カバードボンドがない国のTLAC、方向性が明らかになる

新生ストラテジーノート 第 226 号
2016 年 5 月 20 日
調査部長 江川 由紀雄
[email protected]
(03) 6880-6035
カバードボンドがない国の TLAC、方向性が明らかになる
銀行持株会社の債務を自己資本規制の枠組みで扱う方針
金融庁は、2016 年 4 月 15 日に金融庁が「金融システムの安定に資する総損失吸収力
(TLAC)に係る枠組み整備の方針について」と題する文書を発表
1 した。今後の本邦
G-SIBs
(現状は、メガ3グループ)の TLAC の扱い方の方針を明らかにしたものである。
TLAC とは、金融安定理事会(FSB)が 2015 年 11 月 9 日に原則及び適格条件(Term
Sheet) 2をとりまとめたもので、自己資本に加え、金融機関の破綻処理時に「ベイルイン」できる負
債等のことである。何を TLAC と認定するかの要件を定め、その定量保有義務を G-SIBs に課す。
定量保有義務の最低要求水準は、リスクアセットに対して(つまり、規制上の自己資本比率と同様
の計算方法で)、2019 年に 16%、段階的に引き上げ、2011 年に 18%(ただし、 “emerging
markets” 所在の G-SIBs は 6 年間後倒し)とされている。
日本では、現状、メガバンク3グループ(何れも銀行持株会社)のみが G-SIBs として指定され
ている。金融庁が先月発表した「方針」では、これらメガバンク3グループに対する TLAC 義務付
けの制度化の方針が明らかにされたことになる。金融庁は「今後の国際的な議論の動向等によっ
て、かかる枠組み整備の方針を変更する可能性がある点には十分留意されたい」と断りつつも、
発表内容に沿って「今後更に検討を進めたうえで、所要の法令等の改正を行う予定である」として
いる。
持株会社に損失をさや寄せして処理する “SPE” 方式を採用する方針
金融庁が発表した方針では、FSB が示した TLAC を用いた破綻処理の図式として、グループの
最上位に位置する持株会社等を対象に単一の当局が破綻処理を行うとする “SPE” (singple
point of entry)方式と、各国別などの、複数の当局が、それぞれのグループ内の金融機関(中
間持株会社を含む)を対象に破綻処理する “MPE” (multiple points of entry)方式が示され
ているが、このうち、日本では “SPE” 方式を採用することとされた。また、FSB の原則では、SPE を
採用する場合、グループ内に TLAC による損失吸収力を分配するために、「内部 TLAC」を用いる
1
2
http://www.fsa.go.jp/news/27/ginkou/20160415-3.html
Financial Stability Board, Total Loss-Absorbing Capacity (TLAC) Principles and
Term Sheet, 9 November 2015
http://www.fsb.org/2015/11/total-loss-absorbing-capacity-tlac-principles-and-t
erm-sheet/
1
1
新生ストラテジーノート
新生証券株式会社 調査部
とされているが、その対象は、持株会社等とは異なる法域(jurisdiction)に所在する子会社・グ
ループ会社(中間持株会社を含む)が想定されているところ、金融庁は、「国内に所在する子会社
からも主要子会社を選定することを考えている」と述べている。つまり、G-SIBs 指定されている本
邦銀行持株会社は、国内に所在する銀行子会社から「内部 TLAC」を分配する(平たく言えば、銀
行子会社に発生した損失を持株会社にさや寄せできるようにする)ことが求められることになろう。
持株会社と銀行子会社との間で何らかの契約を締結するか、持株会社が社債発行などの手法に
より調達した資金を子会社に転貸する際に何らかの特約を付すことが要求される可能性がある。
定量保有義務について、金融庁は、「『銀行法第 52 条の25の規定に基づき、銀行持株会社が
銀行持株会社及びその子会社の保有する資産等に照らしそれらの自己資本の充実の状況が適
当であるかどうかを判断するための基準』(平成 18 年金融庁告示第 20 号)の改正により実現
することを考えている」と述べている。現行の自己資本比率規制の枠内で、TLAC の定量保有義
務を導入する方針という訳だ。また、導入時期は、FSB の原則に「2019 年」とあるのは、2019 年
1 月 1 日を意味していると思われるところ、1 月 1 日ではなく、その年の 3 月 31 日と読み替えて
運用することも明らかにしている。
また、銀行グループを破綻処理する手法として、主要な銀行子会社に預金保険法 126 条の 2、
1 項特定 2 号措置を講じ、持株会社の重要な事業を特定継承金融機関等に継承させた後に、持
株会社に対して民事再生手続等の法的倒産手続を開始するというプロセスが例示されている。こ
の手法で処理される場合は、「主要子会社」の債務に債務不履行は発生しない(させない)ものと
思われる。
既に TLAC 適格無担保シニア債の発行が開始されているが
本邦メガバンク3グループは、今年から TLAC 適格となることを意図していることを明示したうえ
で、持株会社による無担保社債の発行を開始している。
こうした G-SIBs の TLAC 適格無担保社債に金融機関が投資しようとする際に、規制との関係
で気に留めておくべき点が少なくとも2つある。
ひとつめは、バーゼル銀行監督委員会が、2015 年 11 月 9 日に、自己資本比率規制上、投資
家となる銀行にとっては、他行の Tier 2 とみなしてダブルギアリング規制の対象とする案を公
表 3し、今年 2 月に意見募集を締め切っていることである。この案のまま、自己資本比率規制に採
用されると、他の金融機関の TLAC を保有する銀行は、自らの自己資本比率を算出する際に、
Tier 2 から控除して計算するなど、あたかも他行の Tier 2 を保有しているかのように扱わねば
ならなくなる。なお、日本の自己資本比率規制は、「国際統一基準行」については、バーゼル合意
3
Basel Committee on Banking Supervision, TLAC Holdings - consultative document,
9 November 2015 http://www.bis.org/bcbs/publ/d342.htm
2
2
新生ストラテジーノート
新生証券株式会社 調査部
に細部にわたり厳格に依拠した体系を採用しているが、「国内基準行」については、、2014 年 3
月 31 日に「コア資本」という日本独自の概念を導入している。現状、国内基準行が保有する他行
の B3T2 はリスクウェイト 250%、規制資本にならない資本調達手段がリスクウェイト 100%の
扱いとなっているが、これとの整合性が考慮されることになろう。
もうひとつは、G-SIBs 相互の与信規制が厳しくなるということである。バーゼル銀行監督委員
会が 2014 年 4 月 15 日に公表した「大口エクスポージャーの計測と管理のための最終規則文
書」 4との関係である。大口与信等規制については、各国によってまちまちであるところ、バーゼル
委は大口エクスポージャー規制をバーゼル合意の第 1 の柱に組み入れた。バーゼル委員会は、
2019 年 1 月の実施を求めている。この中で、グループ合算ベースで、単一先に対する与信の上
限は Tier 1 の 25%とされている。日本における現行の規制(与信限度が Tier 1 ではなく「自
己資本」(Tier 1 よりもやや多い)の 25%とする等)に比べ、やや厳しくなる。更に、G-SIBs によ
る G-SIBs 向け与信についてだけは、より厳しく、 Tier 1 の 15%とされている。大手銀行グル
ープに対する与信が既に積みあがっている金融機関にとっては、安易に TLAC 適格の銀行持株
会社社債に投資できないかもしれない。
納税者負担回避を優先する銀行破綻処理の枠組みの一環だが
メガバンクの観点からは、TLAC の定量保有義務を満たすために、従来は銀行が発行してきた
無担保社債の発行体を銀行持株会社に切り替えて順次発行して行けばよいだけのことになる。こ
うした社債は、日本の金融システムが安定していることもあり、市場参加者から受け入れられやす
い環境にある。しかし、制度設計上、TLAC は、破綻処理時に「ベイルイン」の対象になり得るもの
であるため、金融システム不安が浮上した際には、劣後債と同様に、市場参加者から敬遠される
可能性がある。
欧州諸国にはカバードボンド法制があり、金融機関は、無担保社債に代えて、決して「ベイルイ
ン」の対象にはなり得ないカバードボンドを発行する選択肢も有しているが、カバードボンド法制が
存在しない日本では、カバードボンドの発行は困難である。金融危機的な環境で大手金融機関が
安定的に市場から資金調達できる手段を開発しておく必要はないだろうか。晴れている日に嵐に
備えた準備を進めることは容易ではないのだろうが。
(調査部長 江川 由紀雄)
4
BCBS, Final standard for measuring and controlling large exposures, 15 April 2014
http://www.bis.org/press/p140415.htm
3
3
新生ストラテジーノート
新生証券株式会社 調査部
4
名称
:新生証券株式会社(Shinsei Securities Co., Ltd.)
金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第95号
所在地
:〒103-0022 東京都中央区日本橋室町二丁目4番3号
日本橋室町野村ビル
Tel : 03-6880-6000(代表)
加入協会 :日本証券業協会 一般社団法人金融先物取引業協会
一般社団法人日本投資顧問業協会
一般社団法人第二種金融商品取引業協会
資本金
:87.5 億円
主な事業 :金融商品取引業
本書に含まれる情報は、新生証券株式会社(以下、弊社)が信頼できると考える情報源より取得されたものですが、弊社
はその正確さについて意見を表明し、または保証するものではありません。情報は不完全または省略されたものである
ことがあります。本書は、有価証券の購入、売却その他の取引を推奨し、または勧誘するものではありません。本書は、
特定の商品やサービスの勧誘・提供を行う目的で作成されたものではありません。本書で言及されている投資手法や取
引については、所定の手数料や諸経費等をご負担いただく場合があります。また、これらの投資手法や取引について
は、金融市場や経済環境の変化もしくは価格の変動等により、損失が生じるおそれがあります。本書に含まれる予想及
び意見は、本書作成時における弊社の判断に基づくものであり、予告なしに変更されることがあります。弊社またはその
関連会社は、本書で取り扱われている有価証券またはその派生証券を自己勘定で保有し、または自己勘定で取引する
ことがあります。弊社は、法律で許容される範囲において、本書の発表前に、そこに含まれる情報に基づいて取引を行う
ことがあります。弊社は本書の内容に依拠して読者が取った行動の結果に対し責任を負うものではありません。本書は
限られた読者のために提供されたものであり、弊社の書面による了解なしに複製することはできません。
信用格付に関連する注意 本書は、金融商品取引契約の締結の勧誘を目的としたものではありません。本書で言及ま
たは参照する信用格付には、金融商品取引法第 66 条の 27 の登録を受けていない者による無登録格付が含まれる場
合があります。
4
著作権表示 © 2016 Shinsei Securities Co., Ltd. All rights reserved.