YMN002702

啄木短歌研究ノート
L
け
八
見るⅤことの意味
㈹まなざしのドラマコ一握の砂
そ
か
太
田
登
内外をめぐ
た窪川鶴 次郎が﹁啄木の歌の世界は、自己の生活の
う なのが沢山ある﹂と石破し、きらにはかかる牧水 の指 摘 をふまえ
ハ ナナ マハ Ⅹ ヰナ ハトハマ
る諸相とたたかりことで堪えている、しかもつねに求め てやまぬも
いよいよ堪えがたい、そのような啄木の こころが演じず
にはいられない独白劇の舞台なのであった﹂といみじくも 性格づけ
たよう に、わが啄木はおのれの 八刹那々々の生命を愛惜 する 心 V を
︵吉田清一︶
らにほかならない。啄木のいう ﹁忙しい生活の間に心 に浮んでは 消
反 する ところでは
V歌をつくるいわ ば ﹁目を閉じ
一九
る啄木﹂の無意識の傾斜を解明する点にあった。その結 果、﹁どれ
あるが、氏の主眼はむしろ 八見ない
ていたことについては、つとに佐佐木手綱氏の舌口
啄木が八見る V 設定を歌の方法として自覚的︵意識的︶
に ドラマ化したのではなかろうか。
いわば 八見る V ことの発見によって、短歌という一つの詩形の世界
ⅠⅡⅩⅩⅠハト ヰ
作る日は不幸な日﹂でありながら、どのように短歌という一つ
形に う たわれたのであろうか。
唯だ 一つ何か
歌人啄木の晩年をよく知る若山牧水が、啄木の歌には ﹁もの
をつけるについての鋭敏 さ ﹂で﹁平凡な中から、
えて、生々とそれを一首の裡に生かし﹂、﹁描写や叙里只に於て
かにも印象の鮮やかな、一首が直ちに絵になり、短篇小 説 にな
に 採用し
えてゆく刹那々々の感じを愛惜する心﹂は、﹁僕に とっては、歌を
ある以上に八考えるV詩人、八見るV詩人だった﹂
た詩才と詩精神を具有しえたのは、ひとえに﹁彼が八 歌 う V 詩人で
歌人啄木が多くの生活派歌人と称する亜流の追随を許 きぬ卓抜し
の
詩
@c]
恨、
い
を
、
よ
捉
る
をとりか こむ外界や他者から逃れることのできぬ八 まことの 我 V と
ニO
も淋し気な啄木の八見ないV 歌 ﹂は 、 ﹁みずからの 弱 きさ噛みしめ
八 まこと ならざる 我 V とに屈折する生命のありかを見つめなお すが
いのち
なぐさめながら 八見る V ことから逃亡してゆく後ろ姿 なのであっ
ために、 八また眼をあけ V 八目をばつぶれる
ス ハト ナ
にとって 八目を閉じる V のは、後述するようにその生涯たえず見っ
八責任 V回避などではない。つまり、啄木
、決 して
て、これは、 八見る V ことの究極を感知した表現者の典型 的な一つ
八見る V ことにともなう
V のであって
の在り様を示すものなのであった﹂という卓見を示された。たしか
八見る V 八見ない V というありふれ た 日常的行
め つづけ なければならなかった啄木のまなざしをやわらげるため
に 、啄木の短歌は、
為 が実はわれわれ人間にとって根源的な選択を意味するものである
の 、あるいは 八見る V ことを反切するための、あるいは八見る V こ
木
と
マ ⅠⅠ
ということを切実に主張している︵具体的には、次郎で述べるよ う
休
モ
チ
l
濃
た
こ
。
う
そ
を
具
とを活性化するためのしぐさであるといえよう。やはり 、啄木がっ
い 』
味
に文学が実生活に対して負うべき責任の自覚、という本質的な問題
る
をき す︶。しかし、氏が八見ないV 歌 としてくりかえ し 引用する
砂
ね
め
て
{
さ
つ
@
っ
き
く
%
く
化
と
。
の
きびしくもまた眼をあけるかな。
た
めと
2% 閉づれ ど
なに
心 にうかぶ何もなし。
なん
Ⅲ何となく、
を
多
歌
」
啄
木
ド
う
足
す
密 の
か
ざ
少
な
の
損
慶
の
ら
設
て
" 愛 み
れ
た
啄
プ
て
こ
な
流言
目 をばつぶれる。
むしろ自己
これら﹁悲しき玩具﹂の歌は、必ずしも﹁外界と絶縁 する﹂ことや
﹁他者との関係を断つ﹂ことに力点があるのではなく、
の
に
は
こ
@こ
思
』
し
い
ア二
;
が
見
み
再 に
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も
革
開
に
を
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の
ま
は
一事うろ
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屋
的
る
首 「 現 『
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十
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炒 れと 八
舌
握
の
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思劇
との
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幕
帯
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砂毒
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山
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ま
一
め
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に
い
歌
フ
そ
が
ま
速
七のい
物吉 日ひ プヒ
なか
コ
劇を演じ る 啄木のま
漂泊流離のわが身をかこっよう に自己の化身とおぼしき ﹁流木﹂に
んしゃ
おのれの生命のありかを問いかけるいわば無言
なざしがうたわれる。
あて
毒こ
さ
力だヤ
%
めつ 亡
・
を 打 つ群を見て ぬ る
むれ
穏 かなら ぬ目付して
鶴
つるⅡ
し
なに
このかなしみは
拭ひ あ へずも
ぬぐ
Ⅲ ぢ つとして
黒はた赤のインク 吸ひ
堅くかわける海綿を見る
かた
@
る
築7
る
り
一一一
陰犠 たる日常的空間を表徴する﹁どんよりとくもれる空 ﹂を見上げ
か
て
ゐ
し
@%
り
が
清し
に
け
幸三白
些
見。
な
わ
かど
歩かみやま @
おとろ
鏡 昆の前に来
ほ らしげ
ふと驚きぬ
見す
句の改稿には、大都会にう どめく他者︵群衆︶の視線に射すくめら
明屹 ・5.Ⅰ︶の第二1匹
まなここのど ろ気になる﹂︵ ﹁スバル﹂
いう までもないが、初出歌 ﹁いっも逢ふ赤き上衣を着てあるく男の
あの
た
歩むものかも
た
れまいとする啄木の神経過敏な意識がはたらいている。
ら
窩 いつも逢ふ電車の 中の 小男の
空母と
稜 ある 眼
る
た
このど ろ 気になる
し
ど
つ
なに
8
7ィ
町やらむ
ハ
@..
き
け
ど
@
も
@
く
猫は
兄な
け
手て
ら
98
人まく ど
を
ん
殺旦 れ よ
ぢ
38
ている う ちに、啄木の自意識 は 一種の八狂気 V をはらみつつ混濁を
深める。その精神的外傷の暗楡 でもある﹁ 手 ﹂﹁海綿﹂を凝視する
こ
めぐって、アララギ派の杉浦翠子と生
執 ん%がこめられている。周知のように、
啄木のまなざしには、おのれ の八生命を愛 間 する 心 V の深淵にくい
つ 乙うとするかのような
の結句﹁ ぢ つと手を見る﹂を
ざ
の
け
る
八
つ
た
ら
活派の西村 陽吉 とのあいだで 八 啄木論争 Vがかわされたが︵篠弘
、
二
て
は
﹁近代短歌論争 史| 明治大正 編 ﹂ 八昭訂 ,托刊 V が詳しく 跡 づけて
日ひ
し
た
氏
華
る︶、はたして翠子のいう よ う に﹁わざとらしい気取りには鼻も
か、どうか。否、というほか ない。これまでの劇的展開でいえば、
まなこ
ま きに 八限りなき絶望の間 V のなかに 庁
{
明
見
昇
ま
ち﹂ならず﹁芝居﹂がかった ﹁厭な余興﹂としか読みとれないもの
﹁ぢ つと手を見る﹂とは、
む啄木にとっては、その二つ の ﹁眼 ﹂をこらして一つのもの︵手 ︶
に訴へ﹂﹁心に観て眼に抜け展 かしむ
ぽとりすがらりとする実にか けがえのないしぐさなのである。翠子
はこうもいう。﹁眼に沖て心
歩も。
を
う
て
れ
6 しアララギの 入 写生Ⅴに くらべると、﹁啄木は丸で眼界の開展を
ら
よ
も
れ
が
さ
な
(
ゆ
と
つ
す
来きカフ
な
身
ど
し
ぎ
次
と
る
そ
詩 音
そ
見
相 確 認
ま
出 講
て
怠って居た﹂と。もはや翠子 の啄木批判がいかに独善的なものであ
るかがよくわかる。
見つめている。啄木は﹁眼﹂によって
啄木はおのれの身体の一部である﹁手 ﹂をこれまたおのれの母体
の 一部である﹁ 眼 ﹂によって
﹁手﹂を見ながら、﹁手 ﹂ を見ている自分自身の存在を認識する。
れ
を が
買。 み
ひ な
え
友ま
花:
す
何だ
%
き
つこれの出ののも
次弘 行でたにのにた
第し 」 ね める
存も 、
128
花を買うこ、@よ、
V
打
なざし
るか
。
さ
そこ
" か
ちがな
、
含 め
り
うや
がつ
ね
帥づ
の
ま
白
が
る
な
が
装置で
い喚き
ない」
ら
好 子
か
恰
り
た
入 る妻
「せと
室
を
づ
0
な
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む
節
え
きろ や
て
我
に
あ れわ
啄
木
鱒茸
夫
と
圭
の記 録 と見ることはできぬ﹂﹁社会的理由のある自信喪失
底 でのおど け ﹂と見ている︶。﹁友がみな﹂の歌は、三行に分かち
-
きわめて有機的な構成をつくりだしているといえる。
うに読みとれる︵ コ悲しき玩具 ヒ収載の問題作﹁放た
ハ Ⅱ
﹁呵 すれば / 此処に 我ありや﹂の秋日めいた問いかけは
は うらはらかり視点にし るス wかりネ
巳はなⅡ リか ︶。
ⅡⅡ
おける啄木 のまなざしは、この﹁安 としたしむ﹂まなざしとはい
し女のどと く、 / わが要の振舞 ふ日 なり。 / ダリヤを見入る。﹂
フがあるよ
一行目 のみじめな思いが救い上げられるところに、この歌の モチ
まり、 睦 ま やかに﹁ 妻 としたしむ﹂啄木の優しいまなざしによって
るという、
つ
花 ﹂を媒体として一元何日の﹁ 妻 ﹂と自己同一化 す
ィが、二行 目の ﹁
きされるこ とによって、二行目で傷ついた﹁我 ﹂のアイデンティ
夫妻 愛
行為を意味するとは思えない︵米田利昭氏は ﹁これを単にある日
ナナ
八
湯
、
ら
かく
き
を
r
終
生
う
の
舞
Uぎき此
。
に
虎。
花
す、
よ
た
た
啄
木
は
つ
く
も
一
」
引
@け
い
V
し
れ
ぎへ輸
が 子
ゆ 底
え の
弗素
﹁室を眺
い う ﹁時代閉塞の現状﹂における﹁自己の存在の確認﹂である。
﹁我 ﹂のアイデンティティを見失なうまいとするかぎり
むる﹂啄木のまなざしは、﹁室 ﹂の 八外 V なる現実の 風景を醒めた
意識の表居に浮かび上がらせなければならないであろ,
ヮ。かくして
﹁誰そ 我に / ピストルにても撃てよかしⅠ伊藤のどとく死にて見せ
明 化 ・皿 ・工 ︶
なむ﹂﹁やとばかり/世官租に手とられし夢みて覚めぬⅠ秋の夜の
二時﹂といずれも初出﹁九月の夜の不平﹂︵﹁創作﹂
の思想 詠 をもって、序幕﹁我を愛する歌 ﹂は閉じられる
我-
% ま
かかる現実の批判的追求に向けられた啄木のまなざしは、つぎの
型
@
第二幕﹁ 煙 ﹂でみごとに一転する。
﹂
も
めみ
模、
撰写
「秋風
)
刺昭
実
で
の
存
あ
こ
の
あ
「
る
よ
班
治
フ
"-
・
にら
とい想す
肚
げ
よ
二幕
て、
@乙
ちめ
初の歌の日の
第二幕目に見
華
飛びて う た ふ を
姉は傷みき
あれ
4
形だ
の被布
巨こ、
日
ちしきょ @
Ⅲかぎりなき智識の欲に燃ゆる眼を
歳"
9
大熊ふるかと
の
自己の
ひとこ
ころ
蜥恨を
や病みめ
その頃 よ
一人泣くをおぼえ し
ひとり
コ悲しき玩具日収載歌 ﹁あの年
/ こはし やしにけむ。
0
﹂
﹂
﹁黒き眼鏡﹂が傷つきやすい青春のまなざしのフィルターと して
0機能を はたしていたことが、
く 春のこ ろ、Ⅰ眼をやみてかけし黒眼鏡
との呼応からも類推されるところである︵﹁黒眼鏡﹂が破殴 される
最
8
年た
の
力
つ
・
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る
る
第
「
限
羨み ャ
ら
う
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き
謎
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の
一
ィ
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ミ
を
諸
歌
の
赤ま
花;
に
甦 鈴
く
215
泣" コヒきや
@す 上宮 は
どと
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に
らかに
の
岸揚
きしべ
なき目に
柳あ や
見。 を
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て
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か
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故
一
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い 木
育 は
す 春
223
諸
幕来警
を
こ
高
六。 今ま大ぎ
け
る
寺
代
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生節、
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か日者像
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ぅ
民
と
肉、
る薯結
。 ののむの時
かも村を恨
示 V、
5 丁 時 で
す 駄 間 あ
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の
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第 か 木
う
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さ
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本 化
形
の
白
を
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ふ
ぐ
り
も
な
つ
情
神
で
は
ズ
的
土 啄
短
の
め
'"'
じハ
壌 木
に
と
l
をふ
こぉ
附子を負ひて
古ふ
い
ていしゃに
雪の吹き入る停車場に
ゅ
われ見送りし妾の眉かな
の
そ
ほそ
自
身
Ⅲわれ 搬ゑ てある日に
つ
づ
ら
た
わ
み
し
れ
者
細き尾を悼りて
、
う綴わ
括っ
ゑて 我を見る犬の面よし
く
﹁生活者啄木の分身﹂︵ ム﹁井泰子︶である﹁ 犬 ﹂と﹁ 我 ﹂との
、 真な。
にさ
は
くツク な ま
八見る V 八見られる V もののあいだにはたらくダ4 々 八 盲動的 V な啄木自身の精神の内奥が見定めよう
語
へ
慕
か
な
見
せ
さみ﹂として、せめてもむなしい﹁流離の記憶﹂を美化しなければ
ならぬ啄木のまなざしのかげりをくっきりと浮き彫りにする。かか
二五
道標
ざしによって、
のみの
今も目にあり
館 ち に
弥 た 深
生 北
小 海 刻
みつ
学校
し
み
匝
きれる︵近藤元﹁南方の花﹂ロ唄巧 ・エ利ロ収載 歌 ﹁犬 ころをつ
つら
光
同 劇: れ 子
智恵子の清純な﹁黒き 瞳 ﹂は、﹁ 塵挨の中にきすら ふ者の心をぐ
で 寂
の
さ
と
場
列卜
喉どれ に
いま め
傷痕
第二
る
づく見れば人間の面によう似て恨になみた ぐむ﹂は 類 似の モチー
に拠りながら、その対象把握がきわめて即物的なために、 八見る
画館
ことにともなう内的葛藤の鋭きを内包する啄木短歌にははるかに
ばない︶。
第四幕﹁忘れがたき人人﹂はふたたび回想場面。
樽 ,釧路と漂泊の旅路をたどる第一場では、
めみ
いも う との眼見ゆ
津軽の海を思へば
つかる
ぞれ
。
き
とは
な
。
ヘル歴の
のに 史、
恐 物 が 芸
月客
妹
泊
の
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l@x こ
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、
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橘 失 た
僚
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ら
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世
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」
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ここ
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ろ
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ここ
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を
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る
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る
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在
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ク Ⅰ。
生
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幕
斉
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サ
いこ
ながめてしばし 憩 ひけるかな
んす
こ
之
紺公園の隅のべンチに
531
。 公言
烏き回毛
あ の
そ アド。
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る
る
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目
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み
て
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遊き
目
へ
め
だ
す
赤ゑ
き
帯ぉ
か
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-"
このど ろ見えず
﹁よどれたる吸取紙﹂に荒家たる人生の痕跡を発見し、
﹁時計﹂
代
の
生
民
げふ
@
,と
」
人と
夜の窓にもたれて
よる
ね
老 翁
か 浪
放カ「
す 」
か め
に 血
響 が
い 流
河
う
﹁一握の砂 ヒ
ね、わが啄木は﹁目をと ぢて ﹂まなざしの人間ドラマ
﹁公園﹂を 舞
りさまを眺めて﹁しばし憩 ひける﹂啄木のまなざし。
思 が
よ
り遁 げてⅠただ一人Ⅰかの城北に痕に行きしかな﹂
︵傍点太田︶
耽る啄木のまな。きし ︵なぜコ一握の砂口の終幕に連作
現実のドラマを瞑想するかのように最後の幕を閉じよ,っとしたので
︶ ]]]
のいわば基点︵起点︶ともいう べき﹁かの城北﹂︵Ⅲ﹁ 教室の窓
たわれたのか。広大悠久な八自然 V の表徴である﹁砂山﹂の巻頭 歌
ある。
呼応しているのか。かくのごとく、これら一連の﹁公 田二の歌は実
にさまざまな謎をわれわれに投げかけているが、﹁松川﹂のモチー
三ゼ
群と、さね めて人為的な八場V である﹁公園﹂軟部と はどのよ,フに
﹁公園﹂が ぅ
と
本来のⅡ一握の砂しは。これらの歌で終わる筈であっ た 。ともあ
﹁日も母なき 子を色 ひ
ム
しる
ぁと
かの賊地にき まよ へるかな
よ出
翁
@こ
Ⅰ
力
て
る
い
る
石
井
Ⅲわが友はとも
寝られ
吹
︵棚 ﹁ふと見れば / とある林の停車場の時討とまれりⅠ雨の夜の汽
革 ﹂︶の動きに う つろな心の波動をかきね、﹁柳のひと葉 ﹂に 八凋
海 ﹂を眺めることで安らかにし 、﹁赤き
落 V のわが姿を見いだす啄木のまなぎし 。こうした﹁ たへ がたき﹂
﹁こころ傷み﹂を広大な﹁
椛 ﹂の鮮やかな色彩を渇望する啄木のまなざし -Ⅲ﹁ きびしきはⅠ
色 にしたしまぬ目のゆゑと /赤き花など買はせけるか な ﹂︶。﹁ キ及
の妻﹂﹁腰を編む 女 ﹂にわが 妻節子をふくむ女総体のあるべき姿を
見てとろりとする啄木のまなざし︵Ⅲ﹁女 ありⅠ わが いひつけに 背
) 六
。 田
台 はくりひろげられる出会いと別れの人間ドラマにしみじみと思い
かじと心を砕くⅠ見ればかなしも﹂︶。﹁頬白﹂﹁小 鳥 ﹂の遊ぶ あ
か
す
か
と
の
」
い
な
国" 「
里
ぢ
て
「
二
き
独 逸
口金目
% 安を"
侶
なすは
らる
、
512
フ
に
登
場
え
て
ナテく
.s.
追
㈲﹁
穏 かならぬ目付﹂の啄木
かくてわれわれはまなざしの人間ドラマ㍉一握の砂山
に設定され
た八 見る V方法が啄木短歌の形成虫にどう位置づけられ るべきかを
る V 方法の原点をどこに求めるかであろう。
と 指摘する
﹁井泰子氏も
そ 乙で、 ム
明らかにしなければならない。換言すれば、啄木短歌における 八見
﹁私どもの啄木短歌は、この時点から歌われはじめた﹂
明治四十三年春以後の﹁東京毎日新聞﹂﹁東京朝日新聞 ﹂への詠出
﹁社会的反抗の自覚、社会的矛盾への覚醒を歌い出している﹂と
にその端緒を求めることにしたい︵米田利昭氏もこの時期から啄木
は
べき コ暇ナ時 ﹂ 時
托 ︶ 百 十四百にも、
いう︶。たしかに、まさに爆発的詠出とでもいう
代の作品である﹁ 石 破棄﹂︵﹁明星﹂ 明何 ・7.
や、ま田
なか
嘆 検
て
歌
の
か
京
る
その時に見ゆることはき大いなる手 ありて我に力添へに き
l
はいるり
" い V 得 己氏稿
詠 め /
東
「
時
こ
め
た、
る
つ"
V
て
ぬ
旗
れ
た
つ
豊 歌
白
見 な
な
と
の
兄
ぶ、こ
別るべき明日と見ざりし昨の日に心わかれて中に君見
半身に赤き括して蛇を噛む人を見しよりわれ病符 つ
れけう
君泣くを見てかなしまずなりしより眠れる恋を掛ちて来ぬ
あか
血を見ずば飽くを知らざ 狗蝋び機眠 がもて神を崇め む
み心の深さを知らず千斤の鉄の錘をつと投げて見る
コ
なにを見てきは戦くや口ロ大いなる牛 むがし目に我を見て行
か
千う
っ、
辞
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見
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け
日、よお
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朝
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十一首
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な、啄
心、 木
そ して一度 は
と、文学といふ事を忘れてくらす日が三日に一日はある、 然し忘れ
て る ても捨てはしない、これから徐々とやる積りだ、
比3.
宮崎郁雨宛書簡︶という 文学観の変革を
僕の文学的革命心の高調に達する日が屹度来るものと信じてゐる
﹂︵ 明 ㎎・
余儀なくされる重要な地点に立たされていた。これをもって︵同じ
。第二旬 を
目付 V をしている自分を、さらに客観したような歌 ﹂︵山木健吉︶ 、
﹁その冗長で説明的な表現は、ほとんど読むに耐へない
作者は活人画風の、いきいきした描写とでも錯覚して ぬ たのか。
︶、﹁穏やか
否、日常会話用語に翻訳翻案した万が、より新しいと信 じ 、そのた
めに反間苦肉の技巧を試みたのかも知れぬ﹂︵塚本邦雄
ならぬ目付で労働をしている人達の態度に、啄木は、八何やらむ V
と疑問を抱いたのである。そして、その労働者の群の穏やかならぬ
6%
日﹂と兄 なすか、 石
子 氏の﹁文学政栗山旦日、それゆえの人生選択
目付は何にもとづくかを考えつつ作者は見ているのである﹂︵佳孝
時期に書かれた評論﹁硝子窓口﹁明毬 ・6 ﹂とあわせ て ︶ 、ム﹁井泰
井勉次郎氏の﹁文学との明快な断絶関係は、ついに終 生彼を訪れな
二︶、 ﹁いずれに解するにせよ、路傍の一場面の描写に
託して、 自
かった﹂と見なすか、という実に厄介な問題をかかえた時期の所産
分の日常のとげ とげ しい姿や心を横からながめて描いてみせる歌﹂
、 ﹁穏 かならぬ
目付﹂の主体とその内実にかかわるといえようか 。ム﹁その各々に 詳
︵今井泰子︶等々。いずれにしてもこの歌の主題は
がこの﹁何やらむ﹂の一角なのである。それを裏がえしてい,んぱ、
この一宿は、﹁僕は新らしい意味に於ての二種の生活を営むより 外
ける文学の絶
主語をだれとみるかで幾通りにも解釈できる﹂︵今井泰子︶。たと
きて、この歌は﹁各旬の修飾関係のとり万 、また八品 てゐる V の
はなかったか。﹁穏 かならぬ目付﹂には、﹁鶴 廣を打つ 群 ﹂とそれ
現実を見つめるリアリスト啄木の冷徹なまなざしを意 抹 するもので
﹁穏かならぬ目付﹂とは、﹁鶴 隣を打っ 音 ﹂に表象され る苛酷な
しく立ち入る余裕もないので、私見をありていに述べておこう。
えば、﹁ 八穏 かならぬ目付して V はおそらく現場の監督 のじっとに
らを﹁見てゐる﹂啄木自身との両者のまなざし
幻化から相対化への過程を明らかにする手がかりにもなる。
っ。 八見て ゐ
ちろ つけるような目つき、態度をいっているのであろ,
れる V とでもい う べき二重の視点がとりこまれているよう に思われ
のようにその日常生活を報告している。﹁近頃はいつでも 一時二㎎
啄木はつぎ
見る V 八見 ろ
るⅤの主語は﹁ 穏 かならぬ目付﹂をしている者、すなわち現場の監
てならない。前引二百中旬の宮崎宛書簡から約一月後、
八 構 かならぬ
督 であろう﹂︵岩城玄徳Ⅰ﹁工夫が鶴唯を打ちおろす きま をじっと
見ていて、ある神経的な危機感にとらえられている。
二Lj
宮崎 宛 ︶。﹁文学と いふ事を忘れてくらす日が三日に一日はある、
生活の形式と性質は労働者と完たく同じだね︶﹂︵明牡 ・4.乾
コップを二つのんで 来ると好い気持だ。︵内容が少し違ふだけで、
位︶ビールを飲みたくなる。ぢき近所の一品料理へ行って、五銭の
に浸 る。その割合に は胡も案外早い。 たぢ時々二円に二 %か 二%
ゐても捨て﹂きれぬ文学をどう相対化すべきかを苦悶 す る 啄木のま
︵それは文学と実生活の越えがたい溝渠をさす︶のなか
質 ﹂を有することのできめ、いわば﹁自分自身意識して
で ﹁忘れて
の 二重生活﹂
る﹂宮崎とは対照的に、労働者とまったく同一の﹁生活の形式と 桂
かならぬ目付﹂なのである。すなむち、すでに﹁文学な んかをやめ
に立ち向かってゆこうとする。かかるさなかのまなざしがこの﹁ 穏
三O
然し忘れてゐても 捨 てはしない﹂啄木は、たとえ﹁一月に二懐か三
なざしそのものなのである。
ト ハナ
段位﹂でも労働者とまったく同じ﹁生活の形式と性質﹂をもとうと
梯 かならぬ 目 付で鶴吸
を打ちこむ道路工夫 達 を見つめている自分のまなざしが かくも けわ
この歌の私 解 ︵どう したわけであろうか、
勘者の投影と考えろね﹂︵佳 ︶なくもないが、さりとて今井氏のい
打つ 群 ﹂ の
する。この啄木の述懐をもって﹁八鶴噛を打つ群Vが啄木ら給料労
うように啄木が直ちに ﹁文学に八手淫
V としての付属的、従属的、
﹁穏 かならぬ
﹁穏かならぬ目付﹂に投影する現実の重圧にたじろぐこ となく︵ 文
掌故 菓 もしくは人生選択︶、かかるあるがままの現実を
相対的位置しか認め ぬという決意を固める﹂に至ったのかどうか。
はたして宮崎宛の 二通の書簡にこめられた啄木の真意を啄木自身
マ ナハ Ⅰ
のまなざしの微妙な 変化から読みとれないものであろうか。
岩崎正 宛女
り主
笛Ⅲ
日︶と。
文6
学
、を
︵
傍
一に
木田
る。﹁我々はも少し人間の他の諸活動と申邸 かい心ト 徐遇
目付﹂で凝視することによって自己存在の意義をたし かめよ うとす
対して与へよう ち やないか ? ﹂︵明穏 ・6. 脇
あ るいは所詮
﹁朝から晩まで 目 な っぶつたやうな心持でせっせと働 ﹂かざるを
えない日常的な生活空間の背後にう どめく労働者︵鶴唯を打つ群 ︶
すでに﹁文学的生活に対する空虚の感﹂に支配され、
文学の自立などありえぬことをしたたかに思い知らさ れている啄木
の抑圧きれたまなざ しの力量にう ながきれるよう に、﹁予は今暗き
眼 0次第に暗黒に慣れ来るを待つ如き気持にて、
穴の中に入りて、
静かに予の周囲 と予自身を眺めっ L﹂︵﹁百回通信﹂明伐 ・Ⅱ︶あ
Ⅰ
口
Ⅱ
仏
ハ
竹
Ⅱ卜
刀
ハの
Ⅰ肺
に悩まされながら、︵略︶その痛ましき二重生活に対する肺
であろうとも、いまだ﹁常に自分の思想と実生活との間 の矛盾撞着
か帝離か定かかか ひ かか 鴇憶 継嗣に与ふ﹂ 明姐 ・2 ︶の である。
った啄木のまなざし は、やがて﹁何事にも驚かずに・眼を大きくし
まとも
て正面に﹂﹁すべて の新しい出来事﹂︵﹁歌のいろいろ﹂
明㎎・は︶
そこで、本稿のかっての問いかけに立ちかえることにしたい0 こ
卜一握
ていることは自明であって、その意味でも八目選歌V 卸 にト卜月
っ。おそらく
︵自選歌
号 ︶に掲載された八白選歌V 二十三首の末尾におきめられ
これまた周知のどとく、この歌は明治四十三年セ月号の ﹁創作﹂
司創作 L
八自選歌 V のなかに縮小ではあるが鮮やかに複写された ︵﹁
にしたたかに焼きつけたにちがいなかろう。そしてこの原風景は 、
れたまなざしの人間ドラマロ一握の砂しの原風景を、おのれの脳裏
へ自選歌 V の冒頭にすえた時点で、時間と空間の位相によって描か
0秒 L のいわば 原 イメージが内包されているといえよ,
ている。八自選歌 V というだけあって、二十三角のことどとくが
皮八自選歌 号 V といふものを出す さ うだ。 僕 へもム﹁日 催促に 来
はム﹁
フマ司一握の
の ﹁何やらむ﹂の一色がいかにしてまなざしの人間
ド-
コ一握の砂口 に収録されているが、それにもまして、第 一幕﹁我を
て 、珍敬 二十三首 と十セ の時の写真とを持つて行った﹂
は、啄木自身まさに自穏歌 とでもい う べき﹁東海の小鳥 ﹂の歌を 、
愛する歌﹂、第二幕﹁
煙三 、第二一幕﹁秋風のこころさ
よに﹂、第四
宛書簡Ⅱとい,ユ品葉を、さきの﹁平均のとれた待遇を
砂Lに設定された八見る V方法の原点になるのか、と。
幕 ﹁忘れがたき人人二、第五幕﹁手套を脱ぐ 時 ﹂ のそれぞれの序
与へよう﹂につづけて読むならば、
八自選歌 V にかけ る 啄木のひそ
文学に対して
Ⅰ同上岩崎
歌 にあたるつぎの五官がふくまれていることにある種の興味がそそ
ル ・急 V ︵現在の生・回想
きりと読みとれる。﹁何やらむ隠かならぬ目付﹂の歌が八自選歌 V
こにひとつの自画︵自我︶像を描き出そうとした啄木の意図がはっ
漂泊 士回想・現在の生︶をおりなすかのような八白選歌V には、 そ
いかにも人間ドラマの八席・
かな自負がうかがえる︶。
られるではないか。
東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹と 戯る
故郷の誰なつかし停車場の人込みの中にそを聴きに行く
いつなりけむ夢にふと聴きて嬉しかりしその声もあはれ長く 聴
群の末尾におかれることによって、冒頭の﹁東海の小島 ﹂の一角 と
故郷の空 遠 みかも高き屋に一人のぼりて愁ひて下る
かざり
みごとに呼応しつつ、啄木描くところの自画像に微妙な陰舞がほど
がいるよう
る ﹁われ﹂をじっと﹁見てゐる﹂もう一人の醒めた啄木
こされたように思われる。さながら漂泊の思いに﹁泣きぬれて﹂ い
手套を脱ぐ 手 ふと休む何やらむ心かすめし思出のあり
これらの歌がいずれも コ 握の砂しの構成と発想に深く かかわっ
一一一一
ハナドハ
な気がする。かくして巧みな遠近法による映像的構図は
は、、恨に見え
一一一一一
は令兄つめてゐる。︵略︶長い間 0戦ひで
前は俺の為に笑 ふ気か、笑はぬ気か﹂と言ひながら見 つめよう
ぢやないか。1
%
はあったが、まだ勝敗のつかぬうちに僕はもう無条件で撤兵 し
Ⅰ ハ Ⅰ㍉
る ドラマを構築するきっかけをもたらした。
とまれ、まるで 八視線の呪縛 V にとりつかれたかのよ, フに、啄木
、し
]て
、損
、は
決
]な
]い
]。
祷点太田︶
︵同上岩崎宛書簡︶
が笑はなければ、此方の眼も益々冷酷になるばかりのことだ。
、先方むかう
つて熟視してゐる。いくら熟視しても笑ひ H
、う
Jにないが
0面を熟視してゐる。﹁俺の為に笑ふ気か、笑はぬ気か ﹂と舌口
入﹂
て了った。そして今、検事のやうな冷やかな眼で以て ﹁混叩
﹁時として
はおのれのまなかいに投射される現実の諸相をきびしく見つめるこ
とになる。閉ざされそうな視界のなかで啄木はいう
は、把手を握ったまま一秒の弛みもなく恨を前方に注 いで立って ゐ
妻節子の家出事件︵ 明蛇
、私は一年前まで知ら なかった﹂
る運転手の後姿を 、何がなしに羨ましく尊く見てゐる事 もあった。
︵﹁硝子窓﹂︶と。もとより、
Ⅰ斯うした生活のある事を
ろの苦闘のなかから、かけがえのな い現実認識︵同時 にそれは自己
ち いぴったりと重なり合う ﹂︶。が、われわれの啄木 はその 血 みど
対 化への移行状態は、彼と要との関係におけるそれと、
おかしいく
& も指摘するように、﹁啄木と文学との連れ添い万、絶対 化から 柏
強いられていたかはわれわれのよく知るところである ︵石井仙次郎
理性の外にはなかった ソ﹂とも告白する。啄木のいう八 透徹したる
は 無い。 君 、戦 ひを好む弱者の持つべき最良の武器は、透徹したる
ふ政一人ある許りだ。運命と面を突き合してるといふ外 に彼の生活
ろ う。啄木は画臨時代の友岩崎に﹁透徹した理性の前に ほ 運命とい
﹁穏 かならぬ 目村 ﹂とあるアナロジーをもつことはいうまでもなか
さにあえぎながらもおのれの実存をしたたかに批評しよぅ とする、
この﹁検事のや う な冷やかな 眼﹂が、まさに呪わしい 現実の苛烈
の生の根源的な意味を問うという、﹁食ふ べき詩 ﹂ 以来の重要課 樺
理性 V こそ、自己愛惜の刹那に﹁泣きぬれて﹂いる﹁わね ﹂︵@ 者︶
の啄木が八自己及び自己の生活を改善 V するためにいかなる苦闘を
である 八文学の相対化 V と深くかかわるかたちでの自己省察を徹底
を抑制・統御し、戦 う べき﹁ 敵 ﹂の存在とその正体をしかと 見 きわ
念は、所謂﹁理性主義﹂をめぐる啄木晩年の思想転換問題を解明す
める﹁ 帯 かならぬ目付﹂の謂ではないのか︵この﹁理性 ﹂とい, フ概
させることにつながる︶の視座を体得している。
カO
検事のやう な眼を以て運命の面を兄つめようち やないⅠ
か
。 ﹁お
な手がかりであるが、この点については後日の検討を
いり、いわば複眼的なまなざしで白日の生の痕跡を熟視する
おきた
V
よって輝かしい眼孔が 啄木に象嵌されたといえよう︵﹁
啄
﹁穏かならぬ目付﹂で来るべき﹁時代
︵
企
+桐 つづく︶
閉塞の現状﹂を予見しうる内的状況をもちえていたことを志 れては
夜の八自選歌 V 群において
平﹂と題する連作にうたいあげた。が、啄木自身すでに大逆事件前
視 ︵Ⅱ現実洞察︶は深化し 、その 張りつめた心情を﹁九月の夜の不
う。自明のどとく、いわゆ る大逆事件を契機として、啄木の日日凝
ホ短歌の重要なモチーフであったことは誰しも否めぬところであろ
ぶさに 八見る V 方法が 、 コ 一握の砂﹂から﹁悲しき玩具﹂に至る
を模索していたにちがいな い。 きまざまにたゆたう心情の軌跡をつ
ながら、散文世界では充分にはたしえなかった自己実現への可能佳
たしかに啄木はきわめて自認的に八皿 るV設定の歌を多くりくり
思われてしかたがない︶。
﹁穏 かならぬ目付﹂の啄木のアイロニーがこめられてい
いる
る
歌 V号に掲げられた写真に兄 られる少年啄木の澄明な まなざ
創作﹂
に自画像の主題があるとするならば、まさに﹁穏 かなら ぬ回
る
と
ところ
八
付
」に
自選
︵注 -
﹁時計とまれり﹂という表現には、﹁時間﹂というのがれ ろ
一一一一一一
眼
こちぬ 易 さへ細ると﹂︵コ酒 はがひヒ ︶﹁ 夏 ゆきぬ目に ノ
ネ
り@
ナ
よ
.
ん
右の指摘は、吉井勇の﹁夏の帯砂のう へにながながと 解きて
乱されたに過ぎない。
だけが生理的に海から﹁そむけ﹂られ、﹁赤い帯 ﹂に かき
っているのだ。心は女性の刀へ向かってはいないのだ。
心 はあいかわらず、自分ひとりの悲しみの中にひたり き
きせる歌なのである。
も中心にして歌って 、 逆に﹁ 心﹂がそこにないことを 感じ
ある。この歌は﹁ 心﹂をはなれた﹁ 目﹂のことをあく まで
ている。啄木の表現はこういうところが、きわめて明 蜥で
女性のすがたは全く描いていない。﹁赤い帯 ﹂だけを 書い
﹁目 ﹂をかきみだしたのだ。女性の廿なことは明らかだ
が
あくまでも﹁ 目﹂を主体に言っている。﹁赤き帯 ﹂は その
ついて、玉城徹底につぎの的確な分析がある。
﹁たひらなる海につかれて﹂の歌における啄木のまなざしに
われる。
化するという啄木の深刻な時間意識がはたらいているように 恩
れぬ 位柑 をいわば客体化、外在化きせることで自己の生を内在
①
②
い︶。ともかく、他者の根をも包含する 八見る V 八具
ハト
る
にしには
よ
う
ならぬと思う。
か
重要
しくも残 れるは君が締めたる麻の葉の帯﹂︵ コ昨日まで白 ︶と
を比較し てみるとより明らかになる。いずれも﹁帯 ﹂がきわめ
て視覚的 ・映像的な形象として定着していながら、本稿にいう
啄木は﹁吉井君の歌﹂︵明典・9 ︶でコ酒はがひL
八 見る V 設定の視点にかなりのへた たりがあることが認められ
る。なお
を批評し ているが、そこに六気に合ったV 歌として引き抜かれ
たものが 、いずれも 八見る V設定の歌に傾いているのは在日す
べきこと であろう。
ロ付記し本稿の目の後半部分が、拙稿﹁﹁創作三八自選歌V を
めぐって ﹂︵ コ鑑賞日本現代文学⑥石川啄木L月報︶と重複す
るもので あることをお断りしておきたい。
昭酩 ・2.4 席
三四