デジタル投資の分水嶺 ∼414社の保険会社役員の意識調査結果より∼ グローバルな金融業界では、FinTechの名のもと、幾多の新テクノロジーや イノベーションが日々世間を賑わせている。日本の保険業界においても新契 約手続きや支払請求手続きを中心に、タブレット端末を利用した新プロセス の構築をほとんどの会社が終えている。その一方で、次のデジタル投資領域 についてはスムーズに取り組みを推進できていない、との声も最近よく聞く ようになった。「テクノロジーをどのように自社の成長戦略に紐づけていく のか?」、「どのように優先順位を定め、プロジェクトを推進させていけばよ いか?」といった問いである。アクセンチュア・グローバルでは、世界20ヵ 国にて保険会社経営層へのインタビューを実施し、デジタル投資の注力領域 や将来への投資意欲を確認した。本稿では調査結果を一部紹介しながら、今 大窪章敬 後日本にも到来しうる潮流、さらには新潮流の中にある成長へのチャンスを 1998年 アクセンチュア㈱入社 考察したい。 金融サービス本部 マネジング・ディレクター 大きな環境変化の到来 従来のビジネスモデルの前提が通じず、 新テクノロジーは瞬時に一般消費者に とって不可欠な存在となってしまい、そ の移り変わりのサイクルはどんどん加速 しているようだ。保険商品のコモディ ティ化は進む一方で、もはや商品性によ る他社との差別化は不可能に思える。昨 今のオムニチャネル化の取り組みを裏付 けるように、主力直販チャネル以外から の保険商品購入を考える消費者の割合は 70%の多数を占めるようになった(注: グローバル調査)。保険業界に意欲的に 参入する他業種プレイヤーも増えてきて おり、Googleの参入や、WalmartやIKEA といった小売大手企業も、彼らが熟知す る顧客層をターゲットに保険販売代行業 に参入している。従来、生命保険・損害 自動運転が一般生活に浸透すれば、従 会社役員を対象とした保険販売や代理店 来型の自動車保険の需要は減る一方 管理に関する意識調査を実施し、このよ で、新たなリスクへ備える商品開発が うな流動的な経営環境の中でどのように 必要となる。日本の高齢化は急激に進 デジタル・イノベーションを向かい合う 行中であり、保険市場は人口の面では のか、その本音をインタビューした。 縮退するように見える。しかし公的医 (2015年7月∼10月) 療・年金制度が必ずしも現在と同様な 給付水準を維持できるかどうかは誰に も予測がつかないため、日本の医療保 険・年金市場は今後大きくなると考え ている北米の保険会社もある。新しい テクノロジーやイノベーションの登場 は消費者意識や競合他社、リスクプー ル、保険市場の質などを複合的に激変 させ、日本の保険会社を取り巻く環境 ファクターは極めて流動的なのである。 グローバル意識調査 諸外国と日本の傾向の差異 「最優先投資領域はどこか?」という問 いの結果が、地域別に大きく異なり大変 興味深い。市場の成熟度、一般消費者の ITリテラシー、保険会社の発言力の強弱 が与える影響が大きいようだ。北米では 顧客からのクレーム処理を E2E(End to End:最初から最後まで)システム完結 することが第一位(51%:複数回答可、 以下同様)に挙げられ、イギリスでは、 顧客への分かりやすく適切な提案力向上 保険として引き受けてきたリスクも大き 多くの諸外国においても、劇的な環境 が第一位となった(50%)。よく知られ く変容を遂げつつある。遺伝子治療や再 変化を迎えていることには変わりがな ているようにイギリスでは製販分離が極 生医療の実用化が進めば、死亡や危険の いようだ。今回、アクセンチュア・グ 端に進んでいるため、保険会社はオンラ 概念を根本から考え直す必要があるし、 ローバルでは、世界20ヵ国414社の保険 インでは得られないコンサルティング力 9 図表1 Distribution and Agency Management Survey 概要:世界20ヵ国414社の保険会社役員を対象とした保険販売や代理店管理に関する意識調査 実施期間:2015年7月∼2015年10月 実施方法:インタビュー形式 インタビュー対象者(役職) 対象保険会社 ヨーロッパ 19% 34% マーケティング 担当役員 29% 営業 担当役員 CIO 12% チャネル 担当役員 6% デジタル 担当役員 191 ラテンアメリカ 30 オーストラリア 5 ブラジル 30 ベルギー 6 APAC 90 ドイツ 20 日本 30 デンマーク 5 中国 30 フィンランド 6 オーストラリア 30 フランス 29 北米 103 イタリア 32 アメリカ 73 オランダ 7 カナダ 30 ノルウェイ 4 合計 414 スペイン 21 スウェーデン 8 スイス 8 トルコ 10 イギリス 30 27% 45% 28% 生保 損保 税金 © 2016 Accenture All rights reserved. をデジタル投資により得ようとしてい る。日本と類似した商品構成であるドイ ツでは、顧客体験の品質向上(60%)が 一番多く、低価格化は 2 位( 50% )で あった。公的保険と民間保険が排他的で あるため、常に価格競争にさらされてい るのだ(日本でも医療保険を民間が代行 することになれば同様な現象が起こる可 能性がある)。最後に中国では、申込・ 購入の簡便性が群を抜いて第一位であ る。いまだ白地顧客が多いことから、ま だセールス重視であることが見てとれ 3つの潮流 日本の保険会社が注目すべき重要なトレ ン ド と し て、 本 稿 で は 3 つ 取 り 上 げ た い。( 1 )「デジタル化の波は加速度を 増している」、( 2 )「保険会社・代理 店の役割再定義が始まっている」、 ( 3 )「イノベーションへ期待する段階 から実現する段階へシフトしている」 それぞれのトレンドについて解説する。 第1の潮流:デジタル化の加速 タル投資を増やすと回答があった。また 北米では新契約のみならず保全領域のデ ジタル化を 3 年後に向けて増やすという 回答が 4 割強あり、顧客とのコンタクト を総合的にとらえたいという意識が高い ようだ(日本は25%)。デジタル・テク ノロジーの導入が次世代の成長を支える と考えて取り組みを推進している状況を 10段階で聞いたところ、10および9と高 いスコアで回答した国がドイツ(45%)、 北米(38%)、イギリス(37%)と軒並 み高い水準でなにかしら施策を推進して る。一方、日本では回答が分散し50%を 損保領域におけるデジタル化を聞いたと いる一方で、日本は 13%、中国は 1%に 超える多数派意見が得られなかった。 ころ、日本・北米・中国は、現在も投資 満たない状況であった。日本の経営層 「戦略が概念的で総花的な施策列挙に 意欲が旺盛だが、3年後(2018年)は、 は、投資判断はまだ手探り段階との回答 なっているのが問題」とのコメントから さらにデジタル化が進むと回答を得てお が大多数である。日本の消費者の意識は も分かるように諸外国に比べて投資の優 り、商品情報提供・見積り・申込手続デ 北米やヨーロッパと大差ない IT リテラ 先順位付けが甘い。多くの取り組みを嗜 ジタル完結について圧倒的な伸びを示し シーをもっているため、消費者の期待に 好するあまり、社内の人材・リソースが ている。生命保険においては、損保ほど 応えるスピードで保険会社の取り組みが 分散してしまい、いずれの取り組みも進 の勢いはないものの、ドイツが商品情報 進んでいないことには不安を感じる結果 捗が悪いという傾向がある。 提供と見積りについて、 5 割以上がデジ となった。 10 図表2 デジタル投資に対する注力度合い(10段階評価) 日本 3% 北米 10% 13% イギリス グローバル 平均 7% 27% 18% 17% ドイツ 中国 20% 7% 3% 21% 20% 20% 25% 改革の原泉と思う 15% 21% 9 8 7 19% 17% 活用方法を模索中 6% 20% 19% 6 3% 17% 20% 30% 16% 20% 40% 23% 8% 17% 15% 23% 15% 4 3% 3% 9% 9% 3~1 検討していない © 2016 Accenture All rights reserved. 第2の潮流:保険会社・代理店の役割 再定義 次に保険会社の役割、代理店の役割が従 来と大きく変わってくると予想している ニケーションする能力が必須と考えるマ ジメントは、デジタル・イノベーション ネジメントが大多数である(8−9割)。 への価値を認めながらも、投資判断とな ると躊躇しているという実態があるよう 第3の潮流:イノベーションの実現へ 見解が目立った。本社が担うべき役割と 最後の潮流として、外部のイノベーショ しては、①Customer Hubの構築、②顧 ンの活用について実験的試行が始まって 客セグメンテーションの 2 点がとりわけ いることが分かった。今後 3 年間で保険 注目されている。チャネルを増やし顧客 会社に利益成長をもたらすドライバーは 接点を増やしたため、それら複数の接点 何かという問いに対して、「商品のイノ での顧客体験を一元化する取り組みと、 ベーション」、「IOT(Internet of Things) その上で、自社にとっての「望ましい を活用したパーソナライズドサービス」 客」を区別しようという試みである。北 に 5 割ほどの回答が得られた。ここでは 米、イギリスで、6−7割が積極的な回答 日本も他国と差異がなかった。一方、保 であったが、日本では1−2割にとどまっ 険会社以外の外部企業との提携について た。また、営業事務は今後単純業務がな は、イギリスが74%、北米が48%、最優 くなると予想しており、データアナリ 先事項と回答しているが、日本では20% ティクス業務やソーシャルサービスの後 と低さが目立った。 方支援といった判断を中心とする「ミド ル」機能へシフトさせると考えが明らか になった。営業職員・代理店は、オン (SNSなどのWebサービス)とオフ(対 面)の両方を同時に使って顧客とコミュ 日本の保険会社がとるべきアクション だ。迅速な意思決定ができている北米や イギリスの保険会社においては、意思決 定を迅速に行うための仕組みがある。横 断的組織、機動的予算承認・管理、加点 主義の報奨制度、積極的な外部人材の登 用などである。全てを自前で実現しよう とすると投資するチャンスを逃す、とい う意識付けと、勝者総取りという市場傾 向を踏まえての判断である。 一方で、テクノロジーはあくまで手段で あり、最後に残るのは、やはり「人」の 力であるとの声もあった。「人」の力を 最大化するためにも、マネジメントはテ クノロジーを自分の言葉で理解し、自社 の成長戦略に組み込む必要があろう。 前述した 3 つの潮流は程度の差はあれど 本記事の具体的内容を、5月20日開催の も、日本に到来すると考えることが自然 「金融フォーラム 2016」(セミナーイン である。しかし、日本の保険会社のマネ フォ社主催)において講演いたします。 詳細は14頁をご参照ください。 11
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