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University Repository : Kernel
Title
家森信善編著『地域連携と中小企業の競争力 -地域金融
機関と自治体の役割を探る-』
Author(s)
千田, 純一
Citation
国民経済雑誌, 211(5): 91-98
Issue date
2015-05
Resource Type
Departmental Bulletin Paper / 紀要論文
Resource Version
publisher
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81009262
Create Date: 2016-06-09
家森信善編著 地域連携と中小企業の競争力
地域金融機関と自治体の役割を探る
千
田
国民経済雑誌
純
第 211 巻
一
第5号
平 成 27 年 5 月
抜刷
書
評
家森信善編著『地域連携と中小企業の競争力
地域金融機関と自治体の役割を探る
中央経済社, 2014年, 268ページ
Ⅰ
本書は, 社会的分業・生産・雇用などにおいて極めて重要な役割を果たしているわが国の中小企
業が, 経済社会のグローバル化, 情報化, 少子高齢化などの激しい変化に対応して今後ともその機
能を発揮し続けるうえで, 中小企業と地域金融機関・地方自治体・信用保証協会・大学等との連携
が重要なのではないか, という問題意識で行われたアンケート調査を公表・分析したものである。
本アンケートは, 従来からアンケート調査に基づく実証分析に取り組んでいる家森信善教授が研究
チームを組織し, 多方面の協力者を得て実施した調査である。本書は 2 部構成になっており, アン
ケート調査に直接に関連する論稿は第Ⅰ部に, アンケート調査と間接的に関連のあるテーマに関す
る論稿が第Ⅱ部に収められている。以下では, 各章の概要を紹介し, 評者のコメントなどを適宜記
すこととする。
Ⅱ
第Ⅰ部「中小企業の経営力強化のための金融機関と自治体等の取り組み
調査に基づく分析
中小企業アンケート
」は全10章で構成されているが, まずアンケートに直接に関連している最初
の 7 章について概観することとする。
第 1 章「愛知県中小企業2012年アンケート調査の背景と結果の概要」(家森信善氏, および研究
者チームの富村圭氏, 高久賢也氏執筆)では, アンケート調査の主な結果が纏めて紹介されており,
第 2 章「アンケート調査の概要と回答企業の状況分析」(執筆者は第 1 章と同じ)では, アンケー
ト調査の実施上の概要と回答企業の概況が述べられている。
ここでは便宜上まず第 2 章から見ると, 調査対象の企業としては, ①愛知県内の企業, ②製造業,
③従業員300人以下, ④「独立系」企業, という条件を満たす3000社が選ばれており, 併せてこう
した企業を調査対象にした理由が説明されている。更にアンケート対象企業に対して以下の項目に
回答を求めている。すなわち, 回答企業の業種, 社齢, 規模, 従業員数の変化, 当期純利益の状況,
特許・新規事業・国際展開の状況, 望ましい円・ドルレート, 目指す企業像等である。この点は幾
多のアンケート調査に見られない本調査の特色であり, この調査によって調査対象企業がその特性
に基づいて多角的に類別され, 各グループに属する企業が金融機関や自治体との連携にどのような
認識・要望等を持っているかを知ることができる。クロス集計が可能になる用意周到なアンケート
であると言えよう。
さて, 肝心の調査の結果であるが, その主な内容については第 1 章に20項目に亘って記されてい
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る。ここでは本アンケートの趣旨に鑑み, 中小企業の地域連携に関する回答についての説明を要約
的に紹介することとする。
まず地域金融機関についての企業の回答については, ①メインバンクに対する評価はおおむね良
好であり, 信頼関係も築けていること, ②ただしメインバンクによる企業訪問は, 経営不振企業や
小規模企業に対しては十分ではないこと, ③金融機関による地域の振興・再生への取り組みや新技
術・新仕入先についての情報は, 企業側に十分伝わっていないこと, ④有益な助言をしてくれた金
融機関に対する企業の評価は顕著に向上していること, などである。つぎに地方自治体に関する回
答では, ①自治体の制度融資は広く利用されており, 特に雇用を減らしている企業にとってはセー
フティネットの役割を果たしていること, ②ただし制度融資を受けた結果として「業務拡大につな
がった」という回答は少なく, 抜本的な企業の競争力強化には寄与していない可能性があること,
③東海地域および自社にとっての今後の有望産業としては「次世代自動車」がダントツであるが,
第 2 位の「航空宇宙」を挙げた企業は少なく, この分野に中小企業を参加させることが課題である
こと, などである。更に産学連携に関しては, ①企業の負担が無料でもその必要はないという回答
が約30%あり, 雇用を減少させている企業ではこの比率はより大きいこと, ②また産学連携が具体
的に商品やサービスの開発につながったとする企業は3.7%しかなく, 産学連携に成果を期待する
ことは大変困難な状況であること, ③ビジネス・マッチングには, 経営状態が良く新規事業展開な
どに熱心な企業ほど積極的に参加していること, などである。最後に中小企業行政および金融行政
については, ①まず信用保証制度については, 現在この制度を利用している企業の約70%は10年以
上利用し続けており, 信用保証制度依存症とでも言うべき状況が見られること, ②これには金融機
関側が信用保証の利用を当然視しており, プロパー融資への切り替えなどに取り組んでいないため
ではないかと思われること, ③企業からの金融機関への返済条件の変更の申し込みについては, 約
3 割の企業が申し込み, そのうち 9 割以上が認められたと回答しているが, 返済条件の変更に応じ
た金融機関がその後支援の本格化に取り組んだ事例が少ないこと, などである。以上が本調査の要
約とも言うべき部分であるが, 更に詳しい内容については第 3 ∼ 6 章に述べられているので, 要約
的にではあるが, 以下で紹介することとする。
第 3 章「中小企業から見た金融機関による支援の現状と課題」(執筆者は第 1 章と同じ)では,
企業のメインバンクとしては信用金庫と地銀のウエイトが高く, かつ良好な関係がうかがえること,
メインバンク職員の企業訪問頻度は業績良好で従業員が増加している企業ほど多くなっていること,
金融機関からの情報提供は信用保証制度や制度融資について良く行われているが,「新しい技術や
その入手方法」や「新しい仕入先」についてはほとんど行われていないこと, 意外な点としては経
営不振企業に対して「経営改善に向けた課題の発見や方向性の提示」について十分な助言が行われ
ていないこと, などである。これらのことから示唆されるのは, 金融機関のコンサルティング機能
が特にそれを求める不振企業に対して十分発揮されていないということであろう。
第 4 章「中小企業から見た地方自治体による支援対策の現状と課題」(執筆者は第 1 章と同じ)
では, 地方自治体の制度融資は広く利用されており, 雇用減少企業に対してはセーフティネットの
役割を果たしている面があること, 自治体の施策の広報については雇用減少企業の利用率が低いと
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いう問題があること, 地域経済振興の政策手段については「金融支援の強化」が効果的と見る企業
が多い半面,「海外・域外企業の誘致活動」と「企業の国際展開の支援」の評価は低いこと, など
である。これらのことから, 自治体に対しては, 融資制度の充実と並んでグローバル化・情報化の
進展に対応した企業支援・地域経済支援の強化が求められていると言えよう。
第 5 章「中小企業の産学連携・企業連携への取り組みの現状と課題」(執筆者は第 1 章と同じ)
では, 産学連携について「共同研究は必要ない」という回答が特に雇用減少企業・小規模企業に多
かったこと, 産学連携が事業に結びついた企業もわずかであり, 小規模・雇用減・経営不振企業ほ
ど実績がないこと, 更に収益性の高い企業にも連携への取り組みは少なく, この種の企業には産学
連携が寄与していないこと, など興味深い結果が見られる。またビジネスマッチング(フェアなど)
については積極的に参加する企業は必ずしも多くなく, 劣位の企業グループほど参加に消極的であ
ること, 参加の目的としては新しい販路の開拓, 新技術の導入, 新しい仕入先の開拓などが回答さ
れているが, 成果としては「めぼしい成果はなかった」という回答が多かったこと, 意外だったこ
ととしては, 小規模企業ほど新技術の導入を目的として重視していること, 知名度を高めることを
目的としている企業が事業の拡大・再生や新規事業の立ち上げに効果があったとしていること, な
どが指摘されている。総じて, 産学連携と企業連携には多くの取り組むべき課題が待ち受けている
ことが判明していると言えよう。
第 6 章「中小企業から見た中小企業行政および金融行政の評価」(執筆者は第 1 章と同じ)では,
回答企業のうち信用保証制度を利用している企業は約65%であり,「信用保証制度依存症」(家森氏)
の状況にあること, 企業グループ別に見ると社齢の長い企業や経営不振の企業の利用率が高く, 都
銀をメインとする企業や従業員増加の企業の利用率が低いこと, 中小企業金融円滑化法等に対応し
て返済条件の変更を金融機関に申し出た企業は約 3 割であり, 厳しい経営環境の時期があったこと
がわかるが, 反面では企業の側にモラルハザードが見られた可能性もあること, 条件変更の大半は
返済期限の繰り延べであり, その効果として企業経営が回復したという回答企業は 5 割弱であるこ
と, そして経営回復の企業に対しては金融機関が相談や指導に尽力しており, 金融機関の姿勢が企
業の収益回復に寄与している可能性が認められること, などである。本章からは, 信用保証制度や
話題となった金融円滑化法等の愛知県での具体的な姿を知ることができると言えよう。
第 7 章「愛知県制度融資の現状と課題
調査結果の施策への活用
」(清水幹良氏執筆)で
は, 愛知県産業労働部中小企業金融課長の清水氏からの本アンケート調査へのレスポンスを知るこ
とができる。本章では愛知県独自の制度融資としての「愛知ガンバロー資金」や「海外展開支援資
金」等を含む県の制度融資について詳しくかつ有益な説明がなされており, それ自体が貴重な情報
になっていることを確認したうえで, ここでは敢えて上記のレスポンスのうち特に主要と思われる
ものを中心に見ていく。 まず制度融資が政策手段として有効であることがアンケートから確認でき
たこと, しかしなお制度融資を知らない企業が20%近くあるので金融機関・商工会議所・商工会等
の協力を得て, また自治体のホームページやメディア(新聞など)を通じて情報提供に努力する必
要があること, 金融機関はコンサルティング機能の強化を図っているが企業の評価は十分でないの
で,「安定的な資金の提供」に加えて「経営への的確なアドバイス」が求められていること, など
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である。そして, これらを受けて本章で強調されているのは, 今後は経営支援と金融支援を有機的
に連携させ, 相乗効果が得られる総合的な支援が重要になってくるということである。支援を行う
側と支援を受ける企業の双方にとって大きな課題があるという重要な指摘がなされていると言えよ
う。
第 8 章「企業意識調査を読んで
保証業務の実務家からのコメント
」(永瀬元喜氏, およ
び愛知県信用保証協会のスタッフの 9 氏執筆)では, 前章に続いてアンケート調査に対する愛知県
信用保証協会のスタッフからのレスポンスを知ることができる。以下では評者なりに注目したもの
を記すと, まずアンケート全体については, 回答企業数が限られており, また輸送用機械器具製造
業と伝統的地場産業には入らない「それ以外の製造業」と「その他の業種」が多いことが気になっ
たこと, 新規事業を過去 5 年に計画すらしていない企業が 6 割に及んでいるのは,「下請け」の意
識が強く主体的に営業を行うという意識が薄いためではないかということ, 経営困難期にまず相談
する先としてメインバンクと回答した企業の割合が『中小企業白書』の調査よりもはるかに大きく,
これは中小企業金融における情報の非対称性の縮小に期待が持てること, などである。
そして信用保証制度については, 制度に関する情報がメインバンクから多く提供されていること
は担当者として嬉しいことであること, 信用保証制度依存症という考え方については, 信用保証を
プロパー融資と併用して継続利用することは金融機関と中小企業の触媒機能を果たしていると考え
られること, 円滑化法との関連では返済条件の変更が当地方で非常に多いことは驚きであり, 一部
にモラルハザードが起きているのではと懸念されること, 返済条件変更として小刻みな返済期間繰
り延べが行われているが, これは業況の変化を的確に把握して柔軟に対応するためであり, 金融機
関が腰を据えた支援を行っていない事例だという解釈は当たらないこと, などである。以上のよう
に, 本章ではアンケート結果に関する独自の解釈が多く提供されており, 今後研究グループとの意
見交換などが期待されるところである。
第 9 章「金融経済環境の変化に伴う東海地区中小企業経営の課題」(十六総合研究所・奥田真之
氏執筆)では, 東海地区の中小企業の近況が経済・金融の多面的な視点から検討されている。まず,
当地区は2008年 9 月のリーマンショックや2011年 3 月の東日本大震災によって大きな打撃を受けた
が, それは当地区が自動車や一般機械に過度に依存しているためであり, 当地区の中小企業は今後
は環境・エネルギー関連分野や医療・健康・福祉関連分野などに参入することを希望していること,
などが紹介されている。
次いで, 十六銀行・十六総合研究所による東海地区(ここでは愛知県と岐阜県を指す)の企業動
向調査(中小企業が大多数である)によって, 過去30年間に亘る当地区の中小企業の状況を説明し
ている。概略を述べると, 中小企業の金融機関からの資金調達環境は良好であること, その反面で
約20年に亘って業績が厳しい状況で推移していること, 売上が改善しても利益にはつながらない傾
向があること, 雇用過剰感があり長期に亘る雇用調整が見られたこと, 円安による「仕入商品原材
料高」が大きな問題点でありアベノミクスへの懸念が強いこと, などである。
以上の考察を踏まえて著者は, 中小企業の中長期的課題として, 新分野進出, 新商品開発, 海外
を含む新たな生産拠点や販売先開拓など新しいビジネスモデルの構築を挙げており, 地域金融機関
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に対しては, 取引先中小企業の置かれた金融経済環境の変化を的確に把握し, 個々の企業の事情に
合わせたきめ細かいコンサルティング機能を発揮することを求めている。本章でも, 金融機関のコ
ンサルティング機能への期待が表明されているのである。
第10章「中小企業金融における名古屋金利の生成要因
信用金庫のミクロ行動からの考察
」
(元東海銀行の織田薫氏執筆)では, 他の地域に比べて低い貸出金利として知られる名古屋金利を,
愛知県の信用金庫の貸出金利に焦点を絞って分析している。
すなわち, まず名古屋金利に関する先行研究をサーベイしたうえで, 愛知県の信用金庫の貸出金
利が他府県に比べて低いことを確認し, その理由を 5 つの仮説によって検討している。 5 つの仮説
とは, 仮説 1 「愛知県の中小企業は他府県に比べ良好な財務体質となっている」, 仮説 2 「愛知県
の中小企業は他府県に比べ借入需要が小さい」, 仮説 3 「愛知県の信用金庫は他府県の信用金庫に
比べて貸出に関して保守的であり, 優良先にしか貸出を実行していない」, 仮説 4 「愛知県の信用
金庫間の競争環境は厳しい」, 仮説 5 「愛知県の信用金庫は他府県の信用金庫に比べ効率的な経営
を行っている」であり, 各仮説の妥当性を詳細に計量分析で検証している。得られた結果は, 仮説
4 が最も妥当性が高いということである。この結果を受けて著者は, 愛知県の信用金庫間の競争が
激しいということは, 愛知県の良好な経済環境の賜物であり, その恩恵を愛知県の中小企業が享受
していることに留意するべきであり, 地域経済にとっても今後とも金融と経済のバランスが大切で
あると述べて本章を結んでいる。綿密な実証分析と共に示唆に富んだ結論であると言えよう。
Ⅲ
第Ⅱ部「東海地域の金融と産業の分析」は, 東海地域を拠点とする 4 名の研究者の執筆した論稿
が収められており, 各章とも第Ⅰ部のアンケート調査と関連したテーマに関する研究論文となって
いる。
第11章「酒類行政の新展開と「東海 4 県21世紀国酒研究会」の活動について」(佐藤宣之氏執筆)
では, 学界の自発的な研究活動としての「東海 4 県21世紀国酒研究会」の立ち上げに中心的な役割
を担った著者が, 当該研究会設立の経緯と活動状況を説明し, わが国の酒造りの今後の課題を検討
している(以下, 当該研究会を「研究会」と略記する)。
記述は, まず酒類業に関する基本的情報を説明することから始まっており, 国税庁が酒類業の所
管官庁となった理由, 酒類の分類と酒税率・酒類業の現状と酒類行政の新展開などについて詳しい
解説が行われている。特に注目されるのは酒類の消費数量・課税数量・課税額などが右下がりとなっ
ていることであり, その背景として人口減少・高齢化, 消費者の低価格志向, ライフスタイルの変
化などの要因が指摘されている。こうした厳しい環境の中での国税庁などによる酒類行政の新展開
についても言及されており, 海外の日本食ブームに乗った輸出促進, 日本のブランド価値を高める
「クールジャパン戦略」の一環としての取り組みなどが説明されている。
本章の主題である「研究会」については,「研究会」の背景・特徴・組織・活動予定・平成25年
2 月発足以後の活動状況などについて丁寧な記述があり, そして最後に「研究会」の今後の課題が
述べられている。ここでは, 評者として重要と思われる点を記すこととすると, ①「研究会」の名
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称に「東海 4 県」の語句があるが, これはたまたま発起人が名古屋を拠点とする学者であるためで
あり, 東海 4 県の枠を超えた活動を排除するものではないこと, ②「研究会」が技術のみならず思
想をインプットする産学官金連携の場となることを期待して名称に「21世紀」の語を盛り込んだこ
と, ③日本の酒造りは日本らしさの結晶であり, かつ地域発・日本再生の救世主であること, ④東
海エリア特有の課題として「クルマ文化と国酒文化の融合」について発信すること, などである。
最後に TPP 交渉について, TPP が魅力的な経済圏になるためには各国固有の伝統・文化等を併せ
持ったものになるように参加国は努力するべきであると著者が述べているが, 評者もこれを肯定的
に受け止めている。2013年12月に和食がユネスコの無形文化遺産に指定されたことも, 日本酒の輸
出に追い風となることを期待したい。
第12章「愛知県の産業構造と財政政策の効果
ン分析
2 部門世代重複モデルによる財政シミュレーショ
」(柳原光芳氏執筆)では, 精緻な 2 地域 2 部門世代重複モデルを構築し, マクロの財
政政策が地域の産業構造の差異を通じて, 地域の GDP, 消費財と資本財の生産量, そしてこの2
種の財の生産性に与える影響を財政シミュレーションによって分析している。 2 部門とは愛知県と
その他日本の 2 部門であり, 政策手段は, ()消費税または所得税の10%引き上げ, ()低い年
金支給額の増額または高い年金支給額の減額であり, 検討される政策は()と()の組み合わ
せ( 4 通り)である。
得られた結論は多いが, ここでは愛知県について見ると, 例えば消費税増税と年金額増額を組み
合わせた政策は愛知県の資本財生産を相対的に増加させるが, 所得税増税と年金額増額の組み合わ
せは愛知県の資本財生産を相対的に減少させるという対照的な影響が生じている。このように財政
政策の個々の手段は各地域の産業構造に異なった影響を与えるので, 財政政策の効果については産
業構造のあり方との関連で議論する必要があるというのが, 本章の結論である。財政政策が地域経
済に与える影響は各地域の産業構造の相違によって異なることを, 愛知県の事例を通じて明らかに
した興味深い研究と言えよう。
第13章「地域金融機関に関する経済の外部性効果の計測
用いた例
愛知県の工業統計メッシュデータを
」(打田季千弘氏執筆)では, 地域金融機関の店舗シェア(プレゼンス)が産業別
TFP(全要素生産性)に与える影響を検証している。分析はコブ=ダグラス型の生産関数であり,
工業統計メッシュデータという統計資料を用いた回帰分析が行われている。愛知県に関するデータ
の選択や解釈についての慎重な検討を経て行われた分析の結果は, 大略次の通りである。
まず全産業の TFP については地方銀行の店舗シェアが有意である産業が多いこと, しかし基礎
素材型産業の TFP については有意なものはなく, 地域金融機関の役割が限定的であること, 一方
加工組立て型産業の TFP については地方銀行, 第二地方銀行, 信用金庫, 信用組合の各店舗シェ
アが有意な正の相関を持っていること, そして生活関連型産業については地域金融機関の店舗シェ
アは有意でないこと, などである。これらの結果から得られる示唆として, 著者は, 地域金融機関
の情報生産機能の多寡が地域の企業・産業の技術進歩に影響を与えていること, したがって地域金
融機関のリレバン機能の強化やビジネス・マッチングが地域経済の発展と地域の技術進歩を促すう
えで重要であること, を指摘している。このことは, 加工組立て型の産業のウエイトが大きい愛知
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県には特に重要な示唆であると言えよう。
第14章「東海地方の地域銀行の県外進出と融資行動
融資に注目して
本店所在地における融資と中小企業向け
」(近藤万峰氏執筆)では, 地域金融機関が各方面から期待されている地域密
着型金融の中心的担い手になっているかどうかを, 東海 3 県の地域銀行(地方銀行と第二地方銀行)
の融資行動によって分析している。具体的には, 各地域銀行の本店所在県における貸出を総貸出金
で除した本店所在地融資比率と, 中小企業向け貸出金を総貸出金で除した中小企業向け融資比率と
を被説明変数とし, 各地域銀行の総資産, 自己資本比率, 本店所在地外店舗比率を説明変数として
パネル分析を行っている。
得られた結果の概要は, 本店所在地外店舗比率の高い地域銀行ほど, 本店所在地融資比率が低い
こと, そして中小企業向け融資のシェアが低いこと, 各地域銀行の利益率 (ROE を採用)は, 本
店所在地外店舗比率の高い地域銀行ほど高いこと, などである。この結果により著者は, 東海 3 県
の地域銀行は, 本来最も優先するべき本店所在地の経済活性化や中小企業金融の円滑化という機能
を果たしていないのではと危惧している。そして著者は, この状況を脱却するべく金融機関が経営
コンサルティング機能や埋もれた企業の発掘に一層注力することを期待している。本章でも指摘さ
れているが, 岐阜県・三重県の地域銀行が愛知県に店舗や人員を増やす動きを強めており, 岐阜県・
三重県経済への影響が心配されている。こうした状況への対応としてアメリカの地域再投資法
(CRA) に相当する法律の導入も検討に値するのではないかというのが, 本章を読んだ評者の感想
である。
Ⅳ
以上, 本書を読んだ評者の立場からその概要の紹介やコメントを述べたが, 本書は全体として東
海経済についての綿密な研究であり, 多様な問題意識を持つ多くの関係者にとって熟読に値する労
作である。評者もその一人として特に興味を覚えた点を, 以下に述べて本稿を閉じることとする。
多くの論点のうち特に興味を覚えたのは, 中小企業に対する金融機関のコンサルティング機能で
ある。金融機関の融資が中小企業によって高く評価されていることは本調査で明らかにされている
が, コンサルティング機能の評価は高くない。その理由としては, 企業側は融資以上の支援を求め
ているためではないかと思われる。経営改善・販路拡大・新技術取得・新規事業・M & A・業種転
換・海外展開などの中小企業が直面する諸課題について, 助言・相談・情報提供などを求めている
が, それには十分応えてもらえていないということではないかと思われる。リレバンへの更なる期
待ということであろう。
しかし, この期待に応えることは容易ではない。まず, わが国経済の構造変化の方向をどう見る
かということが問われる。一つの将来像としては, 製造業を中心に工業立国というこれまでの方向
を追求することであろう。最近では, ハイブリッド車・国産ジェット旅客機 (MRJ)・リチウムイ
オン電池・リニア中央新幹線などの明るい話題もある。この場合には, 自動車・電気機器・工作機
械・航空宇宙などの産業が盛んな「もの作り」愛知県にとって有利な展開となろう。しかし心配な
こととして, こうした産業の工場や下請け企業などの海外移転が進んでおり, 地元の中小規模の製
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造業には恩恵が及ばないという恐れがある。もう一つの将来像としては, わが国が成熟社会に達し
ているとの判断に立って, グローバル化・人口減少・少子高齢化・情報化などへの対応を重視する
ことであろう。この場合には, 医療・介護・福祉・子育てなどに加えて, 文化・教育・観光・環境・
資源・自然エネルギーなどに注力することが求められる。経済成長よりも福祉を重視する政策であ
る。この政策のもとでは, 製造業よりもサービス業のウエイトが高まり, 中小製造業にとってはサー
ビス業への新規参入や業種転換といった大胆な改革が必要となろう。
評者は, わが国経済の方向としては後者の将来像に賛同する。成熟社会においては多品種の財・
サービスへの需要が増えるので, 特に中小企業は多品種少量生産によって社会のニーズに応えるこ
とでビジネス・チャンスを広げることが期待されよう。もちろん, 個々の中小企業が具体的に選択
するべき戦略は一様ではない。金融機関に求められるのは, 各企業の社歴・業種・営業地域などに
応じて幾つかの選択肢を示し, 最終的な選択は企業に委ねることであろう。企業の選択を経て, 金
融機関は狭義の金融としての融資を行うこととなるが, その前に金融機関に対しては広義の金融と
しての目利き力に基づくコンサルティング機能が求められているのであろう。もちろん企業に対し
ても賢明な判断力と決断力が求められ, 両者にとって人材育成がますます重要となるであろう。そ
れと同時に, 政府に対しても, いわゆる「グローバル・スタンダード」を与件として鵜呑みするの
ではなく, わが国の経済社会のあり方について国民や関係者が持っている意見を尊重しつつ TPP
交渉などに臨むというスタンスを堅持することを求めたいものである。
(千田純一)