「CCRC」推進に必要な地域産業の再活性化

パブリック・マネジメント・フォーカス
地方創生編
2016.5.23
「CCRC」推進に必要な地域産業の再活性化
小宮一真
社会・公共アドバイザリー部
都市・地域戦略チーム 担当部長
自治体による地方創生事業の設計図である 「地方版総合戦略」 では、200以上の自治体
が戦略の柱として 「生涯活躍のまち」 づくりの推進を掲げた。地域経済の活性化にアク
ティブシニアの知見・ノウハウを結びつけるためには、
「移住・定住の仕組みづくり」を
充実させるほか、地場産業を活かした「雇用の創出」なども工夫すべきだ。
るためには、さまざまな取り組みが必要ですし、多
自治体が自ら策定した
「地域版総合戦略」 が始動
様な視点が求められます。限られた財源のなかでは、
行政サービスの取捨選択も必要です。今回の「地方
―― 地方自治体が主体となって策定した「地方版総
版総合戦略」は、限られた時間と財源のなかでバラ
合戦略」が出揃い、ようやく自治体自身の手による
ンスを考慮して策定されたものだと評価できます。
地方創生事業が動き始めました。
―― すべての自治体が、
「総合戦略」の PDCA サイ
小宮 「地方版総合戦略」は 2016 年3月までに策定
クルを導入しました。
することになっていましたが、一部の自治体を除き
小宮 今回の「地方版総合戦略」は、全国の自治体
期限内に策定されました。各自治体の人口動態や産
が一斉に、しかも計画期間そろえて施策を策定する
業構造を踏まえた戦略の策定が求められていたため、
初めての試みでした。政府のまち・ひと・しごと創
道府県のほか9割以上の市区町村が総合戦略推進組
生本部のホームページでは、各自治体の取り組み事
織を新たに設置し、産業界や教育機関だけでなく、
例が紹介されていますし、地域経済分析システム
金融機関や労働団体、メディアなどから幅広く意見
「R E SAS」を活用すれば、人口規模や産業構造が似
を聴取しました。
ている自治体を抽出することができます。他の自治
―― 住民の声も反映されています。
体の事例などを参考にしながら、自分たちの施策を
小宮 総合戦略推進組織の多くで住民代表者が参画
より充実させていくことが欠かせません。
したほか、パブリックコメントやアンケートなど多
―― 今回の 「地方版総合戦略」の策定では、
「人口減
様な手法を用いて、地域住民の意見を施策に反映さ
少にいかに対応するか」が焦点のひとつでした。
せました。また、高校生や大学生など、地域の将来
小宮 2016 年2月に公表された「国勢調査」の速報
を担う若者からも意見を募集しました。
では、1950 年以降初めてわが国の人口減少が正式に
―― まさに地域で一体となって策定されています。
確認されました。地方都市が直面している人口減少
小宮 人口減少の緩和と地域経済の活性化を両立す
には、出生数の減少と進学・就職を契機とする大都
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2016.5.23
市圏への転出という2種類があります。出生数の減
地域の活性化に活かしてもらうことが可能です。ま
少に対しては、保育所の整備など「子育て環境」に
た、コミュニティの形成を通じて、新たな産業の創
関する施策が、大都市への転出に対しては地域資源
出や雇用の拡大が期待されています。
を活かした新産業の育成など「雇用環境」に関する
―― まち・ひと・しごと創生本部は、
「生涯活躍のま
施策が、それぞれ盛り込まれています。
ち」づくり構想を進めるうえで、7つの基本コンセ
プトを挙げています。
「一億総活躍社会」の実現に向け
高年齢人材の活用に注目が集まる
小宮 まずは、移住者がその地域・コミュニティで生活
をしたいという意思を持っていることが最も優先されま
―― 5月末に閣議決定される政府の「ニッポン一億
す(図1)
。そのうえで、「健康でアクティブな生活」 や
総活躍プラン」でも地方創生は重要な柱のひとつで
多世代との交流を実現することが掲げられています。
す。こうしたなか、東京などの大都市圏から高齢者
―― 自治体は「生涯活躍のまち」づくりにおいて、ど
に移住してもらう「生涯活躍のまち」に対する注目
のような点に留意すべきですか。
が高まっています。
小宮 人々の生活の場ですので、移住者の安心・安
小宮 「生涯活躍のまち」は、導入に関する議論が始
全が確保されていることが前提となります。ただ「ま
まった当 初 は「 日 本 版 CCRC(Continuing Care
ちづくり」を行うだけでなく、
「継続的なケア」の提
Retirement Community)
」と呼ばれました。メディ
供やコミュニティの運営などに関する情報提供の充
アなどでは「現代版姥捨て山だ」といった批判的な取
実も求められます(次ページ表)
。加えて、地域の特
り上げ方もされましたが、それはまったくの誤解です。
性や強みを活かすことも必要です。特に、どこに立
そもそも CCRC という仕組みは、1970 年代のア
地するのか、地域的な広がりをどうするのか、地域
メリカが発祥です。単に介護施設で老人を受け入れ、
資源などをどう活用するのか、について検討するこ
居住・介護機能を提供するというだけのものではあ
とが重要です。
りません。
「住まい・まちづくり」
「活動」
「ケア」の
―― 自治体の取り組みは進んでいますか。
3本柱からなり、コミュニティや社会参加などの機
小宮 政府によると、200 以上の自治体が「生涯活躍
能を有し、健康的に生きがいを持って生活できる場
のまち」に関連する取り組みを推進する意向を示し
のことです。
ています。まだ「まちづくり」の検討組織の設置に
アメリカにおける CCRC は、現在 2,000 カ所に及
着手したばかりというところが大半で、一部ですが
び、入居者は推定 75 万人に上るといわれている。
計画の策定段階に入っているところもあります。
なかでも、近年、大学での生涯学習などを通じて
知的好奇心を満たしたいとか、多世代交流をした
■図 1「生涯活躍のまち」構想が掲げる7つの基本コンセプト
いなどと考える高齢者のニーズに対応する「大学
連携型 CCRC」の増加が著しい。
1.東 京圏をはじめ地域の高齢者の希望に応じた地方や
「まちなか」などへの移住の支援
―― 日本版では「50 代以上」を対象にしています。
2.
「健康でアクティブな生活」の実現
小宮 当初は「65 歳以上」の高齢者を対象に議論が
3.地域社会(多世代)との協働
4.
「継続的なケア」の確保
進められていましたが、幅広い年齢層を受け入れ、
5.IT活用などによる効率的なサービス提供
コミュニティの持続的な安定性を確保するため、最
6.入居者の参画・情報公開等による透明性の高い事業運営
終的には「50 代以上」となりました。地方にとって
7.構想の実現に向けた多様な支援
は、大都市圏の企業での勤務経験など豊富な知見を
資料:まち・ひと・しごと創生本部「
『生涯活躍のまち』構想(最終報告)概要」より作成
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を集約・発信する仕組みがあります。
政令指定都市・北九州市が挑む
「エリア連携」の移住・定住支援
小宮 医療介護や住居などに関する情報だけでなく、
就労に関する情報なども集約・発信しています。こ
―― 例えば、地方中枢都市圏の1つで、製造業など
のような情報集約の仕組みを活用し、首都圏などに
の産業の集積が進んでいる北九州市は、CCRC の事
在住するアクティブシニアに対して北九州市の魅力
業化に向け、さまざまな取り組みを行っています。
を継続的かつ効率的に発信していくことが、移住希
小宮 北九州市は、九州随一の人口規模を誇り、産
望者を募るうえではポイントになると考えます。
業集積が進んでいることは確かです。しかし、近年
―― とはいえ、北九州市ほどの規模になると、単一
は人口減少が進む一方、技術職などの中核人材が
の事業体で全域をカバーすることは困難です。
不足し始めているという課題を抱え、
「北九州市版
小宮 北九州市は「タウン型 CCRC」の形成を目指
CCRC」を推進しようとしています(次ページ図2)
。
しており、一定のエリアごとに事業を実施する事業
自治体だけでなく、地元産業界にとっても、経験豊
主体を認定し、相互に情報交換をしながら協働する
かな中高年の移住は重要な施策です。
形をとるプラットフォームを別に形成することが考
―― 内閣府の調査では、移住希望者が移住を決める
えられます。北九州市の CCRC コンセプトに賛同す
際に最も重視する条件は「働き口の確保」でした。
る事業主体をはじめとする関係者が連携して、重層
小宮 北九州市が 40 代、50 代を対象に行った調査で
的かつ継続的に移住・定住を支援し、地域づくりに
も、年齢が下がるほど「仕事」を重視する割合が高
積極的に貢献することが期待されます。
いという結果が出ました。その点では、北九州市の
――「生涯活躍のまち」づくりは自治体が主導する
産業集積は非常に魅力的だといえます。しかし、
「働
形で計画策定などが推進されています。
き口の確保」が重要だからといって、これから新た
小宮 「生涯活躍のまち」構想は、地方版総合戦略に
に企業を誘致して「企業城下町」の形成を目指すのは
おいて「事業」として規定し、推進することが望ま
あまり現実的ではありません。すでに存在する企業な
しいとされています。構想の実現には、社会的活動
どの産業資源と移住希望者のマッチングが大切です。
への参加や高年齢層に適した住宅整備などに関する
―― 北九州市には、
「北九州ライフ」という地域情報
取り組みを計画に定める必要があるためです。
■表「生涯活躍のまち」構想における検討課題
共通必須項目(入居者の安心・安全を確保する)
選択科目(地域の特性や強みを活かす)
入居者
・入居希望の意思確認
・入居者の健康状態
・入居者の年齢
・入居者の住み替え形態
・入居者の所得など
・入居者の属性
立地・居住環境
・地域社会(多世代)交流・協働
・自立した生活ができる居住空間
・生活全般のコーディネート
・どこに立地するか(タウン型⇔エリア型)
・地域的広がりをどうするか(まちなか型⇔田園都市型)
・地域資源をどう活用するのか
・地域包括ケアとの連携
サービスの提供
・移住希望者への支援
・
「健康でアクティブな生活」を支援するプログラムの提供
・「継続的なケア」の提供
・住み替えサービス・就労
・社会参加支援サービスなど
運営事業
・入居者の事業への参画
・事業運営やケア関係情報の公開
・多様な事業主体の参画
・事業主体に応じた経営面の工夫や初期費用
・維持費用の抑制・コミュニティの人口構成維持
資料:日本版 CCRC 有識者会議資料より作成
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が重要なポイントですし、受け入れ地域側の関係者
特産品の6次産業化の仕組みを
活用した「地域雇用」創出
の知見・ノウハウや地域資産を移住者に継承したり、
事業の運営に活かす視点も欠かせません。また、呉
―― 北九州市と同様に製造業の集積が進んでいる広
市のケースでは、隣接する江田島市でもオリーブの
島県呉市では、特産品のオリーブ栽培の活性化に着
栽培が盛んなこともあり、
「オリーブ振興」を通じた
目した取り組みを進めています。
広域連携が進み、移住者同士の交流を含め、
「オリー
小宮 呉市も人口減少が続いており、造船や鉄鋼な
ブ」を切り口としたさまざまな広域コミュニティが
どの主要産業は海外企業との競争が激しいこともあ
形成される可能性もあります。
り、近年は柑橘類などの地域資源を活かした6次産
―― 移住者が地域社会に溶け込みながら、健康でア
業化に取り組んでいました。他方で、担い手不足や
クティブな生活を送ることができる「生涯活躍のま
耕作放棄地の増加などの課題を抱えていました。オ
ち」づくりが地域経済の活性化に果たす役割は大き
リーブは、耕作放棄地や里山、棚田での植樹・管理
いです。
が容易であるといった特性を持っています。また、
小宮 実現に向けては、まず、地域の住宅事情や生
代表的な加工品であるオリーブオイルは、動脈硬化
活ぶりを移住希望者によく理解してもらうためのセ
の予防作用や抗酸化特性があるといわれ、医薬品や
ミナーや相談会、
「お試し移住」などの実施が有効で
化粧品などの多様な商品化が可能で、すでにある6
す。さらにこれらの取り組みに加え、アクティブシ
次産業化の仕組みを活用できるという利点がありま
ニアがさまざまな形態で移住を実行に移すための施
した。
策、例えば、移住後の一定期間は公的住宅を低廉で
――「地場産業との連携」や「地域資源の活用」に適
提供することや地域おこし協力隊の制度を活用して
しているということですか。
就業をサポートするなど、住居や就労の支援メニュー
小宮 アクティブシニアの移住では「雇用」の確保
を工夫・充実させることが重要だと思います。
■図 2 「北九州市版 CCRC」を通じた地域活性化のイメージ
医療・介護事業
(保健福祉部門)
健康産業
(保健福祉部門)
首都圏などからの人の流れ
(移住、二地域居住)
北九州市民
(住み替え、利用など)
パッケージ化と連携
個別分野
メニューの充実
生涯学習
(教育部門)
地域コミュニティ
(地域政策部門)
利用者や外部
(首都圏などの在住者)の視点
CCRC の目指す方向
・アクティブな人生
課題の解決
・安心な生涯生活モデル
・多世代の雇用創出
・新たな産業の創出
(介護ロボット、健康産業、データ産業など)
住宅産業
(住宅政策部門)
資料:まち・ひと・しごと創生本部「『生涯活躍のまち』構想に関する手引き」
(第2版)より、みずほ総合研究所作成
みずほ総合研究所 総合企画部広報室 03 - 3591 - 8828 [email protected] c 2016 Mizuho Research Institute Ltd.
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