平成27年度 サロベツ地区における自然再生事業の取組につ いて ―緩衝帯及び沈砂池のモニタリング結果中間とりまとめ― 稚内開発建設部 稚内農業事務所 第 1 工事課 ○片岡 尭大 岡田 忠信 五味慎太郎 国営総合農地防災事業サロベツ地区は、サロベツ湿原に隣接していることから、自然再生事 業に取り組んでいる。湿原と農地が隣接する箇所では、「湿原と農地の共生」を図るため緩衝 帯を、また、排水路の下流には、下流河川流域への土砂流出に対する負荷軽減を図るため沈砂 池を設置するとともに、その効果についてモニタリング調査を行っている。本報では緩衝帯及 び沈砂池のモニタリング結果の中間とりまとめについて報告を行う。 キーワード:サロベツ湿原、保全・共生、緩衝帯・沈砂池 1. はじめに 本地区は、宗谷総合振興局管内西部の酪農を専業とし た農業経営が展開されている天塩郡豊富町において、農 地4,504haを受益地として、泥炭土に起因して低下した 農地及び農業用排水路の機能回復を目的に、農地保全工 事及び農業用排水路の整備を行っている。(図-1) サロベツ地区 の乾燥化、湖沼への土砂堆積及び汚濁物質の流入による 環境や生態系への影響が課題となっている。 3.上サロベツ自然再生事業 本地域では、2002年の自然再生推進法施行を受け、上 サロベツの湿原と農業の共生を目的とした「上サロベツ 自然再生協議会」(事務局:豊富町他)を設立し、2006 年2月に上サロベツ湿原の自然再生を目標とする「上サ ロベツ自然再生全体構想」を策定した。 この全体構想に基づき 2006 年7月にサロベツ農事連 絡会議(サロベツ地区受益者代表で構成)、豊富町及び 稚内開発建設部が実施者となり、緩衝帯及び沈砂池の設 置を柱とする「農業と湿原の共生に向けた自然再生実施 計画書」を取りまとめている。なお、自然再生全体構想 における緩衝帯及び沈砂池の位置づけを図-2に示す。 図-1 サロベツ地区位置図 2.サロベツ湿原 サロベツ湿原は一級河川天塩川支流サロベツ川下流域 に位置し、低地における高層湿原としては日本最大の規 模を有する。その面積はかつては約14,600haであり、石 狩泥炭地と釧路泥炭地に次ぐ泥炭湿原であったが、1960 年代以降の農地造成、道路整備や河川改修等の開発行為 により湿原面積が減少し、1999年には大小の湖沼を含め て約6,700haとなっている。そのうちの一部は国立公園 法により国立公園特別保護地区として指定されている。 サロベツ湿原のうち豊富町に位置する「上サロベツ湿 原」では、開発行為や多様な人間活動の影響による湿原 Akihiro Kataoka,Tadanobu Okada,Sintarou Gomi 図-2 自然再生全体構想における位置付け 4.緩衝帯の概要 緩衝帯は、農地側の過湿被害防止のための低地下水位 保持と、湿原側の乾燥化防止のための高地下水位保持の 両立を目的としており、イメージを図-3に示す。緩衝 帯の構造は、湿原と農地の境界に位置する既存の排水路 (以下、境界排水路という)に平行して農地内に新たな 排水路(以下、新設排水路という)を設置し、境界排水 路は一部を新設排水路の掘削残土で堰止める。これによ って、境界排水路内は水で満たされ、湿原からの地下水 の流出の抑制が可能となる。 緩衝帯の幅は地下水位調査、景観、農業者等の意向な どをもとに検討を重ね 25m とした。また、設置延長は地 区内で農地と湿原が隣接している約 60km のうち、防風 林、民有原野、河川、道路などにより、農地保全工事の 影響が湿原に及ばない区間約 50km を除外した約 10km と した。 隣接農地の農地保全工事の進捗に合わせて順次施工し ており、平成 26 年度末時点で計画延長に対し約 8 割に あたる 8.0km が施工済みである。 また、緩衝帯設置の効果確認を目的として、地下水位 調査や植生調査等のモニタリング調査を行っている。 本報では阿沙流緩衝帯の調査結果を報告する。 5.緩衝帯のモニタリング結果 (1)地下水位 緩衝帯では、自記式の地下水位計による地下水位の連 続観測を行い、緩衝帯設置前後における地下水位の変化 を観測している。観測結果の一例を以下に示す(図- 4)。 これまでの結果から、農地側の地下水位は農地保全工 事施工の効果で低下していることが確認できるのに対し、 湿原側の地下水位は概ね変化していないことが確認でき る。 以上から、緩衝帯設置の目標である「農地では適度な 地下水位を保持し、湿原地下水位は現状よりも低下させ ない」ことを達成していると評価できる。 図-3 緩衝帯のイメージ 2012 年 農地保全工事施工 図-4 阿沙流緩衝帯の地下水位 Akihiro Kataoka,Tadanobu Okada,Sintarou Gomi (2)植生 植生調査は、緩衝帯設置による地下水位の変動が湿原 内の植生におよぼす影響を確認するため、地下水位観測 ライン上に約 40 箇所の連続したコドラートを設定し実 施している。調査は年3回行い、確認種ごとの優先度、 被度、群度等の確認を行っている。 緩衝帯設置前後の植生状況を、湿生植物の優先度で比 較したものを表-1に示す。調査年度により若干のばら つきはあるものの、緩衝帯設置の前後で湿生植物の優先 度に大きな変化は見られない。 このことから、現時点では緩衝帯設置による湿原内植 生への影響はないと評価しているが、植生の遷移は時間 がかかるため、今後もモニタリングを継続し、注視して いく必要がある。 沈砂池は排水路の工事に合わせて順次設置しており、 平成 26 年度末時点では 22 路線中 18 路線で設置済みで ある。 排水路を立地条件や流域特性をもとに土質、傾斜及び 土地利用から4タイプに分類し、地区内の路線位置のバ ランス等を考慮して図-6に示す対象6路線を選定し、 堆積土砂量観測や通過土砂量観測などのモニタリング調 査を実施している。なお、その他の路線についても、堆 積土砂量の測定のみを実施している。 表-1 湿原内の植生状況(落合) 緩衝帯 調査年 設置前 設置後 H18 H19 H20 H21 H22 H23 H24 H25 湿原 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 5 5 4 5 4 5 5 4 4 4 4 4 4 4 5 5 4 3 4 4 5 4 3 3 4 4 5 5 4 4 3 3 4 4 3 3 3 3 3 4 3 4 4 4 3 4 4 4 4 4 4 3 4 4 4 4 4 3 3 3 3 3 4 4 4 3 4 4 4 4 4 3 3 4 4 4 4 5 4 5 5 4 5 4 4 4 4 4 3 5 3 5 4 4 4 4 3 3 4 4 4 4 4 4 5 4 4 5 4 4 4 4 4 4 4 3 4 4 5 4 3 3 3 4 4 4 4 4 4 4 3 4 3 5 4 3 3 3 4 4 4 4 4 5 4 4 4 4 3 4 5 5 3 4 5 4 4 4 4 4 4 4 4 3 4 4 4 4 4 4 5 4 3 3 4 5 4 4 4 4 3 3 4 4 4 4 4 3 3 4 3 4 4 湿生植物の優占度(確認種最大) 低 ⇔ 高 0 + 1 2 3 4 5 6.沈砂池の概要 沈砂池は暗渠排水や置土などの農地保全工事や牧草更 新により一時的に裸地状態になった農地から下流河川域 への土砂流出軽減を目的に、サロベツ地区で整備する全 排水路の最下流付近に設置する。排水路の拡幅により流 下土砂を沈降させる構造であり、イメージを図-5に示 す。土砂流出量は「土地改良事業計画指針 農地開発 (改良山成畑工)」(平成4年 農林水産省構造改善 局)に示される土砂流亡予測式(USLE式)により算 出している。 図-6 沈砂池調査対象路線位置図 7.沈砂池のモニタリング結果 沈砂池のモニタリング結果のうち、堆積土砂量観測の 結果を以下に示す。堆積土砂の観測は、2~10m の間隔 で設定した測線ごとに深浅測量を行い、堆積土砂量を算 出している。現地での測量風景を写真-1に示す。 図-5 沈砂池のイメージ Akihiro Kataoka,Tadanobu Okada,Sintarou Gomi 写真-1 沈砂池深浅測量状況 モニタリング対象の6路線では堆砂量の経年的な変化 が大きいものと、ほとんど変化がないものに大別できる。 それぞれの代表的な沈砂池の堆積土砂量経年変化を図- 7,8に示す。芦川排水路では沈砂地設置後約3年で堆 砂可能容量に達したため土砂上げ(H25,6)を行ったの に対し、十一幹線排水路では沈砂池設置後4年たった時 点でも堆砂量が微増ないしは横ばいである。沈砂池ごと の堆砂傾向を把握し、今後の維持管理計画策定にあたっ ての基礎資料とする予定である。 沈砂池設置(H21) 約3年 土砂上げ(H25,6) 表-2 沈砂池の堆積土砂量累計 排水路名 完成後 経過年 沈砂池 容量 (m3) 堆積 土砂量 (m3) 堆砂率 (%) 土砂上げ量 (m3) 1 芦川 4年 209 122 58 165 (H25.6) 2 十一幹線 5年 152 50 33 3 落合南 5年 311 309 99 58 (H24.8) 4 清明第1号 4年 122 72 59 142 (H25.6) 5 豊徳 2年 49 10 20 6 円山 4年 331 234 71 7 落合北 5年 184 65 35 8 徳満 5年 226 123 54 9 豊里第3号 3年 126 9 7 10 阿沙流 2年 403 59 15 11 落合東 2年 100 13 13 12 豊栄第1号 2年 270 59 22 13 豊栄第2号 1年 78 13 17 14 豊栄第3号 1年 97 66 68 15 豊栄第4号 1年 85 26 31 16 豊里第1号 1年 62 44 71 17 豊里第2号 1年 87 9 10 No 小 計 図-7 堆砂量の経年変化(芦川排水路) 合 計 沈砂池設置(H21) 1283 - 365 1648 注)清明第 2 号は H26 施工のため、除いている。 8.おわりに 図-8 堆砂量の経年変化(十一幹線排水路) 平成 26 年度末時点での整備済み全沈砂池の堆積土砂 量累計を表-2に示す。これまで、合計で 1,648 ㎥の土 砂を捕捉しており、沈砂池の設置目的である下流域への 土砂流出軽減効果は発揮しているものと考える。 今回の中間とりまとめでは、これまでのモニタリング 結果から、緩衝帯、沈砂池ともに所期の機能を発揮して いることが確認できた。今後は効果の継続性を確認する モニタリングに移行する予定である。 また、事業完了後のモニタリング及び維持管理は自然 再生事業の共同実施者である豊富町及びサロベツ農事連 絡会議が継続して実施する方針である。これに向けて、 事業実施期間中のモニタリング結果を基に効率的かつ効 果的なモニタリング項目・頻度の検討と、各施設の機能 を永続させるための維持管理計画の策定を行う予定であ る。 参考文献 1)上サロベツ自然再生実施計画書(緩衝帯・沈砂池) (豊富町・サロベツ農事連絡協議会・稚内開発建設部, 2006) 2)第50~55,57回技術研究発表会「サロベツ地域の環境 配慮について 第1~7報」(稚内農業事務所,2006~ 2011,2013) 3)サロベツ地区における農業と湿原の共生に向けた沈砂 池の設置について(吉澤淳ら、農業土木北海道37,2014 pp30-35) Akihiro Kataoka,Tadanobu Okada,Sintarou Gomi
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