい若者のサブカルチ ャー らメデ ィアを通 じて輸入 した もの を貧 しい若者 も模倣す るとい うや り方 をとるのが常 である。 しか し, フアンキは,北 アメ リカの ヒップホ ップ文化 を貧 しい若者が中産階級 を経ず にダイレ ,「中産階級 はインター ク トに輸入 し土着化 した文化であ り ( Vi anna1 9 88:1 03) , このことは ナシ ョナルな もの に占有 され,"ポ ピュラー階級" はナ シ ョナルで真正 なルー ツを維持 す る と い う論理 を疑 うこ とに通 じ」 Ⅳi anna1 98 8:1 09) ,そ こに フ ア ンキの意味 が見 出せ る。 しか し,Vi annaは, フアンキを反主流文化 として捉 えることは否定す る。「フ アンキの世界 を文 化 的抵抗 として理解す る ことは重要 な問題 を脇へ逸 らす こ とになる。 ・- フ アンキの世界 は,文化 産業が残 した空 白部分 を利 用 した " パ ラ レル" な世界 であ る」( Vi a nna1 988‥1 09- 11 0) 。 フアンキは,文化産業 によって支え られるサ ンバやサ ッカー といった,ブラジルの 「 真 正な」 ポ ピュラー文化 には含 まれ ない。 さらに,Vi annaが重視 す るのは,バ イ レ ・フアンキ ( 踊 る場) と, フアンケイロ/ フアンケイラたちがそこで感 じる もの,す なわち 「 不可能なほ どの快楽 を集団で共有す る時の一体感」( Vi a nna1 988:1 00)である。 フアンキの意味 は,集団 で味 わ う一体感 に身 を任せ ることの快楽 と快感 にあ り,それ以上で も以下で もない, としてい る。 ァメ . )カの ラテ ンアメ リカ文学研 究者 Ydd i c eの論考 は,Vi annaの考察 を踏 まえ,貧 しい Yddi ce 若者 の フ ア ンキ は,ブ ラ ジル に とって は 「 非伝 統 的 な音 楽 ( フ ァ ンクや ラ ップ)」( 1 994‥1 97)によって確立 した としている。彼 によれば, 「 サ ンバ と異 な り, フアンキには個人 か らよ り広い社会の成 り立ちあるいは社会運動や国家への感情 の広が りが見 られない○ フアン キが表現す るものは欲望 と自由であ り,それは, ダンス フロアをお りればな くなる もので,感 情 はダンス とい う行為 においてのみ存在す る。 - ・これが,貧 しい若者が彼 らの世界 を築 く や り方 で あ る」( Yddi c e1 994:21 2) 。 この Yddi c eの い う 「や り方」や 先 に見 た Vi a nnaの 「フアンケイロ/ フアンケイラがバ イ レで感 じる一体感」 を無視 して, フアンキを反支配文化 や反主流文化 といった脈絡で捉 えて しまうことは,結局,主流文化の前提 を追認することにな る。 フ アンキ は,主流 文化 と前 提 を共 に しない, も う一 つ の 「 パ ラ レル な文 化」( Ⅵa nna 1 988:11 0)として捉 え られなければな らない。 1 9 9 0年代後半以降のブラジルの研究者 によるフアンキ音楽の世界 に関す る研究 は,バイ レ ・ フアンキ を重視 し,貧 しい若者が生 きる 日常 を最 も制約 し支配す る 「 貧 しさ」 と 「 暴力」が表 現 される場 としてバ イ レ ・フアンキを捉 えている。 これ らの研究の背景 には, フアンキの中心 ( 1 ) ム 的要素バ イ レにおいて不可欠である 「 暴力」が フアンキにおいて特徴 的であることと,1 9 9 0年 代 に入 って貧困層の住 むスラ がマ フィアの支配下 となった とされることと大 きく関わってい る。1 9 85年民政移管以降の民主化の流 れ とス ラム- のマフィア勢力の浸透 はコイ ンの表 と裏の 関係 にある。スラム住民の 「 権利 と自由の保障 とい う本 質的な民主化 は達成 されず」( Bur go s ,政別 号 取 り残 した部分 をマ フィアが占有 した。「リオの治安の悪化現象 と排 除 され 1 998:44) た者 ( 具体 的 にはス ラム住民 を指す)の政治 的統合 の失敗 との 関連 は深刻 であ る」( Bur g o s 。マ フィアが,政府 がや らなか ったス ラム住民 の生活支援 や雇用 の創 出 を し,エ ス 1 998:43) コーラ ・ヂ ・サ ンバ ( サ ンバ チーム),バ イ レ ・フ アンキ,その他 の娯楽 のスポ ンサ ー となっ ている。ス ラムでは若者がマ フ ィアグループに取 り込 まれ,彼 らによるなわぼ り争 いが頻発 し,スラム住民の生活環境 は常 に暴力 と隣 り合 わせ になるo この暴力がスラムの枠 を越 えて中 産階級の生活圏に侵入 して きた時 ,1 9 9 0年代初頭, メデ ィアは暴力 とス ラムを結 びつけた報道 を繰 り返 し, とりわけバ イレ ・フアンキはその矢面 に立た され,バ イレ ・フアンキに通 うフア ンケ イロ/ フアンケイラは犯罪者 とほぼ同一視 されるようになった。 この ような状況下,ブラ 1 42 天 理 大 学 学 報 ジルの知識人は,暴力 を研究対象 とせ ざるを得ず,特にリオの社会学者や人類学者は,フアン キと暴力の関わ りを取 り上げてきた。 リオの貧困層 ( 特 に若者)の犯罪や暴力を研究す る人類学者 Za l ua rは,貧困層が世代 を越 えて共有する ( サ ンバで表現 されているような)価値観 をもはや持たず,同 じスラム地区の中 に異なる音楽,異なる宗教,異なるマフィアグループなどに傾倒する人々がバ ラバ ラに存在す uadr il ha (クワ ドリ るとしている。彼女 は,貧 しい若者 と密接 に関わ りを持つ 2つの組織 ,q ー リヤ) と g ar e l a (ガ レーラ) に注 目 している。qua dr i l haは,比較的少人数の若者が犯罪 により手 っ取 り早 くメンバーを豊かに しようとするグループである。彼 らにとって犯罪 とは短 期 間に容易 にた くさん稼 ぐ方法であ り,親分の名 にかけて他 の グループとなわぼ り争 い をす る。「 銃の使用 ・財布 に金 ・女の征服 ・死への直面 ・完全 に自分 を自分で コン トロールで きる 自由な人間」 といった彼 らに特徴的な象徴は,男 らしさのエー トスにつながる。q ua dr il haは なわぼ りを持ち,なわぼ りの中の住民 を守ることで労働者である住民 との共存 を可能 とするO ( なぜ なら,労働者である住民 にとって犯罪によって稼 ぐことは受け入れがたい行為 だか らで ある。)このような論理は,バイ レ .フアンキの g a r e l a (ガ レーラ) とい う組織 において も基 本 となる。g re a l aは,同 じ地区に住 む若者 どうLが娯楽の場で形成す るグループである. ( 彼 らは,居住する場所でつなが っている。 )彼 らは,その大半が義務教育の学生や低賃金労働者 であるにも関わらず ,「 お人好 しであること」 を嫌 う。「 お人好 しであること」 は,すなわち, 貧し ずる賢 さのない,低賃金労働 に甘ん じている貧乏人のことであ り,それ を嫌 うことは,「 r e l a( ガ レーラ)は,貧 しさと低賃 いことは愚かなことだ」 と考えることを意味 している。ga 金労働 の否定 という点では q uadr il ha (クワ ドリーリヤ) と共通するが,異 なる点は,それが 特定の親分の支配下にあるのではな く住んでいる場所でつなが っているグループであ り,犯罪 で所属 メ ンバ ーが豊か になるための グルー プで はない こ とであ る。に も関 わ らず ,ga r e l a は,バイレ ・フアンキにおいて,他の g a r e l aとの ライバル意識か ら時 には殺人にいたるよう l ua r 1 997:3 949に基づ く) な暴力的争いに明け暮れる。 ( 以上 ,Za バイレ ・フアンキにおける ga r e l aどうしの喧嘩 にみ られる暴力 について論 じた,ブラジル c c he t t oは,喧嘩のためのバ イ レと喧嘩が ない とされるバ イレとを比較 し,結 の社会学者 Ce 局 どちらにも喧嘩 による暴力は存在 し,両者 とも対立 と協調,争いと連帯 とを同時 に有 し, ど ちら側 に傾 くかによって喧嘩の多いバ イレと喧嘩が少ないバイ レに分かれるにす ぎないことを ar e l a (ガレーラ)による暴力的行為 と協調的行為は,相反する 2つの行 為に 指摘 している。g 分け られるのではな く,同一の g a r e l aのメ ンバーの中に同時 に存在す る異 なる側面 として捉 え られなければならない。バイレ ・フアンキは,他人の前で興奮 を解 き放つ ことと感情 をむ き 出 しにすることの可能な場であ り,緊張の解放が許 されると同時に緊張が求め られる場 なので Cac c he t t o1 9 9 8と19 97に基づ く) ある。( これ らの ようにフアンキを暴力の面から考察する論考は,一見,フアンケイロ/ フアンケイ ラを犯罪者 と同一視する中産階級の論理 に荷担するように思われるが,「 犯罪を犯 さない フア ンケイロ/ フアンケイラの方が多い」 とか 「 貧 しい若者がみな犯罪者 とは限 らない」 といった 批判 は,貧 しい若者が潜在的 にもつ意識 を理解す る上ではそれほ ど重要ではない。Za l ua rや Cac c he t t oが強調するのは,貧 しい若者が置かれる経済的社会的現状 において,常 に抑制 され ている感情が解 き放たれる時それは暴力 とい う形 になって現れるとい うことと,支配する側が こうあってほ しい と望む貧困者の理想像すなわち 「 真面 目で正直な低賃金労働者」 に対する嫌 悪である。実際 に暴力 を振るう者であろうがなかろうが,貧 しい若者 を引 きつけるのは,こう リオデジャネイロのフアンキ音楽 - 1 43 貧 しい若者のサブカルチ ャー いった意識 の共有であ り,バ イレ ・フアンキはそれが具現 される場 なのである。 ブラジルの コ ミュニケーシ ョン論者 He r s c hmann もフ アンキの歌詞 に特徴 的 な犯罪 テーマ について考察 している。彼 は, フアンキにおいて しば しば犯罪が歌 われるか らといって,直 ち にそれ をフアンケイロ/ フアンケイラの犯罪性 に結 びつけるのは短絡的だ としている。彼 らが 「 犯罪や犯罪組織 を強調す るのは,若者の反抗 の表現 として捉 えられるべ きである。 この よう な反抗 は,彼 らの 日常 に浸透 している暴力の象徴 的表現 と考 えるよ りむ しろ,いか に もステ ィ グマ とされ犯罪 に結 びつけ られやすい語 り方か ら理解 されるべ きである」 とし,わざわ ざ犯罪 ,「彼 ら自身 を日立たせ可視 的な存在 となるための戦略 を肯定す る ような歌詞 を表現す るのは He r s c hmann1 9 97:747 5) としている。貧 しい若者 は,支配集団が 自分 たちに貼 り である」( 付 けたラベ ルを利用 し,全体社会 において自分 たちを中産階級 の若者 と区別 させ ることに成功 している とい うこの指摘 は,サ ブカルチ ャー と してフアンキを捉 える上で重要である。 c eも, フ アンキ にお け るバ イ レ ・フ アンキの重 要性 を認 め る メキ シコの都市 社会学者 Ar が,暴力 との関わ りか ら捉 えることに同意 しない。彼 によれば,暴力 を儀礼化 したバ イ レは確 かに存在す るがほんの僅かである。 フアンキは,支配集団 によって逸脱者 と して見 なされて き た集団が ,「逸脱者」 と しての アイデ ンテ ィテ ィを共有 して まとまることを可能 とす る。(Arce 1 9 97:1 48)また,貧 しい若者 は,社会的 に不可視の存在す なわち匿名 の存在で しか なか った が,バ イ レ ・フアンキの暴力が強調 されることで,彼 らは さらに犯罪者 と同一視 され るように なった。 この ように,バ イ レ ・フアンキに対 してではな く 「 貧 しい若者」 とい う社会集団全体 c eは指摘す る。( Ar c e1 997) に熔 印 を押す ことに,文化産業 も荷担 していると Ar 以上, フアンキに関す る主 な研究 を概観 した。 フアンキを脱主流文化の視点か ら捉 える研究 も暴力の面か ら捉 える研 究 もいずれにせ よフアンキの世界がサブカルチ ャー としての意味 をも つ ことを考察 し,サ ブカルチ ャーに内在す る,支配的価値 においては正 しい 「 意味 の混乱 を引 9 8 6:1 2 9 )に注 目 している。本稿 において も, き起 こす本 当の方法 と しての力」 ( ヘ ブデ イジ1 フアンキを, この ような力 をもつサブカルチ ャー として捉 える。 第 1章 フアンキの歴史 リオの フ アンキは どの ように成立 し変化 して きたのか。 フ アンキの歴 史 には定説が存在す る。 これは, フアンキの世界,特 に DJや ミュージシャンの間では常識 となっているが,全体 社会の主流文化 においてはまった く知 られていない。 フアンキの歴史の定説 は, フアンキの リ ーダー的存在である DJ Ma r l bo r oと1 9 8 0年代末の時点で フアンキを研 究対象 とした人類学者 vi a nnaの文献 によって築かれた といえる。 フ アンキの成立 と変遷 に関わった人 間は無数 にい るが,その経験 を記述 しまとめたのはこの 2人であろ う。後 に,様 々な新聞 ・雑誌の記事や研 究報告 の中でフアンキの歴史が概説 されて きたが, どれ もが DJ Ma r l bo r oと Vi a nnaが まと めた ものに依拠 している。表 1は リオの フアンキの オフィシャルな概略史である。 フアンキの歴史の定説 において重要 な点 は次 の通 りであ る。 (1) フ アンキのルー ツをブ ラ ジルの伝統 ( 混血性 や アフ リカ性) に求め るので は な く,北 アメ リカの音 楽 に求め る こ と。 (2)1 9 7 0年代末 に世界 中で見 られたデ ィス コブームの一つの変型であ ること。 (3)ス タイ ルのモデルが北 アメ リカの ヒップホ ップにあ ること。 (4)初期 ( 1 9 8 0年代 末 まで)は歌詞が 9 9 2 年 の貧 しい若者の集 団 に よる ビーチでのか 英語の輸入物の曲が一般 的だった こ と。 (5)1 っさらい事件 によって, フアンキに対する否定 的イメージが全体社会で固定 された頃が,貧 し い若者 の間での フ アンキ隆盛期であ ったこと。 しか し,全体社会 においては, フアンキの否定 1 4 4 天 理 大 学 学 報 的 イメージのみが一般的 とな り,音楽 と しての フアンキは相変 わ らず まった く知 られていなか 9 9 5年 と1 9 97年,中産階級 も巻 き込 む ヒッ ト曲が フアンキか ら出 る。 ヒッ トチ ャ った。 (6)1 ー トにフアンキの ヒッ ト曲が出てメデ ィアで盛 んに露出 され,主流文化 においてフアンキが ブ ームになる。 しか し, この タイプの フアンキは, フアンケイロの間では 「ロマ ンチ ックフアン キ」 として区別 され,実際 に貧 しい若者が 日常的に聞 きバ イレ ・フアンキで踊 るフアンキ とは 9 9 5年 と1 9 97 年 は,貧 しい若 異 なる ものだ った。 (7)主流文化 で フアンキが ブーム となった1 者の間ではフアンキは勢いを失 いつつあった。 これ らの 7つの点 は,フアンキが,主流文化 に おいて正 しい とされる 「ブラジル ら しさ」 と無関係であろ うとす ることと, フアンキの歴史が 主流文化で認め られている 「ブラジルポ ピュラー音楽」 の枠の外 で築かれていることを意味す る。 フアンキの歴史の定説は, フアンキが脱主流文化であることを示 している。 第 2章 第 1節 フ ァンキ をめ ぐる現 象 ファンキ音楽 Ma s t e ro rCe r e mo ny) ,エ アロゾール ・ ヒップホ ップを構成す る 4つの要素 は,DJ,MC( ( 2 ) 1998:18)。 リオの フアンキは,この る 。北 アメ リカの ヒップホ ップで は,DJは ダン アー ト ( グラフ ィテ ィ),ブ レイクダンスである ( 荏開 うちの 2つの要素 ,DJと MC を踏襲 してい スパーテ ィで レコー ドを器用 にスクラ ッチ ( 前後 にこするように して昔 を出 しリズムを刻 むこ と) させ,その ビー ト (リズムの昔) に乗 って ラ ップ を披 露す るのが MC (ラ ッパ ー)であ る。 リオの フアンキでは,DJは, フアンキの CD を用いてバ イ レ ・フアンキで踊 るための音 楽の シー クエ ンス ( 選 曲のつ なが り) を創 り,バ イ レ ( 踊 る場)が盛 り上が るか どうかの鍵 を 握 る役割 を果 たす。北 アメ1 )カの DJと異 な りス クラ ッチはや らない。MC( Ma e s t r od ac e i_ r mo ni a)は, フ アンキ を作 詞作 曲 し歌 う人の こ と,す なわち フ アンキ ミュー ジシャ ンを意味 。彼 らはバ イ レとは別 にライブを し,北 アメ リカの MC と異 な りバ イ レで ラ ップを歌 わか 、 や り,そこではラ ップを披露す る。 MCが作 る曲の タイ トルの大半 は," Rapd e- ・"(- ・の ラ ップ,現地語読 みでハ ツ Me 1 6d e・・."(ど)あるいは " ・のメロデ ィ,現地語読みでメロー,メロデ ィのス ラン グ) とい う形 を とる。 タイ トル に Ra p (ラ ップ) とい う表現 を用 い るの は,明 らか に北 アメ リカのラ ップをモデル とした結果である。北 アメ リカの ラ ップでは,オ リジナルの曲 よ りむ し ろ既存 の曲をサ ンプ リング ( 借用)す るのが常 であるが, リオの フアンキはオ リジナルである ことが多 く,サ ンプ リングの割合 は北 アメリカのラ ップに比べて小 さい。 次 に, メロデ ィであるが, フアンキには,メロデ ィがそれほ ど明確 ではない もの とサ ンバ に 似 た比較的 メロデ ィを持つ ものの 2種類がある。前者は, メロデ ィが明確 でない といって もメ ロデ ィが ない とい うことではな く,主流文化が認め るようなメロデ ィは見受 け られない とい う ことであ る。つ ま り, ウオー レスが挙 げているラ ップのい くつ かの際 だ った特徴 の ひ とつ, 「 正典 (カノン) として認め られた進展 ( プログ レシ ョン)のない断片以外, メロデ ィを持 た ない」 (ウオー レス1 9 9 8:1 5 2) とい うの と同様である。北 アメ リカのラ ップは基本 的 にメロデ ィを持 たず ,「しゃべ り,叫ぶ歌詞 は,押韻 と類書 を特徴 とす るが,つねに リズ ミックな韻律 を刻む」 (ウオー レス1 9 9 8:1 5 3) 。それ に類似す る, リオの メロデ ィが それほ ど明確 で はない ,「叫 び」 ともいえる曲であ る。ず っ とただ叫んでいるのである。歌詞 は リズム を フアンキは mo nt a g e m"と呼 ばれるフ 刻 むだけでメロデ ィを持 たない。 この 「 叫び」の曲のほ とん どは," アンキである。" mo nt a g e m"は,現地語でモ ンタ-ジェ ンと読み 「モ ンタージュ」の意味 であ 1 45 リオデジャネイロのフアンキ音楽 - 貧 しい若者のサブカルチャー る。 これは, リズムに乗 って一つの単語が繰 り返 されるだけである。後者の 「 サ ンバ に似 たメ ロデ ィをもつ」 フアンキは,r ap ( ハ ツピ, ラ ップの意) と呼 ばれ,メ ロデ ィはサ ンバ で リズ ムは フアンキである。そ して,mo nt age m ( モ ンク- ジェ ン) と r a p( ハ ツピ)の 中間に位置 す るのが f unkr a8 t e i r o (フ アンキハス テ イロ)であ る. これ は,mo nt a ge m ( モ ンク- ジェ ン) に近いが多少の抑揚 のあるメロデ ィを有す る。だが ,r a p( ハ ツピ) に比べ れば音 の高低 の幅はかな り狭 くテ ンポがず っ と速い。 フアンキにおいて,メロデ ィよ り強調 されるのが リズムであ るo北 アメ リカの ラップの リズ ムは 4拍子 で,歌詞 は 「 つねにリズ ミックな韻律 を刻み,バ ックのベース,ス クラ ッチ, ドラ ムス と絡 み合 いなが ら,助 け合いなが ら,ひ とつの分厚 い通時的 な リズムの層 を形成 す る」 ( ウオー レス1 998: 1 53) 。 リオの フアンキ も歌詞の刻 む リズムが リズムの層 に厚 みを増すo リ オの フ アンキの リズムは基本的 には 4拍子 だが, シンコペ ー シ ョンが強 くサ ンバ 的であ る。 ( 図 1参照) 高音の リズム 低音の リズム 図 1 フアンキの リズム リオの フアンキは以下の ように分類 される。 Mo nt ag e m ( モ ンタ-ジェ ン)- 短い フ レーズや一つの単語が ビー トに乗 って繰 り返 さ れるフアンキ。バ イ レで中心的役割 を果たす。既存 の曲をサ ンプ リング ( 借用) した もの もあ る。 cha m e (シャル ミ)- バ イ レの最初の 1時間位 の人が集 まるまで にかか るフ アンキ。 ゆっ くりしたテ ンポでボーカルを全面 に出 した もの。 Funk r as t e i r 。 (フアンキハ ステイロ)- バイ レで シャル ミとモ ンク-ジェンの間にか ap よりテ ンポが速 く,mo nt ag e m よ りメロデ ィの高低 の幅がある。 か る。r Ra p( ハ ツピ)- 歌詞が全面 に出てい るフアンキ。バ イ レではかか らない。 フ アンキや モ ンク-ジェ ンよ りメロデ ィが明確 で,歌詞の メ ッセージが重視 される。 ラジオや カセ ッ ト cD で聞かれる。 また,MC が ライブで披露す る。 Funki nt e mac i 。 na l(フアンキ インテルナシオナル)- 北 アメリカか ら輸入 された英語 の ダンス ミュージ ック。北 アメ リカの ラ ップを指すわけではない。 Funk r 。 mant i c 。 (フアンキホマ ンチ コ)- 主流文化で ヒッ トした 「メロデ ィのある」 フアンキ。バ イ レ ・フアンキでかかるフアンキ よ りず っとゆっ くりしたテ ンポ。 フアンキの演奏 は,北 アメ ・ )カの ヒップホ ップ同様, レコー ド ・CD の演奏 と MC (ラ ッパ ー,す なわちボーカル)か らなる。バ ン ド編成 による演奏 はない。バ イレ ・フアンキでかかる mo nt age mや f unk r as t e i r oのボーカルは,歌 うとい うよ り 「叫 び」 か 「 抑揚 のあ る しゃべ り」 に近 く,ボーカルの音程が微妙 にずれてお り,意外 に もボイス トレーニ ングの されていな い素人 っぽい発声 によるフアンキが多い。 1 46 第 2節 天 理 大 学 学 報 バ イレ ・ファンキ バ イレ ・フアンキ ( 以下,バ イレとす る) は,先 に若干述べ た ように,DJ によって選 曲 さ れたフアンキが大音量でかか り,赤や黄色 の ライ トが点滅す る中で,体 と体がぶつか り合 うほ どに満員の状態で フアンキを踊 る場であるoバイ レは, リオの中産階級以上の若者が通 う,世 界 中の都市 で一般 的 に見 られる ような洗練 されたデ ィスコや クラブ に似 てい るが,異 なるの は,その面積が広 く,建物のつ くり,ライ ト,音響 といった設備が非常 に粗末なことである。 バ イレの時間は,毎週木曜 日か ら日曜 日の うちの数 日,夜1 0時 ごろか ら朝 4時 ごろまである。 バ イ レが盛 り上が るのは夜 中の 2時 ごろか らである。 また,バ イ レの所在地 は低所得者の住 む 地域 にあ り,中産階級 の住 む地域や リオの一等地お よび観光地 には存在 しない。バ イレが盛 り 上がるか どうかは,人がぶつか り合 うほ どに混んでいることと DJの客 を煽 る声 と選 曲にかか っている。バ イ レは少 な くとも1 00人近い人がいない と盛 り上が らない とされる。小規模 なバ イ レで1 0 0 0-2 0 0 0人・大規模 なもので5 0 0 0人 ともいわれる。入場料 は,1 9 9 7 年 か ら1 9 9 8年 の時 点で・女性 は平均 2-3レアル,男性 は平均 4-5レアルであ り,最低賃金の月額の 2-4% に相 当 し決 して安 くないが,工面で きない金額ではな く調達可能 な範囲である。 バ イレは, フアンキの最 も重要 な要素であ り, フアンケイロ/ フアンケイラを最 も魅了す る 場である。一般的に,主流文化 におけるポピュラー音楽 フアンは,好みの音楽 ソフ トを購入 し て音楽 を聴いた り, ラジオでかかるのを聞 き, コンサー トに出かけ生演奏 を楽 しみ,特 に傾倒 する ミュージシャンのアルバムを買いそろえた り,音楽雑誌 な どで インタビュー記事や評論家 の意見 を参考 に した り, とい うようにその音楽 を消費 し楽 しむのが常 である。 ところが, フア ンケ イロ/ フアンケイラの フアンキの楽 しみ方 はこれに一致 しない。彼 らは常 にラジオか ら流 れるフアンキを聞いている。聞いているが,特定の ミュージシャンや特定の曲に限定せず,空 気の ようにフアンキを流 しているにす ぎない。彼 らにとって重要なのは毎週末バ イレに行 くこ とである。バ イレとい う場 こそが フアンケイロの神髄である。 バイ レでは一定のスタイルをとらなければならないo まず,服装である。男性の服装 は,北 アメ リカの ヒ ップホ ップの スタイルを模 倣 してお り,野球帽,派手 な ロゴや文字 ( 英語 が多 い)の T シャツ・冬 はジャンパー, タイ トなズボ ン ( ジー ンズが多 い)かバ ミュー ダ,ブ ラ ン ドのスニーカー,鎖のネ ックレス,大 きめの派手 な腕時計 が基本的 なス タイルである。女性 は・体 にフイッ トしたおへ その見 える T シャツか肩紐 の細い タンク トップ, ヒップライ ンを 強調す るジー ンズか短パ ンでいずれ も体 の線がはっ きりわかる服,ブラン ドのスニーカーかサ ンダルである。 次は,誰 と行 くかである。他の ダンス同様 ,男女のカ ップルで行 くこともあるが, フアンキ に限 って見 られるのは同性同士の グループである。同性数人の グループで踊 りに行 くのは, フ アンキを除いて他 にはない。男女のペ アが踊 る傍 らで,女同士,男同士が同 じ振 り付 けで踊 る 光景が見 られる。彼 らは同 じ地区に住む仲 間 g ar e l a (ガ レーラ)である。 ダンスのス タイルは,男女 とも非常 にサ ンバ的であ り,陣で リズムをと りなが ら踊 る。 しか し,サ ンバの ように足で細 かい リズムを刻 んだ りステ ップを踏 んだ りしない。男女のペ アの場 合,他 のダンスに見 られるように肩や腰 に手 をまわ して踊 らない。向かい合いなが ら時折腰 や 体 をぶつけ合 って踊 る。男同士,女 同士の場合,グループごとに振 り付 けがあ り数人で同 じ振 danG a da り付 けで踊 るo女性 だけ に特徴 的 な ダンスのス タイル に 「ダ ンサ .ダ ・ブ ンダ ( bunda,お尻 の ダ ンスの意 ) 」 があ る。 これは,女性 が前屈み になってお尻 を突 き出 し,お尻 だけをリズムに合わせ て くね くね と動かす ダンスである。 リオデジャネイロのフアンキ音楽 - 1 47 貧 しい若者のサブカルチ ャー 写真 1 バ イレ ・ファンキの様子 また,筆者が意外 に感 じたのは, ダンスフロアにいなが ら踊 らず にだた立 っている人が多い ことである。何時間 も踊 り続 けるのは難 し いため,多 くの人が食べ た り飲 んだ り談笑 した り, また休憩するのはデ ィスコや クラ ブで もしば しば見 られる光景である。 しか し,バ イ レ ・フアンキでは, ひと休 み して いる様子 もな く踊 りもせず,ただ立 ってい る人が多数お り,彼 らは踊 っている時間 よ り立 って他 の人が踊 るの を見ている時間の 方が長いのではないか と思 えるほ ど,その 場 にいること自体 を楽 しんでいるようであ る。 音楽 と踊 り以外 のバ イレの楽 しみは,ア ルコール, ドラッグ,ナ ンバであるO アル コールは ビールかサ トウキ ビ焼酎である。 ドラ ッグは大麻か コカインで, どち らも違 法なので隠れてや りとりされる。多 くの人 間が アルコールか ドラッグに酔 っている。 ナ ンバ も盛 んで あ る。先 に も述 べ た よ う に,同性 同士 の グループが多いの もうなず ける。一夜 の相手 を探 してバ イ レに来 る者 も多い。 バイ レの もう一つの重要な要素 は,暴力 i l e で あ る。バ イ レには, 3つ の種 類 ,ba 写真 2 ダンス 1 4 8 天 理 大 学 学 報 dec o r r e do r( バ イ レ ・ヂ ・コへ ドール),b ai l eno ma l( バ イ レ ・ノルマ-ル),b a i l edec o muバ イ レ ・ヂ ・コムニ ダーヂ)がある。一つ 日の b a i l e de c o 汀e do r( バ イ レ ・ヂ ・コ ni dade ( へ ドール)は,ネ ッ トのないテニスコー トの ように 2つのライバルグループのため に空 間が分 け られてお り,中央 の境界 に中立 の通路がある。2つの グループはこの通路 を挟 んで喧嘩 をす る。踊 るためのバ イ レとい うよ り喧嘩場 の ようであるが ,DJが フアンキ をか け喧嘩 を挑発す るような声 をかけるのでス タイルはバ イ レである。仲間が敵 によって傷つけ られた ら必ずかた きをとらなければな らず,相手の陣地 に侵入す るタイ ミングとテ クニ ックが重要である。 この ような グルー プは先述 した ように g a T e l a (ガ レー ラ) と呼 ばれ る。gar e l a (ガ レー ラ)は, ar e l a (ガ レーラ) 同 じ地区 に住 む仲 間で構成 される。バ イ レで は異 なる地 区の ライバ ルの g 同士がぶつか り合 うのである。通常,武器 は使 われない ことになっているが,ナ イフで刺 され た り銃で撃 たれて殺 人に至 ることもある。殺 人はルール違反であるか ら,殺人が起 きる とバ イ レはお開 きになって しまう。二つ 目の b a i l e no m al( バ イ レ ・ノルマ-ル)は,主催者 によ って厳 しく取 り締 まられているに も関わ らず喧嘩が起 こるバ イ レである。入 り口でボデ ィチェ ックがあ り,警備 員 も配備 され ,DJはバ イ レを盛 り上 げる一方でお客が過度 に興奮 しない よ う選 曲を考 える。 しか し,様 々な地 区の g ar e l a (ガ レー ラ)が来 るので必 ず喧嘩 が起 きる。 よそ者 とは争わなければな らないか らである。暴力 は禁 じられているので初めは喧嘩は起 きな いが,バ イレが盛 り上が り終盤 に近づ くと,熱 くなった フアンケイロたちは,肩が触 れた とか こち らを見 た とい ったち ょっ とした きっか けで殴 り合い を始 め る。喧嘩 は,同性 どう Lでや る。喧嘩 は,警備員 に押 さえられるかバ イ レがお開 きになって終 わるが,バ イレ終了 後の出口付近や外 のバス停 やバスの中で喧 嘩の続 きが始 まることもたびたびである。 これ も最悪の場合殺人 に至 ることがある。 3つ 目の ba i l edec o mu山da de ( バ イレ ・ ヂ ・コム ニ ダー ヂ)だ けが暴 力 が起 きな い。なぜ な ら, このバ イ レには同 じ地区の 同 じg a ∫ e l a (ガ レー ラ)の 人 間 しか来 な いか らである。バ イレが盛 り上が った時多 少の小競 り合いは見 られるが,喧嘩のない バ イレである。 以上の 3種類のいずれのバ イ レにおいて ち,g ar e l a (ガレーラ)同士 の喧嘩以外 に 暴力が行使 される場合がある。それは,響 察が介入 した時である。 ドラ ッグが売買 さ れるバ イ レに警察が入 る と必ず警察 と ドラ ッグ売人の間で銃の撃 ち合 い とな り死者や けが人が出る。 暴力のためのバ イ レともいえる b ai l ede c o 汀e do r( バ イ レ ・ヂ ・コへ ドール)の絶 頂期 は1 9 9 2 年 ∼1 9 9 4 年であった。暴力があ 写真 3 フアンケイロ ま りに もひ どくな りバ イレ離れが進み,当 1 49 リオデ ジャネイロの フアンキ音楽 一 貧 しい若者のサ ブカルチ ャー 局 によって閉鎖 されるバ イ レも増加 したため, フアンキ産業側 はバ イ レの立 て直 しにむけて・ 「 バ イ レの反暴力」 を掲 げて平和 なバ イ レを宣伝 した。1 9 9 0年代 半 ばには b ai l e de c o 汀e do r ( バ イ レ ・ヂ ・コへ ドー ル) は激減 し,バ イ レは再 び集客 能 力 を高 め る よ うにな ったo しか し,バ イ レは相変 わ らず暴 力 と隣 り合 わせであ る。筆者が インタビュー した フ アンケイロによ ,「先週 の木曜 日に行 ったバ イ レは銃 の撃 ち合 いで終 わ ったo ドラ ッグ密 売 人がバ イ レで ると 大麻 や コカイ ンを売 るoそれ を警察が見つけ るQ警察が発砲す るQパ ン,パ ン,パ ン ! これ で終 わ った。俺 は逃 げ た。 こ うい うこ とはいつ もの こ とさ。 」 (フ アンケ イロ,1 6 才)「 バイレ が終 わ って外 に出 て,帰 る時 に な って無性 に イ ラ イ ラ して くる ん だ。喧 嘩 を した くな るん 」 (フアンケイロ,1 8才) この ように,バ イ レと暴 力 は切 り離 して考 え られ ないのであ る0 だ。 第 3節 詞 歌 本稿 で は,歌詞 自体 を詳 しく分析 す る余裕が ない ためそれ は別 の機会 に譲 る と して, フアン キが取 り上 げるテーマ と特徴 を概観す る。 フ アンキで歌 われ るテ ーマ はおお よそ次 の通 りであ る。 (1) 自分 た ちの g ar e l a (ガ レー ラ)や住 む地 区 の称 賛,貧 困者 居 住 地 区 の代 表 と しての 7 7ヴェ- ラ称 賛 ,仲 間 の連 帯, (2)バ イレの称賛 , (3) フ アンケイロ/ フ アンケ イラのス タイル, (4)暴力 の否定 と平和 ・協調 の肯定 , (5)貧 しさ, (6)男性優位 主義 的恋愛 と女性像 ,セ ックス, (7)犯罪。 ar e l a (ガ レー ラ) (1) は, フアンキの中心 的 テーマであ る。居住 地 に よって連帯す る g は友情 で結 ばれた仲 間で あ り, よそ者 と身内 を区別す る。例 えば ,「7 7ヴェーラには良い人 Rap do しか い な い, コ ミュ ニ テ ィの俺 た ち友 達 は友 情 を交 わす パ ー テ ィ をや る か ら」( B。 r e l , ボ レルの ラ ップ,ボ レルは フ アヴェ- ラの名前)や, リオ中のス ラム地 区の名前 を列 pdoUr ubu (ウルブの ラ ップ)やバ イ レの所在地 を列挙 す る Ende r e 9 0do sBa i l e s 挙す る Ra ( バ イ レの住所 )は ガ レーラ を越 えたス ラム全体 の連帯 を歌 ってい る。 (2) は,バ イ レのす ,「バ イ レで は感情 と身体 が解放 され, 自由で純粋 な幸福 を味 「ホ ッ トな リズム」, 「ビー トの繰 り返 しは最高」 とい った内容 であ る。 (3) は, フ わえる」, ば ら しさをテーマ とす る もので ァンケ イロ/ フ アンケイラの姿 を歌 った もので,典型的 な歌詞 は,Ra p da De f e r e n9 a( 違い の ラ ップ)の 「 俺 はバ イ レで フ アンキ を踊 る。俺 は フ アンケ イロ。 キ ャップをかぶ って髪 をセ ッ トして指輪 を して歩 く. インターナ シ ョナルなス タイルの服 を着 る。 ' )-ポ ックや ナ イキ。 シクロー ネのバ ミュー ダはオ リジナ ルブラ ン ド。俺 の輸入物 の キ ャ ップは年代 物。」 であ り, フアンケ イロ/ フ アンケ イロのあ こが れの ブラ ン ドを列挙 す る歌 詞 もあ る。 (4) は,バ イ レで頻発 す る暴力 は もうた くさんだ,我 々は平和 を望 む とい う主 旨の歌詞で あ る。 このテーマ もフ アンキには多 い。それ だけバ イ レで暴力が横行 しているこ とを示 してい るが,暴力の横行 は,バ イ レだけではな く彼 らの 日常 において も見 られる。多 くの歌詞 で使 わ ,「暴 力 は もうた くさん。暴力 を終わ らせ平和 を復 活 させ よう」 である。 (5) れ る フ レーズは の 「 貧 しさ」 について は,貧 しいが幸せ とい った内容か,貧 しさを嘆 くものが多 い。例 えば, 「 一生懸命働 いて も少 ししか稼 げ ないO私 には賛沢 はない.で もフアヴェ- ラにはいい人がい る。 フアヴ. I : ラを出た人 もまた戻 って くる。 とい うのは, プ アヴェ-ラには白人 も黒人 も住 , んでいて偏見が ないか ら。 」( RapdoPo br e,貧乏人の ラ ップ)があ るO しか し 「貧 しさ」 を テーマ とす る歌詞 は,反政府 的,反支配者的 なメ ッセー ジにはつ なが らない。 (6)セ クシ ーな女性 との恋愛 ,噺笑 の対象 と しての女性 とい ったテーマ は, フ アンキ に非常 に多 い。 「 バ イ レで子猫 ちゃん と踊 りたい」 や 「セ クシー な君 と踊 りたい,愛 し合 いたい」 とい った フ レー 1 5 0 天 理 大 学 学 報 ズは多 くの歌詞で出て くる。 また,男 を食い物 にする女の歌 ( 例, ピラニア)や男装 レズ ビア ンをあか らさまに差別的に歌 うもの,醜い女を噸笑する歌 ( 例,豚女のラップ)など下世話な ネタで笑わせ るものが一 一般的である。ほ とんどが男性優位主義的な内容であるO (7)の犯罪 を肯定 した り扇動 した り,犯罪組織の親分 を称えた りする内容の曲もフアンキ には特徴 的である。 このテーマは, フアンケイロたちに対 してではな く,中産階級以上の支配 9 9 2 集団に恐怖 を抱かせ,フアンケイロと貧 しい若者 を犯罪者 と同一視することを助長する01 年にリオの一等地の ビーチで起 きた 「 かっさらい」事件 と時期 を同 じくして リリース された, RapdoA m a s t ao ( かっきらいのラップ) という曲は,貧 しい若者-フアンケイロ-バイレ ・ , フアンキ とい うイメージの図式 を固定化 したO歌詞は 「 俺はアメ リカの音楽が好 きで,毎週 末バ イレを楽 しみに行 く。で も,家 に帰 る時,バスをつかまえるのは一苦労だ。そこに突然, かっさらい。金 も時計 も隠せ。気 をつけろ。か っさらいが来 るぞ。俺 は毎 日身 を粉 に して働 く。けれ ど週末 にはいつ も問題 だ。俺の金 を隠 さな くちゃ。乗 り物 に乗 る時は。 」( RapdoAr r as t a o )である。 また,銃 を乱射する擬音で始 ま り銃の種類 を列挙する 「 銃のラップ ( Rapda s Am as) 」やマフィアの親分 を称 える曲もある。 以上の他 に,歌詞にみ られる もう一つの特徴がある。それは,特 に意味のない歌詞である。 同 じフレーズや単語 を繰 り返す mo nt a g e m ( モ ンタ-ジェン)や r unk r a s t e i r o (フアンキハ ステイロ)に見 られる。繰 り返 される単語は,例 えば,「セ ックス」「フアヴェ-ラ」「 1 0% レ 」 Ah! !Eu t6 ジャー 「ダンス,踊れ」 などである。中産階級の間で も知 られている有名な曲 " mal uc o! ' '( ああ,俺はなんて馬鹿なんだ)は,別 タイ トルを " Me 1 6doDe s e s pe r a do ' '( 絶望 し , た人間のメロデ ィー) といい 「ああ,俺 はなんて馬鹿 なんだ」 とい うフレーズだけが繰 り返 される。 歌詞のテーマはこれ ら以外 にもあるが,ここでは特 に顕著 なものを例示 した。 どの歌詞 も貧 しい若者 自身 と彼 らの 日常生活 を等身大に表現 している。 アイディアは彼 ら自身の発想か ら生 まれているため,彼 らと共に生 きていない と歌詞の本当の意味 を理解することは難 しい。 さらに,歌詞の もう一つの特徴 は,ス ラ ング と独特 の発音 とイ ン トネー シ ョンを持 ち, Ah! ( ア !)や Uh! ( ウ !) とい ったかけ声が多 いことであ る。これは,歌詞 とリズムの 取 り方が彼 らの 日頃の話 し方 に非常 に近いことを意味 している。筆者は中産階級の友人に,収 集 したフアンキの歌詞の聞 き取 りを依頼 したのだが,歌詞 には,その友 人には聞 き取れない か,あるいは聞 き取れて も意味の分か らない表現が数多 くあったため,作業は予想以上に難航 した。意味不明の箇所 をまとめ,フアンケイロたちにその意味 を尋ねた ところ彼 らは即答 して くれた。 ここで問題 なのは,単にスラングを知 っているか どうかではな く,形の上では同 じ単 語であ りなが らその単語の背後の意味が まった く異なるとい うことである。 このことは, リオ とい う全体社会 を構成する異なる社会集団の間の言語表現 に見る文化的断絶 を示 している。 第 3章 フ アンキ音楽産 業 :送 り手 の メ ッセ ージ フアンキ産業 に関する公式の数値デ-夕はない。 フアンキの主要素であるバ イレに関する数 字 も推定 で しか ない。 フ アンキ時代 初期 に先駆 的調 査 を行 った人類 学 者 Vi a nnaに よれ ば,1 9 8 7 年, リオ大都市圏では,毎週末約7 0 のバ イレフアンキがあ り,各バ イレの入場者数 00人 とすると,少 な く見積 もって も1 ( 対万人がバ イレで踊る計算になる。( Vi a nna1 98 8 平均 を2 による) 1 9 9 4年の軍警察の概算 によれば,バ イレに通 うフアンケイロ/ フアンケイラの人数は 0万人であ り ( Jo ma ldoBr a s i l ,1 9 9 4年 2月 3日付),1 9 9 6年の O Gl o bo紙の記事 による 約3 リオデジャネイロの フアンキ音楽 - 1 5 1 貧 しい若者のサブカルチ ャー ( 0 Gl o b o1 9 9 7 年 1月 1日付), とされる0 1 9 9 7 年 ,F o l had eS.Pa u l o紙 に載 った,社会学者 Ca c c he t t oの 算出 による と,毎週末約4 0∼5 0 0 のバ イ レが あ り,各バ イ レに2 00 人 として約 1 0 万人がバ イ レで踊 る とい う勘定 になる。バ イ レの入場料 はおお よそ 5-1 〔 ル アルであるか ら,バ イ レの収 益 は5 0 0 万 レアルか ら1 0 0 0 万 レアルに も上 る。( Fo l hadeS.Pa ul o1 9 9 7 年 7月2 5目付) バ イ レは雇用 も創出す る。バ イ レを主催す る音響会社 は,1 9 9 6 年現在,約 1 5 0 社 あ り,それ ぞれが,電気技師,音響技 師,運転手,切符販売員,警備員 ,DJ ,音楽 ソフ ト収集月 な どを と,毎週末5 0 0 のバ イ レがあ り,1 0 0 万か ら1 5 0万人の若者がバ イ レに通 う 必要 とし,約 2万人の雇用 を創出 している。 フアンキのス タイルに欠かせ ない帽千,スニーカ ー,ブラ ン ドの服 な どの服飾 メーカー も収益 を上 げている。 レコー ド会社 は1 9 9 5 年 には約 1 0 0 万枚 の レコー ド売 り上げを記録 した。( OGl o b o 1 9 9 6 年 1月 1目付) フアンキの音楽 ソフ トは,1 9 8 0 年代末 までは,ほ とん どが北 アメ リカか らの密輸入 レコー ド だった ( Vi a n na1 9 8 8 )が ,1 9 8 9 年 に初の国産 フアンキを集めた レコー ド " Fun kBr a s i l "が大 手 レーベル,ポ リ ドールか らリリース された。以後, レコー ドか ら CD, カセ ッ トで フアンキ のアルバムが リリース されて きたが, レーベルは,ポ リ ドール,BMG,WEA, コロ ンビアな e g n ,Un a i v e r s l,Fur a a c 畠 02 0 0 0,Pa r a d o xMus i cな どの インデペ ンデ ン ト どの大手か ら Af レーベ ルまで多種多様である。なかで も,F ur a c 豆 0 2 0 0は, レーベ ル会社 であるだけで はな くバ イ レを開催するイベ ン ト会社で もあ り, フアンキ とバ イレに関わるあ らゆる仕事 に従事す る人を抱 える大手 フアンキ会社である。 フアンキ産業が安定す ると, フアンキに関わる仕事 に就 きたい貧 しい若者が増 える。特 に, あこがれの職業は,MC と DJである。DJになるための コース も開講 され,例 えば,週 に 2 っの授業 を 3カ月間受講 しミキシング技術 な どを学ぶO フアンケイロ/ フアンケイラの間で最 も尊敬 されている DJは,DJMa rl b o r o(ヂ-ジェ一 ・マールボロ)である。彼 は, リオの フ ァンキの創生期か ら DJをや ってお り, フアンキに関す るオピニオンリーダーである。MC に なるには,作詞のセ ンスが必要である。 自分 の仲 間の気持 ちを代弁する作詞能力 は自分で養 う しかない。MC を目指す若者のため にラップの コンクールがあ り,優勝す る と自分の ラ ップが 商品 となる可能性がある。商品 になって も売れる とは限 らず ,MCで食べてい くのは非常 に困 難 であ る。 に も関わ らず,貧 しい若者が MCになる とい うサ クセスス トー リーはかな り真実 味 を帯 びている。「 ホテルのメイ ドを辞めて今 は ラ ップに専念 している。一 回の週末のバ イ レ で2 0日分の最低賃金 を稼 げるようになった。そのお金で戸棚や ソファを買 った。 」( ODi a 1 9 9 4 年 5月1 3日付)や 「オ フ ィスボーイ として働 いていて MCになった黒 人。 5年前 か らフ アン キの ダンサー としてアーテ ィス トに同行 して きたが ,MCになったO 」( 0 Di a1 9 9 5 年 1月1 3目 付) といった記事 が若者 をひ きつ ける。最 も理想 的 なサ クセスス トー リー を実現 したのが, cl a ud i nh。& Buc he c ha(クラウヂ一二 ヨとブシェ-シャ) とい う MCコンビである。彼 ら は大 ヒッ ト曲を出 し,中産階級 の愛読雑誌 Ve j aの リオ版 の表紙 を飾 り,彼 らのサ クセスス ト ー リーが特集 された。それは,月額2 0 0レアル しか稼 げない低賃金労働者 だった フアヴェ-ラ に住 む 2人が ,1ケ月に2 5 万 レアル を稼 ぐようにな りす で に6 5 万枚 の CD を売 った, とい う ス トー リーであるO( Ve j a1 9 9 7 年 7月2 3日号) フアンキ情報 をフアンケイロ/ フアンケイラに提供す る主 な手段 は,口 コ ミ, ラジオ,テ レ ど,新聞 ODI A である。 ラジオには一 日中バ イレの情報 とフアンキがかかる F M 局がある。 テ レビでは毎週土曜 日に 1時 間,大手 フアンキ会社 Fu r a c 豆 02 0 0 0の番組があ り,バ イ レの様 子が映 し出 される。新 聞 O DI A は,労働者の新聞 といわれスラム地区住民の大半が購 読 して 1 5 2 天 理 大 学 学 報 9 9 4年 3月か ら,毎週金曜 日に " ga r e l a"とい うページが設けられ,DJ いるo この新聞には,1 Mar l bo r oのコラム,バ イレ情報,新 曲紹介 ,MC紹介,一般の フアンケイロ/ フアンケイラ 1 9 9 8年 8月まで続いた。) の紹介が掲載 されて きた。 ( 中産階級 を読者層 とする O Gl 。b。紙 や知識層 を読者層 とする J o maldo Br as i l紙では, フアンキが記事 になるのは必ず犯罪絡み であることと比較すると興味深い。 o ma ldoBr as i l紙 は,1 9 9 4年,市の文化局や知識人お よび 貧 しい若者が誰 も読 まない O J フアンキ世界のオピニオンリーダーによるフアンキ と暴力 ・犯罪 との関係 についての議論 を掲 載 した。議論 は,フアンキにはフアンケイロたちを取 り巻 く暴力 と犯罪があふれる環境が表現 されているという論理 とフアンケイロは暴力好 きで も犯罪者で もな く 「 暴力 と犯罪」 は貧 しい 若者 に対するメデ ィアによるラベ リングであるという論理のぶつか り合いである。 ( 0 J 。 na r l do Br as i l ,1 9 9 4年 2月 3日付) しか し,両者 とも 「 貧 しい若者-フアンケイロ/ フアンケ イラ-暴力 と犯罪」 という図式 を前提 としてお りこの図式の真偽 を議論 しているにす ぎない。 ここには当事者かつ音楽の受け手であるフアンケイロたちの声が不在である。 フアンキ音楽産業が フアンキ という商品に持 たせ ようとす るメッセージは,貧 しい若者 とそ の生活の イメージ・貧 しさ,低賃金の労軌 g ar e l a) ,フアンキの暴力性の否定, フ 仲間意識 ( アンキ とバ イレは平和であることの強調である。MC は, 自分の感性で貧 しい若者の抱 く感情 や欲求 を嘆 ぎ取 り,それをラップとして表現する。 フアンキが誰 をターゲ ッ トにした音楽であ るかは CD やカセ ッ トのジャケ ッ トデザ インにも表 されている。基本的 に北 アメ リカの ヒッ プホ ップを模倣 している。 どこにで もいそ うな貧 しい若者風の容姿の MCが スラムを背景 に ポーズをとる写真が使 われる。彼 らの服は先 にも述べたようなフアンキスタイルで,ポーズは 北 アメリカのラッパーそっ くりである。ただ表情 は異なる。北 アメリカのラッパーはみな強面 の しかめっつ らで こちらをにらみつけているような表情が多いが, リオの MC はたいてい人 なつっこそ うな笑み を浮かべ ている。ジャケ ットデザインにはグラフィテ ィもしば しば使 われ る。これ も北 アメ リカの ヒップホ ップのエアロゾールアー ト風 である。 これ らをひっ くるめ て, フアンキ音楽産業 は,フアンケイロ/ フ アンケイラに, フアンキの象徴 的意味 を共有 さ 貧 しい若者」像 を提示する。 せ ,「 第 4章 受 け手 によ る意味 づ け フアンケイロ/ フアンケイラは,フアンキに何 を見ているのだろうか。 フアンキの何が彼 ら を夢中にさせるのだろうか。 筆者は, フィール ドワークにおいて,彼 らに 「フアンキとは何か」,「なぜ フアンキが好 きな のか」 という質問 を続 けた。彼 らの答 えは思 ったほど多様 ではなかった。典型的 な答 えは, 「 楽 しみ・娯楽」「 感情 の解放,快楽」「ダンス」「リズム, ビー ト」「 音楽 その もの,サ ウ ン 生活,人生の一部」「 異性のいるところ」「 好 きだか ら」である。 この ように,彼 らの答 ド」「 えは・ フアンキは理屈ではな くビー トであ り楽 しみであることを物語 っている。筆者は,MC に対 して も同 じ質問 を したが,答 えは,「ポ ピュラー文化」「 文化である」「 文化 になった音楽 ムーブメン ト」「 生 き方 と感情 を表現す るアー ト」「身体 の 自然 な解放」 な どフアンキ を 「 文 化」であるというように抽象的な捉え方 をする。 この ような, フアンキの受け手 と送 り手の間 の フアンキに対す る認識の差 は興味深い。筆者が インタビュー した MC たちは, ラップのメ ッセージは,聞 き手に社会問題 に対する意識 をもって もらうことだ と言 うが,先述 したフアン ケイロたちの答 えには,歌詞やメッセージに関するものは皆無であった。 しか し,歌詞 をまっ リオデジャネイロの フアンキ音楽 - 1 5 3 貧 しい若者のサブカルチ ャー た く聞いていないわけではない。歌詞 をフアンキの魅力 として挙げな くとも,誰 もが歌詞 を知 っている。つ ま り,歌おうと思えば歌 えるほ どに歌詞は浸透 している。であるが,歌詞はそれ ほど重視 されていない。これは,ポ ピュラー音楽において,送 り手の意図 と聞 き手の受け取 り 方が必ず しも一致 しないことを示 している。送 り手が設定 した音楽の意味づけは絶対的ではな く聞 き手 に対 して一方的に押 しつけられるので もない。聞 き手が最終的な意味づけを決定す る のである。 次 に,受け手 によるフアンキの消費の され方 を見 よう。1 9 9 0年代前半は レコー ドとカセ ッ ト テープ,それ以降は CD とカセ ッ トテープが,フアンキの主 な商 品であるが, フアンケ イロ / フアンケイラはほ とんどこれ らを購入 しない。購入するとしても,露店で売 られている海賊 版の カセ ッ トであることが多 く,CD は誕生 日の プ レゼ ン トな ど限 られた場合 に しか買 わな い。その理由は,CD の値段が高いか らだが,それだけではな く彼 らの音楽の消費の仕方が, CD やカセ ットを購入 して じっ くり聞 くというのではな く,ラジオか ら流れる音楽を聞 くとい うスタイルをとることが多いか らである。 フアンキ音楽の貧 しい若者への浸透は,CD といっ た商品化 された回路 を経由せず になされる。筆者がインタビュー したフアンケイロ/ フアンケ イラの多 くは,ラジオでかかる様 々なジャンルの音楽の中か らフアンキを知 りフアンキを選ん で聞 くようになった。 フアンキフアンが増 える とフアンキ音楽専 門の FM 局がで きたため, 今では一 日中それを聞いていると言 う。 どこのバ イレが よいか といったバ イレ情報 は, もっぱ ら口コミによる。 外部者が フアンキ と同一視する 「 暴力」 を,フアンケイロたちはどの ように捉 えるのだろう か。 インタビューに答えて くれた フアンケイロたちはほとんど声をそろえてバ イレにおける暴 ,「あのバ イレは喧嘩が多 いか ら行かないように 」「フアンキは危険ではない。 フアンキを知 らない 力 と犯罪 に対する恐怖 と拒否 を示す。例えば 」 している 「フアンケイロは暴力的ではない 人が危険だと言 っているだけだ」などのように,誰 もが フアンキお よびバ イレを暴力 と結 びつ けることに反対 し 「 発砲や殺人は恐ろ しいか らごめんだ」 と言 う。 しか し,実際のバ イレでは 一触即発の様相 を呈する。筆者が参加 したバ イレは,ba il e no ma l ( 異 なる ga r e l a (ガ レー i l e de c o muni dade ( 同 じg ar e l a (ガレ ラ)が集 まるが喧嘩が禁 じられているバイレ) と ba ーラ)だけが集 まるコミュニテ ィのバイレ)である。 どちらも暴力が禁 じられてお り,一見平 和 なバ イレであ り,集 まる客 も暴力好 きには見えない若者ばか りだった。 しか し,午前 2時を 過 ぎる頃か ら雰囲気 は熱 くな り,小 さなきっかけ さえあればいつで も爆発 しそ うな緊迫 した雰 囲気 となる。激 しい ビー トと低音 リズムの繰 り返 しは, フアンケイロ/ フアンケイラの底知れ ぬエ ネルギーを刺激 し煽 るようである。彼 らの誰 もが暴力を恐れているにもかかわらず,暴力 のある危険なところへ吸い寄せ られるように好んで行 く。彼 らは,誰 もが避ける危険な場 に身 を置 くこと,そこで平静でい られること,そこが 自分の場所 だと誇示すること,それによって 自分の力 を他 人に示す ようである。 第 5章 サ ブカルチ ャー と しての フ ァンキ音楽文化 :むすぴ に かえて ここで,サブカルチャーの視点か らフアンキ音楽の世界の特徴 を整理 してみ よう。(1) フ アンキの受け手 にとって,歌詞の持つ政治性は二次的で,音それ自体の もつ力 とリズムが最 も 重要である。つ まり,フアンケイロ/ フアンケイラは,抽象的な意味づけよ りも快楽的な リズ ムを好む。(2)スラングと独特の発音 ・イ ン トネー シ ョンによってフアンキが貧 しい若者 を 対象 とした音楽であることを明確 に している。 (3)貧 しい若者 に対 しては, フアンキ と暴力 1 5 4 天 理 大 学 学 報 ・犯罪 は無関係 である ことを主張す ることで フアンキが平和 な音楽 である こ とをア ピールす る。 (4) しか し・同時 に,わざわ ざ暴力 と犯罪が フアンキの要素であるかの ようなメ ッセー ジを発す ることで,外部者 によるフアンキの暴力的 イメージを逆手 に利用 し,貧 しい若者像 を He r c hmannの指摘す る策略である。) 明確化 し,他の社会集団か ら自分たちを差異化す る。( 。「サブカルチ これ らの フアンキの特徴 は・ヘ ブデ イジのい うサブ カルチ ャーの力 に通 じる ャーの力 は,主流文化 において自然のふ りを し当た り前 とされる物の従来の使用法 を破壊 し, ・ それ に よ り暗示的 な反対解釈 を与 える」 ( ヘ ブデ イジ 新 しい使 い方 を発明す る」力であ り 「 1 9 8 6:1 4 41 45) 。それこそが 「 サ ブカルチ ャーのス タイルの背後 にある 「 意図」であ る。それ はすべてを含む表現であ り・ この表現 の もとに他 のすべ ての意味が結集 している」 ( ヘ ブデ イ ジ1 9 8 6:1 4 5 ) O上述の フアンキの特徴 に見 られる 「意味 の否定,快楽指向,犯罪 とい う逸脱行 為」 は,主流文化の価値 にことごとく反す るo主流文化 と共有 しない価値 を結集 させ た表現が フアンキ音楽である と考 え られる。 貧 しい若者が,サブカルチ ャーであるフアンキ音楽 を通 して相対す る一次的 な相手 は,貧困 層 を周辺化 して きた主流文化である。 これ についてはこれ まで述べ た とお りである。そ して, 二次的な相 手は・同 じ貧困層 の中の, フアンケイロ/ フアンケイラでない人たち,特 に大人で ある。貧 しい大人たちは,貧 しい若者の フアンキ音楽に対 して,主流文化がす るの と同 じよう な レッテル を貼 るo大人 に とって,若者が傾倒す るフアンキ音 楽 と毎週末通 い詰 め るバ イ レ は,快楽指向の逸脱行為であ り感心 で きない存在 である。 と りわけ,低賃金で真面 目に働 くこ とに価値 を置 く・多 くの貧 しい大人にとって, フアンキの存在 は,貧困層 の共有すべ き価値 の 否定 として見 なされるo フアンケイロ/ フアンケイラも大人たちが 自分たちをどう捉 えている か を知 っているo興味深いことに・彼 らは, フアンキに夢 中になるのは若い間だけだ と考 えて 2 0才)は次 の ように言 った。「自分 が3 0 代 か4 0代 になる頃はバ イ レ いる。あ るフアンケイロ ( ( 3 ) 8才か1 7 には行 かないだろう。その頃には自分 は変 わっていてパ ゴーデが好 きだ と思 う。私が 1 才の頃は一つのバ イ レも逃 さなかったo ほ とん ど病気だった。 3年後 にはファンケイロをやめ 」 ているだろうo フアンキはテ ィー ンエ イジャーのための ものだ。 そろそ ろやめ るつ もりだ。 実際 に彼がいつ フアンケイロであることをやめ るかはわか らないO フアンキの第-世代 の大 半が まだ2 0 代前半であるため・彼 らが 「 大人」 になった時, フアンキを離れ別の音楽 に夢 中に なるのか どうか・ また音楽 に夢 中になること自体 をやめるのか今の ところわか らない。だが, フアンキが若者のサブカルチ ャーであることは確 かである。 ブラジルのナシ ョナル文化 において周辺化 されて きた集団である貧困層の若者 は,支配者の F,北 アメリカの ヒップホ ップを 主流文化 を介 さず・ グローバル化す るポ ピュラー音楽市場のモデル としリオ化 ( 土着化) させ たフアンキ音楽 を創造 し,貧 しい若者のサブカルチ ャーを築 いたo彼 らは, このサ ブカルチ ャーを通 して,ブラジル社会において 自分 自身で 自らを文化的 に位置づけるのである。 本稿では・紙数の都 合か ら・歌詞テキス トの分析,歌詞に見 られる宗 吾表現, ジェ ンダーの 問題,人種主義の問題 ・メデ ィアによる 「フアンケイロ/ フアンケイラ」 のカテ ゴライズに関 する考察・ フアンキ音楽産業の分析 といった ことについて十分 な議論がで きなかった。別の機 会で扱 いたい。 9 9 1 年 2月 -1 9 9 2年 7月,1 9 9 5 年 8月,1 9 9 6年 8-9月,1 9 9 7 年 8-9月,1 9 9 8 追記 :本稿 は,1 年 8-9月にリオデジャネイロにおいて実施 したフィール ドワー クに基づ く。 なお,本稿のた リオデ ジャネイロの フ アンキ音楽 - 1 5 5 貧 しい若者のサ ブカルチ ャー め の資 料収 集 と整 理 には,平成 1 0-11年 度 文部 省 科 学研 究 費 補 助 金 :奨励 研 究 ( A)(研 究 課 題 「ブ ラジルの都 市 サ ブカルチ ャー と しての フ ァ ンク音 楽 文 化 に関す る研 究」,研 究代 表 者 ・ 北森絵 里 ,課題番号 ・1 0 7 1 0 1 5 2 1)の補助 を受 けた。 注 (1) ブラジルにおける 「スラム」は,フアヴューラ 他 v e l a,ス クオツタ-住居群),低所得者向 c o n j unt ohabi t ac i o na l ) ,新興のス クオツタ-住居群 ( l o t ea me nt oi 汀e gul a r )か ら け住宅地区 ( なる。 (2) 北 アメリカの ヒップホ ップのラップがブラジルで土着化 されたポ ピュラー音楽は・ リオの フ ァンキの他 には,サ ンパ ウロの Hi pf l o p (ヒッピホ ッピ) とサルヴァ ドールの Funk Ba i na a ( フアンキバイア-ナ)がある。サ ンパ ウロの t l i p Ho pは,これ ら 3つの中で北 アメリカの ラップに最 も酷似 している。 (3) パゴーデは,テンポのゆっ くりしたメロデ ィアスなサ ンバで,1 9 9 0 年代半 ばか らリオの音楽 シーンでブームである。 1 5 6 天 理 大 学 学 報 表 1 リオの 「フアンキ」音楽概括史 ( 年表) リオの音楽シーン USA の音楽 シー ン ( 関連 す る もののみ) 1 9 6 0年代末 ソウル ミュージッ クか ら Ja me sBr o wn らを中心 1 9 7 0年代 リオのカネコン劇場で,毎週 日曜 日に,Bi gBo y というコンビ による " Ba il e da PeS ada ( ヘヴィ-ダンスパーティ)"が大流行. ( Bi gBo yはラジオ番組の司会者だったが, リオの フアンキ史上伝説 的人物 となった。) とするファンクが生 まれた。 これが リオのフアンキのルーツ とされている。 ここでかかっていた音楽は USA のファンク, ロック, ソウルなど多 様であったが,なかで も,Ja me 8 Br o wn,Ko o l&t heGa ng,Wi l s o n nc ke t tなどの ソウルが好 まれる。 この頃か ら,DJが レコー ドをかけるダンスパーテ ィ,す なわちェ レク ト リック音楽 によるダンス とい うアイデ ィアが リオの都市周縁地域 に広 ま る。 il edaPe s a daは 2つの派に分かれる。 やがて,Ba ・ソウルをメインに した Ba i1 e -Ja c ks o n5,Cur t i S Ma y ie f l dな ど の ソウル。 ・ロックをメインに した Ba i l e - グラムロック 1 9 7 0年代末 映画 「サ タデーナイ トフィーバー」 と 「ダンシン .デイズ」 1 9 7 0年代後半 MCが DJのプ レイする レコー ドをバ ックにラ ップを披露 し客が熱狂 して踊る というヒップホ ップ ・パーテ ィ が生 まれ確立 した。併せて, ヒ ップホ ップのグラフィテ ィとブ レイクダンス も生 まれる。 の ヒッ ト。 デ ィスコブームにより上記の 2つの派がデ ィスコに吸収 される。 Di S C OFunkムーブメン トの始 まり。 Ge o r ge Cl i nt o n & t he Pa r l i a me ntの フアンカデ リックや Bo o t S yCo l l i n8などのファンクと,KC& t heSu ns hi neBa n d, Be e Ge e sお よび Ⅵ1 1 a g e Pe o pl eなどのデ ィスコミュージックが 混 ざった ものが流行 る。 1 9 8 2 年 A舟i kaBa mbaa t aaの " Pl ne a tRo c k"が リリースされ る。エ レク トロ ・ファンクの登 場。 1 9 8 0年代初頭 デ ィスコブーム,終わる。 音楽 ・ダンスシーンは 2つの派に分かれる。 Gr e e n,Sa m Co o ke などの ソウル ミュージ ック。 ・ガ レラ ・フアンキ ( g a r e l af unk)-エ レク トロ ・ファンク的 ス タ イルの踏襲C 1 9 8 0年代半 ば 上記のガ レラ ・フアンキで,エ レク トロ ・ファンクの他 に,マイアミ版 ラップ (リオでは,Mi a miba8 8と呼ぶ) も流行 る。 この頃の音楽 ・ダンスシーンは,USA か らの輸入盤ばか り。 1 9 8 0 年代末 徐 々に国産のフアンキが生 まれる。 1 9 86年 マ イ ア ミ で 局 地 的 に, 2 Li ve Cr e w を初 め と する 「マイア ミ版 ラップ」が流 行 る。 リオデジャネイロの フアンキ音楽 貧 しい若者 のサブ カルチ ャー 1 9 8 9年 ポ リグラムか らブラジル初の国産 フアンキのアルバム レコー ドが ・ ). )-ス されるO公称2 5 万枚の売 り上げO このアルバムにお さめ られ た曲の うち,最 もヒ ッ トし象徴 的な歌 詞 を もつのが ,MCAd e mi rの ・ Rap daA m as t a o "( か っきらいの ラ ップ)であるo他 には・Mi ami bas 5の代表格 ,2Li veCr e wの " DoIDi dl t"とい う曲をポル トガ ル語で再録 した,MCAb dul aの " Me 1 6daMul he rFe i a "( 醜い女の メロデ ィー),MC Ba t at aの " Me 1 6doBさ bado "( 酔 っぱ らいの メロ デ ィー)がお さめ られている。 1 9 91 年 アルバ ム " FunkBr as i 1 2 "が 1 )7 )-ス される。 この頃,全体社会の主流 をなす中産階級以上の人々の間で, フアンキ音 楽 とバ イレ ・フアンキの存在が知 られるようになる。 (メデ ィアが取 り上げるようになる。) 1 9 9 2年 リオの一等地の ビーチで起 きた,貧 しい若者の集団 による大規模 な 「 か っさらい」事件 ( 被害者は金持 ち) を機 に,中産階級 とメデ ィアに おいて ,「 都市暴力犯罪者」 と 「 貧 しい若者」と 「フアンキ音楽 とバ イ レ」 が結 びつけ られるようになる。 貧 しい若者たちの,アンダーグラウン ト シー ンで フ アンキが隆盛 を極 め る。 フアンキ産業 と市場が急成長す る。第 1の隆盛期。 1 9 9 5 年 数多 くの フアンキの曲がアンダーグラウン ドの枠 を越 えて, リオ の主流音楽 シー ンにおいて ヒッ トす る。 フアンキが,貧 しい若者 に限 定 されず,全体社会 においてポ ピュラーになるに従い,ア ンダー グラ ウン ドの フアンキ と全体社会 に取 り込 まれたフアンキ とが分かれ始め る。 ・全体社会に取 り込 まれたフアンキは,他のジャンルの曲 とともに ヒッ トチ ャー トに登場 し,社会階層 を越 えて受容 され るO この タ イプの フアンキは,主流の音楽 シー ンでは単 に 「フアンキ」 と呼 kr 0ばれるが, もともとの フアンキの担い手たちの間では,Fun mA nt i c o (ロマ ンチ ックフアンキ) として区別 され る〇 ・ア ンダーグラウン ドの 77ンキは, もともとの 77ンキの担 い手 たちが傾倒す るフアンキで, ヒッ トチャー トには出て こないが, フアンケイロ/ フアンケイラが 日常的に聞 きバ イ レでかかる。第 2の隆盛期。 1 9 9 6年 フアンキの送 り手 ( MC)の供給過剰 となる。質の低 下,類似 品 の過剰供給 とな り,過去 の ヒッ ト曲ばか りが取 り上げ られ る。 ア ンダ ーグラウ ン ドのフアンキは,若干停滞気味 となる。 1 9 9 7 年 ナシ ョナル音楽 シー ンにおいて. 77ンキか らヒッ ト曲が出 る。 全体社会 に取 り込 まれたフアンキの第 2のブーム となる。 ア ンダーグラウン ドの フアンキには大 きな変化 はない。 今 日 ナシ ョナル音楽 シー ンにおける77ンキブームは終 わっているo アンダーグラウン ドのフアンキは,1 9 95 年の ピー ク以降徐 々に人気 が衰 えてい る。 r l b o r o1 9 97,Vi n n a a1 9882 41 3 4,Yddi c e1 9942 062 08, ( 出所)DJMa 9 9 8:4 21 4 2 2,荏 開1 9 9 8:1 8 21 お よび筆者 に よ ヴィンセ ン ト1 る調査 に基づ き筆者作成。 1 5 7 158 天 理 大 学 学 報 参 考 文 献 nc A e,Jo s 6Ma nue lVal e n2 : ue l a 1 9 9 9 Vi dadeba打Odur o:Cul t ur aPo pul a rJuve ni leGr a 丘t e( He l o i s aRo c hat r d. ) Ed i t o r aUFf U. ,i n Mi c ae lHe r s c hmann( o r e. )Aba l a ndoo sA no s90. ・FunkeHi pI Ho p: 1 9 9 7 " 0 FunkCar io c a" Gl o bal i z ac 畠O, Vi o l 占nc i aeEs t i l oCul t ur al ,Ro c c o,pp.1 371 1 62. Bur g o s ,Mar c e l oBa uma nn 1 9 9 8 " Do sPar que sPr o l e t 丘r io saoFa ve l aBa i r r o:A s Po l i t i c asPdbl i c asna sFa ve l asdo Ri odeJa ne i r o " ,i nA lbaZa l uar& Mar c o sA lvi t o( o r es . )Um S6 c ul odeFa ve l a, Funda9畠oGe t dl i oVar gas ,pp.2560. Ce c he t t o,Fat i maRe ina g 1 9 9 8 ` G̀ar e l aFunkCar io c a:OsBa il e seaCo ns t i t ui 9 a odoe t ho sg ue r r e i r o " ,i nA lba Zal ua r& Ma r c o sAl it v o( o r gs . )Um S6 c ul odeFa ve l a,Funda9 a OGet dl i oVar gas , pp.1 451 65. 1 9 9 7" s Ga A r e l asFunkCa io r c as :Ent r eoLddi c oeoVi o l e nt o " ,i nHe r mano Vi n na( a o r e. )Gar e l a sCar io c as :Te r it r 6 io r sdeCo nf li t o seEnc o nt r o sCu lt ur ai s , Edi t o r aUFRJ ,pp.951 11 8. コステロ,マーク&デイヴイッ ド・フォスター ・ウオー レス ( Co s t e l l o, M.& D. F.Wa l l ac e) 1 9 9 8 『ラップという現象』 ( 佐藤良明監修,岩本正恵訳) 白水社。 DJMar l bo r o 1 9 97 " Hi s t 6 iadoFunk" r ,ODI A( 新聞)連載記事 ,1 9 9 7 年 4月1し日付 ,4月1 8日付, 5月 9日 付 , 5月1 6日付 , 5月2 3日 付 , 5月3 0日付 , 6月 6日 付 , 6月1 3日 付 , 7月 4日 8日付。 付 ,7月11日付 ,7月1 荏 開津宏 1 9 9 8 「ニ ュー ヨー ク ・フロンクス発 :誕生か ら世界 に向けての1 0年」松永記代美 Fラップ/ ヒッ p.1 8 -2 3 0 プホ ップ』音楽之友社 ,p ヘブデ イジ,D. ( He bdi ge,Di c k) 1 9 8 6 『サ ブカルチ ャー :ス タイルの意味す る もの』未来社。 He r s c hmann,Mi c ae 1 1 9 9 7 " NaT ri l hadoBr as i lCo nt e mpo r ane o ' ' ,i n Mi c ae lHe r s c hma nn( o r g. )Abal andoo sA no s 90:Fu n keHi pHo p:Gl o bal i z a9 孟O, Vi o l を nc i aeEs t i l oCu lt ur al ,Ro c c o,pp.5383. Or t i z ,Re nat o 1 9 8 5 Cul t ur aBr as i l e i r ael de nt i dadeNac i o nal ,Edi t o r aBr as i l i e ns e. So ut o,Jane 1 9 9 7 " OsOut r o sLado sd oFunkCar io c a" ,i n He r manoVi n na( a o r e. )Gar e l asCar io c as :Te r ir t 6 io r sdeCo nf li t o seEnc o nt r osCul t ur a i s ,Edi t o r aUFRJ ,pp.5993. ヴィンセ ン ト, リッキー ( Vi nc e nt ,Ri c ky) 宇井千史訳)ブルース .インターアクシ ョンズ。 1 9 9 8 『ファンク :人物,歴史そ して ワンネス』 ( Vi anna,He r ma no 1 9 9 5 0Mi s t 6 iodoSa r mba, Jo r geZa harEdi t o reEdi t o r aUFRL 1 9 8 8 0MundoFunkCar io c a,Za harEdi t o r . リオ デ ジ ャネ イ ロの フ ア ンキ音 楽 - 159 貧 しい若 者 のサ ブ カルチ ャー e, Geo r ge Yddi c TheFunki f i c at i o no fRi o "i nA n dr e w Ro s s&Tr ic i aRo s e,Mi c r o pho neFi e nds :Yo ut h 1 9 9 4 " Mus i candYo ut hCul t ur e,Ro ut l e dge,pp.1 9321 7 Zal uar , Al ba 1 9 9 7` G̀angue s ,Ga le r aseQuadr il has :Gl o bal i z ac ao ,Juve nt udeeVi o l 占nc i a" ,i nHe r manoVi io r c as :Te r it r 6 io r sdeCo nf l i t o seEnc o nt r o sCul t ur ai s ,Edi t o r a anna( o r g. )Gar e l asca UFRJ ,pp.17 1 57・ 新聞 ・雑誌資料 oDia,1995年 1月13日付。 oDia,1994年 5月13日付。 Fo l hadeS,Paul o,1 9 97 年 7月2 5日付。 oGlobo,1997年 1月 1日付。 oJomaldoBrasil,1994年 2月 3日付。 Ve j a,1 9 97 * 7月2 3E ] % インターネ ッ ト資料 フアンキ会社 Fur ac 豆02 0 C K ) のホームペ ー ジ ht t p: 伽 Ww血 r ac ao 2 0 0. c o m. br
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