TR011YS-0069 199909 200901 イオンクロマトグラフ Q & A その 2 溶出の遅い成分の測定について 【はじめに】 チオシアン酸イオンやクロム酸イオンなどのカラムに強く 表 1 の分析条件 保持される成分は、溶出するのに時間がかかる場合や、分 カラム 析条件によってはカラム内に保持されたまま溶出しない場 溶離液 AG4A-SC/ AS4A-SC 合があります。また、溶出が遅い成分はピーク強度が低い 場合や、ピーク形状がブロードになる場合が多く、低濃度 AG12A/ AS12A 1.8 mmol/L Na2CO3 2.7 mmol/L Na2CO3 1.7 mmol/L NaHCO3 0.3 mmol/L NaHCO3 溶離液流量 1.5 mL/min 1.5 mL/min の測定が困難です。このため溶出の遅い成分を早く溶出 させることが重要になります。早く溶出させるためには、① 【溶離液の濃度を変更する】 溶離液の濃度を高くする、②溶離液の種類を変更する、③ 溶出の遅い成分を早く溶出させる場合、溶離液濃度を上 保持力の弱いカラムを用いるなどの方法があります。また、 げると効果的です。流量を上げることで早く溶出させること 溶出の早い成分と遅い成分を一斉に分析する場合は、グ も可能ですが、カラムや分析システムに対する負荷も大き ラジエントをおこなうと効果的です。ここでは、溶出の遅い くなるため、溶離液濃度だけを調節する方がよいでしょう。 陰イオン成分を早く溶出させる方法についていくつか紹介 炭酸系溶離液(Na2CO3)の濃度を変化させたときの、硫酸 します。 イオンとヨウ化物イオンのクロマトグラムを図 1 に示します。 【溶出の遅い成分】 一般的な分析条件で溶出が遅い成分には、下表のよう 2 1 A) 4 mmol/L Na2CO3 な成分があります。これらの成分は通常硫酸イオンの溶出 よりも遅くなります。また、条件によってはカラム内に吸着し たまま溶出しないこともあります。表 1 に IonPac AS4A-SC 1 B) 6 mmol/L Na2CO3 2 と IonPac AS12A を用いたときの、溶出の遅い成分の保 持時間およびイオンの価数を示します。 1 C) 10 mmol/L Na2CO3 2 表 1 溶出の遅い成分の例と保持時間(分) イオン名 AS4A-SC AS12A 価数 硫酸イオン 10 12 2 タングステン酸イオン 18 24 2 モリブデン酸イオン 22 28 2 チオ硫酸イオン 28 35 2 クロム酸イオン 26 31 2 チオシアン酸イオン 29 52 1 ヨウ素イオン 15 28 1 ヒ酸イオン 11 16 3 過塩素酸イオン 60 120 以上 1 フマル酸イオン 19 29 1 フタル酸イオン 23 24 2 クエン酸イオン 120 以上 120 以上 3 1 2 D) 20 mmol/L Na2CO3 0 5 1. SO42- mg/L 5 2. I- 20 ピーク: 図1 10 15 20 時間(分) 25 溶離液の濃度を変えたときのクロマトグラム (分析条件は次ページ) 30 カラム IonPac AG12A/ AS12A (内径 4 mm) 逆転することがあるため、単独の標準を分析して保持時間 溶離液 A:4 mmol/L Na2CO3 の確認をしてください。 B:6 mmol/L Na2CO3 IonPac AS4A-SC を使用し、溶離液 KOH の濃度を変 C:10 mmol/L Na2CO3 化させたときの硫酸イオン、チオシアン酸イオン、クエン酸 D:20 mmol/L Na2CO3 イオンの溶出時間の変化を図 3 のクロマトグラムに、キャパ 溶離液流量 1.5 mL/min シティファクタのグラフを図 4 に示します。 検出器 電気伝導度(サプレッサー使用) 試料導入量 25 μL (EG-40 使用) IonPac AG4A-SC/ AS4A-SC (内径 4 mm) A:20 mmol/L KOH B:40 mmol/L KOH C:60 mmol/L KOH D:80 mmol/L KOH 溶離液流量 1.2 mL/min 検出器 電気伝導度(サプレッサー使用) 試料導入量 25 μL カラム 溶離液 図 1 の溶離液濃度を対数値で横軸に、保持時間をキャ パシティファクタの対数値で縦軸にプロットすると図 2 のよう になります。(キャパシティファクタ[k’]は、ピークの保持時 間からウォーターディップの保持時間を引いた値をウォー ターディップの保持時間で割った値)。このとき、近似曲線 の傾きは、硫酸イオンが-1.1、ヨウ素イオンが-0.5 であり、 イオンの価数に比例して傾きが大きくなることが分ります。 また、このプロットから最適な保持時間と分離を得ることの できる溶離液濃度を推測することができます。 mg/L ピーク: 1. SO42- 2. SCN 10 3. クエン酸イオン 30 5 - 1.9 I- log K' 1.4 A) 20 mmol/L KOH 1 2 0.9 B) 40 mmol/L KOH 0.4 -0.1 SO421 2 4 6 10 20 Na2CO3濃度 (mmol/L) 2 3 C) 60 mmol/L KOH 1 図 2 Na2CO3 溶離液濃度とキャパシティファクタの関係 3 2 【溶離液の種類を変える】 炭酸系の溶離液は濃度を上げるとバックグランド電気伝 D) 80 mmol/L KOH 1 導度も高くなり、ひいてはノイズの増大にもつながります。 このような場合は、炭酸系溶離液の濃度を上げるよりも、 3 NaOH または KOH を溶離液として用いることをお勧めし ます(注 1)。NaOH や KOH などの水酸化物系溶離液は、 2 サプレッサでほぼ完全に H2O に変換されるため、バックグ ランド電気伝導度を十分に下げることができるという利点が 0 あります。カラムの種類によっても異なりますが、20~30 mmol/L の NaOH は 2 mmol/L 程度の炭酸系溶離液とほ ぼ同等の溶出力が得られます。 図3 10 20 30 40 時間(分) 50 60 KOH を溶離液としたときのクロマトグラム 溶離液の種類や濃度を変更した場合は、成分の溶出順 序が逆転することがあります。これは、図 4 からも明らかな ように、価数の大きなイオンは価数の小さなイオンよりも溶 離液の濃度変化による保持時間の変動が大きいためです。 また、有機酸やリン酸イオンのように多段階解離する成分 は溶離液の pH によって解離の状態が異なることも、溶出 順序が逆転する理由の 1 つです。例えば NaOH のような pH が 12 以上の溶離液を用いた場合、リン酸は 3 価のイ オンとなり、2 価の硫酸イオンよりも後に溶出します。このよ うに、溶離液の濃度や種類を変更した場合、溶出順序が (注 1) KOH(または NaOH)溶離液に変更した場合、オー トサプレッサーの電流設定値は「溶離液濃度 x 流量 x 2.47」の式で計算される最適電流値に変更してくださ い。50 mmol/L 以上の KOH (NaOH)を用いる場合は、 オートサプレッサーのモードをエクスターナルモー ドに変更してください。 (オートサプレッサーSRS 取 扱説明書参照) 3.0 log K' 2.0 SCN - 1.0 SO4 mg/L 5 ピーク: クエン酸イオン 1. SO42- 2. SCN- 10 3. クエン酸イオン 30 2- 0.0 A) AS12A 1 -1.0 20 40 60 KOH 濃度 (mmol/L) 80 1 B) AS4A-SC 2 3 図 4 KOH 溶離液濃度とキャパシティファクタの関係 2 C) AS16 13 【カラムの種類を変える】 溶出の遅い成分を早く溶出させることができるカラムに、 5 μS/cm IonPac AS16 があります。このカラムを用いると他のカラム では溶出に時間を要する成分を、イソクラティック条件で比 較的短時間に、しかも対称性が良好なピーク形状で溶出 させることができます。図 5 に IonPac AS16 と他のカラムを 同じ条件で用いたときの、比較クロマトグラムを示します。 図 5 か ら も 明 ら か な よ う に 、 上 記 条 件 で は IonPac 0 AS12A を用いるとチオシアン酸イオンやクエン酸イオンは 90 分以内に溶出させることができません。また、IonPac AS4A-SC では、チオシアン酸イオンやクエン酸イオンを 90 分以内に溶出させることはできますが、ピークのテーリ ングが大きく、ピーク強度も明らかに低いことがわかります。 これに対して IonPac AS16 はチオシアン酸イオンやクエン 酸イオンを 10 分以内に溶出させることができ、しかも非常 にシャープなピークで、ピーク強度も IonPac AS4A-SC を 用いたときと比べて 6 倍改善しています。溶離液条件や流 量を IonPac AS12A や IonPac AS4A-SC に対して最適 化すれば、これらのカラムでチオシアン酸イオンやクエン 酸イオンの分析が不可能ではありません。しかし、溶出の 遅い成分をできるだけ濃度の低い溶離液で溶出させるに は、IonPac AS16 のような溶出の保持が弱いカラムを用い ることが有効です。 カラム 10 20 30 40 50 60 70 80 90 Retention time (min) 図 5 カラムの種類を変えたときのクロマトグラム 【グラジエントを用いる】 溶出の早い成分と遅い成分を一斉に測定する場合は、 グラジエントが有効です。グラジエント条件で分析をおこな うと、一般に溶出の遅い成分もシャープなピーク形状で、 比較的短時間に溶出させることができます。 グラジエントにはグラジエント用カラムを用いることをお勧 めします。水酸化物系溶離液用カラムの多くはグラジエン ト分析に対応しています(例: IonPac AS11、AS11-HC、 AS17-C、AS18、AS19、AS20、AS21、AS24 など)。 また溶離液ジェネレータを用いると、グラジエントの際の ベースラインドリフトを最小限に抑えるので、定量精度を向 上させることができます。 A:IonPac AG12A/ AS12A B:IonPac AG4A-SC/ AS4A-SC C:IonPac AG16/ AS16 (各カラムとも内径 4 mm ) 溶離液 35 mmol/L KOH 溶離液流量 1.2 mL/min 恒温槽温度 30 ℃ 検出器 電気伝導度(サプレッサー使用) 試料導入量 25 μL (溶離液ジェネレータ使用) グラジエントプログラムは、用いるカラムや測定目的成分 および試料中の夾雑成分の種類や濃度によって、異なり ます。図 6 にグラジエント分析の一例を示します。 カラム IonPac AG11/AS11 (内径 4 mm) 溶離液 1~25 mmol/L KOH in 30 min (溶離液ジェネレータ使用) 溶離液流量 2.0 mL/min 検出器 電気伝導度(サプレッサー使用) 試料導入量 10 μL ピーク(mg/L) - 1. ClO2 2. BrO3 10 - - 3. Cl - 4. CNO - 5. N3 6. MCA 7. ClO3 - SeO42- 11. - 10 12. I 10 4 13. DCA 10 10 14. WO42- 10 10 15. MoO42- 10 10 16. S2O32- 10 17. 2- 10 - 10 10 CrO4 8. SeO32-- 10 18. SCN 9. CO32- ― 19. AsO43- 10. SO4 2- 10 10 20. ClO4 - 10 10 *MCA:モノクロロ酢酸 *DCA:ジクロロ酢酸 6 4 1 3 μS/cm 5 10 2 4 5 7 11 3 16 6 8 9 2 1 12 15 14 13 17 18 19 20 0 0 5 10 15 Retention time (min) 20 25 図 6 グラジエント分析の一例 【その他】 溶離液の種類や濃度を変更しても溶出が遅い成分の場 合は、分離カラムを取り外してガードカラムだけで分析する という手法もあります。この場合、試料中の夾雑成分によっ ては、測定目的成分を分離できない場合がありますので、 注意してください。 【まとめ】 溶出の遅い成分は、①溶離液の濃度を高くする、②溶離 液の種類を変える、③カラムの種類を変える、④グラジエ ントをおこなう、などの方法で早く溶出させることができます。 測定目的成分や夾雑成分などに合わせて上記①~④か ら最適な方法を選択してください。
© Copyright 2024 ExpyDoc