雷のトラウマ ID:87966

雷のトラウマ
チビサイファー
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じます。
︻あらすじ︼
PT小鬼群を初めて見たとき﹁あ、これ雷ちゃんトラウマ起こして
吐くやつだわ﹂と思ったのがきっかけ。私の書くいつもの雷ちゃんが
トラウマ持っちゃいます。最後のほう深夜テンションだから何を書
いたかよく覚えてないけど、まあいいや
チャイチャちゅっちゅするの書きたいです
あ と う ち の 雷 ち ゃ ん 最 近 ひ ど い 目 に し か あ っ て な い か ら 次 は イ
!
目 次 雷のトラウマ │││││││││││││││││││││
1
雷のトラウマ
﹁これは業務用、これは一般郵便、これは艦娘への手紙⋮⋮あー、多い﹂
ある日の昼下がり。提督は手紙でいっぱいいっぱいになった机の
上に突っ伏し、大きなため息を吐く。今行ってるのは鎮守府に届く大
量の郵便物の仕分け作業である。大本営からの書類、一般市民からの
クレームや感謝の手紙、そして艦娘たちの手紙など多種多様でその量
は山一つができそうなくらいであった。
﹁ほら司令官、しっかりして。まだ半分以上あるのよ。せめてみんな
のお手紙だけでも届けてあげないと﹂
そういうのは秘書艦である雷。彼女もまた自分の机の上に置かれ
﹂
た大量の手紙をてきぱきと仕分け、既に分類用に用意された段ボール
な私の兄弟たちからの手紙
﹂
くるりと封筒を回転させると、
﹃駆逐艦雷親族一同より﹄と検閲用封
筒に書いてあった。年下の兄弟が四人居る雷の一家は、早くに両親を
船舶事故で亡くした。それ以来彼女がほぼ一人でこの家族を養い、艦
﹂
娘の適正が発覚してからは艦娘に志願、自宅にお金を仕送りしてい
﹂を参照。
ちょっと休憩にして、手紙を読んでもいいかしら
る。詳しくは作者別作品﹁司令官、大好き
﹁ねえ司令官
?
!
1
の中はあっという間に満タンになっていた。
﹁あー、分かってるよ⋮⋮しっかしこうも多いと、気が滅入るな﹂
﹁千里の道も一歩より、よ。とにかく一枚ずつ仕分けて⋮⋮あーっ
うか。
﹁どうした、彼氏から手紙か
﹂
いてほほえましいものだった。なにかうれしい手紙でも来たのだろ
手紙を手にもって見つめていた。その顔は驚きつつも、笑顔が溢れて
突然雷が声を張り上げ、提督は何事かと顔を上げると、雷が一枚の
!!
﹁もう、私の恋人さんは司令官だけよ。けど、司令官と同じくらい大切
?
!
大切な家族からの手紙、いつもなら仕事を優先する彼女がこうやっ
!
てせがんでくるのは珍しいことだった。幾分働いたことだし、休憩に
はもってこいの頃合いだろう。
﹂
﹁ああいいぞ。お茶は俺が淹れてやるから﹂
﹁ありがとう
雷は素早く検閲用封筒を破り、本来の封筒を取り出す。宛名は雷の
本名が掛かれており、裏には兄弟全員の名前が書かれていた。まだま
だ歪なひらがなで書かれた名前は末っ子の双子の物だろう。確か今
年で小学生、頑張って文字を書けるように練習したのだろう。小さ
﹂
かった兄弟の成長を感じながら、雷は封を開けて手紙を読む。
﹁なんて書いてあるんだ
﹁⋮⋮⋮⋮ふぅ
みんな元気で良かった
﹂
で満たされているこの提督室も、今ばかりはとても静かだった。
が聞こえ、提督もしばし時の流れに身を任せてみる。いつもは雷の声
こちこちと壁掛け時計の音。時折外から艦娘たちの楽しそうな声
てやると、自身もお茶を口にした。
何を話しかけても気づかないだろう。そっと彼女の前にお茶を置い
提督は彼女の横顔を見る。熱心に手紙を読む今の雷には、おそらく
入っているようで、結構な厚みがあった。
その先もじっくりと文章を読む雷。どうやら兄弟全員分の手紙が
残してるって。もう、お返事には早く食べなさいって書かないと﹂
﹁そうみたい。黒毛和牛なんて食べたことがないから、お宝みたいに
﹁勿体ないんだろうな﹂
ス用のお肉まだ冷凍しているままだって﹂
しっかり届いて、生活も楽になったって。あら、私が送ったクリスマ
﹁う ー ん と、ま ず 私 は 元 気 か ど う か っ て 聞 い て る わ。次 に 仕 送 り も
?
!
﹂
妹は﹃おしごとがんばってね﹄よ。私が
﹁ほら見て、末の双子が描いた手紙よ。こっちが弟で﹃おねえちやんだ
いすき﹄って書いてるわ
家を出るときは字も書けなかったのに
うな顔 になっていた。ああ、この子はきっとよい母親になるに違い
キラキラとした笑顔で手紙を見せる雷は姉というよりも母親のよ
!
!
2
!
﹁じっくり読んでたな。まぁ四人もいればそれくらいかかるな﹂
!
わー、みんなおっきくなってる
﹂
ないなと提督は思い、そしてそんな雷と交際しているのは自分だった
と思い出す。
﹁あ、写真も入ってた
早く現場に向かうことの必要さと、何と遭遇するかわからない不測の
四隻と、高速戦艦金剛、軽空母龍驤にて編成された捜索艦隊。より素
ブリーフィングルームにおいて、提督の前に並ぶのは第六駆逐隊の
けだ﹂
﹁それが昨日の夜の話で、俺たちの鎮守府に捜索任務が来たというわ
航行中である。
難船にも被害があったことから救援を断念。現在本州の港に向けて
いう。艦娘たちによる救助がすぐに検討されたが、損傷艦も多く、避
に受けた救難信号。その発信地点は、抜け出した嵐の中からだったと
一体いつ消えたのかも不明。唯一の手掛かりは嵐から抜けた直後
避難船が一隻行方不明になっていたのだ。
とのことで嵐を抜け出したと思ったら、戦闘と嵐のどさくさに紛れて
しまい、これを迎撃すべく荒れ狂う海の中大混乱の戦闘が勃発。やっ
あったが、道中深海棲艦と遭遇。さらに運の悪いことに嵐に遭遇して
住 民 移 送 作 戦 を 実 施 し た。艦 娘 も 多 く が 護 衛 に 参 加 し た 作 戦 で は
リアが孤立する可能性が出てきたため、大本営は急きょ避難船による
ここ数か月間の間に一部地域の深海棲艦の活動が活発化し、某離島エ
鎮守府に入った一報、それは行方不明になった船舶の捜索だった。
*
それが、雷の身に降りかかるトラウマの始まりだった。
督がそれを制止し、受話器を手に取る。
と、提督室内の電話のコールがなる。雷が一瞬出ようとしたが、提
るし、彼女に帰省休暇を取ろうかと考える。
しくなってくるに違いないだろう。秘書艦の仕事も多くこなしてい
わいわいと喜ぶ雷。彼女がここにきてそろそろ一年、家族の顔も恋
!
事態に備えて編成された艦隊である。提督は、用意された海図に棒を
3
!
当てる。
﹁最後に救難信号を確認されたのはこの地点。すでに嵐は通過して、
天候は曇りだが波は比較的穏やかだ。襲撃してきた深海棲艦がどこ
にいるかは不明。そこで龍驤の彩雲と、金剛の零水偵でまず空から捜
﹂
﹂
索に当たってくれ。発見次第、高速で接触、生存者がいた場合は救難
ボートに乗せて曳航、以上だ。何か質問は
各員抜錨
提督の問いに、艦娘たちは首を横に振る。
﹄
﹁よし、現時刻をもって作戦を開始する
﹃了解
!
?
港準備完了。雷は見送る提督に手を振る。
!
だろう。
﹃雷、聞こえるか
﹄
う。前方には分厚い雲。もう少ししたら太陽としばしの別れになる
の船団と進路が交差しないように舵を切り、やや距離を置いてすれ違
脱出に成功した避難船だ。大型の港に向かっているのだろう。そ
しばしの間航行を続けると、前方に複数の大型船を確認する。例の
り、雷の体を揺らす。
れに答えると湾外へと到達、機関第三戦速へと移行。波が大きくな
府湾内を航行、桟橋で釣り糸を垂らす非番の艦娘たちが手を振る。そ
エンジンテレグラフがカンカンと鳴り、艤装から煙が上がる。鎮守
﹁第一艦隊旗艦、雷。出港します。各員原速前進、複縦陣形成
﹂
頭は雷。続いて電、暁、響、龍驤、金剛と続く。全員の缶が温まり、出
を装着し、入水用スロープへと足を向け、機関を始動させる。旗艦先
する艤装が置かれているドッグへと向かう。それぞれが自分の艤装
全員敬礼。それを終えるとブリーフィングルームから退出し、隣接
!
﹃だが急ぎすぎるなよ、索敵は絶対だ﹄
﹁子供⋮⋮⋮⋮わかった、できるだけ早く向かうわ﹂
が必要だ﹄
丸、中型の輸送船だ。乗っているのは女性や子供が中心、急ぎの捜索
﹃了 解。行 方 不 明 に な っ た 避 難 船 の 情 報 が 入 っ た。船 名 は 第 七 小 鬼
﹁感度良好よ司令官。ついさっき避難船とすれ違ったわ﹂
?
4
!
﹁うん。ありがとう﹂
またしばらく航行を続け、目標エリアが近づいてくる。太陽が雲に
入り、心なしか気温がぐっと下がった気がした。体がピリピリと嫌な
気配を感じていて、曇り空で色が濁る海は雷を誘い込もうとしている
かのようで、とても不気味だった。
﹁龍驤さん、金剛さん偵察機お願いします﹂
﹂
﹁あいよ、まかしとき﹂
﹁OK
龍驤が飛行甲板を広げると、彩雲の式神を呼び出して発艦。金剛の
艤装から零水偵用の爆薬カタパルトがせり出し、発艦。まんべんなく
探せるように、それぞれ扇上に広がって飛んでいく。雷たち第六駆逐
隊も索敵を怠ることなく電探を起動して周囲の情報を可能な限り集
める。今のところ自分たち以外の反応はない。ただ、このまま進むと
最後に救難信号を受信した場所であるのは間違いない。雷は潜水艦
の脅威を考え、対潜水艦戦闘が最も得意で、なおかつ潜水艦の探知に
﹂
最も長けた響に何かいないか聞く。
﹁響、ソナーに反応は
し怖いくらい﹂
﹁暁、電、電探には
﹁何も映らないわ﹂
﹂
﹁なし。海中には今のところ潜水艦は居ないみたいだ。静かすぎて少
?
?
ろやったんやけどな﹂
﹁金剛さん、零水偵からは
﹂
﹁うーん、東の方にはおらへんみたいや。救難信号から一番近いとこ
いうことは空振りだった。
上進むしかない。と、彩雲の一機が帰還する。龍驤が何も言わないと
られるのはそう長くない。一刻も早い捜索が必要だが、情報がない以
行方不明になったのは昨日の夜となると、漂流した子供たちが耐え
もあるわ﹂
﹁そう⋮⋮みんな、目を凝らして周囲の警戒を。漂流者がいる可能性
﹁こちらも同じなのです﹂
?
5
!
﹁異常なしネ﹂
雷はもう一度電探の反応を確認する。やはり反応はなく、波も穏や
かで空が曇っている以外は絶好の航海日和だった。だが、雷を含む全
員が何か嫌な予感を感じていた。
︵静かすぎる⋮⋮こういう時は決まって悪いことが起きるわ⋮⋮︶
それは他のみんなも同じだった。全員から殺気が放たれる。一番
の目的は避難船の発見だが、それ以上の何かがあると踏んでいた。船
﹂
ないし生存者を発見するのが先か、敵と会敵するのが先かのレースが
船舶らしき残骸を発見、十時方向や
始まっている。と龍驤が声を上げた。
﹁二番機から報告
目標地点に向かうわ。雷より司令官へ、船舶の残骸らし
!
がいたら最優先で回収。龍驤さん偵察機からは
﹂
﹁⋮⋮⋮⋮近辺を航行するわ。生存者がいるかもしれない。特に子供
⋮⋮﹂
﹁見たところまだ新しいデス。おそらく例の避難船で間違いないデス
付着物がない、比較的新しものだというのがすぐに分かった。
金剛が残骸に指を置き、そっと走らせる。錆や苔、フジツボなどの
ね﹂
﹁こ れ だ わ。窓 が つ い て る か ら 船 の 残 骸 っ て い う の は 間 違 い な い わ
を命じた。
だろうか。さらに接近、目視できるくらいまで近づき、雷は機関停止
属の物体が浮いているのが見えた。大きさはざっと2メートル前後
雷は双眼鏡を覗きこみ、前方を確認する。海の白波に交じって、金
標物がある。
けると、目標を発見した彩雲が周回飛行を行っていた。あの真下に目
舵を切り、雷率いる捜索艦隊は進路を北北東に向ける。空に目を向
﹃了解した、気を付けるんだぞ﹄
きものを発見。これから確認に向かうわ﹂
﹁取り舵
!
﹂
龍驤は再度発艦させた偵察機からもう一度情報を得るが、残骸や漂
﹁妙って
﹁二号機からは漂流物を確認しとる。けど、妙なんや﹂
?
6
!
?
流物ばかりしか見当たらないとのことだった。
﹁生存者は今のところ見つかっとらん。それならわかるんやけど、遺
体の一つも見つからんのはさすがにおかしすぎる﹂
いや、それはな
雷は改めて周囲を見回す。目に入る範囲で、確かに漂流物くらいし
か見当たらない。全員脱出に成功したのだろうか
﹁⋮⋮⋮⋮
﹂
﹁││││││﹂
を上げていても不思議ではない。それがないということは。
い。もしそうなら救難信号の発信、彩雲をみた乗組員が信号弾や狼煙
?
いや、違う。確か
と、雷は何かが聞こえた気がして振り返る。だが周囲にあるのは海
原と流れ着いてきた漂流物。気のせいだろうか
﹂
に何か聞こえた。雷は電に問いかける。
﹂
﹁ねぇ電、何か聞こえなかった
﹁なにかって
?
?
たのよ﹂
﹂
﹁ち ょ、ち ょ っ と
かったわよ
変 な こ と 言 わ な い で よ
私 は 何 も 聞 こ え な
!
ろうか
そう思った次の瞬間だった。
聞いてみる。しかしいずれも首を横に振る。やはり気のせいなのだ
暁がやや顔を引きつらせて反論する。暁はああいうが、一応全員に
!
﹁なんていうか、本当に小さい声だったんだけど、何か聞こえた気がし
?
﹃
﹄
それと同時に今まで沈
聞こえた。それも、子供の幼い声。一人や二人ではない、複数人の物
だった。まさか、生存者がいるのだろうか
黙していた電探に反応が六つ現れた。遭難者を乗せた救難ボート
﹁左舷、反応
機関始動、目標を確認して
﹂
救難ボートが複数こちらに航行することなんてない。雷は叫ぶ。
いや、違う。電探に映った反応はこちらに向かって接近中だった。
?
?
!
陣形組直し、電探の反応があった左舷を見る。距離にすれば目と鼻
!
7
?
!
﹁││アハハッ││││﹂
?
聞こえた。全員の顔つきが変わる。確かに笑い声のようなものが
!?
の先。しかし何かがある様子はない。そんな馬鹿な、確かに電探には
反応があるのだ。故障も一瞬疑ったが、全員の電探に反応がある以上
それはない。接触まで残り十数秒。目視できるところまで来た。と、
その時。電探の反応が突如六つから三倍増えた。一塊と思っていた
反応に、三つとても小さな反応が混じっていたのだ。そして、雷たち
は電探に映った物体の正体を見た。
﹁なによ⋮⋮あれ﹂
雷が声を漏らす。確かに目の前には海上を航行する子供の様に小
さな影いや、実際体つきや少しだけ覗く顔は子供そのものだった。し
かし、その容姿は禍々しく、巨大な目のようなものが不気味に光る。
﹂
深海棲艦特有の形状だ。近づくにつれてはっきり聞こえる子供の笑
思ったより接近されてる、砲撃用意
い声が恐怖心を煽る。雷は声を張り上げた。
﹁機関一杯
﹁全艦、てぇーっ
﹂
に龍驤が艦攻隊を発艦させる。
暁は砲を向ける。全艦主砲の回頭を終え、仰角調整が完了。その間
⋮⋮﹂
﹁な、な に よ。撃 っ て く る も の は 駆 逐 艦 よ り も 小 さ い 砲 じ ゃ な い の
の軽さだった。
ドする。しかし、手ごたえがない。まるで豆鉄砲をはじいたような音
う。その数発が暁の直撃コースに乗り、とっさに装甲シールドでガー
その声に皆がはっとし、雷に続く。直後、敵が発砲。弾丸が飛び交
!
﹁左舷より雷跡
﹂
認はまだできない。水しぶきが収まってから⋮⋮。
棲艦に降り注ぐ。着弾、今。大量の水柱の中に敵が消える。命中の確
雷の声と同時に全艦娘が発砲。ありったけの砲弾が、未確認の深海
!
こ え て く る。な ん と、敵 艦 は 無 傷。一 隻 た り と も 被 弾 し て い な か っ
に導いて回避。どうにか攻撃は回避したが、再び不気味な笑い声が聞
して歯を食いしばる。とっさに雷跡の隙間を見つけ、雷は艦隊をそこ
る。雷は自分が思っていた以上に敵艦に接近されていることを認識
響 が 叫 ぶ。水 柱 の 中 か ら 大 量 の 魚 雷 が 現 れ る。し ま っ た、近 す ぎ
!
8
!
た。暁が次弾を装填しながら叫ぶ。
﹂
﹂
敵の動きが早すぎて、砲塔の回転が追い付かないネ
﹁そんな、私たちの攻撃が一発も当たってないの
﹁Shit
﹁だったら空からや
﹂
!
!?
小さすぎて航空隊でも避けられてまう
﹂
な ん で こ ん な 不 気 味 な 笑 い 声 出 し な が ら 襲 っ て く る の よ
!
ぎまわるかのような動き、まさに子供そのものだった。
﹁なんて奴らや
!
﹁キャハハッ、アハハハ﹂
﹁も う
﹂
﹂
なるが、的が小さいためほぼ外れのようなものである。まるではしゃ
だが、これも簡単に回避される。間髪入れずに暁が第二射。夾叉と
数の魚雷だ。
型深海棲艦に向けて魚雷を投下、急速離脱。倍返しと言わんばかりの
龍驤が発艦させた流星航空部隊が編隊を整え、低空から侵入。敵小
!
!
がおかしいことに気が付く。
﹁雷ちゃん、しっかりしてください
!
﹂
敵艦艇と接触、完全な新型です
﹂
途中でガス欠や
!
府に向かわせろ
﹁けど、燃料が持たんで
﹂
﹂
それなら間に合うはずだ
!
﹁こちら電
どんな容姿だ、特徴は
!
!
﹃こっちからは翔鶴と瑞鶴を迎えに出す
!
﹃新型
!
私たちよりも小さい、赤ちゃんのよう
!
動きが素早すぎて砲撃も航空攻撃も回避されて
﹁見た目はまるで子供です
な深海棲艦です
﹂
しまいます
!
情報収集、龍驤聞こえてるか。彩雲で対象を撮影、鎮守
﹃子供だと
?
?
!
集中力を削ぐと危険だ、電が代わりに通信を請け負う。
す る。電 は と っ さ に 雷 が こ の 中 で 一 番 動 揺 し て い る こ と を 察 し た。
電に呼ばれてようやく我を取り戻し、雷は頭を振って集中しようと
﹁えっ、あ⋮⋮﹂
﹂
電が声を張り上げる。しかし、雷から応答が来ない。電は雷の様子
﹁雷ちゃん、敵は完全な新型なのです。司令官に報告を
!
?
9
!
!
﹄
﹁わかった
﹂
彩雲が可能な限り高度を下げ、新型深海棲艦の姿を収める。接近さ
れたことにイラついたのか、敵は対空砲火を上げる。だが、砲の火力
﹂
はやはり小さいのか、あまりダメージを与えてる様子は見受けられな
かった。
﹁撮影完了、みんな頼むで
だ﹂
﹁くっ、動きが早い
下手な駆逐艦よりも足も小回りも効くみたい
てさらに懐にもぐりこもうとしてそのたびに冷や汗を流す
と奮戦するが、小回りが違いすぎる。距離を離したくても敵が早すぎ
び去る。その間にも第六駆逐隊が砲撃を続行、敵小型艦艇を沈めよう
彩雲が高度を一気に上げ、フルスロットルで五航戦に合流すべく飛
!
﹁雷
﹂
雷の速度が変わらないことに気が付き、響が叫ぶ。
を確認。進路を予測、減速したほうが良いと判断。第二戦速へ。と、
響が魚雷に被弾しそうになった暁をかばい、応戦。再び魚雷の投射
!
﹂
!
﹂
!
﹁YES
命中デース
﹂
!
敵は駆逐艦の一撃でも煙を上げていた。回避が高い分、装甲はほぼ
!
して第六駆逐隊の一斉射が複数の艦艇に直撃した。
て砲弾を叩き込むのだ。金剛の一斉射砲撃が襲い掛かる。至近弾、そ
雷ではない。魚雷を避ける以上、必ず進路が決まる。その進路に向け
容赦のない範囲で群がる。回避しようとする艦艇。しかし、本命は魚
酸素魚雷が回転し、四艦一斉投射。扇状に広がる魚雷は艦攻隊よりも
暁の叱咤で雷もようやく我を取り戻し、雷撃戦用意を叫ぶ。三連装
﹁ご、ごめん
﹁ちょっと、雷しっかりしなさいよ
速。魚雷の直撃、暁との衝突を辛くも回避する。
舵一杯、緊急回避。だが隣を航行していた暁と衝突しそうになって減
雷が気づいた時にはもう魚雷が目と鼻の先まで接近していた。面
﹁えっ﹂
!
10
!
!
ないに等しいのだと予想できた。このまま砲撃を当てられれば撃退
は可能なのはこの時点で明白になった。追撃を加えようと、再び砲塔
を調整した、その時。
﹂
﹁││イタイ﹂
﹁
﹁イタイヨォ⋮⋮﹂
損傷した敵艦からうめき声が上がる。一隻や二隻ではない、被弾し
た複数の艦艇から頭の中に響くような声が聞こえる。ケガをした子
﹂
あいつらを倒さんとうちらや、まだおるかもし
供が泣いているかのようだった。
﹁怯んだらあかん
れん生存者が危ないんや
﹁なっ
﹂
﹂
﹁オカァサン⋮⋮イタイヨ⋮⋮ドコ⋮⋮﹂
決着をつけようと、雷が砲を構えたその時だった。
海棲艦が出てくるなんて思ってもみなかった。だからせめて手早く
だが、良心がどうしても痛む。まさか精神面で抉ってくるような深
﹁ぐっ、こんなの
﹁イタイ⋮⋮イタイ⋮⋮﹂
水したのか、半分以上が海中に没している艦もいた。
てきた。雷は自分を奮い立たせ、砲撃を再開する。連続して命中。浸
龍驤の言う通りだ。攻撃を受けて悲鳴を上げる敵はいくらでも見
!
!
!
﹂
!
間違いない。この深海棲艦は、避難船に乗っていた子供たちなの
﹁この敵は⋮⋮この子たちは⋮⋮
沈んだ艦娘を利用して新しく深海棲艦を作るという仮説。
姿。どこにも見当たらない生存者、遺体。鎮守府内で言われている、
は多くの子供が乗っていた。そして目の前にいる深海棲艦は子供の
雷の中で最悪の予測が組みあがっていく。沈んだ避難船。そこに
﹁まさか⋮⋮この敵は﹂
﹁オフネガシズンジャウ⋮⋮コワイヨォ⋮⋮﹂
﹁オトウサァン⋮⋮オニイチャン⋮⋮コワイヨ﹂
﹁オカアサン⋮⋮オカアサン⋮⋮﹂
!
11
!
だ。
﹁そんな⋮⋮こんな、こんな惨いことあるんか
﹂
﹂
船が沈むという声もある、つまりは人間
だった記憶がある。この子たちは間違いなく⋮⋮
﹁でも、説明はつきマス
!?
雷、テートクにコンタクトを
タクトをし、首を縦に振る。決断は早かった。
﹁撤退しマス
!
た。
﹁うぉえっ、っ、げほ、げほっ
﹂
嗚咽が一気に沸き上がり、手で口を塞ぐが一瞬で耐えきれなくなっ
れを、自分は撃った。主砲を撃ち込んだのだ。それを実感した瞬間、
たちは深海棲艦にされて戦わされているだけかもしれないのに。そ
子だってたくさんいたはずだ。痛いだろうに、怖いだろうに、この子
していた子供たちなのだ。きっと自分の兄弟とも年齢が変わらない
ことしかできなかった。自分が今攻撃したのは、これから助けようと
た雷は自分が一体何をしたのか何回も思い出し、その場に立ち尽くす
しかし、その言葉は雷の耳には入らなかった。戦意を失いかけてい
﹁⋮⋮こんなの⋮⋮ひどすぎる⋮⋮﹂
﹂
ダメージが大きすぎた。このままではまずい。金剛は電にアイコン
的に不利だった。戦闘士気が最低にまで下がっている。特に、雷には
り所が良かったのか損傷は比較的軽微で済んだ。しかし状況は圧倒
魚雷直撃。装甲を食い破ろうと火薬が金剛の艤装を燃やすが、当た
ない、金剛は回避を諦め、受けとめることを選択する。
しまう。そのためらいは魚雷投射の時間には十分すぎた。避けきれ
が、耳の中に残る悲鳴を上げる子供の声を思い出して一瞬ためらって
金 剛 は 一 隻 が 回 り こ も う と し て い る の に 気 が 付 き、砲 塔 を 回 す。
!
!
﹁雷ちゃん、前
﹂
られた感覚だった。
し、胃がむかむかする。目がグルグル回りそうでまるで洗濯機に入れ
吐しゃ物が海にまき散らされ、込みあがった胃液が食堂を焼き尽く
!
12
!
電の叫びに顔を上げる。目の前に近づく子供の姿。近い、危ない。
!
艦娘として訓練された雷の体が防衛反応を起こして主砲を発射する。
イ゛ィーッ⋮⋮
﹂
超至近距離で命中した主砲は、敵を容赦なく燃やした。
﹁イ゛イ゛ッ⋮
﹂
!!
﹂
ごめんね、痛かったよね
人間に違いないのだ。
﹁ごめんね
ら、私が連れて行ってあげるから
﹁イタイ、イタイ⋮⋮コワイヨ﹂
すぐにおうちに帰れるか
!
を 覚 え て い る。怖 い こ と も 覚 え て い る。な ら こ の 子 た ち は 人 間 だ。
か。連れて帰れば助かる方法があるかもしれない。まだ家族のこと
さ。その姿が家族と重なった。違う違う、こんなことがあってたまる
まだほんの小さい子だ。自分の末の兄弟と同じくらいの大きさ、重
限界だった。雷は駆け出し、転がっていた深海棲艦を抱き上げる。
﹁あ⋮⋮あぁ、あぁあああ
﹁イタイヨ⋮⋮オネエチャン、イタイヨ⋮⋮﹂
た。
からない。そして、まるでそこに付け込むかのようにまた声が聞こえ
いる。耳に突き刺さる声が彼女を惑わせる。一体何が正解なのかわ
供に主砲を撃ち込んだ罪悪感に襲われる。敵だというのはわかって
敵は叫びをあげ、海面を転がる。雷ははっとし、自分が罪のない子
!
﹁大丈夫、怖くないわ ほら、私がいるから。私が助けに来たから
﹂
!
て、そこに生きている子供たちがいると直に伝えてきていた。そし
て、子供は雷の手を握り返す。ああ、この子はきっと大丈夫なんだ。
助かるに違いない。安心させようと、雷が子供に笑顔を向けようと目
を合わせたときだった。
﹁⋮⋮イヒッ﹂
悪魔の笑みだった。ニタリ、と浮かぶその笑顔。悪意の塊ともいえ
るその幼子がもう片方の手に持つは魚雷。雷は恐怖した。だが、遅す
ぎた。
轟音、巨大な水柱。敵は雷の目の前で魚雷を自爆させ、巻き込んだ
13
!
!
!
ぎゅ、と小さな手を握る。その手は確かにまだ温もりを持ってい
!
のだ。0距離で魚雷の爆発を受けた雷の体がまるで木の葉のように
﹂
舞い上がり、海面にたたきつけられる。電の叫びがこだまする。
﹁雷ちゃん
雷ちゃん
﹂
!
﹂
!
﹂
!
﹂
!
れる。
﹁ノープロブレム
暁は雷の曳航を
離脱するネ
﹂
!
!
金剛から雷を受け取り、暁は曳航ロープを括り付けて素早く準備を
﹂
﹁りょ、了解
!
テートクから撤退命令が下りました、これより
消える。その中から煙を上げながらもどうにか耐えきった金剛が現
暁が援護射撃をし、敵を追い払う。海水が空から降り注ぎ、水柱が
﹁金剛さん、雷
て金剛と雷を包み込んだ。
る。それとほぼ同時に四本の魚雷が直撃。複数の水柱が一つになっ
に装備していたシールドを展開し、自分の目の前で合体させて壁を作
間に合った。金剛は間一髪で雷を抱え上げてその胸に抱くと、艤装
﹁シールドオープン
離脱を考えずに最初から魚雷を受けるつもりだった。
だが、間に合ったところで離脱する時間はない。いや、金剛は端から
前 ま で 追 い 込 ん で ス ペ ッ ク 以 上 の 速 度 を だ し て 雷 の 元 へ 飛 び 込 む。
刹那、金剛が飛び出した。機関をぶん回し、缶をオーバーヒート寸
﹁電、曳航準備
が取れなかった。
もできない。龍驤は艦載機を向かわせたくても補給の途中で身動き
電の悲鳴が響く。暁と響が状況を察したが自分たちも手一杯で何
﹁いやぁ
き添えで逃げ切れない。
では間に合わないと電は瞬時に理解できた。間に合ったとしても巻
だが、既に雷に止めを刺すための魚雷が四方から接近していた。自分
撃を食らえばただではすまない。その前に回収しなければならない。
損傷が激しく、一目で大破状態だと分かる。こんな状態でもう一発雷
まるで人形のように動かなくなった雷は格好の的だった。艤装の
!
!
14
!
終える。
﹂
﹁フラッグシップは電、先行をお願いしマス
﹁了解なのです、これより撤退します
﹂
!
﹂
上陸用スロープに艦隊が上陸し、血の気のない雷の顔を見て提督は
ぐに分かった。
雷の艤装からは黒い煙が立ち上がり、あの煙の量は危険なものだとす
に湾内には五航戦に護衛されながら入港する捜索艦隊の姿があって、
提督は艦隊帰投の知らせを聞くと、我先にと外へと飛び出した。既
*
いった。
戦闘海域から離脱完了。電たちは一路、鎮守府に向けて撤退して
2型が機銃掃射で敵艦を混乱させる。
2型が一斉に爆弾を投下。身軽になり、制空戦闘機へと姿を変えた6
れた。電たちの上空をフライパスし、彗星一二甲、零式艦上戦闘機6
続けて対空電探に反応、瑞鶴と翔鶴から発艦した攻撃部隊が来てく
ていく。
をしてくれたおかげで足止めにも成功。距離があっという間に開け
を点灯。敵の追撃の気配が消える。加えて龍驤の艦載機が良い仕事
る。艦隊はあっという間に煙幕の中に消え、衝突しないように航行灯
全艦急速離脱。最前方の電と最後尾の暁と響が白い煙幕を展開す
﹁機関一杯、煙幕展開
の機銃掃射でも敵はうろたえていた。
えて足止めをする。今度は上手くいった。装甲が薄いためか、戦闘機
き離す。補給を終えた龍驤の艦攻隊が再び発艦、雷撃と機銃掃射を交
電が自分たちの進路上に魚雷をばら撒き、敵を無理やり進路から引
!
生きた心地がしなかった。構わず海に飛び込み、ぐったりと力のない
﹂
雷を抱え上げて呼びかける。
﹁雷、おい雷
15
!
提督の呼びかけに雷は答えない。かろうじて呼吸はしているが、脈
!
﹂
艤装解除、消火剤散布
明石、担架を
が弱く提督は手の震えが止まらなかった。
﹁救護班
﹁その前に消火作業です
﹂
﹂
?
﹁雷のことデスか
﹂
﹁そうか⋮⋮最悪のタイミングだな﹂
る個体もいたので、ほぼ間違いないデス﹂
する記憶を持っていて、家族のことを呼んでいましタ。名前で呼んで
﹁YES。とはいっても、まだ状況証拠でしかありませんが、船が沈没
だ、もう一度聞かせてくれ。敵は確かに避難船の子供だったのか
し た。新 型 に つ い て は 大 本 営 に 報 告 後、対 策 措 置 が 考 案 さ れ る。た
﹁とりあえず、皆よく帰って来てくれた。大まかな詳細は通信で把握
察艦隊に向き直って報告を聞く。
放棄するわけにはいかない。頭を冷やした提督は深呼吸をすると、偵
本当ならこのまま救護室に付き添いたいが、提督である以上職務を
﹁ああ⋮⋮頼む﹂
﹁提督、応急処置完了です。あとは私に任せてください﹂
つかないし、新型の深海棲艦が現れた以上情報解析が大事だ。
言うとおりだ。自分は完全に冷静さを失っていた。これでは示しが
金剛の言葉に提督はハッとし、目を抑える。なんてことだ、金剛の
り立たないネ﹂
と雷を助けてくれます。それにテートクが落ち着かないと、艦隊は成
致命傷だけは避けてます。あとは明石に任せるデス。彼女ならきっ
﹁テートク、落ち着いてくださイ。雷は安心はできない状態デスけど、
をつかみ、耳元で囁いた。
チェックする。その間提督は気が気じゃなかったが、金剛が提督の肩
くなって鎮火。雷から艤装を切り離し、担架に乗せると明石が容体を
待機していた妖精さんたちが消火剤を吹き付け、みるみる煙は小さ
!
!
く。とりあえず今までの主砲で敵艦を攻撃する、という手段は通用し
提督はしばし思考を走らせ、ある程度この先の展開を構築してい
つのことだ、重なったんだろう﹂
﹁ああ。今日、あいつの家族から手紙が来てたんだ。家族思いのあい
?
16
!
!
にくいかもしれない。大型の深海棲艦を相手にしてきたが、小型タイ
プが出てくるとは思ってもみなかった。
﹁ありがとう。とりあえず今日はドッグに入って休んでくれ。金剛、
雷を守ってくれて本当にありがとう。じっくり休んでくれ﹂
﹂
﹁Thank you テートク。でも、このまま私が秘書艦になっ
てもいいデスよ
﹂
おい、雷
俺だぞ﹂
﹂
たのかがよくわかった。
﹁そうだぞ。大丈夫か
!!
?
﹁わた、し⋮⋮私は⋮⋮あっ、ああ⋮⋮ああああああ
﹂
さな手は小刻みに震えていた。それだけで雷の心がどれだけ削られ
雷はおぼつかない動きで右手を伸ばし、提督は迷わず握り返す。小
﹁⋮⋮⋮⋮しれい⋮⋮かん﹂
﹁雷、分かるか
は、今度は優しく呼びかける。
朧とした目は次第に生気が宿り、ゆっくりと瞼が開いていく。提督
提督の呼びかけに雷は首をほんの少し曲げて提督の顔を見る。朦
!
けた。
﹁雷
﹂
た。まだ完全に覚醒してはいない段階だったが、提督は思わず呼びか
督が仕事の合間を縫って見舞いに来たとき、ぼんやりと目を開けてい
雷が目を覚ましたのはそれから二日後のことだった。ちょうど提
*
願った。
た医務室に目を向ける。どうか彼女が無事に目覚めてくれることを
も疲労を回復させるべく歩き出す。提督はそれを見送り、雷が運ばれ
と、金剛は意気揚々でドッグへと向かう。残った第六駆逐隊、龍驤
﹁YES
﹁そうだな⋮⋮そうしよう。ドッグに入ったらこっちに来てくれ﹂
?
?
17
!
﹁⋮⋮⋮⋮ぁ﹂
!
意識がはっきりしたと同時に、雷の脳裏にあのPT小鬼群の記憶が
駆け巡り、恐怖と罪悪感が一気に彼女の体を撫でまわし、拒絶反応が
﹂
﹂
起きて彼女の体が強張った。提督は本能的に、まずいと感じて迷うこ
もう大丈夫なんだ、俺がいるから
となく雷を抱きしめた。
﹁雷、大丈夫だ
私っ、私はあの子たちを⋮⋮﹂
﹁ああ、あぁああ
﹂
お前はするべきことをした、それだけなんだ
﹁お前は悪くない
﹁だめっ、いや⋮⋮ごめんね⋮⋮ごめんね
!
!
けてって⋮⋮なのに、私は
﹂
﹁まだ、あの子たちは人間だった⋮⋮人間だったのよ⋮⋮怖いって、助
た。それを自分は撃った。まだ助けられたかもしれない命を。
き苦しみ、助けを求める敵は雷にとっては敵と認知しがたいものだっ
だが、それでも脳裏にはあの子鬼群の姿が残り続ける。痛みにもが
室内でのたうち回り、自分を傷つけていたに違いない。
の混乱を抑え込むことに成功していた。もし提督がいなかったら病
間違いなく自分が提督に抱きしめられていることを認知し、それ以上
どうにかパニックになることだけは避けられたようだった。雷は
!!
﹂
調子が思わしくなく、変な声がでて黙り込んでしまう
?
こくり、と首を縦に振る雷。提督は彼女を胸からそっと離し、しか
﹁雷、無理しなくていいぞ。とりあえず冷静に俺の声が聞こえるか
﹂
とにかく彼に呼びかけようと口を開く。が、泣き叫んだせいでのどの
督は一安心した。雷もどうにか冷静に物事が考えられるようになり、
しばらくしてようやく雷の震えがおさまり、呼吸も整ったようで提
雷の喉がかすれていく。
くなでてやる。彼女の嗚咽が部屋を満たし、それが大きくなるたびに
雷の頭にをっと手を置いて少しでも彼女が落ち着くようにと優し
ああ
﹁うぅっ⋮⋮ひっぐ、しれいかん⋮⋮しれいかん⋮⋮うわぁああああ
奴がいたら俺が絶対に守る。だから大丈夫。大丈夫なんだ﹂
﹁お前は最善のことをしたんだ。誰もお前を攻めない。お前を攻める
!
18
!
!
!
!!
ししっかりとその肩だけは支えて見つめあう。泣き腫らした彼女の
目元はひどく荒れていて、疲れ切った表情は提督の胸を締め付けた。
﹁まず最初に、よく戻ってきてくれた。お前の艤装からすごい煙が出
て、血の気がない顔を見たときは正直生きた心地がしなかった。こん
なにも不安になったのは初めてだったよ。ああ、謝らなくていい。本
来艦娘には怪我は付き物だし、提督としては常に覚悟することだ。こ
れ は 俺 の 経 験 不 足 だ。そ れ で も 帰 っ て き て 来 て く れ て あ り が と う。
俺はお前を誇りに思うよ﹂
優しく話しかける提督の言葉に、雷はようやく笑顔になってくれ
た。その姿が愛おしすぎて、提督は再び胸の中に彼女を押し込む。こ
んな小さな体で数多くの深海棲艦と戦っているのだと思うと、離した
くなくなる。提督は雷を抱く力を一層強めた。
﹁とりあえず今は怪我が治るまでじっくり休んでくれ。俺もお前に会
いに行く。寂しくなったらいつでも呼んでくれ﹂
19
﹁⋮⋮うん。ありがとう、司令官﹂
精一杯答えた雷の声は、やはりまだかすれていた。だが提督は気に
留めない。何でもいいから自分に語りかけてくれるだけでも彼は安
心することができた。一回りも二回りも年下の彼女に、ここまで惚れ
込んでしまっているかと実感する。憲兵よ、どうか見逃してくれ。
その後、雷が意識を取り戻したという報告は第六駆逐隊に真っ先に
入り、暁が我先にと部屋に飛び込んだところ、熱い抱擁をしていた二
人を直視して顔を真っ赤にしてしまうハプニングが起きたが、幸い憲
兵に通報されることはなかった。ひとまずの無事を六駆は喜び合い、
暁と響が相手をしてくれた。
現時点
その間に、提督は電を呼び出して雷の今後について相談する。
﹁電、率直な意見をくれ。雷はまた海に出られると思うか
での考えでいい﹂
終わりです。たぶん、あの時深海棲艦を元に戻していたいと思ってい
す。他の深海棲艦も人間だったかもしれないと思い始めたらそれで
を利用したものだと知った以上、あの子は何もできなくなると思いま
﹁無理だと思います。あの子は強い子ですけど、あの新型の敵が人間
?
たに違いないのです。司令官さんも、目が覚めた時の雷ちゃんを見た
ら察してますよね﹂
目が覚めた時の雷の言葉からして、深海棲艦を人間だと認識してし
まったことは間違いなかった。深海棲艦が元艦娘、ないし人間ではな
いかという噂は全国の鎮守府で噂として持ち上がっていた。
だが、所詮は噂、娯楽代わりの都市伝説。口裂け女だの、フリーメ
イソンだの、メン・イン・ブラックだの、スレンダーマンだの、その
手の作り話に近いものとして扱われていた。
だが、雷率いる捜索艦隊は知ってはいけない革新にたどり着いてし
これから戦いづらくなると思うか
﹂
まったかもしれないのだ。このことが鎮守府に広まれば痛手になる。
﹁電、お前はどうなんだ
*
と命名された。
に当たる存在だと結論付けられ、沈んだ輸送船にちなんでPT小鬼群
料として送られた。調査は一週間にわたり、新型の深海棲艦は魚雷艇
撮影した写真、及び遭遇した艦娘たちから得た情報は大本営に調査資
流物から沈没と断定。生存者無しと公式発表された。龍驤の彩雲が
その後、行方不明になった避難船第七小鬼丸は発見された残骸、漂
提督は四の理不尽さに納得がいかなかった。
しかしだ。どうして雷にばかりこうも辛いことが起きるのだろう。
女ならきっと乗り越えられると信じている。
女の心の強さ次第だろう。今までどんな逆境にもくじけなかった彼
提督は雷のいる病室に目を向ける。彼女がこの先どうするかは彼
﹁そうか⋮⋮君は強いな﹂
だから覚悟はできてます﹂
たちが何とかしないと私の大切な人が危ない目に合ってしまいます。
﹁私ですか⋮⋮正直戸惑ってないといえばうそになります。でも、私
?
あくる日、鎮守府内で最も広大な面積を誇る第三演習場に数人艦娘
20
?
が集められた。艦種別に代表の艦娘が集められ駆逐艦からは第六駆
逐隊が代表として、戦艦からは金剛四姉妹など、鎮守府きっての精鋭
たち並んでいた。
﹁今回実験するのは、PT小鬼群への対抗手段だ。先の戦闘、そして他
の鎮守府の艦娘も遭遇した経験から、砲撃、雷撃共に命中率が引くく
なることが挙げられている。戦艦に関しては大型の砲塔を回転させ
るには追い付かないし、駆逐艦の雷撃は簡単にかわされてしまう。主
砲こそは当たるみたいだが、それにしたって命中率は通常の艦艇の比
ではない。そこで提案されたのが機銃、および副砲による戦闘だ﹂
艦娘たちがざわつく。現在深海棲艦との戦いにおいて最も重要視
されているのは主砲と魚雷、および航空機である。もちろん副砲も中
距離戦闘においては重要な物だが、機銃についてはごく一部を除いて
需要はかなり少ない状況になっていた。
だが、PT小鬼群の俊敏性に最も有効な攻撃手段を模索した結果、
機銃の類がもっとも効果的との見方が出された。これはPT小鬼群
と戦闘した際、龍驤の零戦による機銃攻撃が効果的だったことから有
効である可能性は高いと結論付けられた。
﹁要は、自動小銃のように扱うってことかな﹂
響が7.7mm機銃に触れながらそう言う。提督は頷きながら各
自指定された装備の搭載、可動チェックを命じる。
﹁正確には、機銃でPTの動きを止めたところを主砲ないし雷撃で仕
留める。7.7mmじゃ撃沈できる保証はないからな。ただ、25m
mにしたら連射速度が落ちて捉えづらくなるから、7.7mmが一番
だと今のところ言われている。戦艦、重巡には砲撃の火力を残しても
らうべく、副砲が一番効果的とされている﹂
﹁でも、それは実験データがあるわけじゃないんだよね﹂
﹁ごもっとも。それで、今からあの標的を使って効果があるかを試す
んだ﹂
と、提督は懐からアンテナの生えた四角い箱を取り出す。一瞬何を
取り出したのだろうかと思ったが、すぐにそれがラジコン用のリモコ
ンだと察することができた。
21
スイッチを入れる音。提督はレバーを押し込んで演習場の中にラ
ジコンボートを走らせる。艦娘の主機と比べると随分軽い音だった
が、それでも力強く湾内演習場を走り回っていた。なるほど、この速
さと舵を切る俊敏さ、PT小鬼群とそっくりである。
﹁結構似てるね。確かにあんな早さだった﹂
響きも納得した様子で、機銃をラジコンに向けてイメージトレーニ
ングをする。暁がそれを真似て同じく構えてみるが、やや動作が遅れ
気味である。
﹁さて、これからあのラジコンにPTの絵を描いた的を載せて走らせ
る。ちなみに操作は自動で動くタイプと手動で操作するタイプの二
種類だ。俺を含む複数の艦娘が操作する。まずは戦艦から射撃テス
﹂
トだ。金剛、頼むぞ﹂
﹁YES
金剛が姉妹たちを引き連れて海面に舞い降り、艤装に装着した副砲
をチェックする。内側、外側に搭載され、艤装を支えるアームが稼働
することもあり、主砲とほぼ同様に全方位に向けて発射することが可
能である。これにより包囲されたとしても迎撃の可能性は高いと思
われる。
艤装の動作チェックを終え、金剛はサムズアップして準備完了を提
督に伝える。それを見てインカム越しに明石と大淀に呼びかけ、テス
ト開始。まず自動航行のラジコンが現れ、金剛たちを取り囲む。
続けて提督と艦娘たちが操作するラジコンが現れ、一定の動きをす
るダミーに交じって不規則な動きをするものが混じる。これでより
実践に近い形がとれた。
﹁砲撃許可。金剛、思い切り頼むぞ﹂
戦闘開始。金剛型四姉妹が機関一杯まで押し込み、まず包囲網を突
破することを試みる。進路を妨害しようとする自動操縦のダミーに
副砲を発砲。命中せず、しかしすぐさま二番三番と搭載した副砲を発
射。発射した砲が一周するころには一射目の砲塔の争点は完了して
いるため、続けざまに二巡目の砲撃に入る。ついにダミーに命中、ラ
ジコンの上に載ったPT小鬼群の絵が吹き飛ぶ。
22
!
﹁テートク、見てくれまシター
﹂
﹁ああ、ナイスだ。そのまま続行、残り時間はまだあるぞ﹂
続いて榛名が連続で二隻を轟沈判定に追い込む。突破口を抜けた
先にランダムで動き回るダミーたち。面白そうだと操縦を買って出
た駆逐艦たちの操縦するラジコンは自動とは違う俊敏さで、戦艦たち
を翻弄する。その動きはまるで台所に現れる主婦の敵である昆虫を
訪仏させた。
最初は苦労する金剛たちであったが、次第にコツをつかんだのか
次々と轟沈させる。提督はその結果に満足いく。もちろん、これがす
ぐさま実戦に役に立つとは思えないが、この試行錯誤こそが重要なの
だ。
作 戦 終 了。金 剛 は 満 面 の 笑 み で 上 陸 し た。さ て、次 は 本 命 の 駆 逐
隊。である。普段なら雷が旗艦を担当するが、精神的負荷を考えて暁
に一任された。
第六駆逐隊が海へと入り、各員が艤装のチェックをする。提督は雷
のことを注意深く見つめる。ここまではいつも通りの彼女だ。だが
問題はこの後だ。もし、今自分の考えていることが現実になったら、
雷を解体しなければならない可能性がぐっと高まるのだ。
*
機関を始動させ、試験開始を待つ雷は深呼吸をして落ち着かせる。
今のところ体に異状はない。気になるとすればブランクが一週間ほ
どある点だろうか。
ダミーを乗せ換えたラジコンが再び現れる。まずは自動操縦、続い
ては艦娘操縦。提督は時計を確認し、戦闘開始を宣言する。
機関一杯、単縦陣形成。暁が真っ先に飛び出し、機銃掃射。銃口が
遅れてやや後ろに着弾するが、すぐに偏差を調整して命中。銃弾を食
﹂﹂
23
!?
らった的が大きく揺れ、その直後に砲撃。的が粉砕されて轟沈判定に
意外と簡単よ
!
なる。
﹁やったわ
!
続けて暁がリモコン操作のダミーに狙いを定める。が、さすがに自
動とはうって違って不規則な動きに翻弄される。だが、響が冷静に進
路上に機銃を叩き込み、進路を捻じ曲げた。そこに暁の銃撃が入り、
ラジコンが大きく揺れて動きが鈍る。すかさず銃撃、再び破壊。連続
で響がもう一隻のダミーを破壊する。
電もそれに続き、機銃を掃射。主砲回頭、斉射はじめ。一撃で命中。
電も手ごたえをつかみ、二射三射と砲撃を続ける。自動操縦のダミー
﹂
はほぼ全滅、手動操縦のほうも続々と破壊判定にしていく。
﹁あっ⋮⋮う、うぅ
い。あの時の光景が頭をちらつく。
あれはおもちゃ、本物なんかじゃない
!
﹁ひっ⋮⋮
﹂
だが、悪魔は囁いた。雷は、その囁きを聞いてしまった。
│イタイヨォ│
偏差予測、完了。機銃掃射、命中する。次は砲撃で止めだ。
とになる。あの時だって本当に危なかったのだ。
だのおもちゃ。おもちゃなのだ。あれを撃たなければ自分が死ぬこ
雷は頭を大きく振って照準を合わせる。大丈夫、大丈夫、あれはた
︵違う、違う
︶
ている。しかしどう頭を働かせても発砲ができないでいた。撃てな
だが、その中で雷が未だに発砲できずにいた。狙いはどうにかつけ
!
﹁あっ、ああ⋮⋮
﹂
いていく。どんどん目の前が真っ暗になっていて頭が鉛のように重
口が震える。足元がすくむ。喉が異常なほど乾いて頭から血が引
﹁うぐっ⋮⋮ぐ、うぅ﹂
砲弾を浴びせた。
だった。それを自分は撃ったのだ。その身にまとう鉄塊から殺戮の
なる。あの子たちには親がいた、兄弟がいた、友達がいた。まだ人間
を撃ち込む自分。それを受けて吹き飛ぶPTが自分の兄弟たちと重
に人の形を残し、助けを求める幼い子供たちの姿。それに向けて砲弾
目の前の的があの時のPT小鬼群すり替わっていく。まだわずか
!
24
!
│オネエチャン⋮⋮イタイヨ│
!
くなる。足に力が入らなくなって膝をつく。胃袋がギリギリと絞ら
れるような感覚、たまらず腹部の制服を掴んで歯を食いしばる。だが
雷を連れ戻せ
﹂
直後に嗚咽が沸き上がって口に両手を当てる。だが勢いが止まらず、
繰り返す、訓練中止
そのまま雷は嘔吐した。
﹁訓練中止
!
なくなった。
!
雷ちゃんの様子がおかしいのです
識を失いそうな顔だった。
﹁司令官、救護班を
﹂
!
それが恐ろしいほど冷たくて顔を覗き込む。血の気のない、今にも意
して呼吸が荒かった。どうにか落ち着かせようと彼女の手を握るが、
電が雷を揺さぶり声をかける。雷は答えない。ただ嗚咽を繰り返
﹁雷ちゃん、雷ちゃんしっかりしてください
﹂
る。食道が焼けるような感覚に咳き込み、その場にうずくまって動け
いっぱいだった。だがかえって体の負担が増し、二回目の嗚咽が来
は涙目になりながら拒絶反応を起こす身体を鎮めようとするので精
は見えないし聞こえない。海の中にさっき食べた昼食をばらまき、雷
提督の声が響く。仲間たちが血相を変えて駆け寄ってくるが雷に
!
﹁ごめんなさい、ごめんなさい⋮⋮ごめんなさいぃ⋮⋮﹂
上 が る。酷 い 顔 だ。疲 れ 切 っ た 表 情 に 加 え て 涙 も 流 し て い る。そ し
提督の呼びかけに反応したのか、雷の震えがわずかに収まって顔が
れ﹂
電、暁、響でもいい。とにかく一人で抱えるな。さぁ、顔を上げてく
﹁雷、しっかりしろ。落ち着いて俺の目を見るんだ。俺じゃなくても
た。提督も走り寄り、雷の手を強く握る。
と鳴り、それを見た金剛たちも思わず目を背けたくなるくらいだっ
上陸スロープまで引っ張られ、雷の艤装が外される。歯ががちがち
!
準備をする。
﹁雷ちゃん、大丈夫です
!
﹂
着いて、落ち着くのです
あれはただのおもちゃなのです 落ち
雷を抱き起し、ひたすら彼女の手を握って呼びかけ、暁と響が曳航の
提督が電の言葉に反応してインカムで明石を呼ぶ。その間に電は
!
!
25
!
て提督は自分が恐れていたことが現実になってしまったことを実感
する。
﹁しれい⋮⋮かん⋮⋮みんな⋮⋮﹂
﹁分 か る か。電 が ず っ と お 前 の 手 を 握 っ て く れ て い た ん だ。大 丈 夫
だ、大丈夫﹂
﹁私⋮⋮私、いったい⋮⋮﹂
雷は自分の両手が提督と電の手でふさがっていることに気が付く。
その手が驚くほど暖かく、むしろ熱いくらいで雷は戸惑う。いや違
う。二人の手が熱いのではない。自分の手が恐ろしく冷たいのだ。
﹁とりあえず医務室に行こう。少し休息が必要だ﹂
﹁⋮⋮うん﹂
﹁いい子だ。電、明石と一緒に頼む。俺は後からいく﹂
﹁了解です﹂
さあ。と電に促されて雷は立ち上がる。先ほどより足取りはまと
26
もになっていて提督はホッとする。ある程度二人の後ろ姿を見送っ
た後、大淀を呼び出した。
﹂
﹁大淀。調べてほしいことがある﹂
﹁なんでしょうか
﹂
﹁各員ご苦労だった。今回の訓練はPT小鬼群に対する訓練には大き
戦闘だけでも十分な効果出ると予測できたから上等だろう。
た艦隊に向き直り、本日の訓練は終了することを告げる。なに、この
大淀は一礼してその場から立ち去る。提督は一先ず訓練に参加し
﹁承知しました﹂
﹁構わん。代役は立てる﹂
が﹂
﹁⋮⋮⋮⋮わかりました。ただ、数日業務ができなくなると思います
﹁ああ。頼む、お前しかできない﹂
﹁⋮⋮本気ですか
取るように分かった。
の言葉が彼女の鼓膜に届くにつれて、表情が変わっていくことが手に
提督は一度周囲を確認すると、耳打ちで大淀に用件を伝える。自分
?
?
な効果があると思われる。本来ならまだ試したいことはあるが、今回
はこれにて終了だ。各自解散﹂
*
﹁典型的なPTSD︵心的外傷ストレス症候群︶ですね﹂
と、明石はカルテを見ながら言う。提督は自分の恐れていたことが
現実に起こってしまったことに頭を抱えざるを得なかった。
﹁目 が 覚 め た 時 の 様 子 か ら こ う な る ん じ ゃ な い か と 思 っ て い た が
⋮⋮﹂
﹁なってしまいましたね。PTSDを発症する艦娘は多くいます。有
名なのはかつて数多くの海戦に参加した第十四駆逐隊の曙もPTS
Dを発症したと記録があります。彼女はその後克服し、第十四駆逐隊
解散後も任務を全うし、無事退役しています。なので、雷ちゃんが克
服できる可能性も十分にあります﹂
﹁そういってくれるとありがたい。ただ、雷のは少し性質が悪い﹂
﹁たしかに、同感です﹂
これではっきりした。今の雷にPT小鬼群と戦う力はない。それ
以外の深海棲艦については不明だが、電が言ったように深海棲艦を人
間と認識した場合、戦闘が不可能になる可能性は十二分にありえた。
﹁どうしますか提督。もし戦闘不能になったら、艦娘は解体まっしぐ
らです。彼女の家庭に入るお金もまた少なくなります﹂
﹁⋮⋮⋮⋮手を考えていないわけではない。だが、この方法だとます
ます雷を戦えなくしてしまうかもしれないし、戦えるようになるかも
しれん。あとはなるようになれだ﹂
提督は持ってきた封筒を取り出し、中に入っている紙をつまみあげ
る。今雷の心を動かせるのは彼女の家族だけだ。それが良い方向に
行くか悪い方向に行くかは、雷の精神力次第だった。それを確かめる
ための重要な書類である。
﹁雷には落ち着いたら提督室に来るように言ってくれ﹂
﹁了解です﹂
27
提督は医務室を後にし、提督室に向かう。過去にPTSDを発症し
た艦娘は数多くいる。その中で立ち直った者もいれば克服できずに
解体、退役となった者もいる。本音を言うなら、提督は雷には退役し
てもらって、自分の稼ぎを彼女の家庭に入れるくらいはしてもいいと
思っていた。
だが、自分は立派な軍人。私情と仕事を混ぜるのはタブー。仮に仕
事を気にしなくてもいい状態だとしても、彼女が成長したら自分と離
れていく可能性だってまだ十分にあるのだ。そうなったときどうす
るのか。結局提督は保険のきく選択をしているのだ。それを考えて
しまうあたり、自分も年を取ったのだろうかと思ってしまう。もう少
し前なら、どこまでも雷を愛し、任務から外して事務業務だけを任せ
る。そして彼女に金を入れるくらいはしたに違いない。
提督室に到着し、書類に筆を入れる。手続きのサインを数回ほど書
き、判を押す。それを提出用封筒の中に入れて準備完了。あとは雷の
到着を待つだけである。
ほどなくして、提督室のドアを叩くノックの音。小さな手から発せ
られる音はそれだけで雷のものと分かるようになってしまった。
﹁入れ﹂
﹁失礼します﹂
律儀な挨拶をし、雷は提督に一礼。提督は災難だったなと言い、お
茶を用意しようと立ち上がった瞬間に雷は提督に謝った。
﹁ごめんなさい司令官﹂
﹁気にするな。艦娘にはよくあることだ。座るといい、今は別件の仕
事がある。そっちを優先に考えてくれ﹂
﹁うん﹂
やや俯き加減な雷は応接用のソファーに座り、提督はほうじ茶を湯
呑に入れて彼女に差し出すが、彼女はすぐには手を付けようとしな
い。無理もないかと提督は話を進めるべく、机の中から封筒を取り出
して雷の向かい側に座る。
﹁さて、その別件の仕事についてだが、鎮守府を見学する団体を呼び込
もうと思っている﹂
28
﹁鎮守府の見学
﹂
﹂
んで演習の見学など。
?
﹂と少し納得のいかない表情だった。まぁ無理
?
の多くが眠った時間にも関わらず、提督室の電気はついたままだっ
太陽が沈み、夜が最も深い色に染まる深夜。消灯時間を過ぎ、艦娘
*
湯呑のお茶から、湯気はもう上がってなかった。
はちょうど良い。
雷は作業を開始する。端的な事務仕事は、あのPT小鬼群を忘れるに
溜まってる本日の書類に目を向ける。随分溜まってるなと思いつつ、
雷は書類にもう一度目を通し、丁寧に封筒に戻すと提督の机の上に
﹁うーん⋮⋮はーい﹂
﹁ま、もう決まったことだ。話は以上、秘書艦業務に戻ってくれ﹂
女が最初にPT小鬼群と出会ったときには思いついていたことだ。
もないだろう。ただ、この意図はいずれ雷も納得するものだろう。彼
雷は﹁なぜ自分が
﹁私に必要って⋮⋮うーん﹂
のお前には必要だ﹂
﹁ああ。戦闘及び秘書艦業務も当日はなし。こっちが優先になる。今
﹁⋮⋮この案内を私が
﹂
で体験授業。その後艦娘用入渠ドッグ、船舶を使って湾内の見学、並
付は後日通達、期間は一泊二日。見学施設は鎮守府本館。その際室内
手渡された書類を受け取り、雷は上から丁寧に目を通す。正確な日
﹁スケジュール詳細はここに書いてる﹂
﹁私に
ど来るんだそうだ。その案内をお前に任せたい﹂
数人を招き入れることがある。それで、来週か再来週あたりに四人ほ
入り禁止になっている。が、年に数回一般人、主に子供を対象にした
﹁そうだ。基本的に鎮守府内は祭りごとなどの行事以外は一般人立ち
?
た。中にいるのは提督、大淀、そして電である。
29
?
三人が集まった理由、それは提督が依頼した調査の結果を聞くため
である。その内容は﹁深海棲艦になった艦娘、ないし人間はいるのか
﹂そして、
﹁仮に艦娘が深海棲艦になった場合、復活できる可能性﹂
についてだ。いずれも大本営の最高部署が保存している、提督にも艦
娘にも知らされていない極秘文章だった。
﹁まったく、この情報を仕入れるのに私は二日の徹夜ですよ。手当は
しっかりもらいますからね。あと、電ちゃんも手伝ってくれたので彼
女にもお忘れなく﹂
﹂
﹁なのです﹂
﹁電もか
﹂
?
﹁深海棲艦の拠点を破壊した時に現れた個体です。魚雷発射管、連装
﹁これは⋮⋮﹂
を着ている﹁なにか﹂の写真が写っていた。
には深海棲艦の艤装を背負いつつも、本来艦娘が持つ装備、そして服
大淀が添付資料を取出し、その中に写っている写真を指差す。そこ
確認しています﹂
﹁はい。真っ黒です。そして、艦娘と深海棲艦の中間に当たる存在も
たんだな﹂
﹁⋮⋮⋮⋮やはり、上は深海棲艦が人間を利用していることを知って
た。
がほしいのは上記の二つ。そして、大淀が印をつけた個所を見つけ
ており、提督はその手の報告を見るたびに眉毛が痙攣する。だが今彼
その中には、世間に出回ればパニックになりかねないものも交じっ
極秘で行っている対深海棲艦の実験レポートだった。
出し、普選を張り付けた個所を開くと提督に手渡す。それは大本営が
大淀は手に持っていたA4用紙用の封筒から束になった書類を取
申請する。それで、調査結果は
﹁思わぬ才能だな。二人ともよく頑張ってくれた。働きに応じた額を
り優秀になることは保証します﹂
﹁電ちゃんすごかったですよ。データハッキングの訓練させたら私よ
?
砲の形状からして駆逐艦です。ただ、上半身は駆逐イ級と思われる艤
30
?
﹂
装を乗せられて、個人の特定はできなかったそうです﹂
﹁この個体はその後どうなった
﹂
﹁その艦娘は
﹂
を口走る、それだけです﹂
せず、会話も成立しません。ただ怨念のように人間だったころの記憶
自身が経験した恐怖を語っていました。しかし、それ以上の事は口に
﹁はい。ただ、良い結果ではないです。この艦娘もまた、家族、僚艦、
﹁ほんとか
た中間形態の艦娘もいます﹂
﹁そうでもないです。所詮敵も生き物、自爆装置の不作動で鹵獲され
に彼女はもう一枚の資料を提督に手渡す。
提督は落胆のため息。しかし大淀の話はまだ終わっていない。次
⋮⋮﹂
﹁つ ま り、深 海 棲 艦 に な っ た 艦 娘 を 元 に 戻 す こ と も 同 時 に 不 可 能 か
れます﹂
査されないよう、すべての艦に自爆装置か何かを搭載していると思わ
が、数日後に謎の爆発。おそらく深海棲艦側は私たちに鹵獲されて調
てきたため撃沈されました。遺体がサンプルとして残っていました
﹁記憶、動作などまだ人間として見れる部分はありましたが、攻撃をし
?
トは行われており、養成鎮守府の需要も高まっているほどだ。しか
は大きく、年中その数は必要になっている。年中艦娘の募集やスカウ
制海権を完全に奪われるまで追い込まれた世界を救った艦娘の存在
今この世界に置いて、艦娘はとても重要な存在なのだ。深海棲艦に
とも理解できる。
あってもひた隠しにする大本営が許せない一方で、開示ができないこ
ずかに振るえ、憤ってることがよく分かった。こんな重要な情報が
提督は自信を落ち着かせるために深呼吸する。書類を持つ手がわ
﹁そう、か⋮⋮﹂
獲したところで元に戻すことはできないという事が分かります﹂
艦娘が処分しました。この結果から、仮に深海棲艦にされた艦娘を鹵
﹁拘束を解いて脱走、大本営研究所内部で発砲。海に出た直後、警備の
?
31
!?
し、多くの候補生を受け入れても艦娘になれるのはごく少数である。
よって艦娘の余裕はほぼないに等しく、現状ギリギリな状態でもある
のだ。
そんな状態なのに、深海棲艦は元人間かもしれない、轟沈したら死
ぬだけではなく深海棲艦にされてしまう、そして場合によってはかつ
ての仲間も撃たなければならないという話が出回ってしまうとどう
なるか。志願者も減り、スカウトをしたところで断るという乙女が続
出するに決まってる。そうなると、艦娘不足が発生し、再び制海権が
奪われることだってあり得るのだ。
鎮守府内の一般人見学も、可能な限り艦娘に興味を持ってもらい、
志願するひとを増やすために行われている行事だ。そして、その実態
﹂
も限りなくグレーゾーンに近く、親の同伴は一切認められていない。
余計なことを言われないためにだ。
﹁提督。このことを知ってあの子に伝えるんですか
﹁そうだな。あいつの今後のためにも﹂
﹁今後のために、ですか。このことを知ったら雷ちゃんは次こそ敵を
助けようとして死ぬかもしれませんよ。必要のない可能性を教える
のは得策だとはいえま⋮⋮﹂
﹁大淀。一つ勘違いしている﹂
提督は書類を机に放り、腕を組んで大淀の目を見る。その目に大淀
はぞくり、と恐怖を感じる。この目は雷を愛する一人の男ではない。
一軍人として、自分の部下たちに容赦なく命令を下す冷酷な人間の目
だった。
﹁俺は雷に深海棲艦した人類の生存の可能性を言うつもりなどない。
俺が言いたいのは、
﹃深海棲艦化した人間は殺すしかない﹄ということ
だ﹂
﹁そ⋮⋮それを話して、彼女が艦娘を続けられなくなったら﹂
﹁解体する﹂
大淀は息をのむ。この男は本気だ。今この提督は雷のことを消耗
品として扱っている。あれだけ雷のことを愛している提督が、こうも
簡単に彼女を切り捨てると宣言したのだ。自分は少々提督のことを
32
?
見くびっていたことを痛感する。
﹁見くびるな大淀。俺は確かに雷のことを愛している。鎮守府内でな
ければ逮捕待ったなしなのも覚悟している。だがそれ以上に俺は制
海権を確保するためにこの艦隊を指揮している司令官だということ
を 忘 れ る な。彼 女 が 前 線 に 戻 れ る な ら 手 は 尽 く す。そ の た め に 手
だって打ってある。だめなら彼女には艦娘をやめてもらうだけだ﹂
提督はじっと大淀の目を見つめる。ああ、やはりこの人は立派な提
督だったのだと考えを改めざるを得なかった。
﹂
﹁手を打ってあるといいましたけど、それは雷ちゃんが傷つかなくて
済むんですか
それまで閉口していた電がようやく口を開く。その声色は提督に
対してやや敵意を抱いている物だった。当然だろう、自分の親友を必
要なら容赦なく切り捨てると言っているのだ。気に食わないのは当
然である。適当な策を練って、むしろ雷を傷つけてしまうことになっ
たら絶対に許さないと言いたそうな表情だった。
﹁補償はしかねる。荒治療だろうな。もしかしたらしっかり割り切れ
るようになって戦えるようになるかもしれないし、ならないかもしれ
ない。あとは雷次第だ﹂
﹁⋮⋮司令官さんは無責任なのです﹂
﹁⋮⋮⋮⋮返す言葉もない。だが、俺にできるのはここまでだ。けど、
俺はどんな結果になってもあの子を見捨てたりはしない。雷が俺を
必要としなくならない限りは、は﹂
﹁はぁ。どっちも飽きれるくらいお節介ですね﹂
﹁あの子のが移ったのかもな﹂
提督は苦笑いする。電はただ、ため息を吐くだけだった。
*
見学会当日。起床ラッパが鳴ってまだ間もない朝、鎮守府本館前に
て提督と雷は見学者を乗せた送迎用バスの到着を待っていた。予定
人数は四人。雷は今日のスケジュールを念入りに再確認する。
33
?
﹁ところで司令官、名簿がないんだけど﹂
﹁ん、それは俺が持ってる。点呼までは俺がするから気にしなくてい
いぞ﹂
﹁でも私も一応確認を⋮⋮﹂
﹁いいからいいから。ほら雷、来たぞ﹂
提督に言われ、雷が顔を上げると一台の軍用バスが門を通過したと
ころだった。鎮守府内の道路をぐるりと回り、本館前に停車。ドアが
開いて士官服を着た女性が降り、提督と雷に敬礼する。
﹁お待たせしました。見学者四名、到着しました﹂
﹁ご苦労。あとはこちらで引き継ぎます。また明日、迎えのほうは頼
みます﹂
﹁了解です。さぁみなさん。到着ですよ﹂
バスの中にいた子供たちの影が四人、我先にと出口に向かって走
る。小学校の頃を思い出すなと思っていた雷。しかし、バスから降り
﹂
﹂
﹂
あなたたち、横一列に整列
気を付け
﹂
!
性士官に一礼して、走り出すバスを見送っているだけだった。
﹁えーーっと、そうだ
!
分を基準に並ぶように指示。大急ぎで雷兄弟はきれいに並び、末の双
びしっ、と雷が指をさすと、次女が大急ぎで兄弟たちを引き離し、自
!
34
てきた人物たちを見てその考えは遥か彼方へと一斉射されて消し飛
んだ。
﹁あ、お姉ちゃんだ
雷の兄妹なのだ。
﹁あ、あなたたち
お姉ちゃん本当に艦娘さんだー
﹂
﹂
﹁え、ちょ、ちょっとまって、ごめんちょっとまって
﹂
兄妹が降りて雷の頭は真っ白になった。この子供たちは、紛れもない
に抱き着く。その次におそらく双子であろう男の子、そしてやや上の
幼い、まだ五歳か六歳くらいであろう女の子が一番に飛び降り、雷
!
﹁ちがうよ、かわいいだよ。ほら、このリボン
﹁かっこいい
﹁すごーい
!?
頭の回転が全く追いつかない雷。たまらず提督のほうを見ると女
!
!
!
!
!
﹂
ネタバレすると
子に関してはこれでもかと体を硬直させて気を付けの姿勢。雷は大
なんで、なんであの子たちが
急ぎで提督に詰め寄る。
﹁司令官
事実上の休暇だ﹂
子は守るべき者の区別がつかなくなってしまった。我々は人類を守
﹁無理だろうが何だろうが、俺はこれが有効だと思っている。今あの
提督はペンを走らせながら﹁ああ﹂と返事。
電は記入を終えた書類を綺麗にまとめ上げ、穴をあけて紐で縛る。
のです﹂
﹁家族を呼んで現実との区別をつけさせるなんて、無理がありすぎる
*
かった。
れがほんの少し不安で、この先上手くやって行けるか自信が湧かな
し、説明をしている一方で、雷は提督の意図が全く読めなかった。そ
雷は兄弟たちに向き直ると、今日の日程について説明を始める。しか
ただ、ここまで来てしまった以上、やるべきことはやるしかない。
に。
れしいものである。これが、雷が万全の状態だったらよかっただろう
分の兄弟たちを見る。最後に見送った時よりも大きくなった姿はう
それ以上提督は何も言ってくれそうになかった。雷はもう一度自
倒をしっかり見るんだぞ﹂
﹁秘書艦業務は電が請け負ってくれる。今からお前はこの子たちの面
鎮守府との情報共有エトセトラエトセトラ。
考えること一杯ある。事務職、任務の調整、艦隊編成に工廠の開発、他
突然のことすぎて雷の頭が上手く回ってくれなかった。やること
﹁そ、そうだけど⋮⋮いや嬉しいけどでも
﹂
見学会というのはただの名目。お前と兄弟で過ごしてもらうための
﹁サプライズだ。長いこと会ってなかったんだろ
!?
!
るため、雷の個人で言えば家族を、そしてその生活を守るのが仕事だ。
35
?
!
それを再認識させるには今一度家族に会わせるのが一番だろう﹂
﹁立 ち 直 れ な い と い う の は、家 族 の と こ ろ に 帰 り た く な る っ て 意 味
だったんですね﹂
その通りと提督は椅子から立ち上がり、窓の前に立つ。外ではちょ
う ど 雷 が 兄 弟 た ち を 連 れ て 桟 橋 に 向 か っ て 歩 い て い る よ う だ っ た。
﹂
彼女の顔には戸惑いこそあったが、成長した家族と接するのはやはり
うれしい様子だった。
﹁電もあの子たちは知ってるんだろう
申し込まれたのです﹂
﹁旗艦は決まってるのですか
﹂
逐艦と戦艦の戦闘データがほしいと催促している。
PT小鬼群討伐作戦の指令所が握られている。大本営からは至急駆
電は作業を再開し、提督は引き続き雷の観察を続ける。手には次期
﹁からかわないでください﹂
﹁将来が楽しみだな﹂
﹁大きくなったら考えてあげるとだけ言っておきました﹂
﹁なんて返事したんだ
﹂
﹁ええ。小さいころよく遊んでました。二番目の男の子からは結婚を
?
こなすなど非常に優秀だった。故に、一時期は戦果にしか目がいか
電から秘書艦業務の引継ぎ、数日でめきめきと上達して戦闘も優秀に
提督は雷が着任した時のことを思い出す。新人同然の状態なのに、
﹁思えば、あの時俺たちの仲を大きく進ませたのも君だったな﹂
ですけど、私が見ておかないと危なっかしいのです﹂
﹁私は幼馴染として当然のことをしたまでです。世話焼きが好きな子
は雷のためだろう﹂
﹁人のこと言えてないだろ、電。大淀に付き合って情報洗い出したの
﹁司令官は優しすぎるのです﹂
めだ。
名の五人。あえて一か所だけ空白にしているのは雷を書き入れるた
が空白であることを確認する。その他の欄はには暁、響、電、金剛、榛
目線を変えずに電が問う。提督は今一度名簿を確認し、旗艦の部分
?
36
?
ず、自らの危機を顧みずキス島撤退作戦を強行。何とか成功したもの
の、彼女は提督に叱咤されてひどく落ち込んだ。そんな雷の傍にいて
やれといったのも、電だった。
それをきっかけに二人の関係が大きく進展し、今に至る。あれから
もう一年以上経ったのかと思うと感慨深いものだった。
﹁感謝してるよ、電﹂
﹂
﹁当然のことをしただけなのです。雷ちゃんを泣かせたら、許しませ
んよ
﹁ひえー、怖い怖い。だが、泣かせたいと思ってる意地悪な俺もいるわ
けなんだがな﹂
何のことだ 電は怪訝そうな顔で提督を見る。そんな彼女の疑
した。
﹂
て見ていたのだが、何が気に食わないだろうかと考え、そして思い出
た。いや、実際それ以前にすれ違う艦娘の艤装には目をキラキラさせ
きそうな彼が一番喜びそうだと思っていたが、この感想は意外だっ
と、いうのは十歳になった長男。ガン○ムとかそういう機械物が好
﹁うーん、なんかがっかり﹂
負った艦娘はここから海に入って出撃するのよ﹂
﹁じゃ、ここが最後よ。ここが鎮守府の出撃用スロープで、艤装を背
整列させるとどこから説明しようかと考え、口を開く。
て鎮守府湾内が見渡せる入水用スロープ付近へと到着し、兄弟たちを
約半日、兄弟たちに鎮守府施設を案内していた雷は最後の場所とし
*
た。
呆れた笑みを浮かべる初代秘書艦に、提督は笑みを返すだけだっ
﹁ずるい人ですね、司令官さんは﹂
てしまうに違いないと納得した。
解除し、中からあるものを取り出す。それを見て電は確かに雷が泣い
問と疑惑に答えるために、提督は鍵の掛かっている引き出しの施錠を
?
﹁もしかしてガン○ムのカタパルトみたいなの想像してた
?
37
?
﹁うん。全自動で武器がくっついて、そのまま発進するかと思ってた﹂
﹁あー、うーん﹂
実のところ、そういうシステムがないわけではない。現在大本営直
属の研究班が艦娘をより効率よく出撃させるシステムとして全自動
艤装装着システム、及び発進カタパルトを考案中と聞いたことがあ
る。
そもそもカタパルトは、現代において狭い空母からより短い距離で
艦載機を打ち出すためのシステムである。艦船として扱われる艦娘
に必要かどうかと問われれば、実は効果的ではないかという見解があ
る。
まず、カタパルトを使うということは初速を大きく稼げるというこ
となので、燃料の節約にもなるし、万が一鎮守府が襲撃を受けた際、ス
ロープから出撃するよりも隙が少なくて済む。加えて地下にカタパ
ルトを作ることで臨時の防空壕になることで生存性がぐっと高まる
おーいと呼ばれて天龍が気前よく手を振りかえしてくれて、後続の駆
逐艦たちも個性それぞれに大手を振る。
38
のだ。
ただ、艦船である艦娘をどうやって打ち出すかはまだ研究中であ
る。よってこの話も噂の域を出ないものだが、提督からはそういう計
画があると教えられていた。
︵でも一応機密だから、喋っちゃダメよね︶
致し方なし。雷は弟の発言を適当にかわして、話題をそむけるべく
湾の入り口を見る。ちょうど遠征部隊が帰ってくる時間なのでそれ
に立ち会わせようと思った。
﹁ほら、遠征部隊が帰ってきたわ。要はお使いの艦娘たちよ﹂
剣もってる、あ
邪魔にならない様にと桟橋へと誘導し、入港する遠征隊に手を振
﹂
あの角の生えたお姉ちゃんかっこいい
る。天龍率いる海上護衛艦隊だ。
﹁あー
れビームサーベルかな
!
キ ラ キ ラ と 目 を 輝 か せ る 弟 に 苦 笑 い し な が ら、雷 は 艦 隊 を 見 る。
﹁ビームサーベルは実装されてないわね﹂
!?
!
﹁じゃ、今日の見学はおしまい。お腹すいたでしょ
﹂
ご飯は美味しいから楽しみにしてね﹂
﹁わーい
﹂
ら、雷は返事をする。
﹁なーに
﹁その⋮⋮何かあった
ここの食堂の
ちょっと元気ないみたいだけど﹂
いるらしい。いつか彼女の作った料理を食べたいものだと思いなが
くなっていた。聞くところによると、料理の腕がめきめきと上達して
げた自慢の妹の顔つきは去年とは比べ物にならないくらいたくまし
と、次女が声をかけてくる。自分が家を出てからは兄弟をまとめ上
﹁お姉ちゃん﹂
かったようで何よりだった。
兄弟たちは楽しそうに桟橋を走り回る。元気さにさらに磨きがか
?
今は休憩貰ってるけどね﹂
?
﹂
﹁多くは言えないわ。機密だから。けど、遠回しに言うなら⋮⋮そう、
﹁⋮⋮⋮⋮どんなこと
﹁でも⋮⋮今抱えてるのは、辛いことだわ﹂
にする。
目で﹁こっちは任せて﹂と言っていたので会釈して言葉に甘えること
脇 に 抱 え て 遊 ん で く れ て い た。そ の 後 ろ に 優 し く 見 守 る 龍 田 の 姿。
はどうしているだろうと横目に見ると、上陸した天龍が兄弟たちを両
雷は桟橋に腰を下ろし、妹もそれに合わせて隣に座る。下の子たち
番うれしいことよ﹂
もあるわ。何よりあなたたちに満足なご飯を食べさせられるのが一
﹁そうね。大変だと思うこともあれば、やってよかったって思うこと
﹁そうなんだ⋮⋮やっぱり艦娘さんって大変
﹂
﹁⋮⋮ ち ょ っ と ね。あ ま り 言 え な い け ど、今 大 変 な お 仕 事 が あ る の。
ないと察し、彼女にだけ口を割ることにした。
年の間に上がったのは料理の腕だけではないようだ。雷は逃げられ
う。なんとか頭の回転を奮い立たせて言葉を探す。どうやらこの一
不安げに見つめる妹。彼女の鋭い発言に雷は思考が停止してしま
?
?
39
!
?
どうしても助けられない人たちがそこにいるの。助けてって言って
るのに、私は助けられない。それどころかその人たちに主砲を撃たな
きゃいけない。そうしないと、自分が、みんなが危ないから﹂
脳裏に浮かぶ小鬼群。公式的にあれは新型の深海棲艦と位置付け
られた。しかし、雷にとってあれは救助を求める子供たちと変わりな
いのだ。もしあれが自分の兄弟たちだったらと思うと、胃がきりきり
する。いや、実際あの子たちには家族がいたに違いないのだ。会いた
いに決まっている。助けてほしかったに決まっている。だというの
に自分は⋮⋮。
﹁助けられなかった⋮⋮撃てしまった⋮⋮まだ、あなたたちと変わら
ないくらいの子供たちだったの。まるで、まるで自分の家族を撃った
ような、そんな気がずっとしてる﹂
手が震え、胃がきりきりと締め上げられる。嗚咽が上がってきそう
な気がしてどうにか唾を飲み込み、それを封じ込める。痛いと叫ぶ小
鬼、それを撃った自分。助けようとして待っていたのは魚雷の自爆。
罪のない、被害者のはずの子供たちが無条件で加害者になるその理不
尽さ。憤りを感じ、しかしそれ以上にPTを描いた的でさえ見ただけ
で嗚咽が湧き上がるほど自分の心は弱ってしまった。
艦娘になってから家族のために、そして愛する提督の力になるため
に頑張ってきた。それなのにたった一日でそれができるかどうか怪
しいところまで追い込まれたのだ。このままでは兄弟たちを養って
いくことができなくなるかもしれない。そして何より提督と離れな
ければならないかもしれない。そう思うといろいろな感情が頭の中
で渦を巻いて嗚咽が湧き上がってしまう。提督はその度に優しく抱
いてくれる。けど、これは自分で乗り越えなければならないことは雷
も知っていた。
﹁情けないわ⋮⋮私、このままじゃダメなのに、全然先が見えない。弟
たちになんて言ったらいいかわからない⋮⋮﹂
次女は、弱音を言う姉の姿に事の深刻さを受け入れるほかなかっ
た。気丈に振る舞い、いつも自分たちを引っ張って育ててくれた姉が
こうも追い込まれるとは思っていなかった。だが、同時に姉もまた一
40
人 に 人 間 な の だ と 認 識 す る こ と に な る。そ の 姉 が 今 大 き な 壁 に 当
たっている。なら助けられるのは自分たちだけなのだ。
﹁お姉ちゃん。私、今聞いただけで思ったことを言うね。もし違って
たらそれでいいから﹂
﹁⋮⋮ええ﹂
﹂
﹁助けられなかった、撃ってしまったって言ってたけど、それって仕方
のないことだったんだよね
﹁うん﹂
よく考えて。お姉ちゃんがその時頑張った
れてもしょうがないと思う。それに⋮⋮⋮⋮私たちは、ここにいるん
を危ない目に遭わせてしまうかもしれない。そうなったら、私は撃た
う。もし私が、助かりたいけどほかの人を傷つけてしまう、兄弟たち
﹁もう助からないのを助けるより、今いるほうを助けた方がいいと思
かは雷次第である。
らぶつかるであろう意見だ。彼女が受け入れるか、それをどう捉える
一呼吸整え、次女は決心する。今からいうのは姉の考えと真っ向か
けたいって思うのは当然かもしれない。でもね﹂
だから私たちもここまで生きてこれたし、生活もできる。その敵も助
から、助かった人がいるんだよ。お姉ちゃんはすごく優しくて強い。
危なかったんでしょ
﹁じゃあお姉ちゃんは間違ってないと思う。そうしないとほかの人が
?
なのになんでそんなこと
だよ。家族を撃ってしまったような気分ってお姉ちゃん言ってたけ
﹂
もしかしたら、私たちがそいつらに大変な目に遭わされた
?
れ 渡 る。そ う だ。な ん で こ ん な 簡 単 な 過 渡 に 気 付 か な か っ た。自 分
のするべきことは陸の上に住む家族たちを守ることなのだ。物事に
は優先順位がある。まず自分の身を守ること。そして市民を、家族を
守ること。自分が戦っていたのは家族ではないのだ。
残酷な考えかもしれない。だが、言い換えれば赤の他人だ。それが
41
?
ど、私たちはちゃんとここにいるんだよ
思うの
﹁っ
かもしれないんだよ﹂
?
じっと見つめる妹の目は正論そのものだった。雷の頭が一気に晴
!
自分に危害を加えてくる、そうなったら戦うしかないのだ。雷が身を
投じているのは救助の現場ではない、戦場なのだ。戦場の中で殺人は
成立しない。ただ彼女は仕事をこなしただけなのだ。
強いだけではいけない。だがそれは同時に優しいだけでもだめな
の だ。優 し さ は 確 か に 必 要 だ。だ が、度 が 過 ぎ る と い ず れ 甘 さ に な
待っ
今の時点
り、自分を、誰かを殺す。その甘さに打ち勝つための強さもまた必要
なのだ。
今一度雷は問う。あのPT小鬼群は助けられたのか
では否である。不明瞭な可能性に賭けて自分はどうなった
ていたのは魚雷の自爆だ。その後自分を庇った金剛にも容赦のない
雷撃がきた。彼女たちこそ、雷が生んだような甘さに打ち勝つ強さを
持っていたのだ。
﹁だから、ね。もう少し考えてみて。どっちが大事なのか。これって
それ
すごく酷いことだと思う。でもお姉ちゃんは艦娘になるって決めた
とき、私たちが確実に助かるって思ったからなったんでしょ
う一度考えて。ね
﹂
と同じ。向こうを助けるか、自分を守るか。どっちが大事なのか、も
で私たちは美味しいものがたくさん食べられるようになった。それ
?
く見るとあちこちに怪我の跡や、タコができていた。この子が家を支
えた何よりの証。たくましい手だ。
顔を上げて、走り回る兄弟たちを見る。自分の甘さが、あの子たち
を危険に晒すかもしれない。PT小鬼群は、確かに被害者かもしれな
い。だが、被害者だけでなく加害者にもなってしまうかもしれない。
それを防ぐことをできるのは、自分たちだけなのだ。
﹁⋮⋮ありがとう﹂
雷は妹の手を強く握り返す。決意をする準備はできた。あとは踏
み出せるかどうかだ。次のチャンスが来たときがターニングポイン
トになるだろう。その表情の変化に、次女は満足そうな笑みを浮かべ
ていった。
﹁今日は、みんなで一緒に寝ようか。久々にね﹂
42
?
?
ぎゅ、と妹が手を握る。去年よりも大きくなったやわらかい手。よ
?
雷は、妹の提案を飲み込んだ。
*
│翌日 起床時間│
﹁司令官、おはよう﹂
い つ も の 出 勤 時 間。雷 が 朝 の 身 支 度 を 終 え て 提 督 室 に 顔 を 出 す。
﹂
中には既に制服に着替えた提督が書類に目を通していたが、入室した
雷に顔を向けて答える。
﹁ああ。昨日はよく眠れたか
﹁兄弟たちがまくら投げして大変だったわ。さすがに度が過ぎるとこ
ろまで行ったから、雷落としておいた﹂
﹁雷なだけにか﹂
﹁そうよ﹂
にひひ、と笑う雷の顔は、吹っ切れた印象があった。このやり取り
だけで、提督は次作戦艦隊の旗艦を雷にすることに決めた。
﹁雷、早速だが仕事の話をする。大本営からPT小鬼群に対する反撃
作戦が立案された。例によっては機銃でのけん制、および撃破の手順
になる。旗艦はお前だ﹂
艦娘名簿の旗艦の空欄に、提督は雷と書き入れる。雷もまたそれを
見て頷く。肝が据わった、覚悟のある目だ。彼女ならきっとやり遂げ
る。ただ、今一度PTに対しての訓練を行う時間がないのが惜しまれ
た。
﹁作戦決行は今日の午後だ。偵察行動の結果、PT小鬼群は敵補給艦
より補給を受けて戦力を増強中とのことだ。まもなく軽巡、駆逐の本
体が合流するとのこと。これを合流される前に補給艦ごと叩く﹂
作戦指令所を雷は受け取り、それを上から丹念に読み込む。あれか
ら大本営の調査も大きく進んで、PT小鬼群のそれぞれの特徴などが
事細かに書かれていた。
﹁そこで雷。今一度お前にだけ教えておきたいことがある。これは口
外を一切禁ずる内容だ﹂
43
?
雷が顔を上げ、しかと話を聞くために提督を見つめる。今の彼女な
ら大丈夫だろう。だが、念には念を入れるのが軍人として、提督とし
て の 役 目 で あ る。彼 女 が 無 事 に 帰 っ て こ れ る よ う に な る な ら な ん
だってする。それが自分の務めだ。
﹁深海棲艦が人間や艦娘を利用しているかどうかのことだ。結論から
言うと、答えはYES。しかし深海棲艦化した人間や艦娘は生存可能
性はゼロだ。人間の言葉を話しても、もはや寝言と同じレベルで意思
疎通なんてできない。PT小鬼群も同様だ。だから迷わずに沈める
ん だ。子 鬼 た ち を ま だ 人 間 と し て 認 め て い る お 前 だ か ら こ そ 言 う。
これ以上あの子たちが罪を犯させるな﹂
﹁⋮⋮了解﹂
雷は一糸乱れない敬礼を見せた。提督は小さくうなずき、マイクを
手に取ると、PT小鬼群掃討艦隊参加艦娘を呼び寄せた。
44
*
﹁みんな、集まってくれてありがとう。今回収集したのは他でもない、
例のPT小鬼群に対する作戦だ。先日行ったダミーでの小鬼群の攻
撃訓練は有効であると判断された。それでもって唯一PT小鬼群と
戦闘経験のある俺たちに掃討作戦命令が下された﹂
提督は机に海図を広げ、以前戦闘を行った海域にサインペンで丸印
を付けると、PTを模したマグネットをそこに置く。
﹁PTは現在もこの海域にとどまり、体制を整えている。偵察機によ
﹂
ると、補給艦による補給を受け、深海棲艦本隊との合流を図るつもり
らしい。その前に叩く﹂
提督はPTのマグネットを弾き、机を叩く。
﹁奴らにこれ以上好きにさせるな。PT掃討艦隊、出撃
し。魚雷発射管への魚雷装填、よし。7.7mm機銃の装填、よし。
また自分の艤装の装填を確認する。10cm高角砲の弾薬装填、よ
リーフィングルームから飛び出し、用意された艤装を装着する。雷も
六 人 の 艦 娘 が 同 時 に 敬 礼 を 返 す。そ れ が 終 わ る と 同 時 に 全 員 ブ
!
雷はスロープから海へと入水する。
﹁機関始動﹂
雷の声で缶に火が入り、主機の回転数が上がって煙突から煙を噴き
だす。一度振り返ると、他のメンバーも準備が整ったようだった。皆
﹂
やる気に満ち溢れている。
﹁おねーちゃーん
したのだろうと察しが行った。
ちゃんとご飯食べるのよー
!
﹂
!
﹂
﹁大丈夫よ。もし、私がまた撃てなくなったら囮にしてもいいわ﹂
い付き合いだ、雷にはそれだけでわかる。
時と同じようなことになったら、容赦なく帰れと言う声色だった。長
こちらを向かず、電はやや厳しい声色で問いかけてくる。もしあの
﹁本当に大丈夫ですか﹂
﹁なに、電﹂
をする。
右側に陣形を組んでいた電が呼びかける。雷は顔を向けずに返事
﹁雷ちゃん﹂
域へ舵を切る。
艦隊は鎮守府湾外へ到達すると船速を第五船速へと増速。目標海
いずれも機銃、副砲を搭載した対PT仕様だった。
る。複縦陣形成、暁と響が先頭につく。隣に電、後方に金剛と榛名。
エンジンテレグラフがカンカンと鳴り、雷の体は海へと駆り出され
﹁第一戦速。旗艦雷、出撃します
装の魂が呼びかける。回転数、安全域まで到達。雷は目を開く。
せ。次は休暇を取って家に帰ろうと決意する。深呼吸、神経集中。艤
ろには、兄弟たちはもう家に帰るだろう。だからこれが最後の顔合わ
雷は大きく手を振って兄弟たちに答える。自分が任務を終えるこ
﹁みんなー
﹂
少し悪戯っぽい笑みを浮かべる天龍と龍驤の姿。あの二人が手を回
を終えて帰る予定の兄弟たちが大きく手を振っている。その隣には
と、向かい側の桟橋から自分を呼ぶ声がして振り返る。この後見学
!
﹁⋮⋮私がそんなことできると思ってるのですか
?
45
!
﹁できないと思うけど、いざとなったらやって﹂
なんて無茶なことを言うのだ。電は頭を抱えそうになる。だが、そ
の一方で彼女がここまではっきりとできるようになったのは提督の
作戦が成功したとの裏付けでもあった。少なくとも、戦闘中に動けな
くなるようなことはないだろう。
﹁そんなことさせるわけないじゃないの﹂
と、先頭を行く暁が顔を半分後ろに向けていた。響も同じくこちら
を向き、頷いてみせる。
﹁もし雷の身に何があっても、それを守るのが私たちの仕事よ﹂
﹁да︵その通り︶。君は私の妹艦でもあり、私たちの誇れる旗艦なん
だ。そしてこの艦隊に力をくれる太陽のような存在。失うわけには
いかないんだ﹂
滅多に見られない自信気な笑みでを浮かべる響の横顔は美しく、そ
こから彼女の想いが強く伝わってくる。雷は姉妹たちの理解に感謝
﹂
﹂
PTは個体が小さいため、反応が一つでも実際は数隻が密集している
のだ。
﹁砲雷撃用意、機関一杯
速力上げ、戦闘態勢。それと同時に敵艦隊を補足する。PTが九隻
!
46
する。
﹁それに、私たちもいるネ。また雷が危なくなったら、私が助けてあげ
るヨ﹂
﹁ふふっ、ありがとう金剛さん。もしその時はお願いするわ﹂
地図を確認し、雷は例の海域が目と鼻の先であることを確認する。
もういつ遭遇してもおかしくない。雷は自分の顔をぱんぱんと叩き、
気合を入れる。と、その時だった。
﹁││ハハッ﹂
ぞわり、と背筋が震える。間違いない、忘れるわけがないあの声。
艦隊の空気が変わる。雷は今一度主砲と機銃の弾薬を確認し、懸架し
正面、数九
ていたアンカーを手に握る。それと同時に、電探に反応。
﹁敵影補足
!
電探に九つの影が映る。だが実際は十以上あると雷は踏んでいる。
!
榛名、行きますよ
﹂
!
と輸送船ワ級が一隻、軽巡ホ級が二隻ずつだ。
﹂
﹂
﹁まずは私たちが先手を取りマス
﹁はい、お姉様
﹁全砲門、ファイアー
!
で円を描く。
﹂
﹁肉薄するわ
﹁了解よ
暁、響、先頭はお願い
﹂
!
﹂
!!
﹁本命、いくわ
﹂
級は爆発。シールドで爆風を防ぐ。開幕二分、敵補給隊は全滅した。
込み、火薬に引火。雷、急速離脱と同時にシールドを左腕に装着し、ホ
そこを見逃さず、主砲発射。亀裂の隙間をこじ開け、砲弾が中へ食い
ゼロ距離でアンカーをホ級の脳天に叩きつけ、装甲に亀裂が入る。
﹁はぁぁぁーーーーっ
ホ級。夾叉、敵はたじろぐ。その隙を雷は見逃さない。
が、間髪入れずに今度は雷が前に出る。主砲発射、目標は舵の壊れた
に引火したのだ。その衝撃は耳を貫き、びりびりと体が震える。Pだ
直撃。ワ級の丸い船体から炎が上がり、爆沈する。余っていた弾薬
すぎた。
作業を中断し、逃げようと機関を回すワ級ではあるが、あまりにも遅
射管用意、投射。六つの魚雷が気配を消し、輸送ワ級に群がる。補給
ら退避する。その後ろから電、雷の順で二人が肉薄する。電が魚雷発
Tが反撃の機銃を掃射してくるが、暁と響は左右に展開し、車線上か
を上げて真っ二つになり、あっという間に海の中へと没していく。P
着弾、突き刺さった砲弾が燃料に引火し、誘爆。ホ級は派手な爆発
艦の主砲でも大破したホ級一隻程度なら何の問題のない威力だ。
暁と響が先行。煙を上げるホ級に狙いを定め、二艦同時斉射。駆逐
!
は完全に粉砕されて砲撃能力を失い、もう一隻は舵を潰されて海の上
さる。かろうじて轟沈は免れたようだったが、一隻背負っている主砲
始動させるが遅い。雨の様に降り注ぐ榴弾は容赦なく軽巡に突き刺
いえる放物線を描いてホ級へと肉薄。発砲に気付いたホ級が期間を
金剛型二隻の35.6cm連装砲合計十六門が火を噴き、芸術とも
!!
!
!
47
!
雷の号令とともに、全員が合流して陣形を単縦陣に変更。先頭は
﹂
雷、機銃用意。PTが魚雷を投射する。
﹁魚雷接近、間を突き抜けるわ
﹁││っ
﹂
﹁ハハッ、キャハハ
﹂
時と同じ個体。耳に響く幼い子供の声。
艦隊を魚雷の隙間に滑り込ませ、雷は正面にいるPTを睨む。あの
!
﹁駆逐隊前へ
﹂
雷は、今この瞬間だけ、残酷な鬼になることを決意した。
も、提督も救えない。
えると甘さになる。その甘さは誰も救わない。仲間も、家族も、自分
でも、雷はもう迷わなかった。これは戦争なのだ。優しさをはき違
戦わされているだけかもしれない。
にいるのは元人間の子供かもしれない。無理矢理深海棲艦にされて、
胃がギリ、と締め付けられる。だが前ほどじゃない。確かに目の前
!
る。
﹁イギ、ギ⋮⋮
﹂
電がすかさず主砲を発射する。着弾、PTは火を噴いてひっくり返
着して防ぐと、機銃を発射。突然の銃撃にPTの一隻は動きが鈍り、
第六駆逐隊が先行。PTが銃撃してくる。雷はシールドを腕に装
!
﹁榛名さん
﹂
時方向の一隻。機銃掃射、動きを遮る。
として、雷はそれを振り払う。次の目標、魚雷をたった今投射した十
炎を上げながらPTが海に消えていく。断末魔が頭に取りつこう
!
れでいい。雷は魚雷をかわし、主砲発射。かすっただけのようだが、
﹂
それでも十分なダメージは通った。
﹁イタイヨォ⋮⋮
が付着していた。アンカーを海面に突き刺し、洗うついでに急反転。
めを刺すと、つないだワイヤーを巻いて手元に引き戻す。青紫の体液
雷は聞かない。一切受け入れない。アンカーを投げつけ、PTに止
!
48
!
雷の声とともに、榛名の主砲が降り注ぐ。命中こそしない、だがそ
!
﹂
雷の背後に近づこうとした一隻を電が撃破して合流する。
﹁電、挟撃するわ
﹂
﹂
﹁雷、機関後退デス
﹂
目視する。とっさに間に合わないかもしれないと脳が叫ぶ。
そうとして、しかし後方にPTが回ったことに気付き、魚雷の投射を
面舵一杯、魚雷を真正面に捉え、隙間を潜り抜ける。次の目標を探
﹁右舷より雷跡
え、追撃しようとしたが雷跡を確認。
離し、右手に構えると真正面にいた一隻に発砲。運よく命中弾を与
左右に展開し、雷はアンカーを懸架すると背部艤装から主砲を切り
﹁了解なのです
!
﹂
﹁イ゛、 イ゛ィッ⋮⋮
﹂
﹁金剛さん、ありがとう
﹂
支配する。その声は雷だけでなく、暁や響にも突き刺さる。割り切っ
被弾するPTが増えれば増えるほど、子供たちの悲痛な叫びが海を
﹁オカアサン、オトウサン﹂
﹁イタイヨ、イタイヨ﹂
﹁コワイヨ、コナイデ﹂
だけだった。
た子鬼たちは、帰る場所などわからない。ただいたずらに、走り回る
被弾していないPTが撤退を始める。だが、先導する深海棲艦を失っ
後退し、遠距離からの狙撃に徹する。状況の圧倒的不利を察し、まだ
れて弾薬を放棄したのを確認して第六駆逐隊を援護するように一度
離なら十分だ。至近弾でもPTの機関が潰れ、煙が上がる。誘爆を恐
撃つ。下手な軽巡よりも口径の大きい15.5cmの威力は至近距
金剛は副砲の照準を合わせ、機動力で翻弄しようとした一隻を狙い
﹁礼は終わってからネ
!
後背後から忍び寄った響が主砲で止めを刺す。
る。その隙に暁が突貫し、機銃掃射。PTは足止めを食らい、その直
がかすめ、海面に飛び込んだ。その衝撃で魚雷が誘爆、雷は難を逃れ
反射で主機の回転を反転、急減速。直後すぐ脇を35.6cm砲弾
!
!
!
49
!
!
﹂
てるとはいえ、強烈だった。
﹁暁、一緒に来て
﹁ありがとう
﹂
﹁私が受ける、雷は思いっきり行って
﹂
けてられないと雷を庇う様に前に出た。
だが、雷は怯まない。気丈に振る舞い、恐れなく突き進む。暁も負
!
!
﹂
﹁⋮⋮⋮⋮すぐ、終わるから﹂
身だった。
の武装が死ぬ。刹那、PTの目の前にあったのは10cm高角砲の砲
PTの攻撃をシールドで受け流し、最接近。雷は機銃を発射。PT
い。自分が遭遇したらどうなるのだろうか。
は、こうして怨念の様に残っている。想像絶する恐怖だったに違いな
け止める。子供たちの恐怖が彼女の中に流れ込んでくる。その恐怖
雷は目を閉じる。攻撃を諦めたわけじゃない。その声をしかと受
﹁コワイ、コワイ、タスケテ、オネエチャン﹂
の一隻に肉薄する。次弾装填、主砲機銃共に発射準備完了。
アンカーを抜き、左側に突き刺して取り舵、銃撃を加えてくる最後
り替え。斉射。放たれた砲弾の一発が、PTの主機を貫いた。
接近。馬力はこちらの方が上、逃がすわけがない。砲弾、徹甲弾に切
叩きつける。そのまま敵の艤装にひっかけ、ワイヤーを手繰り寄せて
雷はアンカーを放り投げると主砲で狙い撃ち、勢いを付けてPTに
見逃さない。
発射、先頭の一隻の目の前に落下し、たまらず機関がとまる。そこを
左右に逃げようとした二隻が危機を感じて舵を切れなくなる。主砲
込む。機銃掃射、左にいた一隻が煙を上げて沈黙。続いて魚雷投射、
暁が面舵で退避。雷、機関一杯。全速力で生き残ったPTへと突っ
﹁雷、今
功。手の届く距離まで接近した。
か ら 雷 を 守 る。前 方、雷 跡。だ が 暁 は 必 要 最 小 限 の 操 舵 で 回 避 に 成
暁、魚雷投射、シールドを体の前に出して銃撃してくるPTの攻撃
!
ドンッ。最後の砲撃の音は、やたらと乾いて聞こえた。
50
!
*
﹁PT小鬼群沈黙
﹂
榛名の声で艦隊の緊張が少しだけ軽くなった。敵補給艦は全滅、十
隻近くいたPT小鬼群は大半が沈没し、かろうじて浮いている数隻を
残すのみになった。息のあるPTからはうめき声が上がり、その中に
時折子供の声も混じる。
﹁アア⋮⋮イタイ、イタイ﹂
﹁コナイデ⋮⋮タスケテ﹂
﹁オカアサン⋮⋮オカアサン﹂
﹁オネエチャン、タスケテ﹂
もがき苦しむPTの姿は、哀れそのものだった。これは本来救助す
べき人たちだった。まだ未来ある子供たちだった。それが、こんな形
で終わるなんて、あまりにも惨すぎた。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
それを見ていた雷は、主砲を艤装に懸架し、残っていた魚雷を投棄。
﹂
両手を開けると呻くPTに向けて歩き出した。
﹁雷
電に方を掴まれて止められる。
﹁電、なんでっ﹂
そういう暁に対し、電はただ黙って首を横に振る。しかしその手に
は主砲が握られ、何かあればすぐに対処すると物語っていた。
そんな二人のことには全く気にせず、雷は今にも沈没しそうだった
PTに歩み寄る。それを見たPTはかろうじて動く首をもたげ、生き
残った砲で必死に反撃を行う。
しかし、雷は避けない。真正面からその砲撃を受け、しかしあゆみ
は絶対に止めなかった。小口径とはいえ、幾分か被弾した艤装に砲が
直撃すると損傷が蓄積し、どこかが必ず破損する。一発、また一発と
当たるたびに艤装がすすけ、体を守る制服が破ける。頬のすぐそば
51
!
それを見た暁は雷の行動に理解できず、連れ戻そうと構えた瞬間、
!?
を、砲弾がかすめて血が流れ出る。だが、雷は止まらない。
その時。奥にいたPTが、最後の魚雷を雷に向けて放った。これは
まずい。電が迎撃しようと主砲を構えた時、雷が右手を突き出した。
彼女はこう言っている。撃つな。
直撃。水柱が上がり、雷の体が消える。まさか、と思った瞬間には
魚雷は直撃し、全員が息をのんだ。だが、雷はそこにいた。魚雷の直
撃を受けてなお、そこに立っていた。艤装からは煙を噴き、特三型駆
逐艦の誇り他貴樹セーラー服は見る影もなくなるほど破け、すすけて
いる。これ以上は危ない。誰もがそう思った。
雷はPTの目の前にたどり着く。もはや弾薬も尽きた敵は反撃で
きずにいる。心なしか頭にかぶっている深海棲艦特有の艤装が、怯え
ているように見えた。
﹁ギ⋮⋮イイ⋮⋮﹂
抵抗の意思を感じる声。だが、直後に雷はPTの体をそっと抱え上
げ、自分の胸に押し込んだ。何をされたのかわからないPTは、防衛
反応でも起こしたのかまったく動かなくなる。構わず雷は、はっきり
と自分の声が届くように呼びかけた。
﹁ごめんね⋮⋮怖かったよね。痛かったよね﹂
雷は愛おしい我が子を抱くように、PTの傷ついた体をそっと撫で
る。あの時、初めて遭遇した時握った手は暖かかった。だがどうだろ
う、未だいている子は氷のように冷たい。もう、深海棲艦になりきっ
ているのだという認めたくない事実がそこにある。それが悲しくて
仕方がなかった。
﹁もっと、もっと遊んでいたかったんだよね。それなのにこんな怖い
思いして、怖いこと経験して⋮⋮辛いよね。お父さんやお母さん、お
姉ちゃんにお兄ちゃん、妹や弟、お友達や先生⋮⋮会いたい人、いっ
ぱいいたよね﹂
雷は言葉を重ねるごとに、PTを抱く力を強めた。この子の存在を
確かめるように、忘れないように、ぎゅっと強く抱きしめる。この冷
たさを、この震えを、この痛みを絶対に忘れないために。
﹁でも⋮⋮もう、戻れないの。あなたたちは、死んでしまったのよ﹂
52
PTに呼びかける雷の声に嗚咽が混じる。そんな彼女に他の数隻
のPTが近づく。だが、攻撃をするのではない。まるで母親に甘えた
がる子供の様に、ボロボロになった体を引きずるようにして歩み寄っ
ていた。電は、主砲を下した。
﹁言い訳なんてしないわ⋮⋮私たちが遅かったから、あなたたちはこ
うなってしまった。もっと私が早く来ていれば、皆助かったかもしれ
ない。でも、それももうわからない。私にできるのは、あなたたちが
あなたたちの大切な人を傷つけないようにすること。誰かを傷つけ
るのは、とても悲しいことよ﹂
集まってきたほかのPTにも手を伸ばし、雷は抱き寄せる。皆が安
らかになる様に、できるだけ怖くないように、自分の持てる限りの愛
情を子供たちに注ぐ。
﹁あなたたちがいると、他の人が傷ついてしまう。だから、ね。私はあ
なたたちに酷いことをするしかない。恨んでくれてもいいわ。二度
も死ぬ思いをしたんだから。でも、私にも大切な人がいる。その人た
ちを守るためなら、呪われても文句も何も言わないわ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ゴメン、ナサイ﹂
﹁謝 ら な く て い い の よ。怖 か っ た ん だ か ら ね。お い で、み ん な。
ぎゅってしてあげる﹂
その光景は、残酷だった。どれだけ愛情を注いでも、結果は変わら
ない。深海棲艦になった人間は、元に戻ることはない。結末はただ一
つ。あんなにも、彼女は愛を注いでいるのに。
雷は今まで以上にPTのことを強く抱きしめる。冷たい体は雷の
体も冷やしていく。だが、それ以上の温かい愛情を彼女は注ぐ。それ
が伝わったかどうかはわからない。抱かれていたPTの目からまる
で眠るように光が消え、動かなくなった。
﹁⋮⋮おやすみなさい、みんな。もう怖くないから。誰にも邪魔され
ない、静かな場所で眠れるから﹂
名残惜しそうに、雷はPTの体を離す。小さな体は海の上に浮き、
眠るかのようにして幼い子供たちは漂う。やがて浮力を失い、子供た
ちは海の中へと消えていく。静かに、安らかに、誰もいない海の底へ
53
と。
│アリガトウ│
そんな声が、雷には聞こえた気がした。けど、きっとこれはそうい
われたいと思っている自分の脳が起こした空耳なのだろう。感謝さ
れる筋合いは、何一つないのだ。
﹁⋮⋮⋮⋮状況終了。敵PT小鬼群、全滅﹂
こうして、PT小鬼群との戦闘において、雷は艦娘史上初めての勝
利をおさめた。 *
PT小鬼群への対処法は今回の戦闘で確立し、各鎮守府へと情報が
提供された。この戦闘において活躍した第六駆逐隊、および金剛と榛
名は艦娘たちは称賛を受け、居酒屋鳳翔を貸し切って功労者たちはそ
の中で労われていた。
だが、雷はそれに参加せず、秘書艦の業務があるといって断った。
実を言うと、そんなものはない。提督からは怪我をしているのだから
休養をとれといわれて時間ならたっぷりあった。だが、彼女が抱えた
ものはあまりにも重すぎた。
雷は工廠前の桟橋で、足を投げ出す形で海をぼうっと見つめる。三
日月が海面を照らし、波の音が静かに鼓膜を叩く。後ろの工廠では自
分の艤装が整備中である。
﹁体を休めずに一人で外を歩き回るとは、感心しないな﹂
後ろから提督の声。しかし雷は無反応。だが、これは予測済みだっ
たから提督はかまわず雷の隣に座り、プルタブを開けて缶ジュースを
差し出した。魂が入ってるか疑わしかったが、雷は受け取ってくれ
た。 ﹁⋮⋮⋮⋮これで、よかったのよね﹂
﹁ああ。お前は困難な任務を全うした。間違いなく、お前は正しいこ
とをした﹂
﹁そうよね⋮⋮うん、そうだと思う⋮⋮﹂
54
ジュースを一口飲もうとして、雷の手は止まる。じっと缶の開け口
を見て、無意識のうちに本音が漏れた。
﹁⋮⋮⋮⋮私、最低﹂
提督は、口を挟もうとしなかった。
﹁頭では、分かってるよ司令官。もうあの子たちは助からない。あの
子たちを助ける可能性よりも、誰かを助けることの方が大事なのはわ
かる。でもね。それでもね⋮⋮私、私⋮⋮自分がっ、ひっぐ﹂
嗚咽が増していく。雷の手が大きく震えていた。提督は迷わず彼
女の肩に手を回し、自分に抱き寄せる。それがトリガーとなって、雷
家族を守るために⋮⋮司令官
はジュースを放り投げ、提督の胸に顔を押し込めた。
﹁自分がっ、うっぐ、自分が許せない
﹂
こんなの
﹂
供を殺したって、そういえばいいの
言えるわけない、言えないよ
﹁あの子たちの親になんて言ったらいいの⋮⋮私が、あなたたちの子
﹁ああ﹂
なんて
を守るために、他の人を犠牲に⋮⋮ましてや、子供たちを犠牲にする
!
⋮⋮ひぐっ、私は、私は⋮⋮うあああああ、あああああ
﹂
自 分 の こ と し か 考 え ら れ ず に、み ん な に 迷 惑 も か け て
!?
分の唇を重ねた。雷もそれを受け入れる。そうしないと、自分が保て
提督は涙で覆い尽くされた彼女の頬に手を添え、その唇にそっと自
人ならきっと怖くない﹂
恨む。だが、お前ひとりで抱えさせはしない。俺も恨まれてやる。二
それが当たり前だ。どんなに頑張っても、いつか誰かはお前のことを
﹁お前は正しいことをした。確かに恨まれてもおかしくはない。だが
れに応えるべく雷を自分のこめられる最大の力で抱きしめてやった。
れないようにするために、獣のような嗚咽は提督に押し付けられ、そ
ける。彼の温もりがなければ、間違いなく雷は壊れていた。自分を壊
ただひたすら自分が抱えていたものを忘れたくて提督に顔を押し付
雷はそれ以上言葉を発することができなかった。大きな声を上げ、
!!
﹁私 最 低
﹁ああ、言えるわけない﹂
!!
55
!!
!
なくなるからだ。何度も何度も口づけをして、自分を保とうと試み
﹂
る。張り裂けそうな心は、提督が守ってくれている。それが、雷の心
を保たせてくれていた。
﹁司令官⋮⋮しれいかん、しれいかんっ
﹁大丈夫。ここにいる。ずっと付き合ってやる。思いっきり泣け。吐
きだせ。俺はここにいる﹂
提督の大きな手が雷を包み込む。それが暖かくて、優しくて、雷は
救われたような気がした。体を撫でまわす罪悪感こそまだ残ってい
る。しかし、彼がいてくれる。雷は本能的に悟る。自分は、生涯この
人と添い遂げるのだと。
*
少しばかり落ち着いた雷だったが、未だに提督の胸の中にいた。か
つて類を見ないほど彼の胸板に居心地の良さを感じ、動けなくなって
しまった。
﹂
﹁と こ ろ で 雷。今 の う ち に は っ き り 聞 い て お き た い こ と が あ る。艦
娘、続けるか
そして、仮に起きたとしたら私がまた戦う。司令官と一緒ならきっと
大丈夫だから﹂
﹁そうか。なら、お前にこれを渡そう﹂
提督は雷からいったん離れる。その時彼女が寂しそうな顔になっ
そう考える彼女の前で、ポケットに手を入れ、小さな箱を取り
たが、すぐに向かい合う形になって提督は雷の前で膝まづく。一体何
を
提督が開いたその箱の中には指輪が二つ入っていた。一つは男性
用、もう一つは女性用のものだ。雷はすぐに分かった。ケッコンカッ
コカリ。
﹁しれい⋮⋮かん﹂
56
!!
﹁⋮⋮⋮⋮ う ん。私 決 め た か ら。も う あ ん な こ と は 繰 り 返 さ せ な い。
?
﹁雷。俺とケッコンしてくれ﹂
出す。
?
﹁これが支給された時から、お前に渡すのは決めてた。だが今回の一
件で保留にしていたが、お前が戦うというなら俺も一生涯付き合って
やる。雷があの子たちを沈めた最低な艦娘なら、俺は沈めろと命令
し、なおかつ君を戦火から絶対に離さないようにするクズ野郎だ。こ
のケッコンカッコカリは俺たち二人が背負う呪いだ。だが、お前が成
長して、大人になったとき。改めて俺はお前に結婚を申し込もう。そ
の傷ついた心、俺が生涯かけて守ってやる﹂
指輪を取り出し、雷の左手薬指にそっと入れる。彼女のサイズに合
わせて作られた指輪は、彼女の手の中で月明りを反射し、美しい輝き
を放っていた。
﹁⋮⋮⋮⋮ありがとう、司令官。愛してるわ﹂
雷はようやく笑みを浮かべることができた。これは呪い。提督と
二人で背負う呪い。しかしそれは互いが結ばれたのと同義。今この
瞬間雷は幸せになる権利があった。あの痛みだけは忘れないように、
この人と共有して生きていく。この痛みを未来に生かすために添い
遂げよう。
再び雷と提督は熱い抱擁を交わす。今この一時だけ、雷はすべてを
忘れることができた。戦いも、家族も、自分の抱える物事全てを忘れ、
ただ提督に愛されていることだけが彼女を満たしていた。今の彼女
を、誰が攻めるのだろう。幼いころに家族を養うために誰かに甘える
ことをやめ、戦場に身を投じ、そして呪いともいえる業を背負うこと
を齢十三の少女が決意したのだ。その彼女が唯一心を休ませること
ができるこの瞬間は、あと何回あるのだろう。これが最後かもしれな
いし、百回、千回かもしれないのだ。彼女を攻める権利など、誰も持っ
ていない。
打 ち 寄 せ る 波 の 音 が 耳 を 叩 く。高 く 上 が っ た 月 が 二 人 を 照 ら す。
空は、海は、幼い戦士が安らかな心を取り戻せるのを祈るかのように、
静かに二人を見守っていた。
終わり
57