事業継続マネジメント(BCM)とは(3)

2016 May Special-1
東京海上日動 WINクラブ
http://www.tmn-win.com/
事業継続マネジメント(BCM)とは(3)
企業の災害対策において重要な役割を果たす「事業継続マネジメント(BCM :Business Continuity
Management)
」について 3 回シリーズで解説しています。最終回となる今回は、BCM の取組みで企業が直面するこ
との多い課題について取り上げ、これらの解決に向けたヒントを紹介していきます。
Ⅰ.BCM の取組みを始めるために
BCM が必要だと分かっても、
「人材が不足している」
「スキルやノウハウがない」
「資金が不足している」といったこ
とから、なかなか取組みに着手できないでいる企業も多いようです。これらの状況は多くの企業に共通しており、自社
の力だけで BCM の取組みを進めていくのは、どんな企業でも難しいのが実状です。
であれば、自社で全てを解決するのは難しいと割り切り、不足している経営資源は何か、一度整理してみましょう。
不足している部分は、
外部資源を活用して補うこともできます。
内閣府や中小企業庁等の公表しているガイドライン1は、
BCM についての基本的な知識を習得し、取組みの進め方を理解する上で有用です。自治体の BCP セミナー等には、
BCP 文書の雛形やノウハウの入手、自社特有の悩みについての相談ができるものもあります。業界によっては、業界
団体や同業他社で情報交換を行い、効率的に BCM の取組みを進めているケースもあります。政府や自治体、業界団体
等のホームページや広報を確認し、情報を収集してみましょう。無料のセミナーや講座があれば是非積極的に活用して
みましょう。
できない理由を並べて何もしないのでなく、まずは一歩を踏み出すことです。進めていくうちに、収集した様々な情
報からヒントが生まれ、社内外の関係者との対話からノウハウや協力者を得て、BCM の取組みは次第に進んでいくも
のです。
Ⅱ.BCM に取組む企業の直面する課題と解決のヒント
BCM の取組みに着手した後も、様々な課題に直面することが考えられます。以下では、BCM に取組んでいる企業
が悩んだこと、そしてそれらをどう解決していったかについて、実際の企業の声を踏まえて紹介します。
■課題①「社内調整や意思決定がうまく進まない」
BCM の取組みに関する社内調整や意思決定を円滑に進めるためには、社員全員に「なぜ BCM が必要なのか」を十
分に理解してもらい、全社的な協力体制を構築することが重要です。まず、可能な限り社長自らが BCM の推進責任者
になり、BCM の必要性や BCM を重視する姿勢を社内に強くアピールします。さらに、社内業務に詳しく、各部署に
顔の利く従業員を BCM の実務担当者に選任することで、各部署との活発なコミュニケーションを促し、必要な時に協
力を依頼できる環境を整えていきます。
担当者の数は、50 人未満の企業で 2∼3 名程度が目安となります。50 人以上の企業では核となる担当者(2∼3 名
程度)
に加えて各部署にもBCM 担当を指名し、
全体会議等で社内全体の意見を取り込めるようにするとよいでしょう。
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内閣府の事業継続ガイドライン(http://www.bousai.go.jp/kyoiku/kigyou/keizoku/sk_04.html)は、日本の企業・組織におけるBCP の策定やBCM の
普及促進を目指すものであり、事業継続の取組の必要性、実施が必要な事項や望ましい事項等が示されています。
中小企業庁の「中小企業BCP 策定運用指針」
(http://www.chusho.meti.go.jp/bcp/)は、中小企業のBCP 普及促進を目的としており、中小企業の特性や
実状に基づいたBCP の策定・運用の具体的方法が解説されています。
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被害想定(内閣府本府庁舎)
■課題②「どのような被害を想定すればよいか分からない」
被害想定の検討には、政府や自治体が公表する被害想定や
庁舎
• 十分な耐震性を有していることから倒壊する可
能性は低い。
• 点検・片付け後に執務室の使用が可能。
電力
• 非常用電源からの電力供給により、各事務室内
照明の3分の1程度の使用が可能。
• 3階特別会議室に限り、3日間程度は非常用コ
ンセントの使用も可能。
情報
システム
• 十分な耐震・免震構造を備え、非常用電源から
の電力供給も確保された拠点にサーバ等を設置、
内閣府LANが即座に停止する可能性は低い。
• 主要拠点間を結ぶネットワーク回線網も冗長化
構成としており、電力供給が確保される拠点に
おいては、点検後に継続利用が可能。
• 内閣府LANが停止した場合に備えて、災害時
用ネットワークと災害時用端末による限定的な
利用環境も整備。
電話
• 電話交換機本体は非常用電源設備からの電力供
給により稼働するが、接続中継機器は一般電源
からの供給になっており、機器保有バッテリー
により1時間程度の使用が可能。
• 輻輳によりつながりにくい状況となる。
計画等が役立ちます。被害想定やハザードマップからは起こ
り得る災害を把握できます。地域防災計画や業務継続計画の
被害想定を参考に、自社の被害想定を具体化することもでき
ます(図表 1 参照)
。
この他に、東日本大震災等の大規模災害における企業の被
災事例、ライフラインや交通インフラの被災状況をはじめと
した公開情報からも、災害時に自社にどのような被害が発生
しうるか検討することができます。
■課題③「ボトルネックの代替策が見つからない」
人員や設備、拠点等のボトルネックの代替策は、
「社内」
「社
外」の両面から考えましょう。例えば、特殊技能を持つ従業
員の代替は、社内での計画的な育成ももちろん必要ですが、
育成には時間もかかります。OB・OG や業界団体を通じた
人材の融通といった外部人材の活用も有効な手段となります。
また、同業他社と連携して、有事には他社の経営資源を活用
させてもらう方法もあります2。
代替策を講じる場合、有事に効果を発揮するかどうかが肝
要です。そのため、事業所の近隣に住む従業員を代替要員と
して確保する、連携先の企業と合同で訓練を実施するといっ
上下水道、 • 水道(上水道):受水タンクには内閣府本府庁
舎に入居している職員約7日分の給水量を確保。
トイレ
• トイレ(下水道):十分な量を貯留可能な排水
槽を設置。また、7日分の排水を貯留できる災
害時用緊急排水槽等を設置。
【図表1:内閣府本府庁舎 首都直下地震の被害想定】
出典:内閣府「内閣府本府業務継続計画」
(平成 27 年 3 月最
終改正)より弊社作成
【事例①】被災程度に応じた被害想定
た工夫をしている企業もあります。
■課題④「社員が多忙で協力が得られない」
BCM を単独のものとして進めると、従業員の負担感が増
し、取組みが滞ってしまうことがあります。このような場合
には、自社で既に行っている取組みの中に BCM の取組みを
取り入れることで、効率化を検討してみましょう。
例えば、朝礼や定例のミーティングの場を利用した BCP
の普及・啓発、法定の訓練の中に BCP の内容を取り入れる
といった方法があります。また、製造業であれば品質や環境
• 災害の大きさによって、経営資源(人、物、金、情報 等)や
ライフラインの被害状況が大きく異なるため、ライフラインの
被害状況(重大、軽微等)、自社の被害状況(重大、軽微等)
を軸として災害の大きさを大・中・小の三段階に分類して検討
(製造業)。
【事例②】工程見直しによる代替要員確保
• 説明を受ければ誰でも作業を実施できるように生産工程を簡素
化。誰もが代替要員となることができるように(製造業)。
【事例③】企業連携で代替戦略を実現
• 同時被災の可能性が少ない遠隔地の企業と、災害発生時におけ
る代替サービスの提供や技術者の派遣等に関する相互連携協定
を締結(情報通信業)。
のISO、
非製造業であれば情報セキュリティといったように、
【図表 2:企業における課題解決事例】
既存のマネジメントサイクルの中の教育・訓練、取組み状況
出典:中小企業庁「中小企業 BCP に関する QA 集∼儲かる
のチェックといった活動に、BCM の視点を取り入れてみる
BCP にするためのお悩み解決集∼」
(2014 年 3 月)
、内閣
ことで、従業員の負担感は大きく軽減されます。
官房「国土強靭化 民間の取組事例集」
(2015 年 6 月)より
この他にも、様々な課題解決の事例が中小企業庁や内閣官
弊社作成
房から公表されていますので、参考にしてください(図表2参照)
。
Ⅲ.本稿の終わりに
BCM の取組みを進める際、重要なことは、初めから完璧を求めないことです。特に、経営資源に制約の大きい中小
規模の企業では、取組みを進めるには相当な困難が伴うものと思いますが、どんな課題に直面してもそこで決してあき
らめることなく、解決策を模索し、一歩ずつ踏み出していくことが必要です。時間はかかっても、このような地道な努
力を続けてこそ、大災害時に本当に役に立つ BCM を作りあげることができるはずです。
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同業他社との連携として、新潟県では、2010 年から、県内の中小企業が他県企業と災害時に相互支援を行う「お互いさまBC 連携ネットワーク」事業を実施
しており、東日本大震災でも被災企業が加工場を移転させる、新潟県企業が代替生産を引き受ける等の効果を発揮しました。
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