岐路に差しかかったとき

Campus N e ws
国際教養学部長
岐路に差しかかったとき
第 10 回
A DEAN MESSAGE
そ う す れ ば 困 難 は 何 も な く 、楽 し み は
快適で安楽な道へと案内してあげる、と。
待ってい る 。向 かって 右 側 の 女 性 の 指 先
は「 名 声 」を 象 徴 す る 天 馬 ペ ガ ソ ス が
その先の道は険 しい山 道です が 、山 頂に
キャンパスニュース
すべて享 受 して生 涯 を 送 るこ と ができ 、
ない 暗 くて 深 い 森 の 中へと 続 いている 。
の 示 す 道 は 、平 坦 な が ら 行 き 先 が 見 え
青 春の只 中で
大 学 生 といえ ば、青 春 真っ只 中の時 期
苦 労 や 悩 みは一切 ないというわけです 。
感 情 的な喜 びの寓 意となっている楽 器 が
その足 元 には 欺 瞞 を 意 味 す る 仮 面 や
そ の う ち に 後 か ら も う 1人 の 女 性 が
近づいて来ました。彼女は言います。自分
自 立 し て一人 前 の 社 会 人 と し て の 成 人
の指し示 す 道 を 進 むならば、立 派で偉 大
にある 人たちと 言えます 。少 年 時 代 から
う な 人 生の「 節 目 」という か「 過 渡 期 」に
( 式 )を 迎 える 年 代でもあります 。
このよ
ば 、ど の よ う な 生 き 方 を す る べき な の
を ど の よ う に 立 て よ う か 、さ ら に 言 え
もっと 現 実 的 には 、こ れか らの人 生 設 計
か ら 先 の 人 生 を 見 通 そ う か 、あ る い は
際 し て 、そ れ ぞ れ ど の よ う に し て こ れ
だ、と。快いものを求めて何も行動しない
最 大 の 幸 福 を 手 に す るこ と ができ る の
あって 、
一生 懸 命 努 力 す るこ と に よって 、
人 間 た ち に は 与 え ら れ て は い な い ので
物 事 は 何一つと して 労 苦 や 精 進 なしには
な事 柄 を 成し遂 げる 者 となる 。すぐれた
です 。
心の中 を それとな く 垣 間 見 せて秀 逸
彼 が ど ち ら の 道 を 選 ぼ う と してい る か
や や 左 側 の 女 性 に 傾 いて 見 え る の は 、
悩 ん で い るヘラ ク レ ス の 身 体 の 重 心 が
明 らかです 。そして中 央に伏し目 がちに
後者が
配されています。前者の女性が 美徳 、
≫
か 、と 真 剣 に 考 え 、悩 ん だ り す る も の
望 が起きるより先にすべてが満たされて
で 得 られ る ものは1つと してないし 、欲
悪徳
に悩み、それぞれ自 分の人 生 をど う 過 ご
を 表 現 してい る こ と は
ペガソスとともに大 空へ
≫
このように安 逸 と 目 先の快 楽よりも、
しま う よ う な 安 易 に 幸 福 に 至 る 道 な ど
忍 耐 強 い 精 神 で 刻 苦 勉 励 す るこ と が 完
すべき か 、若 者 た ちに教 え 導こ う として
ちなみに 先 に 駆 け 寄ってヘラクレスを
ない、というわけです。
で す 。古 の 先 人 た ち も 、そ のよ う なこ と
≪
■専 門
古代ギリシア史
≫
FURUKAWA Kenji
東京都立大学大学院博士課程
単位取得退学(文学修士)
≪
■担当科目
古典ギリシア語Ⅱ
文化史入門 等
いたようです 。
誘ったのは 悪徳(カキア) 、後からやっ
≫
≪
璧 に 立 派 な 成 果 を 達 成 せ し め る もので
≪
て来て教え諭したのが 美 徳(アレテ)
迷 えるヘラクレス
有 名な「ヘラクレスの選 択 」というエピ
あ る という 教 説は、クセノポン以 前にも
早 く か ら ギ リ シア 人 の 間 に 流 布 し て い
です。
いずれに進 も う か と 思い悩 んで、静 かな
を と ろ う と す る か 、こ れ ら 2つの 道 の
と す る か 、それと も それとは 異 なった 道
道 を とって 、こ れか ら 先の生 涯 を 歩 も う
ち と 同 様 に 、独 り 立 ちして 徳 性 に 沿った
がら岩の上に腰 かけています 。その左 右
ト レ ー ドマ ー ク の 棍 棒 に 寄 り 掛 か り な
に 筋 骨 た くま しい 裸 体 のヘラクレス が 、
いう
世 紀 末のこの作 品では、画 面 中 央
していま す 。
『 分 かれ 道のヘラクレス 』と
リアの画家カラッチが、油絵で見事に表現
このエピソードをルネサンス時代にイタ
が 必 ず 直 面 す る で あ ろ う 青 年 期 の「 岐
描いたのでし た が 、いずれにしても 若 者
族 の 若 き 当 主 の 教 導 た め に 依 頼 さ れて
サンス 時 代 の カ ラッチ は 、ロ ーマの 大 貴
て 前 者 の 重 要 性 を 伝 え て い ま す 。ル ネ
クネ )」を2人の女 性に見 立て、対 比させ
「 教 養( パイ デイア )」と「( 手の)技 術( テ
アノスは 自 分 の 経 験 談 の よ う に して 、
分 かれ道のヘラクレス
ソー ド は 、ソクラテスの 弟 子 ク セノポン
が 伝 えてい る も ので す 。そ れ に よ れ ば 、
場 所に出 かけて、腰 を 下 ろして考 えてい
には 女 性 が 1人 ずつ立っていま す が 、両
路 」に 立って ど う 進 むべき か を 考 え さ せ
につれ、我 先にと小 走りに駆け寄り、
ヘラ
に着 けていた そ うです が 、彼 女は近 づく
し、誘 うような眼 差しと派 手な衣 装を身
他 方の女 性は、豊 満 な 体つきで厚 化 粧 を
い 衣 服 を ま とって 清 ら か な 様 子でし た 。
左 側 の 女 性 が 剣 を 持 ち 右 手 で 示 す
指し示す道へと誘っています。
方 に 向 け な が ら 、そ れ ぞ れ 自 分 た ち の
な 姿 態で す 。2人 と も 顔 をヘラクレスの
けて見える薄 衣をまとって極めて挑 発 的
後ろ向きで背 中を半 分 露 出させ、肌 が透
衣で包まれていますが、右の女性の方は、
高 く飛 翔してもらいたいものです 。
ソ ス に 跨って 可 能 性 の 大 空 に 向 かって
択 し ま す か ? 願 わ く は 、天 駆 け る ペガ
ま す 。さて 、あ な た な ら ど ち らの 道 を 選
あってはその判 断 は 難 し くなりつつあ り
誘 いの 手 が 巧 妙 かつ複 雑 化 す る 現 代 に
る「エピソ ー ド 」と 言って よいで しょう 。
伝 えられてきま し た 。ローマの文 人 ルキ
たそうです。すると、そこへ2人の女 性 が
者 は 対 照 的 に 描 かれていま す 。向 かって
た し 、ロ ーマ時 代 に なって も 形 を 変 えて
やって く る の が 見 え ま し た 。
一方 の 女 性
左 の 女 性 は 、正 面 向 き で 全 身 を 清 楚 な
青 年 期に達したヘラクレスは他の若 者た
眼 差しは慎ましやか 、節 度 ある 姿 形は白
は 、見 目 麗 し く 、自 由 の 気 風 に あ ふ れ 、
すなわち、自 分について来るならば、最も
ク レスに 次 のよ う に 声 を か け ま し た 。
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学部長メッセージ
古川 堅治
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