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2016年4月13日
日
本
銀
行
わ が国 の経済 ・物 価情勢 と金 融政策
── 山口県金融経済懇談会における挨拶要旨 ──
日本銀行政策委員会審議委員
原田 泰
1.はじめに
おはようございます。日本銀行の原田です。
本日はお忙しい中、山口県を代表する皆様にお集まり頂き、懇
談の機会を賜りまして、誠にありがとうございます。皆様の前で
お話しできるのを大変光栄に思います。また、皆様には、日頃か
ら私どもの下関支店による山口県経済の調査活動のほか、日本銀
行各部署の業務運営に多大にご協力頂いており、この場をお借り
して厚くお礼申し上げます。
日 本 銀 行 が 、 2013 年 4 月 に 量 的 ・ 質 的 金 融 緩 和 ( Q Q E ) 政 策
を 導 入 し て か ら 3 年 た っ て い ま す 。さ ら に 、2016 年 1 月 に は 、
「マ
イナス金利付き量的・質的金融緩和政策」を導入いたしました。
金 融 政 策 は 、経 済 界 の 方 に 大 き な 関 心 を 持 た れ ま す が 、一 般 の 方 々
のご関心はそれほど大きくないというのが通常と思います。とこ
ろが、マイナス金利という言葉にインパクトがあったのか、かな
り幅広い層からの関心が多く寄せられたと思います。
本 日 は 、「 わ が 国 の 経 済 ・ 物 価 情 勢 と 金 融 政 策 」 と 題 し ま し て 、
私 な り に 、こ の 金 融 緩 和 政 策 に つ い て ご 説 明 さ せ て い た だ き ま す 。
最後に山口県経済について、触れさせて頂きたいと思います。そ
の後、皆様方から、当地経済の実情に関するお話や、忌憚のない
ご意見などをお聞かせ頂ければと存じます。
2.マイナス金利付き量的・質的金融緩和政策の考え方
す で に 、2013 年 4 月 か ら 量 的・質 的 金 融 緩 和 を 行 い 、2014 年 10
月には、量的・質的金融緩和を拡大いたしました。マイナス金利
付き量的・質的金融緩和は、これらの政策の延長線上にあるもの
です。
やや理論的な話になりますが、自然利子率という概念がありま
1
す。これは経済を不況にも過熱にもしない、丁度良い利子率があ
るという考え方です。金融政策の目的は、現実の利子率をこの自
然利子率との関係で適切な水準にコントロールすることで、経済
を丁度良い状態にしておくことになります。具体的に申し上げれ
ば、消費者物価上昇率を長期的に2%程度にしておくということ
です。この2%の物価上昇率の下で、失業率も低下し、成長率も
そ れ な り に 高 く 、景 気 が 良 好 と い う 状 態 を 保 て る と 考 え て い ま す 。
しかし、長いデフレと経済停滞が続いて、金利はほとんどゼロ
になってしまいました。名目金利だけを考えていたのでは、金利
をこれ以上下げることには限界があり、経済を丁度良い状態にす
る こ と が で き な く な っ て し ま い ま し た 。 そ こ で 行 っ た の が 、 2013
年 4 月 の 量 的 ・ 質 的 金 融 緩 和 で す 1。 こ れ は 、 マ ネ タ リ ー ベ ー ス を
拡大し、予想物価上昇率を引き上げ、実質金利すなわち名目金利
マイナス予想物価上昇率を引き下げて、経済を良い方向に持って
い こ う と い う も の で す 。2014 年 10 月 に は 、消 費 税 増 税 後 の 日 本 経
済の停滞に対応して、マネタリーベースの増加ペースをさらに拡
大 し ま し た 。 2016 年 1 月 に は 、 年 初 来 の 世 界 的 な 金 融 市 場 の 変 調
か ら 、わ が 国 の 企 業 の コ ン フ ィ デ ン ス あ る い は 人 々 の デ フ レ マ イ
ンドの転換に影響が出てくるリスクが高まっていると見られま
した。また実体経済の悪化を示す指標もありました。こうした
リ ス ク の 顕 現 化 を 未 然 に 防 ご う と い う こ と で 、「 マ イ ナ ス 金 利 付
き量的・質的金融緩和」に踏み込みました。これは名目金利をマ
イナスにするわけですから、実質金利も当然に低下します。実質
金 利 を 下 げ て 、経 済 を 良 い 状 態 に す る と い う 意 味 で は 、同 じ で す 。
1
200 1 年 か ら 2 006 年 に 行 わ れ た 量 的 緩 和 政 策 も 同 じ よ う な 試 み と 考 え ら れ
ますが、そこには2%という明確な物価目標も予想物価上昇率に働きかける
という考えもありませんでした。
2
自然利子率を高めるべきか
ここで実体経済を良くするために、なんとか金利を下げようと
いう発想で考えていますが、そもそも自然利子率が低すぎるのが
問題で、それを正さなければならないという議論もあり得ます。
日本経済の効率を高めて成長率を高くすることができれば、自然
利子率も高まりますから、金融政策でなんとかして金利を下げな
くても良くなります。そのためには成長戦略が大事だという議論
です。
議論としては分かりますが、ではどうやって、どのくらい成長
率を高めることができるのかという具体論はあまり活発ではない
ように思います。そもそも、先進国の中で、日本の実質経済成長
率 は 低 い で す が 、 人 口 当 た り で は 中 く ら い 、 経 済 活 動 人 口 ( 15~
64 歳 人 口 )当 た り で は 高 い 国 に な っ て い ま す 。1970 年 代 ま で の 中
国 、 80 年 代 ま で の イ ン ド の よ う に 、 極 め て 非 効 率 な 統 制 経 済 を 自
由化すれば容易に成長率を高めることができますが、かなり自由
な経済をもっと自由な経済にして一挙に成長率を高めることは難
しいのです。もちろん、念のために申し上げますが、私は自然利
子率を引き上げることのできる正しい成長戦略の実行には大賛成
です。金融政策で実質利子率を引き下げることと両方すればなお
良いと申し上げておきます。
また、金利をなんとか下げようという発想に対して、金利を下
げれば債券市場の機能が低下するから、金利を下げるべきではな
いという議論もあります。しかし、そのような議論は、債券市場
が、金利が実体経済を良好な状態にもっていけるだけ金利を低下
させることができないという機能不全を起こしているということ
を忘れているのです。
以下、マイナス金利付き量的・質的金融緩和政策の概略を説明
3
した後、金融緩和政策の結果、何が起き、どういう問題があるの
かについてご説明したいと思います。
3.マイナス金利付き量的・質的金融緩和政策の仕組み
マ イ ナ ス 金 利 と い う 言 葉 が 大 き な 反 響 を 呼 び 、一 般 の 方 々 に は 、
通常の預金金利もマイナスになると誤解されたことがあったと思
います。しかし、マイナスにするのは民間金融機関が日銀に預け
る預金、日銀当座預金残高の一部の金利をマイナスにするという
ことです。その仕組みは図表1の通りです。
当座預金を基礎残高、マクロ加算残高、政策金利残高に分けま
す。基礎残高とは昨年1年間の当座預金残高の平均で、ここから
所 要 準 備 を 差 し 引 い た 残 高 に 対 し て 、従 来 通 り の 0.1% を 付 利 し ま
す。マクロ加算残高とは、従来から付利がゼロであった所要準備
や、金融機関の積極的な貸出を促すための制度に沿って日本銀行
から資金供給を受けた残高部分などであり、この部分にはゼロ金
利を適用します。さらに、以上2つの部分を上回る残高、政策金
利 残 高 に は マ イ ナ ス 金 利 ( - 0.1% ) を 適 用 し ま す 。 計 数 的 に は 、
2 月 積 み 期 を み る と 、従 来 通 り の 0.1% を 付 利 す る 部 分 が 約 210 兆
円 、ゼ ロ 金 利 部 分 が 約 20 兆 円 強 、マ イ ナ ス 部 分 が 20 兆 円 強 で す 。
そ の 後 、日 本 銀 行 が 年 間 80 兆 円 で マ ネ タ リ ー ベ ー ス を 供 給 し て い
きますので、全体として当座預金は増加し、マイナス金利の適用
部分が多くなっていきます。そこで、3か月ごとにゼロ金利が適
用される部分を増加させ、マイナス金利が適用される部分がそれ
ほど大きくならないようにします。
このように3階層の構造としたのは、金融機関収益への直接的
な影響をできるだけ小さくなるようにするためです。当座預金残
高を増やすのは、そのお金をより有利な運用先に充ててほしいか
4
らです。内外の貸出はもちろんですし、経済全体としてリスク性
資産(株式、不動産など)への運用が増えるようにです。そのた
め に は 、当 座 預 金 に は わ ず か 0.1% で あ れ 付 利 し な い 方 が 、よ り 効
果があると考えられます。しかし、すでにその政策を実施し、そ
れを前提として多くの金融機関が行動している中で、ここでいう
基礎残高を含め、根こそぎ付利をゼロにしたり、マイナスにした
りすれば混乱が起きかねません。また、金融機関の収益状況を悪
化させる可能性もあります。そこで、緩和効果を大きく、金融機
関の収益への影響を小さくできる3層構造の仕組みを採用したわ
け で す 2。
政 策 金 利 残 高 は 10~ 30 兆 円 程 度 に 過 ぎ な い わ け で す が 、こ れ で
金利は明確に低下しました。図表2に見るようにすべての期間の
国債金利が低下し、イールドカーブ全体を押し下げています。図
表 に は 2013 年 4 月 の 量 的 ・ 質 的 金 融 緩 和 、 2014 年 10 月 の 量 的 ・
質的金融緩和の拡大の前後に何が起きたかも分かるように書いて
あ り ま す 。 図 表 に 見 る よ う に 、「 量 的 ・ 質 的 金 融 緩 和 」 で 10 年 物
国 債 金 利 は 0.3% ポ イ ン ト 、
「 量 的・質 的 金 融 緩 和 の 拡 大 」で 0.2%
ポ イ ン ト 、今 回 の「 マ イ ナ ス 金 利 付 き 量 的・質 的 金 融 緩 和 」で 0.3%
ポ イ ン ト 低 下 し て い ま す 。 す な わ ち 、「 量 的 ・ 質 的 金 融 緩 和 」 以 前
と 比 べ て 、 10 年 物 の 国 債 金 利 は 0.9% ポ イ ン ト 低 下 し ま し た 。 こ
の間、予想物価上昇率が動いていなかったとしても実質金利を低
下させ、これが経済を好転させるはずです。日本銀行の研究によ
れば、量的・質的金融緩和導入後の2年間で、試算により幅はあ
り ま す が 、実 質 金 利 を 0.7~ 0.9% ポ イ ン ト 低 下 さ せ 、G D P ギ ャ ッ
2
実務面のより詳細な説明は「日本銀行当座預金のマイナス金利適用に関す
る 実 務 面 の Q & A ( 取 引 先 金 融 機 関 等 向 け )」 を 参 照 。
5
プ を + 1.1~ 3.0% ポ イ ン ト 縮 小 さ せ た と し て い ま す 3 。
金融仲介機能とデフレーション
ここでイールドカーブが寝ていることについて、金融機関の利
益を損ない、ひいては金融緩和効果を却って阻害するものだとい
う議論があります。確かに、金融機関とは資金を短期で調達して
長期で運用するものですから、イールドカーブが立っていれば利
益は大きくなります。しかし、これだけでは本来銀行が期待され
ている金融仲介機能として十分ではありません。
金融仲介機能とは、貯蓄超過部門である家計から貯蓄を集め、
貯蓄不足部門である企業に、その投資プロジェクトの収益性を審
査して貸し出すことです。ところが、現在、企業は貯蓄超過部門
になっており、お金を借りてくれません。企業が利益をため込ん
でいるから、これを吐き出すようにと、政府が盛んに言っている
のは、このためです。
企業が貯蓄をため込んで投資をしないのは、デフレが長期にわ
たって続き、投資意欲を減退させているからです。デフレが終わ
れば、企業は投資意欲を取り戻し、銀行からの借入れ需要も増大
するはずです。すなわち、銀行の貸出も増大し、銀行の利益も上
がるはずです。
また、量的・質的金融緩和の開始以来、銀行の利益は高い水準
で安定しています。これは景気好転によって貸出先企業の経営が
改 善 し 、貸 し 倒 れ の コ ス ト 、信 用 コ ス ト が 減 少 し て い る か ら で す 。
マイナス金利導入国の経験
今 回 の「 マ イ ナ ス 金 利 付 き 量 的・質 的 金 融 緩 和 」以 来 、住 宅 ロ ー
3 「 量 的 ・ 質 的 金 融 緩 和 : 2 年 間 の 効 果 の 検 証 」 日 銀 レ ビ ュ ー 、 2015-J-8 。
6
ン金利の低下から、借換えの動きがありますが、新規の住宅ロー
ンの拡大はまだ見られないようです。マイナス金利政策を採用し
てから、まだ2か月余りしかたっていませんので、その効果を見
るには無理があります。
そこで、マイナス金利を採用した欧州の国々の状況を見てみま
しょう。まず、マイナス金利に伴う金融混乱は起きていないよう
です。ここでいう混乱とは、金利の乱高下です。
次に、実体経済を含めてどうであったのかを図表3で見てみま
しょう。マイナス金利の採用と為替レートの関係は図表を見ただ
けでは明らかではありません。自国通貨の過度の増価圧力に対し
てマイナス金利政策を採用したので、マイナス金利とともに自国
通 貨 が 増 価 し た 国 も あ り ま す し( ス イ ス )、マ イ ナ ス 金 利 採 用 の 結
果 、 減 価 し た 国 も あ り ま す ( ス ウ ェ ー デ ン 、 ユ ー ロ 圏 )。 デ ン マ ー
クは、そもそも自国通貨をユーロにペッグしています。ペッグす
る一つの手段としてマイナス金利を採用したのでしょう。実体経
済を見ると、どの国も日本よりも高くかつ安定的な成長率を達成
しています。ただし、スウェーデンは4%成長と、先進国として
は極めて高い成長を達成していますが、これには不動産バブルで
はないかとの批判もあり、今後の金融政策運営を巡り議論が活発
なようです。総じていえば、マイナス金利政策で混乱は生じてお
らず、実体経済も悪くないと言えると思います。
4.量的・質的金融緩和後の経済
金融政策の大転換後の3年間をまとめて見ていきたいと思いま
す。
7
金融機関はどう変わったか
まず、直接、金融機関経営に関連する指標を見てみたいと思い
ます。
図 表 4 は 、銀 行 や 信 用 金 庫 の 当 期 純 利 益 の 推 移 を 見 た も の で す 。
「量的・質的金融緩和」以来、金融機関の利益がどの業態で見て
も高水準にあることが分かります。これは先述のように、主とし
て信用コストが低下したことによるものです。一時点の金利の
イールドだけで得か損かを考えるのではなく、日本経済全体の回
復が金融機関経営に大きな影響を与えることを考える必要がある
と思います。
金融機関が損失を被るから量的緩和やマイナス金利に反対だと
いうのは、一部の業界が損失を被るからTPPに反対だというの
と同じです。金融政策も通商政策も経済全体のことを考えて行わ
なければなりません。日本経済全体を強くすることで、銀行業も
利益を受けるのです。また、銀行業も強くならなければなりませ
ん。
日本経済は良くなったか
次 に 、日 本 経 済 全 体 の 動 き を 見 て み ま し ょ う 。「 量 的 ・ 質 的 金 融
緩 和 」を 実 施 し た 後 、現 在 ま で 3 年 に つ い て 、消 費 、投 資 、輸 出 、
生産、の動きを図表5で見ることにします。
消 費 は 、2014 年 4 月 の 消 費 税 増 税 の 負 の シ ョ ッ ク の 後 、2015 年
央まではなんとか増大していたように見えますが、それ以降停滞
しています。これについては後程詳しく見てみます。投資(資本
財総供給)や輸出についても同様の動きが見られます。これらを
反映して、生産も停滞しています。輸出と生産については、世界
貿易量の足踏みが影を落としていると思います。
8
2015 年 末 か ら 、 世 界 的 に 株 価 が 動 揺 、 下 落 し て い ま す が 、 こ こ
には世界貿易の低迷が影響していると思います。すなわち、株価
の弱さは、実体経済の弱さを反映したものだと思います。
雇用は堅調に伸びている
ただし、雇用は堅調に伸びています。図表6に見ますように、
雇用指数はパートタイム、一般労働者とも継続的に上昇していま
す 。失 業 率 は 順 調 に 低 下 し て い ま す 。労 働 力 調 査 に よ り ま す と 、
「量
的 ・ 質 的 金 融 緩 和 」 の 開 始 直 前 の 2013 年 3 月 か ら 2016 年 2 月 ま
で で 、雇 用 者 数 は 5,485 万 人 か ら 5,684 万 人 へ 、う ち 正 社 員 は 3,255
万 人 か ら 3,333 万 人 に 、 そ れ ぞ れ 199 万 人 、 78 万 人 増 加 し て い ま
す。
景気回復は大都市だけのもので地方には及んでいないという声
がありましたが、雇用の改善は全国に波及しています。図表7の
ように、すべての地域で有効求人倍率が上昇しています。消費税
増税後の中だるみはありましたが、もっとも低い北海道の有効求
人 倍 率 も 2016 年 2 月 に は 1.01 倍 ま で 上 昇 し ま し た 。 各 県 ご と に
見ても、これまで1を超えたことのなかった多くの県で1を超え
ま し た ( な お 、 山 口 県 は 1.33 倍 で す )。
も ち ろ ん 、全 国 で も 上 昇 し 、2016 年 2 月 に は 1.28 倍 と な り ま し
た 。 こ れ は 1991 年 12 月 以 来 の 高 さ で す 。
賃金も上昇している
雇用は伸びても賃金は上がらないと言われてきましたが、その
議論で使われているのは一人当たりの月間の平均賃金です。しか
し、景気回復の初期には、労働時間が短く、かつ賃金の低いパー
トが増大しますので、一人当たりの平均賃金は上昇しないもので
9
す。正社員の夫を持つ妻が、自分もパートで働きだせば、夫婦2
人の平均賃金は低下しますが、家計の総所得は増加します。
したがって、正しくは、一般労働者とパートのそれぞれの時給
と、働いている人すべての所得を合計した雇用者所得を見るべき
です。一般労働者の時給のデータは公表されていませんが、私の
推計によれば、図表8に見るように、実質の時給はほぼ横ばいで
す 。 パ ー ト の 時 給 は 実 質 で 見 て も 上 昇 し て い ま す 。 2013 年 3 月 以
来 、名 目 で 見 れ ば 、一 般 労 働 者 は 年 率 - 0.5% と 微 減 、パ ー ト は 年
率 + 1.4% 増 と ま あ 順 調 で す 。
雇 用 は 拡 大 し て い ま す の で 、 図 表 9 に 見 る よ う に 、 賃 金 ×雇 用
の 雇 用 者 所 得 は 上 昇 し て い ま す 。 2014 年 4 月 の 消 費 税 増 税 で 実 質
雇用者所得はしばらくは上がりませんでしたが、増税したのです
か ら 当 然 で す 。消 費 税 増 税 の 影 響 が 一 巡 し た 2015 年 4 月 以 降 、実
質 雇 用 者 所 得 は 上 昇 し て い ま す 。2013 年 3 月 以 来 、雇 用 者 所 得 は 、
実 質 で は 年 率 で + 0.7% 、 名 目 で は + 1.9% で 上 昇 し て い ま す 。
雇用者所得と消費の乖離
こ こ で や や 不 思 議 な こ と が 起 き て い ま す 。雇 用 は 堅 調 で す の で 、
雇用者所得は増えています。所得が増えているのですから、消費
が増えて、さらに所得が増えるという好循環がもっと強く表れて
も良いはずです(利益も高水準なのですから、もっと設備投資が
強くても良いはずですが、これについては、本日はお話いたしま
せ ん )。所 得 が 増 え て い る の に 、消 費 が せ い ぜ い 底 堅 い 程 度 な の は
なぜでしょうか。高齢化社会を迎え、将来が不安なので、貯蓄を
増やしているのだというのは一つの考えで、それを裏付けるデー
タもあります。消費税増税の影響もあります。消費税は恒久的課
税ですから、3%の税率引き上げは恒久的に実質所得を3%減ら
10
し、したがって実質消費を3%減らすことも考えられます。しか
し、本当にそれだけなのか疑問もあります。
速報のGDP統計では、供給側の統計と需要側の統計を組み合
わせて消費支出を推計します。それを月次にした消費総合指数と
いう統計も内閣府から公表されています。これは前掲図表5で示
したものです。需要側の統計は、家計調査を用いたものですが、
それはこのところ大きく振れながら低下しています。しかし、供
給 側 の 統 計 を 用 い て 簡 便 な 試 算 を 行 っ た 推 計 値 4 を み る と 、図 表 10
のように、変動が大きいのですがほぼ横ばいまたは微減です。実
は、GDP統計は2年後、すべての統計が入手できて確報にする
ときには家計調査を使いません。であるなら、供給側の統計から
見た消費統計が消費の実態を表していると言えるのではないで
しょうか。
すると、消費はほぼ横這いまたは微減となって、GDPはマイ
ナスではなくわずかなプラスで継続的に上昇してきたのではない
かと思います。私は、雇用者所得の動きから、これが実態ではな
いかと思います(雇用者所得についても、毎月勤労統計調査のサ
ンプル換えの影響で、実態より悪くなっているのではないかとい
う 議 論 も あ り ま す が 、 今 回 は 省 略 し ま す 5 )。 も ち ろ ん 、 回 復 が 弱
いことを否定している訳ではなく、だからこそ、量的・質的金融
緩和の導入以後、その拡大、マイナス金利付き量的・質的金融緩
4
個 人 消 費 の 実 勢 を み る う え で 様 々 な 指 標 、推 計 が 考 え ら れ る が 、本 稿 で は 、
財 は 消 費 財 総 供 給 、サ ー ビ ス は 第 3 次 産 業 活 動 指 数 の 広 義 対 個 人 サ ー ビ ス( 除
く小売)を用いて加重平均を行った指標を示した。消費財総供給、広義対個
人サービスともに、本来SNAの個人消費から除外されるべきインバウンド
消費が含まれているほか、後者の一次統計の一部に需要側統計である家計調
査が含まれている。こうした限界はあるが、簡便な試みとして上記の推計を
行った。
5 「わが国の経済・物価情勢と金融政策――栃木県金融経済懇談会における
挨 拶 要 旨 」( 2015 年 11 月 11 日 ) 4 頁 、 を 参 照 。
11
和と、金融緩和を強化してきたわけです。
物価が上がっていないのは原油価格下落のため
現在、経済は輸出・生産面に鈍さがみられますが、量的・質的
金融緩和を強化した訳ですので、結果として景気は緩やかながら
回 復 し て い く と 思 い ま す 。特 に 、雇 用 が 継 続 的 に 改 善 し て い ま す 。
しかし、日本銀行が目標とした2%の消費者物価上昇率はまった
く達成できていないではないかというご批判もあると思います。
確 か に 、図 表 11 に 見 ま す よ う に 、日 本 銀 行 が 当 面 の 目 標 と し て
い ま す 消 費 者 物 価 指 数 の 生 鮮 食 品 を 除 く 総 合 は 、 2016 年 2 月 に は
0.0% で し か な く 、物 価 は 上 が っ て い な い よ う に 見 え ま す 。し か し 、
それは世界的な原油価格下落によって、エネルギー価格が低下し
た こ と に よ る も の で 、エ ネ ル ギ ー と 生 鮮 を 除 い た 物 価 を 見 ま す と 、
2016 年 2 月 に は + 1.1% と 着 実 に 上 昇 し て い ま す 。エ ネ ル ギ ー 価 格
は、いつまでも下落を続ける訳ではありませんので、この効果が
剥落しますと、エネルギーを除かない「生鮮食品を除く総合」も
上昇していくはずです。
なお、賃金の上昇は期待ほどではなく、物価を押し上げる力は
弱いのではないか、したがって物価目標も達成できないのではな
いかという議論があります。もちろん、賃金は上がった方が良い
のですが、物価は一般労働者の賃金よりもパートの時給との関係
が強くなっています。パートの時給がサービス業や小売業のコス
ト を 直 接 引 き 上 げ る か ら で す 6。
6
日 本 銀 行 の 「 経 済 ・ 物 価 情 勢 の 展 望 ( 2 0 1 6 年 1 月 )」 の B O X 3 (「 労
働 需 給 と パ ー ト 賃 金 の 動 向 」) を 参 照 。
12
5 .終 わ り に
マイナス金利付き量的・質的金融緩和とは、実質金利を低下さ
せて経済を良い状態に移行させるという点で、これまでの量的・
質的金融緩和の延長線にあるものです。
マイナス金利は、量的・質的金融緩和と合わせて、所期の効果
を 発 揮 し て い ま す 。 2014 年 4 月 の 消 費 税 増 税 の マ イ ナ ス の シ ョ ッ
クが長引いていましたし、足元は、年初来の世界経済の変調の影
響もあって輸出、生産が停滞気味になっていますが、雇用は継続
的に回復しています。アベノミクスの恩恵は地方には来ないと言
われていましたが、すべての地域で有効求人倍率が上がっていま
す。雇用は伸びても賃金は上がらないと言われてきましたが、時
給は上がっています。賃金と雇用者数を掛け合わせた雇用者所得
で見れば、実質でも上昇しています。消費は弱いままですが、統
計 上 の 問 題 で 、実 態 以 上 に 弱 く 表 れ て い る の だ と 思 い ま す 。今 後 、
世界経済の変調が正されていく中で、日本経済も順調に回復して
いくと思います。
当初考えていたように物価は上がっていませんが、それは原油
価格下落によるものです。原油価格が安定するとともに、物価は
上 が っ て い き ま す 。ま た 、物 価 だ け 上 が っ て 雇 用 が 増 え て い な か っ
たら大失敗だと私は思います。経済全体の需給が締まり、失業率
が低下してくる中で、いずれ物価も上がってきます。
ただし、中国経済を中心とした新興国経済の一層の減速、米国
経済の動向やそのもとでの金融政策運営が国際金融資本市場に思
わぬショックをもたらす可能性、欧州における債務問題の展開な
ど 、日 本 経 済 を 失 速 さ せ か ね な い リ ス ク が あ り ま す 。そ う な る と 、
所得から支出への循環が断ち切られてしまい、雇用が悪化し、物
価を基調的に上昇させるメカニズムが危うくなります。そのよう
13
なリスクが顕在化すれば、躊躇なく追加の金融緩和を行うことが
必要と私は考えています。特に、雇用が景気に遅れて変化する遅
行指標であることにも注意する必要があると思います。
最後に、山口県経済について触れておきたいと思います。
山口県は、瀬戸内海沿岸を中心に、化学、自動車、鉄道車両、
造 船 、機 械 、金 属 等 の 工 場 が 多 数 立 地 す る 全 国 有 数 の 工 業 県 で す 。
また、新幹線や複数の高速道路に加え、山口宇部空港や岩国錦帯
橋空港という2つの空港と、下関港、徳山下松港の2つの国際拠
点港湾を有するなど、交通インフラに恵まれた県でもあります。
昨年、当地では、大河ドラマ「花燃ゆ」の放送や「明治日本の産
業革命遺産」の世界遺産登録など、県内を活気づけるイベントが
数 多 く あ り ま し た 。 さ ら に 今 年 以 降 も 、 2018 年 の 明 治 維 新 150 周
年に向けて、県の観光促進キャンペーンである「やまぐち幕末
ISHIN 祭 」の 第 2 章 が ス タ ー ト し て い る ほ か 、大 型 ク ル ー ズ 船 の 招
致などにも取り組まれていると伺っています。
山口県の景気の現状については、私どもでは、今月初めに下関
支店から公表しているとおり、
「 緩 や か に 回 復 し て い る 」と み て い
ます。3月短観の業況判断DIをみると、企業の景況感は改善の
動きに一服感がみられていますが、海外景気減速の影響は比較的
少なく、なおしっかりとプラスを維持しています。個人消費は、
雇用・賃金面の着実な改善に支えられて、全体として持ち直しが
続いているほか、昨年度の設備投資は、全国同様、前年を1割程
度上回ったとみられます。
もっとも、当地でも、全国平均を上回るペースで人口減少や少
子高齢化が進行しているなど課題がないわけではありません。こ
う し た 課 題 に 対 し 、県 を は じ め 各 自 治 体 で は 、
「活力みなぎる山口
14
県 」の 実 現 に 向 け 、産 業 、観 光 、人 口 問 題 な ど 各 方 面 に お い て 様 々
な施策を策定し、実行されていると伺っています。また、産業界
や金融界におきましても、創業支援や後継者不足の克服など、今
後の成長に向けた具体的な取り組みを積極的に進めていると伺っ
て い ま す 。今 後 、行 政 と 産 業 界 、金 融 界 な ど が さ ら に 連 携 を 強 め 、
当地経済がますます活性化していくことを期待しつつ、挨拶の言
葉とさせていただきます。
最後に、あらためましてお礼申し上げます。ご清聴、ありがと
うございました。
以
15
上
図表1
マイナス金利の仕組み:3段階の階層構造
当座預金
残高
現状、約80兆円/年
のペースで増加
<先行き>
政策金利残高
約10~30兆円
▲0.1%
<2月積み期>
約20兆円強
0%
約20兆円強
約210兆円
+0.1%
約20兆円
+
約80兆円/年
マクロ加算残高
約210兆円
基礎残高
(注)2月積み期では、+0.1%が付利されるのは基礎残高から所要準備を差し引いた約
210兆円。0%の適用は、所要準備のほか、貸出支援基金により資金供給を受けて
いる約20兆円強。-0.1%は残りの約20兆円強の政策金利残高に適用。
図表2
3.0
イールドカーブ
図
(%)
QQE導入前(2012年12月28日)
QQE拡大の直前(2014年10月30日)
2.5
マイナス金利付きQQEの直前(2016年1月28日)
直近(2016年4月8日)
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
-0.5
0 年
5
(出所)ブルームバーグ
10
15
20
25
30
図表3
EUR/SEK 6
自国通貨高
6
7
4
8
2
9
ユーロ圏
%
EUR/USD
自国通貨高
1.5
1.3
0
1.2
-2
11 -6
-4
実質GDP前年比
政策金利
為替レート(右軸)
-6
8
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
9
2006
-8
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
1.4
実質GDP前年比
政策金利
為替レート(右軸)
1.6
1.8
2016
-2
0.8
1.2
2015
7
2014
0
EUR/CHF
1.0
2011
6
2
0.9
自国通貨高
2010
4
スイス
%
2009
自国通貨高
5
4
3
2
1
0
-1
-2
-3
-4
2008
5
1.0
0.8
2006
2016
EUR/DKK
12 -8
2007
デンマーク
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
為替レート(右軸)
%
実質GDP前年比
政策金利
為替レート(右軸)
2013
政策金利
1.1
-4
2012
10
実質GDP前年比
1.6
1.4
2006
6
図
スウェーデン
%
2006
10
8
6
4
2
0
-2
-4
-6
-8
欧州の経験
(出所)ブルームバーグ
図表4
金融機関収益
コア業務純益
当期純利益
6
兆円
10
兆円
9
信用金庫
8
地域銀行
2
7
大手行
0
6
4
5
-2
4
3
地域銀行
2
大手行
1
(出所)日本銀行
2014
2012
2010
2008
2006
2004
2002
2000
1998
1996
0
1994
2014
2012
2010
2008
2006
2004
2002
2000
1998
1996
1994
1992
1990
-8
1992
-6
信用金庫
1990
-4
図表5
図
生産、消費、投資の動き
第二次安倍政権発足 QQE
12年12月 13年4月
消費税増税 QQEの拡大
14年4月
14年10月
2010年=100
125
マイナス金利付QQE
16年1月
120
115
110
105
100
95
90
2012
└
鉱工業生産
2013
└
└
消費総合指数(実質)
2014
└
世界貿易量
2015
└2016
資本財総供給
実質輸出
(注)季節調整値。
(出所)経済産業省「鉱工業指数統計」「鉱工業総供給表」、内閣府「消費総合指数」
オランダ経済政策分析局「CPB World Trade Monitor」、日本銀行「実質輸出入」
図表6
雇用指数と失業率
第二次安倍政権発足 QQE
12年12月 13年4月
118
図
消費税増税 QQEの拡大
14年4月
14年10月
マイナス金利付QQE
16年1月
2010年=100
%
6.0
116
5.5
114
5.0
112
4.5
110
4.0
108
3.5
106
3.0
104
102
2.5
100
2.0
98
1.5
└
2012
2013
└
常用雇用指数
うちパートタイム労働者
└
2014
2015
└
うち一般労働者
失業率(右目盛)
(注)季節調整値。
(出所)厚生労働省「毎月勤労統計」、総務省「労働力調査」
└2016
図表7
地域別有効求人倍率
図
第二次安倍政権発足 QQE
12年12月 13年4月
倍
1.5
1.4
1.3
1.2
1.1
1.0
0.9
0.8
0.7
0.6
0.5
消費税増税 QQEの拡大
14年4月
14年10月
2012
2013
└
└
北海道
東北
北陸
東海
四国
九州
(注)季節調整値。
(出所)厚生労働省「一般職業紹介状況」
└
図表8
└
2015
└2016
北関東・甲信
中国
時間名目賃金と実質賃金(消費税の影響除外)(季調済)
第二次安倍政権発足 QQE
12年12月 13年4月
2600
2014
南関東
近畿
全国
マイナス金利付QQE
16年1月
消費税増税 QQEの拡大
14年4月
14年10月
マイナス金利付QQE
16年1月
円/時
円/時
1300
2500
1200
2400
2300
1100
2200
1000
2100
2000
900
└
2012
常用雇用者
└
2013
うち一般労働者
└
2014
└
2015
└2016
うちパートタイム労働者(右軸)
(注)時間当たり賃金=現金給与総額÷総実労働時間。X-11で季調。点線はそれぞれの実質ベース。
(出所)厚生労働省「毎月勤労統計調査」
図表9
賃金と雇用と所得
第二次安倍政権発足 QQE
12年12月 13年4月
108
消費税増税 QQEの拡大
14年4月
14年10月
マイナス金利付QQE
16年1月
2010年=100
106
104
102
100
98
96
2012
└
2013
└
2014
└
常用雇用指数
雇用者所得
実質雇用者所得(消費税の影響を除く)
└
2015
└ 2016
現金給与総額
実質雇用者所得
(注)季節調整値。雇用者所得は常用雇用に現金給与を乗じて算出。実質化は消費者
物価指数(総合除く生鮮)で除して算出。
(出所)厚生労働省「毎月勤労統計」、総務省「消費者物価指数」「家計調査」
図表10
個人消費の指標
2010年=100
115
110
105
100
95
90
85
└
2008
└
2009
└
消費総合指数(実質)
2010
└
2011
└
2012
└
2013
個人消費(供給側統計より推計)
└
2014
└
2015
└
実質消費支出(家計調査)
(注)季節調整値。供給側統計からの推計値は、財は消費財総供給、サービスは第3次産業
活動指数の広義対個人サービス(除く小売)を用いて、SNAの財・サービスの支出
割合で加重平均を行ったもの。
(出所)経済産業省「鉱工業総供給表」、「第3次産業活動指数」
内閣府「消費総合指数」、総務省「家計調査」
図表11
CPI(除く生鮮)前年比の分解
第二次安倍政権発足 QQE
12年12月 13年4月
2.0
%
消費税増税 QQEの拡大
14年4月
14年10月
マイナス金利付QQE
16年1月
1.5
1.0
0.5
0.0
-0.5
-1.0
-1.5
2012
2013
└
└
└
除く生鮮・エネルギー(寄与度)
CPI(除く生鮮)
(出所)総務省「消費者物価指数」
2014
2015
└
エネルギー(寄与度)
└2016
CPI(除く生鮮・エネルギー)