デジタルマルチメータ DT4220/DT4250シリーズ

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デジタルマルチメータ DT4220/DT4250 シリーズ
デジタルマルチメータ DT4220/DT4250 シリーズ
三木 昭彦*1
要 旨
デジタルマルチメータDT4221/DT4222およびDT4251/DT4252/DT4253は,業界最高水準の高速応答を実現
し た (2014 年1 月 現 在 ) ハ ン デ ィ の デ ジ タル マ ル チ メ ー タ で あ る . 2012 年に 発売 し た デ ジ タ ル マ ル チ メ ー タ
DT4281/DT4282と同じく「プロの仕事をスピーディに」をコンセプトに掲げ開発した.ここに商品の特長と構造につ
いて解説する.
1. はじめに
デジタルマルチメータは,電圧・電流・抵抗などの
複数の測定機能を 1 つにまとめた電気計測の基本ツ
ールである.電気設備の施工,保守点検から研究開
発に至るまでさまざまな用途で使用される.当社では
長年にわたり,この基本ツールであるデジタルマル
チメータのラインアップを取り揃え販売を継続してい
るが,さらなる高速応答と耐ノイズ性を求めるユーザ
の要求に応えるべく,デジタルマルチメータ
DT4221/DT4222 および DT4251/DT4252/DT4253
を開発した.
DT4221/DT4222 の外観
2. 概要と商品コンセプト
DT4220/DT4250 シリーズは 6000 カウント表示で
真の実効値測定が可能なハンディタイプのデジタル
マルチメータである.DT4220 シリーズはコンパクト形
状で携帯性を高めたスリムモデル,DT4250 シリーズ
は耐ノイズ性を高めたスタンダードモデルである.
商品企画の段階では,求められる商品を探るため
に多くのユーザの声に耳を傾け,その声を吟味した.
その結果として,さまざまな測定場面で作業効率の
向上に寄与したいとの想いから「プロの仕事をスピー
ディに」というコンセプトを導いた.新商品開発は,こ
のコンセプトをもとに測定スピードの高速化や利便性
を追求し,次に説明する機能・特長を実現した.
3. 機能・特長
(1) 高速応答
シリーズ共通の特長は測定値の高速応答である.
例えば 100 V,50 Hz の交流電圧を測定した場合の
応答時間は約 0.7 秒であり,世界最高水準の高速化
を実現している(2014 年 1 月現在).
DT4251/DT4252/DT4253 の外観
高速応答を実現するために当社独自の回路制御
技術やデジタル信号処理技術を搭載した専用 IC を
自社開発した.
(2) 耐ノイズ性能(DT4250 シリーズ)
インバータ技術が搭載された機器の保守点検に
は高い耐ノイズ性能が求められる.DT4250 シリーズ
は従来の製品に対して内部回路の見直しとシールド
による構造上の改良を加えたことにより,過酷なノイ
ズ環境においても安定した測定を実現している.
(3) コンパクト形状(DT4220 シリーズ)
DT4220 シ リ ー ズ は 測 定 カ テ ゴ リ CAT Ⅳ 300
V/CATⅢ600 V の安全性を備えながら,作業着のポ
ケットに収納可能な携帯性に優れた形状とした.安
全性を高めることで,カードタイプのデジタルマルチ
メータでは使用できなかった 1 ランク高い測定カテゴ
リの場所においても使用が可能である.
*1 技術部 技術2課
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専用のテストリード DT4911 は本体に接続したまま,
本体に縦巻き収納できる.さらに着脱可能な構造で
あるため,リード断線時は容易に交換することが可能
である.
(4) 世界最高水準の安全性(DT4250 シリーズ)
DT4250 シリーズは CATⅣ600 V/CATⅢ1000 V
に対応しており,世界最高水準の安全性を確保して
いる.
またユーザの用途別に機能を絞り,よりシンプルな
操作を提供することで,安全性を高めている.
DT4251 は電気設備点検や安全重視の工場商用電
力ライン用途とし,誤結線による事故を防ぐためにあ
えて電流端子をなくした.DT4252 は 10 A の電流測
定が可能であり,幅広い用途をカバーした.DT4253
は計装,空調機器の点検用途としてμA・mA 電流測
定や温度測定機能を搭載した.
(5) 環境性能の向上
使用温度範囲の狭さに起因する夏場や寒冷地で
の不便さや,デジタルマルチメータを落としたことに
よる破損での作業中断は作業効率を落とす要因で
ある.これらの問題を解決するために耐環境性能の
向上が求められている.
使用環境温度範囲を-10~50℃にすることで,夏
場や寒冷地における不便さを解消した.特に日中の
温度が 40℃を超える熱帯地域での使用も可能であ
る.
落下衝撃から守る本体の外周を覆うプロテクタで,
1 m の高さからコンクリート上に落としても壊れない堅
牢性を実現している.それと共に本体中央部をスリム
化することで手に持ったときのグリップ感を向上し,
落としにくい形状としている.
(6) 表示バックライト
液晶表示は見やすい大画面に加えて,暗い場所
での視認性も考慮して全機種バックライトを搭載した.
バックライトの消し忘れによる無駄な電池消耗を防ぐ
ため,一定時間で消灯するオートオフ機能も備えて
いる.
(7) デュアル表示(DT4250 シリーズ)
デュアル表示にすることで,例えば交流電圧測定
では電圧と周波数の測定値を同時に読み取ることが
できる.操作キーによる表示切り替えが不要となり,
すべての測定機能をロータリスイッチのみの簡単操
作で切り替え可能である.
(8) クランプセンサによる電流測定
DT4251 と DT4253 は安全性への配慮から直接電
流を入力する 10 A の電流測定レンジを搭載していな
い.代わりにクランプセンサを接続可能とすることで,
安全に交流電流を測定できる.
(9) 検電機能
DT4221 と DT4251 は本体上部に検電機能を搭載
している.AC80~600 V までの電圧検出が可能で,
電気工事の保守点検用途に最適な仕様となってい
る.
(10) ユーザ用途別の機種を選定
さまざまなユーザ要望に応えるため,計測器メー
カはデジタルマルチメータに多くの機能を搭載してき
た.その結果として操作性が複雑になり,ユーザにと
って扱いにくく測定作業の効率を落としていた.また
電気の測定はユーザの誤操作が事故につながる危
険を伴うため,安全の観点からもシンプルで間違え
にくい操作性が求められていた.DT4220/DT4250
シリーズはユーザ視点に立ち返り,使用用途別に 5
機種のデジタルマルチメータをラインアップした.使
用用途にあった測定機能を付加することで,ワンアク
ションで測定できるシンプルな操作性を実現している.
世界最高水準の測定スピードとの相乗効果で,プロ
フェッショナルユーザの測定作業をスピーディにす
る.
4. 構成
4.1 ハードウェア構成
図 1 に DT4220/DT4250 シリーズの代表例として
DT4253 のブロック図を示す.
16 ビットのワンチップマイコンにより操作キー,表
示,測定データの通信,専用 IC の制御をしている.
測定系は専用 IC と測定機能に応じた周辺回路で構
成され,専用 IC の内部回路をファンクションに応じて
選択することで測定を実現している.
測定機能の違いにより各機種の周辺回路は異な
る が , 基 本 的 な 回 路 構 成 は DT4220 シ リ ー ズ ,
DT4250 シリーズ共に共通である.
4.2 専用 IC
DT4220/DT4250 シリーズは専用 IC を搭載してい
る.専用 IC はアナログ,デジタル混在のデジタルマ
ルチメータ用 ASIC であり,高速応答と高い安定性を
実現するため,当社で新規開発した.
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デジタルマルチメータ DT4220/DT4250 シリーズ
図 1 DT4253 のブロック図
専用 IC はアナログスイッチ,各種アンプ,定電流
出力回路,基準電圧回路などを備えている.測定信
号変換用に 14 ビット精度のΔΣ型 A/D コンバータ
を内蔵し,デジタル処理で実効値演算を行う.これら
の機能が 1 つの部品に実装されているため,製品の
小型化にも寄与している.また測定に使用しない機
能はパワーオフすることが可能であり,消費電流を最
小限に抑えることができる.
測定機能の選択,測定値の補正,パワーセーブ
機能などの制御は 1 つのコマンドで実現できるため,
専用 IC を制御するマイコンの負荷を軽減している.
4.3 制御回路
(1) CPU
回路全体を制御し,操作キーの検出,測定値の表
示,測定データの通信,専用 IC の制御を処理してい
る.連続使用時間を延ばすため,消費電流が小さい
ものを採用している.
(2) 表示部/バックライト
視認性を高めるためバックカラーが白地の FSTN
液晶を採用している.また電池利用製品のため,電
力消費を抑える必要があり,バックライト ON/OFF ど
ちらでも表示を見ることができる半透過型液晶とし
た.
バックライトは暗所で視認性の良い白色 LED を採
用し,その光を導光板で均一に広げている.
(3) EEPROM
DT4250 シリーズはユーザ先で校正および調整で
きるように調整機能を備えている.出荷時に調整した
データはマイコン内部のフラッシュメモリに保存され
る.このデータとは別にユーザが調整したデータを外
付けの EEPROM に保存できる.データ破損を回避
するため耐ノイズ性の高いデバイスを使用している.
(4) USB 通信
DT4250 シリーズはオプションの通信パッケージ
(USB)DT4900-01 を使用することで PC との接続が可
能である.本体と DT4900-01 に付属の通信アダプタ
は光接続によるシリアル通信を行い,通信アダプタ
でシリアル/USB 変換して PC との USB 通信を実現し
ている.なお,デジタルマルチメータは製品の性格
上,高絶縁が要求されるため光接続を採用してい
る.
4.4 電源
電源には市場で入手しやすい単 4 形乾電池
(LR03)を採用し,利便性を高めている.DT4220 シリ
ーズは携帯性を高めるため,乾電池 1 本で動作する
ようにした.DT4250 シリーズは使用時間を長くするた
め,乾電池 4 本を使用し,約 130 時間の連続使用を
可能としている.
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デジタルマルチメータ DT4220/DT4250 シリーズ
図 2 PC 用ソフトの DMM コミュニケータ
4.5 ソフトウェア
4.6 構造
(1) オートレンジの高速移動と安定測定
(1) DT4221/DT4222 全体
電圧と抵抗ファンクションは多レンジで構成されて
いる.そのため,オートレンジを使用した場合は最適
なレンジへ移動するまでに時間を要する.この時間
を短縮するため,レンジ移動中は専用 IC の A/D コ
ンバータのデータ処理を高速に切り替えてオートレ
ンジの高速化を実現している.レンジ移動後は通常
の測定に切り替え,表示のばらつきを抑えた高い確
度仕様を実現している.
図 3 に DT4220 シリーズの分解図を示す.
DT4220 シリーズの特長である安全性と携帯性を
両立させる構造としている.ロータリスイッチつまみは
突起が小さく,かつ手袋をした状態でも操作が可能
な形状とした.また可動部にゴム製の O リングをはめ
込み,外部からのホコリの侵入を防ぐことで耐環境性
能も高めている.テストリードは容易に収納と交換が
できるよう,背面に差し込む構造とし,本体に巻きつ
けられるようにした.
また生産にも配慮した工夫をしている.組立性を
高めるため,一方向からの積み上げ構造とした.さら
に配線ケーブルがない構造とし,組立工程でのはん
だ付け作業を不要としている.これにより,ロボットを
使用した自動生産も可能である.
(2) PC 用ソフト
DT4900-01 に付属する PC 用ソフトの DMM コミュ
ニケータの画面例を図 2 に示す.本体のロータリス
イッチ以外すべての設定をコントロールできる.また
モニタ機能では本体の測定値を表示したり,測定の
設定を変更したり,時間間隔での記録やグラフ表示
することが可能で,簡易的なロガーとして使用でき
る.
さらに測定データをマイクロソフト社の Excel ®にリ
アルタイムで直接貼り付ける機能も搭載している.こ
れにより取得したデータをさまざまなスタイルに加工
できるため,トレンドの把握や統計処理など,ユーザ
独自の解析を自在に行うことができる.
(2) DT4251/DT4252/DT4253 全体
図 4 に DT4250 シリーズの分解図を示す.
DT4250 シリーズの特長である耐ノイズ性を高める
ため,内部基板を導電性樹脂による成形部品と金属
部品でシールディングしている.
また DT4220 シリーズと同じ設計思想で,組立性を
考慮した一方向からの積み上げ構造,配線ケーブ
ルのない接続方式を採用している.
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デジタルマルチメータ DT4220/DT4250 シリーズ
図 3 DT4220 シリーズの分解図
図 4 DT4250 シリーズの分解図
DT4220/DT4250 シリーズの外観デザイン
DT4220/DT4250 シリーズは,プロテクタとしてブ
ルーの TPE(Thermo Plastic Elastomer:熱可塑性エ
ラストマ)素材のホルスタを装着し,意匠性および耐
衝撃性を高めている.ホルスタは単色成形による別
部品でありながら,本体との密着性を高めて一体化
し,持ちやすく使い勝手も良いデザインに仕上げて
いる.
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デジタルマルチメータ DT4220/DT4250 シリーズ
商品コンセプトである「プロの仕事をスピーディに」
を実現するため,ハードウェア,ソフトウェア,構造の
すべての面から操作性や利便性を追求した.このコ
ンセプトが評価され,2012 年に発売した DT4280 シリ
ーズを含めた DT4200 シリーズ全体で 2013 年度グッ
ドデザイン賞を受賞した.
4.7 特性
(1) 応答時間
図 5 応答時間
図 5 に DT4251 と当社従来製品であるディジタル
ハイテスタ 3257-50 の応答時間の測定結果を示す.
入力を印加してから表示値が安定するまでの時間を
示している.3257-50 と比較して直流電圧,抵抗の測
定では 1/2,交流電圧の測定では 1/5 以下の応答時
間を実現した.
(2) フィルタ特性
図 6 にフィルタの特性を示す.フィルタの通過帯域
は 100 Hz,500 Hz と OFF を切り替えることができる.
OFF の設定においても専用 IC のデジタルフィルタで
周波数帯域を 3 kHz に制限している.
図 6 フィルタの特性
(3) 温度特性
図 7,図 8 に DT4251 の DCV および ACV ファンク
ションの温度特性を示す.-10~50℃の環境温度範
囲で使用が可能である.
5. おわりに
DT4220/DT4250 シリーズは,ユーザの声から生ま
れた「プロの仕事をスピーディに」という商品コンセプ
トをもとに商品化した.高速応答と耐ノイズ性を高め,
さらに用途に合わせた機能を付加したことで,限られ
た時間の中で使用者の測定作業の効率化に役立つ
ものと確信する.この商品が少しでもプロの皆様の仕
事の一助になれば幸いである.
図 7 温度特性 (DCV ファンクション)
森下 公二*2,瓶子 利夫*2,永井 健司*2,
原 光章*2,平尾 貴志*2,中村 哲也*3
参考文献
図 8 温度特性 (ACV ファンクション)
1) 宮沢好幸:デジタルマルチメータ
DT4281/DT4282,日置技報,VOL.34 2013 No.
1,29/56 (2013)
(注) Microsoft Excel は米国 Microsoft Corporation
の米国,日本およびその他の国における登録商標
です.
*2 技術部 技術2課
*3 技術部 技術4課
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