名古屋芸術大学研究紀要第 35巻 189∼ 205頁 (2014) ショパン エチュードop.10 No.5の 自筆譜と現代 の諸版 との比較考察 ιこ0‐stacΥ成 0_ザoψ ∫れ ケ 物婢 ′筋″ク θ ∽ み諺 'ガ 〃 ハタデ ′ ノタ 谷口 龍博 "勿 場 ″″″ ]あ0,t稔 物 疹 物方″力′ ″ οTク ″′ ′ ノ ブ F′ ′ (音 楽学部 ) シ ョパ ンのエチュー ドop.10 No.5の 自筆譜 と現代 の諸版 との比較考察 ピアノ音楽史上、最大の作 曲家 の 1人 、フレデ リック・フランソワーズ・シ ョパ ン (1810 ∼ 1849)の 現存す る自筆譜 の ファクシ ミリで公 に入手出来、一 曲全部ある楽譜 はそんな に多 くはない。即興 曲 op 29、 エ チュー ド6曲 、舟歌 op 60、 幻想 ポ ロネーズ op 61、 ポロ ネーズ op 71 3と ピアノ トリオ くらいで ある。多 くは紛失 した り、一 部分 であつた り、又 個人 の収集家が所蔵 して いた り、各国の図書館 などに収め られて い るよ うだ。 今 回 は、その 中でシ ョパ ンエチ ュー ドop.10 No5通 称「黒鍵 Jと 呼 ばれる曲を取 り上げ、 貴重 な資料 で ある自筆譜 と現在多 くの版が出版 されて い るシ ョパ ンの楽譜 と比 較 し問題 点 を詳細 に探 ってみたい と思 う。 今 回、そ の姑象 とす る楽譜 は、現在 一番新 しく最 も信頼度が高 い と言 われるポー ラ ン ドが国家事業 として取 り組 んだナシ ョナ ルエ デ ィシ ョン、 エ キエ ル版そ の一 時代前 、信 頼度が高 い と言 われたパ デ レフスキー版、そ の後 出版 されたパ ウル ・バ ドゥラ ・ス コ ダ 氏 の校 正 によるウイー ン原典版、 さらには原典版の代名詞 ヘ ンレ版、 コル トー版、 ミク リ版 な どを使用 しその対 象 とする。 比較考察す るまえに、大 きな問題 となるのはシ ョパ ンは生 前、原稿 をイギ リス、 フラ ンス、 ドイツの 3ケ 国に送 つた。 シ ョパ ンの飽 くな き音楽へ の 向上の精榊 は出来上が っ た フラ ンス初版、 ドイツ初版 に訂正、変更 した り又生徒 の レッス ン時 に手 を加 え訂正、 変更 をす ることで よ り複雑 に した。 代表的な例が通称「別れの 曲」 と呼 ばれるエ チ ュー ドop10 ∼ 35小 節 目の 自筆譜 は「譜例 1」 No3で ある。 この 曲の 30 の通 りで、 これはエ キエ ル版 と全 く同 じであ リペ ー ジ の 下 に説 明が あ るが パ デ レフス キ ー、 コル トー、 ミクリ版 な どは 30、 31小 節 は A dur a mol134、 35小 節 は H― dur h― m011に なって い るがス コダ氏校 正 によるウィー ン原典版で は生 徒 で あ った デ ュポア夫人 の持 っていたフ ラ ンス初版 にシ ョパ ン自身 の訂正 の書 き込 みがあ り、31小 節 目の右手の最初 と 2つ 目の cisに 与の書 き込みがあ り A dur a― mollに 変更 されたが 2回 日の同 じフレーズ になる 34、 35小 節 は両小 節共 与が E日 刷 されたままの Dで h― mollに なってお り、又 シ ヨパ ンの友人 であったフォンタナが主 に出版 した といわ れる ドイツ改題版ではシ ョパ ン も見直 したはず と言 われているが前述 の 30、 31小 節 は両 小節共 A― durで あ り、34、 35小 節 は逆 に H― dur h― moll lこ な ってお り多 くの版が ミクリの 189 名古屋芸術大学研究紀要第 35巻 (2014) 版 に従 ったが、 (譜 例 2)フ ラ ンス初版本 と ドイツ改題版の混合で シ ョパ ン 自身の権威あ るものではない とス コダ氏は説明 してお り、 この ように最終的に完成 された楽 譜 と言 い切 るのは非常 に難 しいようで ある。 譜例 1 op10 No.3 自筆譜 □ 譜例 2 op10 No3 ミク リ版 そ こで今回 は単純 に自筆譜 と前述 した多数 の現在 の楽譜 の op10 No5を 比較検討 しそれ らの違 い を検証 し、問題点を探 ってゆ きたい と思 う。 ①楽語 と標語 まず は曲には い る前 に楽 曲全体 を指示す る 冒頭 の 楽語 を見 てみ る と 自筆 譜 は仏 語 で 「leggienss et legatiss J軽 快 にそ して大変なめ らかにの最上級の言葉が書かれて い る。 (譜 例 3) □ □ □ す/ 譜例 3日 op10 No5 自筆譜 譜例 3日 op10 No 5 I声 也 4_生 i t 自筆詰 ア ` しか し現在のほとんど全部の主要な楽譜でその言葉は無 くメ トロノーム記号 」=116と 宙vace B五 1lanteと 記 されてい る。 (譜 例 4)シ ョパ ンの 自筆譜にはメ トロノーム記号 は書 かれていない。最初にこれを確認出来るのはミクリの版 と思われる。 カール・ ミクリはショパ ンの弟子でシヨパ ンに数年間習い、又助手 も努めた人物で、写 譜もし、又ショパ ンの他の生徒 のレッスンを聴講す ることが許 され、そのレッスン時の指 示、内容を克明に記述 したと言 われ、その信頼度 は高い。 」=116は ショパ ンが レッスン 時に指示 したものと推察される。 しか しなが ら「legゴ eriss et legatiss Jと 「vivace Brillante」 ではニ ュア ンスが違 う。 「leggieriss」 と「vivace」 ではイメージ的にやや似ているか もしれないが、「legatiss.」 と 「Brillante」 では大分意味が違 って くる と思 う。 しか し演奏効果を考えれば「legatiss.」 よ 190 ショパ ン エチュー ドop10 No 5の 自筆譜 と現代の諸版 との比較考察 □ ccど こ110♪ ガ■脇oイ ′ Vivっ 譜例 4 op10 No5 ミク リ版 □ □ □ 譜例 5 op10 No 5 自筆譜 □ □ □ ‐ ― t 譜例 6 op10 No5 自筆譜 り「Brillante」 の方が当然華やかになる。 シ ョパ ンは どこかの段 階 で大 きく変更 した もの と思われる。 ミクリの版がす でに 宙vace Brillanteを 記 して い るのでやは り他 の版 もそれ を取 り入れ たようだ。 (譜 例 4) しか しなが らシ ョパ ンが一番大切 に したのは「legato」 と「 cantabile」 と言われる。68 小節 に も自筆で「legatoJの 記述 があ り、又他 の 曲の 自筆 に も多 くの legatoが 書かれて い る。又 自筆譜 にはないが曲の中心 となる 33小 節 目か らの 4小 節 の大 きなフレーズ に対 し て現在 のほとん どの版が Sempre legatoの 記述があ リミクリの版 です でにそれが記 されて い るのでやは リミクリの レッス ン時か他 の生徒 の レッス ン時に シ ョパ ンの指示があ つた も の と推察 される。その他の楽語 を見てみると、ウィー ン原典版の説明では 64小 節 の pOcO rallは デ ュポア夫人 の楽譜 にはシ ョパ ンによって取 り消 された とあるが現在 の楽譜 ではほ とん どの版がそれを記述 してい る。 (譜 例 6) 又続 く65小 節 目の delicatiss smorz.は シ ョパ ンの繊細 さを強 く表 わす ものである。 (譜 例 6) ② ペ グル 次 にペ グル を見 てみ よ う。 自筆譜 の ペ ダルの記述 は非常 に少 ない。 曲の 中心部 になる 33小 節 目か らの 4小 節 間 の長 い フレーズのペ ダル と続 く 37小 節か らの同 じフレーズ の 4 小節 (譜 例 5)間 のペ ダル と 63小 節 日か らクライマ ックスに向か う 3小 節 間 のやや長 い ペ ダル と続 く66小 節 目の終止形 の 1拍 日と 2拍 目の記述だけである。 (譜 例 6) 最初 の 1小 節 目は少 し問題 を抱 えてい ると思 う。何故 な らミクリの版 は 1拍 目 (譜 例 4) と線返 しになる同 じ形の 5小 節 の 1拍 目に もペ グルが あるが 自分 の レッス ン時に指摘が ■91 名古屋芸術大学研究紀要第 35巻 (2014) あ ったか、他の生徒の レッス ン時 の聴講 の時に指示があ つたの か又 は写譜 をす る時に言わ れたのか と推察 される。 しか しなが ら他の版 を見てみるとヘ ンレ、 エ キエ ル、 ウィー ン原 典版 には 1小 節 日に全 くペ ダルの記述が無 い。 ところが主題 の線 り返 しになる 5小 節 目の 1拍 目にはペ グルの指示があ る。 (譜 例 7)こ れは前述のヘ ンレ、エ キエ ル、 ウィー ン原典 版 にも共通 してお り、普通 であれば同 じ形が繰 り返 される時、当然 ペ ダル も同 じか と思 う がそれが違 うのは疑間に思 う。 ミクリの版が 1小 節 目 1拍 目にペ グルが記 されてい るのに ヘ ンレ、エ キエ ル、 ウィー ン原典版 にそれが無 いのは理解 に苦 しむ。パ デ レフスキー版 を 見 てみるとやや興味深 い ものがある。それは 1小 節 目 1拍 目に ( )付 きのペ ダルの記述 があることだ。 (譜 例 8)こ れは本来ペ ダルが 無 いことを理解 した上で演奏上、 踏む方が 自然 で ある と考えたか、 ミクリの版 を参考に した ものか又その両方か と考 えられる。 これ だけ多 くの版が 1小 節 目に全 くペ グルが無 く繰 り返 しの 5小 節 目に記述があるのは自筆以 外 の確 固たる資料 を参考に した もの と思われる。 コル トー版 を見 ると又違 ったペ ダリ ング の記述 で ある。 1小 節 日は 2拍 目になる人分音符 3個 目にペ グルがあ り、2小 節 目もやは り2拍 目になる人分音符 3個 目にペ グルがある。 (譜 例 9)独 特 で面 白い と思 う反面、シ ョ Ⅵvaceコ =11じ □ 譜例 7 op.10 No5 エキエル版 導効 * キ勧 業 釣 Vttvnce(」 キ 辛 レi16) と 99打 rl, 譜例 8 op10 No 5 パデ レフスキー版 イ yニ ‐ コ チ と二 (1蔭 'コ キ〕 蠍注 圭 例 6‐ 十 VivttG訳 J.■ 6) 譜例 9 op10 No 5 コル トー版 鐘 192 半 騨 、 7再 路 * 駒 ■ ■ ■ ショパン エチュー ドop10 No5の 自筆譜 と現代の諸版 との比較考察 パ ンの弟子 に習 つたはずだが この様 な指示 を受けたとは考 えに くい。恐 らくコル トー 自身 の考 えであろう。テ ンポが速 い場合 には有効で効果的だ と思われる。2小 節 目を見る とミ クリの版 は 1小 節全部 の長 いペ ダルがあるが (譜 例 4)繰 り返 しになる 6小 節 目は 1拍 目 だ けの短 いペ グルである。 これは再現 にあたる 50、 54小 節 も全部 1拍 目だけの短 いペ ダ ルで あるか らこの小節の長 いペ ダルはペ グルの解除マー クをつ け忘れた印刷 ミス と思 われ る。他版 は コル トー版 を除 い てほ とん ど全 部 の版が 1拍 目にペ グルがある。 3小 節 目のペ ダルは 2種 類 のペ ダルに分れる。それは 1拍 目にはほ とん ど全 部 の版 にペ ダルがあるが ミクリ、パ デ レフスキー、 ウィー ン原典版 は左 の最後、つ ま り人分音 符 4個 目の下 にペ グルの指示があるが コル トー、ヘ ンレ、エ キエ ル版 はそのノ (分 音符 1つ 前 の 2 拍 目に頭 にペ ダルがある。7小 節 目を見 るとここ も記述が分 れる ところで ある。 ミク リ、 エ キエ ル、 コル トー版 な どが 1小 節 のペ グルを書 いているのに対 して、パ デ レフスキー、 ウィー ン原典版 は ( )付 で記述 しヘ ンレ版 には全 く無 い。演奏上 は当然踏みた くなる個 所 である。 17小 節 目を見 る とこの小節 も又 2種 類 に分れる。 ミクリ、 コル トー版 は 1小 節 2つ の拍 ごとのペ ダル を書 き、他版 はその記述が全 く無 い。 自筆 には無 いがほ とん どの 版が 25、 26小 節 の最初 の左 の 1拍 目にペ グルがあ り27、 28小 節 は 1小 節全部 のペ ダルに な り 29、 30小 節 は再 び 1拍 目だけのペ ダルがある。31小 節 は拍 ごとの 1小 節 2回 の ペ ダ ルにな り 32小 節 は 1小 節全部 のペ ダルで 中心部 になる 33小 節 は 4小 節 の長 いペ ダルが 自 筆通 りあ り、そのペ ダルは 37小 節 も繰 り返 されてお り、これはほ とん ど全 部 の版 で共通 し、 中心部 に向って頻 繁 にペ グルが使 われて い る。 41小 節 を見 る とエ キエ ル、 ヘ ンレ、パ デ レフスキー、 ウィー ン原典版 は 4小 節 の長 い ペ グル を記述 し、次の 45小 節か ら 2小 節 ごとのペ ダルの 印がある。 これに姑 しミク リ版 は 41小 節 か ら 2小 節ず つ のペ グルで 45小 節 は 1拍 目だけの印で 47小 節 目はパ デ レフス キー、ヘ ンレ、 ミクリ、 ウィー ン原典版は人分音符 2個 日か ら次の小 節 に もかかる長 いペ グル を記 しエ キ エ ル □ □ □ 版 だ け が 小 節 の最 初 の 音 か らペ グル を書 い て しヽる。 コ ル トー 版 だ け が や は り独 特 譜例 10 opJ O No 5 コル トー版 黎 の ペ ダ リ ングで 41小 節 か ら 4小 節 間 1小 節 に 2回 の ペ ダ ル で 45′ lヽ 節 か らは さ らに * キ * 細 か く人 分 音 符 ご と の ペ ダル を記 して い る。 (譜 例 10) 193 名古屋芸術大学研究紀要第 35巻 (2014) そ してペー ジの下に注意書 きがあ り「 ここに書かれ て い る各拍 ごとのペ グ ルの使用 は、 流れる ような、そ して軽やかな響 きを得 るためには不可欠の もので ある。 このペ グルの踏 み代 えの間は、 いかなる中断 も生 じてはい けない」 (原 文 の まま)と コル トー の言葉が記 されてい る。 さらには再現部以後 にも詳細 にペ ダリングの記述があ り、非常 に参考 になる ものがある。57小 節か ら 4小 節 間はほ とん ど全 部 の版が 1小 節 に 2回 ず つ の拍 ごとのペ ダル を記 し、61小 節か らの左手が シンコペー シ ョンの リズム になる小節か らは 1小 節全 部 のペ ダルにな り頂点 の 65小 節 に向 う 63小 節か らコル トー版 を除 い てほ とん ど全 部 の版 が 自筆通 りの 3小 節 のペ ダルを記 して次の 65小 節 も自筆通 りの 1小 節 2回 の拍 ごとのペ グルを書 いてい る。久の 67小 節 目か らは ミクリとコル トー版以タト、他版 はほ とん どペ ダ ルの記述が無 い。 ミクリは 73小 節 日の 2拍 目か ら左手 に合 わせてペ グルの記述があ り79 小節 目も上降す る左の 16分 音符か らのペ ダルの印があ り、最後 の 84、 85小 節 に も 2小 節 のペ グルがある。 コル トー版 は一段 と詳細 にペ グルを記 し、 エ キエ ル版 だけが最後 の 84、 85小 節 の 2小 節間 のペ ダルを ( )付 きで書 いてい る。 シ ョパ ンの「ペ グルは一生の口 呆 題ですJと い う言葉が真実 を物語 つていると思 う。 ③ デ ュナー ミク デ ユナー ミクを見 ると、確認出来 るほとん ど全 部 の版が 1小 節 目 f、 2小 節 目 p、 3小 節 目人分音符 3個 目か らcrescと あるが 自筆譜 はそれ らの記述が無 い。 (譜 例 3)デ ュナ ー ミクが書 いてあるのは cresc.dim、 を除 いて 8小 節 目の ppと 中間部 の 33小 節 目か ら 4小 節 の大 きな フレーズの f、 (譜 例 5)再 現部 の 63小 節 目の p、 (譜 例 6)65月 ヽ 節 目の pp、 67 小節 目の p、 71小 節 目の p、 75小 節 目の (譜 例 f、 78小 節 目の r、 83小 節 日の rの 9ヶ 所 で ある。 11)そ の うち 7ヶ 所が再現部以降の記述 で ある。 □ 譜例 11 0P10 No5 自筆譜 レ しか し現存す る大多数 の楽譜 は 20ヶ 所 以上あ リミクリの版 でさえ 20ヶ 所 のデュナ ー ミ クが書かれてい る。無論、弟子 であつた ミクリが 自分で書 いた とは思えない。 194 ショバ ン エチュー ドop10 No 5の 自筆譜 と現代の諸版 との比較考察 これは前述 した① で冒頭 の楽語 の leggieriss et legadssか ら宙vace brillanteに 変更 さ れた ことに共通するものを思わせ る。シ ョパ ンは当初、最初 の 2小 節 を一つ の音色 に し fと pに はっ きり音量差 をつ け る気 はなかったように思 う。それ は 1、 2小 節 にかかる 2 小節 のスラー と 2小 節 日の左手の 3和 音 も初めは自筆譜のように 4つ の音を記述 していた。 (譜 ケ」3)3/1ヽ 節 目も自筆 譜 は cresc 日 の記述が無 く、8小 節 まで一息に弾 譜例 12 くこ とを考 えて いた よ うに思 う。Op.lo No5 自筆譜 それは 7小 節 目にや つ とcrescが 書 か れ、8ノ lヽ 節 目に poco rall と pp が 記 され、 一 つ の フ レー ズ が 終 わ る こ とを意 味 して い るか らで あ る。 (譜 例 12) しか し演 奏 効 果 を考 え、1小 節 目 legatiss,か p、 f、 2小 節 目 p、 3小 節 目 crescを legjeriss et ら vivace Brillanteへ の変更 と共 に記述 した もの と推察 される。 このテーマ の f、 crescは 2回 目はやや形 を変 える ものの全 曲中 6回 もあ りこの 曲の 印象 を大 き く植 え つ け る ものだ。 又、 自筆譜 にはないが 17小 節 目に多 くの版が pを 書 いてい るがそれは ミクリの版 に も 無 い。 しか しその前の 15、 16小 節に は多 くの版が crescを 書 き一 度、音量 を落 として 17 月ヽ 節 目の 節 目に pを 記 し 24月 ヽ 節 口か ら始 まる 自筆言 普に もあ る poco a poco cresc 29月 ヽ 、 と言 える crescさ らには 31小 節 日の cresc.(譜 例 13)と この度重 なる crescで 曲の 中′ と 33小 節 目のエ ネ ルギ ー を放 出す る 4小 節 の大 きなフ レーズ を fに 持 ってい く前提 と して 多 くの版が pを 記 した もの と思われる。 又 33小 節 目か ら 4小 節 間 の fの フレーズ は <<ュ >が 自筆譜 には書かれて い ない (譜 例 5)が 、 ミクリの版 を初 めほ とん どの版が <>を □ 書 き、続 く 37小 節 目か らの 4小 □ □ 譜例 13 op10 No 5 自筆譜 ・ ジち 195 名古屋芸術大学研究紀要第 35巻 (2014) 節間 も同様に <> □ を言 己して い る。 (譜 例 14)又 32小 節 目の左 □ 囲 囮 譜例 14 op.10 No5 自筆譜 手 の 2つ 日の和音 には 自筆 譜 は fzが 記 され て い る が (譜 例 エ キエ ル版 は 13) ( )で 書かれ、 コル トー版 はアクセ ン トになってお リウイー ン原典版 は fzは ないがす ぐ下 に自筆譜が書かれそ こには fzの 記述があ り、パ デ レフスキー、ヘ ンレ、 ミクリ版 にはそれは書かれて い な い。 ミクリの版 に記述が無 い とい う ことは、 ここで f2 をつ け るとフレーズが途切れ、次の 33小 節か らの 4小 節 にはい るア ウフタク トにつ なが らな くなる とシ ョパ ンが思 い直 し、後 で消 したと考え られる。 35小 節 の左 手 の和音 には自筆譜には無 いが (譜 例 5)ほ とん どの版 で fが 書かれ ている。 曲の 中心的な 33小 節 か らの 4小 節 と続 く37小 節か らの 4小 節 の フレーズ が終 った後、 左手のメ ロデ ィーが始 まる 41小 節 ではやは り自筆譜 には無 いがほ とん どの版 は pを 書 い て い る。44小 節 目には これ も自筆譜 には無 いがほ とん ど全部 の版 に crescが 書かれ、続 く 45小 節か らの左手の 3和 音 で上 下降す る 2小 節 の フレーズ は自筆 で左 手 の下 に <> が記 されて い る。 (譜 例 15)し か しエ キ エ ル 、 パ デ レフス キ ー、 ウィー ン原典版 な どは 卜音 記号 とへ音 記号 の 間 に書 かれ、 コル トー版 はや や下 に書 かれ、 ヘ ン レ版 譜例 15 op 10 No 5 自筆詰 は 自筆譜通 り左 手 の下 に書 か れ ミク リ版 は真 中 と左 下 に記 され て い る。 シ ョパ ン の記 述 で は 明 らか に左 手 のみ の <> で厳密に考 えると表現が少 し変化 して しまうのではないか と思 う。 又次 の 48小 節 目の 1拍 目には 自筆譜 にはな いが、 ほ とん どの 版 に >が 書 かれ、 フ レーズが大 きく終 ることを示 して い る。 再現部 の最初 の主題 にあたる 49、 んどの版 に f、 p、 50、 51小 節 にはや は り自筆譜 にはないが現在のほ と crescが 記 されてい る。それは 53、 54、 55小 節 も同 じである。 62小 節 はやや 問題で ウイー ン原典版 に も説明が書かれてお り自筆譜 には pと 記 されて い るが (譜 例 6)現 在 の どの版 に もその記述はな く代 りに自筆譜 には無 い crescが 書かれ て い る。 ミクリの版でさえそ うであるか らシ ョパ ンが どこかの段階で訂正、変更 した もの と考 えられる。 クライマ ックスに当 る 65小 節 の三 点変 ホ音 の位置 には ppが 記 され、 シ ョパ ンが如何 に大切 に した個所かが汲取れる。 (譜 例 6) コー ダに当る次 の 69小 節 には自筆 で poco cresc.が あ り次 の 71月 ヽ 節 には pが 書かれて 196 ショパン エチュー ドop10 No5の 自筆譜 と現代の諸版 との比較考察 い る。 73小 節 か ら 74月 ヽ節 にか け て poco crescす が書 か れ、 (譜 例 16)75月 ヽ節 に は f、 78小 節 には r、 80小 節 には crescが 書 か れ、それ は 81、 82小 節 も続 くこ とが 記 され 83小 節 の右 左 の オ ク ター ヴは すが 記 され力 強 く終 る こ とを意 図 して い る。 (譜 例 11)こ れ は 自筆 譜 と 共 にほ とん ど全 部 の 版 に も記 述 されて い る。 □ 譜例 16 op 10 No 5 自筆譜 ④音 とリズム 次に音 とリズムを見 てみ よ う。2小 節 目の左 手 の 2個 目の和音 は 自筆譜 はへ音記号 の下 か ら Ges、 Ces、 Es、 Gesの 4つ の音が書かれてい るが (譜 例 3)こ れはエ キエ ル、ウィー ン原典版 な どで下段 に自筆譜が書 かれて い るが、現在 は Ces、 Es、 Gesの 3和 音 である。 (譜 例 4)こ れは後 に出て くるこの形 は全 部そ うで あるか ら前述 したデ ュナ ー ミク記号 を 記述 した時、 1小 節 目 f、 2小 節 目 pと し 1小 節 目よ り音量 を減 らし変化 をつ け る為 に一 呑下 の Gesを 省 き、訂正 した もの と思われる。右手 の 4、 12小 節 と再現部 の 52小 節 の 9 香 日の音 はエ キエ ル版 だ けが三 点変 ホ音 (譜 例 17)だ が 自筆譜 (譜 例 18)と 他 の版 はほ とん ど三 点変 二音 を記 してい る。が しか しデ ュポア夫人の楽譜 にはシ ョパ ン自身が三 点変 ホ音 に訂正 した。 p提 づ ° 普鐸榜 な 譜例 17 opコ O No5 エ キエル版 半鈎 半 *勧 又その 4、 12小 節 目の左手 を見 るとバ ス の Desが 符 点 三 分音 符 で 書 かれて い るが (譜 例 │デ 柴 譜例 19 18)こ れ はシ ョパ ンの書 き損 じで、 再現部 に当たる 52小 節 には符点 4分 音符 に書 き直 されてい る。 (譜 例 19) 又、8小 節 目の左手 の 2つ の和音 は自筆譜 にはアルペ ジオが無 いが現在の楽譜 にはア ル ペ ジオが書 かれて い る。 (譜 例 12) 24小 節 目の右手 の 7番 目の 自筆譜 の三 点変 ホ音 はウイー ン原典版 に も指摘がある よ う 197 名古屋芸術大学研究紀要第 35巻 (2014) にやは リシ ョパ ンが書 き損 じ ゛θ ″′ι ' '″ て下 線が一本書 き足 らなかっ たよ うだ。 (譜 例 譜例 13) opコ 20 鉾 0 No 5 32小 節 目を見 ると左 手 の 2 ノ 叫 章。 ヘ ンレ版 ,: ― つ 目の和音の真 中の音が現在 で は Esに なって い るが 自筆 で は Desに なって い る。 次 の 34小 節 目を 見 る と 自筆では左 の和音が 4つ の音 で書 か れて い るが 現在 では Esが 無 い 3和 音 で下 か ら As、 Des、 Gesで 書 か れ て い る。 (譜 譜例 21 0p lo No 5 例 20)こ れ もシ ョパ ンが音 が 多過 ぎた と ヘ ンレ版 思 ったのか変更 した もの と思 われる。次 に 出て くる同 じフレーズの 38小 節 目の左手の和音の 4つ の音が現在では、As、 になっているが (譜 例 21)ウ Esに なり下からAs、 Es、 C、 Ges、 As ィーン原典版にも書かれてい るように自筆譜では Cの 音が Ges、 Asに なっている。 (譜 例 14) 41小 節のリズムを見てみると、自筆譜は左手の最初 の人分音符のつ ぎに人分休符をシ ョ パ ンが書 き忘れたかと思 ったがそうではなく現在の楽譜が記 しているリズムとは明 らかに 違 う。41小 節 目の左手の 2つ 目の音 の 4分 音符 はショパ ンの付点 の書 き忘れである。そ れはす ぐ次に出て くる43小 節 目の同 じフレーズの左手を見れば明らかである。 (譜 例 22) □ □ □ □ 辞争 イ テ 122 opoHO No 5 自筆譜 lt, 7 現在 の楽譜 では ♪ V」 」であるが 自筆 では ♪ 」」である。 この違 い は小 さ くないが ミク リの版がすでにそ う書かれているのでシ ヨパ ンが シンコペー トされた ♪」の リズムでは演 奏 上、非常 に困難 になる為か、又は左手のメ ロデ ィを落 ち着 い て歌 い たい と思 った為か、 訂正、変更 した もの と思われる。 (譜 例 23) 譜例 23 op10 No5 ミク リ版 オ 198 ショバン エチュー ドop10 No 5の 自筆譜 と現代の諸版 との比較考察 59小 節 の左 手 の 4つ 目の和音 は少 し問題 を含 んで いる と思 う。それ は 自筆 で は下か ら Des、 Ges、 増や し B、 Bの 3和 音 で書かれ て い るが Des、 Ges、 ン原典版 は B、 Bの 4和 音 に して い る。 ヘ ンレ、パ デ レフスキ ー、コル トー 、ウィー Gesを 記述 しエ キエ ル版だけが 自筆通 りの Des、 Des、 るがす ぐ下 に B、 (譜 例 24)ミ クリの版 では何故か下 に一つ音 を Des、 Ges、 Bを 書 いて い Gesを 記述 し、 さらにペー ジの下 に 3つ 目の形 としミクリ版 の 4 和音 を書 い て い る。 (譜 例 25)こ れは 57小 節か らの 4小 節 の フレーズが全 く同 じなので、 左手 の和音 も同 じはずであるか らシ ョパ ンが書 き損 じた とヘ ンレ、パ デ レフスキ ー、 コル トー、 ウィー ン原典版 などが半J断 した もの と思われる。 □ 譜例 □ 囲 囲 24 opJO No 5 ■ , 自筆譜 ン 詰例 25 』 op10 No5 エ キエル版 鈎 半効 半 釣 *賽▼ あ 秦 釣 *勧 業釣 議 or三 業駒 本 再ヨ 62小 節 を見 る とウィー ン原典版 で指摘があ る左 手 の 2つ 目の和音 は 自筆譜では独語 と 英語 で Gesが 無 い と書 かれて い るが 自筆譜 をよ く見 る と上の Asが 無 く下 か ら As、 Es、 Gesの 3和 音 で書かれ てお リウイー ン原典版 の あや ま りと思われる。 (譜 例 26)頂 点に当 たる 65小 節 の右手 の最初 の三 点変 ホ音 は 自筆譜 では 32分 音符 で書 かれ、人に 32分 休符があ り、次 の三 点 譜例 26 変 二音 が 16分 音符 で書 かれて い るが現在 のほ とんの op 10 No 5 版が三 点変ホ音が 16分 音符 で書かれ次に 32分 休符が 自筆譜 あ り、次 の三 点変 二音 が 32分 音符 で書 かれて い る。 ここ もシ ョパ ンが どこかの段階 で訂正 した もの と思わ 「 │ れる。 (譜 例 6)67小 節 目を見る と 自筆譜 は左 手 のバス 2分 音符 の Gesは 当然小節 の最初 に書かれるべ きで あるが人分音符 一つ ずれて次 の Desの 位置 に書 かれて い るが これは 1 拍 目の ところに楽語 の legatoを 記 したの と音が重 な り解 りに くくなるの を避 けてシ ョパ ンが位置 をず らした もの と思われる。 (譜 例 6)78小 節 の左 のオクター ヴ 2つ 目の Desは 自筆譜 では 8の E口 が書かれ てお りこれはオクター ヴ下のバ ス音 を省略 した印で実際にはオ 199 名古屋芸術大学研究紀要第 35巻 (2014) クター ヴで弾 くこ とを意味 して い る。 (譜 例 11)こ れを書 いてい る版 譜例 27 はヘ ンレ、 エ キ エ ル、 ウィー ン原 op10 典版 で ウイー ン原典版 は 自筆通 り8 ミク リ版 No 5 の記述 を しパ デ レフスキ ー、 コル フ 半 鈎 「 トー、 ミク リ版 は省略 した単音 で 記 されてい る。 (譜 例 27)ミ クリ版が単音 で書 い てあるとい うことはシ ョパ ンが後で考 え 直 し訂正、変更 した と推察 される。 83小 節 の左 のオクター ヴは自筆譜 は最初 卜音記号 の位置 で書かれ ていたが 、次の和音 と共 にシ ョパ ンによって丹念 に消 され、 (譜 例 11)下 の段 に書 き直 されてい るが これは明 らかに一 オクター ヴ下 を意図 した ものであるがシ ョパ ンはへ音記号 の記述 を忘れた様 で現 在 の 楽譜 にはほ とん ど全 部 の版 にへ 音記 号 が あ る。最 後 か ら □ 2つ 目の 84小 節 目の 2つ 目の和 音 を見 る と 自筆 譜 は左 右 共 アルペ ジオの無 い和 音 で書 かれ て い るが ミク リとパ デ レフス キー版 は両手共 アルペ ジオが あ り、 エ キエ ル 、 ヘ ン レ、 コ ル 譜例 opコ □ 28 O No5 ウィーン 原典版 トー 、 ウ イー ン原典版 な どは左 手 だ けア ルペ ジオが書 か れ て い る。 (譜 イ テ 」28) ⑤ ア ー テ イキ ュ レー シ ョンとフ レー ジ ング 次にアーテイキ ュレー シ ョンとフレー ジングを見 てみ よ う。 自筆譜 のそれはそんなに多 くない。最初 の 1、 2小 節 は自筆譜 では右手 にス ラーが記 してある。 (譜 例 3)こ れはほ と ん どの版が記 して い る。 16小 節 を見 る と左 手 の 2つ の人 分音符 は現在 の楽譜 ではほ とん どの版が ス タッカー トになって い るが ウイー ン原典版 で も記述 されて い るように自筆譜は ス ラー になって い る。 (譜 例 29)こ れはシ ョパ ンが どこかの段階 で音が飛 ぶ か らス ラーが かけに くい とい う技術的な問題か、 より軽快 さを求めた為か変更 した もの と思われる。続 く 17、 18小 節 の右手 には自筆譜 はスラーがあるが これは良 く見 ると 16小 節 の人 分音符 4 つ 目か ら始 まってお リミクリとヘ ンレ版が正確 にそれを記 し、他版 は 17小 節 の最初 か ら 始 まってお り厳密 には ミクリとヘ ンレ版が正 しい と思 う。そ の 17、 18小 節 の左 手 は ミク リとヘ ンレ版が少 し記述が違 うが他 の版 は人 分音符 を結 ぶス ラー とアクセ ン トが書かれて い るが 自筆譜 には全 くその記述が無 く多 くは 自筆譜 の 69、 70小 節 の左 を参考 に した もの □ 譜 」29 op 10 □ lテ フ No 5 自筆譜 千 200 ショバン エチュー ドop10 No5の 自筆譜 と現代の諸版 との比較考察 と思われ、 ミクリ版 だ けが 18小 節 の人 分音符 3、 4個 目だけにス タッカー トを記 してい る。 その ミクリや コル トー、ヘ ンレ版 などはシ ョパ ン独特 の横長 のアクセ ン トを書 い て い る。 これは普通 のアクセ ン トとはやや意味が違 うことを表 わす。 (譜 例 30) □ 譜例 □ □ 30 op10 No 5 ミク リ版 ●r H 4 ス タッカー トを改めて見てみると自筆譜 には 1小 節 目には左手の和音 にその記述が無 い が現在ではほ とん ど全 部 の版 にス タッカー トを記 して い る。2小 節 目は自筆譜は最初 のオ クター ヴだけス タッカー トを書 いてい るが現在 のほ とん どの楽譜 はやは り 2つ 日、3つ 目 の和音 に もそれを記 してお り、次 の3小 節 目は自筆譜は人分音符最 後 の4つ 目にス タッカー トの記述があるが現在 の楽譜 は人 分音符 4つ 全部 にス タッカー トが書かれ て い る。 (譜 例 17、 18) 19小 節 目の 自筆譜 を見 る と 1小 節全部 のスラーが あ り恐 ら く次 の小節 も続 けたか った のではないか と思われるが 8・ ……の記述があ リス ラーが書 けなか った よ うに思 う。現在 の 楽譜 はヘ ンレ版 は 自筆通 りだが何故か ミクリ版 は記述 されてお らず他版 は 19、 20小 節共 ス ラーが書かれて い る。その左 手 は 自筆譜 は人 分音符 4つ 目か らス タッカー トが記 されて い るが何故か ミクリ版 は人 分音符 4つ 目だけにス タッカー トを書かず残 りの人 分音行 に全 部 ス タッカー トを書 き他版 はほ とん ど全 部 ス タッカー トを記 して い る。 自筆譜 の 18、 22 小節 目の右手 の最後 の音 の Asは アクセ ン トと共 に次の小節 に またが って タイがあ り 23 小節 日か ら 16分 音符 6個 ず つ のス ラーがあ りそれ は 4小 節 間続 く。 (譜 例 13)そ の 26小 節 の左 のオクター ヴの cisと Dに は 自筆譜 に、ス ラー は無 いが現在の楽譜 には書かれて い る。27小 節 目を見 る とやや独特の ス ラーが右手 に書かれて い る。それはソプラノをはず して内声 だ けにス ラーが書かれて い ることである。 (譜 例 13)奏 法 としては内声 だけを レ ガー トで弾 き、 ス タッカー トのあるソプラノをはっ きり出す ことを意 味 して い る。 しか し なが らコル トー とミクリ版 は正確 にはそれを記 してい ない。又その左手 はシンコペー シ ョ ンに共 なうシ ョパ ン独特 の横長 のアクセ ン トが 自筆譜 にはあるが現在 の楽譜 はエ キエ ル版 だけが正 しくその通 り記述 し他版 は普通 のアクセ ン トになってい る。 自筆譜 の 32小 節 には右手 に 1小 節 のス ラーがあるが現 在 の楽譜 はエ キエ ル版 だけがそ れ を記 し、他版 はその記述が ない。 さらに この 曲の 中心部 と言 える 33小 節 目か ら 4小 節 の大 きな フレーズ にス ラーが書 かれて い るが (譜 例 5)ミ ク リの版 だ けが 1小 節ずれ て 34小 節か らのス ラー になってお り恐 らくE口 刷 ミス と思われる。 201 名古屋芸術大学研究紀要第 35巻 (2014) 続 く41小 節 日には 2小 節 の フレーズ のス ラーが 自筆譜 には書 かれているが (譜 例 22) ほ とん ど同 じ形が繰 り返 される 43小 節 目にはそれが書かれて い ない。 エ キエ ル版 だ けが 」 されて書かれてお リコル トー版 はシ ョパ ンが恐 らく省略 した もの と考 えス ラーが書 「 かれてお り、他版 は書 かれて い な い 。 55、 56小 節 は右 手 の 16分 音 符 8個 目の B にア クセ ン トが書 かれて い るが (譜 例 31)コ ル トー 版 に はそ れ が 無 く ミク リの版 は 56小 譜例 31 op 10 No 5 自筆詰 節 のみ ア クセ ン トが書 か れ て い る。 これ も恐 ら くは 印刷 ミス と思 われ る。 その左 手 の人 分音符 にはス タ ッカー トが あ り次 の人 分音 符 2つ ず つ結 ぶ ス ラ ー が連 続 し て書 か れ、 自筆 譜 は人 分 音 符 3個 目に ア クセ ン トが書 か れ て い るが (譜 例 31)こ れ は ヘ ンレとパ デ レフス キ ー版 だ けが その通 り書 いてい る。 他 の 版 は一 つ 前 の人 分音 符 にア クセ ン トを書 き、 ウ ィー ン原典 とエ キ エ ル版 は 自 筆 譜 との 違 い を下段 に示 して い る。 ミク リの 版 が す で にそ うで あ るか らシ ョパ ンが 訂 正 し た もの と考 え られ る。 (譜 例 32)続 く 57∼ 譜例 32 0p lo No 5 ミク リ版 60小 節 の 4小 節 間 の左 の音 は 自筆 譜 はバ ス だ けにス タッカー トが書かれて いてそれぞれの小節 の 2つ 目と 4つ 目の和音 には書かれてい ないが (譜 例 24)現 在 のほ とんどの楽譜 にはス タッカー トが書かれてい る。 (譜 例 25)又 その 57∼ 61小 節 にかけて右 手に 1小 節 に 2つ ずつ の拍 ごとの アクセ ン トが 自筆譜 には書 かれて い るがやは りこれはシ ョパ ン独特 の横長 のアクセ ン トであ りこれを忠実 に記 してい るのは ミクリとエ キエ ル版 だけで他 の版 は普通 のアクセ ン トを記 してい る。 続 く61、 62小 節 の左手のシ ンコペー シ ョンの 2つ 目の人 分音行 に もやや横長 のアクセ ン トが記述 されて い るが (譜 例 26)エ キエ ル版だけが これを記 し他版 は普通 の アクセ ン トを書 いてい る。63、 64小 節 65、 66小 節 には 2小 節 のスラーが 自筆譜 には記 され (譜 例 6)ほ とんどの版がそれを書 いて い る。 この 63、 64、 65、 66、 小節 にかけて p、 ppで あ り なが らシ ョパ ンはクライマ ックスを持 って きた と思 う。何故 な ら 65小 節 には減 多に書 か れない delicatiss,の 記述があ り前述 した 63、 64小 節 には 2小 節 のス ラーが ある。それは 65、 66小 節 に もあ り65小 節 の三 点変ホ音 を頂点 としその左 手 には大 きなアルペ ジオ と共 に和音が書かれて い る。 この小節 は指使 い も克明 に書かれ 66小 節 は終止形 で 1拍 目と 2 拍 目にペ グルが記 され、右手の 2つ 目の音の Bに はアクセ ン トが書かれ一 つ の フ レーズ が終 ることを意 味 して い る。69小 節 の左 の 2拍 目 2つ の人 分音符 を結ぶス ラー とアクセ ン トが 70小 節 も同 じように自筆譜 には書かれて い る。だが同 じ形 の 73、 74小 節 には書か れてお らずヘ ンレ版だけが 自筆通 り無 しで書 かれ、エ キエ ル、 ウィー ン原典版 は 〔 〕付 きで書かれ、 コル トー とパ デ レフスキー版はシ ョパ ンが省略 した もの と判断 しそれ らを記 202 ショバ ン エチ ュー ドop10 No 5の 自筆譜 と現代の諸版 との比較考察 述 して い る。 (譜 例 16) 75小 節 の最後 の左 手 の人 分音符 と人の 76小 節 の最初 の 4分 音符 を結ぶ終止形のス ラー とアクセ ン トが 自筆譜 には記 され現在 のほ とん どの楽譜 にもそれは書かれ て い る。 (譜 例 11) 79小 節 の最初 の人 分音符 には自筆譜 にはス タッカー トが記述 されて い るが それを記 し て い るのはパ デ レフスキー とコル トー とウイー ン原典版 でヘ ンレ、 ミクリ、エ キエ ル版 に はそれが書かれ てい ない。記述 ミスであろ うか ? 又次 の上 降 して い く左右 の 16分 音符 には自筆譜 には何 も書 かれて い ない が現在のほ と ん どの版 にはスラー とアクセ ン トが書かれて極 めて妥当 だ と思 う。83小 節 の最初 の 16分 音符 と続 く左右のオクター ヴにはやは り自筆譜 には何 も書かれて い ないが現在のほ とん ど の版 はス タッカー トが記 されて い る。 ⑥逗指法 最後 に逗指法 を見てみ よう。 自筆譜 ではシ ヨパ ンは克明に指使 い を書 いて い る。それは どれだ け シ ョパ ンが指使 い を大切 に して いたかが解 る。無論、手 の大 きさは人によつて違 うので ドビュッシーが語 つたと言 われるよ うに自分 で考 えだす ものだ とい うこと も理解 出 来 るが、 ミラノの悼物館 にあった さほ ど大 きくない石膏 で 出来たシ ョパ ンの手 はピアノを 弾 くには理想的なサ イズ に思えた。 自筆譜 を見てみ る と 1小 節 目の主題 のモチ ィー フを 3、 3□ )5小 節 目の繰 り返 しの主題 を 2、 4、 1、 5、 1、 を記述 しなが ら (譜 例 に変 えた ことは前 の小節 の流 れか ら来た も の と思われる。 (譜 例 3□ ) 又、 シ ョパ ンは親指 に強 く意識があ った よ うだ。33、 (譜 例 5、 34、 37、 38小 節 の親指 の記述 は、 14)親 指 の使用 を促す もので、それはバ ッハ の 時代 には黒鍵 を親指で弾 くこと を禁 じられていたことを大 きく打破する ものである。その独創 的な指使 い は当初 は困惑 を 招 き批判 されたようだが、す ぐに広 ま り受けい れ られたようで ある。 しか しなが ら黒鍵以 外 の 曲でシ ョパ ンの指使 い を見ると、通常、我 々には考 えに くい指使 いが時 々書かれ てい る。それは 4の 指 の連続、3の 指 の連続、親指 の連 続、又 は一 見不必要 とも思 える同一鍵 盤上の指 の置 き変 えな ど現在 ではほ とん ど考 えに くい逗指法である。無論 これはシ ョパ ン 独特 の深 い考 えが当然根底 にあった よ うだが、シ ョパ ンの時代 の ピアノ、当時の会場の音 響、 シ ョパ ン自身の音色、音量 と現代 それ らを比較するとそれ をそのまま受けいれるのは 難 しいよ うに思 う。 シ ョパ ン自身は ビロー ドの タッチ、水 の流れるような音 とその音 は賞 賛 されたが他方、大 きなホールでは後 ろまで 聞 こえなかった と言 われていた。 けれ どこの 「黒鍵」 に限ってみれば全 く妥当 で合理的な指使 いで 15小 節 目か らの 1、 く 16小 節 目の 1、 5、 2、 1、 4、 2、 4、 1、 19小 節 目の 2、 4、 5、 4、 2、 1、 2、 5、 (譜 例 1、 2、 1続 29)23小 節 目か らの 3小 節 以上 にわたる詳細 な記述、 (譜 例 13)中 で も前述 した 33小 節 目か らの 1 の指、35小 節 目か らの 5の 指、41小 節 目か ら数小節 間にわたる克明な記述、 (譜 例 22)他 、 203 名古屋芸術大学研究紀要第 35巻 (2014) 非常 に多 くの指使 いが書かれてお リシ ョパ ンが どれほ ど榊経 を使 っていたかが考 えられる。 クライマ ックスにあたる 65小 節 はシ ョパ ンは 5、 3、 2、 して い るが (譜 例 6)ミ ク リと コル トー版 だ けが 5、 4、 1、 5、 4、 2、 3、 3、 2、 4、 1、 1、 5、 3、 4、 1を 記 2、 3、 2、 1、 5 を記 してい る。 ウイーン原典版 の ように運指法 だけで氏名が載せ られるほ どその重 要性 は ピアノ を学 ぶ者 にとって如何 に大切で重大 な ことと再認識 させ られる。 以上で今回の検証 はひとまず終 えるが 一 曲で もこれだけ多 くの問題 を我 々に与 えなが ら 天才、シ ョパ ンが全霊 を捧げて作 った膨大な素晴 らしい作品群に対 して絶大 な賞賛 と深 い 敬意 を払 うことを惜 しまない。 参考文献 シ ョパ ンの ピアニ スム その演奏美学 をさぐる 加藤一郎 音楽之友社 弟子か ら見たシ ョパ シ その ピアノ教育法 と演奏美学 ジャン=ジ ャック・エー ゲルデ ィ ンゲル著 米谷治郎 。中島弘二 訳 音楽之友社 資料 シ ョパ ン エチ ュー ド op 10 No5 自筆譜 コピー 使用楽譜 FREDERIC CHOPIN Etuden HERAUSGEGEBEN VO EWALD ZIMMERMANN G Henle verlag MUNCHEN FRYDERYK CHOPIN Etudy op■ 0・ 25 Three Etudes NATIONAL EDITIO Edited by JANEKIER SERIES A WORKS PUBLISHED DURING CHOPIN'S LIFETIME VOLUME FRYDERYK CHOPIN Ⅱ Ⅱ ETIUDY IGNACY」 PADEREWSKI 公益財 団法 人 ジェス ク音 楽文化振興 会 株 式会社 アー ツ出版 FrOdOric Chopin Etudes op■ O Budura― SKoda wiener Urtext Edition音 楽 之友社 FREDERIC CHOPIN COmplete Works for the Piano Book ⅥI Etudes CARL MIKULI SCHIRMER'S LIBRARY OF Musical CLASSICS 204 ショバ ン エチュー ドop10 No 5の 自筆譜 と現代の諸版 との比較考察 EDITION NATIONALE DE MUSIQUE CLASSIQUE N0 5,004 CHOPIN 12 ETUDES op10 ALFRED CORTOT EDITIONS SALABERT 八 日1享 訳 205
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