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論文
自動運転車両を考慮したヘッドアップディスプレイ(HUD)に対する
近周辺視野を含むドライバ認知特性
Drivers’Recognitions of Head-up Displays (HUD) with Near-Peripheral Vision
Considering Autonomous Vehicles
三浦 弘雅 1)
青栁 宗一郎 1)
佐藤 晴彦 1)
山木 善規 2)
Hiromasa Miura
Soichiro Aoyagi
Haruhiko Satou
Yoshinori Yamaki
綿貫 啓一 3)
松宮 信之 3)
侯 磊 3)
楓 和憲 3)
Keiichi Watanuki
Nobuyuki Matsumiya
Lei Hou
Kazunori Kaede
Abstract
HUD can be effective for a driver to recognize both of traffic environment and system information
quickly, which may be particularly beneficial in a situation when supervising an autonomous vehicle.
We have verified this effect of HUD in a quantitative way with a series of experiments measuring the
driver's reaction time to look into the differences in driver's recognitions by level of vehicle automation.
Also an on-the-scene HUD method with moving image has been explored that enables the ease of
simultaneously recognition both of traffic environment and vehicle information. It was confirmed that by
adequately controlling the frequency it is possible to achieve it while maintaining the visual attraction
at low level.
Key Words : Human Machine Interface, Visibility, Head-up Displays (HUD), Supervising Autonomous
Vehicle (C2)
1. ま え が き
環境下で全ての車両制御が自動化され,ドライバは交通環
本報告では,自動運転車両において車両からドライバ
境を常時監視する必要がない.
に対して情報を呈示する有力手段として Head-up displays
Level 4(Full Self-Driving Automation)
:全ての車両制御
(HUD)を取り上げ,ドライバによる自動運転システムの
が自動化され,ドライバは走行中に運転する必要がない.
監視を行いやすくするための情報配置に関する基礎的な要
この中で Level 2 においてはドライバが監視を行うため
件及び近周辺視を活用した情報呈示方法を考察する.
に,車両は自動運転のシステム作動状態を情報としてドラ
自動運転車両の自動化レベルの定義は世界各国,種々の
イバに呈示する.ドライバは前方交通環境を視認すると共
団体から提案されている.米国運輸省高速道路交通安全局
に呈示された情報を視認して,状況を理解しなくてはなら
の中
ない.ここで,その呈示情報に求められる要件として確実
では,5 段階の自動化レベルに対してドライバの役割を定
に情報が伝わること,かつ前方交通環境の視認を極力妨げ
義している.そのドライバの役割の部分を下記に示す.
ないことが挙げられる.そのための方策として情報の配置
Level 0(No-Automation)
:ドライバが全ての車両制御(操
を,前方交通環境を見ている場所に近づけることが有効で
舵,制動,加速)を常時行う.
あり,これを実現する手段して Head-up displays(HUD)
Level 1(Function-specific Automation)
:ドライバが車両
が考えられる.
全体を制御するが,車両制御の何れか一つが自動化される.
HUD はこれまで欧州市場の高級車において車両速度
Level 2(Combined Function Automation)
:ドライバが交
を表示するなど限られた使い方であった.しかし,近
通環境の監視と安全運行の責任を負うが,車両制御の複数
年 Euro NCAP において前方車両衝突警報装置の情報呈
が自動化される.ドライバは車両制御行動から解放される.
示手段として HUD が推奨されるなど ADAS(Advanced
Level 3(Limited Self-Driving Automation)
:特定の交通
Driving Assistant System)用として,さらに自動運転の情
公益社団法人 自動車技術会の許可を得て,「自動車技術会論文集」
Vol.47, No.2より転載
1)
(NHTSA)が 2013 年 5 月に発表した政策方針文書
60
(1)
2)
3)
グローバルテクノロジー本部 将来戦略技術開発グループ
グローバルテクノロジー本部 技術企画グループ
埼玉大学
自動運転車両を考慮したヘッドアップディスプレイ(HUD)に対する近周辺視野を含むドライバ認知特性
報呈示手段として搭載する車種の拡大,画面サイズの大型
化などが進むと考えられる.
(図 1)
2.実験 1:自動化レベルと認知しやすい情報配置
の関係
ここで,Level 2 の自動走行時は,ドライバは監視を行っ
ここでは,自動化レベルが異なる場合に,ドライバが認
ているが運転はしていない状態である.そのためドライバ
知しやすい配置領域が異なるかを実験的に導出する.ド
の認知負担は手動運転時よりも下がっている状態であると
ライビングシミュレータ(DS)を用いて,自動化レベル
考えられる.ドライバは余裕があるため,より広い範囲の
Level 1, Level 2 を想定した運転課題負荷を与える.その場
情報を素早く取得することができる.情報呈示できる範囲
合に呈示刺激(マーカ)が出現する配置を変化させて,そ
が拡大すれば,より多くの情報をドライバに伝えることや,
れに気付くまでの反応時間を測定した.
HUD の配置自由度を上げることができる.これまで HUD
の認知特性に関する多くの研究があるが,自動化レベル別
2.1. 実験装置
に着目した情報認知特性の変化は明らかになっていない.
本実験は三菱プレシジョン株式会社製の定置型 DS を用い
本報告では,初めに Level 1,Level 2 の自動化レベルが
た.車外前方の交通環境用スクリーンは 110 インチスクリー
異なる条件にて,HUD を模擬した表示の配置ごとに反応
ン 3 面(ドライバアイポイントからの視角:水平± 60 deg.,
時間を計測し,自動化レベルが HUD の認知特性に及ぼす
垂直± 15 deg.)
,ステアリング上に設置した実験参加者が応
影響を考察する.同時に,情報呈示手段として HUD を用
答を入力するコントローラにより構成される.実験装置俯
いることの効果は気づきやすさ,理解しやすさに分けられ
瞰図を図 2 に示す.DS 交通環境は,直線路と左右曲線路を
ると考え,基礎的な要件として情報の気づきに対する有効
組み合わせた片側 2 車線の高速道路を模擬した.
性を示す.
自動化レベルの違いが呈示刺激配置別の反応時間に与え
一方で,HUD 表示の懸案点として,中心視野に近い位
る影響を調べることが目的であるため,交通環境と HUD 表
置に情報を出した時にドライバの注意は情報の方へ引っ
示の視距離差は評価に影響しないと考え,HUD を模擬する
張られ,前方交通環境への注意が低減する可能性がある
刺激は前方交通環境用スクリーン上に重畳表示した.
ことが挙げられる.そのため,前方交通環境と呈示情報
の両方へ同時に注意が払われる情報呈示手法が望まれる.
2.2. 実験条件
安藤らは,呈示情報を前方交通環境に重畳させる ARIS
実験参加者には運転課題を行いながら,呈示刺激がスク
(Augmented Reality Interface System)と呼ぶ呈示手法を
リーン上に出現したらコントローラのボタンを押す様に教
(2)
提案している .また,舟川は中心視による前方への注意
示した.実験条件を表 1 に,呈示刺激の例を図 3 に示す.
を阻害することなく,周辺視により情報を伝達する手法
運転課題は自動化レベル 2 条件,車速 2 条件の 4 水準に
(3)
を提案している .これは Ambient 型の呈示手法と言え,
停止時を加えた計 5 水準,呈示刺激は刺激サイズ 2 条件,
‘will-o’-the-wisp pattern’と呼ばれる低空間周波数,中時
輝度コントラスト 3 条件の計 6 水準とした.コントラスト
間周波数の視覚パタンを用いている.本報告では,前方交
は以下の式で算出した.最大輝度/最低輝度 =(二重丸図
通環境と呈示情報の両方へ注意が行きやすい情報呈示手法
形中心部輝度/二重丸図形周辺部輝度)
.
として,重畳呈示と中時間周波数の視覚パタンを組み合わ
せた情報呈示方式を試み,その有効性を述べる.
2.2.1. 運転課題
実験参加者が実施した運転行動を以下に示す.なお,外
乱を排除するため単独走行とした.
Level 1:車間距離制御システム(ACC)を搭載した車
両を想定し,前方交通環境の認識と操舵を行う.
Level 2:ACC と車線維持支援システム(LKAS)を搭載
した車両を想定し前方交通環境の認識のみを行う.
2.2.2. 情報呈示刺激
情報呈示刺激は,交通環境による輝度コントラスト変化が
反応時間に与える影響を排除するため,中心が高輝度,周辺
が低輝度の二重丸図形に設定した.二重丸図形を知覚後,ボ
タンを速やかに押下させた.呈示刺激 6 水準は特定の刺激に
対する集中を防ぐため,ランダムな順序で呈示した.
Fig. 1 Head-up Display
刺激の統制条件を以下に示す.周辺刺激サイズ:中心刺
61
CALSONIC KANSEI TECHNICAL REVIEW vol.12 2016
激の 1.5 倍,呈示時間:1000 msec,呈示時間間隔:5 ~ 9 sec
2.4. 実験手順
のランダム,呈示刺激配置:水平方向± 50 deg.,垂直方向
実験手順は以下の通りであった.
+ 5 deg.,- 7.5 deg. の範囲内でランダム.なお,スクリー
(1)実験内容について以下の教示を行った.
ン水平方向に右向きを X 軸の正の向き,スクリーン垂直
・ Level 1 運転課題:ACC を模擬し,車両の加減速制
方向に上向きを Y 軸の正の向き,正面スクリーン上の実
御は自動で行われる.操舵制御は,実験参加者が交
通環境の監視に基づき普段の運転通りに実施する.
験参加者アイポイント正面を 0 deg. と定義する.
・ Level 2 運転課題:ACC と LKAS が連携する車両を
模擬し,加減速,操舵制御は自動で行われる.実験
2.3. 実験参加者
実験参加者は自動車免許を有する 20,30 代男性 4 名(平
参加者は交通環境監視を普段の運転通りに実施する.
均年齢 27.8 歳,標準偏差 6.7 歳)であった.実験前に実験
・ 呈示刺激検出課題:呈示刺激を知覚した後,ステア
参加者に対して実験内容の説明を行い,文書によるイン
リング上のボタンを速やかに押下する.
フォームドコンセントを得た.なお,本実験はカルソニッ
(2)運転課題,および呈示刺激検出課題に十分に習熟させた.
クカンセイ株式会社,並びに埼玉大学の倫理審査委員会に
(3)基準となる反応時間を取得するため,以下に示す条件
て事前に審議し,承認を得ている.
に統制した円形刺激を固定の配置に呈示し,反応時間
を計測した.刺激色:白色,輝度:81.8 cd/m2,サイズ:
1 deg.,呈示刺激配置:ドライバアイポイント正面.背
X - axis
景色:黒色,輝度:1.2 cd/m2,回数:10 回.
(4)課題への習熟を確認後,順序効果が無いように,運転
Screen
課題 5 水準をランダムに実施した.まず運転課題開始
し,運転行動の安定を確認した後に呈示刺激検出課題
3070mm
を開始した.取得した課題試行数は運転課題 1 水準あ
Controller
たり 50 回とした.
Steering Wheel
Participant
2.5. 実験結果と考察
個人差を除外するため,刺激検出課題の反応時間と手順
±60deg.
(3) で取得した基準反応時間の差分を求め,
ΔT と定義する.
Fig. 2 Experimental Setup
図 4 に刺激検出課題 6 水準を代表し,刺激サイズ:
0.5 deg.,輝度コントラスト:中,車速:40 km/h の呈示
Table 1 Experimental Conditions
Level 1,Level 2
Vehicle speed
0 km/h, 40 km/h, 160 km/h
Size of inside circle
0.5 deg., 1.0 deg.
Contrast between inside
and outside circle /
Luminance of circle
High: 66.0 / 81.8 cd/m2,
Middle: 8.7 / 44.5 cd/m2,
Low: 2.3 / 44.5 cd/m2
10
(a) 0 km/h
5
0
-5
1.0
-10
10
0.8
(b) Level 2, 40 km/h
5
0.6
0
0.4
-5
-10
10
0.2
(c) Level 1, 40 km/h
0
5
0
-5
-10
-60
Fig. 3 Sample of Stimulus for Visual Detection Task
62
-40
-20
0
20
40
Visual angle of x-axis (deg.)
60
Fig. 4 Reaction Time Distribution
Reaction increase time (∆T) (sec)
Visual
detection
task
Level of vehicle
automation
Visual angle of y-axis (deg.)
Driving
task
自動運転車両を考慮したヘッドアップディスプレイ(HUD)に対する近周辺視野を含むドライバ認知特性
刺激配置とΔT の関係を示す.等しいΔT となる等高線
3.1. HUD 重畳表示の情報呈示方式提案
を求めるため,1 水準約 90 点のデータから,2 度メッシュ
本呈示方式は舟川が提案する Ambient 表示の時間周波
の分解能でΔT 近似値を算出した.算出には統計解析ソ
数に着目し,異なる 2 種類の変化を中時間周波数帯に加え
フトウェア「R」
,ライブラリ「GSTAT」 を利用し,空
た呈示方式とした.この周波数帯で振動する表示は,周辺
間補間法にクリギング法を用いた.
視において感度が高く,中心視による視認なしで情報が認
全ての運転負荷条件で,ドライバアイポイント正面付近
知できると考えた.これにより中心視にて交通環境の監視
が最短時間で反応でき,周辺に行くほど遅くなった.車両
を行い,同時に近周辺視で呈示情報を認知でき,かつ,支
速度に着目すると,速度の上昇により短時間で反応できる
援情報に対する視線移動を誘導しないと仮説を立てた.交
範囲が減少する傾向が自動化レベルに関わらず確認できた.
通環境監視時の視線行動を解析し,仮説を検証した.
運転課題の自動化レベルに着目し,考察を行う.
呈示する一時停止線情報の周期的な変化は,一時停止線
(1) 停止時(車速 0 km/h)と自動化 Level 2 の比較
視野中心の反応時間が等しいが,視野周辺の反応時間が
遅くなった.これは,Level 2 では交通環境監視を行う必
の形状に対応した下記に示す2種類とした.表示の時間変
化の例を図 5 に示す.
(1)水平伸張:対象物の水平方向の外側から内側に向かっ
て,設定した振動周波数で周期的に伸張する.
要があるため,監視に必要な視野範囲に深く注意をした結
果,この視野範囲であれば停止時と同等の反応時間になっ
(2)垂直振動:対象物に対して垂直方向に,設定した振
動周波数で周期的に振動する.
たと考えられる.一方,視野周辺は,注意配分が相対的に
少なくなったため,反応時間が遅くなったと考えられる.
(2) 自動化 Level 1 と Level 2 の比較
3.2. 実験装置
Level 2 では,最短反応時間が早く,また同じ反応時間
実験装置を図 6 に示す.本実験は車外前方の交通環境を
であれば呈示範囲が広くなった.これらは,Level 2 では
呈示する 70 インチスクリーン 1 面で構成した定置型 DS
操舵行動を行う必要がなく,刺激検出課題に注意資源がよ
を用いた.DS 交通環境は片側 1 車線対面通行の市街地を
り多く割り振られた結果,反応時間の短縮につながったと
模擬し,実験 1 と同様に単独走行に設定した.市街地には
考えられる.左右の非対称性は,+ 30 deg. 付近に A ピラー
一定間隔で交差点を配置し,一時停止交差点はランダムな
が位置し(図 3 参照)
,進行方向正面に強く注意をした結
間隔とした.
果と考えられる.
HUD 表示を模擬した刺激は,液晶モニタの表示が実験
従って,Level 2 の自動運転時における HUD の有効性は,
参加者前方に置かれたコンバイナを介し,DS スクリーン
情報の気づきに対して効果的な範囲の拡大と示唆される.
上の視距離 1400 mm の距離に重畳表示された.実験参加
者の刺激に対する応答は,ステアリング上に配置したコン
3.実験 2:交 通環境と呈示情報の両方へ注意が
行きやすい情報呈示方式の提案と検証
れば,短時間で認知できる.しかし,運転環境では呈示情
報と車外交通環境の視認の両立が必要であるため,呈示情
(a)
Timeline
呈示情報のサイズが大きく,輝度,コントラストが高け
(b)
(Traffic environment)
t1
SL
SL/SS
報のみに着目すると,前方交通環境との重なりで起こるコ
ントラスト低下による視認性低下の恐れや,ドライバの注
意が表示情報に集中し前方交通環境の監視が注意散漫にな
t2
SS
SL
SS
る恐れがある.
本報告では自動車の自動化 Level 2 を想定し,前方交通
環境と呈示情報を同時に認知できる情報呈示方式を提案す
SL
t3
る.同時に認知できる場合は,呈示する情報はドライバに
SL
SS
SL/SS
伝わるが,呈示情報を注視する時間が短い,つまり前方か
らの視線逸脱が少ない状態であると考えられる.
なお,呈示する情報は,一時停止線がある場合にその停
止線に重畳して線を表示する一時停止情報とした.実験参
加者の視線行動と呈示刺激に対する反応時間から,提案す
る呈示方式の効果を検証した.
t4
SL/SS
SL
SS
Loop (t1 ~ t4)
Loop (t1 ~ t4)
SL : Stop - line , SS : Superimposed stimulus
Fig. 5 Stimulus Examples:
(a) Horizontal Extension, (b) Vertical Oscillation
63
CALSONIC KANSEI TECHNICAL REVIEW vol.12 2016
トローラで入力した.また,DS に非接触式視線計測装置
を設置し,実験参加者の視線行動を計測した.
3.3.2. 一時停止情報に対する反応課題
一時停止情報の実験条件を表 2 にまとめる.
一時停止情報の呈示方式は提案した水平伸張,垂直振動
の 2 水準,その振動周波数は舟川が求めた時間周波数の
3.3. 実験条件
実験参加者は,運転課題として設定した交通環境監視課
最適値(2.28 Hz)(2) を参考に 4 水準,輝度コントラストは
題と,一時停止情報に対する反応課題を実施した.
NHTSA が発行した HUD に関する報告書 (6) を参考に事前
実験を行い 3 水準に設定し,計 18 水準とした.振動周波
数 0 Hz は従来の表示方式を模擬した振動しない刺激であ
3.3.1. 運転課題 – 交通環境監視課題 –
自動化 Level 2 を想定し,ACC と LKAS が連携する車両
る.コントラストは以下の式で求めた.最大輝度/最低輝
を模擬し 40 km/h で自動走行させた.減速によるオプティ
度 =(交通環境の路面輝度 + 一時停止情報輝度)/交通環
カル フローの変化が,3.3.2. で説明する一時停止情報に対
境の路面輝度.一時停止情報のサイズは,水平方向が交通
する反応課題のトリガとならない様に,一時停止交差点に
環境上の一時停止線に合わせて伸張(3.0 deg. ~ 13.4 deg.)
おいても定速走行させた.
し,垂直方向が 0.08 deg. で一定とした.一時停止情報の背
運 転 課 題 と し て, 実 際 の 前 方 交 通 環 境 の 認 知 行 動
景になるアスファルト部の輝度は 17.4 cd/m2 だった.
を 模 擬 し た 交 通 環 境 監 視 課 題 を 設 定 し た. 実 験 参 加
一時停止情報の呈示タイミングは前方車両追突警報シス
者 に は ラ ン ダ ム に 出 現 す る 刺 激( マ ー カ ) を 常 に 視
テムの判断指標に使用される TTC(Time-To-Collision)を
認 す る 様 に 指 示 し た. 刺 激 は 交 通 環 境 用 ス ク リ ー ン
使用した.DS の一時停止線から車両までの TTC が 2.7 sec
に, 同 一 の プ ロ ジ ェ ク タ で 投 影 し た. 刺 激 の 条 件 を
のタイミングで一時停止情報の呈示を開始した.一時停止
以下に示す.車両が前後にいない状態で安定走行して
情報を設定した実験条件で交通環境の一時停止線に重畳
い る 場 合 の 注 視 時 間 頻 度 (4) と そ こ か ら 求 め た 注 視 時
し,実験参加者から一時停止線が見えなくなるタイミング
間別の累積時間頻度を参考に刺激呈示時間 1000 msec
にて消去した.
で連続して呈示するように設定した.刺激呈示配置はドラ
イバの注視時間分布 (5) を参考に,水平方向 ± 6 deg.,7 水
3.4. 実験参加者
準,垂直方向 ± 3 deg.,3 水準の計 21 点に設定し,ラン
実験参加者は自動車免許を有する 20 代男性 10 名(平
ダムに呈示した.刺激は以下の条件に統制した.刺激形状:
均年齢 22.8 歳,標準偏差 0.9 歳)であった.実験前に実験
実験 1 と同様に中心が高輝度,周辺が低輝度の二重丸図形,
参加者に対して実験内容の説明を行い,文書によるイン
2
中心刺激サイズ:0.5 deg.,輝度:29.3 cd/m ,コントラスト:
フォームドコンセントを得た.なお,本実験はカルソニッ
100.
クカンセイ株式会社並びに埼玉大学の倫理審査委員会にて
(a) Plane View
Screen
HUD image
1800mm
1400mm
Combiner
Controller
事前に審議し,承認を得ている.
3.5. 実験手順
実験手順は以下の通りであった.
(1)実験内容について以下の教示を行った.
・ 交通環境監視課題:呈示刺激を発見した後,速やか
Steering
Wheel
Participant
±22deg.
に視線移動し中心視で注視し続ける.
・ 一時停止情報に対する反応課題:一時停止情報を知
覚した後,ステアリング上のボタンを速やかに押下
する.
(2)交通環境監視課題および一時停止情報に対する反応課
(b) Side View
1800mm HUD image
1400mm
題に十分に習熟させた.課題への習熟を確認後,順序
効果が無いように,一時停止情報に対する反応課題
Table 2 Experimental Conditions
Participant
Controller
Screen
Combiner
LCD
Fig. 6 Experimental Setup
64
Method of visual pattern
Horizontal extension,
Vertical oscillation
Oscillation frequency
0 Hz, 1 Hz, 2 Hz, 3 Hz
Contrast /
Luminance of stimulus
High: 2 / 34.8 cd/m2,
Middle: 1.5 / 26.1 cd/m2,
Low: 1.3 / 22.6 cd/m2
自動運転車両を考慮したヘッドアップディスプレイ(HUD)に対する近周辺視野を含むドライバ認知特性
18 水準をランダムに実施した.まず交通環境監視課題
0 から拡大していく時間変化によると考えられる.従って,
の安定を確認した後に一時停止情報に対する反応課題
短時間反応を必要とする情報は,呈示方式に垂直振動を用
を開始した.
いることが望ましいと言える.
3.6. 実験結果と考察
3.6.2. 振動周波数と視線行動の関係
実験参加者 10 名のうち,コントラスト低条件の未反応
一時停止情報により視線を引っ張られている割合を算出
割合が 50 % 以上の実験参加者が 2 名いた.これらの実験
するため,以下の手順で視線解析を行った.
参加者は呈示刺激条件が適切でなかったと考え,解析から
(1)非接触式視線計測装置で計測した視線行動を,一時停
除外した.コントラスト中,高条件において他の実験参加
止情報を見ている状態(状態 A)
,交通環境監視課題等
者と同様に反応できていたため,この要因は視力の影響に
を見ている状態(状態 B)の 2 つに分類する.その際,
より設定した輝度値が反応に必要な閾値を下回ったためと
呈示刺激の配置と交通環境監視課題の配置が近い条件
考えられる.
では分類ができないため解析から除外した.
(2)上記から一時停止情報を見ている状態(状態 A)の時
3.6.1. 一時停止情報の振動周波数と反応時間の関係
間割合(視線誘導割合)を求めた.
振動周波数と反応時間の関係を図 7 に示す.振動周波数
図 8 に振動周波数と一時停止情報を見ている視線誘導割
と反応時間の間に有意差はないが,水平伸張の振動周波数
合を示す.設定した振動周波数 4 水準のうち,高コントラ
1 Hz の条件において,反応時間が遅れる傾向がある.また,
ストにおいて 1 Hz,2 Hz の視線誘導割合が他の水準より
コントラストが高くなると反応時間が低下する傾向があり,
低いこと,中程度のコントラストにおいて,3 Hz の視線
一元配置分散分析を行った結果,各コントラスト間に有意
誘導割合が上昇することが確認できた.
差が確認できた(Tukey-Kamer, p<0.01)
.
実験参加者ごとに視線誘導割合および回数を確認する
振動周波数と反応時間の関係から,提案した呈示方式の
と,振動周波数に関わらず 50 % 以上視線を誘導された実
視認性は振動周波数の影響を受けず,従来の表示と同等の
験参加者が 8 名中 3 名存在した.これらの実験参加者の一
視認性を持つと考えられる.また,水平伸張で反応時間が
時停止情報が呈示されていない時の視線行動を解析したと
遅れた要因は,実験参加者が実際に視認する刺激サイズが
ころ,一時停止情報が呈示される範囲に視線移動する例が
複数確認できた.一時停止情報に過剰に注意したため,
「交
通環境監視課題の刺激を中心視で注視し続ける.
」とした
(a) Horizontal extension
2
教示通りに交通環境監視課題が実施できていないと考えら
れる.これらの実験参加者を除外し,振動周波数 4 水準の
群間の有意差検定を,
Kruskal-Wallis の H 検定を用いて行っ
1.5
た.情報呈示方式が垂直振動,高コントラスト条件におい
て,有意傾向が確認できた(H=6.28, DF=3, p<0.1)
.
1
40
Horizontal, Middle
Vertical, Middle
Horizontal, High
Vertical, High
0
Ratio of Visual Attention (%)
Reaction time (sec)
0.5
(b) Vertical oscillation
2
1.5
1
0.5
0
Contrast:
Low
0
20
10
High
Middle
1
30
2
Oscillation Frequency (Hz)
Fig. 7 Reaction Time of Visual Pattern
3
0
0
1
2
Oscillation frequency (Hz)
3
Fig. 8 Ratio of Visual Attention
65
CALSONIC KANSEI TECHNICAL REVIEW vol.12 2016
振動周波数 3 Hz で視線誘導割合が上昇する要因として,
参 考 文 献
中心視の時間周波数特性 (7) がある.これはバンドパス型
(1)National Highway Traffic Safety Administration:
の周波数特性であり,3 Hz 付近から感度が上昇するため,
Preliminary statement of policy concerning
視線が表示に誘導されたと考えられる.舟川が提案した
automated vehicles, Washington, DC, p.1-14 (2013)
Ambient 型表示は視野周辺部を利用しており,視野中心に
(2)安藤理恵,岡林繁:AR(Augmented Reality)技術
近い HUD に適応する場合,振動周波数 1 ~ 2 Hz が望ま
を応用した自動車用表示装置の認知応答特性からみ
しいと言える.
た優位性,自動車技術会学術講演会前刷集,No.81-
以上 2 点から,提案した振動による情報呈示手法は,呈
示方式に垂直振動,
振動周波数 1 ~ 2 Hz に設定することで,
12, p.7-12 (2012)
(3)舟川政美:視野の時空間周波数特性に基づくアンビ
視線誘導割合を低く抑えることと,反応時間を低く抑える
エント型情報表示法,自動車技術会論文集,Vol. 40,
ことを両立できる可能性が示唆される.
No. 5, p.1191-1196 (2009)
(4)三浦利章:視覚的行動・研究ノート : 注視時間と有
4. ま と め
自動化レベル別の HUD 表示情報の視認性について調べ,
効視野を中心として,大阪大学人間科学部紀要,Vol.
8, p.171-206 (1982)
次に前方交通環境と呈示情報に同時に注意が払われる表示
(5)S. Okabayashi, M. Sakata, M. Furukawa, T. Hatada:
手法を提案,有効性を検証し,以下 3 点を明らかにした.
A Heads-up Display Performance in Automotive
(1)自動化レベルの違いにより,表示に反応できる範囲
Use, Proceedings of the Society of Information
と反応時間が変化し,Level 2 の自動運転時における
HUD の有効性は,情報の気づきに対して効果的な範囲
の拡大で示された.
(2)提案した周期的に振動する呈示方式は,振動しない従
来の表示と同等の視認性を持つ.
(3)振動周波数を 1 ~ 2 Hz に設定することで,視線誘導割
合を低く抑えることができる.
Displays, Vol. 31, No. 3, p.255-261 (1990)
(6)K. W. Gish, L. Staplin: Human Factors Aspects of
Using Head Up Displays in Automobiles: A review
of the Literature, Interim Report, DOT HS 808 320,
National Highway Traffic Safety Administration,
Washington, DC, p.8-10 (1995)
(7)塩入諭,日本視覚学会編:コントラスト感度特性,
ただし,HUD を用いることの効果を説明するには気づ
視覚情報処理ハンドブック,東京,朝倉書店,2000,
きやすさに加えて理解しやすさに対する検証が必要であ
p.220-224
り,今後の課題と考えられる.
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