Ⅶ.発光

Ⅶ.発光
蛍光測定一般についての教科書は数多くある(文献[1])
。ここでは、シリカガラスの発光分光分析を行う
際、問題となる点をまとめてみた。
1)自作品における問題点
市販品の装置が販売されているが、光源、光源側分光器、検出器側分光器、検出器とレンズなどの集光系
を揃えるだけなので自作も難しくない。光源として最も良く使われるのはキセノンショートアークランプで
あるが、通常のものはオゾンフリーを売り物にした Ti がドープのバルブ材で、300nm 以下の紫外光はほと
んど放出されない。従ってシリカガラスをバルブ材に使用しているものを用意しなくてはならない。また、
キセノンショートアークランプからは、強強度の輝線状の熱線が多数でており(図 1)、この熱線をカットしな
いと、光源側の分光器が焼けてしまう。シリカガラス製のセルに水を循環させることで、ある程度カットで
きる。循環させないとすぐに沸騰してしまう。重水素ランプは Deep UV 用といった表現で市販されている。
この表現は正確であるがゆえに誤解を招きやすい。すなわち、紫外域(>200nm)では、図 1 に示した通り、キ
セノンショートアークランプの方が高輝度である。200nm 以下の真空紫外域(Deep UV 域)になると、確かに
重水素ランプの方が高輝度になる。もう一つ、水銀-キセノンランプがある。この分光放射強度も図 1 に示し
た。240nm 付近にバンド状の放射があるため、5eV 光の CW 光源として用いる場合有用であるが、輝線が多
く、利用には注意を要する。
2)分光器の校正
たとえ市販品でも、多くの問題がある。まず、図 1 のキセノンショートアークランプの例を見ればわかる
とおり光源からの分光放射強度が一定の光源など存在しない。また、光源の光は分光器を経由して測定試料
に達するが、分光器にも透過強度の波長依存性がある。市販品の場合、光源、分光器、集光系を含めて、放
射強度を自動補正してくれるものもあるが、長年の利用により放射照度は確実に変化するので、一度信頼性
を確認してみるとよい。筆者は、実験前にサリチル酸ソーダを用いて校正を行っている。サリチル酸ソーダ
の蛍光数効率は Johnson らによって、90~230nm の領域でほぼ一定であると報告され(1951 年)、Watanabe
らによって図 2(a)のように信頼性が確認されている(1953 年)。その後 Samson らによって測定された短波長
域のデータは図 2(b)のように修正された。完全に平坦ではないことがわかる。Slavin らは、欠落している
210nm より長波長領域のデータを図 2(c)のように報告している。350nm 以上では発光の効率が急峻に落ちて
いることがわかる。以上をつなぎ合わせれば、真空紫外~紫外領域がカバーされる。
サリチル酸ソーダをエタノールに溶かして、絵画用スプレーで、ガラス板に吹き付ける。スプレーは水平
にして使うので必然的にガラス板は縦になるので、吹き付けた溶液がたれてくる前にドライヤーでエタノー
ルを飛ばしてやる。この操作を繰り返すと、サリチル酸ソーダが均一にコートされた白色板が自作できる。
市販品もあるが、慣れると市販品よりも格段に均一のものが自作できる。サリチル酸ソーダは時間とともに
酸化するし、また紫外光に長時間曝されても、蛍光数効率が劣化するので、測定直前に自作するべきである。
短波長照射であるほど劣化は著しく、また油拡散ポンプの油でも劣化する。サリチル酸ソーダの他には
Coronene(C24H12)が蛍光数効率が 140nm~330nmの広範囲にわたって平坦であること、蒸着法が使えること
からも便利である。以上の校正により、光源強度を一定にできる。
図1
キセノンショートアークランプ、重水素
ランプ、の分光放射強度。ウシオ電機
(株)パンフレットより引用。
次に、波長校正である。市販品の場合、出荷時に波長がずれていることは考えにくいが、パソコンソフト
のバグ、長年の使用によるギアの遊びなどは十分に考えられる。水銀灯の輝線を使えば紫外域の校正はでき
るし、可視域は蛍光灯の輝線を用いればよい。波長校正用の水銀灯のペンライトも販売されている。検出器
側の分光器も強度、波長ともに校正する必要がある。
図2
サリチル酸ソーダの蛍光数効率。
(a)K.Watanabe らによって報告された 90nm∼
285nm 領域の蛍光数効率。文献[3]より引用。
(b) J.A.Samson らによって報告された 92nm
∼160nm 領域の蛍光数効率。文献[4]より引用。
(c) W.Slavin らによって報告された 210nm∼
360nm 領域の蛍光数効率。文献[5]より引用。
3)盲蛍光
検出器まで到達する光には、多かれ少なかれ目的とする蛍光以外の成分が混入する可能性があると考える
べきで、これら余分な成分を盲蛍光と呼んでいる。盲蛍光の原因となるものは、①散乱、反射光、②ラマン
散乱、③試料台からの蛍光、④散乱、反射光の二次光、⑤迷光である。一般の蛍光測定は、発光物質を測定
するので、発光強度が強く、従って盲迷光強度は相対的に小さくなり無視できる場合もある。しかし、我々
が対象とするシリカガラスからの発光は極めて微弱で、盲迷光の強度の方が圧倒的に強い。そういった意味
で、シリカガラスの発光測定は難しく、盲迷光を防ぐ工夫が必要となる。
①の散乱は、励起光と同じ波長であり、極めて高輝度であるが、線幅が狭いので、ストークスシフトが極
端に狭い発光を見るのでなければ、あまり問題にならない。シリカガラスの中のストークスシフトの小さい
発光は、B2α帯の発光で、250nm励起で 290nmの発光の測定を行うことになるので、この測定には注意を要
する。
②のラマン散乱であるが、紫外光で励起した場合、ラマン散乱効率は高く、見えてしまうこともある。ラ
マン散乱ν(cm-1)は
ν = 107(1/λ0 - 1/λ)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ①
で表される。ここで、λ0(nm)は入射光波長、λは散乱光波長であるから、例えば 250nm励起の場合、ラマ
ン散乱ω1(435cm-1)は、252.7nmに現れる。励起波長を変えるとラマン散乱の現れる波長も①式に従い移動す
るので判別ができる。
③の試料台からの発光であるが、シリカガラスを台に固定する場合、両面テープ、紙、真空グリース、指
紋など全てがシリカガラスよりも強く発光するので注意を要する。シリカガラスの洗浄の最終工程でアセト
ンを用いると表面に油分や汚れが残るので、最終洗浄はアルコールで行う。励起光が試料(シリカガラス)以
外には当たらないようにする。例えば、紫外励起の場合は台の上に置くだけにする、真空紫外域の場合、試
料ホルダーにねじ止めし、励起光がホルダーに当たらないようにするといった注意が必要となる。
④の二次光は、励起波長の 2 倍、すなわち 300nm 励起であれば 600nm に現れる。一次光より弱いが幅の
広い光となって現れる。
⑤迷光とは、分光器や光学系で起きる異常反射によるものを意味する。異常反射の原因は、分光器内のゴ
ミ、熱線による回折格子の焼けなどさまざまで、利用者が自分の分光器の癖を把握して、発光かそうでない
かを見極める必要がある。例えば、筆者の使っていた分光器には励起光の 1.5 倍の迷光が現れることがあっ
た。
4)フィルタ
以上のように、励起光には必ず望まない光が含まれていると考えて良く、これを除去するためにフィルタ
が必要となる。ガラスフィルタとして、例えば HOYA, CORNING, SCHOTT, 東芝等各社から市販されてお
り、図 3 に例を示した。この中から目的にあったものを選べばよい。また、多層薄膜干渉フィルタは、半透
図3
ガラスフィルタの透過率。
(a)ロングパスフィルタ、
(b)ロングパスフィルタ、
ショートパスフィルタ、バ
ンドパスフィルタ、(c)バ
ンドパスフィルタ、文献
[6]より引用。
明の金属反射面二面が、厚さ d の透明な中間層をはさんで、保護ガラス+金属膜+透明膜+金属膜+ガラス基板
の構成よりなる。図 4 は基本的な膜構成からなる多層薄膜フィルタの分光透過率曲線の一例である。所望す
る波長の倍音の光も透過してしまうという欠点があるものの便利である。
5)シリカガラス中の蛍光の測定
各種溶液もフィルタとして利用できる。図5、図6、図7に示した。筆者らは、シリカガラス中のB2β帯
の蛍光の測定のために、硫酸ニッケル溶液フィルタを用いた。B2β帯のは 250nm付近に励起波長のピークが
あり、400nmが発光波長のピークである。NiSO4:6H2O, 500g/litre溶液を 1cm厚さのセルに入れて、入射側分
光器の出射スリット前に置いた。図 5(4)がNiSO4:6H2O, 500g/litre溶液の透過率である。この溶液フィルタは、
220nm~350nmのバンドパスフィルタとして用いることができる。さらにもう一つの利点は、硫酸ニッケル
溶液フィルタを励起光源出射スリット前に置けば、発光波長である 400nm付近の光を完全にカットできるの
で、蛍光側で 400nm領域の光が検出された場合は、光源からの光でないと考えられる。Geドープシリカガ
ラスに見られる 325nm励起、400nm発光の測定の測定を行った時は、硫酸ニッケル溶液フィルタに加えて、
硫酸銅溶液フィルタも用いた。(3)がCuSO4:5H2O, 100g/litreの溶液の透過率であるが、硫酸ニッケル溶液フ
ィルタとの組み合わせにより、310nm~350nm領域のバンドパスフィルタとして使える。シリカガラスから
の赤色発光は励起波長ピーク 255nm、蛍光波長ピーク 630nmである。この赤色発光の蛍光励起スペクトル、
蛍光スペクトルの測定にも、硫酸ニッケル溶液フィルタが有効である。もちろん、フィルタをいれると励起
光の分光放射強度は波長により大きく異なるので、前述のサリチル酸ソーダを用いて校正すればよい。
図4
基本的な膜構成からなる多層薄膜フィルタの分
光透過率曲線。文献[6]より引用。
図5
各種溶液フィルタの透過率特性。(1)CoSO4:7H2O, 75g/litre (H2O), 光路 1cm。(2)CoSO4:7H2O,
300g/litre (H2O), 光路 1cm。(3)CuSO4:5H2O, 100g/litre (H2O), 光路 5cm。(4)NiSO4:6H2O,
500g/litre (H2O), 光路 1cm。(5)KrCr(SO4)2:12H2O, 150g/litre (H2O), 光路 1cm。文献[7]
より引用。
図6
各種溶液フィルタの透過率特性。
(1)K2CrO4, 0.200g/litre (H2O), 光
路 1cm 。 (2) ヨ ー ド ,20mg/100ml
(H2O), 光路 1cm。(3)1, 4-ジフェニ
ルブタジエン、4.24mg/100ml(エチ
ルエーテル), 光路 1cm。文献[7]
より引用。
図7
カットオフフィルタ。1: CCl4, 光路
1cm。2: カリウム酸フタレイン、
5.0g/litre (H2O), 光路 1cm。3: ナ
フタレン、12.8g/litre(イソオクタ
ン), 4: ヨード、20mg/100ml (H2O), 光
路 1cm。文献[7]より引用。
参考文献
[1] 例えば木下一彦、御橋廣眞編、日本分光学会測定法シリーズ 3、蛍光分析(学会出版センタ)。
[2] F.S.Johnson et al., J.Opt.Soc.Am., 41, 702 (1951).
[3] K.Watanabe et al., J.Opt.Soc.Am, 43, 32 (1953).
[4] J.A.Samson, J.Opt.Soc.Am, 54, 6 (1964).
[5] W.Slavin et al., J.Opt.Soc.Am, 51, 93 (1961).
[6] 浅原慶之、分光研究、45, 249 (1996).
[7] M.Kasha et al., J.Opt.Soc.Am., 38, 929 (1948).