まず第 1 章「インバウンド・ツーリズムと観 沖縄国際大学産業総合研究所編 光客評価」では,沖縄の観光の高付加価値化や 持続的発展を図るには,外国人観光客による観 光評価や満足度を高める必要があるという視点 沖縄の観光・環境・情報産業の新展開 に立ち,影響要因の定量的分析を行いまとめら れている。第 2 章「クルーズ客船寄港の経済波 及効果」では,最近東アジア周辺におけるクルー 泉文堂 2015.7. 6, 283p. ズ船の就航の活発化が日本各地で外国人観光客 本書は,沖縄国際大学産業総合研究所の中で による観光消費という経済波及効果をもたらし 実施された 3 つのプロジェクト研究(2012 年度 ている現状を踏まえ,沖縄県における経済波及 ∼ 2014 年度)の成果を中心に,総勢 14 名で執 効果を過去のデータから導きだしている。第 3 筆・編集されたものである。 章「新たな宿泊ビジネスモデルの沖縄への導入 沖縄県は,1972 年の本土復帰時に比べると, の可能性」では,沖縄県での外国人観光客に対 県民総所得の増加や観光関連産業において著し する宿泊施設の環境整備の重要性を確認し,高 い成長を遂げ,入域観光客数や観光収入が大幅 度化の 1 つのビジネスモデルとして欧米で発展 な増加を示し,県経済の牽引役となっている。た してきたタイムシェアに注目し,導入の可能性 だこのようなプラスの側面がある一方で,負の を探っている。第 4 章「リゾートウェディング 側面も顕在化してきている。もともと島嶼は,閉 の実態と課題」では,近年,沖縄でのリゾート 鎖空間であり,そこでの経済活動が活発になれ ウェディングが注目を集めている状況を踏まえ, ばなるほど,環境問題が深刻になるというジレ 国内リゾートウェディング各地域や海外ウェ ンマが存在するため,観光資源である自然環境 ディングとの比較を通して,沖縄での実態と課 の保全という視点が重要となってくるという。 題がまとめられている。 また,沖縄のリーディング産業である観光産業 第 5 章「健康と癒しの場としての島」では,わ を持続的に発展させていくには観光の高付加価 が国においてグレーゾーンの職業とされる無免 値化,外国人観光客の誘致拡大という国際化が 許マッサージ業に関する所見と考察が試みられ 必要不可欠だという共通認識のもとまとめられ ている。第 6 章「医療ツーリズム−タイを中心 ている。さらに,近年,著しく経済成長を牽引 に−」では,21 世紀になって急速に普及してき している情報通信分野についても産業の振興政 た新しい旅行形態としての医療ツーリズムに着 策の中で重点課題として掲げられている。本書 目し,沖縄でのアジア諸国の富裕層をターゲッ はこれらの現状や課題について,2 部構成の中 トにした取り組みの可能性を考察されている。 で言及されている。 ただ,医療は福祉か,ビジネスかによって,取 第Ⅰ部「沖縄の観光・環境産業」は,観光客 り組むべき課題がある点を指摘されている。 の高い満足度を維持しつつ,持続可能な観光・ そして第 7 章「自動車リサイクルシステムの 環境産業の発展方策を探るとして 7 つの章で構 特徴と課題:日韓の比較検討に向けて」では,自 成されている。 動車リサイクル法が施行される以前,沖縄県で の使用済自動車の不法投棄等の台数は全国 1 位 段階の子どもたちへ教育の面から人材育成がど であり,とりわけ離島部において多かったとい う行われているかを,データをもとに分析され う状況から,リサイクル法施行後の沖縄県の政 ている。そして第 14 章「アジア新中間層のコン 策的な取り組みについてその特徴と課題をまと テンツ・シェアリング行動−日本製娯楽コンテ められている。 ンツの不正利用を中心に−」では,外国娯楽コ 続いて第Ⅱ部「沖縄・アジアの情報産業」は, ンテンツ等への海賊版コンテンツの購買意思決 狭隘性や遠隔性といった沖縄の抱える課題が情 定要因の分析,不正ダウンロード等に対する消 報通信技術の活用によって克服できるか,また 費行動などについての現状と対策について整理 観光産業と並んで情報産業を基盤産業としてい されている。 こうとする多くの政策の実現可能性を,アジア 観光・環境・情報という 3 つのキーワードの 諸国の IT 政策と人材育成との比較において考 もと,様々な角度から沖縄とアジア諸国での実 察されている。 態や課題についてデータを用い分析されている まず第 8 章「沖縄県の情報産業の展開」では, が,もともと 3 つのプロジェクト研究の成果が 九州各県との比較の中で実態を明らかにし,沖 まとめられているため,これらの実態を受けて 縄県独自の産業クラスターとなるべき歴史・文 タイトルにあるような「新展開」というのが何 化と地理的地域的特性をいかした取り組みの必 を意図されているのか,見えにくくなっている。 要性を分析されている。第 9 章「行政の情報化 何らか新しい方向性や提言を示唆されることが と電子政府」では,個人や地域の福利の向上に 必要ではないだろうか。 対して行政の情報化が取り組まれてきたが, ハード面は整備されたものの,国民及び住民目 線にたったソフト面の不十分さを問題提起し, 充実に向けた取り組みの必要性を問われている。 次に第 10 章「東南アジアの概況」では,東南 アジア諸国に対して,新たなビジネスパート ナーであり,また市場開拓先として大きな可能 性をもつ地域との認識のもと,これら諸国の経 済・社会状況を概観されている。東南アジアの 中でも,ベトナム(第 11 章「ベトナムにおける IT 政策と人材育成」)とシンガポール(第 12 章 「シンガポールにおける経済および IT 政策につ いて」)において,国をあげての経済政策と人材 育成について,IT 分野を中心に整理され,産学 官一体となった取り組みの重要性,ブリッジ人 材の重要性が主張されている。第 13 章「台湾・ 香港の情報化と人材育成」では,義務教育修了 (名桜大学国際学群上級准教授 林 優子)
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