低分子量 G-蛋白質 Ras の光応答性ナノデバイスを用いた光制御 Photo-regulation of Small G-protein Ras using photoreactive nano-device 12D5602 岩田聖悟 指導教授名 SYNOPSIS 丸田晋策 The lipid-anchored small G-protein Ras is an essential central regulator of cellular signal transduction processes as a molecular switch. Ras localized on the plasma membrane is assembled into cluster and then forms dimer. Many proteins are bio-molecular machines and are enabled a physiological function by the regulation of multimerization. Interestingly, the core nucleotide-binding motif of Ras is considerably conserved with the ATP driven motor proteins, myosin and kinesin. It is believed that these bio-molecular machines share common molecular mechanism utilizing nucleotide hydrolysis cycle. Previously, it has been demonstrated that the ATPase activity of kinesin modified with photochromic molecules, 4-phenylazophenyl maleimide (PAM) was regulated reversibly upon visible light (VIS) and ultra-violet (UV) light irradiation. Therefore, it is strongly expected that the function of Ras might be also regulated by the photoreactive nano-devices. In this study, first, we synthesized a novel fluorescent ribose-modified GTP analogue, 2'(3')-O-{6-(N-(7-nitrobenz2-oxa-l,3-diazol-4-yl)amino)hexanoic}-GTP (NBD-GTP) in order to monitore the photoregulation of Ras using PAM. Second, we demonstrated the ability to photocontrol the GTPase activity of Ras and its interaction with regulatory factors by using a photochromic azobenzene derivative. This strategy may also be applicable to the photocontrol of the interaction of Ras with its effectors. Third, we demonstrated the possible application of a caged compound, 2-Nitrobenzyl bromide (NBB), in photoregulating the multimerization of Ras. In this study, it is demonstrated that the function of small G-protein Ras is successfully photoregulated using photoreactive nano-devices. Keywords: Ras; GEF; NBD-GTP; photochromic molecule; caged compound; Multimerization 1. 緒言 低分子量 G タンパク質 Ras は、機能的にも構造的にも酵 母から哺乳類まで極めて高度に保存されている分子量が 21 kDa の膜タンパク質であり、機械的生体分子スイッチ として細胞の増殖,分化,アポトーシスなどを制御する Ras-MAP キナーゼ経路、PI3 キナーゼ経路、PLCγ 経路な どの広範な情報伝達系経路の分岐点に位置し、時間・空間 的に情報伝達の経路選択を担う膜タンパク質である(1-3)。 その機械的制御機構には、GTP の加水分解で生じたヌクレ オチド結合ドメインの構造変化を GTPase サイクル調節タ ンパク(GAPs: GTPase 活性タンパク, GEFs: グアニンヌク レオチド交換因子)やエフェクターと相互作用するエフェ クタードメインの構造変化に伝達するという GTPase とし ての機構(4)と膜上で形成したクラスター中で二量体化し、 ヌクレオチド結合ドメインの構造変化を二量体の構造変 化に伝達するという膜タンパクとしての機構があること がわかってきた(5-6)。Ras に点変異が生じることで機械 的制御機構が狂うと、通常不活性状態である GDP 結合型で も活性状態になり、恒常的に情報伝達が活性化されるよう になる。これまでにコステロ症候群やヌーナン症候群など の遺伝病や 30%以上の癌から点変異が見つかっており、阻 害剤などの開発が積極的に行われてきている(7,8)。 Ras のようにヒトの生体内には、多量体を形成し、機械 的制御機構を持つ生体分子機械と呼ばれるタンパク質が 多数存在する(9-11)。分子生物学的研究や結晶構造解析な どによりこれらの機械的制御機構が外部刺激に応答して 働くことが明らかになってきたことから、人工的な外部刺 激によってその機械的制御機構を人工的に制御できるこ とが示唆されている。人工的な外部刺激によって低分子量 G タンパク質 Ras の情報伝達を制御することができれば、 細胞機能の人工的制御や人工細胞への応用、癌やヌーナン 症候群などの遺伝病のメカニズムの解明などが可能にな ると考えられる。人工的な外部刺激の1つである光刺激に よって制御する方法には、フォトクロミック分子を用いる 方法、ケージド化合物を用いる方法、オプトジェネティッ クスを用いる方法がある(12)。 GTP 駆動型生体分子スイッチである G タンパク質は、ヌ クレオチド結合ドメイン(P-loop, Switch I, Switch II) を持つことから Nucleotide Binder から機能部位や活性部 位を保存したまま進化をしたことが提唱されており、一方 で ATP 駆動型生体分子モーター(キネシンやミオシンな ど)も共通の祖先である Nucleotide Binder から機能部位 や活性部位を保存したままそれぞれ独自の進化をしたと 考えられている(13)。これまでの当研究室の研究で光刺激 によって ATP 駆動型生体分子モーターであるキネシン (kif5a, Eg5)の機能をアゾベンゼン誘導体やスピロピラ ン誘導体のフォトクロミック分子を導入することで人工 的に光制御することに成功している(14-16)。従って、ATP 駆動型生体分子モーターと同じ機械的制御機構を持つこ とから、低分子量 G タンパク質 Ras の機能も同様に外部刺 激によって制御できると考えられる。また二量体形成を外 部刺激によって人工的に制御することで活性を制御する ことに成功している報告がなされている(17)ことから低 分子量 G タンパク質 Ras の多量体形成も同様に外部刺激に よって制御できると考えられる。 本研究では、まずフォトクロミック分子修飾を行った Ras の光制御を速度論的に測定するために、フォトクロミ ック分子の光異性化に影響を与えない励起波長をもつ蛍 光標識 GTP 誘導体 NBD-GTP を新規に合成とその有用性の確 認を試みた。次に、ヌクレオチド結合ドメインにシステイ ン残基を一つ持つ Ras 変異体を調製し、フォトクロミック 分子でありチオール反応性官能基を持つアゾベンゼン誘 導体 4-phenylazophenyl maleimide (PAM)を化学修飾し、 光照射によって GTPase 活性の可逆的光制御と Ras と GEF の相互作用の可逆的光制御を試みた。さらに、ケージド化 合物であるチオール反応性官能基を持つニトロベンジル 誘導体 2-Nitrobenzyl bromide (NBB)を Hypervariable region (HVR)にある Cys に化学修飾することで Ras に多量 体を形成させ、光照射によって多量体形成の光制御を試み た。 2. 新規蛍光標識 GTP 誘導体 NBD-GTP の合成と特徴付け 新規蛍光標識 GTP アナログ誘導体 NBD-GTP (図 1)の合成 に用いた NBD 基は疎水性の強く、周囲の環境の変化に影響 を受け大きく蛍光強度を変化させる分子である。Guillory 等の方法(18)に基づいて NBD-X と GTP を CDI によりアミド 縮合させ、 未反応の NBD-X と GTP を逆相カラム(ODP50-10E) を用いて HPLC(High performance liquid chromatography) で精製し、TLC(Thin-layer chromatography)で精製確認を 行った。TLC では不純物は確認できず、収率は 5%前後であ った。吸収スペクトラムには、GTP の吸収波長(260 nm)と NBD 基の吸収波長(485 nm)に吸収のピークが確認でき、蛍 光光度計で測定したところ励起波長は 480 nm で、蛍光波 長は 535 nm であった(図 2)。NBD-GTP の Ras への親和性と 生理活性が GTP とほぼ同じであり、正常体と癌性変異体 (G12S、A59T、G1S/A59T) (図 3)の GTPase 活性測定結果及 び NBD-GTP を用いたヌクレオチド交換速度の測定結果を これまでに放射性同位体や Mant-GTP を用いて報告された 癌性変異体の特徴(19-22)と比較検討することで NBD-GTP が低分子量 G タンパク質 Ras の生化学的特徴付けに有用で あることを明らかにした(表 1)。さらに GEF の一種である SOS1 との相互作用の測定結果から NBD-GTP が Ras と GTPase サイクル調節因子との相互作用の測定にも有用で あることを明らかにした(表 2)。また Mant 基よりも NBD 基がヌクレオチド結合ドメインの構造変化を感度よく捉 えることを明らかにした。 以上のことより新規蛍光標識 GTP 誘導体 NBD-GTP は低分 子量 G タンパク質 Ras の生化学的特徴付けに有用なことが 明らかになった。また、Ras だけでなく他の G タンパク質 でも生化学的特徴付けに有用であることが期待される。 図 1 NBD-GTP の構造 図 2 trans-,cis-PAM の吸収スペクトラムと Mant-GTP と NBD-GTP の励起スペクトラムと蛍光スペクトラム 3. フォトクロミック分子 PAM 修飾による Ras の光制御 まずチオール基反応性官能基であるマレイミド基を持 つフォトクロミック分子アゾベンゼン誘導体 PAM(図 4)を 修飾するためにヌクレオチド結合ドメインにシングルシ ステインを持つ変異体(G12C, Y32C, I36C, Y64C) (図 5) を正常体と癌性変異体(G12S/A59T)を基にして作製した。 図 3 Ras の癌性変異部位 表 1 The GTPase 活性 表 2 GEF 存在下,非存在下のヌクレオチド交換速度 紫外線(366 nm)と可視光照射によって光異性化させるこ とによって、Ras に化学修飾した PAM を GTPase 活性が可 逆的に光制御され、修飾部位によって異なる方向性の光制 御ができたことから選択的に GTPase サイクルを活性化す ることが可能であることが示された(図 6)。GTPase 活性は、 Youngburg 法(23)で定量した。さらに NBD-GTP を用いて PAM-Ras のヌクレオチド交換速度が光制御されることで GTPase 活性が可逆的に光制御されていることを明らかに した(図 7)。次に Ras に修飾した PAM の光異性化させるこ とによって Ras と GEF (SOS1)との相互作用を可逆的に光 制御できることを明らかにした(図 8)。 以上のことより光応答性ナノデバイスであるフォトク ロミック分子を用いることで Ras の GTPase 活性、GTPase サイクル調節タンパク(GAPs, GEFs)との相互作用を光制 御し GTPase サイクルを光制御できることが示唆された。 GTPase サイクル調節タンパクと同様にエフェクター (c-Raf, RalGDS など)との相互作用を光制御することで Ras の情報伝達を光制御が可能であることも期待される。 また Ras ではなく GTPase サイクル調節タンパク(GAPs, GEFs)やエフェクター(c-Raf, RalGDS など)にフォトクロ ミック分子を修飾することによって GTPase サイクルを光 制御できることも示唆された。 図 4 PAM の光異性化概略図 図 5 PAM を修飾した Ras のアミノ酸部位 図 8 GEF 存在下 PAM-(A) I36C, (B) Y64C のヌクレオチド交換速度光制御 図 6 (A)正常体 PAM-Ras の GTPase 活性光制御 (B)癌性変異体 PAM-Ras の GTPase 活性光制御 成に必須な NBB 修飾 Cys 部位の特定のための変異体を作製 し、多量体形成のメカニズムを推察した。NBB の化学修飾 された個数依存的に多量体形成率が上昇し、NBB が化学修 飾された NBB-Ras のみに EDC 架橋によって分子内架橋が観 察されたことから、まず NBB が化学修飾されることで疎水 性が上昇した HVR が Conserved domain に張り付き、さら に SAXS の P(r)関数の結果とイオン強度依存的に多量体形 成率が変化したことから球状になった NBB-Ras は静電相 互作用によって球状の 5 量体を形成すると考えられた(表 3, 図 11)。 以上のことより光応答性ナノデバイスであるケージド 化合物を用いることで Ras の多量体形成を光制御できる ことが明らかになった。予備的な実験でフォトクロミック 分子アゾベンゼン誘導体 PAM を Ras に化学修飾すると NBB 同様に多量体を形成したが光照射によって多量体形成を 光制御することはできなかった。また二価架橋性アゾベン ゼン誘導体試薬である 4,4'-azobenzene-dimaleimide (ABDM)を Ras に化学修飾すると二量体を形成したが光照 射によって多量体形成を光制御することはできなかった。 この予備的実験からも光応答性ナノデバイスを用いるこ とで Ras の二量体化を光制御し、Ras の情報伝達の光制御 が可能になることが期待される。 図 7 PAM-Ras のヌクレオチド交換速度光制御 4. ケージド化合物 NBB 修飾による Ras の光制御 まずチオール反応性官能基を持つケージド化合物であ るニトロベンジル誘導体である NBB(図 9)を Ras の HVR に 修飾することで、多量体形成が起きることを高速サイズ排 除クロマトグラフィー(SEC-HPLC)で確認した。さらにこの 多量体 NBB-Ras に対して紫外線照射(366 nm)または紫光照 射(400 nm)することによって NBB を解離させ、多量体 NBB-Ras が単量体 Ras に分離することを確認した(図 10)。 次に多量体形成のメカニズムを解明するために多量体形 図 9 ケージド化合物 NBB の光分解スキーム 4. 5. 6. 7. 8. 図 10 多量体形成の光制御(SEC-HPLC) 表 3 SAXS の解析値 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 図 11 NBB-Ras 多量体形成と光制御モデル 16. 4. 結語 本研究で開発した新規蛍光標識 GTP 誘導体 NBD-GTP を用 いることで、光応答性スイッチであるフォトクロミック分 子を導入した Ras の光制御を測定することが可能となり、 GTPase サイクルを可逆的に光制御することが可能である ことを明らかにした。また光応答性化合物であるケージド 化合物を導入することで、Ras の多量体形成を光制御する ことが可能であることを明らかにした。これらの結果は、 調節タンパク質との相互作用や情報伝達の標的タンパク 質との相互作用を光制御し、Ras の関与する情報伝達を光 制御できる可能性を示唆している。また、機能的にも構造 的にも極めて高度に保存されている他の Ras スーパーフ ァミリーである Rho, Rab, Ran, Sar/Arf に応用すること で Ras の関与する情報伝達だけでなく低分子量 G タンパク 質の関与する情報伝達も同様に光制御できる可能性を示 唆している。 17. 18. 19. 20. 21. 5. 参考文献 1. Javier de Castro Carpeño, Cristóbal Belda-Iniesta. (2013) KRAS mutant NSCLC, a new opportunity for the synthetic lethality therapeutic approach. Translational Lung Cancer Research. 2, 142-151 2. Kevin D. Corbett and Tom Alber. (2001) The many faces of Ras: recognition of small GTP-binding proteins. TRENDS in Biochemical Sciences. Sci. 26, 710–716 3. Sharon L. Campbel, Roya Khosravi-Far, and et al. (1998) 22. 23. Increasing complexity of Ras signaling. Oncogene. 17, 1395-1413. Ingrid R. Vetter and Alfred Wittinghofer. (2001) The guanine nucleotide-binding switch in three dimensions. Science. 294, 1299–1304 Lin, W.-C., Iversen, L., and et al. (2014) H-Ras forms dimers on membrane surfaces via a protein-protein interface. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 111, 2996–3001. Muratcioglu, S., Chavan, and et al. (2015) GTP-Dependent K-Ras Dimerization. Structure. 23, 1–11 Fernández-Medarde A and Santos E. (2011) Ras in Cancer and Developmental Diseases. Genes & Cancer. 2, 344–358 Ian A. Prior, Paul D. Lewis and Carla Mattos. (2012) A Comprehensive Survey of Ras Mutations in Cancer. Cancer Res. 72, 2457-2467 Chène, P. (2001) The role of tetramerization in p53 function. Oncogene. 20, 2611–2617. Klumpp, M., Baumeister, W., and Essen, L.-O. (1997) Structure of the Substrate Binding Domain of the Thermosome, an Archaeal Group II Chaperonin. Cell. 91, 263–270. Marchetti, A., Parker, M. S.,, and et al. (2009) Ferritin is used for iron storage in bloom-forming marine pennate diatoms. Nature. 457, 467–470. Brieke, C., Rohrbach, F., and et al. (2012) Light-controlled tools. Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 51, 8446–76. Kull FJ, Vale RD, and Fletterick RJ. (1998)The case for a common ancestor: kinesin and myosin motor proteins and G proteins. Journal of Muscle Research and Cell Motility. 19, 877-886 Masafumi D. Yamada, Yuki Nakajima, Shinsaku Maruta, et al. (2007) Photocontrol of kinesin ATPase activity using an azobenzene derivative. J. Biochem. 142, 691–698. Umeki, N. et al. (2004) Incorporation of an azobenzene derivative into the energy transducing site of skeletal muscle myosin results in photo-induced conformational changes. J. Biochem. 136, 839–46. Ishikawa, K., Tamura, Y. & Maruta, S. (2014) Photocontrol of mitotic kinesin Eg5 facilitated by thiol-reactive photochromic molecules incorporated into the loop L5 functional loop. J. Biochem. 155, 195–206. Nakayama, K., Endo, M., and Majima, T. (2005) A hydrophilic azobenzene-bearing amino acid for photochemical control of a restriction enzyme BamHI. Bioconjug. Chem. 16, 1360–1366. Guillory, R.J. and Jeng, S.J. (1977) Arylazido nucleotide analogs in a photoaffinity approach to receptor site labeling. Methods Enzymol. 46, 259-288 L A Feig and G M Cooper. (1988) Relationship among guanine nucleotide exchange, GTP hydrolysis, and transforming potential of mutated ras proteins. Mol Cell Biol. 8, 2472–2478 J C Lacal and S A Aaronson. (1986) Activation of ras p21 Transforming Properties Associated with an Increase in the Release Rate of Bound Guanine Nucleotide. Mol Cell Biol. 6, 4214-4220 Valencia A, Serrano L, Caballero R, Anderson PS,and Lacal JC. (1988) Conformational alterations detected by circular dichroism induced in the normal ras p21 protein by activating point mutations at position 12,59, or 61. J. Biochem. 174, 621-627 Juan Carlos Lacal, Shiv K. Srivastava, and et al. (1966) Ras p21 proteins with high or low GTPase activity can efficiently transform NIH/3T3 cells. Cell. 44, 609-617 Youngburg, G.E. and Youngburg, M.V. (1930) A system of blood phosphorus analysis. J. Lab. Clin. Med. 16,158-166
© Copyright 2024 ExpyDoc