論文の内容の要旨 余次元1葉層構造にしばしば現れる Reeb 成分と呼ばれる領域で、各葉が複素構造を持 つものに対し、その自己同型群を考察することが本研究の中心的テーマである。本論文で は、その主要結果として、葉の複素次元が1または2の場合に自然な仮定のもとに、自己 同型群を(ほぼ)完全に決定している。 葉層構造の微分トポロジーにおいては、葉方向の複素構造を仮定する研究はこれまでそ れほど多くない。多変数複素解析学の立場からは、領域の境界の(強)擬凸性が重要な意 味を持つが、その極端な場合が Levi 平坦であり性、Levi 平坦な実超曲面は自然に余次元 1葉向複素葉層構造を許容する。この葉層は Levi 平坦葉層と呼ばれ、複素解析の立場か ら近年このような背景のもとに次第に研究が活発化し始めた。 これらの認識をもとに、本論文は、まず葉向複素葉層構造の微分トポロジー的な立場か らの定義から始め、続いて、Reeb 成分が現れる典型的な turbulization と呼ばれる操作 を定式化する。また複素幾何において Hopf 曲面または Hopf 多様体と呼ばれる複素多様 体の構成法とそれによって自然に Levi 平坦超曲面が現れ、そこに自然に Reeb 成分が出 現することの紹介、3次元多様体(葉の複素次元が1の場合)の Dehn 手術との関係など が Chapter 2 にまとめられている。 本論文の主要結果は Chapter 3 から 5 にまとめられている。葉の複素次元が1の場合、 複素幾何からの問題点は比較的単純である。一方、葉層構造の横断的微分構造の立場から は、閉半直線の微分同相群の構造的な問題などが関連し、自己同型群の決定は非自明な問 題となる。与えられた Reeb 成分の境界のコンパクト葉のホロノミーとして現れる微分同 相の中心化群の構造、その微分同相が定めるある関数方程式の解空間の決定、の二つが大 きな部分となる。中心化群の決定については Hilbert 第5問題の反例と関わる極めて困難 な場合を含み、その場合には、既存の研究結果を引用した上で「中心化群」とのみ述べて いる。 「(ほぼ)完全に」の(ほぼ)はこのためである。一方、ホロノミー微分同相が定め るある関数方程式の解空間の決定は、次元に関わらず必要となる部分であり、主要部では 最初に Chapter 3 で解説されている。本論文の主要結果の一つである。 Chapter 4 では、Chapter 3 の準備の下に葉の複素次元が1の場合の Reeb 成分の自己 同型群の決定と記述を行う。ここで展開される群構造の幾何学的な分析は、次元が高い場 合にも基本的枠組みとして適用される。 Chapter 5 では葉の複素次元が 2 の場合を扱う。先ず小平邦彦による複素2次元の Hopf 曲面の分類を紹介し、それをもとに Hopf 曲面の自己同型群を決定する。Reeb 成分の境界 である Hopf 曲面の自己同型の決定と、関連する関数方程式の、前章と同様ではあるがや や込み入った解析をまとめることにより、自己同型群の決定がなされている。 Chapter 6 はここまでの本論文の研究の意義や、今後の発展の可能性など述べ、学位論 文として締めくくっている。 1 1 / (中央大学論文審査報告書) 論文審査の結果の要旨 I.論文の主題 この論文では、余次元1の葉層構造で各葉が複素構造をもつもの、所謂、葉向複素余次 元1葉層構造を取り扱っている。特に余次元1葉層構造にしばしば現れる Reeb 成分と呼 ばれる領域(構成要素)に焦点を当て、葉向複素構造も保つ自分自身の葉層微分同相のな す群、即ち、自己同型群を研究し、幾つかの場合にそれを完全に決定している。 ここで取り扱われている葉向複素余次元1葉層構造、及びそれにおける Reeb 成分は、従 来、微分トポロジーや力学系の理論として研究されてきた葉層構造論と、Levi 平坦実超曲 面として葉向複素余次元1葉層構造が現れる多変数複素解析学および複素幾何学という、 大きく分けて2つの分野の交錯するところにある、興味深い対象である。 Ⅱ.当該研究分野における位置づけ 葉向複素余次元1葉層構造は Levi 平坦葉層として複素多様体の Levi 平坦実超曲面に 現れる。また、Reeb 成分は、Hopf 構成による Hopf 多様体内の Levi 平坦実超曲面や、 Nemirovskii による Levi 平坦実超曲面の構成に典型的に表れる。 一方で、古くから微分トポロジー・力学系の範疇として葉層構造論が研究されてきたが、 その中では、葉向複素構造に焦点を当て、とくに Reeb 成分にも言及する研究として Barrett-稲葉 [BI] に代表される成果(1990年代初頭)があったが、これもむしろ複 素解析からの影響を強く受けている。 葉向複素余次元1葉層構造のより微分トポロジーに近い研究としては、2000年代に 入ってからの Meersseman-Verjovky [MV] によるものが一時注目を浴びたが、結果の信憑 性に問題があり、問題自体の困難さのみが浮き彫りにされ、その後研究が進まなかった。 一方で前世紀末から複素幾何の中では Brunella や Nemirovskii などの幾つかの仕事 が現れ、Levi 平坦実超曲面は重要かつ興味深い研究対象として認識されるようになり始め た。これらの対象の幾何学的に興味深い側面は浮き彫りにされ始めたが、やはり研究の困 難さが強く認識されていくようになった。 本論文の研究では、複素幾何よりは微分トポロジーの立場に立ち、葉向複素 Reeb 成分 の微分トポロジーの側面からの定式化と手術の操作などを確認したうえで、それらが複素 多様体の中でどのように表れるかという問題の前に、Reeb 成分自身の性質をよく知るため にその自己同型群を調べる、という方向に研究を転換して見せた。 Meersseman-Verjovsky では、Reeb 成分に tame という条件を課して複素構造を調べて いるが、実は本質的に tame でないものが存在するかどうかは未だに分かっていない。本 1 4 / (中央大学論文審査報告書) 論文でも常に tame であることを仮定しているが、tame な Reeb 成分の性質を追求する ことは tame でないものの存在・非存在の解明に強くかかわるはずである。 Ⅲ.論文の構成 本論文の構成については「論文の内容の要旨」の項および次の Ⅳ.論文の独自性と成果 の項を参照されたし。 Ⅳ.論文の独自性と成果 数学的研究対象に対しそれを分類しようという考えは、数学の研究上常に生じる課題、 当然の欲求であるが、単純に設定した分類問題は多くの場合極めて困難である。著者はや はり葉向複素余次元1葉層構造を分類しようという、やや無謀かつ自然な問題意識からス タートした。分類のために、同じものと見做されるものはどういうもの同士か?と問い直 した段階で、自己同型群を調べるという、大変興味深く、またこれまでこの方面の研究で は意識されていなかった問題設定に至った。 一方、葉向複素余次元1葉層構造の微分トポロジーから出発した研究でも、その研究意 義を複素空間または複素多様体内の Levi 平坦実超曲面としての実在に求めるため、Levi 平坦実超曲面としての(非)実現性を関数論的立場から検証しようとするものが多かった。 このような研究の流れの中で本研究は、葉向複素余次元1葉層構造を一旦微分トポロジー の枠組みで分析して詳しく調べ、その結果をもとに複素幾何学へ戻ってみようという、と いう新しいスタンスに立っている。 さて、Chapter 2 までで葉向複素余次元 1 葉層に関する基礎事項と、基礎的な構成方法 などがまとめられている。特に微分トポロジーの立場からの構成法、特に turbulization と 3次元多様体における Dehn 手術に関する基礎の記述はこれまで余りなされてこなかっ た。葉向複素余次元1葉層構造の構造論が明確に数学の一分野として進展するためには、 一度確立しておくべき内容であり、学術的な意義が十分に認められる。 本論文の主要部分は Chapter 3,4,5 である。葉の複素次元が1と2の場合に tame な Reeb 成分の自己同型群をほぼ完全に決定している。そのプロセスは大まかに以下の3つの 問題に分けて捉えることができる。 (A) 境界葉のホロノミーとして現れる閉半直線の拡大的微分同相に対し、その微分同相に 付随するある関数方程式の解の空間を決定すること。 (B) 境界葉である Hopf 多様体の自己同型群を決定すること。 (C) ホロノミー微分同相の中心化群の情報と(A), (B)の帰結を幾何学的に総合して自己同 型群の構造を決定し、記述すること。 2 4 / (中央大学論文審査報告書) 本論文では、次元によらず先ず (A) について Chapter 3 に述べている。 ホロノミー微分同相が恒等写像に無限に接している場合が最も難しく、一般に中心化群 が決定できず、微分同相自体にも標準形を与えることができない。合成関数の高階微分の 評価が問題となるが、状況の困難さを逆手に取る巧妙な評価方法を確立し、解決している。 この評価方法は、他にどのような応用があり得るのか現時点では不明であるが、興味深い 方法である。 次にホロノミー微分同相が1次では恒等写像に一致するがある有限次数で恒等写像と異 なる場合を扱う。この場合は Takens による標準形が知られており、無限階微分可能な関 数の Fourier 展開と合わせ、巧妙な計算により解決される。離散的な関数方程式を一度可 算無限個の微分方程式に還元し、それらの解を足し合わせて再度それを元の関数方程式に 戻す考え方は、古典的 Fourier 展開(の一部)に新たな解釈を与えている。 以上の二つの場合の方法論は独立で全く異なり、何れも他の場合をカバーしない。この こと自体が興味深い現象である。 残った場合、即ち1次の項が恒等写像と異なる場合は解空間が小さく問題は容易である。 Chapter 4 では葉の複素次元が1の場合を扱う。この場合、問題 (B) が極めて容易なの で、(A) の結果から1変数関数論の初等的理論を援用してほぼ直接 (C) へ移ることができ る。その結果が Chapter 4 にまとめられている。上に述べた問題 (A) の分類の第一の場 合では、ホロノミー微分同相の中心化群の決定が困難な場合があることも述べ、その方面 の研究の現状に触れている。 Chapter 5 では葉の複素次元が2の場合を扱っている。先ずは問題 (B) として複素 Hopf 曲面の自己同型群を予め決定しておくことが必要となる。Hopf 曲面がある行列の作 用による商として簡単に記述される場合には 1970 年代に難波誠氏により自己同型群が決 定されていた。残されていたやや複雑な場合も、本研究の成果の一つとして自己同型群の 決定がなされている。 Chapter 4 で扱った低次元の場合よりも、問題 (C) の部分はやや複雑にはなるが、本質 的に大きな差はなく、それらをまとめて自己同型群の決定に至っている。 以上が本論文の主要な成果の概略と独自性・独創性の説明である。 Ⅴ.論文の課題 Chapter 3 の関数方程式に関する結果は、力学系における中心多様体の理論と強く関係 することが分かってきた。本論文で展開された方法論との対比を更に検討することは、重 要な課題であろう。 最後の章 Chapter 6 は Levi 平坦実超曲面に現れうる Reeb 成分という見地からの注意 3 4 / (中央大学論文審査報告書) が幾つかなされているが、Nemirovskii による Reeb 成分を含む Levi 平坦実超曲面の構 成法なども、既知のものであってもこの論文で取り扱った内容を具体的に象徴する例をよ り豊富にかつ詳しく解説することができれば、結果の意義を深めることにつながったと考 えられる。 また、本論文で得た結果の複素解析、複素幾何への今後の応用の道筋がより明確に提案 されていればなお一層良いと思われる。 Ⅵ.論文の評価 本論文の内容は、参考文献にある本人の単著論文 [Ho]、および指導教授との共著論文2 編 [HM] にある内容をまとめ直し、更に今後の展望などを付け加えた形となっている。ベ ースとなったこれらの論文3篇は、研究成果が得られた順番に発表されたものであるが、、 これに対し、本論文では全体をまとまった一つの研究として内容を整理し直し、見通しよ く書かれている。 成果については、Ⅳに述べたように、数学的な結果として、まとまった内容で、数学的 な美しさを持つ。あまり明確に述べられていないが、複素解析、複素幾何への今後の応用 が期待される内容であると考えられる。従って博士学位論文として十分な学術的内容を備 えていると判断できる。 Ⅶ.その他 多様体と幾何構造に関する自己同型群は、例えば、結論が有限次元 Lie 群となる場合な どは決定可能であることが多い。一方、本論文で扱ったものでは殆どの場合に無限次元の 群となり、そのような場合に明示的な意味での群構造の決定にまで至るケースは決して多 くない。その意味での重要性も含む結果であると考えられる。================ 以上 4 4 / (中央大学論文審査報告書)
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