「教育支援システムの内製と運用管理および学校の情報化に関する取組」

「教育支援システムの内製と運用管理および学校の情報化に関する取組」
兵庫県立西宮香風高等学校
主幹教諭 松本 吉生
1 取組の内容・方法
(1) 多部制・単位制高校としての勤務校の特殊性
生涯学習社会に対応した単位制高等学校基本計画策定委員会から「生涯学習社会に
対応した単位制高等学校の設置並びに定時制高等学校の適正配置・活性化方策等につ
いて」の報告を平成 9 年に受け、平成 13 年4月に兵庫県初の多部制・単位制の定時制
高等学校として兵庫県立西宮香風高等学校は創立された。
「多部制」とは、生徒が午前、
午後、夜間の 3 つの部のいずれかに所属し、所属する部の授業を中心として他部の授
業も受講できるシステムであり、「単位制」とは学年のくくりがなく自由に受講できる
システムである。また 1 年を 4 月から 9 月の前期と 10 月から 3 月の後期に分け、半期
で単位認定を行うことができ、入試も前期と後期の 2 期に実施し、後期入学や前期卒
業を可能としている。
このような本校の柔軟な教育システムは、異なる学習歴を持つ生徒にとって学びや
すいものであるが、学校経営上は他の多くの全日制高校の取組が通用しない面を持っ
ている。授業は 1 時間目から 12 時間目まで 1 日を通じて絶え間なく行われ、学校の共
通した放課後の時間がない。本校に着任してすぐ、それまであたりまえのようにあっ
た放課後の時間がいかに貴重なものであったかを痛感させられた。放課後の時間は生
徒にとっては部活動や補習の時間、あるいは担任と生徒の面談の時間であり、また文
化祭や体育祭前には準備や練習に使われる学級運営のための時間である。教員にとっ
ては職員会議、教科会議、学年会議などの時間、あるいは職員室で教員が生徒に関す
る情報交換を自然に行う時間である。この放課後がないことに加えて、職員は朝から
夕方まで勤務する A 勤務と、昼から夜にかけて勤務する B 勤務に分かれ、職員間の情
報共有や職務の連携がたいへん難しい。また教務面では、生徒の時間割が全員異なる
と言ってもいい完全な単位制、前期、後期、通年の成績処理や前期卒業、後期入学生
への対応など、出欠管理や成績処理などほとんどの場面で書類による処理が不可能で
あり、コンピュータを活用する必要がある。
(2) 着任時にあった教育支援システム
本校の特殊性から、創立当時よりコンピュータによる教育支援システムが導入され
た。このシステムはデータベースに米オラクル社の Oracle Database が使われ、クラ
イアントには専用の Windows Form を用いた典型的なクライアントサーバー型のシス
テムであった。私が本校に着任したのは平成 15 年であり、このシステムは前任者によ
って 2 年間運用されていた。着任と同時にシステム担当として引き継いだこのシステ
ムは、本校の実情にあったものといえず、うまく運用されてはいなかった。
開発元の担当者に頻繁に問い合わせをしながらわかったことは、このシステムは設
計通りに動いているが、設計自体が学校に実情を正確に反映していなかったことと、
運用に誤りがあったこと、この両者がからみあって問題点を複雑化していた。設計に
ついては、本校の設立準備委員会においてシステム業者との打ち合わせ内容が詳細な
文書として残されていたが、肝心のところで設計の厳密さに欠ける部分が多くみられ
た。その理由は、おそらく当時はまだ他府県に前例の少ない多部制・単位制高校の教
務処理に関する理解が、本校側の職員にも業者側のエンジニアにも不足していたため
であると推測される。運用に関しては、講座編成にあたっての教科、科目コードの一
貫性などに問題があった。
たとえばこのシステムは大学で運用されていたものをベースに作られていたため、
教育課程の概念が不十分であった。本校は単位制高校であるため、同じクラスに異な
る教育課程の生徒が在籍し、講座編成も新旧両課程の講座を開講する必要があるが、
個々の生徒に対応する教育課程は、その生徒が高等学校に入学した年度の教育課程に
適用しなければならない。そしてまた本校では転入、編入生も新入生と同じ 1 年次と
して扱うため、年次と教育課程が一致しない。そのために、平成 15 年度から実施の教
育課程と、それまでの教育課程の講座編成を正しく処理するために多大の苦労をした。
これらのことから、このシステムの運用にあたっては、システムで正確に処理でき
る部分を活用しながら、不足する部分を Access や SQL Server など他のデータベース
で処理し、補うことで学校の実情にあう処理をすすめた。
(3) 支援システムの外注か内製か
サーバーの耐用年数や業者との契約期限から、このシステムを更新する機会を得た
とき、改めて業者に開発を依頼するか、あるいは自前でシステムを構築する内製をと
るかの選択を迫られた。このとき問題となったのは、業者に開発を依頼する場合、正
しい仕様が提示できるかどうかだった。仕様には必要な教務上の処理内容、手順、数
多くのデータ入力フォームや出力帳票の全てを記述しなければならない。これは実際
において不可能に近いことと思われたし、まだ本校は発展途上であり、本校の教務上
の運用はこの先まだまだ変化することが予想された。
これらのことから、支援システムの外注と内製の両方のプロセスとメリット、デメ
リットをまとめ、本校のような柔軟な教育システムに対応する支援システムを正しく
構築し運用するためには、本校の業務処理内容や手続きを熟知し、かつデータベース
の知識を持っている者が直接システムを開発することが最も望ましい、との結論を得
て教務システムの内製を決定した。
(4) いわゆる OBA 開発手法による開発
データベースに関しては、業者システムである Oracle Database を管理運用する中
で知識を身につけていたが、クライアントアプリケーションの開発技術は持っていな
かった。当時まだ Visual Studio などによるデータベースアプリケーションの開発は現
在のように簡単ではなかった。しかし帳票については Access がデータベースに接続で
き、データ入力については InfoPath が使えることがわかった。Access や InfoPath は
Word や Excel のような、いわゆる Office アプリケーションであり、単独で利用できる
ものだが、データベースに接続して業務システムの一環として利用することもできる。
これを OBA 開発(Office Business Application 開発)といい、この手法を取り入れる
ことにした。
データベースは米マイクロソフト社の Microsoft SQL Server を利用することにした。
これにより本校の Windows ドメイン管理下でアクセス権の掌握ができ、コンピュータ
にログオンした時点でデータベースに対するアクセス権も決定し、システム利用時に
あらためてサインインする必要のないシングルサインオン環境が構築できる。
(5) 運用と一体の開発
授業などの校務と並行して開発をすすめたため、システム全体を一度に作ることは
できず、必要な部分を学校業務にあわせて作ることになった。最初に生徒や職員の基
本情報を管理するものと、講座編成や時間割、出席管理など授業を実施するための必
要最小限の部分を作り、前期の中間考査までに考査点を処理する部分を、前期末まで
に単位修得と卒業判定の部分を作成した。運用の 2 年目には年度更新に関する部分を
作成した。
このような運用と一体の開発によって、必要なプログラムを実際の運用にあわせて
正しく作ることができたが、定期考査や単位認定のスケジュールにあわせるため、場
合によっては作業が深夜におよぶことも少なくはなかった。またある意味で実運用が
テスト環境であるともいえ、処理の検証には多くの先生方の協力が必要であった。
1 年の準備期間と実運用の 1 年、そして単年度の処理を次年度の処理との整合性を持
たせることにも多くの微調整が必要であり、事実上の開発期間は 3 年であったといえ
る。開発から数えて 4 年目、実運用の 3 年目からは、順調に運用できるようになった。
2 取組の成果
(1) 学校の特殊性に適応した正しい処理システム
データベースを新規に設計することによって、学校の特殊性に適応した正しい処理
を行うシステムを構築し運用することができた。データベースの構造が既知であるこ
とで、仮にデータ入力者が何らかの間違いをしていても、直接データベースを調べる
ことで不具合のデータを調べ、正しく直すことができる。また将来、教務関係の規定
変更などによって処理手順が変わることがあっても、部分的な修正で対応することが
できる。
(2)
業務の合理化
システムが学校の実情にあわなければ、多くの手作業が発生し、システムを運用す
るために多くの時間を割かなければならない倒錯した状況が生まれる場合がある。し
かしシステムの内製によって運用には最小限のコストをかけるだけでよくなり、講座
名表や出席簿、通知表、単位整理表など担任の事務作業を軽減する帳票を適切に出力
できるようになり、業務の合理化が実現できた。
(3)
柔軟な拡張可能性
システムの内製によって、狭い意味での成績処理だけでなく、生徒情報の共有など
を実現できる拡張可能性を手にすることができた。たとえば授業担当者が出欠入力す
るとき、あわせて授業における生徒の特記事項を入力し、必要に応じて担任がそれを
閲覧できるシステムを組み込んでいる。
(4) プログラミングの知識を必要としないフォーム、帳票開発
一般的なクライアントサーバー型のデータベースシステムでは、データベースにデ
ータの入力や問い合わせをするクライアントには、プログラミングによる Windows
Form アプリケーションの開発が必要になる。プログラミングには言語の習得が必要で
あり、ビルド、デプロイが必要であるが、OBA 開発ではプログラミングの必要なく
InfoPath でデータ入力フォームを作り、Access で帳票を作成することができる。これ
らのフォームや帳票の変更は、特別な技術がなくても可能である。
(5)
Windows ドメイン管理と一体のアクセス管理
Microsoft SQL Server をデータベースにすることで、データベースへのアクセス権
を Windows ドメインのユーザー管理と一体にすることができる。職員情報は Windows
ドメインに登録するだけで支援システムの利用が可能であり、生徒情報もドメイン管
理とデータベース管理を一体で行うことができ、データ管理上の手間を大きく軽減す
ることができる。
3
課題及び今後の取組の方向
教育支援システムの内製によって、本校の実情に応じたシステムを構築することが
でき、校務の合理化を実現できた。しかし以下のような課題や将来的な展望がある。
(1) 継続的な開発、運用者の育成
InfoPath や Access の利用によってクライアントアプリケーションについてはプログ
ラミングが不要であるが、データベースの管理については一定の熟練が必要である。
成績処理など一括したデータ処理には T-SQL を用いたストアドプロシージャを実行し
なければならない。またデータベースを直接触る操作については、データ構造を理解
した上で慎重に行わなければならない。システムの運用や、必要に応じて部分的に変
更するためには、開発、運用に熟練した職員を継続的に育成しなければならない。
(2)
OBA 開発からの脱却
InfoPath や Access を利用する OBA 開発は、確かにクライアントアプリケーション
を開発する必要のない利点があるが、これら Office アプリケーションに依存する問題
がある。コンピュータの OS もアプリケーションも永遠に使い続けることはできない。
しかし幸いなことに、Visual Studio によるデータベースアプリケーションの開発は近
年たいへん簡単にできるようになった。データの入力や閲覧については、InfoPath を
利用することと大差ない手間で Windows Form を開発することができるようになって
いる。将来的にはプログラミングによるクライアントアプリケーションの完全な開発
によって OBA 開発からの脱却が必要である。
4
学校の情報化をすすめるために
教育支援システムの内製を手掛けるとともに、前任校を含めてほぼ 16 年間、学校の
情報化に携わってきた。前任校ではコンピュータ 40 台のコンピュータ教室の整備には
じまり教室内 LAN の構築とインターネット接続の管理、そして職員室など部分的な校
内 LAN の管理を行い、本校では 200 台あまりのコンピュータ管理と大規模な校内 LAN
の管理、そして教員コンピュータや ICT コンピュータの導入、普通教室のインターネ
ット接続、無線 LAN、タブレットの活用など、学校の情報化が進むとともに業務が増
えた。これら業務は学校の情報化に欠かせないものだが、本来的に誰がやるべき業務
だろうか。それは情報科の教員しかないだろう。一部に、情報科の教員は授業だけや
ればよく、情報システムの管理に責任はないとの意見があるが、学校の情報システム
の構築や管理は情報科教員が専門性を発揮し責任を持って取り組む業務である。情報
科の教員はその気概を持って専門的な知識や技術を身につけ、運用管理で経験を積み、
学校全体の情報化に寄与することで、専門性に磨きをかけることができるだろう。
情報技術はくり返しの手間を省くことができるように発展しており、今後ますます
システムの構築や管理は手間をかけずにできる時代になっていく。そこで必要なこと
は、新しい概念の理解に追い付く努力である。ひとつの技術に留まることなく常に最
新の技術に関心を持ち、技術の習得と研修を続けたい。