OECD/IEA, 2016 変革しつつある国際エネルギー市場i 2016 年 4 月 21 日

変革しつつある国際エネルギー市場i
2016 年 4 月 21 日(木)
国際金融経済分析会合、東京
ファティ・ビロル
国際エネルギー機関事務局長
総理大臣、閣僚の皆様、
本日御招待を受け、御列席の皆様にお話しさせていただく栄誉を得たことはこの上ない喜び
です。
はじめに、最近起こりました熊本地震で被害に遭われた皆様に心より哀悼の意を表します。
この困難な時、我々の思いは日本国民の皆様と共ににあります。
この会合で行われている議論は、日本経済のみならず、世界経済の将来にとっても極めて重
要であり、来るべき伊勢志摩サミットに貴重なインプットを与えるものであります。
無論、皆様の主要な焦点は経済にありますが、国際エネルギー機関(IEA)の事務局長とし
て、私の専門はエネルギーです。この二つは密接不可分な関係にあります。
といいますのも、エネルギーは世界経済を牽引する原動力であるからです。
エネルギーは人類の繁栄にとって不可欠であります。妥当な価格で、途切れることのないエ
ネルギーへのアクセスは、安定した経済の基盤をなすものです。このため、ここに御列席の
皆様をはじめとする政策担当者によるエネルギーに関する選択は、長期的な経済のパフォー
マンス、エネルギー安全保障、そして言うまでもなく気候変動に対して、大きな影響を有し
ています。
今日、私は、こうした点に関する考えを皆様と共有し、皆様が取り組んでおられる重要な仕
事に貢献したいと望んでおります。
エネルギーにおいて最も重要な話題の一つは、石油です。石油は国際的に取引されている最
も重要な商品です。しかしながら、2015 年に売買された石油の総額は 7,700 億ドルとなり、
たった3年か4年前に見られたピーク時に比べて、1兆ドル近く低くなっております。
皆様は、価格が低迷し、市場への供給は潤沢という今日の現実をよくご存じかと思います。
しかし、今後、市場はどのように進展していくでしょうか。
低油価によって 2015 年の需要は刺激され、日量 180 万バレル増大し、過去 15 年間において、
最も高い伸びを記録した年の一つとなりました。しかしながら、そのような力強い増加は、
本年も繰り返されることは見込まれず、また、そうした増加は、エネルギー効率を改善する
観点から、望ましいものではありません。2016 年から 2021 年にかけて、私たちは過去 10
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年に見られた傾向よりも若干高い、日量 120 万バレル程度の需要増を見込んでおり、2019
年か 2020 年には、需要が象徴的な水準である日量 1 億バレルを超えると見ております。
供給面では、低油価は非 OPEC 加盟国の生産者、とりわけ米国のライトタイトオイルにブレ
ーキをかけ始めました。非 OPEC 加盟国の生産は 2016 年には日量 70 万バレル減少すること
が見込まれます。これは 1992 年以降、年間の減少としては最大です。しかしながら米国の
ライトタイトオイル生産はその後回復し、2021 年までの予測期間における供給増の最大の
貢献者になります。ロシア、中国、メキシコ、コロンビアを含む非 OPEC 加盟国による供給
は、新規投資の不足により、予測期間を通じて減少する見込みです。
非 OPEC 加盟国における供給減少が見られる中で、2017 年には市場がバランスを回復すると
見込まれます。2018 年以降は、在庫の解消が進み、価格水準が次第に増加していきます。
現在の石油市場の状況がエネルギー安全保障に対する潜在的なリスクを覆い隠すものであっ
てはなりません。
なぜなら、2015 年の価格崩壊に対して、石油ガス産業は歴史上先例のないほどの投資削減
のうねりをもって対応したからです。企業は上流投資を大規模に削減し、何万人もの人員を
削減し、計画の中止や延期を行っています。
事実、2015 年の上流投資は 24%減少し、2016 年にも 18%減少する見込みです。2年連続して
上流投資が減少すれば、1980 年代以降、初めてになります。
こうした削減の結果はいたるところで感じることができるでしょう。
既存の石油ガス田における減少を埋め合わせるだけでも、世界全体で石油ガスの上流投資に
年間 6,300 億ドルが必要になります。これは単純に将来の生産を今日の水準に保つだけです。
2016 年と 2017 年に見込まれる投資の削減によって、投資額は供給維持に必要な水準を下回
ることになるでしょう。もちろん、これによって価格回復の可能性が高まる環境が整います
が、投資の低迷が長引けば長引くほど、産業が迅速に反応することは困難になるでしょう。
加えて、上流投資の減少は、北米やブラジルといったコストの高い地域に特に集中している
ため、将来、中東に対する依存度が増加する見込みが高まります。
低価格の影響は、生産国においても感じられてきています。輸出国が予算を均衡させ将来の
供給のために投資する能力は、ほとんどの場合、厳しい制約を受けてきています。その影響
は、経済における石油ガス収入の重要度や、財政的に苦しい時に引き出すことのできる基金
や準備金の有無など、国によって異なります。OPEC 加盟国の石油輸出収入は、直近のピー
クである 2012 年の 1.2 兆ドルから 2015 年には 5,000 億ドルに減少しました。
中東の生産国の 2014 年の石油収入は、平均して同地域の GDP の 30%に相当します。大きな
準備金を有する国でさえも、公的支出を削減しました。余力のない国は、国内の支出をさら
に急激に削減しています。低価格により、多くの分野でより広範囲な構造改革の緊急性が顕
在化する一方で、収入の不足により改革を効果的に実行する能力は低下しています。
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勿論、こうした図式のもう一つの側面として、低価格は輸入国に恩恵をもたらします。この
ことは、価格の低迷が世界の GDP 見通しにおいて、ポジティブな経済効果を与えたことを意
味しています。最大の受益者は、経常収支に課題があり、緩やかなインフレ率を有している
インドのような大きな輸入国です。しかし、全ての輸入国において、輸入額は急速に減少し
ました。日本も、2015 年の石油輸入額が 2010 年から 2013 年の平均よりも 1,000 億ドル近
く低くなり、極めて大きな節減となりました。
石油と全く同様に、ガス供給についても、もし価格が将来の追加的な供給に必要な投資を生
み出すには低すぎる水準にとどまれば、その安全保障に対する懸念が増大するでしょう。
今日のガス市場は潤沢に供給されており、多くの新規 LNG プロジェクト、とりわけ豪州と米
国において、プロジェクトが立ち上がってきていますが、だからといってこの現状に安心し
ていいわけではありません。今日の新規ガスプロジェクトへの投資の不足は、2020 年以降
に新たな逼迫期をもたらす可能性があります。
近年の歴史を見れば、供給面の安全保障に対する脅威は予期せぬ形で発生しています。民族
対立、地政学的危機、テロリストの攻撃、自然災害は、エネルギー輸送ネットワークの太宗
の断絶をもたらしうるものです。
こうした供給面の安全保障に対する脅威を低減するための共同的な努力は、我々すべてにと
っての最善の利益に合致するものです。
IEA 加盟国政府は、こうした作業を強く支持しています。昨年 11 月に開催された IEA の閣
僚会合において、私たちはガス安全保障を強化する新たな使命を与えられました。私たちは、
今、主要な利害関係者、産業界の専門家から意見を聴取しているところであり、日本で開催
される G7 における私たちからのインプットの一つとして、初期段階の作業結果を提示する
ことを楽しみにしております。
石油ガス投資においては、価格上昇に対応する投資の増加と同様に、その減少は、ある程度、
過剰生産に対する自然な市場の反応です。しかし、マクロ経済及びエネルギー安全保障の観
点からは、投資サイクルの乱高下は問題であり、政府は適切な政策を講じることでそれを円
滑なものとすることに貢献できる可能性があります。例えば、
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今こそ、自動車の燃費効率や電気自動車、公共交通の促進策を強化する好機です。
こうした政策により、価格の下落によって通常引き起こされる需要の増大を緩和す
ることができます。
非在来型の石油・ガス資源は、市場のバランスを回復させ、エネルギー安全保障に
貢献する上で重要な役割を果たし得ます。しかし、その実現のためには、政府が、
こうした資源の開発が与える環境、社会面での影響に対する国民の正当な懸念に対
応した政策を確実に講じることが必要です。
石油ガス産業における人的資本の減少速度は懸念すべき水準にあり、これにより将
来複雑なプロジェクトを実行することがより困難となります。政府は教育や再訓練
プログラム、また、積極的な労働市場政策によって、これを緩和することができま
す。
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そして最後に、市場の透明性を改善することに引き続き主眼を置くことが必要です。
なぜなら、これがエネルギーセクターにおける投資家の信頼構築に役立つからです。
IEA としては、石油市場レポート、世界エネルギー見通し、その他の出版物を通じて
引き続き貢献していくつもりです。また、この秋には、年刊の投資レポートの出版
も開始する予定です。
ありがたいことに、G7 は、気候変動というエネルギー安全保障に対するもう一つの脅威
にも注目しています。
この点については、我々は、直面する課題を過小評価することはできません。低炭素エ
ネルギーシステムへの移行には、石油、ガス、石炭への投資から低炭素な生産、効率向
上に向けた、多大な投資と資本の再配分が必要です。
しかし、誤ってはいけません。これらの伝統的な燃料は依然として重要です。摂氏2度
目標と整合的な世界における 2040 年の一次エネルギー供給の 60%は、依然として従来
の燃料が占めます。このように、石油、ガス企業からの完全な投資の引き上げが必要で
あるわけではありません。むしろそれは産業への資金供給を脅かし、エネルギー安全保
障を深刻な危険にさらす可能性があります。
むしろ我々は、企業に対して、気候変動に由来するリスクに対して、投資と戦略を正当
化できるよう準備しておくことが必要であると警告しています。彼らが気候変動とエネ
ルギー政策を真剣に受け止めなければ、その収益に影響が出ることを認識しておく必要
があります。
もし我々が摂氏2度目標を達成することを望むのであれば、世界のエネルギー関連の温
室効果ガスの排出はすぐにピークを迎えなければなりません。そうなるための最善の方
法は、再生可能エネルギーとエネルギー効率の向上、原子力発電と CCS のようなその他
のクリーンエネルギーによるものです。
これに関して、最近の IEA の分析によれば、エネルギー消費に由来する二酸化炭素排出
量は、2015 年に、2年連続前年比で増加しませんでした。心躍るニュースではあります
が、エネルギー政策担当者にとっては、重要なメッセージがあります。現状に満足して
はいけないというのがそのメッセージです。低炭素経済に向けた過去 10 年間の進歩の
多くは、高水準で推移した化石燃料価格によるものです。もし、現在の価格低迷が継続
すれば、更なる前進は困難となる可能性があります。従って、こうしたことが起こらな
いよう、適切な対応を確実に講じる責任は、政策担当者の皆様の双肩にかかっています。
気候変動の目的達成には、質の高いエネルギーインフラに対する投資の増大が必要です。
その太宗は、電力部門、特に再生可能エネルギー、原子力、その他の低炭素な手段に対
してなされる必要があるでしょう。再生可能エネルギーの費用は抜本的に減少し、世界
の多くの地域で再生可能エネルギーは、補助金がなくても、石炭やガスと比べて競争力
を有するようになりました。そのため、費用逓減の進んだこれらの地域においては、再
生可能エネルギーの普及にとって重要なのは、もはや、固定価格買取制度のような補助
金ではなく、電力システムへの統合です。日本を含めたいていの国においては、風力、
太陽光と需要の中心地との間に地域的な不均衡があります。多くの場合高いコスト効率
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を有する再生可能エネルギー資源を大規模に統合することにより、異なる気候パターン
による変動性を相殺していくためには、強い送電システムが必要となります。
システムにおける変動に需要が対応できるようにすることも、クリーンで安定したエネ
ルギーシステムを構成するためのもう一つの鍵です。日本はスマートメーターへの投資
を牽引しています。十分に設計された小売市場とともに、これはクリーンなエネルギー
生産における変動に需要が対応することを可能にします。更なる前進には、電気の貯蔵
もより大きな役割を果たす必要があります。日本企業はこの分野における技術のリーダ
ーでありますが、円滑な普及に向けて規制・制度を改善していく余地があります。費用
対効果があって信頼できるエネルギーシステムを確実に構築していくためには、供給と
最終消費者を結びつけるインフラが必要であり、スマートな電気自動車を充電するイン
フラや、熱電併給、地域熱供給システムといった、両者をつなぐ努力を強化することが
必要です。
問題は、遠ざかろうとしているものの依然として成長とエネルギー安全保障にとって必
要な従来の燃料に対する投資と、我々の将来を決定するであろう新たな低炭素技術に対
する投資の双方を、同時に実施することができるか、ということです。
こうした選択肢と、今日必要とされる経済の健全な成長とのバランスを保ちながら、か
つ、あらゆる人々に対して安価で安定したエネルギーアクセスを維持することは、言う
までもなく、大変大きな課題であります。IEA は、こうした課題に対応し、我々皆にと
ってクリーンで、より安全で、より繁栄ある世界を構築するために、加盟国並びに他の
国々に助力と提言をする用意があります。
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本文は発言用に準備された英文を日本語に翻訳したものであり、原文は英語です。
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